守る力-1-

セシルの役にたちたい。
その思いが自分の心の中でとても強かったことをリディアは知っている。

より強い幻獣を召喚するためにリディアは白魔法の習得をあきらめた。あまりその道理を知らないけれど、黒魔法、白魔法、そして召喚魔法(リディアからすれば魔法、と呼ぶものとそれは一線を隔していたけれど)はそれぞれに必要な能力が異なり、そして相容れないものだ。
どうしてローザが黒魔法を習得しないのか、ということは幼なかったリディアにはわからなかったけれど今ならわかる。
ローザは明らかに黒魔法を習得するための能力に欠けているし、それはパラディンになったセシルも同様だ。
幼かったリディアは白魔法を習得するための能力も黒魔法を習得するための能力も、そして召喚も。
ありとあらゆる能力があったけれど、世の中はそううまくは出来てはいないもので、幻界でリディアは白魔法の習得を断念する道を選んだ。リヴァイアサンがいろいろと説明をしてくれたけれど、幼かったリディアにはその原理だとか難しいことは理解出来なかった。ただ幼かった彼女は、「わたし、セシルといっしょにいたいの」「セシルの役にたちたいの」と、彼女に思いを寄せているエッジが聞いたら頭に血が上りそうな、あまりにも単純で、それゆえに強い幼い恋愛に対する思いを口にしたという。そして「白魔法はローザが得意だし、ファイアを唱えるのはわたしじゃなきゃ駄目なんだって言ってた」という単純な理由で白魔法習得を止めることに合意した。それはリヴァイアサンとアスラが薦めたことだ。
類希なる召喚の才能を持っているリディアのその能力と、白魔法を習得するときに伸ばす能力とは相容れない。
幻獣達はリディアに呼び出されることを待ちつづけていたし、人間界でのミストの村の悲劇を知っていたからこそなおさらこの少女に対して、幻獣達は期待を持っていた。
それに応えようとしたわけではない。
そうだ、と言えば一番それらしく聞こえる理由だけれど。
自分は、セシルを助けたかったのだ。
幼かったあの頃は、ただそれだけを。

「疲れてないかい、リディア」
「うん、大丈夫よ」
優しい声音でセシルはリディアに声をかける。
月の地下渓谷には魔物がたくさん潜んでいて、彼等は思うように先に進めない。
けれども一刻も早く彼等は最奥部に乗り込み、ゼロムスを倒さなければいけなかった。
フースーヤとゴルベーザが先に出発したけれど、彼等においつけるようなきざしはなかなかない。
今日で三日経過したけれど、一体どこまでこの広くて薄暗い、それでいて時折壁が発光する不思議な場所は続くのだろう。多少セシルやカインがあせっていることをリディアは敏感に察知していた。
「悪ぃ、俺ちっと疲れた」
エッジが手をあげてセシルに申告をする。
「休ませてもらえると嬉しいんだけどよ」
「・・・」
ちらり、とセシルとローザは顔を見合わせる。心なしかローザもほっとした表情をセシルに向けた。
「じゃ、ひとつ前の階に戻ろうか。魔物の気配が少ない場所があったしね」
「そーしてくれるとありがたいぜ、すまねえな。その代わり山ほどアルテミスの矢ぁ手にいれてやるからな」
エッジはにやりとローザに笑いかける。ローザはほんの少しだけ疲れているような表情を見せたが声は明るく
「それは頼もしいことね。こちらこそありがたいわ」
「じゃあ、戻るか」
カインは多くは言わずにさっさと今きた道を逆に戻っていく。その後にセシル、ローザ、と続いていった。
「バーカ」
ちょこちょこと後をついていこうとするリディアにそう言いながらエッジは彼女の頭をぽん、と軽くたたいた。
「キャッ!・・・なによお、エッジ!」
「・・・馬鹿、つってんだよ」
「だから、何よお〜」
