眠る鳥

ごつごつとしていて、お世辞にも綺麗とは言えない地表からぐんぐんと彼らを乗せた魔導船は遠ざかった。今は、自分達の星の色とはまったく違う、暗くて薄暗い不安な色彩だけが広がるその球体が二つ、鏡を映したように静かに暗い空間に浮かんでいる。
リディアは魔導船の窓から、飽きることなくそれを見ていた。
「さっ、みんな、帰ろうよ!」
リディアはそう元気良く言って乗り込んだものの、いざ月が遠くなるにつれて、彼女は窓の外から目を離すことが出来なくなっていた。
セシルが望めば、もっと速く月から離れることが出来る。ゼロムスを倒した今、クリスタルの力を侵害するような悪意に満ちた気は月から消え失せ、魔導船が以前にも増して軽快に月面から飛び上がったことをセシルは感じていた。
それでも、彼はあえてゆっくりと月から離れていくように魔導船を動かした。
もう二度と訪れないと思える自分の父親の故郷、自分の兄とフースーヤが残りの人生を過ごす地。
そして、リディアにとっては、彼女の第二の家族とも言える幻獣達を作り出した幻獣神が生きる特別な地。
セシルは既に月の姿を見ることに飽きてしまったけれど、そういった様々な月に関することがいつまでたっても頭から離れない。
多分、次にこの魔導船が月を訪れることがあっても、それは自分達がこの世界から消えてから何年、何十年、もしかしたらもっともっと途方もない大きな時間に隔てられるのではないか。魔導船も生まれ故郷の姿を見ていたいに違いない・・・そんな妙な憐れみに近い気持ちもどこかにあったのかもしれない。
「リディア、何か飲む?」
ローザに声をかけられてもリディアは気付かない様子で窓に顔を押し当てていた。
しばらく様子をうかがった後で、小さく苦笑をしつつローザは溜息をついた。それから、もう一度声をかけるかどうしようかと悩んでいると、カインが丁度声をかける。
「ローザ、一杯、何かもらえるかな」
「何がいいかしら?」
「甘くないものが」
「わかったわ。ちょっと待ってね」
実のところ、ローザ自身なんとはなしにそわそわしていて落ち着かない。だから、誰かにお茶を出したりすることで、平常心に戻りたいのだろう。その気持ちが抑えられずにリディアに声をかけてしまったのだ。普段の彼女ならば、リディアがそうやって何かに心を奪われている時に、横から声をかけて気をそらすことなんて無粋なことをするはずがない。
カインはそれを知ってか知らずか、いいタイミングで助け舟を出した。それに便乗してセシルも頼む。
「ローザ、僕もいただいていいかな」
「ええ、もちろんよ」
セシルに対しては、何が良いのかを聞かずにローザは茶器を手に取った。気持ちが通じ合った仲だから、という理由もあるだろうが、やはりなんとなくいつもと比べてローザの気持ちは浮ついている。
ゼロムスを倒した喜びや帰還の喜び。いや、そうではない。待ち望んでいたこの旅の終わりが見えたことに、なんとなく気持ちが追いつかないのだろう。それはセシルにもカインにも言えて、考えるべきことは山ほどあるはずなのに、そのどれもとりとめもなくぐるぐる頭の中を廻っているだけだ。バロンにはもともと、気持ちが浮ついた時は茶を飲め、というような言葉がある。それにならって三人は落ち着こうとしているわけだ。
「エッジ、何か飲む?いれるわよ」
「あー、俺はいいわ。ありがとさん」
エッジは彼らのような感慨があるほどの長旅でもなかったから、比較的あっさりと月との別れを終えていた。既に彼は冷静になっていて、自分達の星に戻ってからのこと、帰り支度、エブラーナのこと、自分が惚れている女のこと・・・そういった現実的なことばかりに心を動かされている。その中でもついついリディアとの今後のことばかりを考えてしまう。が、それは当の本人を抜きに彼一人が悶々と考えたって仕様がないことだ。
エッジはデブチョコボから武器やら道具やらを返して貰って、セシル達と山分けすべきものと自分だけしか扱えないものとを分類していた。
