愛憎-2-

その晩は魔導船の中で疲れを癒すために休むことに決まった。翌日、最近もっぱら世話になっているジオット王のところに詳細報告をした後ミシディアに行き、それから月にいこうという話を男3人で決めたようだ。
急がなければいけない、という反面、確かに自分達もかなり消耗をしている。ろくろく準備もしないままフースーヤ達の後を追いかけても足手まといになるのがオチだ。それだけは避けたかった。
みなが回復ポッドにはいって眠りについたけれど、リディアは今日既に一度回復ポッドにはいっている。
無理矢理一緒に「おやすみなさい」と言ってポッドにはいったものの、ほんの数時間で目が覚めてしまった。もちろんみんな眠っていた。かといって、すぐに寝なおしが出来るわけでもないので、リディアは仕方なく一人で起きてぼうっと座っていた。
回復ポッドの中は、外部の音がほとんど聞こえない。
リディアが外で何をしていたって誰も起きては来ないのだ。
「むうー」
ローザの真似をしてココアを練っていれてみる。けれど、なんだか今一歩うまくいれられなくて味が違うような気がした。
ココアをもったままデブチョコボが眠っているところへいくと、相変わらずデブチョコボは妙な寝息をたてて眠っている。
「デブチョコボはー、あんな風に人を憎いって思ったりしたことあるう?」
その問いかけにデブチョコボが答えるわけはない。
けれど、何か悩むことがあったとき、デブチョコボに問い掛けるのはリディアのここ最近のお気に入り行為だ。
「ねー?」
ぐうぐう眠っていて起きることもない。が、リディアは別に答えて欲しいわけではないのだ。
ぼふっとそのデブチョコボの腹の上にのっかってリディアはココアをこぼさないように飲む。デブチョコボはリディアにとっては生きたクッションで、調度具合がよい。以前真似してエッジがのっかったらグワっと一鳴きして跳ね飛ばされた。
体重制限があるみたいね、とローザは笑っていたが、ためしに彼女が乗ってみると、案の定ローザもそれにはひっかかったらしくて跳ね飛ばされた。「失礼ねえ」と笑っていたけれど。本当は体重制限ではなく、デブチョコボも比較的幻獣に近い存在だからなのだとリディアは解釈した。何故、幻獣に近いと思うのかというと、不思議なものでデブチョコボは何故かいつも清潔だからだ。いつも同じ場所でぐうぐう寝ていて、普通の動物のように食事も排泄も何もしない。そこにいるデブチョコボは本当は目で見えているだけであって、そこに実態がないようにも思える。触れるし寝息も聞こえるけれど。だから、リディアはまるで子供の布団のようにデブチョコボの羽毛にくるまれることが好きだし、誰もそれを止めない。(初めは「たまには体を洗わないとダメじゃない?」とローザが懸念していたが・・・)
ずず、とココアを飲みながら、今日の嫌な感覚を思い出して身震いをした。こういうときに誰に意見を求めればいいのかリディアはいつも悩む。自分は、あまり人の気持ちを考えることが得意ではない、と思う。
だって、わからないことばかりだから。
だから仕方なくいつもエッジやローザにどうして?を連発してしまうこともリデャアは知っていたし、甘えていることも知っていた。
だけど、今日のことは、聞けない。彼らは知らないことなのだろうから。リディアは小さくため息をついた。
彼らには絶対感じることが出来ない、あのびりびりした感覚。
彼らがわからないことを自分が感じているのだという、この不安。それを引き起こしている憎しみと呼ばれる強い感情。
憎い、という感情はリディアだって感じたことはあった。
それは、エッジと同じくルビカンテに向けてのものだった。そうだ、自分は明らかにあのとき・・・エッジの両親を、人ではない異形なものに変えてしまったルビカンテを憎んでいた。その、人として許されない行為を、憎んだ。
けれど、その憎しみという感情はきっとエッジの否ではなかったに違いないし、どんなに憎んでも「殺してやる」とまではリディアには思えなかった。ただ「許せない」と思っていた。・・・では、何で償わせようと思っていたのだろう?自分は。
相手の死を願うほどに憎むことが、世の中にはある。
それを今日、いやというほど知った。
「今日のエッジは恐かったもの。あのエッジは嫌い」
