初めての一日

リディアには誕生日がない。
正確に言うと、彼女は誕生日を忘れてしまった。
ミストの村で母親を失ったときはまだ7歳。覚えていられない年齢ではなかったけれど、その後に幻界に行き、異文化の中で育った彼女にとっては悲しいことに誕生日という存在は意味を無くしていた。
幻界にいるときは、人間界でのおおよその数え年をアスラが時々教えてくれた。けれど、それだって「おおよそ」というところだ。一応「ふうん、わたし、○才くらいなんだ」と思うことで、人間界で過ぎている時間との落差を痛感する・・・その程度の話だった。
大人になりたい、セシルにつりあうように。
そう思っていたって、セシルの年齢すらリディアは知らなかったし。
だからリディアは、エブラーナに嫁ぐことになって、「ご生誕日はいつでしょうか」と女中頭に聞かれても、答えることなぞ出来やしなかったのだ。

エブラーナは祝い事が少ない国だ。あまり派手ではない国民性のせいか、人種的なものなのかはよくわからないけれど、国をあげて何かをする、という大きな行事もそうそう多くはない。
今は国の再建を行っているから尚のこと、必要以上の場所に手をかける気はエッジにはさらさらなかった。
けれど、再建、再建、とばかりがなりたてても国民にだってそれなりの楽しみが必要だ。
エッジとリディアの婚礼だって、未だに日程すら決まっていない。
そんなおり、エッジのお誕生日とやらが近づいてきた。
彼はあまりそういうことに興味があるタイプではなかったけれど、それをにお祝い事という名目にしたてあげて、国に活気を与えてはどうか、と口うるさいじいやがめずらしく大らかな助言をしてきた。
後で判明したことだが、それはじいやの発案ではなく、その他のエッジを慕う臣下たちからのものだったのだが・・・。
面倒くせえ、なんで俺の誕生日なんか。
そう思ったけれど、確かに幼い頃から要所要所では誕生の祝いをやっていたような気がする。
「お前らが適当にやってくれんだったらいいぜ。その代わり、俺は一切その件は手え貸さねえからな」
執務に毎日追われているエッジは、うんざりしたように適当に答えた。

今、リディアはエブラーナの新しい城で花嫁修業をしている。
あまり広すぎない城は居心地が良くて、とまどいながらも暮らしに慣れてきた頃だった。
「エッジのお誕生日?」
リディアが午前中のお役目、としてエブラーナの歴史について書いてある本−しかも子供向けなのだが−を読んでいると、女中頭のグレースが現れた。礼儀正しく一礼をして、グレースは「お召し物をご用意しなければいけないので」と前置きをして話をする。
「はい。明後日です」
「それって何をするの?」
「城から特別に振る舞い酒が出て、水の広場に置かれます。それから振る舞い菓子も配られます」
「???」
水の広場、というのはエブラーナ城近くにある、人々が賑わう公園のような場所のことだ。
忍者達の訓練所からも近いため、老若男女問わず人が行き交う。
そこに城から酒を運んで、人々に振舞うという。
酒が飲めない人間や子供のためにも、日持ちがする菓子を国民に配る。
国民数が少ないエブラーナならではの、とてもアットホームなお祝い事だ。
「振る舞いが始まる前に、エドワード様が水の広場で国民に挨拶をすることになっています。リディア様もそのときにはご同行すると思いますので」
「へえー!」
この話を聞いてエッジが「俺は手を貸さないっていっただろ!」とじいと揉めたことなぞ一向に知らないリディアは驚いたように声をあげる。
「お誕生日をお祝いするのにお城からものを出すの?よくわからないなあ」
「基本的には国民がお祝いをするんですよ。みんなにとってもおめでたい日、ということでお酒とお菓子を特別に出すだけで」
そういった物の考え方をリディアはよくわからない、という風に首をかしげる。
「国民が明るく楽しむことが、王族にとっては一番のプレゼントですからね」
お誕生日にはプレゼントをあげる。
リディアは遠い記憶で、母親が貧しいなりのご馳走を作ってくれたことをおぼろげに覚えていた。
「お誕生日って、グレースさんは何かしてもらったことある?」
好奇心に駆られてリディアは大層年上の女中頭に聞いた。
そんなことより、当日のお召し物を決めるほうが先です、と普段はきっと言うであろうグレースは、目を細めて小さく微笑んだ。
「わたしの両親は忙しい上忍でしたから、そういうことはほとんどありませんでしたね。エブラーナで誕生日を祝ってもらえる子供は、少なくとも片親が城務めの忍者ではないことが条件だと思います。母親が弟を身ごもって城からお休みを貰った年に、物心ついてから初めてお祝いをしてもらいました。小さな可愛らしいスカートを買ってもらいましたね・・・今思うと、あれは、母が、わたしを忍者にしたくないと思っていたからではないかと」
エブラーナは基本的に国民全員が幼少期に忍者としての訓練を受ける。
その中から優れたものだけが選抜され、城務めの忍者となれる。
女性はその体の弱さや不安定さからあまり認められないし、男性と同じ訓練に耐え抜くことが難しいから、忍者として城にあがることがない。けれど、このグレースの母親はその中でも選抜された、才覚のある女性だったのだろう。
最近ちょっとずつエブラーナのお国事情に詳しくなったリディアはなんとなくグレースが言っていることがわかるような気がした。
選抜はされなかったけれど、比較的才能がありそうな女子は、グレースのように城にあがって女中務めをする。
両親が城に忍者としてあがっていたグレースはもともとの素質があったに違いない。
「なので、わたしも、女中になってから最初のお給料で、母の誕生日に身を飾るスカーフを贈りました」
「そうなんだ」
あえて父親のことはリディアは聞かない。
始終話にに出てこない父親のことを、こちらから聞いていいのか判断がつかないからだ。