それは見ればわかるものだから、作業をしながら国のことを考えたって何の差し支えもない。
やらなければいけない、と思ったから、じいに任せて国を飛び出てきた。それもようやくこれで終わる。
エッジはこの旅が辛かったとは思わない。多分、辛いのは残してきたじい達に違いない、と彼は考えていた。まずは帰国して、今の様子を見てから自分が今度は皆をひっぱっていってやらなきゃいけない・・・それらはプレッシャーにはなったけれど、彼がどうあがいても逃げられない、成し遂げなければいけないことだ。
「柄じゃ、ねーんだよなぁ・・・」
そう呟いたところで、突然自分の立場が変わるわけでもない。
冷たい硬質の床に広げた武器の中から手裏剣に手を伸ばし、それを指先でつまんで眺めた。
そう。柄でもないけれど。
国のことを一番に考えていないと、後はリディアのことばかり考えすぎて、どうにかなってしまいそうだったし。
彼は首を伸ばして、まだ窓に張り付いているリディアの後姿を覗いた。
離れた場所に立っている小柄な少女。
きっとあいつはいつまでたってもああやって月が見えなくなるまで眺めて、俺やこれから先のことなんて考えられないんだろう。
それは歯がゆくもあったけれど、エッジが惚れ込んでしまっているあの少女らしいことだとも思った。
彼女は幻界に戻るのだろうか。
何が彼女にとって、幸福な選択肢になるんだろうか。
それは何度考えたって答えが出ない問いかけだ。幻界に戻るのかどうかを決めるのはリディア本人だし、彼女の幸せは彼女が選ぶものだし。何もかも。
エッジ自身がわかっている、絶対に間違いがない事実は、ただ、自分がリディアに惚れ込んでいるということだけだ。何をどう考えたって、それしか明確なことは浮かんでこない。
(強引なことしたっていーんだけどな)
エブラーナに来い、幸せにしてやるから!
そんなことを言ってリディアの手をとって楽観的に生きられたら。
残念なことに彼はもう子供ではなかったから、そんな御伽噺のハッピーエンドのようなことをするわけにもいかない。
(まったく、あのお姫さんも、呑気なもんだ)
なんとなく予想が出来る。お前、これからどうすんだ、って聞けば、彼女は「まだ悩んでる」とか、けろりと「幻界に帰るの」とか、そんなことを言うに違いない。
本当にあの少女は残酷だ。いつでも彼女はエッジの心を簡単に揺り動かして、簡単に喜ばせて簡単に傷つけて、それをまったく気付かない。エッジは、自分がこんなに無条件降伏するような女性と恋に落ちたことがない。この恋愛のどうにもならないもどかしさや悔しさや歯がゆさまで、彼女の顔を見て声を聞いたら、むずがゆいなんともいえない、まあ無理に言葉にすれば「こっぱずかしい」ような愛情に変化してしまう。
だから、許してしまう。いつまでも月にいる幻獣神やら今までの旅のことを考えている彼女に、無理にこれからのことを思い出させる必要はないと思う。
(それに、あいつにとっちゃー、旅の始まりから終わりまで10年やらそこらやらかかっているよーなもんなんだろーし)
手裏剣を床に丁寧に置いて、次は手入れが行き届いている苦無に手を伸ばした。
「しっかし、お前もすげー鳥だなぁ。おい、一体これ、どっこにしまってんだよ」
羽に包まれたデブチョコボの腹や頭を叩くけれど、黄色い巨体はびくともせずにいつも通りに眠っているだけだ。ちぇ、とつまらなさそうにエッジは舌打ちして、ちょっかいを出すのを止めた。
しばらくすると聞きなれた足音がエッジの耳に飛び込んでくる。リディアがついに動き出したようだ。
その足音は少しずつ大きくなっていく。エッジはそちらを向かないで、武器を並び替えながらぼそりと声をかけた。
「も、月とのお別れ済んだのか」
「うん」
後ろから聞こえるうなずき声。
「そっか」 
リディアはエッジの側にいるデブチョコボの大きな腹の上に腰をおろした。
柔らかい羽毛に覆われたその場所はリディア一人だけの特等席だ。
