愛憎-4-

セシルとエッジが回復ポッドにはいってからほどなくカインが起きた。少しけだるげに回復ポッドから出た彼は小さく頭をふって、それから魔導船の中をぐるりと見渡した。当然だ。彼は魔導船に乗り込んだ事がそれまでなかったのだから。
回復ポッドはいつでも入った人間の疲労をとり、傷を癒して万全のコンディションにしてくれる。けれど、新しい環境にまで馴染ませてくれるわけではない。僅かに眉根を寄せてから、そっとその様子を見ていたローザにカインは笑顔を見せた。
「おはよう、ローザ」
「おはよう、カイン。気分はどう?疲れは取れたと思うけれど」
「ああ・・・それに、洗脳がとけたせいか・・・不思議と気分がいい」
「そう」
それならば、先ほどみせたけだるげな表情はなんだったのだろう?ローザはカインを心配そうに見つめる。
「セシル達はまだ寝ているのか」
「それがね、どうやらお酒を飲んでたらしくて二日酔いみたいなの」
「じゃあ、今日の出発は・・・」
「そうね、ちょっと見合わせることになるわ。ねえ、お腹減ってない?簡単なものしかないけれど、用意出来るのよ」
そう言われてカインは初めてキッチンの方から流れてくる温かで食欲をそそる匂いに気がついたようだ。
「いただこうかな」
「ええ。今、用意するわね。少しの間待っていてくれる?」
「もちろん」
ローザは先ほどの懸念を押し殺して笑顔を見せてキッチンの奥へ戻っていった。カインはまだ慣れない魔導船の壁に触れたり回復ポッドのスイッチを眺めたりしながらうろうろと歩く。
これが月の民が作ったものだということはすぐにわかる。
そもそもの材質が彼らの星にはないものだと思えるし、あったとしてもこういう使い方が出来るほど採掘されないものだろう。
「・・・リディア」
「カイン。おはよう」
「おはよう」
リディアはデブチョコボの傍でアイテム整理をしていた。全部デブチョコボが管理をしているけれど、時折中身を確認して自分達が持ち歩いている袋に必要なものを移し替えなければいけない。床に布を敷いて、デブチョコボが出してくれたアイテムを並べて自分もぺたりとその場に座り込んでいた。
「・・・目が赤い」
カインは静かにリディアを見てそういった。
「・・・すぐわかるくらい赤い?」
「ああ」
「やだなあ・・・二人が起きるまでには治るかなあ?」
「泣いたのか」
「ちょっとだけ。でも、なんでもないの」
そういってリディアは手鏡で自分の顔を映した。それは、成長して戻って来たリディアにローザが買ってあげた小さな銀細工がはいった女性らしいものだった。そんな彼女を見ると、ああ、この子は大人になったのだなあとカインは思わずにはいられない。
「本当。真っ赤になっちゃってる。でもね、でもでもほんのちょっとだけしか泣いてないの」
「そうか」
カインは多くを聞かない。
セシルやエッジだったら「どうしたんだ」と必ず声をかけるけれど、カインはとても静かにそう言うと、リディアの傍に座って彼女が広げていたアイテムをしげしげと眺め始めた。
「・・・ああ・・邪魔かな?俺がいると」
「ううん、そんなことないよ。でも、そのお、みっともない顔見られるのは恥かしいけど。でもカインは、わたしがこんなにちっちゃいときも知ってるんだもんね」
恥かしそうにリディアは小さく笑ってみせる。
「・・・そうだな」
この不愛想な男はそれでも彼としては優しく小さく口元だけで微笑みを作ってみせた。
リディアはカインが笑うときに、あまり目が笑っていないことを知っている。
だからといって、その笑顔が嘘だということではない。
カインは笑顔を作るのが下手くそだ。不敵な笑みを漏らす事があっても、セシルやローザのように相手を安心させるような笑顔をみせることは彼には出来ない。まあ、ローザいわくセシルの方が以前は仏頂面で困っていたともいうけれど・・・
それでもリディアは、口端を軽くあげて僅かに瞳を細めるカインの笑顔が彼の精一杯の笑顔なのだと思えるし、笑顔を漏らした自分を少し恥じるように目を伏せるカインの睫毛が案外とまばらに生えている事も知っている。
「エッジのこと、傷つけちゃったみたい」
思い切って、リディアは言葉に出してみた。
