守る力-2-

少し落ち着いてからリディアはぽつりぽつりと口を開いた。
その様子を見てエッジは名残惜しそうにリディアの体から離れ、とん、と彼女の肩を押しやる。リディアはまた自分がエッジに甘えてしまったということに照れくさそうな微笑を見せてから何が起こっているのか話し始めた。
発音が悪いのか、気持ちが乱れるのか。どうも一回の詠唱ではうまく幻獣を呼び出せないのだと。
それは二度三度やれば大丈夫なのか、とエッジが聞くとリディアは瞳を伏せて
「呼び出す前に戦闘が終わることもあるから、わからない」
と答える。
月の地下渓谷にきてからのことで、それまではそんなことはなかった、とリディアは悲しそうな瞳をエッジに向ける。
どうしたらいいのかなあ、なんて言葉をエッジに呟くけれど、彼から正しい答えが返って来るわけがないことをリディアはわかっている。
それでも、エッジが聞いてくれることがとてもありがたいと思った。
「何が悪いんだろうな?」
壁にぶつかったときに原因を考えるのは当たり前のことだ。
それなしに、どうしたらいいのか、と手段を考えるのは無理だとエッジは知っている。
「わかんない」
「必ず失敗するのか」
「必ず、ってわけじゃあないんだけど・・・多い、かな」
「必ずってわけじゃないなら、いいじゃねえか」
「そういう問題じゃないでしょ」
大事な時にミスをしたら。
そう思うことでまたリディアの召喚はぎこちなくなる。
現れた幻獣達は何も言わないでただ役目を果たすと消えていく。けれど。
「ここが、痛むの」
リディアはそっと、胸元に両手をあてた。その仕草に反応してエッジも女性らしい美しいラインを描いているリディアの胸元を視線が動く。
やましい気持ちはないけれど、なんだかそこを凝視しているような自分に気付いて、まいったな、と慌てて目をそらした。そんなエッジの素振りに気付かないでリディアはぎゅ、と両手の指を絡み合わせて祈るようなポーズを作ると、その胸元に手を押し当てる。
幻獣が去るときに、ここが、痛むのだ、と。
そしてどうして召喚がうまくいかないのか、を考えたときにも痛むのだ。
リディアはたどたどしくエッジに打ち明けた。
「・・・誰でもよ、スランプってあるもんだよな」
その言葉が正しいのかエッジもよくはわからない。けれど、魔法を行使する人間は集中力に全てがかかっているといっても過言ではなく、剣を振るう人間のように積み重ねられた経験による身体の反射が高めることで助けられるものでもない。
そうであればひとまずはリディアの気持ちから不安を僅かでも除くことが第一歩だ。
リディアは彼女も知っているけれど、あまり深く物事を考えるのは得意ではない。
時折考えている内容をエッジに話すけれど、そのうち知恵熱が出てしまうのではないか、と思うほどぐるぐると仕様がないループにはまって一人で抜けられなくなっていることも多い。
そういった状態を解消してやることは、今はまだ彼女自身はおぼつかなくて難しい。
「スランプ」
「ああ。そうだと思えば、気も楽になるだろ」
「・・・そうだね」
納得していないのは表情からわかる。エッジは苦笑した。
「あのよう、俺とかセシルとかよ、武器もって戦う人間は、相手によけられたりなんだりでミスすることもあるじゃねえか」
「うん」
「でも、お前の召喚は、幻獣がやってきちまえばミスするなんてこたあ、ねえだろ」
オーディンは別だけどな、と、こういうときに時折子供めいた屁理屈をこねだすことがあるリディアに先手をうつようにエッジは言った。
「チョコボもよ」
「あー、はいはい」
案の定だ、と肩をすくめると、エッジは仕方がなさそうに口元を曲げる。
「だから、たまーにそういうミス連発があっても、別に気にすることはねえよ・・・そのうち、すっと、憑き物が取れたように楽になるって」
それはなんの確信もない言葉だと、リディアもエッジ本人もわかっている。
嘘も方便とはいうけれど、それにすらなっていない、子供だましの言葉だ。
「しゃーねえよ。うまくいかないときに焦ったっていいことなんざねえんだから」
「でも、それじゃあ困るじゃない。わたし、勝手についてきたのに」
「だって、何がいけないのかよくわからないんだろ」
「・・・うん」
リディアは素直に頷いてうなだれた。この少女が途方に暮れている姿を見るのは嫌なものだな、とエッジは思う。
「わたし、自分の力でみんなを守れると思ってた」
ぽそりとリディアはそんなことを言う。
「ううん、守りたいって思ってる・・・もうこれ以上、誰かが死んじゃうのは嫌。なのに」
その言葉を聞くのは二度目だ、とエッジは気付いた。
最初にそれを聞いたとき、リディアは泣き叫んでいた。
ほとばしる感情は子供のそれでも大人のそれでもなく、不思議な生い立ちをもつ彼女をそのまま表現しているようだと、後から思い出したときに感じたものだ。
「こんな大切なときに役に立てないなんて」
歯がゆさや苛立ちをリディアがこんなにはっきり表に出すことは珍しい。
それでも、今の彼らには、解決策は見当たらないのだった。

夢を見た。
子供のときの記憶って、頭のどこかに鮮明に大事にしまってある気がする。
だって、ほら、思い出して引出しを開けると、まるで昨日のことのように蘇るじゃない?