「気持ちいい〜」
「おいおい、今、道具整理やってんだからよ、そいつ・・・」
「いいじゃない。だって」
「だって?」
「きゃ!」
エッジへの答えを返す前に、何の前振りもなくデブチョコボがリディアの体を翼で包み込んだ。突然のことでリディアは驚いて声をあげた。後ろから覆われてひっぱられたようで、顔や上半身は黄色い両翼で覆われて見えなくなり、ばたばたと動いたリディアの足が床から軽く離れて完全にデブチョコボに体重がかかる。
リディアが少しばかり暴れたため、黄色いふわふわとした羽毛が通路にちらちら舞い上がる。エッジはひょいとそれをつまんで「やっぱ、生き物なんだよな?」と疑うように呟いた。
デブチョコボはリディアを包んだまま、また何食わぬ顔をしてぐうぐうと眠り始めた。いや、そもそもリディアを後ろから掴んだ時だって、この鳥は「起きていた」状態なのかも定かではないのだが。
「なんだよ、このデブ鳥。おい、リディア、大丈夫かよ」
「うーん、大丈夫〜。あったかいー・・・当分このままでいるね」
少しくぐもった声でリディアは返事をした。
「はあ?」
分厚い両翼の羽根はお世辞にも柔らかいとはいえないはずだ。胸元や腹付近は心地よい羽毛だとは思うが・・・エッジは、一体リディアが何を考えているのかと、デブチョコボの腹にうずもれた彼女の細い足を見ながら眉をひそめた。
それにしても、黄色い物体の途中からにょっきりとブーツを履いたリディアの足が出ているその様は、色っぽいというよりやはり滑稽だ。寄せた眉はそのままで、エッジは「くはは」と小さく笑う。
とりあえず彼は床に広げた武器の整理を再開した。どうせすぐにその「遊び」(とエッジは思っているのだが)も飽きることだろう。
「これはいらねーだろ・・・これもいらねー・・・おい、セシル!俺よぅ、ほんとにアダマンアーマー貰ってってもいーのか?」
そうエッジが叫ぶと、離れた所で茶を飲んでいるセシルは呑気に「いいよー」と気の抜けた返事をする。
なんのかんのといってバロン国は、固定財産に大きな損傷はないし、技術力もある。今回のゼロムス騒ぎは別として、バロンにアダマンアーマーを一つ持ち帰ったといって、彼らにはとりたててのメリットがない。
あらゆる面で損害を受けてしまった小国エブラーナの将来を背負うエッジが持ち帰ったほうがいいに決まっている。それは誰もがわかっていた。まあ、シドがいれば自分が持ち帰りたい、とごねるに違いないが。
「おい、デブ鳥、残りの防具もちょっと出してくれよ。リディアはそんままでいいからよ」
エッジがそう言ってデブチョコボをつつくと、リディアをがっちりと抱え込んだままで、巨体を揺らしてデブチョコボは欠伸を一つする。
と思ったら、大きなくちばしの間から、がらがらと防具を通路に吐き出した。リディアの足には当たらないように配慮しているように見える。
「うげー、いつ見ても気分悪いな、おい」
エッジは大げさに気持ち悪がって叫ぶ。
デブチョコボは彼らの武器防具のほとんどを、口からしまって口から出す。一体その仕組みがどうなっているのかはわからないが、どんなサイズのものも吸い込まれるように「食べて」しまうし、どんなサイズのものも「吐き出して」しまう。
あまりの気味の悪さにエッジはデブチョコボのくちばしを一度こじあけようとしたことがある。
そのときは、激しいくしゃみによって吹き飛ばされ、彼は通路の反対側の壁に激突してしまった。
彼を含めてみな「だって、体の中に入るんだったら気持ち悪いもん」と思っていたが、リディアがお願いをしてほんの少しだけそのくちばしの中身を見たら。
そこには、暗いだけの空間が広がっていた。くちばしの中にも、その奥にも、生物が持っている粘膜や肉は見当たらない。ただ、暗い何かがあるだけだ。
しかし、今のリディアのようにその羽根に覆われればデブチョコボの体温は感じるし、そもそもこの鳥は「寝る」のだし。
「ん?」