カインは「それで?」という風にエリクサーをもっていた手をとめてちらりとリディアを見る。
「人を殺したいほど憎むのって・・・わたしは恐いなあ・・・」
ぽそりとそう言うとリディアは袋の中に金の針を数えて入れた。
「でも、それって、人を好きになったり嫌ったりするのと、同じなのかな」
リディアはカインを見た。カインは一体リディアが何を考えてそういう言葉を発したのかよくわからない。
「同じように俺には思える。もちろん、違う、と答える人間もいると思う。あまり、リディアが言っていることに意味があるとは思えないけれど」
「・・・そっか」
「憎む人間が恐いのか?自分が憎んでしまう事が恐いのか?」
そのカインの言葉を聞いて、リディアは即答をしようと口を開いた。
それから徐々にその可愛らしい唇は閉じられて、引き結ばれる。カインのその言葉は、「誰かをあんな風に憎むなんて恐い」と思っていたリディアの心の中に波紋を投げかけるには十分なものだったのだ。恐いという感情。それには当然対象があるに違いない。
それは一体何に対してだろう?エッジを恐い、と思ったのは、エッジがルビカンテをあれだけのパワーで憎んでいるからに違いない。
だから、エッジが恐かった。
でも、もしかしたら。
自分も、あんな風に人を憎むかもしれない、と。そう思う事もリディアにとっては恐怖になったのではないだろうか。
「わからない」
リディアは小さくつぶやいた。意味もなくただただ手の中にもったエッジの手裏剣を何度も裏返したり顔を近づけて覗いたりするけれどその目はあまり懸命にそれを見てはいない。
「わからない」
もう一度リディアはつぶやいた。それからそっとお伺いを立てるように上目遣いで聞いてみる。
「カインは?」
「うん?」
「人を殺したいほど憎むのって恐くない?」
「・・・自分が、誰かを憎むことが、か?」
「うん」
「憎むには、それ相応の理由があるだろう。憎むことそのものより、その理由を作ってしまうことの方が恐ろしいと俺には思えるけれど。例えば、俺のように、リディア達を裏切る、とか」
「カイン・・・別に、カインのこと、わたし、憎んでなんかいないよ」
「それでも、憎まれて当然なのだと俺は思っている」
カインは特に心が動いた風でもなく淡々とリディアに話した。リディアは悲しそうに眉根を寄せてカインを見た。と、カインはそのリディアの眉間に手を伸ばして小さく笑う。
「そんな顔をすると、皺になるぞ」
「だって」
眉間にふれてカインはとん、とリディアの額をおした。それをちょっとだけ不快そうにリディアは唇を尖らせた。
カインは絶対ローザにはこんな風に触れないのに。わたしが子供だから、こんな風に気安く触るんだわ・・・その表情からはカインにすべてが読まれてしまうようだ。
「リディア、俺は、ひどいことをしたんだぞ。もっとゼムスやゴルベーザに力があったら、もしかしてリディアも、ローザも、エッジも、セシルすら殺してしまったかもしれない。ドワーフ達の城も破壊して、この世のありとあらゆる邪魔をするものを殺してしまう可能性だってあったんだ。それも、お前達を騙して、裏切って」
「でも、カインは騙されていたんじゃない」
「それをリディアが知らなかったら?」
「・・・考えられない。そんなこと」
カインの言葉は何から何まで残酷で、リディアの心を暗くした。そんなことは考えたくない。
リディアの心のよりどころのひとつに、カインはだって、騙されていたから。そんな言葉が必ずあったのは事実だ。でも、もしもそうではなかったら?自分はカインを、エッジがルビカンテを憎んだように憎んでしまったのだろうか?それを知らなければ、母親を殺したセシルもカインも無条件に憎めたのだろうか。
リディアはうつむきながら懸命に言葉を絞り出した。
「じゃあ、知らなかったらよかったの?セシルもカインも、わかっててミストの村を焼き払ったんだったら、わたし、二人を憎んでたの?お母さんを殺した人達を憎めたの?」
そうしたら、わたしは、お母さんのために彼らを憎んで、薄情な子供にならなくて済んだだろうし、エッジのことを傷つける事もなかったのだろうか?