お母さんは辛そうに胸を抑えていた。
ミストの村を脅かす人間なんて、そうそう来ない。
でも、なんだかここひとつきばかりはバロンの方から頻繁にやってくるみたい。
召喚が終わった後、疲れたように家に戻ってきたお母さんはぽつりと呟いた。
「どうしてみんな、素直に引き返してくれないのかしら」
わたしが不思議そうにお母さんを見ていると、視線に気付いて無理に笑顔を作ってくれる。
「今お昼ご飯を作るわね」
「お母さん」
「なあに」
「お母さんが召喚してるドラゴンは、悪いやつをやっつけたの?」
なんて子供じみた質問だったのだろう、と今になってはわかる。
そのときのお母さんの表情だけは思い出せない。
わたしの言葉を聞いたお母さんのその顔は、記憶を辿っても引っ張ってくることがどうやら出来ないようだ。
悪いやつをやっつけたの?
それは。
村を守るために、他の人間を。
「・・・お母さんが欲しかったのは村を守る力だったけれど」
記憶の中のお母さんはわたしの問いに答えなかった。
「時々・・・」
後悔することがある。
・・・突然夢の中で回答をみつけたように、幼い頃には聞こえなかった続きの言葉がわたしの頭に響いた。
いつも召喚に時間がかかっていたお母さん。ミストの村は召喚士の村で、お母さんが一番の使い手だっていうことだったけれど、大人になった今となっては、本当に召喚士の血は薄くなっていたのだと思う。バハムートを呼べるようになったわたしの手応えでは、ミストドラゴンを呼ぶのにあんなにお母さんの詠唱が長かったのが本当に不思議なぐらいだから。
それから、また、リヴァイアサンの声が聞こえるような気がする。
(我々を呼ぶことに迷いがあってはいけない)
胸が痛む。鼓膜を震わせないのに聞こえてくる音は、自分の体の中の音なのか心の中の音なのか、よくわからない。
迷い。
そっか・・・。
突然、わかったような気が、した。
ごめんなさい、リヴァイアサン。ごめんなさい、みんな。たくさんのたくさんの幻獣達。
わたしを愛してくれているあなた達の気持ちを、まだ子供のわたしは無下にするところだったんだ。
ごめんなさい。でも。それでも。
何かを傷つける力より、何かを癒す力が欲しいと思ってしまうのは、自分のために誰かが傷ついているからなのね。
わたしが欲しかったのは、誰も傷つかないでいられる力だったのに。
ああ、わたしの力は足りないのだ。
だから、誰かがどこかでわたしのために傷ついて。
それを癒す手段をもつあの人達がうらやましいと。
傷つける力よりも癒す力が欲しいと、わたし。
ごめんなさい。
ごめんなさい、お母さん。
もしかしたらお母さんもあのとき、同じようなことを思っていて。なのにわたし。
「お母さんが召喚してるドラゴンは、悪いやつをやっつけたの?」
「お母さんが召喚してるドラゴンは、誰かを殺したの?」
それは同じ意味。そう、同じ意味なの。
人を守る力として自分が選んだのは、他の誰かを傷つける力だなんて。
(本当に迷いがない者の声には、その名だけで我々は反応してしまうものなのだよ)
リヴァイアサンの声が聞こえる。
「リディア」
朦朧としている意識の中に、突然エッジの囁き声が飛び込んできた。
「はっ・・・」
瞳をあけると、そこには見慣れたエッジの顔があって。眠っていたリディアを上から覗き込むように、腰から下は毛布にくるまったままでリディアの側にエッジは寄ってくる。
「大丈夫かよ、お前、うなされてるぞ」
「・・・え・・・ごめ・・・起こした・・・?」
「起こすも何も、まだ寝てないって。ついさっきセシル達と見張り番変わったばかりだろ・・・ああ、バカになっちまったか」
眠りのせいで時間の感覚がわからなくなったり、ぼんやりしていて人の話を聞いていなかったとき、よくエッジは「バカになる」という表現を使う。
リディアは上半身を起こして素直に頷いた。
声を押し殺しているのは奥で眠っているカインへの配慮だ。
「大丈夫か。眠れるおまじないしてやろうか」
「・・・違うの」
「ん?」
「わたし」
「なんだよ」
「こんなこと思ってたら、みんな召喚に答えてくれなくて当たり前なんだわ」
「こんなことって?」
わたしが。
本当に手にいれたかった力は、これなのだろうか。
みんなを守るために必要だと思う力は、これなのだろうか、なんて。
自分を守ってくれた人を癒すその力も欲しい、なんて。
それは贅沢なことなのだろうか?