ちょっとだけデブチョコボの両翼がずれて、リディアの顔が少しだけエッジには見えた。それに気付いたのかリディアは慌てて、自分からデブチョコボの翼に顔を隠すようにもぐった。黄色い羽毛布団に覆われて、頭と足だけがひょっこりと覗いている。
緑の髪に柔らかな羽毛がちらちらと絡んで黄色い髪飾りをつけているようにも見えた。
それだけならば、その可愛らしさにまたまいってしまって、何度だってエッジは降伏して音を上げてしまうのだが、彼はほんの一瞬見えたリディアの顔を見逃さなかった。
「・・・お前さー、何、泣いてるの?」
「泣いてないもーん!」
むきになってリディアは答えるけれど、その声は少しばかり上ずっている。
「泣いてるっつーの。なーにデブチョコボに隠れて泣いてるんだ。泣き顔見られるのが恥ずかしいからデブチョコボに助けて貰いにきたのかよ」
「違うもんっ」
「月から離れるのが、悲しかったのか?」
「そうじゃないの!」
「うわ!」
ずぼっとリディアはデブチョコボの羽根の間から頭を突き出した。
ぐちゃぐちゃになった髪の毛が顔に張り付いている。もちろん、それは両目からあふれた涙のせいだ。ぐい、と手でその涙をぬぐってエッジをまっすぐ見る。鼻も目も少し赤くして、それでもリディアははっきりと言った。
「ここに来たのは、デブチョコボとお別れするためだもん」
「・・・」
エッジはその言葉を聞いて、一瞬リディアが何を言っているのかわからない、という顔を見せた。が、よくよく考えれば彼女が言うことは、間違っていない。
彼らはこれから青き星に帰って、魔導船を元の場所、ミシディアの海の底に再び眠らせるつもりだった。彼らがこの魔導船を手に入れた時、既にそこにはこの大きな鳥はぐうぐうと眠っていたのだ。
であれば、この鳥とも別れなければいけない。
不思議だけれどそれは当たり前のことだった。けれど、きっとリディアしかそれに気付いていなかったに違いない。
そして、彼女だけが感じ取っていたそのことを告げると、リディアはまた逃げるように黄色い羽毛布団の中に顔もすっぽりうずめるのだった。

エッジはしばらくの間デブチョコボに抱きかかえられたリディアの様子を見ていた。いつの間にか彼女は、暖かな羽毛の上で寝息を立てている。
「まったく。どっかしら呑気なんだな、こいつぁ。な?鳥」
そう語りかけてみたが、デブチョコボも眠っているだけだ。
そっと腕を伸ばして巨体に触れると、規則正しい寝息と共に体が上下する。
いつも眠っているためなのか体温は高い。
「お前、セシルのとーちゃんがこの星に来て、このでっけー船隠したときから、ずーっと一緒に寝てたのか?第一よ、お前、月にいたわけ?」
当然返事はない。こちらの言葉は解するし、彼らが近づけば時々「なんか用かい?」という風に目を開いて、その視線ひとつで彼等に問いかける。しかし、こういう時に言葉がないというのはもどかしいものだ。
エッジの脳裏に、月のとある洞窟に身を潜めていた幻獣神の姿が脳裏をよぎった。
あの幻獣神が、この黄色い物体を魔導船に乗せてやったのだろうか?
いや、まさかね、なんて呟いて、エッジはデブチョコボから手を離した。と、その時ローザが近寄ってくる。
「ね、リディア、寝ちゃったの?」
「ああ。ったく、子供だな、これじゃ」
「セシルに言って、スピードを速めてもらう?もう、月は見納めたみたいだしね」
「・・・いんや、このままでいいさ。最後の旅だ、味わって行こうぜ」
「そ?」
本当のところは、少しでも長くリディアとデブチョコボを一緒にいさせてやりたい、と思ったからだが、エッジはそんなことは決して口には出さない。
デブチョコボは間違いなくリディアのことが好きだ。
彼らは勝手にデブチョコボは多分幻獣に近いものだろう、なんて思っていたけれど、それは結局本当なのかどうかはわからない。幻獣神バハムートに聞いてくればよかったな、とエッジは舌打ちをする。
(でも、リディアがこの鳥を召喚できるわけじゃねーしなぁ?)