そういって、サイドテーブルにココアをおいてからリディアはデブチョコボの羽毛に顔を摺り寄せた。

少しだけうとうととしていた。
ふと思い出すのは、炎。

あのとき、お母さんはわたしが大好きなシチューを作っていてくれた。
さあ、あとは煮込むだけね。お母さんは笑顔で私を見た・・・その途端にさあっとお母さんの顔つきが変わった。
リディア、ここで、いい子にしていなさい。何があっても家から出てはいけないわ。
・・・ああ、まただ。
ミストの村に悪者がくるときに、いつもお母さんはそういって私を家に置いていく。
私がうなずくのを確認すると、お母さんは外に出て行った。
そして、家の前で立って洞窟の方向を向く。
私が不安がるといけないから、お母さんはいつも家の中から私が見える場所でミストドラゴンを召喚していた。
長い長いスペリングの後、一瞬ミストドラゴンの姿が私にも見える。それからミストドラゴンはすぐに消えるけれど、お母さんに呼ばれて現れて、そして洞窟にいる悪者を倒しに行くの。
いつもお母さんは立ち尽くしている。普段は1,2分もすれば終わって、もう一度だけミストドラゴンの姿が見えて、そして消える。
それがいつものお母さんの召喚だった。
けれど、あの日。
1分たっても2分たっても、お母さんは立っていた。表情は、私からは、見えない。
どうしたんだろう?
私は少し不安になってきて、窓から身を乗り出そうとした。
そのとき。
まるで、何かに突然びっくりしたかのように、お母さんはびくん、と跳ね上がって。
そして、よろよろと家の扉に近づいたかと思ったら、その場に妙なポーズのまま倒れてしまった。
わたしは、何が起こったのかわからなかった。
あ、でも、前に一度お母さん台所で倒れたことがあって。あのときは、立ちくらみとかなんとか言ってた。少ししたら元気になってたもん。きっとそれに違いない。
わたしはドアをあけて外に飛び出す。
お母さん。・・・私はお母さんを揺さぶった。お母さんは、私に気付いて
「みんな・・・」
聞いたことがないような、小さな声だ。お母さんが無事だということに私は一瞬喜んでしまった。
「ごめんなさ・・・」
そして。
その言葉を最後に、瞳を開けたままのお母さんは、瞬きも忘れて、息をすることも忘れたのだった。
お母さんの心臓は働くことをやめて、脳も働くことをやめて、何もかも。お母さんのすべては何もかもそれまでの活動を一切放棄してしまった。まるで人形のように。
その意味がわからないわたしは、何度も何度もお母さんを呼んだ。
ゆさぶった。手を握った。体を叩いて、髪をひっぱった。
叫びだすことも出来ずに何度も何度も呼ぶだけで。
ごごごおおおっ・・・。
突然の音。
ミストの村人達が叫んで自分の家から飛び出てきた。
頭上を見ると、炎に包まれた見たこともない生物がいくつもいくつも飛んでいる。
そいつが、炎を撒き散らしてみんなの家を燃え上がらせている。
服に火がついて手ではらっているおばさんが視界の隅にはいったけれど、そんなことより私は、お母さんが。
瞳を開けたまま、すべての行動を終えてしまった人間。
一緒にシチューを食べるはずだったのに。
村の中は阿鼻叫喚の地獄絵になっていた・・・のだろうけれど、わたしにはわからない。
ただ、わかるのは肌にぴりぴり感じる激しい熱さと、橙色の炎の渦。
気がついたらわたしの家にも火が移っていて。ごうごうと聞いたことがない音を立てて勢いよく家屋を焼き尽くす炎。
多分、ここにいちゃいけない。
それは子供だったわたしにもわかったけれど、お母さんを・・・動くことを止めてしまったお母さんをどうしていいのか
わたしにはわからない。
炎が恐かった。足がすくむ。
恐怖を感じたときに、いつも側にいて助けてくれる母さんが、動かない。
そこでようやく私は気付いた。
これが、死ぬっていうことなんだ。
きっと、ミストドラゴンは、負けたんだと。
熱い。恐い。お母さん。赤くて、恐ろしいものが、私たちの村を包んでいく。
目の前でよく遊んでくれたおじさんが、炎に巻き込まれながら家から出ようとしていた。そこに、焼けて崩れた何かが覆い被さっておじさんは見えなくなる。
そして泣き叫んでいるわたしの目の前に。
命の恩人でもあり、お母さんや村人達を殺した張本人達が現れたのだ。
