独占欲-3-

懸命にドアを叩いてもアンジェリークは開けてくれなかった。
ヴィクトールは自分の不甲斐なさを呪って、とりあえず今日のところは放っておいて、後日またアンジェに弁解なりなんなりをしなければいけないな、と独り言をいいながらその場を去った。
なんといっても彼は書類を片手にもって歩いていたわけで、日の曜日ではあったが実は公務中だったのだ。
「こうしている間にレイチェルがすぐにでも戻って来てくれれば話が早いのに」
そんなことを思ったけれど、そう思った自分をヴィクトールは否定をした。
それではいけない。レイチェルに解決してもらっているようでは、何一つ意味がないのだ。

アンジェリークは翌日いつものようにスモルニィの制服を着て部屋を出た。
泣いたものだから目がちょっぴりはれぼったい。
アンジェリークのいいところは、昨日あんなことがあったのにそれでも自分からヴィクトールに謝りにいこう、なんて思っていることだ。
どういう理由にせよ、何度もドアを叩いているヴィクトールをずっと無視し続けたことは事実だから。
本当は何を言われるのかは恐かったけれど、このまま放っておいたら今度は話をするタイミングを逃してしまって、ヴィクトールと会話も出来ない仲になってしまうような気がした。
「ヴィクトールなら、今日は部屋にいるよ。めずらしいね、あの人が、さ」
ヴィクトールの執務室前にいったら、通りがかったセイランが教えてくれた。
「そうですか・・・」
「でも、何かあったら呼び出してくれって言われてるから・・・別に忙しいってわけじゃあなさそうだ。学習に来たのかい?」
「あ、いいえ・・・ちょっとお話したいことがあって・・・。」
曖昧にいってアンジェリークは笑った。セイランはふうん、という感じで彼なりの嗅覚で何かを嗅ぎ付けたらしい。
「そう。僕はこれから部屋に戻るんだけど、君も来るかい?ヴィクトールに会いに、さ」
彼ら協力者である教官達は、3人でひとつの館にそれぞれ部屋をもらって生活をしている。
玄関や風呂、食事をするところなどは共有のスペースだが、各々書斎と寝室をもっているのだ。
「え。でも」
「もちろん、別に積極的に誘うって気はないけどね。あくまでも君の意志で。どうする?」

