あなたのためにできること

エッジの目の前で、両親は消えていった。
多分、既に彼らはルビカンテによって一度この世から葬り去られていたのだろう。
それを、残った細胞をもとにして、生前の彼らからは想像も出来ないようなモノに仕立て上げて、エッジの目の前に突きつけた。
そのルビカンテの残虐さが、リディアには許せなかった。
エッジは、自分が守ることが出来なかった両親を、自分の手で最後に消滅させることを選んだ。
エブラーナ王も王妃も、どこかで息子への意識は残っていて、それが唯一の生への執着だったようにすら思える。
最後まで両親の名を呼んでエッジは叫んでいた。
それでも、あれほど醜い生き物にされてしまった彼らの屈辱は、エッジにだってわかる。
せめてそんな姿でこの世に舞い戻ってきてしまった事実を打ち消してあげなければ。それがエッジにとっての両親への供養だったと思う。エッジが叫んでも、初めは彼らの意識は戻らず、何度か攻撃を防ぐためにやむなくエッジも彼らの、彼らでなくなった体に切りつけた。そのときに飛び散った、既に人のものではなくなった体の破片を、覚えたばかりの火遁の術で全て焼き払った。
まるで彼の心にうずまく決意を思わせるかのような、その激しい炎。
リディアは、ミストの村を焼き払われたときの光景とそれをどこかで重ね合わせていた。

ルビカンテを倒して、両親の仇を討ったとしてもエッジの心は晴れることがなかっただろうし、その深い傷を思うと今ですらリディアはルビカンテへの怒りで体温が上昇するほどだ。
まるで、自分の血液が沸騰しそうになるほど、誰かを憎むことを初めて知った。
そんな自分がとても嫌いで、だけど、それは止めることが出来なかった。
死んでしまったルビカンテを、今尚自分は憎んでいる。
・・・けれど、それはエッジとの比ではないのだろう。

「なかなか使えるだろ、俺の忍術」
エッジは笑って言う。
それは、彼が両親を失ったときに身に付けた力だ。
「忍者の頭領ともなりゃあ、手裏剣なげてりゃいいってわけにはいかねえからな」
そこで、「すごい!エッジ!」といつものように手放しで言ってよいのかすらリディアにはわからない。
封印の洞窟にはいってからもエッジの表情はどことなく厳しいけれど、彼は彼なりに仲間に気を使って出来るだけ平静を装う。年長者らしい彼は、確かに他の誰よりもそうすることが得意だったに違いない。
「今日はこの辺で一旦戻ろう。ちょっとここいらのモンスターは手ごわいし。」
「そうだな・・・。」
カインがセシルに同意する。
「ドワーフ城に戻って、休ませてもらおう」

「わたし、どうしたらエッジの力になってあげられるのかなあ」
リディアはローザに聞いた。
ドワーフの城に戻ってから彼らは思い思いに城内をふらついたりして、夕食までの時間を潰している。
リディアとローザはひとつの部屋を借りていたから、リディアはベッドに体を投げ出して、服を着替えているローザに聞く。
あげていた髪の毛をおろして、ローザは丁寧に結いなおしている。どうせ湯浴みをさせてもらうのだからそれまでは放っておけばいいのに、とリディアは思うけれど、そこはローザの女性らしさだ。
「きっと、いつもどおりでいることが一番嬉しいんだと思うわ」
「そんなの、難しいよ、逆に」
「そうね。だから、その難しいことをしてあげることが一番だと思うわ」
「・・・誰かのために、何かをしてあげることって難しいね。幻獣呼んでもどうにもならないもん」
「ふふ、そりゃあそうよ。・・・人の心のことだから」
ローザは小さく笑う。
「カインのこともそうだし・・・人の気持ちって、難しいわ。傷を癒すのは、特にね。」
「それも、白魔法で出来ればいいのにね」
そんなことは無理も承知でリディアは言う。バカなことを言うな、と怒られるかも、とちらっと思ったのだけれどローザは怒らないで聞いてくれた。誰かが悲しい目にあうのは耐えられない。たったそれだけのリディアの素直で精一杯の意見だ。
それをローザはわかってくれて、優しくリディアに言った。
「そうね。でも、それは一人で立ち直らないといけないときもあるし、人の力を借りるときもあるわ。魔法、なんかじゃなくてお互いの気持ちで。・・・だから、みんな強くなるし、優しくもなるんだわ。」
「・・・そうかもしれないね。」