「・・・エッジの誕生日かあー」
自分の誕生日ははっきりとわからないけれど。
身近な人の誕生日って、初めてのような気もする。
あれだけ長い期間セシル達と旅をしていたけれど、そんな話題もなかったし。
リディアは城の中を歩きながらきょろきょろと辺りを見渡していた。
通り過ぎる兵士達(忍者達)は丁寧にリディアに挨拶をする。最近ではそれも慣れてしまった。こんにちは、とリディアは軽く会釈をする。
「・・・わたしも、プレゼントあげたいなあ」
思い出すのは。
幼い頃に母親がリディアに言ってくれた言葉。
生まれてくれて、ありがとう。わたしの宝物。
めずらしいご馳走と共にリディアに与えられたその言葉は、当時の彼女には難しくて意味がわからなかった。
ふと時折記憶の底からふうわりと湧いてくる母親の声。
誰かが、この世界に生まれて、そして今日まで生きてきたことに感謝する。なんて素敵なことなんだろう。
わたしも、エッジのお誕生日をお祝いしてあげたい。
あげたいものは、決まっている。ずうっと前に、そう、セシル達と旅をしていたあの頃。トロイアの国でエッジは自分に髪飾りを買ってくれた。あのときからずうっとそれはリディアにとっての宝物になっている。(「抱きしめたいと」参照)
本当はまた二人でトロイアにいって。
今度はリディアがエッジに装飾品を買ってあげたいと思っていた。だって、実はエッジはリディアよりずうっと、じゃらじゃら色々身を飾ることが好きだから。
トロイアに行くのは多分今は無理だから、せめて二人で買い物にいって、エッジが好きそうなものを買ってあげられたらいいと思う。
リディアはエッジが昼間仕事をしている執務室まで歩いてきた。
執務室の外には二人の若い忍者が若様からお呼びがかかったときのために控えている。
「こんにちはー」
「リディア様。ご機嫌よう」
二人の忍者はリディアに気付くと、慌てて一礼をした。
「エッジ、いますか」
「えー・・・今、取り込み中のご様子ですが・・・」
その時、執務室の中からエッジの怒鳴り声が聞こえた。
「バカヤローッ!いい年して、今日は俺の誕生日を祝ってくれてありがとーなんて言えるか!」
「しかし、若!!」
あーあ、とリディアは苦い顔をする。忍者二人は表情を変えないでただただ彼の主から声がかかるのを待つばかりだ。
「何か若様にご用ですか」
「あ、うん、今じゃなくてもいいんです。でも・・・」
時々エッジは突然夜に執務がはいってしまい、ようやくリディアと会える夕食の席に姿を見せないこともある。
今日がそうではない保証なぞ、彼らには何もないのだ。
どうしようかな、とリディアは考えた。それから。
「あのお、みなさんって、お金、どこからもらってるんですか」
と、いささか間抜けなことを二人の忍者に問い掛ける。一瞬、質問の意味がわからずに、二人は顔を見合わせた。
「お金、ですか」
「お給料っていうのかなあ。もらってる、んですよね?」
「はあ・・・我らは城の警備を預かる者ですから・・・この国から・・・国税から給与が配給されるしくみになっていますが。それが何か?」
「そう、ですよね」
二人は、こんな少女がエブラーナ王妃になって大丈夫なんだろうか、と少々不安そうな表情を浮かべる。彼らは普段あまり感情を表に出さないような訓練を受けているが、エッジがエブラーナ国を切り盛りし始めてからというもの、彼のほがらさに影響されてか、彼ら兵士達も多少の感情を見せるゆとり(じいに言わせればそれは心構えが足りない、たるんでいる、ということなのだが)も出てきた。
「わたしは、何したらお給料もらえるのかなあ?」
「ええっ!?」
「あ、ありがとうございます。取り込んでるみたいだから、別にいいです」
リディアはそう言うと、二人の忍者の前から去っていった。残された二人は
「リディア様、相変わらず可愛らしいなあー」
「俺、最近城来るの楽しみなんだよなあ」
「あ、わかる。俺も」
なんていう会話をしていた。