謎だらけだ。
謎だらけだけれど、デブチョコボもまた、リディアとの別れを感じていたのではないかと思える。
もしもセシルの父親がこの船で青き星に降り立って以来、ミシディアのあの地にこの船と共に眠っていたならば、この鳥はざっと少なく見積もっても20年ほどは誰とも触れ合うことがなく眠り続けてきたのだろう。
エッジはもう子供ではないから、自分達の感覚でそれを単純に「可哀想」なんて思わない。異なる生物にはその生物特有の約束事がある。それは幻獣だとか、そうだ、あの月にいたハミングウェイ達だってそうだ。彼等はみな同じ顔・同じ体を持っていて、そこに訪れたエッジ達は「どいつもこいつも同じで気持ちわりぃ」なんて思っていたが、それはハミングウェイ達にとっては「当然」のことだ。何一つおかしいことはない。それを証拠に誰一人特にお互いを気にした風もなく、同じ響き、同じ音色をもつ特殊な声で歌を歌い続ける。それが彼等の約束事だ。
だから、デブチョコボだって「必要とする人物が現れるまで寝ているのは当然」ならば、それを同情したり哀れんだりするのはお門違いなわけで。
とはいえ、エッジ達はこの不思議な鳥が、それなりに人の好き嫌いという感情を持ち合わせていたり、記憶を持ち合せていることを知ってしまった。間違いなくリディアのことは特別扱いをしているし、いちいちちょっかいを出すエッジのことはあまり好ましく思っていないようだ。
それに、セシルに言わせれば、この鳥と初めて会ったとき「なんだかずっと僕のことを見ているようだった」というわけだ。エッジはそれを聞いて「お前、何、鳥相手に自意識過剰になってんの」なんて言ったものだが、よくよく考えればそれは、セシルにセシルの父親の面影を重ねていたのかもしれない。それは、明らかにこの鳥に記憶があるということだ。それを思えば、やはり少しばかりせつない気持ちにもなる。
「いっそのこと、なぁ」
いっそリディアに呼ばれる幻獣ならばまだよかったのに。
そう思ったけれど、それはデブチョコボに対して失礼かもしれない。
「・・・って、俺にゃ、お前のこと考えてるよーな余裕はねーんだけどな。お前だって、いちいち俺にそんなこと考えられたって余計な世話だろーしな」
エッジは、はた、と気付いてデブチョコボのことを頭の中から追い払おうとした。
考えたって仕方がない。そういういことをぐるぐる考えるのは彼の性に合わない。
エッジは残りの時間をじっくり使ってセシル達に渡す予定の武器の手入れもするか、と床に座り直した。
「いいさ、今はリディアが俺のこととか、これから先のことを考えないで、お前のことだけを考えていてもよ。ちょっとだけ妬ましいけどな」
俺は、国のことを考えていないと、リディアのことばかり考えちまうってのに、リディアはこの鳥のことで今は精一杯だ。
そう思うとやっぱり少しだけ悔しい。悔しいけれど、そういう彼女が好きなのだということも、彼はもう嫌というほど知っていた。
ひょっこりと伸びていたリディアの足は、眠りと共に少しだけ膝を折っていた。いたずらをしたい気持ちにもなったけれど、そんなことをしたら、余計にリディアのことばかりを考えてしまいそうだと気付いて踏みとどまった。
あと、どのくらいで別れの時間が来るのだろう?
この鳥と。この船と。それから。
エッジの耳には、規則正しいリディアの寝息が届いていた。

彼等がミシディアに戻ると、長老が祈りの塔に既に魔導士達を集めていた。魔導船を彼等の祈りで目覚めさせたように、今度は魔導船を再び眠りにつかせなければいけない。封印の儀式を行うのだという。
「月よりの船を眠らせよと、声が聞こえた」
パロムとポロムを伴って町の入り口に出迎えに出た長老は、セシルにそう告げた。魔導船を目覚めさせた時には月に彼等をいざなう声が聞こえたが、それと同じ声だと続けた。
その声は多分フースーヤの声なのだとセシル達は思った。
「それが、すべての終わりになると。この青き星と月が再び静かな関係に戻るために、この魔導船を眠らせ、飛空のクリスタルに休息をもたらせと」
「わかりました」
「それが終われば、そなた達もゆっくり休むと良い。夜は夜通しの宴が開かれることだろう」
「あんちゃん、おいらがいなかった間のこととか、話してくれよ!」
「わたし達、楽しみにしていましたのよ!」
パロムとポロムは明るくきゃいきゃいとはしゃぐ。久しぶりの対面に喜びひとしお、といった様子だった。
