独占欲

どんなに鈍感だといわれたって、人生30年も生きていれば「自分らしくない」ことをしてしまったときは、どこかがおかしい、と自分自身でわかるものだ。
ヴィクトールはもちろんそれが出来る年齢だったから、自分がどうやらいつもと違うことをしてしまった、ということに気付いていた。
おかしいというのは、先日教え子であるアンジェリークに誕生日プレゼントをしたことだった。それには色々と理由があったし、少なくとも彼女を自分が好ましいと思っているところまではわかっている。
それでもヴィクトールからすれば、自分が女性に贈り物をする、ということがあまりににつかわしくないことだと思うし、無理矢理受け取らせたもののアンジェリーク自身がどう感じているのかは想像も出来ない。
そんな折り、オリヴィエの私邸に招かれて(すんません、うちのオヤジはオリヴィエと仲が結構イイんです・・・)女王候補生の話がちらりと出た。
「レイチェルは相変わらずいい調子らしいねえ。あの子は見ていて頼もしいよ。」
オリヴィエはミックスジュースを飲みながら言った。今日は何もない土の曜日だからランチを一緒にどうか、とオリヴィエの方から誘って来たのだ。目の前に並ぶオリヴィエのオリジナルメニューはバランスが取れていて、そのうえ見た目も美しい。ヴィクトールは普段自分がスープで摂取している豆類がサラダにはいっていることにちょっと驚きながらありがたく頂いていた。
「そうですね。レイチェルは自分が何をすればいいのかがよくわかっているようです。」
「人から自分がどう見られているか、何を期待されているかを敏感にかぎ分ける能力があの子にはあるようだね。あの子、いつもミニスカートで足を出してるでしょ。自分のチャームポイントまでようっくわかってる。」
「・・・そういうこととは違う気がするんですが」
「そういうことだって!」
けらけら、とオリヴィエは笑う。
「おんなじだよ。人にどう見られたい、どう見られてる、てのは外見だけの話じゃあないもんね。・・・まあ、アンジェリークももう少し自分の伸ばすところ、伸びるところ、自分で気に入っている自分のいいところ、みたいなのがわかればいいんだろうけど。がむしゃらに頑張ってるだけじゃあ疲れちゃうよね」
「・・・がむしゃら、ですか」
「うん。レイチェルみたいに自分を知ってる人間はさ、手えぬく所とぬいちゃいけない所がわかってるんだよ。アンジェリークは手を抜くところがわからないから、なんでも必死になっちゃうんだろうね。・・・レイチェルもそういってた。」

「あの子見てると、なんでそんなにどれもこれも頑張らないといけないのかわかんないんですよね!下手っぴなの。ワタシが手伝ってあげられるものだったらイイんだけど、そうもいかないし。どうやったらワタシみたいに頭いい方法見つけられるのかなあ?」
レイチェルがちょっと前にオリヴィエと話しをしたとき、そんなことを言っていた。
話の発端は簡単で、日の曜日に遊びにいくのにアンジェリークは制服のままでやってきたという。
なんでそんな日まで制服なんだと問いただしたところ、守護聖たちだって日の曜日でも変わらない格好だから、自分もそうしないといけないのかと思っていた、などとおずおずと反論したという。
「だから、ワタシ言ってあげましたよっ、オリヴィエ様なんか平日だって派手な私服着てるときあるじゃん、って!」
その物言いにオリヴィエは彼らしくもなく苦笑いをした。
「レイチェル・・・まあ、確かに間違ってないけど・・・」
「要領悪いんだモン。」

「・・・だっさーい。ちょっと、アンジェリーク、アナタ、その格好で今まで遊んだりしていたの?」
「ち、違うの、レイチェル。あの、ここに来るとき・・・その、厳しいところだって聞いて、お母さんが・・・うわついた服は持っていくなって・・・それで、今これくらいしか・・・」
「バッカみたい。今どき日の曜日にプレスした白シャツとタイなんて着てる学生なんていないわよっ」
「でも、このスカートなら、いつもと違うでしょ」
「そうだけどさあ。それだって何、紺色っていうの?どうしてそんなに学生ーってカッコなの?」
次の日の曜日にアンジェリークと遊びにいこうと迎えに来たレイチェルは上から下までチェックをしていた。
「それにさあ、前にロザリアさまに許可もらって、服買いにいかなかった?」
「あれは、服じゃあなくて・・・下着。なんか、ここにきてからサイズかわったみたいでキツくなったの。胸。」
「うっそお。くやしーっ。まあ、ワタシなんかはスレンダーボディが似合うから、無駄な胸はいらないけど。はっきりいうけど、今のカッコダサイよ。」