「若様」
「んー?」
うるさい爺が去ってから、執務室に突然人影が現れた。黒い忍び装束を身に纏った細身の男性だ。
「どうした」
「今、よろしいでしょうか」
「よろしーもなにも、お前が現れるってんだから余程のことってもんだろうよ」
エッジは行際悪く机の上に足を投げ出して、爺が置いていった山ほどの書類を嫌々眺めていた。これが一国の統治者になるというのだからエブラーナの未来は心配だ。
「リディア様が」
「おう」
「城を抜け出ました」
「はあ!?」
エッジはその言葉に驚いて、椅子の背もたれに体重預けていたのをいきなりがばっと起き上がった。素晴らしい腹筋の披露だったが、残念ながら誰相手のアピールにもなってはいない。
「外出するときゃー、声かけろっつってんのに!誰連れていった!」
「誰も」
「城門に誰かいないのか!?この城はっ!」
そう叫んでから「しまった」と思った。いるわけがない。
ここエブラーナは小国だったし、前述の通り誰もが忍びの訓練を行っているわけだから、自分の身は自分で守る、というのが信条だ。外から入ってくる者にはともかく、城内から出るものに対して規制を行うことなぞついぞなかった。
「ハヤタがついて行きましたが」
「ハヤタか。ま、いーか・・・あいつがついてるなら、何があってもなんとかなるわな・・・」
心配なのは、身の安全、というよりも。
地理に不慣れなエブラーナでどこにいくつもりなのか。リディアは何を考えているのか。
「お前も、行ってくれ。わーってるだろうが、リディアの身に何かあったら」
「はっ。命に代えましても」
「んなもんに代えなくて済むようにすんのがお前の役目だっつうの」
「はっ。それでは」

働くとお金を貰えることはリディアも知っていた。
今までの旅では魔物達を倒すことで手に入れていたけれど、戦いに赴かなくなったリディアは、なんだかわからないけれどお金に困らない生活を手に入れた。
エブラーナ城に来てからというもの、質素ながらも不自由のない生活で、リディアが何かを欲しいと言えばすぐにでも女中達が用意をしてくれる。
もしかしたら「エッジにプレゼントをあげたいの」なんて言えば、すぐさま何かしらを手配してくれたかもしれない。
けれど、それは違うような気がする。
リディアが毎日口にする食糧は、さきほど会った忍者達のように、国税からそのお金がおとされることだろう。
服も、本も、リディアが生きる上で使う何もかもが。
(わたし、働いていないのに・・・)
未だエッジとの婚礼を済ませていないリディアにとっては、ただ飯を食っているようなものだ。
けれど、城にいる限りにはなんでもかんでも「リディア様がご用命なので」と国税からの出費によってありとあらゆる物が簡単に手にはいってしまう。

わたしも、女中になってから最初のお給料で、母の誕生日に身を飾るスカーフを贈りました

グレースの言葉。その気持ちはなんとなくわかった。本当になんとなく、なんだけれど。
城はともかく、リディアはまだエブラーナの町にはあまり慣れていない。
城を出て少しばかり歩くと、雑貨を扱った店や食料品のお店などが並ぶ、生活に密着した店が並ぶ通りに出た。
エブラーナは小国だから、城付近にそういった商業が盛んな通りが少し、そしてそれを囲むようにぽつぽつと住宅が。そして
その外側に田畑が広がる。
通りもそんなに長くはない。バロンやトロイアに比べると地味で質素な町並みだけれど、さすがに生活に必要なものがそろうその通りはそこそこ活気付いていた。
道行く人々が自分をじろじろ見たり、時には軽く頭をさげることに気がつかないほど、リディアは夢中になって辺りのお店をじろじろと眺め回していた。
少し歩くと訓練所の若い見習い忍者達が時折溜まり場にしている大きい食堂があった。「小日向亭」と古ぼけた木の看板に書いてあるのが見える。
「あ!」
リディアはその前で足を止める。
「そうそう!こういうの、探してたの!」
食堂の扉には白い紙が貼ってあった。以前、他の町でもこんなものを見た記憶がある、と思う。
それは働き手募集の張り紙で、簡単に「お手伝い募集」とだけ書かれていた。
働いたことがないリディアでも、知っている。こういう張り紙を見て「雇ってください」とお店の人に声をかけて仕事を探すのだ。そして、仕事をして、お給金をもらう。その程度のシステムは理解していた。
「お手伝いって、何をするのかなあ」
きい、と「準備中」のプレートが掛けられている白い扉を開けて。
リディアは、食堂に入っていった。