そのとき、ローザが二人を覗きに来た。
「お食事の準備が出来たわよ・・・どうしたの、二人とも」
「いや、なんでもない。すぐ行く」
カインは無表情でローザを振り返って言った。けれど、リディアは顔をあげない。その様子を見てローザは小さく息をついて
「リディア、顔を洗って来た方がいいわ。折角の美人が台無しよ」
「うん・・・」
リディアはローザの方を見ないで立ち上がると、何も言わないで二人の間を擦り抜けて歩いていった。
「カイン」
「なんだ」
「リディアに何を言ったの」
「別に。まだ話の途中だ」
おもしろくもなさそうにカインは立ち上がる。
「悪いことだとは思わない。初めて彼女が、俺とセシルの罪について、口にしたんだ。・・・それは、悪いことじゃあ、ないだろう?違うかい?」
「カイン、でも」
でも、といったものの、自分には巧い言葉はみつからない。ローザは小さく笑った。
「とにかく、食事にしましょう。あのね、とても上手にスープが出来たの。あなたの口に合うといいのだけれど」
ローザの料理に文句をいうわけがない。カインはそう言いたかったけれど、それは黙った。
恋焦がれていた美しいこの女性にそれを言う役目はセシルに譲ったのだから。

食事はいやというほど気まずい雰囲気の中で行われた。
こんなときにはいつだってエッジかリディアがムードメーカーになってくれていたというのに、当の本人達が沈んでいるのだからローザにもそれはどうにも出来ない。
ローザが作ってくれたスープは簡単なものだったけれど味はとてもよく、食べなきゃ元気にならないもんね、と無理矢理笑顔をつくってリディアはおかわりをしてみせた。けれど、他の副菜に手をあまり出してないところを見ると、本当はそんなには食欲がないとわかる。ローザは二人の様子を見ていたけれど、今の彼女には特に口を挟む事は出来なかった。セシルとカインの罪のことを話されては、ローザはいつも何も出来ない。あれは、カインからの「君は口を挟むな」という警告とも取れる。
食事を終えて後片付けをすると、いつもリディアは手伝ってくれるけれど、カインが「話の途中」とローザにいったことを思い出して、リディアに手伝いはいいわよ、と優しく告げる。
アイテムを整理しようとデブチョコボのところに戻ると、カインが座ってしげしげとアイテムを眺めていた。彼がいなくなった間にもいくつか新しいアイテムを入手していたから、それを確認したかったのだろう。リディアは立ったままでそのカインを見た。
「ああ、悪い。リディアの仕事を邪魔してしまうな」
「ううん・・・。カイン、さっきはごめんなさい。昔のことを、話に出しちゃった・・・」
「いい。その方が、助かる」
「・・・え?」
思いもよらない言葉にリディアはおどろいて、びっくりした表情のままでカインを見た。
「リディアが、黙っているよりも、それについてどう思っているのか言ってもらった方が、俺は助かる」
「いやな気持ちにならない・・・?」
「俺は、自分の罪をなかったことにしたいような男ではない」
カインは真剣な表情でリディアを見た。
「自分の過去の罪を指摘されることは、仕方がないと思うし、受け入れたいと思う。リディアが俺を憎まなくとも、俺は自分で自分を憎んでいるし。別段今更そのことを言われて、気分を害するとかそういうことはない。・・・それは、ただの真実だ」
「なんでカインが自分のこと憎むの・・・?」
驚いた表情を緩和することが出来ないままでリディアは立ちつくしていた。呑気に眠っているデブチョコボがなんだか泣けるくらいユーモラスでその傍でリディアに悲しい事を告げるカインの言葉がより一層リディアに衝撃を与えるようにすら思える。
「さっき、いっただろう。誰かを憎むよりも、その理由を作ってしまうことの方が恐ろしいと。それを止める事が出来なかった自分を思っては悔やんで、そして、それを繰り返してしまう愚かな自分が憎いとすら思ってしまう」
「駄目だよ、カイン!自分のこと憎むなんてこと言っちゃ駄目!」