どうしていいかわからなくてわたしは、泣き出した。よくもまあ炎に巻かれなかったと自分でもその悪運の強さは呆れるくらいだ。
そこからの記憶は曖昧でよくわからない。
けれど覚えているのは、激しい炎と、瞳を開けたままのお母さんと、そして、お母さんを殺し、村を焼き払い、私を救ってくれた殺戮者達。そう。ひとりの竜騎士と、私が幼い恋におちてしまった、暗黒騎士。
私を、助けてくれた、殺戮者達。
彼らを憎めばよかったのだろうか?エッジのように。彼らを憎まなかった私は、薄情なのだろうか。
セシルに恋してしまったわたしを、お母さんは許してくれないかもしれない。
あのカイポの夜。バロン兵から自分を守ってくれた暗黒騎士に、私はとても、とても幼い、ささやかな恋におちてしまったのだ。

「リディア。俺にも何かいれてくれ」
うとうとしていた私に近づいてきた人がいた。そっと顔をあげると、エッジがそこに立っている。
「エッジ。もう起きたの?」
エッジはデブチョコボにくるまっているリディアを覗き込んで小さく笑った。
「ん?俺はいつでも夜中に一回起きるんだ。んで、明け方1時間くらい眠るの。知らなかった?」
「・・・知らなかった」
「短眠なんだってば。お前は?一度寝たから眠れなくて起きたのかよ」
「うん」
リディアはそっとデボチョコボから体を起こした。
「わたし、ローザみたいにおいしくお茶いれられないけど、いい?」
「知ってる。期待してねえよ。好きな女がいれてくれりゃ、そっちの方が嬉しいに決まってる」
「誰?」
エッジはがっかりして苦笑した。
「ばーか。よく考えとけ」
リディアは不思議そうな表情でエッジを見てから、ココアのカップをもってキッチンへと歩いていった。
「ちょっと安心した」
「何だよ?」
「エッジが、普段のエッジに戻って」
エッジはリディアがいっていることがよくわからない。キッチンまでついていって、昼間リディアが座ってローザを見ていた椅子をテーブル側に背当てをむけてリディアを見られるように、今度はエッジが腰掛ける。
「はあ?」
「だって、今日のエッジ恐かったんだモン・・・」
それで、意味は通じるかな?リディアはちょっとだけ控えめにエッジに拗ねるように言った。
嘘ではないし、かといって完全に非難することでもないから。
エッジは苦笑いをした。
「恐かった、か?なんだよ。そうだったのか、いえばよかったのに」
「・・・そうじゃなくて・・・」
リディアはどう説明したらいいんだろう、と困った顔をしながらこぽこぽとティーポットにお湯を注いだ。トロイア付近でとれるめずらしいお茶をいれる。魔導船には、何もかも一式そろっていた。けれどそれはミシディア付近の文化を感じさせるものが多い。茶などはもともとなかったけれど、ローザが持ち込んだものだ。
月に行ったときに最初はローザとリディアは置いていかれそうだったけれど、ローザは用意周到にちょっとした日常品を持ち込んでまんまと密航に成功した。
最初はセシルもエッジも怒っていたけれど、月の民の館までの道のりが案外遠く、彼らはそこで多少モンスター達に苦戦もした。魔導船で寝泊まりを数日している間に、ローザが持ち込んでくれた物があってどれだけありがたかったか彼らは身に沁みていた。
「はい、エッジ。熱くても、いいんだよね?」
「おう。構わねえよ」
ローザのように適温で茶をいれてふるまうことはリディアにはまだ難しい。が、ありがたいことにこのエブラーナの王子さまはそういった細かい事はわからないので、茶ならば熱いのが当たり前、熱湯大歓迎、と思っている様子だ。
せっかく適温でローザがいれてくれた茶に対して「ぬるいな」なんてことを言うものだからセシルに呆れられてしまう。が、本人は一向に気にもしないしローザも完全にさじを投げている。
リディアはエッジにカップを渡して、彼の前に立ったまま言った。
「エッジが、ルビカンテのことを憎んでいるってこと、すごくわかった。それは、言っても止められないことじゃない?」
「?・・・それが、恐かったのか?」
「びりびり、したの。何か・・・強い、何かいやな感じがしてどきどきして。こんなの初めてだった。エッジがあんまりルビカンテに対して感情的になってたから、それが私にもわかったみたいで・・・」
どう説明すれば、わかってもらえるのだろう?こればかりは感じる事が出来ないエッジに言っても無駄なのかもしれない。