初めてアンジェリークは彼らがすんでいる館に足を踏み入れた。
「この先にいって、左に曲がったらそっちはもうヴィクトールのエリアだよ。僕はこっちに部屋をもらっている。何かあったらおいで。ああ、でも没頭しているときはきっと返事もしないけれどね。」
そういってセイランは去っていった。
玄関をはいってすぐに通廊が2方向に別れていて、片方はセイランのエリア、もう片方はヴィクトールとティムカ、そして共有スペースのエリアになっているという。
ちょっとしたペンションのようなものに似ているな、とアンジェリークは思った。
セイランにいわれた通り歩いていって、ヴィクトールの部屋らしいところで立ち止まる。
中からがたがたと音がしていて、ヴィクトールがいるらしい気配がする。
(・・・どうしようっ!緊張してきた。わたし、こんなところに来るほどのことだったのかしら!?)
手が震える。こんなに緊張したのは、初めて女王候補として謁見の間にいったとき以来かもしれない。
トン、トン。
小さくノックをする。
「誰だ?」
中からちょっとくぐもった声が聞こえた。
「あの・・・」
ためらいがちにアンジェリークが声を出した。
「アンジェリーク!?」
名乗るよりも速くヴィクトールは気付いてドアを開けた。キイ、と小さな音をたててドアが開かれる。怒られないかとどきどきしながらアンジェリークはおとなしく待っていた。
「どうした、こんなところまで・・・。」
「・・・・わあ・・・。」
驚き顔のヴィクトールをみる。それから、アンジェリークは声もなく不躾にヴィクトールを上から下まで見た。
「用事があったか。すまんな、言い忘れていた。昨日はちょっと急な仕事がはいったものだから、今日休みをもらったのだ。本当なら日の曜日に働いたからといって休むほど軟弱ではないんだが、今日は・・・アンジェリーク?おい!どうした!」
アンジェリークは、へたへたとその場にへたりこんでしまう。
ヴィクトールは驚いて両肩を掴む。
「どうした、どこか具合が悪いのか。顔が赤いぞ。熱でもあるのか。」
「ち、ち、違います。その・・」
「なんだ」
「ヴィクトールさま・・・初めて、私服をみたものですから・・・」
「それでどうして座り込んでいるんだ、お前は」
アンジェリークは行儀悪くぺったり座り込んでヴィクトールを見上げる。
(か、か、か、か、かっこいい・・・・。)←注記:恋は盲目ですね。
ヴィクトールはオフホワイトのざっくり編んであるニットを着て、一目見ただけで素材が上質だとわかるこげ茶色の、それでもかなりはき込んでいるようなチノパンツをはいていた。もちろん、手はいつもどおり手袋をしているのだが。
「その、驚いて」
「そんなに驚くことか」
ちょっとヴィクトールは心外そうに眉根を寄せた。
「おかしいか。俺は四六時中軍服でも着ているかと思っていたのか。いつもは、まあ、あまりラフすぎる格好は好きではないが・・・」
それでもじろじろみるアンジェリークに困ったようにヴィクトールは言う。
「休日くらいはな」
あ。
アンジェリークはちょっとだけ思った。
「・・・ヴィクトールさまっ。その、今、ちょっとだけ昨日のヴィクトールさまのキモチがわかった気がしますっ」
そういって昨日の最後のようにめずらしく素早い動きで立ち上がった。
「わたし、わたし、ヴィクトールさまも昨日、驚いていらっしゃったんですよね!?」
「・・・あ、ああ。まあ・・・」
驚きは確かにあったけれど、最後にアンジェリークに悲しい思いをさせたのはそれとは違うのだが。
けれど、このおっとりしている少女はいっぺんにあれもこれも考えられるタイプではない。
「わあ、本当・・・意外な格好をしていると、こんなにびっくりするものなんですね。」
「そんなに意外か」
「あっ、悪い意味じゃあなくて・・・その・・・」
アンジェリークはちょっと恥じらいながら笑った。
「とってもお似合いです。その、ステキだと思います」
「・・・だから、俺もいっただろうが。女らしくて、いいと思う、と」
ふう、と小さくヴィクトールはため息をついた。が、その顔は微笑している。
「まあ、中にはいれ。今探し物をしていて汚いんだが」
ヴィクトールはアンジェリークを部屋にいれて、椅子をすすめた。ヴィクトールがあてがわれた部屋はシンプルで、何も無駄なものがないように思える。大量の資料やら書類以外は。
「で、それはいいとして、何をしに来たんだ」
「・・・それはいいとして、って・・・その、昨日のことで謝ろうと思って来たんですけど・・・」
ちょっとだけアンジェリークはむくれて言った。ヴィクトールはまたまた慌てて
「いや、その、そういう意味じゃなくてな。・・・俺のほうこそ謝らなければいけないな。昨日は言葉が足りなかった。すまん」
「いいえ。わたしこそ、無視しちゃって本当にすみませんでした」
