プレゼント

アンジェリーク・コレットは栗毛で大きい目をした少女だった。
(すんません、トロワではなくて2です)
女王候補生として聖地で懸命に頑張っているけれど、元来温和な彼女はライバルのレイチェルのように活発な育成を行なわず、地道に地道〜に、それこそ時には日の曜日まで部屋でお勉強なんてものをしてしまうときがあるくらいそうっと女王候補として努力を重ねていた。
「あーあ、わたしってダメね。レイチェルのようにうまく育成が出来たらいいのになあ・・・」
レイチェルはとてもよくしてくれるけれど、それだってアンジェリークがどこかしら放っとけなくて構わずにはいられない、という風だったし、鋼の守護聖ゼフェルからは面とむかって「「トロくせーんだよ!」と暴言をはかれたこともある。
そんなアンジェリークが日の曜日に勉強をしている、なんていったらきっと彼は「辛気くせーな」とでも言うのだろう。
読んでいた本をおいてアンジェリークは外に出た。
花壇の水やりをしてあげないと。
「わあ、いいお天気ね」
空をみあげると太陽がまぶしい。
(ヴィクトールさま、今日は何をなさっているのかしら)
アンジェリークはヴィクトールのことを実はそうっと慕っていた。
ちょっとおっとりしているアンジェリークを馬鹿にしないで、でも甘やかし過ぎないで厳しくもしてくれる。
それが彼女にとってはとても信頼できて安心感を感じるのだった。
一体その気持ちがどういうものなのかはあまりアンジェリークも理解はしていなかったけれど、少なくともヴィクトールに出会うと嬉しくなったり、どきどきしたりするようだ、ということだけわかっていた。
本当は今日もヴィクトールに会いにいこうかとも思った。けれど、彼女はもう少し勉強をして、それから用事があるからと我慢をしたのだ。
聖地には守護聖やら協力者やら、アンジェリークとレイチェルの周りだけでも素敵な男性はたくさんいる。
なのに、よりによって知り合いの中で最も年齢が離れているヴィクトールが一番好き、というのは自分でも不思議に思うくらいなのだが。
「レイチェルはいないみたいね・・・」
レイチェルはオスカーとでも出かけたのだろう。
最近あの二人は仲がいい。初めはレイチェルが背伸びをして大人ぶっているのをオスカーがおもしろがっているように見えていたが、本当はレイチェルは自分がまだ子供だと知っていて、十分にわきまえがある人間だということに彼は気づいたようだ。決して口には出さないけれど、きっとオスカーはレイチェルのことを好ましく思っているに違いない。
もちろんオスカーに限らず、レイチェルは社交性豊かだったから(多少自己中心的であっても)アンジェリークよりもたくさんの守護聖と交流をもっている気がする。
(私、向いていないのかなあ・・・こんなんで、女王になんかなれるのかしら?)
おめーはルヴァとでも茶あ飲んでるのがお似合いじゃねえの?
冗談まじりでゼフェルに言われた言葉を思い出す。
多分、それは本当なんだろう。
(ルヴァさまとお話してるのは楽しいし。ゼフェルさまだって、本当はルヴァさまのこと好きなくせに、どうしてああいう言い方なさるのかしら?)
小さいじょうろに水をいれて、端っこから丁寧に水やりをしていく。別段園芸が趣味、というわけではなかったけれどアンジェリークの部屋の前の花壇の花達は、アンジェリーク達を迎えるためにマルセルとリュミエールが植えてくれたのだと聞いた。そう聞けば、なんだか一層愛情が沸く、というものだ。
「アンジェリーク、日の曜日なのにどこにも出かけないのか」
「えっ?」
背後から声をかけられてふりむくと、そこにはヴィクトールがいた。
「ヴィクトールさま、おはようございますっ」
「ああ、おはよう。」
アンジェリークは鼓動が高鳴るのを感じた。わたし、今、身なりはきちんとしていたかしら?慌てて自分の服を見なおす。ああ、それに今の挨拶、なんだか声が裏返っていた気がするわ。どうしよう。
「ゆっくりしているみたいだな」
「・・・わたし、レイチェルみたいに育成がうまくないから、もうちょっとお勉強しようかと思って」
「そうか。だが、日の曜日くらいは気分転換をする方がいいぞ。王立研究所にいたレイチェルとお前は出発地点が違う。皆もそれを知っているから、あまり単純な比較は意味がない。」
「はい、わかってるつもりなんですけど。ほら・・・わたし、お話するのも、うまくないですから、守護聖のみなさんとレイチェルみたいにまだ仲良くなれなくて・・・だから、せめて育成だけでも追いつきたいなあーって」
にこにこ、とアンジェリークは笑顔を見せた。
無理をしているつもりはない。
案外アンジェリークは芯が強い部分もあって、自分は劣等生だけど出来るだけ頑張ろう、ととても自然に思って努力しているだけなのだ。
「話をするのがうまくない、か。俺もそうだから、なんとなくわからんでもない。」
ヴィクトールは困った顔で笑った。
「だが、天気がいい日は太陽の光を浴びることも大事だ。なんといっても、元気が出る。・・・と、俺は思っているのだがな」
「そうですね。あ、でも、今日は一応おでかけするつもりなんです。お母さんにプレゼント買おうと思って」
「お母さんに?誕生日、とかなのか?」
「いいえ、もうすぐわたしの誕生日なので」
「?どういうことだかよくわからんな」
何故自分の誕生日が近くて母親にプレゼントを買うのかがヴィクトールにはわからない。
あ、私、変なこといってるかしら。ヴィクトールさまに会えたのが嬉しくて、余計なこと言っちゃってるかも。
そう思ってもアンジェリークはちょっと止まらなかった。
「産んでくれてありがとう、って。私が生まれた日って、お母さんがとっても大変な思いをして苦しんだ日じゃないですか。小さい頃はそんなこと考えなかったんですけど・・・ここ数年、お母さんとプレゼント交換してるんです。」
「そうしたら、アンジェリークはお母さんの誕生日と自分の誕生日で二回プレゼントをあげているということか」
「お母さんの誕生日は、家族みんなであげてるんです。・・・それに、女王になったら、そうすることも出来なくなりますから。だから・・・今日、選びにいこうかと思って。本当はレイチェルと一緒に行きたかったんですけど、レイチェルは忙しいから」