リディアが部屋から出て歩いていると、ドワーフの愛らしいお姫様ルカがリディアを見つけてやってきた。
「お帰りなさい、リディアっ」
「あ、ルカ。ただいま。」
「大丈夫?ケガ、ない?元気?」
「大丈夫だよ」
「・・・でも、ちょっと元気ない。」
「ううーん、ちょっとだけ」
「リディアが元気ないと、みんな元気なくなる」
ドワーフ特有の真っ黒な顔でルカは笑った。リディアはつられて笑う。
「うん、そうだね!あたしも、そう思うよ。」
仲間じゃなくても、こうやって心配してくれる人がいる。
なんてそれってありがたいんだろう、とリディアは思った。
「そうだ、さっきの、リディアの仲間も元気なかった。」
「誰?」
「言葉使い悪い人」
「エッジだ。」
あはは、とリディアは笑った。
「外に一人で出て行った。危ないって思ったけど、あの人、強い?」
「・・・エッジが一人で?」

ちょこちょことドワーフの城からリディアは出た。周囲にはモンスターもいないわけではないから慎重に辺りを見回す。
エッジはどこにいったのだろう?
「おーまえー、危ねーだろ!ガキんちょは城ん中はいってろ!!」
頭上から声がしてリディアはびくっとした。
「わあ、エッジこそ危ないじゃない〜っ!」
見上げると、ドワーフの城の城壁の上にエッジは座っていた。
その高さは2mとか3mではきかない高さで、見上げるだけでリディアはバランスを失ってへたりと座り込みそうだ。
「それにっ、ガキんちょ、はないでしょっ!失礼しちゃう、もお〜!」
「十分ガキだろ!お子様はお城にはいっていい子でご飯を待ってろ!」
「やだ。エッジ探しに来たんだもん。」
リディアはむくれた。
けれど、心の中では、きっとエッジはリディアがふらふらしているのを心配してくれているのだということは感じていたし、リディアがむくれても降りてきてくれないということは、エッジはあまりリディアと今話をしたくないのだろうと思っていた。
「大体どうやってそこにいったの!?」
「間抜けな質問するんだな。俺は忍者だぜ?」
「むうーーー。」
おせっかいなのはわかっている。
エッジが今は、必要以上にリディア達と一緒にいたくないのだろうともわかっている。
だけど。
なんだかそれは寂しくて、リディアは悲しくなる。
何もかも打ち明けて欲しいわけじゃあない。
だけど、彼だって弱音を吐いてもいいと思う。
大人になればなるほど、それは言えなくなるのだとローザは教えてくれた。・・・それはきっと、どこかでローザも、リディアは子供だから、と思っているからかもしれない。
それなら別にそれでいい。
子供だって子供なりの道理はあるのだ。
「シルフ、ごめんなさい、こんなことで呼ぶのは申し訳ないのだけれど、力を貸して頂戴!」
リディアは簡単に印を結んで、シルフ達を召喚した。
通常リディアは難しいスペリングも印もなく幻獣を呼び出す。
こういった印を結ぶときは逆に、「嫌ならこなくても構わないのだけれど」という断りをするときだけだ。
「エッジのところへ連れて行って」
リディアの周囲の空間が歪む。幻獣の道を通って、小さな可愛らしいシルフ達がやってきた。
くすくすと笑いながら
「リディアこんにちは」
「リディアひさしぶり」
「リディア元気?」
とシルフ達はリディアの周りを囲む。その様子を見てエッジは驚いて叫ぶ。エッジは仲間になってからまだ日が浅いから、リ
ディアがどんな幻獣を呼べるのかは把握しきっていない。
「ごめんねっ、こんなことで」
「いいの。会えるのは嬉しいから」
「リディアに呼ばれるのは嬉しいから」
口々にシルフ達はそういって、リディアの体を囲み、不思議な力で羽ばたいた。まるで柔らかい気流に押し上げられるように