「私も実はちょっとだけそう思ってるの・・・。」
アンジェリークは小さく笑った。
もともと可愛い服が好きだったけれど、花柄やピンク色やらレースやらの服は、女王候補生としてここにくるときに母親がもたせてくれなかった。うわついていると思われると我が子の評価が下がるだろうという親心だったのだがレイチェルの前ではそんなことはどうってことがないものになってしまう。
レイチェルは今日は彼女の肌色によく似合うゴールドのキャミソールにラメ入りストレッチデニムのミニスカートをはいて、キャミソールと同じ色のサンダルをはいていた。さすがにそれだけでは派手すぎるので、白い七分袖のニットカーディガンをはおっている。
只者ではないのが伺われるのが、そのニットカーディガンだって微妙にアイボリー色がまざっていたから、下に着ているキャミソールと微妙に色がリンクしているところだ。アンジェリークはそんなレイチェルをみて「レイチェルは本当にセンスいいなあ」なんてぼんやり考えていた。
「ちょっと、今日はカフェテリアでお茶でも、って思ってたけどさあ。・・・いくよ、アンジェ!」
「ど、どこに?そっちは庭園じゃあないわよ」
「オリヴィエ様のところ!決まってんじゃん!」
「全然決まってないわよ〜!!」

「あっはっはっは、ついにそんなところまでチェック入れられちゃったわけね」
オリヴィエは事の顛末を聞いて爆笑していた。ソファにレイチェルと並んで座ったアンジェリークは恥かしくなって小さくなっている。
「でも、もともとはちがう格好してたんでしょ」
「はい。実は、この服とかはあまり着てなかったから・・・何に合わせればいいのかもわからなくて」
「バッカねー。だったらなんでそんな服もってくるのよ」
「だって!その・・・もっと・・・」
ちら、とオリヴィエを上目遣いで見てアンジェリークは困った顔で言った。
「もっと固い試験かと思って・・・部屋も用意してあるって聞いたから、門限とかも厳しくて、朝から晩までスケジュールがつまっていて、ずーっと机にむかって勉強するか、女王陛下にふさわしい女の子になるためにその、言葉使いとかそういうものまで細かく矯正されちゃうのかと思ってたくらいなんです・・・学校のお友達が、そう言ってたの!」
ぶは、っとレイチェルも笑った。彼女はずっと王立研究所のエリートだったから女王試験なんかもどういったことが行われているのかをおぼろげには理解していた。
けれど実際普通の女学生であればそんなことは確かに予想も出来ないだろう。
「じゃあ、でかけよっか。あんたに似合う服でも探しにさ」
「でも、あの、お金とかないんです」
ちょっと前に母親へのプレゼントを買ってしまったアンジェリークは金にちょっとだけ困っている。
そもそもここに来るときに金はいくらかもらってきたし、自分の貯金もおろしてきた。必要なものがあればロザリアにいうとなんでも用意はしてもらえる。
けれど、自分の衣類となればもってきた金でまかなわなければならない。
先ほどロザリアにいったとおりに下着を買ったり本を買っただけでもかなりの金額を今まで使い込んでしまった。この上衣類となるとかなりの出費になって心もとなくなってしまう。
「何いってんの。そんなん必要経費でしょ」
「ええっ!?そういうわけにはいかないですっ」
「あのねえ、アンジェリーク」
オリヴィエは優しい口調でアンジェリークに言った。
「あんたたちは、未来の宇宙を担うために今頑張っているだろ?宇宙が肩にのってるっていうのはすごい重責なんだよ。女の子は綺麗になることとか、新しい自分を見つけることで、そういうストレスを発散するもんだ。そう考えたらさあ、これは必要経費だよ?」
「そっ、それはーなんか違う気がするんですけどお」
アンジェリークはまためずらしく反論をした。
「いいじゃん!アンジェリーク、経費よ経費!」
「だって、そのお金って一体どこから・・・」
「ご褒美だってば。ね?じゃー2人ともちょっと待っておいで」
オリヴィエは近くにあった呼び鈴を鳴らした。いまどきそんなもので人を呼ぶ人間がいるとは思わなかったからアンジェリークは驚いてしまう。
音を聞きつけてすぐに使用人がかけつける。オリヴィエの使用人は誰も彼も美形だ。
「お呼びでしょうか」
「エレンを呼んで。お店の服で女の子用のぜーんぶもってこいって。」
「かしこまりました」
お茶を飲みながら話しをしていた3人のもとへ小一時間ほどでやってきたのは、30歳近い大層美人の女性だった。