「どうしたんだよ、お前は、もう」
エッジはわたしの体を無理矢理引き寄せた。わたしはそうされるのが嫌いじゃあない。
なんか、どっちかっていうと・・・お母さんとか、残念ながらこればっかりは記憶に残っていないお父さんとか、そういう近しい人の腕に思えて。
時々、なんていうんだろう。
男の人の腕、と思うと恥ずかしくなってつっぱねちゃうけど、今は違う。
・・・わたし、悪い子なのかしら。
幻獣にとっても、お母さんにとっても。それから、エッジにとっても。
「召喚士って」
「うん」
「何かを傷つけるための力を幻獣に与えてもらうのね」
「・・・」
エッジはびっくりしたような顔をする。
「アスラはどーなんだよ」
「アスラは癒してくれるわ。でも」
それは戦の最中だけ。どこかで誰かが傷ついている、まだ私達が傷つける、私達を傷つける、その何かがいるときだけ。
アスラの癒しは「治してあげるから、これで元気になって、相手を倒しなさい」という攻撃的な意味ももつってわたしは知っている。
だから、普段彼らを呼び出すことはないの。それは暗に交わされている幻獣との契約の一部なの。
「セシルが、わたしのために傷ついても、わたし、何も出来ない。わたし、セシルを助けたいと思って、この力を選んだのに」
「・・・ほんっとに、お前ってバカだな」
「そう・・・?」
「そしたらよ、俺とかカインとかどうなっちまうんだよ。俺もあいつも、魔物ぶっ殺すことしか出来ねーんだぞ?」
エッジは少しだけ力をこめてわたしを抱きしめてくれた。
「高望みしすぎなんだよ、お前」
エッジが言っていることの意味はわかる。
そう。わたし、高望みしている。でも、それはちょっと大人になった今だからわかるの。
「ごめんなさい、エッジ」
「何が」
「わたし、セシルのことばかり、考えていたの」
「なんだよ、それ」
不快そうなエッジの声。エッジの腕の力が少しだけ緩められた。
怒られる、と思ってわたしは体を固くする。
わたしのことを好きって言ってくれるエッジの腕の中にいるのに、セシルのことを考えているなんて、わたしは悪い子でとても失礼な人間なんだと思う。怒られたって仕方がない。
でも、今の不調の原因は少しだけ見えて来た。
あのカイポの夜で、セシルに守ってもらったときから。
わたし、いつかこの人をわたしが守ってあげたい。わたしのために、よくわからないけれど大きくて嫌な力に逆らってしまったセシルのために、いつかわたしが・・・。
でも、足りない。わたしは幻獣を呼ぶだけ、黒魔法を唱えるだけで、相変わらずあの人はわたしを庇って傷ついている。
この月の地下渓谷にきてから魔物がとても強くて。
何度も何度もわたしを庇ってセシルは傷を負って、それでもわたしに気を使わせまいと笑顔を向けるの。その笑顔が、辛い。
わたしの力はわたしが欲しかったものなのだろうか?