話を聞くと、夜の宴の用意をしているため、出迎えはパロムとポロムだけだが、一緒に旅をした仲間達が既にミシディアにそろっているということだった。それは嬉しいが、ちょっとくたびれるな、とセシルは心の中でそっと呟いた。
「ああ、そうだね。僕も君たちと色んな話をしたいよ・・・みんな、魔導船に何か忘れ物はないかい?とりあえず全部道具は持ってきたかな」
ローザとカインは大丈夫、という素振りをみせた。エッジがちらりとリディアを見ると、リディアは何か言いたそうにセシルに視線を送る。が、うまく言葉にならない。エッジは肘でリディアをこづいた。
「リディア、も、いいのか」
「う、うーん・・・」
結局あの後、着陸するまでリディアはぐうぐうと眠ってしまい、セシル達に急かされて慌てて起きたというわけだった。目覚めたと思ったら、エッジが適当に分けた道具袋を押し付けられて、さあ、みんなが待ってる、なんて言われて転がり出るように船から降りた。
ローザがリディアの髪を後ろから手櫛でときながら歩いてくれたほど、リディアはぎりぎりまで眠っていたのだ。
眠ることが別れを惜しんだことなのだろうか、とエッジはちょっとだけ心配していた。ついつい彼も武器の手入れという、元来好きなことに没頭してしまい、ちょうどいいタイミングでリディアを起こせなかったのだ。それに対してなんとなく後ろめたさも感じている。
第一リディアが後悔をする顔は見たくない。そして、実際に彼女はいつも、出来る限り後悔をしないように精一杯生きているのだし。
「ちょ、ちょっと、ちょっとだけ待って!慌てて出て来たから、その、うーん、ちょっとだけ!」
リディアはそう言って、不審そうに見ているセシル達の前から突然駆け出した。
やれやれ、とエッジは肩をすくめて彼女の後ろ姿を見る。
「エッジ、何か知っているのかい」
さすがにリーダー格として一緒にいただけはある。セシルはすぐさまエッジの様子から嗅ぎ付けた。
「あー、うん。あのよ、多分、デブ鳥に、さよなら言ってくるんだと思うぜ。俺もリディアも、降りたらすぐにあの船を封印するなんて、考えてもいなかったし」
「・・・あー」
セシルとローザが同時に少しだけ間の抜けた声をあげた。
やっぱり、そうだよな、とエッジはひとりごちた。リディアくらいだ、そんなことに気付くなんて。
「僕たちも行こうか。その、世話になったしね」
「・・・わたしは、いいわ」
「ローザ?」
「エッジ、デブチョコボに伝えて。感謝してるって。それからね」
ローザは真剣な眼差しをエッジにむけた。
「おやすみなさい、って」
セシルは目を細めて、愛しい自分の恋人の横顔をみつめた。それから、少し間をおいてからエッジを見て
「僕からも」
と言って、軽く微笑を見せた。
「んだよ、なんで俺が代表者になるんだよ。なるならセシルだろ」
「だってさ」
少し照れくさいのか、セシルはエッジの顔を見ないで、うつむきがちに言った。長老やパロムもポロムも、大事な話をしている、と思っているのか口を挟まない。
「僕らは、気付いてあげてなかったからさ。最後になって、人に促されて行くようなもんじゃないよね。感謝の気持ちとか、別れの気持ちって。君が、リディアを連れてくる時でいいから、伝えてくれればそれで充分だと思う」
ちらりとエッジがカインを見ると、無口な竜騎士は小さく頷くだけだ。
「ってゆーか、なんで俺が!・・・わーったよ、行けばいーんだろ、行けば!」
そういいつつ、エッジは魔導船に向かってゆっくりとした歩調で歩いていった。

魔導船の中に入ると、リディアが丁度出ようとしているところに鉢合わせた。
「エッジ、どうしたの」
「みんなによ、あの鳥によろしく伝えてくれって、言われてよ。お前はもういいのか」
「うん、いいの。これ以上一緒にいたら、また泣いちゃうもんね。エッジに、泣き虫って馬鹿にされちゃう」
小さく笑うリディア。少しばかり空元気にも見えるが、それが「少し」なら問題ないか、とエッジは思う。
「馬鹿にしねーけど」
「じゃ、先に行ってるね」
「おう」
案外あっさりしてるな、と思うが、エッジは特にリディアを引き止めずにすれ違った。
もう見慣れてしまった、青き星で見たことがない材質の壁。
フースーヤがいた館の空気は、なんだかこの魔導船の中の空気と似ている。一口に空気といっても、どれも違う臭いや味や、肌に触れた感触が違うとエッジは思う。それは、湿気や温度とはまた違うものだ。
いくら踏んでも跳ねても傷もつかない床を大股で歩けば、かつかつと音が響く。
しんと静まり返った魔導船の中で、デブチョコボだけが相変わらずぐうぐうと眠っている。