オリヴィエの使用人5人がかりでその女性がもってきた箱を次から次へと部屋に運び込む。
「はあい、エレン、よく来てくれたね」
「いつもご贔屓ありがとうございます。」
「レイチェル、アンジェリーク。彼女はエレン。レイチェルは知ってるかな?」
「知ってます!服、この前買ったもの。すっごい色々なテイストの服があるお店ですよネ!びっくりしちゃった。節操ないのかと思ったけど、このお店は別格!」
「ありがとうございます」
箱をがさがさと使用人があけていく。全部で20個以上もあるパッキンはアンジェリークには1個持てるか持てないかのサイズで、その中にはすべて服が詰まっているようだ。
「どうぞ、お手にとってご覧くださいな。」
エレンが微笑む。既にレイチェルは興味津々で覗き込んでいた。
「アンジェリークは、服を選ぶときにどういう基準で選んでいる?」
「え・・・うーん、デザインはもちろんですけど、縫製がきちんとしているものですね。」
「わあ、おかたーい。」
レイチェルがびっくりした顔をする。
「1年しか着ないジャン、流行モノだったらさあ。」
「わたし、レイチェルみたいに流行ものが似合うわけじゃないもの」
「まあね!私は特別だけどね。」
「だから、可愛い服が好きなんだけど、しっかりした作りのものがスキ〜」
にこにこ、とアンジェは笑った。この少しのんびりとした笑顔がなんだか温かみがあってオリヴィエは嬉しそうに笑う。
「そ。縫製重視ってのはいいね。あとは?」
「自分が持ってる服に合うかどうか・・・かな・・・。それを考えて買うと、いつも・・・その・・・」
「こういう服になるわけ?」
とレイチェルが茶化す。
「違うわよ!こ、こういう・・・」
「うっわーーーー少女趣味!」
アンジェリークがそっと箱から取り出したのは綿のうすいピンクのパフスリーブのブラウスだった。裾と衿に可愛らしい小花の刺繍があしらってある。ピンクだと思ったけれど、よくみると小さなギンガムチェックだということにレイチェルは気づいた。
「なあに、これ。子供っぽーい」
「そ、そうかしら」
「ワ・タ・シみたいにちょっとはさあ、イケてるカッコ目指しなよ!」
「無理よ、レイチェルみたいにカッコよくならないもの。わあ、これ可愛い」
そういってアンジェリークが手にとったのは、柔らかいガーゼ素材を2重に重ねたオレンジ色のティアードスカートだ。
「アンジェリーク、今着ているシャツ脱げる?」
「あ、はい。キャミソール着てますから・・・」
「ちょっと脱いでご覧」
「はい」
素直にボタンをはずすと、かっちりプレスしてあるシャツの下から胸元にレースがあしらってある綿のキャミソールが見えた。
「ああ、思ったとおりだ。あんたはとてもきれいな鎖骨をしているじゃないか。それを見せないっていう手はないよ」
(ヴィクトールはぶっ倒れるかもしれないけどね)
とオリヴィエは心の中でくすりと笑ったけれど、それはおくびにも出さない。
「鎖骨、ですか」
「そうですね。こんなスクエアカットのカットソーなんて、可愛いと思いますけれど」
エレンがアンジェリークに見せたのは、ノースリーブのスクエアカットのカットソーだ。ちょっと体にフィットしている形だけれど、デザイン自体は可愛らしい。
色は微妙なクリーム色で、やわらかいピンクのパイピングが衿やすそ、袖口にほどこしてある。
左胸元にはパイピングと同じピンクの布でつくった1輪花のコサージュがピンでとめてあった。
「これでしたらスカートでもパンツでも合いますもの。」
「女のコなんだから、それくらい体のラインが出る服着ないとダメだよっ、ねえ、オリヴィエさま、これワタシ似合います?」
「ああ、いいね。でもあんたはこの色を着てみるといいかもしれないよ」
「ええっ?ベージュなんて地味じゃないですか。」
「いいから。試しに着てごらん」
レイチェルははっきりした水色のレース編みになっているラメ入りロングカーディガンを手にとった。彼女にいわせると今の自分はラメ入りのものに凝っていて、しかも世の中のラメものは自分のためにある、らしい。それをとりあげてオリヴィエは同じデザインだけれどくすんだベージュのものを手渡す。
「わあ、お姉さん系になった」
「でしょ。そういうのも、カッコよくない?」

「ふわーーー」
アンジェリークはレイチェルと共に衣類を運んでもらって帰ってきた。服は箱にはいったままで放り出して、ベッドにうつぶせに倒れる。
今日は疲れた。そもそももともとアンジェはとっかえひっかえ服を着て、脱いで、着て、という試着は苦手なのだし、レイチェルとオリヴィエのテンションに巻きこまれては疲れるのも当然だろう。