あーあ。現実って、厳しい。
ほんの数分後、リディアはうなだれて小日向亭から出てきた。
毎日働ける人間が欲しいから、というご主人のお話はもっともだ。今日一日働きますから、今日一日分のお金を下さい、なんて子供のお手伝いに毛が生えたようなものだ。
それに、なんだかご主人は妙な表情をしていた。何か悪いことをわたし、したかしら?リディアは自分に落ち度がなかったかどうかを必死に思い返したけれど、心当たりがない。
そういえばさすが客商売。リディアはそんなことを思う。突然現れて、今日一日働かせてください、なんていったリディアに対してもご主人はとても丁寧な物腰で謙った応対をしてくれた。
「どっかに一日だけ働けるところってないかなあ」
そんな怪しい話はそう簡単に落ちているものではない。
(でも、城の中にいたら、絶対無理だって思ったから)
お城の中で働く、ということをきっと誰も許してくれないだろうし、許してくれたからってそれはなんだか違う気がする。まるでお家の中のお手伝いをしてお小遣いを貰っている、そんな感じ・・・。
とぼとぼと辺りのお店を見回しながらリディアが歩いていると、たったったった、という慌てた足音が背後から聞こえてきた。
「・・・?」
自分に近づいてくるその足音に気付いてリディアは後ろを振り向いた。
すると、そこには先ほどの小日向亭のご主人が息を切らせて走ってくる姿が見える。
「お嬢さん!ちょっと、待ってくださいよ!」
「わ、わたしですか?」
驚きと緊張でリディアは目を見開いて、彼が自分の近くにたどり着くまで、困ったようにその場でじっとしているばかりだ。
やがてぜえぜえ、と辛そうな息をついて汗を拭きながら、ご主人はリディアのもとにようやくやってきた。
「さ、さっきは断わって悪かったけど・・・はあ、はあ・・・事情がね、変わってしまいましてね」
「事情?」
「うちの家内が、はあ、いつも手伝ってくれるんだが・・・ふう、ふう・・・」
「かない・・・えーっと、奥さんのことですか」
「そうそう。なんだがね、今日、調子が悪いってんで・・・手伝いが一人欲しいと思いましてね・・・」
「えっ」
「今日だけでいいから、働いてくれませんかね」
ぱあっとリディアは明るい表情を見せた。ご主人の奥さんには申し訳ないが、リディアにとっては願ったりかなったり、というわけだ。
「いいんですか?あの、わたし、さっきもいいましたけど、お料理とか出来ないですよ」
「料理はわたしの仕事だから。家内は、注文とりと料理運びだから。注文とりは、他に働いている子にさせるから、お嬢さんは料理を運んでもらえませんかね」
かくして。
リディアの、はじめてのアルバイト(謎)が始まるのだった。