「おい、寝てるのか。起きるか?」
返事はない。
「今まで、ありがとよ。感謝してるって、ローザが言ってたぜ。ああ、セシルもカインも、そう思ってるはずだ。えーと、俺も、な」
やはり、返事はない。
「んじゃ、そういうわけだ。世話になったな」
そう言ってからエッジは、そういや、本当に全部道具をこいつから返してもらったっけかな、ということが、ふと気になった。
山ほどの荷物を吐き出してもらって全部わけたつもりだったけれど、最後にもう一度確認するのを忘れたな、と。
「おい、も、お前に預けてるもの、ねーよな?あったら、全部くれよ」
反応があった。
ぴくりとデブチョコボは動いて、のっそりとその体を動かし、瞳を開けたと思ったら、くちばしから何かを吐き出した。
かつん。ぽとん。
小さな音をたてて床に落ちてきたのは。
「・・・なんだ、こりゃ・・・」
エッジはそれを拾って、しばらくの間眺めていた。やっぱり忘れ物をしていたのか、なんていう思いは微塵も感じない。
彼が手にしているものは、ハイポーションがたった二つ。それから、星屑のロッドと呼ばれる武器。
リディアが今まで大切にしていたロッドだ。
これは、忘れ物じゃない。エッジは、ふう、と溜め息をひとつついた。
リディアが、わざわざここに戻って来て、デブチョコボに預けたのだろう。
「あいつが、やりそーなこった・・・サンキュ、いいや、これ、もう一度預かってくれ。いや、違うな・・・これは、多分、お前にあげたものなんだろうさ。ハイポーションは・・・多分、お前じゃなくて・・・」
それだけ言葉にして、エッジはデブチョコボのくちばしにロッドとハイポーションをつきつけた。ぐえ、と小さく鳴いてからデブチョコボは星屑のロッドとハイポーションを吸い込んだ。
あくまでも俺の想像だから、間違いかもしれないけど。
このハイポーションは、いつか、この魔導船を使うかもしれない、セシルの子孫へのプレゼントなんだろ。
エッジは肩を小さくすくめてから、じゃあな、と言って手をあげる。
かつかつとまた音をたてて数歩進んでから
「あ、そだそだ。大事なこと言い忘れ」
軽く振りかえってもう一度だけデブチョコボに声をかけた。
「ローザが言ってた。おやすみなさい、ってさ。お前も、夢って見るのかな。見るんだったら・・・いい夢だと、いーよな」
デブチョコボは既に、いつもと変わらずに眠りに入っていた。

ミシディアの町の外で、5人は立ち尽くしていた。魔導船が遠目に見える小高い丘の上だ。
長老もパロムもポロムも祈りの塔に昇り、魔導船を復活させた時のように、月に向かって祈るのだという。
エッジは、星屑のロッドのことをリディアには聞かなかった。見たぞ、とも言わずに、ただ別れを告げてきた、とだけ皆に言っておいた。
優しい風が吹いて、軟らかな草が彼等の足元に絡む。
久しぶりに全身に浴びる緑の香り。心地良く肌をなでる風。時折聞こえる小鳥の声。
それは、あの月のどこにもないものだ。
「あっ・・・」
小さくセシルが声をあげた。
その時、突然魔導船が動き出した。
誰も乗っていない−デブチョコボ以外は−魔導船が浮きあがる。祈りの塔にいる魔導士達の力によって飛空のクリスタルが通常の舵の役目を果たす。ゆっくりと大きな塊が地面から離れる姿が見えた。
それから、ミシディア側の小さな入り江に向かって動いていく。黒い影を地面に落としながら、決して速くはないスピードで移動して行き、やがて海面に影を作り始めた。
ごごぅ、とわずかに彼等の耳に音が彼等の耳にうっすらと聞こえた。それは、魔導船を再び受け入れるために海面が小さな渦を作る音だ。
「魔導船が・・・」
めずらしくカインが声をあげる。その言葉をセシルが受け継いだ。
「また、戻っていく」
ゆっくりと、決して急がずに魔導船は渦に飲み込まれるように、その姿を沈めて海底へ戻っていった。完全に見えなくなるまでにはかなりの時間を要したけれど、何故か誰一人口を開かずに静かにそれを見守る。やがて、完全に魔導船は姿を消して、鳴っていた渦の音も消えた。彼等の視界には、自然の風景が広がるだけだ。
エッジはデブチョコボのことを考えた。また、あの魔導船を使う人間が現れるまで、ずっとずっとあいつはあの星屑のロッドとハイポーションと飲み込んだまま眠っているのだろう。もし、誰かが現れたら、そいつに星屑のロッドを渡してしまうんだろうか?そして、それまでにあいつが自分の意志で、あれを出してリディアを思い出したりするんだろうか?