リディアは不平そうに唇を軽く尖らせてエッジを見上げた。いつも軽口を叩いているムードメーカーであるエッジがこんな風にリディアにちょっかいを出すときは大抵、にやにやといたずらを思いついた子供のような表情をしている。
けれど、そのときリディアが見上げた彼は笑っていなかった。
「・・・言えないのはわかるけどよ。正直に言ったほうがいーぜ?」
「なっ・・・何を・・・?」
どきん。
リディアはそれでも精一杯不自然ながらも笑顔を作ってエッジに聞き返した。
と、エッジはまるで、ああ、俺、笑ってねえな・・・そんな風に気付いたように苦笑を見せて、今度はリディアの髪をくしゃ、と軽く掴んで言った。
「無理すること、ねえよ。お前が無理したっていいこたあ、ねえ。それくらい甘えとけ」
「む、無理なんかっ、してないモン!」
そう言いながらもリディアの声は少しうわずっている。
「ほら、いくぞ」
エッジはそんなリディアに何も言い返さずにそう言って彼女の手をとった。
ぐい、とひっぱられてリディアは慌てて小走りになりながらついて行く。
エッジはリディアのことを好きだといってくれる。リディアも少なからず彼のことは好ましいと思う。
この青年は軽く見えてもとても筋がとおった男で、そして時折リディアからすればずうっと彼が年上で大人だと思える言動をとることも多い。それを言葉にすると彼はしらばっくれるけれど。
彼が一緒にいてくれることはとてもありがたくて、何度もリディアは助けられている。まだ幼い心が残っているリディアにとって世の中は理解できないことがたくさんあって、それでも大人に一歩一歩近づいていることは間違いないから尚のこと納得がいかないことにぶつかってばかりだ。
その彼女をそっと助けてくれるのがいつもエッジだということをリディアは知っている。
こうやって彼が手をとってくれることはいつもリディアの勇気になるし、もしかして自分が一番甘えているのは彼かもしれない、とすら思う。だというのに。それでも恋人と呼ばれる関係になるには、リディアには心の準備が足りていない。
暖かい手。リディアが不安におののくときにはいつも側にいてくれるような気がするほど、共に行動をはじめてからそう月日がたっていないのにこんなにも近い彼の手。
けれど、そのぬくもりがなんだかいたたまれないような気がして、リディアは軽く眉を寄せて小さな息を吐く。
いつもならばエッジの手は彼女を安心させてくれて、彼女もきゅっと女の子らしいか弱い力で握り返すのに。
わたしが、悩んでいることを、見透かされているのかもしれない。
そう思うことはとてもリディアの胸に痛みを走らせ、言葉を詰まらせた。だって、彼は知っていても黙っていてくれるから。それはなんていう優しさだろう?

召喚士は短命だ。それが何故なのか、ということまでは誰も知らなかったけれど、そう言われている。
最近彼等がそのことについて考えるようになったのは、当然のようにリディアを見て、のことだ。
基本的にあまり体を鍛えるなんてことがないローザでも、この旅を始めてから相当体力もついてきたから滅多なことでは弱音を吐かなくなった。魔物から攻撃を受けても、多少受け身をとったりして威力を落として攻撃をくらう、という芸当も最近の彼女は得意になりつつある。
けれどリディアは、思いのほか体力がつかない。年齢的には若くて最も元気がよい年頃だと思えるけれど。ローザが言うには、リディアくらいの年齢の女の子は体のバランスが不安定だから仕方がない、とのことだが、彼等には一抹の不安がある。
召喚士とは短命というだけでなく、確実に生物として個体の強さが不足しているのではないか、なんて。
一番最初にそれに気付いたのは予想外にもエッジだった。
が、考えれば当然のことで、もともと女性兵がいないバロンに比べてエブラーナは女性のニンジャもいる。それにエッジはこう見えてもセシル達よりよほど年上で戦の経験も多い。そうであれば思ったよりもリディアの体力がつかないことに不可解さを覚えるのが当然だろう。「女の子だから」なんて理由で片付けられてしまってはローザの立つ瀬がない。