傷ついたあの人を癒すことも出来ないのに、守りたいだなんて。
ぐるぐると回るその気持ちに答えがないことにエッジの言葉で気付いた。
そうなの。わたし、高望みをしているんだわ。
わかってる。わかってる。わかってるの。
と、そんなことを考えて瞳を閉じたら、思いもよらないエッジの低い呟きが聞こえた。
「そんなの、いつもどおりのことだろ」
「えっ・・・」
「お前が、セシルのことばっかり考えてるなんて、いつも通りじゃねえか。別に謝ることじゃねえよ・・・ムカつくけどよ」
「エッジ・・・」
「ま、もっと言い方変えれば・・・俺以外のやつらのことばっか考えてるんだろ」
「そんなことないよっ、わたし」
わたし、エッジのことも考えているよ。そう言おうとして、わたしは言葉が続かなかった。
エッジは困ったように苦笑を見せてわたしからそっと離れた。
「いーんだよ、気い使わなくても。俺のことなんか、考えなくても別にいい」
「エッジ」
「ただ、お前が笑えないのは、俺達みんな困るんだよ」
そう言ったエッジは、見たことが無い表情でわたしを見る。ああ、この人は。
この人は、大人の男なのだ。
わたしはそんなことを思った。

「きゃああっ!」
「ローザ!」
レッドドラゴンの攻撃をうけてローザはきりもみ状態で吹っ飛んで後ろの床に叩き付けられた。
セシルはローザを庇っていなかったのか、とエッジは驚いてそちらを見る。
弓で狙いを定めていたローザの隙を見て繰り出された一撃は思いのほか彼女にダメージを与えるものになっていた。
カインは慌ててローザにハイポーションを使おうと道具袋に手を入れた。
が、そのとき続けてもう一体のレッドドラゴンが熱線を放つ。
「きゃあっ!」
その高熱から体を庇うために逃げる。熱線はそれの熱さだけではなく彼等を吹き飛ばすほどの勢いすらある攻撃で、逃げようとするだけでも足元がおぼつかなくなってふっとばされてしまう。
リディアは転んで膝や肘のあちこちに擦り傷を作った。エッジも苦しそうにマスクの下の口元を歪めた。
「ぐっ・・・」
「カイン、いい、ローザは僕が!ドラゴンは!」
セシルがそう叫ぶのを聞いて、カインは一旦取り出したハイポーションをセシルに投げると竜騎士独特の構えをとり、彼等だけが出来る、竜に対して有効な攻撃を繰り出そうと地を蹴って飛んだ。
「くう・・・」
ローザはうめいて起き上がろうとするけれど、床に叩き付けられた挙げ句に熱線をくらってしまってはそれもままならない。
「リディア、強い召喚を・・・」
セシルの声が聞こえる前に、リディアは召喚に入っていた。
レッドドラゴンが3体同時に出てくるのは正直なところ厄介だ。
逃げようとしたけれど、背後から襲われてしまって先手を打たれ、このありさまだ。
「暗き空無限の宙駆ける金の竜、偉大なる創造主よ」
バハムートを呼ぶ詠唱を始める。
でも。
どうしよう。また、うまくいかなかったら。
リディアの心に一抹の不安が過ぎる。
(ううん、詠唱は、集中しなければいけないわ)
「すべての竜、すべての幻獣の頂点に立ち永遠の力を秘めたる幻獣神よ」
(でも、もしかしてアスラを呼ぶ方がいいのかしら?ううん、違う、セシルは、強い召喚を、って)
「今こそ我に仇なすものを消し去るため、宇宙を震わせるその大いなる力与えよ」
目の前のレッドドラゴン目掛けてエッジとカインが同時に攻撃を行った。
一体のドラゴンはもう弱っている。きっとリディアの詠唱がこのまま終われば一体のドラゴンはバハムートの力によって葬ることが出来るだろう。複数のドラゴンがいるときは本当に一体が倒れるだけで楽になる。
けれどそのとき、その弱っているドラゴンの後ろからもう一体のドラゴンが出て来て、吹っ飛ばされたローザめがけて力強く攻撃を繰り出した。
「ちっ!」
「あ・・・っ」
ローザは力なくドラゴンが自分の方へ突進してくるのを顔を上げてみた。
先程叩き付けられたときに足をひどくひねった状態でぶつかったらしく、ローザはうまく動けない。
「セシルっ!」
ドラゴンに斬りつけてから体を引いて来たエッジがたまりかねて叫んだ。
その叫びに応じた訳ではなく、もともとそうしようと思っていた動きでセシルはローザとドラゴンの間に走り込んだ。