「・・・きゃっ!?エッジ、何、どうしたの!?」
突然リディアの後ろから、まるでデブチョコボがそうしたように、エッジは両腕を回して彼女を抱きしめた。軟らかな緑の髪がエッジの胸元で揺れる。回したエッジの腕に、わずかな抗議の意味を含んでリディアの手がかかる。
セシル達は「おやおや、この王子様は」と言いたそうに見るだけで、誰一人それを止めない。
「なーに?離してよう・・・」
「ちっとだけ、いーだろ」
「何がいいのよ!変なの、エッジ」
「お前、自分が俺に抱きつくのはいーのに、俺がこうすんのは駄目なのかよ」
「だって、みんなが見てるよー!」
「見てない見てない」
「う、うん、見てない見てない」
セシルはそう言うとミシディアに向かって歩き出した。カインもローザもそれにならって歩き出す。
エッジの腕の中でリディアは真っ赤になって叫んだ。
「エッジ!エーーーッジ!ね、エッジったら、どうしちゃったの!?」
「ちょっとだけ、こーしたくなったんだよ」
「ええ?なんで?」
「なんででも」
俺だったら、耐えられない。
エッジはそんなことを思って、目をぎゅっと閉じて胸元で揺れるリディアの髪に顔を埋めた。デブチョコボにリディアが埋まったように、リディアをデブチョコボを抱きしめたように。そのどちらにも似ている行為だ。
もしも、リディアがこの先の人生を自分と別れて歩むことを選んだら。
そして、別れの時に、何かをリディアからもらったりしたら、そんなこと、耐えられない。リディアのことを思い出すのに、何一つ思い出の品なんて欲しくないし、何よりもリディア本人がいなければ、何の意味もないではないか。
幻界に行くことを選んだとしても、彼女の気が変わるまで待っても良いと思っていた。でも、いつ来るかわからないその時を待つなんてことは、やっぱり自分には無理そうだ。
「エッジ?」
そろそろこれでこの少女も自分とのことを考えてくれるようになるんだろうか?
ちょっとだけあせる心を抑えて、エッジは彼女を抱きしめる腕を緩めた。
「ねえ、エッジ、風が吹いて、気持ちいいよ」
ああ、まったく、もう。
「そーだな」
「エッジもあったかくて気持ちいいけど」
「なんだ、じゃー抱きしめてていいんじゃねーか」
「駄目だよ。もう、終わり!」
明るく笑ってリディアはエッジの腕からするりと抜け出した。この草原の草は、彼女の髪の色とかなり似ているとエッジは思う。
もう終わり、という言葉の響きにエッジは彼らしくもなく、少しばかり悲しくなった。自分でもわかるくらい、情けない声を出してしまう。
「もー終わりか?いっつもおめーはケチだなぁ」
「ケチ?なんで?」
「もっと俺は、こーしてたいのによ」
その言葉に含まれた真意がリディアに伝わるわけもない。伝わらないからこそ、時折こうやって自分の本音をぽろりと素直に出してしまうのだが、当然彼女は知るはずがなかった。
特に返事もないリディアに、自然な動きでエッジは手を差し出した。
「さ、じゃ、ミシディアに戻るか」
「うん」
それへ、何の疑問もなく手を伸ばして、リディアはエッジの指に自分の小さな指を絡めた。
無邪気で残酷な、彼にとっては最高の女のその手は柔らかくて温かい。
あと、どのくらいで別れの時間が来るのだろう?
この手のぬくもりが、離れなければいいのに。
そんなことを考えなければいけないこの恋のせつなさと抗えない威力に、エッジはしみじみ呆れながら歩き出した。リディアが困らない程度の歩幅で、ゆっくりとした歩調で。
今ごろデブチョコボは何の夢を見ているのだろうか。


Fin



モドル

たまに自分でもどうかと思うんですが、このデブチョコボのことを考えただけで悲しくなってしまって、どーも年のせいか(笑)泣けてしまいます。久しぶりのエジリディなのに、鳥話です申し訳なし。