エッジがそれに気付いてしばらくして、セシルが頻繁にリディアをかばうようになった。
誰に何を言うわけではなくただ単に「リディアは召喚に集中して欲しいから」と彼は言うけれど、そうではないことに当然エッジはすぐさま嗅ぎつけた。ちょっと腹割って話そうぜ、とエッジから声をかけて、リディアがいないところでそっとセシルとそのことも話し合った。
リディアが召喚に使う時間は案外と長い、が、その威力を考えればその長さは必要経費だ。リターンが大きすぎる。
だからローザとリディアがそっと密航(と言うのだろうか?)をして辛い旅についてきてもセシル達はOKを出したのだし。
月の地下渓谷に潜って初日の晩、一度魔導船に戻った。たまたま早く目覚めたセシルは、もともと短眠であるエッジが一人で武器の手入れをしているところに出くわした。
丁度よかった、話があるんだ、とセシルはエッジの了解を得て、でぶチョコボ前の通路に座り込んだ。俺も、お前に話があったんだよ、とエッジは笑った。
当然のようにセシルはリディアの話を持ち出した。
体力がつかないのは仕方がない。だから問題なのは召喚を行うまでに彼女が傷つき倒れてしまうっていうことだ。
「ここにいる魔物達は強い。リディアが攻撃をくらってしまっては全滅をする可能性だってある」
「わーってる。だからさ・・・」
エッジは苦々しく肯いた。本当はあせって探索もしっかりしないままでもっと地下に彼等は潜っていたのだけれど、あまりの魔物の多さと強さに辟易して一度逃げ戻っているのだ。今の彼等の前にレッドドラゴンが3匹も現れたときのその脅威といったら!カインは「飛竜の槍」という幻の武器をドラゴンが時折隠し持っていることを知っていて、運よくそれが手に入れば楽になるぞ、とさすが竜騎士らしいことを言うけれど、それだってもっと彼等が楽にドラゴンを倒せれば、の本末転倒な話だ。
今の彼等にとってそんな魔物に出会った時の頼みの綱は、エッジのすばやさにかけて逃げることとリディアの召喚によっての魔物全体への大ダメージへの期待だけだ。
「だから、僕がリディアをかばうよ。それが一番現実的だと思う」
「ああ、それを頼みたかったんだ。ま、たくさん魔物が出たときは、な」
「単体だったら僕とカインの力業で問題ないと思うけど」
それは本当だったけれど、セシルがエッジの名を出さないことで本人はおもしろくない。
それでも彼等はお互い一人一人の役目が決まっていたから、エッジもそれ以上は追求しないでセシルの提案を受け入れた。ただし、出来るだけリディアが気にしなくてすむようにして欲しい、という無理なことを言おうか言うまいか悩みながらだったけれど。
「疲れているのかな、あいつ」
エッジはぼそりとセシルにそう漏らした。
「うん?そりゃあ、疲れている、だろう?」
「いや、そうじゃなくてよ・・・。今日、なんかあいつ」
そのエッジの言葉を遮るようにセシルは軽く手をあげた。手のひらをエッジに向けるその制止のポーズは、あまりエブラーナでは使わないボディサインだ。
それがなんだかバロン風であまりエッジは気にいらないけれど、まあ、仕方ないかと軽く唇を尖らせる。
「・・・魔法の詠唱は、神経を使うからね」
自分が言いたかったことをセシルも気付いていたのだとその言葉でエッジには伝わった。自分達がここで話し合っていることが、単に「リディアは体力がないから」という話ではないことを、やっとお互いに分かり合う。
本当の問題は体力云々のことではない。ただ、体力についてのことは後付けで考えざるを得なかったということなのだ。
「どうも召喚に・・・時間がかかっているようだね」
「あいつ、俺たちが全然わかってないと思ってるのかな」