庇う、といってもドラゴンクラスの魔物相手には、庇う相手近くで庇ってしまえば巻き添えを食わせることがほとんどだ。
突進するまだ加速状態のドラゴンに対して、セシルはかなりローザから離れたところで無理矢理激突をするように盾を両腕で持って体を前かがみ、腰を落して身構えた。
「・・・きゃああっ!!」
突進するドラゴン相手に無謀な行為だけれど、けれど、それはやらなければいけないことだった。
リディアがそちらを向いた瞬間、セシルがドラゴンに吹っ飛ばされて、前かがみで踏ん張ったそのポーズのままで壁にしたたか打ち付けられる姿が見えた。彼が打ち付けられた壁と、それ以外のところでも、そのドラゴンの一撃のためにぼろぼろと壁があちこちで剥がれ落ち、床に瓦礫のように積みあがった。なんという威力なのだろう。
「・・・セシルっ!?」
リディアは叫んだ。
今度こそ駄目か、とカインがハイポーションをまた道具袋から出そうとごそごそとした動きを見せる。
「馬鹿、おめーは・・・」
詠唱続けろっての!とエッジが叫ぼうとしたとき。
弱まっていたドラゴンの一撃が、セシルに気を取られて詠唱を途切れさせてしまったリディアに向けて放たれた。
「!」
突進してくるドラゴンに気付いたけれど。
足が、竦む。どちらによけていいかわからずにリディアは動きを止めた。
次の瞬間。
リディアは強い力に吹っ飛ばされて、つい先ほど出来たばかりの瓦礫の中に身体を打ちつけた。
「!!」
セシルのときと同じように、そのドラゴンの一撃のため、また近くの壁の表面にヒビが入り、落下してくる。瓦礫に埋もれたリディアの上に、更に瓦礫が降り落ちてくる。観念してリディアは瞳を閉じた。瓦礫にはまってしまった体がすぐにはうまく動かない。頭を守ろうと腕をなんとか上げようとするけれど、瓦礫に挟まっていてそれすらままならない。
(・・・落ちてくる!!)
次の瞬間、がらんがらんと壁の表面を飾っていた半透明の時折光る不思議な月特有の材質をもったものが上から降って来た。
瓦礫の上におちて、さらに割れた破片がリディアの二の腕や頬にぱきんぱきんと跳ね返り当たって切り傷を作る。
痛い。
でも、不思議とそんなくらいしか自分の上には降ってこない・・・。
リディアは、恐る恐る瞳をあけた。
そこには。
よく見慣れた男の顔があった。
「エッジ!!エッジ!!」
リディアは泣きそうな顔で、瓦礫の中で自分を庇ってくれたエッジを見上げる。彼は四肢をつっぱって四つん這いの姿になってリディアに覆い被さるように守ってくれていた。
「エッジっ・・・」
「んだよ、そんな泣きそうな顔・・・」
すんなよな、と続けた声は聞こえなかった。エッジの後頭部からつ、と血が流れ、彼のこめかみを伝って彼の左眉、瞼のあたりをそれは流れて、案外とまっすぐな彼の鼻筋をつたっていくのが見える。
「いやああっ!エッジ!」
どすん、とそのままエッジはリディアに覆い被さるように脱力して瓦礫に突っ伏した。軽くうめくエッジの声を耳元で聞きながら、リディアの瞳にはぶあっと涙がついに溢れる。
どうやら目に血が入ってしまったのか左目を固く閉じてエッジはリディアの身体に体重をかけないように、と必死に自分の体を横に動かすけれど、彼の体から力が抜けていることをリディアはわかった。
「エッジっ、エッジっ!」
非力な力でエッジの体を助けるように瓦礫の中で必死になって腕を抜き、足を抜き、リディアは体を起こした。それから彼の動きにあわせてエッジの上半身を掴んで横にごろりと動かしてやる。エッジは反動で仰向けになったけれど、後頭部から出血をしているため頭だけは横向きの状態になった。
「エッジ、いや・・・」
ローザは、とリディアは慌てて顔をあげるけれど、ローザはやっとハイポーションで回復した、という状態で、更には傷ついたセシルの回復で手いっぱいだ。それに顔色も悪い。誰も戦闘を継続出来ない状態で、逃げることもままならず仕方なくカインが一人でドラゴンに立ち向かっているけれど、彼の息が荒いことは遠目でもわかった。
わたしのせいだ。
リディアは泣きながら立ち上がった。
わたしが、あのとき。
ローザをセシルが庇ったのを見て、詠唱を中断したから。
だって、あのドラゴンは弱っていたから、わたしが詠唱を続けていればバハムートは間に合ったはずなの。