リディアはシルフ達と共にエッジのところまで昇ってくる。
エッジはそれをぽかんとした顔で見て、言葉もなく唖然とするばかりだ。
「ありがとう、シルフ」
リディアがようやくエッジの側にやってきて城壁に座ると、シルフ達は笑い声を残して消えていった。
「はあー、おっまえ、大層なことするじゃねえか・・・」
「だってー、エッジがー」
「ああ、わかったよ、俺の負けだ。・・・見ろよ、この地底ってとこは、全然いい景色ひとつねえんだな」
「・・・そう、かな」
「そうだろうよ、薄暗くって、なんだか熱いし、イマイチだよな」
リディアはそうっとこわごわあたりを見渡した。
「でも、どんな土地にだって生き物はいて、統治してるヤツがいるんだ。俺の親父もそうだった。エブラーナは辺境で、なんだか他の大陸と文化が違う。それは全然恥ずかしいことじゃないし、だからこそ、王である親父が最も強い人間でいなければいけなかった。親父とは大した話もしなかったけど、それでも子供心にてめえの親父はすげえと思ってた。いつでも、自分がエブラーナの民衆を守るために、表立って戦っていたし、そうであろうとしてた。」
「そっか。素敵なお父さんだったんだね」
「お袋だってそうだ。俺のお袋はすげえ美人だったんだぜ。しかもエブラーナに何かがあったら、いつでも親父の替わりに国を継ぐ心構えもあった、立派な忍者だった。」
「お母さんも。そうなんだ。」
「だってのによ、無様なもんだぜ。」
その言葉を聞いてリディアは何も言えない。しばらく黙っていてからエッジはリディアを見て
「なんだよ。お前が、そういう話を聞きたいのかと思って話してやったのに、なんでそんなシケた面してんだ」
「わたしが・・・?」
「大方、エッジかわいそうー、とか思ってやってきてんだろ。どいつもこいつも、お人よしだぜ。まあ、なんだ?あの竜騎士は気にも止めてないようだけどな」
別段悪びれないでエッジは言う。リディアはそんなことを言われては、どうしていいかわからない。
「お人好しにもほどがあるって。俺はお前らより大人だぜ。心配されるようなモンじゃねえ」
「それでも、心配するよ。」
「面倒だ。そんな心配は。」
「しちゃあ、いけないのかなあ。」
「・・・いけないっていうか。心配されるほうが迷惑だな、確かに」
「・・・そっか。」
思ったよりもリディアが大人しく引き下がったのにエッジは正直驚いていた。大方また「心配なんだからしょうがないじゃない!」とかいって騒ぎ立てると思っていたからだ。
「ま、そんなわけだから、あんまり俺にうっとうしく付きまとうなよ。お子様相手は得意じゃねえんだ」
そういってエッジはリディアの脇で城壁の上に立ち上がった。
「お前も、さっさと城に帰れよ。俺はちょいと一人になってくるわ」
「エッジ!?」
「心配すんな。あんまり遠くにはいかねえから。夕飯には戻るって」
「待って、エッジ!」
リディアの声もむなしく、エッジは身軽に城壁を走って、城の屋根に乗り移り、どんどんと小さくなってしまった。
「・・・エッジ・・・」

「リディアは?」
セシルが心配そうにエッジに聞く。
「はあ?戻ってねえのか」
「全然見てないんだ。エッジ、知らないのか」
「・・・いや、その、会ったけど・・・夕飯までには戻るから、城に戻ってろって・・・」
もうあれから一刻も過ぎようとしている。
ローザとセシルは顔を見合わせた。
「ちっと、探してくるわ。お前らは先に飯食っててくれや」
「そういうわけにはいかない」
「いーって。あんまし事にしちまうと、あのガキんちょいっちょまえに申し訳なさがるだろうから」
「優しいのね、エッジ」
とはローザだ。顔をしかめてエッジは肩をすくめる。
「どうだかな」


Next→


モドル