「さあね。ただ、ほら、女の子は調子が悪いことがあるだろう?」
それはあまり口に出したくないな、という表情でセシルは言う。エッジはさらりと
「それとは関係ねーと思うけど。今は違うと思う」
「・・・君はそんなことが何でわかるんだい!?」
少し困ったようにセシルが声を上げるとエッジは余裕の笑みを見せて
「勘だよ。ま、ローザほどわかりやすくねえけどな。仕方ない。お前の女はそういうトコまで女っぽいんだなあ」
「それは、誉め言葉じゃあないね」
自分の彼女のそういった部分をエッジがわかっている、ということはセシルにとってはあまり嬉しいことではない。誰だってそうだろう。
「いんや、別に?・・・お前がどうとったかわかんねえけどさ、そのう、こういうことって俺の国では当然の話だったから」
「え」
「エブラーナの女は、半数が兵士だからさ、そういうことは大体わかるし、逆に知らせて貰わないと困るんだよ」
セシルは驚いた表情でエブラーナ王子の言葉を聞いていた。
「昔は、なんてーの?そういうことで執務態度が乱れたりするのはプロじゃない、とかなんとか言ってたけど、そんなこたあそもそも無理なんだよ。だから、女性兵士側から申告してくれることもあるし、それはありがたいんだ」
「申告って」
「ん?今日明日は調子が悪くなるかもしれません、ってよ。いつもと同じように仕事頼んで、そんで出来ません、になるほうが支障を来すだろ?ま、普段から体を動かしてる人間はそうそう重くないっていうけど、本当のとこはどーだか男にゃわかんねえしなあ」
「・・・」
何故かセシルは自分が本当にそう言われたかのように頬を赤らめた。
エッジからすればいい年齢の男が(とはいえエッジとは6歳も離れているのだが・・・)何をこれくらいで、というところだけれど。
「そっから先だ、問題は。それに甘えすぎる女は、いらない。甘えなさすぎて執務に支障を来すような女もな」
「エッジ」
「そーゆーの見て来たから、わかるんだよ、俺はさ」
話が反れちまったな、とエッジはセシルに苦笑をしてみせた。
結論からいうと、何故リディアが不調なのか・・・当然この「不調」の意味は、単なる体調ではないのだが・・・を彼らは知ることが出来なかったし、今は聞かないでおこう、と。
そしてセシルが出来る限り庇ってやること。それが彼らの話し合いで決まったことだった。

自分を庇ってセシルが傷つく姿をここに来て頻繁に見るようになった。
・・・今のわたしは、足手まといなのかもしれない。
リディアはそんなことを思いながら、体を休めつつセシルとローザが会話する姿を見ていた。
セシルが自分を庇ってくれることがほんのちょっとだけ嬉しくて、そしてあまりにも申し訳なくて。
それで負った傷をローザに直してもらう姿を見ることでちょっとだけ胸が苦しくなるなんて。
ローザへのその気持ちは、リディアにはセシルに対して今も恋愛感情があってそこからくる嫉妬、なんてことではないとリディアはわかっている。
幼い頃に自分が選んだものが召喚だった、というだけのことだ。
(わたしは、セシルが、みんなが傷を負っても癒してあげることは出来ない)
それで構わないと思った。
幼かった自分が欲しかったものは、仲間を傷つける物に立ち向かえる力。
そう、それは。
村の人々を守るためにミストドラゴンを召喚していた母親のように。
自分が大切だと思うものを守るための力。それが欲しかった。
自分にそれがあれば、村のみんなはあんなひどい目にあうことがなかったのではないのか。
でも、自分にそれがあったらセシルとカインは生きていたのかどうかはわからない。
それでも幼かった自分は、幼かった恋のために。
それを、選んだのだ。
無理すること、ねえよ。お前が無理したっていいこたあ、ねえ。それくらい甘えとけ。