そしたらわたしが攻撃を受けることも、エッジがわたしを庇うことだってなかったはずなのに。
力を手に入れること。
それがどういうことなのかリディアはわかった気がした。
手に入れた力を信じること。そして、迷わないこと。
頬、二の腕、それから太腿。
エッジが庇いきれずにリディアに跳ね返ってきた破片が彼女の白い皮膚を小さく切って血を滲ませている。
「お願い、力を貸して!わたし、もう迷わないから!」
リディアは涙を拭わずに天井に向かって叫んだ。
「暗き空無限の宙駆ける金の竜、偉大なる創造主よ!」
そのとき、リヴァイアサンの声が聞こえたような気がした。
リディアは瞬きをせずに、自分の脳に響いてくるリヴァイアサンの言葉を強く噛み締める。
詠唱には、続きがあった。
すべての竜、すべての幻獣の頂点に立ち永遠の力を秘めたる幻獣神よ。
今こそ我に仇なすものを消し去るため、宇宙を震わせるその大いなる力与えよ。
我が名はリディア、選ばれし者。
全身全霊をかけて今ここに全てを超越した力を呼ぶ栄誉を称えん。
・・・それが、残りのスペリングだ。すべての詠唱を正確な発音で行えば、常にそれは30秒以上かかってしまう。30秒は、長い。魔物の攻撃を何発も食らうほどに。それがいつもの彼女の召喚の力だった。けれど、そのときリディアは続く詠唱を無視して最後の召喚の言葉を叫んだ。
「”リディア”を契約の名とする。出でよ、バハムート!!」
詠唱が終わると同時に、空間を震わせて美しく雄々しい金の瞳、黒い鱗をもつ、ありとあらゆる竜の頂点にたつ幻獣神が彼等の前に姿を現した。
バハムートは何もリディアに語りかけることは、ない。
(本当に迷いがない者の声には、その名だけで我々は反応してしまうものなのだよ)
リヴァイサンの言葉。
「わたし、もう」
レッドドラゴンに対してバハムートは咆哮と共に有り余るその力を放出した。激しい爆発音に混ざってレッドドラゴンの苦しみの声が高くあがるのが聞こえる。
リディアは自分の頬を伝う涙がエッジのための涙ではなくなっていることに気付いた。
「ここが、痛くない」
ああ、なんて、バハムートは綺麗なんだろう。
こんな美しい幻獣に力を貸してもらえるなんて、どれほどの幸福なのだろう!
リディアは泣きながらバハムートの力をみつめ、そして胸元でぎゅっと自分の手を握り締めた。

ドラゴンも残り一体になってカインが相手をしてくれている。そこはまかせてリディアはエッジの傍らにしゃがみ込み、泣きながら彼の名を呼んだ。
エッジはぐったりとして瞳を閉じている。顔色が悪い。
リディアはがくがくと手の震えが止まらない。
ローザから貰って来た道具袋の中にハイポーションがあるはずだ。
ああ、自分が白魔法を使えたら、なんてことをもう考える余裕もなくリディアはごそごそと震える手で袋の中を捜した。震えのためにうまく指先が動かない。なんでこんなに自分は動揺しているのかわからないほどだ。
ちょこんとそろえた白い膝小僧にエッジの息がかすかにかかる。それは苦しそうに不規則で乱れた呼吸だ。
少し離れたところには、同じように大きな一撃をくらってしまったセシルとカインをローザが手当てしていた。正直なところ体調があまりよくないローザのケアルガはいつもの威力はなく、そしていつも以上に彼女は消耗してしまっている。
「エッジ・・・」
ようやくひとつハイポーションを見つけることが出来た。
戦闘の後に仲間の怪我をお互いに治すことなんて慣れている。慣れているはずなのに。
どうしてわたしはこんなに震えるのだろう?リディアはぐい、と涙を拭って、情けない声でエッジに囁いた。
「死なないでえっ・・・」
後頭部からの出血が思ったよりひどかった様にリディアには見える。
出血のせいで意識が朦朧としていたエッジは、瞳を開けずに声をかすかに絞り出した。
「・・・バ、カ」
「エッジっ・・・」
それからゆっくりと。
エッジは一度だけ瞬きをして瞳をあけ、苦しい息を漏らしながら無理な笑顔を作った。
「・・・もう、これ以上死んじゃうのは、嫌、なんだろ?」
それは、自分の言葉だ。
リディアは更に目頭に熱さを感じながら、切迫した声をあげた。