「リディア、人の感情に駄目、とか制止をかけるのは無理だ。制止をかけてどうにかなるのだったら」
カインはそこで一拍おいてから静かに言った。
「俺は、とっくにローザのことを愛していないだろうし、セシルを妬ましいとも思わないだろうな。そうであればあんな風に簡単に洗脳されることもなかったに違いない」
「・・・・それは、同じことなの?」
「ああ、同じことだよ。誰かに対する感情なのだから」
そう言ったカインがあまりにも穏やかな表情をしていることにリディアは気付いた。
気付かなければよかった。この竜騎士は誰に何も言わなくてもそっとローザのことをずっと愛していて、セシルへの妬ましさを抱えながらも、彼らの傍を離れることが出来ないほどに彼らのことを愛しているのだろう。
例えそのために自分の中に醜い感情を持っているとしたって。
「わかんなくなってきた。わたし、頭悪いからっ」
「そんなことない。だけど、人の感情のことは、頭で考えてどうなるものでもないし、どうにかしろと言われたってみんな自分の感情をコントロールを出来るわけでもないんだ。リディアがどう思っているのか知らないけれど。感情だけでは人を殺したり生かしたり出来ない。感情から起こる行動で人を殺したり生かしたりは出来るけれどな」
「カインは・・・色々考えているのね」
「そんなことない。ただ知っているだけだ」
「何を?」
「好きとか嫌いとか、恐いとか悲しいとか、憎いとか色んな感情があるけれど、どれももっているから人間なんだってことと、それが発生することに法則なんてないってことをな。例えばローザと何もかも同じ人間がいたって、二人を同時に好きになる事はないと思うし、じゃあ何故ローザなんだと言われても説明なんて出来ないと思う。誰も、わからないんだ。何が自分にとって心を動かすものになるのかなんて。だから、憎むな、とリディアに言われても何をどうすればそれがなくなるのかわからない。そして、リディアだって憎めといわれても、何をどうすれば憎めるのかわからないに違いない。・・・不自由なものだ。感情というものは」
そういうとカインはそっと立ち上がる。リディアより随分大きい体つきの彼が傍に立つと、それだけで威圧感がある。リディアはカインを見上げて笑い泣きの表情を返した。
「じゃあ、一個だけカイン、教えてくれる?」
「うん?」
「どうして、私はカイン達を憎いと思わないのかなあ?お母さんのこと、大好きだったのに」
「それもきっと難しいことじゃあないんだろう」
そう言ってカインは苦笑した。
「憎いと思わないんじゃない。どこかで憎いとは思っていたのだろう」
「わかんない」
確かに彼女はカイポでセシルに命を救われるまではセシルのことを憎いと思い、警戒をしていたかもしれない。が、その頃の彼女は幼かったし、めまぐるしく変わる環境の変化についていくことに精一杯で、あの暗黒騎士が食べ物をくれたり、寝床を作ってくれたりすることに甘んじて受ける事だけしかできなかった。それ以外のことをどう思っていたのか、今ではそれも曖昧な記憶の中だ。
「けれど、リディアはそれ以上にセシルのことを愛していたんだろう」
「・・・・」
「それだけだ。それ以外、何もない。俺達を憎まないリディアに、人を憎むという感情がないわけじゃあない。ただリディアは」
聞きたくない言葉だ、とリディアは思いながらカインを見た。
「本当に、セシルが好きだったんだろう。それは、子供だから、とか大人だから、とは関係がない。セシルを憎めなくなったのに、俺を憎むわけにはいかないから、俺達のことをリディアは憎めなかっただけだ」
リディアは自分で泣きそうになるのを感じた。それをこらえて両脇におとした手をぎゅっと拳にして握って力を入れる。
「それに、俺が自分のことを憎んでいるといっても」
「うん」
「それは、誰もを傷つけたくないからだ。人を傷付ける力を持つ人間は、いつだってそれを間違ったときに使わないように自分を戒めなければいかない。俺には、それが出来なかった」
「カインがいってる事は」
リディアは震える声で言った。