言葉はそっけないけれど優しさを感じるエッジの声音。
でも、でもね、エッジ。
わたしは、わたしの力でみんなを守りたいの。本当にそう思っているの。みんなに守って欲しくてここにいるんじゃないんだもの。
ちょっとの背伸びくらい、許して欲しい・・・背伸びできるならば。
ここ二日、強い魔物と対峙することが増えて、いつもに増して仲間が傷を負っている。
その姿を見て、自分の心が揺れている。
リディアは自分の胸に左手を当てて、ぎゅっとその手を今度は右手で強く掴み、そしてちょっとだけ辛そうに胸に押し付けた。
(ここが、なんだか苦しくて、何かの音が鳴っている)
それは警告音。
時折聞こえるシグナルだ。
リヴァイアサンの声が聞こえるような気がする。
(我々を呼ぶことに迷いがあってはいけない)
力が大きい幻獣を呼ぶには、それなりに詠唱に時間がかかる。
リヴァイアサンを呼び出すスペリングを教わった時に、あまりにその言葉の長さに自信を無くしたことを思い出した。
戦闘中にこんな長い言葉を正確に詠唱する余裕があるのか、とリディアは首を傾げた記憶がある。

深き広き大海原を行く守り神 勇猛にして知性深き水竜よ。
広大な大地におけるすべての生命を生み出す母なる海の主よ。
今こそその姿を現し、我をおびやかす物すべてを浄化の水で流したまえ。
我が名はリディア、空気を震わせ、波間を震わせ、その音を伝えん。

正確な発音での詠唱は、どこにいるのかわからない幻獣に彼女の声を伝えるためのものだ。
それはまるで手紙の宛先を書いているようなもので、召喚士がその言葉を連ねることによって幻獣だけが聞き取れる不思議な音となって彼らを呼び止める。
その言葉の合間合間に幻獣に対して語りかける「気」を送ることが更なる召喚士に必要な能力だ。スペリングによって自分を呼ぶ召喚士がいる、ということに気付いた幻獣達は、彼らだけが使うことが出来る「幻獣の道」を開く。それからその「気」によって、その道をどこに繋げば良いのかを辿ることが出来て。
最後に、自分を呼ぶ者が、正しく自分達と契約を結んでいる召喚士であるかの照合を行うのだ。
とても長い長い詠唱。
自分がそれを行っている間に目の前の仲間は戦い、傷を負う。
それに反応することなく自分が召喚に集中することは、なかなか難しい。
「それに」
ぎゅ、と強く胸に手を押し当てて、リディアは瞳を閉じた。
わかっている。今となっては仕方がないことだ。
幻獣達が力を貸してくれるのは「リディアに敵対する物が彼女を傷つけようとしているとき」であるから、戦いが一度終わってしまえば幻獣を呼び出して力を借りることは出来やしない。
つまり、リディアの力は、戦い以外では役に立たないのだ。
ローザもセシルも白魔法を使う。
幼い頃に白魔法を捨てた自分が今更こんなことを言うのはおこがましいけれど・・・。
(自分を庇ってくれる人の傷を治してあげられないなんて)
ずきん。
胸が痛む。
それが何による痛みなのかはよくわからないけれど。
(本当に迷いがない者の声には、その名だけで我々は反応してしまうものなのだよ)
リヴァイアサンの声が聞こえたような気が、した。
「もーっ、あんまり考えるとバカになっちゃううっ!」
リディアはぶんぶん、と首を横にふった。ありがたいことにそんな大袈裟な動きを見せても、今は誰もリディアを見ていない。
なんだか自分は良くないことを考えている、と気付いたようで、それを振り払うための仕草だ。とても大仰だけれど仕方がない。だってリディアはみんなに対して明るく振る舞うことは出来ても、自分ひとりの物思いから逃げることは得意ではない。だからこうやって無理にでも頭から今考えたことを拭うように、わざとらしいと思われても仕方がない無理矢理な動きをするようになってしまった。が、他の仲間達がそんな素振りを見せることがないとも知っていて、自分はまだうまく気持ちをコントロール出来る大人になっていないのだな、とも毎回痛感してしまうのだが。