そういってアンジェリークは頭を深く下げた。その素直な言葉にこれは敵わないな、とヴィクトールは心の中でつぶやく。
「昨日のは・・・あれから、お前にどう伝えてよいか考えたんだが・・・。その、なんだ。要は・・・可愛い格好はとてもよいと思う。だが、ちょっとばかり露出部分が多いような気がしたので、その・・・俺はお前達よりずっと年上だから、お前達がなんてことはないような格好でも、その、ちょっと刺激が強いように思うというか。俺にとって強いわけじゃなくて、他のだな・・・年少の守護聖様達にだな・・・」
懸命に昨晩考えていた割りには、あまり進歩がない言葉をヴィクトールは伝えようとしている。
「ヴィクトールさまにとって、刺激が強いんですか?」
「いや、俺ではなくて・・・」
「そうなら、ヴィクトールさまとお会いするときは、今までの格好にします」
しょんぼりとアンジェリークは言った。
「だから、違うというのに。ティムカやマルセル様達に、刺激が強いかと、な」
不思議そうな顔をしているアンジェリーク。
「でも、昨日お二方とも褒めてくださいましたよ」
「ああ、彼らにとっては刺激が強くないんだろうが・・・」
「・・・?・・・ヴィクトールさま、あのう、おっしゃる意味がわたし、わかりません・・・ごめんなさい。わたし、頭が悪いんですね」
本当は、そんなに難しい話ではない。
ただ単に「他の男にそんな格好のアンジェリークを見せるなんて俺は嫌だ。俺の前だけ可愛らしい(露出もしていて体のラインが出ているような)服を着てくれ!」というだけのことなのだが、よもやそれをそのまま言葉にするわけにはいかない。
しばし、またもやヴィクトールが思案していると
「あっ、でも、わたしヴィクトールさまのその格好もとても素敵だと思いますけれど、いつもの格好も素敵ですよ」
と無邪気にアンジェリークは笑う。
「どっちも、大好きです」
がーん。
「・・・そうか・・・」
ヴィクトールは途端にまるで敗北者のような気分になった。社交辞令込みの話かもしれないが、アンジェリークは俺がどの格好でもいいといってくれているわけで。
(俺は、了見の狭い大人のようだな・・・)
ヴィクトールは深く深く反省をした。
確かに青少年育成のために女性の過度の露出をみせることは望ましくないけれど、彼が昨日抱いていた感情はそれよりなによりもアンジェリークに対する独占欲だったのだと気付きたくなかったことにやっぱり到達してしまったのである。
男としてあまりにせせこましい、いや、逆に誰でもある感情なのだろうが、なんといってももう自分もいい年齢の大人じゃないか・・・。
そんなことを考えてヴィクトールはこめかみを押さえた。
(いかんいかん。ここはもう、話を完全にそらして、なかったことにしてしまおう。あんまり長引かせると納得させられない話になってしまいそうだしな・・・。)
大人は汚いな、なんて思いながらヴィクトールは無理矢理話しをまたもやそらした。
「その・・・昨日、お前は・・・俺と出かけるときに着たかった、と言っていたな?俺の、聞き違いじゃないといいんだが」
「あっ、そ、それはあ〜」
アンジェリークは思い出して赤くなる。
「聞き違いだったかな」
「違ってません。そう言いました」
「・・・そうか。」
なんだか嬉しくなってヴィクトールは口元が緩むのを必死に抑えた。アンジェリークもまじまじとそんなことを言われて困って赤くなっている。もちろん本当はヴィクトールも「どうして、そんなことを思っていたんだ」と追求をしたいのだが、それよりも先に話の矛先がうまくそれたところで、とにかく完全な和解のための提案をするのが先に思えた。
「その、なんだ・・・。お前さえよければ・・・今晩、星を見にいかないか。」
「・・・そ、そ、それって、ヴィクトールさまっ」
「ん?」
ヴィクトールはまったく知らないけれど、アンジェリークはアンジェリークで「それって、デートですかっ!?」といいたい衝動を必死に抑えている。うかつにそんなことを言うと、お前と俺とは生徒と教官だろう、うわついたことを言うな、と怒られてしまいそうだからだ。
「あの・・・いいんですか?」
「ああ。前にも言ったと思うが・・・俺も、星を見るのは好きだからな。お前が、着てきたいと思った服を着てくればいい。」
ヴィクトールはまたもや自分は柄でもないことを言っている、と思った。
この前から一体自分はどうなっているんだろう?そんなことを考えて首をかしげる。
さっきまでアンジェリークに対する独占欲が丸出しだったにも関わらず、この鈍感な男は心底自分がアンジェリークにイカれているということに実はまだ気付いていないのかもしれない。
「コーヒーでも飲むか?折角来てくれたんだしな」
そういって笑うヴィクトールは、自分を見ているアンジェリークがなんだか頬を染めていることにはやっぱり全然気がついてもいないのだった。