(そういえば・・・この前ヴィクトール様とお会いしたとき、わたし・・・)
思い出す。あの日はチェックの茶色の膝下スカートに、やっぱり綿の白いシャツだった。
それが悪いわけでは決してない。でも、折角日の曜日に出会うことが出来たならもっと可愛い格好がしたかった。
「・・・わああっ、でも考えると・・・恥かしい〜!!」
ひとりでじたじたとのた打ち回る。第一どうして、おしゃれした自分とヴィクトールが歩いている姿を想像なんてしてしまうのだろう。アンジェリークは勝手に恥かしくなって足をばたばたさせた。
「あ、そうだ、洗濯物、アイロンかけなきゃ」
実のところ、アンジェリークはアイロンがけには自信があった。中学生の頃から母親に仕込まれて毎日毎日アイロンがけをしていたからだ。父親のシャツや弟のシャツを毎日やっていれば腕前もあがる。
(でも、そうね。レイチェルがもってる服って、アイロンかけなくてもよさそうだし)
今日オリヴィエに進められた服だって、そうだ。
「わあ、そしたらわたし、これから誰の服アイロンをかければいいのかしら。ハンカチくらいだけになっちゃうわ」
なんてつぶやいてから、お約束通り
「・・・ヴィ、ヴィクトールさま・・・?」
なんてことを思ってしまう。一人でころころ表情を変えて、アンジェリークは忙しい。そうこうしていると
「ちょっと、アンジェリーク!」
ドアをノックする音とレイチェルの声がした。
「はあい、なあに、どうしたの、レイチェル」
慌ててドアをあけるとレイチェルは何かを差し出す。どうやら口紅のようだ。
レイチェルは銀色のキャップをとって、口紅の中身をくり出してみせた。
「これ、あげるよ。ほら、あたしには地味じゃナイ?アナタだったら地味さ加減が調度いいかと思って。セットでもらったけど、使わない色だから。」
「え、いいの?」
アンジェリークは受けとってレイチェルを見る。
「いーよ。だっていつまでもアナタがダサいとさーあ、まるで引きたて役連れてるみたいで身上悪いじゃん。まっ、どっちにしたって引きたて役になっちゃうかもしれないけど、ちょっとはマシになるでショ。」
その言葉はいつも通りのレイチェルの気ままな言葉なのだが、ちょっぴり慣れないことをしたな、という照れがまじっていることがアンジェリークにはわかった。
「ありがとう、レイチェル!ね、カフェテリアにいけなかったから、お茶飲んでいかない?お礼よ」
「アナタがどうしても、っていうなら寄っていかないこともないケド!・・・ねえ、ココアある?甘いもの飲みたい気分なんだ」
「うん、あるわよ」
「やった!ちゃんとミルクでね」
「いつもそうやってるじゃない」
アンジェリークはレイチェルを部屋にいれた。
「真似して作ったけど、おいしくなかったヨ!」
といいながらレイチェルは椅子に座った。アンジェリークの部屋は整理整頓されていて、とても居心地がいい。
「ちゃんと練った?」
「うん」
「最初からミルク使ったの?」
「うん」
「最初はね、お湯がいいみたい」
「ええーっ?それじゃあミルク100パーにならないじゃん」
レイチェルは普段刺激がある食べものとか、甘過ぎるものは摂取しないのだがアンジェリークがいれてくれるココアは別なのだ。決してレイチェルは言わないけれど。
アンジェリークはくすくす笑いながら
「私の入れ方もオリジナルだから。もしかして本とか読んだらもっとおいしい作り方とか書いてあるかもね」
「いーよ、アンジェリークがいれてくれれば。ねえねえ、今日のワタシの服、ベージュカーディガンと緑のワンピ、どっちがリュミエール様好みだと思うう?週末デートなんだー」
「ええっ!?レイチェル、オスカー様とデートじゃあないの!?」
「ナニいってんの?色んな人と遊びたいジャン!」
「・・・レイチェルって、すごいなあ。」
「ねえねえ、どっちがいいと思うー?」
アンジェリークは呆れ顔でココアをいれた。それをにやにや見ながらレイチェルはずばりと言う。
「アナタはさあ、すっごい年上好みなんでしょ?」
「ええっ!?」
「知ってるもんねー。別にいっけど。ワタシはあのヒト、好みじゃあないし」
「な、なんのことっ?」
「ふふふふん。しらばっくれなくてもいいわよ」
「そんな意地悪をいったら、ココアいれてあげない」
「ああっ、ヒドイなあ。お礼でしょっ、お、れ、い!」
レイチェルと自分は全然違うけれど、いい友達でいられそうだ。


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