「カインが、優しい人だからだとわたしには思える」
「そんなことはない」
「憎む理由を作るってことは、誰かを傷つけたり誰かに傷つけられたりするってことでしょう?武器で、でも、気持ち、でも。それをしないように、ってカインは思ってるんだよね。それは優しいからだとリディアは思うよ」
リディアはどうにもならなくて、ぽんぽんと自分の太股を自分の拳で叩いた。涙をこらえようとして、気をそらそうとしているのだろう。
「私、情けない」
「なぜ?」
「悪い感情は、持っちゃいけないって思っていた。でも、本当はそんなに簡単なことじゃあないんだね」
「本当は簡単なことだ」
カインはあくまでも静かにリディアにいった。
「簡単だけれど、個人差が激しい分野だってことだな。だから、個人のものさしで相手の感情を測ってはいけないし、相手に強要してはいけないだけだ」
「うん。・・・それでも、わたし、誰かを殺したいほど憎んだりすることは、いけないと思うし、自分が大好きな人がそんな感情を持ってるのは耐えられない。恐いの」
「その恐さを止めろと言われて、リディアは止められないだろう」
はっとなってリディアは顔をあげた。
「同じことを、リディアは言っている。俺も、本当はリディアに言いたかった」
「何を?」
「俺を、憎んでくれと。何もなかったことにされるのは、俺には、つらいことだったから」
その瞬間。
それまで我慢していたすべての感情が迸ったようにリディアは涙をぼろぼろと流した。
自分では、セシルとカインへ気を遣っていたつもりだった。それが、本当はカインを苦しめていたのかもしれない。そう思う事はリディアにとってはとても残酷で、辛くてせつなくて。ここにいることすら嫌になってしまうほどの衝撃だったけれど。
カインはリディアを抱きしめたりはしない。
それは逆に先ほどとは違って、リディアを大人扱いをしているということなのだろう。
だから、リディアもカインにすがりついたりもしないし、ローザを呼んだりもしやしない。
それでも、心の中で。
エッジの腕の中で泣きたい、とそんな都合がいいことを思ってしまった自分にリディアは更に愕然としてしまった。
リディアを抱きしめる事も、憎んでいたルビカンテを殺す事も出来る、彼のあの腕で。

ぷしゅう、と音をたてて回復ポッドの表面が開いた。エッジはなんだかまだけだるいのに、やっぱり二日酔いは直らないのか?なんてことを思いながら目を開ける。
「まだアタマいてえなあ」
そんなことをつぶやくと、ぬっとローザが彼を覗き込む姿が見える。
「そうでしょうね。途中で無理に起こしてごめんなさい」
「うん?なんだ、ローザが起こしたのか」
「悪いんだけど、リディアがキレちゃったの」
「はあ?」
エッジは前髪をかきあげて体を起こした。一体何がどうなったというんだろう?いぶかしみながら回復ポッドから出てくる。
「なんだって?」
「なんか、カインと話してたら泣いちゃって。デブチョコボの影に隠れて出てこなくなっちゃったの。反省会開いているんですって。でもかれこれ1時間もたっているのよ」
「はあ?」
困ったようなローザの後ろで涼しい顔をしているカインを見つける。
「なんだよ、お前、戻って来たと思ったら、俺達のことをかき回そうとかしてんのか?」
「そんなつもりはないし、お前には感謝されてもおかしくないと思うが」
「どういうこった。リディに何を吹き込んだんだよ」
「そんなつもりはないといっただろうが」
カインは相変わらず淡々とエッジに言う。けっ、こいつと問答していてもいいことないぜ、とばかりにエッジはカインに問いただすのを止めた。
「一大事かもしれねえけど、ちっとシャワー浴びてくるわ。なんか酒の匂い残ってるし」
「わかったわ。タオル用意しておくから浴びていて頂戴」
「ありがとよ。一緒にどう?」
「バカ」
ローザはエッジのすねに蹴りを入れた。

「どーしたんだ、リディア」
まだわずかに髪を濡らしたままでエッジはデブチョコボの影に隠れているリディアに声をかけた。
「なんでもないっ!」