案の定エッジは「言ってることがわからねえな」という表情でリディアを見て茶を一口すすった。
「ふうん・・・なんかわかんねえけど・・・だから、聞いたのか。今でもルビカンテが憎いかって」
「うん。あんなびりびりくる何かを、まだエッジが持っているのかと思ったら・・・恐くなって」
「びりびり、か。まあ、お前はちょっと人と違うからそういうのもあるのかもしれねえけど。だからあのじいさんと何か話してたのか」
リディアはエッジから「人と違う」と言われて悲しそうな表情をした。エッジはそれにはお構いなしでもう一口茶を飲んでことん、と後ろを振り向いてテーブルにカップをおいた。それからリディアに向き直る。
「俺が、お前を怖がらせちまったか」
「・・・」
エッジに伝わるだろうか?リディアはフースーヤから聞いた言葉を、なんとか自分の言葉をまじえてエッジに伝えた。彼ならその話を聞いてどう思うだろう?彼が発していた憎しみという強い感情をぶつけられたリディアの感覚が理解は出来ないとは思うけれど、それでも伝えたいと彼女は思った。
一通り話を聞いてから、エッジは自分の前に立っているリディアの腕を掴んで、無理矢理引き寄せた。
「きゃっ!?」
がくん、と前のめりになって座っているエッジの腕の中にリディアは倒れ込んだ。エッジはバランスを崩した簡単に彼女の身体を両腕で抱き上げて膝の上のっけて抱きしめる。それにリディアはとまどってあせって少し早口になる。
「エッジ、何?」
「恐いのか」
「え?」
「まだ、恐いか」
「・・・ううん、今は、大丈夫」
それでも、そう答えるまでに間があいてしまったのは事実だ。
「嘘ばっかり言いやがって」
エッジは腕の中のリディアを少し力をいれて抱きしめた。
「お前は、自分のおふくろさんを殺したやつとか、村の人間を焼き払ったやつとか、憎いと思わないのか」
「・・・少しは、思ってるかも、しれないけど・・・」
そう言葉にしてみたけれど、実はそうではないことをリディアは自分で知っている。
彼らを憎む事は難しい。だって。
私のお母さんを間接的でも殺してしまったのはセシルとカインで。けれど私の命を救ってくれて。
リディアはそのことをまだエッジには話していないことを思い出して躊躇していた。
そのことをエッジにいったら、何故か怒られる気がしたし、セシルやカインを彼が責めるような気がした。それは嫌だったし、それを思うと本当に悲しくなってくるから。だから、リディアはまだそれを口には出せなかった。
エッジの腕から逃れようと体を動かす。彼の腕の中にいるのは別に初めてのことではない。バハムートのもとにいったときにもリディアは色々悲しい思いをして混乱をしてエッジにしがみついていた。それは忘れていない。彼はいつも自分を守ってくれるし、実際に自分でも彼がいてくれて助けてもらっている事をわかっている。エッジはリディアを子供扱いしながら、まるで妹を守る兄のように庇うように抱きしめてくれていたと思える。
だけど、今自分を抱きしめているエッジの力には、他の意味が込められているような気がして、少しとまどわれた。いくらなんでも自分だってそこまで子供ではないのだから、異性の膝の上にのっかっているのは不自然だろう。足をばたつかせてリディアはエッジを非難するように言った。
「エッジ、離して」
「やだよ」
「どうして」
「どうしても」
「わかんないよ」
「・・・前に、いっただろ、俺にもお前を心配させろってよ・・・」
そういってエッジはリディアを許してくれない。
「俺はさあ、ルビカンテをほんっとーに憎いと思ってた。別に、親父とお袋を殺したから親の仇、っていうだけで憎んでたわけじゃねえよ。前にも話したけどよ、仕方ねえ。不当な侵略だったけどよ、結局は親父とお袋が弱かったから殺された。強ければ死ななくて済んだんだよ。もちろん、全然憎くないわけじゃねえよ、そのことについてだってさ」
「・・・」
「でも、やっぱり一番憎いと思ったのは、死者を冒涜するようなことをしやがったってことだ」
それは、エッジの両親を異形の物にしたことを言っているのだ。それはリディアにもわかる。
「だってのに、俺達に負けて死んだはずのあいつは、なんだか五体満足で普通に生き返ってるじゃねえか。そう思ったら、頭に血がのぼっちまった。何度でもこいつが生き返ったら殺してやる、でも、引導を渡すのはこれで最後にしてやる、こいつの細胞のすべてを焼き払ってやると・・・そこまで一気にテンションがあがっちまった」