ヴィクトールは私邸に戻ってきて一息ついていた。今日は夕方あたりからオリヴィエの私邸に呼ばれている。
さすがに母親への誕生日プレゼントを買うのにヴィクトールが付き合うわけにもいかなかった。何を買うのかも想像がつかないし。
出来ることなら俺は色々あいつの力になってやりたい。
ずっとヴィクトールはアンジェリークが気にはなっていた。
先ほど彼女にいったとおり、ヴィクトールとて話がうまいほうではない。それをひっそりと辛抱強くにこにこ笑って聞いてくれるアンジェリークが側にいるのがとても心地いいことをヴィクトールは気づいていた。
が、教官と生徒という立場上それは口にすべきではないと思う。
きっとあの少女は、結局ひとりでプレゼントを買いに行ってひとりで帰ってきてひとりでそうっと日の曜日を終えるのだろう。
別段社交性に乏しいわけではない。ただおっとりしているというだけだ。
主張がないわけでもない。それをいつでも振りかざすことを必要としていないだけだ。
「産んでくれてありがとう、か。」
自分とは世界が違うな。
ヴィクトールはそう思った。とても幸せな温かい家庭で苦労もなく育ったのだろう。
そういう意味での育ちの良さはアンジェリークから常に感じられる。
ヴィクトールは自室でアンジェリークとレイチェルの資料を手にとった。ぱらぱらとめくる。家族構成や学校活動についてなど詳しく書いてある。1度目を通してはいたが、ひさしぶりにそれを見ておこうかという気になった。
めずらしくソファに座ってくつろいでコーヒー片手に目を通す。
「ふむ」
なんのへんてつもない履歴だ。
レイチェルの履歴の派手さと比べて読んでいてもいささか退屈な内容ではあった。
「明後日が誕生日なのか。」

それに、女王になったら、そうすることも出来なくなりますから

きっと、普通であればあるほど、女王になることは彼女にとって大きな覚悟が必要だったのだろう。
1枚ぱらっとめくると趣味の欄があった。レイチェルはスポーツから文芸までいくつかのジャンルが書いてあって多才なことこのうえない内容だ。対するアンジェリークはそうっと「天体観測」と書いてあるだけである。
「ふむ。・・・いかん、俺は何を考えとるんだ。」」
ちょっと、自分らしくないことを考えて首を横にふる。それでもなんだか色々と思いをめぐらせているらしく、動きが何秒か止まっていた。・・・と思いきや
「確か、店が聖地にもあったな・・・」
ばさ、と書類をおいてヴィクトールは立ちあがった。