「ってことはねえだろうが。おら、出てこいよ」
「駄目〜!まだ考える事が残ってるんだからっ!」
「何を。お前頭悪いんだから考えたって無駄だってば」
「エッジひどい〜」
声の調子からいくと、一番悪い時間はすぎたようだな、とエッジは判断する。
「おーい、出てこいってば」
「やだ」
「何だよ。あの竜騎士に何吹き込まれたか知らねえけど、とにかく出てこい。どーせ昨日の続きなんだろ?だったら俺が一番責任者なんだからよお、俺に色々言うのが筋ってもんだろ」
「そうだけどそうじゃないもん」
意地になってるな、とエッジは苦笑する。デブチョコボはぐうぐう寝ていて、その背中側にあるわずかな壁との隙間にすっぽりとリディアは入って小さく膝を抱えていた。
「ちょいと失礼」
エッジは無理矢理デブチョコボをどけてリディアの元にいこうとするけれど、デブチョコボはびくともしない。ローザやカインが困っていたのもそのせいなのだろう。
「このバカ鳥!どきやがれ!」
ぐうぐうと眠っているデブチョコボから返事はない。エッジはふてくされた口調で続けた。
「リディアのことが好きなら、どけよ」
するとあっさりとデブチョコボは寝返りを打つように寝ながら身体をずらす。
「ありがとよ。こら、リディア、出てこい」
「きゃ!」
エッジが覆い被さるようにリディアを覗き込む。
「顔も、見たくないのか。俺やローザやカインの」
「そうじゃないの」
「じゃあ、どうして。一人になりたいときってのは確かにあるけどな、それは周りに心配させないってのが条件なんだよ。ここじゃみんな心配するだろうが」
「だって、私が一人で出かけてもみんな心配するじゃない〜!」
「じゃあ、俺がどっか連れていってやる。そこで好きなだけ反省会でもなんでも開いていりゃいいだろ」
「そしたら一人じゃないじゃない」
「放っといてやるからさ」
リディアはエッジを見上げた。ほんのちょっとだけ泣いた後が残る目の周りにエッジは気付く。一体カインが何を彼女に言ったのかはわからなかったけれど、少なくとも彼女を傷つけるような話をしたことだけは事実なのだろう。
リディアはうなだれたまま、小さな声でエッジに言う。
「エッジごめんなさい」
「ん?」
「私はまだ、子供だからわからないことがいっぱいあって」
「そうだな」
「カインは、きっとわたしを大人扱いしてくれたの。だから、本当のことをいってくれたんだと思う」
「うん」
わからないけれどエッジはうなづいた。
「でも、わたし、まだ子供だから、とても悲しくなったの。止まらない。止まらなくて止まらなくて、一人でここにいたけど、本当にそういう気持ちって止まらないのね。だったら、エッジに、人を憎まないでって言っても、止まらないに違いないと思うの」
何をリディアが言っているのかエッジには理解できないけれど、彼は口を挟まずにじっと彼女の言葉を聞いていた。
「私、子供だから」
「・・・」
「まだ、今は考えてもわからない」
時間を取った方がいい、とセシルが言っていたのは正解だったのだと思う。今のリディアはとても不安定で、自分が何を悩んでいてどういう回答が欲しいのかすら把握できていないようにエッジには思えた。
ただ間違いがないことは、人との間で生活していれば誰もが必ず経験できる、他人からの感情や他人への感情の簡単さと複雑さを、幻獣達の間で生活を続けてしまったリディアはまだ経験不足なのだということだ。
そして、子供だからエッジの腕に時折抱かれてもそれは愛だの恋だのという感情に直結しないし、例えそうだと気付いても気付かないふりをして許されてしまうのが今のリディアだ。
大人になるまでの過程で抜け落ちていたことを、頭で理解して越えようなんていうのは無理に決まっている。その無理から来る葛藤なのだろうな、とエッジは彼にしては冷静に、そしてかなりの想像力を働かせて今のリディアの状態を分析した。
「だったら、考えなくてもいいんだぜ。お前はどう思ってるかわからないけど」
「・・・」
「大人の方が、考えていないもんだ」
「そうなの?」