「そうだよっ・・・だから、死なないでっ、やだ、エッジ・・・もう、喋らないでっ。今、ハイポーション使ってあげるからっ!」
「だから、死なねーよ。お前が泣くよーなこたあしたくねえんだ、俺は」
エッジの声は細いけれど優しい、とリディアは思う。
「・・・それに俺だって、同じ事を思ってるんだぜ?」
「えっ」
エッジはそっとリディアに手を伸ばした。
早くハイポーションを、と慌てていたリディアは、エッジが伸ばした手の意味がわからず、とまどって動きを止める。
「俺だって、誰だって、もう、誰一人死なせたくねえんだよ・・・。だから、甘えろよ・・・リディア・・・」
思い出すのはエッジの両親の最期の姿。リディアはびくん、と体を震わせ、それからまた新しい涙がとめどなく溢れてくるのをぷるぷるっと顔をふって散らした。それでも次から次に流れてくる涙はリディアの頬を伝って顎に辿り着く前にぽとんぽとんとエッジの服を濡らした。
「エッジ」
「バカ、泣き止めよ・・・」
力ないエッジの指先がそっとリディアの頬を流れる涙に触れる。
リディアはそっと目を伏せて、彼の優しい指先の感触に体を震わせる。
と、次の瞬間、ぱたん、とエッジの手はリディアの膝の上に、力を失って落ちた。
「・・・エッジっ」
リディアはそれを見て慌ててハイポーションをエッジに使う。
ローザが回復魔法を唱えたときと同じような、淡い白い光がエッジの体を覆った。
特に怪我をしている部分は強く発光する。後頭部を覆う光は強く、そして温かい。
リディアはそっとエッジの手を掴んで自分の両手で覆う。
「それだけでは、回復は無理ね」
その声に気付いてリディアは顔をあげた。ローザが慌てて走って来たらしい。息を少しばかり切らせている。
「ローザ」
「ごめんなさい。迷惑、かけたわね。今、ケアルガをかけるから」
ローザはそう言って小さくリディアに微笑みかけ、彼女のとなりに座った。リディアは慌ててエッジの手から自分の手を離そうとするけれど、ローザはそのリディアの手を掴んで、元に戻そうとする。
「いいのよ。それに、子供の頃、熱だしたときとか、お母さんの手、欲しくなかった?」
「・・・欲しかった」
だから。とローザは呟くとそのまま呪文の詠唱を開始した。
迷いのない集中力を感じる。いつもローザの回復呪文は丁寧だ、とリディアは思う。
やがて先ほどのハイポーションよりも力強い光がエッジを覆い、目にあまり眩しくない美しい白い光を放った。
「頭をうっているから、傷がふさがっても少しだけこのままにしておいたほうがいいと思うわ」
「ローザ、ありがとう」
「どういたしまして・・・でも、そうでもないの。ごめんなさい、リディア、心配かけて。それからいつもありがとう」
思いもよらないローザの言葉にリディアは「え?」と頓狂な表情を見せる。
「なあに?」
「わたし、セシルに庇ってもらうのが嫌で、やめてって言ったの」
ああ、それで、とリディアは思う。昨日リディアが頼んだのにどうして今日セシルはローザを庇ってくれなかったのだろう、と不思議に思っていたのだ。
「でも、庇われるのも役目のひとつなのにね。意地を張り過ぎたわ。ちょっと苛々していたの」
「ローザが?」
「ええ。ここにきてからみんな、怪我が多いでしょう?」
「うん」
「・・・怪我をする前にそれを防ぎたいのに、わたしにはその力がないから・・・。あーあ、わたしもテラ様やフースーヤのように黒魔法修得できればよかったのにな、ってちょっと憂鬱になっちゃってたの。リディアがいつも黒魔法や召喚で魔物を蹴散らすのを見て、ちょっとは分けて欲しいな、なんて思ったり、ね。今日は意地をはった自分に天罰が下ったのね。リディアが召喚してくれなかったら大変なことになってたわ。いつもありがとう」
リディアは瞬きを何度もしてローザの顔をまじまじとみつめた。ローザは恥かしそうに少し頬を紅潮させて立ち上がった。
なんだかそのローザの様子が可愛らしく思えてリディアは小さく笑ってしまった。
「やあね。わたし、おかしいこと言ったかしら?」
「ううん、そうじゃあないの。ごめんね、ローザ」
「変なリディア!」
ローザは愛情を込めてそう言うと、おぼつかないケアルラでカインの傷を治そうとしているセシルのもとへと歩いていった。