案の定アンジェリークはひとりででかけていた。
聖地の特定の場所には許された業者のみが生活雑貨やら何やらを売っている専門店街がある。
そこにいくには女王候補生の彼女はロザリアから許可を貰わなければ行けない。
大体は「衣類が不足して」といった内容で許可をもらうのだが、今回は正直にロザリアに打ち明けたところいつもより長い時間の許可を貰った。
けれど、アンジェリークは何を買うのか決めていたから時間はかけずに迷わずひとつの店にはいっていった。
専門店がひしめくなかで、その店はあまり大きくなくて客すらいないように思える。どことなくアンティーク風な外観から想像できなかったが中にはいると驚くほどの天体望遠鏡が並んでいた。
「わあ、すごい」
「いらっしゃいませ」
清潔感がある明るい声で男の店員が応対してくれた。
「こんにちは。あの、星座盤ありませんか」
「ございますよ」
星の見方を教えてくれたのは母だった。
まだ女王になると決まったわけではないけれど、もしも女王になったら。
アンジェリークが慈しんで守っていく宇宙の星々をきっと家族が見てくれるのだろう。
生きる場所が違えば空は違ってしまうけれど星はきっと違わない。そんなことを思って、普通の少女であるアンジェリークからの最後のプレゼントになるかもしれない今年は星座盤に決めていた。それも小さな持ち運びが出来るものがいい。どこにいても同じものを見たい。
「わ、これ、すごい綺麗。」
携帯用の星座盤はあまり種類が多くなかったけれど、それでも機能的で、かつデザインがいいものが中にはあった。
ちょっと値段がはるけれど、それでもいいと思う。
「そちらは珍しいペアの星座盤ですね。」
「え、じゃあ2個セットなんですか」
「はい。」
「2個かあ・・・ううーーーーん・・・」
少しばかり大きいものと小さいもののペアだ。きちんとバックライトもついていてなんといってもデザインがいい。完全にこれはプレゼント用なのだとわかるような箱のデザインだ。
「でも、いいか。自分にもプレゼントしちゃおうかしら・・・ああ、でも、ちょっと高いものね。」
多少高くていい、と思っていたけれど、2個分になっては話が違い過ぎる。
アンジェリークはしばらくショーケースの前に立ち尽くしてじーっと見ていた。
「触ってご覧になりますか」
「うう・・・もうちょっと決心がついてから見せてもらいます・・・うう・・・どうしようーー・・・」
もってきた金はいくらだったっけ。
アンジェリークは財布をあけた。
お店で財布の中身を確認するなんて、なんだか恥かしいかしら?
そう思うとアンジェリークは顔を赤くした。
「んんー。こ、これ、ひとつ売りなんかしていただけないですよね」
「申し訳ございませんが・・・」
本当に申し訳ない、という表情の店員が更にアンジェリークを申し訳ない気分にする。
アンジェリークはじいっとみつめる。見れば見るほど欲しい。どうしてもこれを母親に買ってあげたいと思ってしまった。
「自分のプレゼントにしちゃうには高いものね・・・」
ともう1度溜息まじりでつぶやいたとき
「俺が小さい方をここで買うから、バラで売ってやってもらえんか」
「えっ!?」
聞きなれた声がした。
驚いて振り向くと朝わかれたはずのヴィクトールが何故かそこにやってきた。どうやらアンジェリークが気づかなかっただけでじっと事の顛末を見ていた様子だ。
「まさか、お前がここにいるとは思わなかった。なんだ、お母さんも天体観測が好きなのか」
「あ、あ、ヴィクトールさま。こんにちはっ」
「ああ。」
何がどうなってるのかわからなくなってアンジェリークは動揺している。店員が「少々お待ちください」と丁寧に一礼して奥に引っ込んでいった。
「ヴィクトールさま、そんな、無理矢理わたしのために・・・」
「何をいってる。どうして俺がここに来たと思ってるんだ」
「え、あ、そうですね、どうしてですか」
「買い物があるから来たに決まっておるんだろうが。それがたまたまそれだっただけだ」
「そんな優しい嘘つかないでください」
めずらしくアンジェリークがはっきりとした物言いをした。時折みせるそういう芯が強い部分をヴィクトールはとうに見ぬいていてそれも好ましいと思っていた。
「半分は本当だ。」
「じゃあ半分は嘘なんですね」
「ともいうな」
ははは、と困ったように小さく笑うヴィクトール。アンジェリークはおろおろしながら店員が戻ってくるのを待っていた。
一体どうしてこうなったのかわからないけれど、少なくともヴィクトールがアンジェリークのために金を使うつもりだということはわかった。そんなのは、おかしい。どうなってるのだろう?
しばらくして、先ほどの店員が戻ってきた。
「わかりました。サイズが違いますので、大きい方がお高くなりますがよろしいですか?」
「ああ、アンジェリーク、それくらいは大丈夫だろう?」
「え、あ、はい、でも、ヴィクトールさま」
「とりあえずそういうことにしてもらえ。あまり俺に恥をかかせないでくれ」