ぴゅー。
風が吹いている。
「そんな寒そうな格好でくるからだ!!」
「だって〜。昼間はそんなに寒くなかったじゃあないですか〜」
アンジェリークはレースが裾にあしらっているノースリーブニットにカプリパンツをはいてきていた。
庭園の東屋あたりで星が今日は綺麗に見えるはずだった。
が、途中で風がふいてきて、あっという間にアンジェリークの体は冷えて来てしまっていた。折角新しい服を買ったものの、それに似合うコートもジャケットも確かに何一つ買ってはいなかった。せめてカーディガンでもひっかけてくればよかったのだろうが、まだ服を買ったばかりでバリエーションが思い付かなかったのが敗因だ。
「やっぱり、そんな薄くてちょっとしか覆わないような服は駄目だ!特に夜はいかん。」
そういってヴィクトールは自分がもってきていた軽い黒いジャケットをアンジェリークにかけた。
「ごめんなさい・・・くしゅんっ!!」
「まったく・・・」
と、また何かを言おうとして、アンジェリークの姿を見たヴィクトールは黙った。
(こ、これはこれで・・・・)
ヴィクトールの上着をかけてもらっているアンジェリークは、とってもこじんまりとしていてなんだか可愛らしい。
もともと可愛い女の子が男物のシャツをぶかぶかに着ている、とか男物のTシャツ一枚やらパジャマの上やらを着ている姿にありとあらゆる男達は一度は妄想するものだ。ずばり、今のアンジェリークはヴィクトール的にはストライクゾーンにぎりぎりかすっているような状態なわけだ。
「ごめんなさい〜。やっぱり、普通にシャツを着てくればよかったですう。」
アンジェリークは情けない顔をして言う。
「やっぱり、ヴィクトールさまのおっしゃることを聞いていた方がいいのかもしれません。うう、もう次からはいつもの格好にします・・・」
「い、いいや、それはいかんぞ、アンジェリーク」
「??」
寒そうな格好をしてきたからこそ、今ヴィクトールのジャケットをひっかけている姿が見れたのではないか。
が、それをまた口に出すことが出来ずにヴィクトールは耐えるしかなかった。どうも、彼らはお互いの煩悩が噛み合わない様子だ。
「・・・いい。その・・・寒いときは、こうやって俺が上着を貸してやるから」
「でも、ヴィクトールさまが寒くなっちゃうかもしれませんし」
「いいんだ!俺は、暑がりなんだ!」
子供のようなことを言い返すヴィクトール。
「じゃあ、はじめから上着着てこないこともあると思うし・・・」
そういうとまたアンジェリークはくしゅん、とくしゃみをした。
こうやってまたもや彼らはどっちも納得しない問答を始めるのだった。

一体彼らはどっちが先に本音を口に出来るようになるのだろうか?
レイチェルとオリヴィエがそれを賭けにしていることを彼らはまだ知らない。


Fin

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モドル

今回のコンセプトは「いかにどうでもいい恋人達(未満)の会話をもっともらしく小説仕立てにするか」でした。(苦)どうでもいいコトを書くわけですから、オチはないけれどどこかで終わりにしなければいけない、という微妙な話造りになってしまいます。
まあ、最近濃い話が多かったので、これくらい薄っぺらい、ただただオヤジがイロイロ妄想にふけっているだけのバカ話を書いてみたいなあと思っただけなんですが。しかし、タイトリング失敗してるね。これ、「独占欲」っていうか、ただの「煩悩」ってカンジ。
うちのオヤジには明らかに108つ以上あるね!煩悩。