(それに、本当はローザも、疲れているんだもの。なのに、セシルがわたしを庇ってくれるなんて・・・きっと、いい気はしてないと思う・・・ごめんなさい、ローザ・・・)
リディアはそっとローザの表情を伺った。
女性はやはり決まった周期で身体に変調をきたすことをリディアだってわかっていた。そして、決してローザは口に出さないけれど、今は調子があまりよくない時期だ。それを言ってしまっては「だからついてくるなといったんだ」とみなに言われそうだから彼女は黙っている。それでも同じ女性であるリディアは最近ローザのそういうちょっとした体調の変化を敏感に感じ取ることができるようになっていた。
(多分、ローザは今はあまり本調子じゃない・・・でも、きっと、それは言わないんだろうな・・・)
そう思うと、セシルが自分を庇っている場合じゃないような気がしてくる。
セシルの横にいたローザが立ちあがって少し離れたところで座って静かにしているカインの方へと歩いていった。その足運びが少しだけ重いことをセシルは知っているだろうか?セシルは優しいけれど、どことなく鈍いところがある、ということをリディアは最近知った。それを考えると余計にローザのことも心配になってくる。エッジはちょっと遠方(手洗いのことだ)、なんていって姿を消している。リディアはえい、と思いきってセシルに声をかけた。
「セシル」
「うん、なんだい?」
「あの、あのね、最近、セシル、わたしのこと庇ってくれるでしょ・・・?」
「・・・ああ、まあね。リディアには召喚に集中してもらいたいから」
その言葉はひどく胸に響く。セシルは、気付いているのだろうか。・・・ここ数日の自分の詠唱が実はうまくいっていないことを。
「でも、あのね、セシルう・・・多分、ローザが」
「え?」
「ローザ、なんか調子が悪そうなの。きっとローザはそうだって言わないと思うけど。だから、わたしじゃなくってローザのこと、庇ってあげて・・・わたし、大丈夫だから」
セシルはじっとリディアを見上げて彼女を見つめる。何かを言いたそうな視線。
「リディア、余計な遠慮とかは、いらないよ」
「遠慮とかじゃ、ないよ。だってローザ調子悪そうなんだもの。わたし、いつもと変わりないし」
リディアの言う「いつもと変わりない」状態でも、既にこの洞窟での戦闘がとても微妙でセシル達にとっては心許ないことを彼女は知らない。そして彼等はそれをリディアに言うわけにはいかない、と思っている。
リディアが言うことは確かに筋が通ってはいた。いつもと同じ状態のリディアと体調があまりよくないローザであればローザを庇って欲しいと彼女が望むのもわからなくもない。けれど。
やはりリディアとローザの基本的な身体の強度は違う。
とはいえ、それをリディアに説明して納得をしてもらっても、彼女はまた自分の責任だ(まあ、それは間違ってはいないのだろうけれど)なんてことを強く思ってしまうに違いない。そんなことで心が揺れるのは魔法を使う者にとってはいいことではない。その懸念もあってセシルは簡単に決断を下せないのだ。
セシルはどうしたものか、と軽く眉をひそめた。できるだけリディアが気にしないように、とも思っていたから、ここであまりリディアを無理に庇うことにするとそれはまた逆効果かもしれない。
(まあ、ローザに申し訳ない、っていう気持ちも強いんだろうな。この子はやっぱり・・・女の子だし)
男ならば、最も合理的なことを選べるけれど、女はとかくこういうときは感情面を優先してしまうものだ、とセシルはこの旅の間のローザとリディアを見て多少なりと経験を積んでいた。
だから、彼にはなんとなく、何故リディアが自分にそんなことを言うのか、わかっていたのだ。