リディアは悲しくなって来た。
細胞のすべてを焼き払ってやる。・・・そこまで誰かを憎む事が人間は出来てしまうのだということを初めて知った。
人に対して憎しみをむき出しにする、あのエネルギーはとても恐ろしい。そう彼女は感じて身を縮こませる。それにエッジは気付いたようで軽くリディアの髪をなでて、それからそっと腕の力を緩めた。
それに気付いてリディアは体をおこしてエッジから離れようとする。そのときに彼は言葉を発した。
「罪を憎んで人を憎まず、なんていう言葉があるじゃねえか」
「うん」
「あれは、罪を犯した人間が、それが罪だとわかっているときにしか通用しねえ文句だと、俺は思ってんだけど」
そのエッジの言葉にリディアは反応して、折角エッジが解放してくれたにも関わらず、彼の膝の上でじっと彼の顔をみつめる。
「だから、セシルだって、自分の育ての親だったバロン王を殺されても」
「・・・」
「カインだって洗脳されて操られていても」
エッジが言っているその二人のことは、ゴルベーザに対する憎しみのことなのだろう。
「それから、お前も」
「え」
「セシルとカインを、憎めやしねえんだよ。あいつらは、自分達が何をしたか、嫌ってほどわかってるんだ。その上、そうだってことをお前も嫌ってほどわかってんだろ」
その意味が一瞬わからなかった。
一体エッジは何を言っているのだろう?
リディアは彼の膝の上で彼の顔をまばたきを忘れてみつめていた。
エッジはそれ以上は何も言わず、リディアからの言葉を待っている。
「し・・・」
声がかすれた。
「知って、いたの」
「ああ」
「・・・」
誰がエッジに言ったのか、なんてことは別によかった。
心のどこかでリディアは安堵している自分がいることにも気付いている。
エッジは知っていながら一緒に旅をしてくれている。セシルを責める事もなく、リディアを責める事もなく。それがわかって、どこかしら助かったような気すらする。
「だから、お前は憎めないだろうし、俺はルビカンテを憎む。悪いことを悪い事だと思わないあんのクソ野郎を憎んで当たり前じゃねえか・・・本当は他のやつらがどう思っているのかはわからねえけど、目に見えないものを相手にするのは、難しい」
「目に見えない?」
「俺は、ルビカンテを憎む。簡単だよな、あいつがそこにいれば、目に見えるじゃねえか・・・目で見えたらもっともっと憎くなるし、そう思う事は簡単だよ。でも、なんていうんだ?さっきの言葉みたいに、罪悪だけを憎むのなんて、難しすぎると思わねえか?」
「罪悪だけを憎む」
リディアは言葉を繰り返した。
腕の力を緩めてやっても、自分の膝から降りないリディアを、エッジはそっと抱き上げて床の上におろしてやった。とても、優しく愛情をこめて。けれどもリディアはまだそれに気付くほどの余裕がなく、エッジの言葉を繰り返す。
「罪悪だけを憎むことは、難しいのかなあ・・・?」
「難しいと思うぜ。神様なんていう目に見えないものを信じられる人間と絶対信じられない人間とがいるだろ。目で見える見えないってのは全然違うように俺は思うけど。だからよお・・・お前がいってるように、確かに俺はお前が恐い、とか嫌な感じがする、とか・・・そういうなんか俺にはわかんねえものを感じちまうお前には悪いけど、そこまで思えることは、逆に簡単だし、楽なんだよ」
「楽!?」
エッジがいっている言葉の意味がまったくわからなくなってリディアは素っ頓狂な声をあげた。
彼は座ったまま、どう説明しようか?と困った顔をしている。
「目で見えるものが憎いってことは、それがなくなれば憎む対象がなくなるだろ」
「そ、それはそうだけどっ・・・」
「目に見えないモンが憎かったら、それは」
「・・・」
「忘れるまで、許せるまで、憎み続けたり、お前が感じたその、なんだかけったいな感情ってやつをもってないといけねえんじゃないかなーって。ちっとばかり思った」
リディアは息を呑んだ。
ゴルベーザとフースーヤが去ったあの場で。
まだ、誰かが何かを憎んでいる、と気付いてしまったあのとき。
あれは、セシルやカインから発せられていたものだったのだろうか?
