独占欲-2-

翌日アンジェリークはマルセルとルヴァに育成のお願いにいった。
相変わらず平日は制服姿だけれど、自分では案外そのスモルニィの制服は似合っていると思う。
「はあ、ただいまー」
部屋に戻ると、昨日オリヴィエのところからもらってきた服がハンガーにかかっている。
そっと手にとってあててみた。
「ちょっとだけ・・・着て見ようかしら」
アンジェリークが手に取ったのは、可愛らしいピンクのサテン地スカートだった。裾には銀色の刺繍で花があしらってあって脇に短いスリットがはいっている台形ミニだった。
「それと、これ合わせたらいいかしら?」
ちょっととまどいながら一緒にもらってきた、最初に勧められたカットソーを手に取った。うん、可愛いかもしれない。
だって、よくみたらカットソーのパイピングはサテンリボンみたいよね?とうきうきしながら着替えて見る。
「わあ、これ、すごく好き〜!」
嬉しくなってにやにや笑いながら靴を選ぶ。靴は家から持ってきた白い布サンダルをセレクトした。アンジェリークが特売で買って、自分でビーズ刺繍を縫いつけたご自慢の一足だった。
この格好でヴィクトールと一緒に星を見にいったら、どうだろうか?ああ、でもそうしたらスカートじゃないほうがいいかもしれない、サンダルじゃないほうがいいかも、なんてことをちょっと考えた。
「嬉しいなあ、レイチェルに見てもらおうかしら」
うきうきと全身を鏡に映して喜ぶアンジェリーク。髪の毛に結んだ黄色いリボンが色合いをそこねているのに気づいて、とりあえずおろしてみた。
レイチェルはとなりの建物に部屋をもらっているから入口は別になっている。
アンジェリークは外に出て、レイチェルのドアをノックした。
「レイチェル、いる?」
返事はない。もう1度とんとん、とノックをするが返事はない。
「・・・そっかあ。まだ今日は頑張ってるんだ。」
ちょっとだけ、がっかりしてアンジェリークはドアから離れた。そのとき。
「アンジェリーク?」
「・・・きゃあっ、ヴィクトール様!?」
呼ばれて振り向くと、ヴィクトールが書類を抱えて歩いてくるところが見えた。思わぬ偶然でアンジェリークは慌てる。
「・・・ああ、レイチェルに用事なのか?」
一体何が「きゃあ」なんだ?とヴィクトールは驚いた様子だったが、何も言わないで挨拶をする。
「は、はい。」
「・・・どうしたんだ、お前、そんな・・・」
上から下までヴィクトールにしては不躾にアンジェリークを眺める。
「一体、何があったっていうんだ?」
「・・・え・・・」
そう言われても困ってしまう。確かに新しい服ではあるが、「どうした」とか「何があった」と聞かれるような格好を自分はしているのだろうか?
「その・・・似合わない、でしょうか」
「いや、そうじゃなくて・・・何か、その・・・あったのかと」
曖昧にヴィクトールが答えるものだからアンジェリークはますますわからない。
すごい、ショック。
きっと、ヴィクトールさまはこういうお洋服がお嫌いなんだわ。
きっと母さんがみたら「うわついた格好だから」とか言うに違いない。もしかして、ジュリアス様だって女王候補生らしくない、とかお怒りになるかしら?
どう答えて良いかわからずにアンジェリークは不安そうな表情でヴィクトールを見る。と、そのとき
「ヴィクトールさま、バカバカバカっ!」
「え、あ、な、なんだ、レイチェル」
「レイチェル!?」
バタンっ、と音をたてて部屋からレイチェルが飛びでて来た。
「女のコが可愛いカッコしてたら、自分の好みがどうだって褒めてあげなきゃダメじゃん!」
レイチェルは呆気にとられているヴィクトールに叫んだ。その後ろでおずおずとアンジェがレイチェルの髪をひっぱる。
「・・・レイチェル、いたの・・・?」
くる、っと振り返ってレイチェルは
(いたけど、ヴィクトールさまが来るの見えたから気い、きかせたんじゃん!)