一休みを終えて出発した彼等はどんどん洞窟の奥へと進んでいく。
これ以上進むのは危険だ、とセシルが判断を下した場所は、ごろごろとドラゴン達が群れをなして、外敵がこないのかお互いの群れを牽制しあいながら目を光らせている階だった。
「消耗が激しすぎるな」
カインは肩をすくめて囁いた。あまり大きな声を出すのは魔物達を刺激するからここではみな声を潜めている。
「今日は一旦引こう・・・こっちも魔物達との付き合い(戦闘のことだが)もわかってきたから、ここまではそこそこ楽に来られるだろうし」
セシルのその言葉にみなが頷く。カインは相談、というわけでもなく当然のことのように
「魔導船に戻るのは面倒だから、さっき休憩した場所でテントを張ろう」
「そうだな」
一同はまたも引き返す羽目になった。
焦りがないといえば嘘になるけれど。
それでも、ここまでの魔物との戦いに慣れて来たのはかなりの収穫だ。

テントで最初に眠り始めたのは予想外にもカインだった。
この辺りはドラゴン系が多いから、何かと竜騎士である彼が神経を使っていたことをみな知っている。だからそれを咎める者はいなかった。
一応洞窟の中では二人交代で見張り番を置くことにしていた。ローザの顔色があまりよくないことはエッジもわかっていたので、リディアと自分が最初に起きている、と彼から言い出した。
それへはリディアも別に反対をせずに頷いた。セシルとローザはテントにはいって、カインが静かな寝息を立てている側で休むことだろう。
食事は全員一緒にとったから、彼らはすることもなく、眠る前にローザがいれてくれたお茶をちびちびと飲むくらいだ。
突然、エッジは少し厳しい声でリディアに問い掛ける。
「お前、セシルに何か言ったのか」
「うっ・・・うん、わかるう?」
「当たり前だろ。急にセシルのやつお前を庇わなくなって」
本当に危ない時は庇ってくれるんだろうけどな、と言いながらもエッジは面白くなさそうだ。
なんだ、おい、と戦闘中にセシルの方を見ると、彼は「すまない」と軽く顔の前で片手だけ謝罪のポーズをして眉根を寄せた。
それから、ちらりとリディアにその視線を動かす。
その仕草で「悪い、リディアにちょっと言われて」という内容がわからないほど鈍い男ではない。
ちっ、と舌打ちしながら、それでもとりあえず二人になるまでは黙っておくか、と追求はしなかったけれど。
なんだ、リディアを庇わないのか、と簡単に言葉にしたのはカインだ。
逆に誰かが一応言葉にしてくれないと、それはそれで不信のもとになる。ありがたい、とエッジは思った。
ローザの体調が悪そうだから、と最もな言い分をしていたけれど、セシルは半分しか真実は告げていない。
「何て言ったんだ」
「そのまんまよ。ローザの体調が悪そうだから、私は、いつもと変わらないから、大丈夫だから、って」
「だからお前は駄目なんだ!」
「だ、だ、駄目ってなによおー!」
その傲慢な言葉にリディアは不満そうに怒った。理由も言わずに「駄目」なんて言われれば、子供でも大人でも気分が悪いものだ。
「それぞれ役割があるんだからお前は庇われてりゃいいんだよ」
「だって、ローザ調子悪いのに、セシルが私のこと庇ってたら・・・やじゃなーい?」
そう言ってリディアは小さく首を傾げながら心持ちふくれっ面になった。
エッジはまだ厳しい声で
「やーでもやーじゃなくたって仕方ねえだろ。もっと合理的なこと考えろよ」
「合理的って、どういうこと?だって、調子が悪い人庇ってあげるなら、間違ってないでしょ」
「お前の方がよっぽど調子悪いじゃねえか」
「悪くないよ。元気だよ」
ちょっとだけ語尾が震えた。
どくん、どくん、と心臓の音と共に、なんだか違う警告音が高鳴る。
やっぱりエッジはわかっていたのだ。じゃあ、セシルも?もしかしてカインもローザもわかっていたのだろうか?