ペアの箱だったのを他の星座盤の箱に入れ替えてもらってアンジェリークはとても大事そうに抱きかかえて店から出た。
色々とヴィクトールに言いたいことも聞きたいこともあったけれど、ともかく店の中ではやめたほうがいい、いざとなったら後でヴィクトールから買い取ればいいのだ、と言い聞かせていた。
「ああ、またせたな。」
店から出てきて先に歩き出したヴィクトールはちょっと店の脇にある路地の手前で立ち止まった。
「ヴィクトールさま、あのっ・・・」
「これはお前のものだ」
「えっ?」
今買ったばかりの包みをアンジェリークにさしだすヴィクトール。意味がわからずぼやっとした顔をしてみせたが、彼女なりの解釈をしてアンジェリークは鞄から財布を出そうとした。
「あ、そ、そうですか。その、お金、分割でもいいですか」
「何をいっとる。お前にやるといっとるんだ」
「え。なんでですか。そんな、受け取れません」
「・・・お前の誕生日なんだろう、明後日は」
「!」
アンジェリークはかあーっとなってヴィクトールを大きな目でみつめた。
何を言って良いかわからないようで、何かを口にしそうだけれどそれが止まってしまっている、という風に口が半開きになってしまっている。
「なんて顔をしとる」
「どうして、ヴィクトールさま・・・」
「・・・いや、俺も星を見るのは好きだからな。ここは・・・何もかも環境が変わってしまっただろうけれど、星を見ることが出来ることは変わりがないからな。」
「ぜ、全然説得力ありません。」
アンジェリークは明らかに動揺していた。子供がぐずりだす時のように少しづつ眉根が寄ってくる。
「お母さんと同じもので、同じ星を見るといい。」
「ど、どうしてわたしが思ってることを、おっしゃるんですか」
ついに、アンジェリークの大きな瞳が潤んできてしまった。ぽろ、と涙がこぼれるのをみせないようにうつむく。それに気づいてヴィクトールはうろたえた。
「・・お、おい、何を泣いてるんだ、お前は。確かに俺から誕生日プレゼントなんて渡しても迷惑かもしらんが・・・お前はお前なりに頑張っているからな。俺からの褒美だとでも思ってくれ。それとも・・・そこまで迷惑か?」
その声音は優しかった。こんなに優しい声を今まで聞いたことがあっただろうか?泣きながらそんなことをアンジェリークは思った。ヴィクトールの言葉は全然甘くなくて、彼らしくぶっきらぼうだったけれどその声音だけでアンジェリークには十分だった。
ゆきかう人がじろじろと見ている。それにヴィクトールが気づいてちょっと困っているのも顔をみなくったってわかった。
やがて、アンジェリークはおそるおそると顔をあげて言った。
「そうじゃなくて・・・わたし、嬉しくて・・・」
「なんだ、嬉しくて泣いてるのか。泣くほどのことか?」
「はい、すみません、泣き虫で。これから気をつけます。」
「ああ、そうしてくれよ。・・・とりあえず、受け取ってもらえないか。」
その言葉に小さくうなづいてアンジェリークは手を差し出した。彼から包みをうけとって、母親へのプレゼント分と一緒にそっと胸におしあてる。
「ありがとうございます。わたし、大事にします」
「・・・ああ。使うといい」
ヴィクトールが微笑する姿が涙でかすむ。

こんなに嬉しいなんて。
わたし、どうしたらいいの。

アンジェリークは泣きながら、自分が思っていた以上のこの恋の深さに驚いていた。
そして、またヴィクトールも。

Fin



モドル

いくらなんでもあのオヤジがひとまわり年下の女の子にプレゼントなんてしねーって・・・。しかも!星座盤!
まあ、トロワでお話を聞いた分にはどうやらオヤジは星を見るのがどっちかというと好きらしいんで、許してやってください。
わたし、オヤジにドリー夢はいってます。すみません。
それにしてもこのアンジェリークが軟弱すぎて書いていて力がぬけてきます。
それにしても、いつになったらこのHPタイトルの「陶酔」くらいのバカ甘話が書けるのでしょうか・・・。ムズイ・・・。