小声で囁いた。
「お、おい、レイチェル」
「女のコが可愛いカッコしてんのに、「何があった」なんて言われたら超ショックー!デショ、アンジェも何かいいなよ!」
「あ、のね、レイチェル、その・・・」
「違うんだ、レイチェル、オレは、その・・・」
アンジェリークとヴィクトールの言葉が重なる。
「ダメだよっ、ヴィクトールさま。ワタシ、確かにヴィクトールさまの生徒だけど、そういうの関係なしにこれだけはワタシから教えてあげる。女の子が可愛いカッコするのに理由なんてないもん。そんなやって聞かれたら、ワタシだったらすっごいがっかり。こんなにこのコ可愛いのにさー」
そういうとレイチェルはアンジェリークの手をひっぱった。
「ま、ワタシには及ばないけど。でも、いつもよりかマシになったでしょ」
「マシって・・・おまえ・・・その。別にいつも通りだって・・・その・・・」
ヴィクトールは柄にもなく「いつもだってこいつはかわいいだろう」なんて口走りそうになって慌てて止めた。
可哀相にアンジェリークはどうしていいのかおろおろするばかりだ。
そんなことをしていたら、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。マルセルとランディ、そしてティムカらしい。
「レイチェル、わ、わたし部屋に戻るわ」
「ちょっと待ってよ。やだなあ、人が来てるのに挨拶もしないでひっこむなんて、態度悪いよ!ヴィクトールさまもちゃんとここにいてネっ」
「それでどうするんだ?」
レイチェルは2人が困っているのなんかおかまいなしで、マルセルたちに手をふった。
若者3人は案外とヴィクトールになついているものだから、笑顔で手を振り返して近づいてくる。
「こんにちは!ヴィクトールさま。」
「わあ、アンジェリーク、今日は可愛い服着てますね」
一番初めにティムカがそう言った。
「ありがとうございます」
「本当だ。アンジェリーク、いつも制服だから初めてかも。そういう色も似合うんだ」
とはマルセルだ。ランディはそういうことをいい慣れない挙句にそもそも人を褒めるのがあまり得意ではないのだが
「それじゃあ走れないけど、女の子らしくていいね」
「なんで走る必要があるの、ほんとにランディは・・・」
とマルセルが呆れて笑った。
ヴィクトールとアンジェリークは苦しい笑顔を浮かべて彼らの会話を聞いている。特にヴィクトールは居心地の悪さからなのか何なのか、イヤな汗をかいていた。
妙な緊張感がこの2人の間にあることを若者3人はまったく気づかない。
「これから森に動物見にいくんだ。君達もどうだい?」
「ワタシいきまーっす。あ、でもアンジェとヴィクトールさまは用事があるんだって」
「レイチェルっ!?」
これも2人の声がダブった。
「そっか、残念だね。じゃあまた今度誘うよ」
かくして、彼らは4人で嵐のように去っていってしまった。

「・・・その、別にオレは、だ」
「・・・いいですっ、正直に言ってください。わたし、似合わないです・・・よね?」
「違うといってるのに!」
「じ、じゃあ・・・」
「・・・その、な。俺は・・・お前がいつも学生らしくて、きちんとプレスしたシャツや全然よれてないプリーツなんかが最近の若い・・・なんていうと年よりじみているが・・・ともかく、お前の年齢の女の子にしてはしっかりしているのだと思っていたんだ。・・・服装の乱れは心の乱れというじゃないか」
「じゃ、この格好・・・乱れてるんですか〜」
「・・・そうではなくて・・・」
ヴィクトールは頭をかかえた。どう言ったらいいのかまったく彼にはわからない。
「その・・・女らしくて・・・いいと思うぞ」
「本当ですかっ!」
言ってから、今すぐこの場を走り出したい!!という衝動にかられる。それを無理矢理抑えればそれはそれで全身の血液が逆流していくような感触がした。
ああ、もう。
ヴィクトールは戦場にいるときよりも正気を保つのが難しい、と頭をふった。