エッジのときのように強い感触ではなかったけれど、明らかにそこに感じたのは憎しみだった。
「どっちがいいのかはわからねえよ」
「・・・・」
「俺は、お前だって、本当は何かを憎んでいるんじゃねえかと思う。セシルとカインじゃなくて、やつらがやっちまったことを。やつらにそれをやらせたバロン王に化けてたヤツは死んだんだろ。それにそいつを操ってたのはゴルベーザだったんだし。何を憎めばいいのかなんて、わかんないはずだ。だけど、きっと、どこかでお前は憎んでいると思うよ」
「やだ、そんなの」
「そんなに、嫌がることじゃねえよ」
苦笑してエッジは言った。
「お前が思っているほど、何かを憎む感情ってのは特別じゃねえと俺は思ってる。・・・だって、お前、知ってたじゃねえか」
エッジが何をいっているのだろう?とリディアは忘れていた瞬きを何度も何度も繰り返した。
「憎しみっていう言葉、知ってただろ。・・・当たり前にあって、みんなどっかで持ってるんだ。ただ、それが表に出てくるかどうかっていう違いだけだ。嬉しいとか悲しいとか、そういうのとかわんねえよ。ただ、必ず対象が自分以外にあるってこと以外は」
思ってもみなかったエッジの言葉にリディアは呆然とした。
あんなに恐くて恐くて仕方がなかったびりびりした恐ろしい感覚。
鼓動が早まって、どうにもならなくて、あんなに嫌な波動を感じた事は今までなかったのに。
それは、誰にもあることで、特別じゃないとエッジは言う。
「だから、お前が例えば何かを憎んでも、それは仕方がないことだし」
そっとエッジはリディアの額に手をのばした。
何をするんだろう?と思いながらもリディアは抵抗をしないでエッジの言葉を聞いている。
ああ、お茶が冷めちゃうよ、エッジ、と言葉を出そうとしたとき
「セシルとカインを憎めなくても、お前の母親はお前を恨みやしねえよ」
「!!」
そのエッジの言葉で愕然として。
とん
彼の指先がリディアの額を押した。
その瞬間、エッジの目の前でリディアはがくっと膝をおってその場に倒れ込んだ。それを素早くエッジは抱きとめる。
「悪ぃな、一応ニンジャだから色々出来るんだ」
それからリディアを抱き上げてエッジはキッチンから出た。そこにそっと人影があった。
まったくそれに動じる事なくエッジはその人影に声をかける。
「悪い。喉でも渇いたのか?声は聞こえてなかったよな?ポッドん中じゃあんな音聞こえねえもんな」
「ああ、そのとおりだよ。ちょっと喉が渇いて」
そういって、セシルは苦笑してみせた。


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モドル

お、重い〜!!困ったテーマだよ〜。
が、FF4でリディアを書いている以上は避けて通れない道が「自分の親を殺した人間と共に生きられるのか」ということでございます。
それはセシルもそうだし、カインもまたそれに近い位置に生きていると思います。
ゴルベーザを許せるのか、親友を裏切り続けてしまった自分を許せるのか。
パロムやポロムが生き返らなかったら、多分セシルは自分の月の民の血を呪い続けるような気がします。けれど、彼らが生き返ったからといって、すべての失われた命が戻るわけではないのです。