リディアはじっとその後ろ姿をみつめていたけれど、自分の手の中でエッジの手が動いたのに気付いた。
と、そのままエッジは急に彼女の手首を掴んでぐいとひっぱる。
「きゃっ!」
どすん、と今やっと回復したばかりのエッジの胸元に倒れてリディアはびっくりしてかわいらしい声をあげる。
「な、な、エッジ、なあに、もう元気なの?」
「元気元気。寝たふり続けるのにも限界があるわな」
「もおー」
体を起こそうとするとエッジはリディアを離さない。
「やあだー!魔物がまだいるかもしれないしっ、みんなが・・・」
「見てねえよ」
リディアはじたばたと抵抗をする。最初はそれを押さえつけていたエッジも、最後にはあまりの抵抗っぷりに観念して手を離し、体を起こした。それからぱんぱん、とあちこちの汚れを払ってから真剣な表情をリディアに向ける。
「朦朧としてる中で、お前の詠唱、聞いた」
「・・・」
「お前は、素晴らしい召喚士だ。幻獣王ご自慢だけあるな」
その言葉。リディアはなんだか昨日までずきん、と痛みを訴えていた、体の中にある心とつながっている部分・・・多分胸のあたりだと思うけれど、そこがじんわりと温かくなるような気がした。そこで感じる暖かみは、いつもエッジが彼女を安心させてくれる、その手のぬくもりと少し似ている気さえする。
そのぬくもりがあまりにも嬉しくて、けれど、お母さんはこんな風に感じることは出来なかったのではないか、なんてことを思ったら。
嬉しさと悲しさが混ざった涙が、また零れて来た。
「なんだよ、お前」
エッジはリディアの涙の理由は聞かなかったけれど、無理に抱きしめずにぽんぽん、とまた二回、彼女の頭を叩いた。
うつむきながらリディアはとことことエッジの後ろに回って、彼の背中に頭をこつん、とくっつけて右手をぴったりと背中に押し当てる。
「何してんの、お前」
「だって、前だと、エッジが、ぎゅーってするから恥かしいんだもん」
「これも十分恥かしいと思うんだけどなあ・・・」
そういいながらエッジは左手を後ろに差し出した。リディアはその手に自分の左手を重ねて指先を絡める。
溢れる涙は、感謝と同情が入り交じった涙だったけれど、リディアもエッジもそれがどういう意味のものなのか正確にはわからない。
でも、それでいい、と二人はお互いの指先と、そして背中、手の平にお互いの体温を伝えながら、わずかな休息に体を委ねるのだった。


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モドル

ABCさんからの35000ヒットキリリクです。ありがとうございました。リクエストがエジリディが二人だけのシーン、物語の後半、そしてエッジのセリフだったんですが、もっといたずらっぽく「死んじゃうのは嫌なんだろ?」「もおーっ、エッジったら!」みたいなほのぼのを書こうとして、あまりに自分の色と違う話すぎたため結局暗い話を採用してしまった次第です。
で、二ページに渡った話になった言い訳。リクにあった「これ以上死んじゃうのは嫌」セリフ。ゲーム中でリディアが言ってる有名なセリフなんで、みなさんご存知とは思います。でも一応、リディアが言ってたってこと忘れている方もいるんじゃないかと思いまして。そのセリフを覚えている方にとっては、突然エッジが「これ以上死んじゃうのは嫌なんだろ?」と言っても「そんな台詞あった!」って思えるからこちらも簡単でいいんですけど、そうじゃない人のためにリディアはそう思っているんだよ、というベース作りが必要ではないかと思い、説明っぽいストーリーになりました。あと、お母さんの話は・・・いや、もうあたくしにとってリディアってお母さん、セシル(・・・)、幻獣、の三つが不可欠なんで・・・。そんなのあたくしだけですか?
しかし、「エジリディ」とかいいながらもゲーム内で明確にくっついていないという前提があるので(こればかりはどうしても譲れないんですよー:涙)いっつもエジリディ班のみなさまにはもどかしいお話になってしまいます。ゴメンナサイー!!単純にカップリング成立してる話書くのって難しくて苦手なんです〜。でもエジリディ書きたいからいつもうちのリディアは悪い子・・・。確信犯だったら完全な悪女よのう・・・。