「あまり深く考えないでくれ。ようは、その・・・オレが、お前もお洒落とかそういうものに興味がある年頃だということを忘れていたということだ」
「・・・わたし、そういうのに・・・無関心に見えてしまいますよね?きっと」
「そうじゃない。」
ああ、なんといっていいのかわからなくてもどかしい。
ヴィクトールは深呼吸をした。
「・・・ごめんなさい、ヴィクトール様を困らせてしまったようですね。その、もう、いいです、慰めてくださらなくても」
「ちょっと待て、慰めてるつもりなんかじゃないぞ」
「だって」
「・・・もう1回しか言わんぞ。・・・女らしくて・・・いいと思う。俺は、その、正直いうとお前やレイチェルほどの年齢の女学生の嗜好なんかはわからないから、急にお前が変わってしまったのはどうしたのかと・・・思ったってだけで」
アンジェリークは大きい瞳を更にびっくりして大きくしてヴィクトールを見た。
「じゃあ、その、私、ヴィクトールさまのこと、困らせてないですか」
「ない。いや、なくはないが、俺が勝手に困っているだけだ」
「じゃ、やっぱり困っていらっしゃるんですね・・・」
「・・・困ってない。」
問答になってしまうことに気づいてヴィクトールはそう言った。それにアンジェリークも気づいて
「困ってるんですよね」
「困ってないといっているだろうが。」
そういってからごまかすようにヴィクトールは続けた。
「ああ、さっきもちょっといったけれど・・・その服のこととは別で・・・お前はいつもきちんと服をプレスしていて、偉いと思っていた。だから、きっちりした服が好きなのだと思っていたんだ」
「服は、その、カワイイのが好きなんです。あっ、でも、嬉しいです。私、アイロンかけるのだいすきだから」
慌ててそう付け加えるアンジェリーク。
なんだかそれが可愛らしくて、ついヴィクトールは声を出して笑ってしまった。
「そうか。ははは。・・・自分でやっぱりかけていたのか」
「はい。なんか・・・気持ちいいじゃないですか、綺麗になるのが。だからお洗濯もダイスキです」
やった。ようやく話をそらすことに成功してヴィクトールは胸をなでおろした。
「おっと」
気が緩んだ隙に、ヴィクトールがかかえていた脇から書類がはらりと2,3枚落ちた。
「あっ」
慌ててアンジェリークはそれを拾おうと屈む。それへ遅れて屈もうとしたヴィクトールは、目が一点に止まってしまった。
「・・・」
今まで見えたことがない鎖骨から胸元へのライン。
(いかん!)
咄嗟にヴィクトールは叫ぼうと口をあけたけれど、強靭な精神力で声を出すことを抑えた。
ぐ、とヴィクトールは口を引き結んで息を吸いこんで、吐いて、それからもう1度アンジェリークを見た。
「ヴィクトールさま、これ」
屈んで下から見上げるアンジェリークの笑顔は無邪気だ。自分の胸元をヴィクトールが見ている、なぞ思いもよらない。
「ああ、ありがとう。すまんな」
冷静さを保つのにヴィクトールは集中をした。集中して、集中していないフリをするというのは難しい。
レイチェルだってある程度は胸元が見える服を着るときだってある。それでもなんとも思わないのは多分レイチェルがスレンダーな体型で、妙に肉感的ではないからだろう。
が、アンジェリークは。
小柄だけれど、服の上からでも女性らしさがわかる体型だ。
そんな彼女が鎖骨が見える直線裁ちになっているスクエアネックを着ているわけだから、屈んで皺が出来た衣類から胸元近くが見えたっておかしくはない。
(そんな胸元があいている服を着て!・・・と、言いたいところだが・・・)
ここでこれ以上アンジェリークに刺激を与えるのはマズイような気がする。
しかし、遠まわしでもいいから、言わないとならないだろう。
折角話をそらしたっていうのに、なんてことだ。ヴィクトールは自分の性格を呪った。
「その・・・アンジェリーク。」
「はい?」