「っていっても、考えずにいられないんだもんな。それも、同じだ。考えるな、といわれて考えなくてすむなら何も困らない」
「エッジ」
リディアは情けない声を出してエッジを見る。
「なんだよ」
「私、エッジの右腕、好きよ」
「ああ、そう言ってたな。嬉しいぜ」
「それでね、その・・・ちょっとだけ・・・」
「うん?」
リディアは少し赤くなってぼそぼそと言った。
「ほんのちょっとでいいから、うんと・・・」
「なんだよ。変なやつだな、はっきり言えよ」
エッジは目をぱちりと数回瞬きをしてリディアを見る。すると、リディアはおずおずと壁から離れてエッジの方へ身体を寄せて来た。
「頭が混乱して、なんか、よくわからなくて・・・その・・・安心させて、欲しいの」
それでもエッジは一体リディアが何を言っているのかよくわからない。
リディアは思い切ってエッジの胸元に目を閉じて身体を摺り寄せる。
ああ、そういうことか、とエッジはそこにいたってやっと理解したらしく、リディアを軽く抱きしめてやった。
リディアはずるい、とエッジはちらりと思う。自分はもうとっくにこの少女のことが好きで仕方がないのに、まだエッジを愛してもいないだろう彼女はこうやってエッジを利用する。そのことに本人はどれくらい気付いているのかすらわからない。
けれど、彼女の方からこうやって恥じらいながら身を寄せてくる事は初めてだったし、それに意地をはって邪険にするほどエッジは意地っぱりではない。
「俺が恐くないのか」
「もう、エッジのことは、恐くない」
「そうか」
「でも」
腕の中でリディアは、いっそうエッジに身体を摺り寄せながら、とても、とても悲しい言葉を発するのだ。
「私、自分が、みんなことをわかっていなんじゃないかと思って、それが、恐い」
その言葉を聞いてエッジは「馬鹿野郎」と腕に力を入れた。
「いいんだよ。わからないから、一緒にいるんだろ」
「え?」
「もっと、わかりたいから、一緒にいて、相手のこと考えるんじゃないか」
エッジはリディアの髪を何度かなでて、それから彼女の細い体を抱きしめた。
落ち着いたら、気分転換にリディアをどこに連れていってやろうか?そんなことを考える。
「エッジ」
「うん?」
「私、子供で、ごめんなさい」
「謝る事じゃねえよ。謝る事じゃないし、お前は・・・その・・・大人だと俺は思ってる。だから・・・」
だから、惚れたんだし。
その言葉は、まだ飲み込んでおこう、と音にはしなかった。そしてエッジは悲しい目覚めを迎えてしまったリディアを抱きしめながら、何度も何度も髪をなでてやるのだった。
そして、何度も何度も、腕の中にいる少女に辛い思いをさせてしまった原因を作った自分を彼は呪うのだ。
父親と母親を救えなかった自分を呪い続けたように。
きっと、リディアはそれを知らない。


Fin

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モドル

「あなたのためにできること」とセットになったお話でございまして、終わり方もそれに似た、まだ救われていないよ、という悲しい展開です。このシリーズ(勝手に私の中ではエッジ&ルビカンテの因縁が巻き起こす感情シリーズになってます)はまだ続いておりまして、愛憎についての様々な考察はここで一旦終了して次回作に二人ででかけるエッジ&リディア持ち越しです。
もちろん、セシルが思うことも当然後からリディアに伝えることもありますし・・・まだまだFFにうずまく人間関係の感情についてのウザイ話は続く模様です。でも、次は少し明るくて短い話です。要するにデート話だからな!!
エッジやカインがいうとおり、あんまり現実にはみんなそういうことって考えないし、それが絶対普通なんですけど、それを考えなければいけないほどに私達が当然として受け入れているモノに対して、リディアは不思議に思ったり嫌悪を感じたりとするのではないかと思います。
幻獣と生きて来たというのはそういうことじゃないかなあ、とか。だって明らかに違う生き物の世界ですし。