かあっとリディアは赤くなって、むくれたような、子供がちょっと泣き出しそうな表情を見せた。が、そのとき。
「あ」
あ。
そうだ、これって。
リディアは胸を抑えて少しだけ前かがみになる。
「どうした、具合悪いのか」
その様子を見てエッジは慌ててリディアに腕を伸ばした。けれどリディアの様子は彼の胸の中に崩れるほど悪いわけではなく、そっとエッジは彼女の二の腕辺りを優しく掴んで顔を覗き込むぐらいだ。
「なんだよ、体も具合悪いのか?」
「ううん、違うの」
胸元から手を離さずにリディアは呟いた。
「リディア?」
「昔、お母さんがミストドラゴンを呼び出したとき」
「うん」
「一度だけ、終わった後で、胸を抑えて、辛そうにしてた」
「うん」
「でも、それがどういう意味なのかよくわからない」
何言ってるのかわかんねえよ、とエッジは口に出そうとしたけれど、結局なんだか苦しそうなリディアの表情にそうすることが出来なかった。
「あのね、エッジ」
リディアは自分の二の腕を掴んでいるエッジの右腕に、こつりと頭をのっけた。彼の腕は細身だけれど美しい筋肉がついていて、リディアはそれが大好きだ。
その甘える仕草に何の仕掛けもなんの下心もないのがとてつもない威力で困る、とエッジは苦笑いを浮かべる。そして彼はリディアの髪の感触を、剥き出しになっていた腕に感じていた。
彼女が腕に頭を乗せると、触れてない部分をもさらさらと緑の髪がくすぐる。特別な香料を使っていなくてもなんだかいい匂いがするのは、内緒だ。きっとリディア本人は気付いていないだろう。
エッジが覗き込むとリディアは彼の顔を見ないまま困ったような表情を浮かべていた。
「どーしたらいいのかなあ?」
「なんだよ」
「詠唱、うまくいかないの」
「・・・みたいだな。なんだか時間かかってるじゃねえか」
「詠唱、うまく、いかないんだあ〜・・・」
そういいながらリディアはうっすらと瞳に涙を浮かべた。
零れるほどの重さは持たずに、それは静かに彼女の瞳の側にそっと湛えられている。
「そうか」
エッジはそう言うと左手をリディアの腕から離して、そっと自分の腕に頭を乗せている彼女の髪に触れて、それから優しく撫でた。
わかっていたことを、本人の口から聞くのは、とてもつらい。
だって自分は召喚のことなぞわからなくて。
リディアの役にたってあげたい、と思っても、セシルに頭を下げて、彼女を庇ってもらうぐらいしか出来ないから。
うまくいかないってどういうことだ、と聞く前に、「大丈夫だ」とリディアを安心させてやることが先だということを彼は知っていた。
顔を真っ赤にして涙がそれ以上溢れてこないように我慢しているリディアの頭を、エッジは何度も何度も撫でるのだった。



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モドル

ABCさんからの35000ヒットキリリクです。ありがとうございます。
久しぶりのエジリディ(企画以外で)気を抜くとすぐにでも若様がリディアを襲いそうです。
「もうそろそろ手え出してもいいだろ!?」みたいな。でもゲームの設定優先なんで、若様はエンディングまで
リディアに手を出さない、を希望。
別に女性の体うんぬんはカットしてもよかったんですが、エッジのための言い訳をしてあげたかったのです。
あたくし個人的にエッジは「お前の考えてることなんてわかってんだよ!」とリディアのことお見通し宣言して欲しい
くらい大人で、でもちょっと勝手な男でいること希望なんで(笑)若様は若様なりにやっぱり年長者デスヨ、という
アピールで残しておきました。企画でバカっぽい若様書いてしまったし。(シドとのやりとりとか)
今回初めてキリリクで2P使ってます。自分としては筋が通った(笑)言い訳がありますんで最後に(汗)