「確かに、今日の服は・・・そういうのもお前には似合うとは思うのだが・・・あまり、みんなの前で着ないほうがいいんじゃないかな」
「ええっ?」
目の毒だ、とは言えないヴィクトールは言葉を濁す。
「や、やっぱり、おかしいですか」
「そうじゃなくて、その・・・」
遠まわしに、と思ったってうまい言葉がみつからない。ヴィクトールは困りながら思いきって言ってしまった。
が、ヴィクトール自体思いもよらずに言葉に本音がぽろっと出てしまう。
「俺といるときだけ、特別に着てくれ!」
「ええーっ!?」
「ん?なんか、違うな。えーその、なんだ・・・」
「ヴィ、ヴィクトールさま、それって・・・」
アンジェリークもすっかり混乱してしまっている。
どんどん深みにはまっていくのをヴィクトールは感じた。こういう時こそレイチェル、いてくれ!と思うのだがそれはもう叶わない話だ。
ええい、妙な誤解を招くより、俺も男だ、いってしまえ!と、勢いつけてヴィクトールは男らしく正直に言った。
「その格好は胸元が見え過ぎる。と、俺は思う。だから・・」
「・・・・!!!!」
アンジェリークは真っ赤になって胸元を抑えた。
「それって・・・ヴィクトール様は見たい、ってことですか・・・」
まずい。アンジェリークは顔を真っ赤にして、さらに上目遣いでヴィクトールを軽くにらんでいる。
「そうじゃなくて・・・」
「だって、胸見えるっていってるのに、ご自分の前だけで見せてくれって、そういうことじゃないですかあ〜!」
そういうとアンジェリークは大きい目を潤ませてヴィクトールの前から逃げて、自分の部屋に入ろうと背をむけた。
「おいちょっと待て、アンジェリーク!」
真意をうまく伝えられないヴィクトールはアンジェリークを追いかける。
バンッ、とドアを開けてアンジェが中に入ろうとしたところをヴィクトールがドアを抑えた。もともと軍人である彼の腕力にかなうわけもなく、ドアは開こうにも開けない。
「すまん、そういう意味じゃないんだ」
「やだ!ヴィクトールさま、もう離してください!」
懸命にドアノブをじたばたと引っ張るアンジェリーク。と、ぼろぼろと涙がこぼれるのが見えた。
「・・・何を泣くことがあるんだ、お前」
「だって、だって・・・」
ヴィクトールのバカ力にかなわずドアを開けられないアンジェリークは、へたへたとそこに座り込んだ。
丸くなって膝を抱えてアンジェリークはうつむいている。
「スカートが、汚れる」
「だってもういいですう・・・。私、ヴィクトール様と一緒におでかけするときに着たかったのに〜。」
「えっ、な、なんでそんな・・・」
「なのに、どうしたんだ、なんて言われるし、挙句に胸が見える、なんて言われたら、悲しくなってきちゃった・・・」
「・・・」
ああ、どうしよう、とヴィクトールが困っている隙をみて、アンジェリークはすっくとたちあがった。いつもトロくさいアンジェにしては素早い行動だ。
「ああっ!騙したな!?」
どうしたんだ、といぶかしんでいたヴィクトールの目の前でアンジェリークはドアをあけて部屋に入ってしまった。
「こらーっ!!アンジェリーク、話は済んでないぞっ!」
ドンドンドン、とドアを叩く音がしたけれど、窓を全部カーテンで締めきってアンジェリークは靴を荒っぽく脱いで、服も全部脱いでしまった。泣きながらベッドにもぐりこんで布団をかぶる。
すっごいショック。
やっぱりやめればよかった。
オリヴィエさまとレイチェルに言われるままに、ちょっとだけいつもより背伸びした服を選んで見たけれど。
ヴィクトール様からみたら私なんて、まだまだ子供でその背伸びを許していただけないんだわ。
俺といるときだけ、特別に着てくれ
その言葉を言われたときに、気持ちが伝わっているのかと思って舞い上がってしまったのに。


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