無地のベージュのエプロンをつけ、リディアは髪を後ろにまとめた。
それから布で頭を覆って−三角巾というのだが、リディアはよく知らない−説明をうける。
テーブルに貼ってある番号。
ご主人が料理を作って皿をその番号が書いてあるカウンターに並べていく。それをただ同じ番号のテーブルに運ぶだけだ。
注文取りはさすがにリディアには難しいだろう、といわれ、確かにそうだ、と彼女も頷く。でも、だからこそ一所懸命に運ばないと、と気合も入るというわけだ。
説明を受けるとすぐに店は開店をした。昼の時間とあって、どやどやと人々がなだれ込んでくる。
「わー、もうこんなにいっぱいになっちゃったんだ」
リディアはきょろきょろと店の中を見回して、素直に驚いた。
開店と同時に埋め尽くした客のほとんどは訓練を受けている若い忍者達で、みな食欲旺盛だ。近所の主婦などもちらほらと見える。
もともと店に働いている二人の女性がてきぱきと注文とりをして戻ってきた。
作り置きのメニューはすぐにご主人がカウンターに並べていく。
「わ、わ、わ」
リディアはおぼつかない手つきで、野菜のマリネやいつでも蒸してある肉まんじゅうが乗っかった皿をもった。
「えーっと、5番は。はじっこから、1、2、3、4,5・・・」
そうしている間にも新しいオーダーが入り、そして注文取りをしている女性達も出てくる料理を運び始めた。
リディアは「慌てず急いで笑顔で」というご主人の言葉を思い出し、目当てのテーブルに向かった。そこは5,6人の若い男性が群れている、活気のあるテーブルだ。
「お待たせしましたー」
「あ、それ適当においといて」
「はい。野菜のマリネです。それから、えーっとこれ・・・おまんじゅう?」
メニューの内容を把握していないリディアはおどおどしながら皿をテーブルに乗っける。
「見ない顔だね。新しい人?」
「今日だけ、お手伝いさせてもらっています。えーっと、よろしくお願いします」
何をよろしくお願いするんだ。
男達もそう思ったようで、なんとなくみな笑い出す。
「他のお料理も、すぐお持ちしますねー!」
なんか、変なこと言ったかなあ?
リディアはちょっと頬を赤くして、慌てて厨房前のカウンターに戻っていった。

「なー、あれ、見たことどっかでねえ?」
「馬鹿、お前可愛い子見ると、すぐどっかで見たことあるとか言い出すんだろ」
「そーじゃねーよ!絶対あるって。あるあるある」
次にリディアが冷たいお茶と特大オムレツを運んだテーブルでは、そんな会話がされていた。が、初めての仕事に舞い上がっているリディアにはそんな言葉は聞こえない。
「お茶とオムレツです。お待たせしましたー」
かたん、と皿を置くと、一人の男が声をかけてきた。
「ねえ、名前、なんていうの。俺と会ったことない?」
「ええ?」
「だから、お前の勘違いだろっつってんの!お前がこんな可愛い子と出会いの場があるわけねえよ」
「うるっせーなあ。俺がこの子と話してるんだよ!俺、ナガトってんだけど」
「あの・・・わたし、リディアっていいますけど・・・多分、会ったことないんじゃないかなあ・・・あっ、もう行かないと!」
カウンターに並んでいく料理を見て、リディアは慌てた。ぺこり、と頭を下げてその場を離れる。
そのテーブルに座っていた3人の男達はぽかん、とその様子を見て、それから
「おい、待てよ、リディアって」
「若様の」
「ま、まさか。なんでここにいるんだよ。んなわけねえだろ」
「いや、絶対そーだ!あんな可愛い子、エブラーナにゃ滅多にいねえもん。俺、遠目に見たことがあるだけだけど、絶対激マブだったって」
「まだ他の料理来てねえから、次に来たら確認してみろよ」
と口々に彼女の正体について囁きあう。残念なことにというか幸運なことにリディアは、自分がエブラーナの民にどれほど認知されているのかよくわかってはいない。もちろん、だからこそ城から出てくる、なんていう無謀なことが出来るのだが。
「なんて聞くんだよ」
「若様の、コレですか、って聞けばいいんだよ」
「次期王妃にそんな聞き方したらやばくねえ?」
そのとき、3人しかいなかったはずの、そのテーブルに、もう一人の人影が現れた。
「わ!」
「は、ハヤタさま・・?」
それは、エッジ達がリディアの護衛を任せた、エブラーナの中でもかなり腕利きの忍者の一人だ。
「余計な詮索は無用と心得よ」
第四の人物は、たった一言を残し、そしてまた姿を消す。
もちろん、リディアはそんなやりとりなぞ気付くわけもなかったけれど。

お昼の時間はほんのニ刻半。それが終わる頃に、ご主人の奥さんが現れて、もう元気になったから夜は大丈夫だと血色の良い笑顔でリディアに声をかけた。
客がいなくなったお店の片隅にテーブルで、リディアは遅くなった昼飯をふるまってもらっていた。
「ありがとう、助かりましたよ。お皿も割らなかったしね。はい、これ、たくさん運んでくれたから三刻分包みましたよ」
たったニ刻では、やっぱりお家のお手伝いみたい・・・リディアはそう思ったけれど、それでもいいか、と前向きに考えることにした。
ご主人の手から渡された小さな布に、生まれて初めて働いて、人から報酬としてもらったお金が入っていた。
「こんなにいいんですか」
「こんなに、って」
ご主人は僅かに苦笑いを浮かべた。
「少なくて悪いと、思っているくらいなのに」

城に戻ると、案の定グレースが険しい表情で待っていた。勝手な外出をこってりと怒られてから、リディアはまたエッジの執務室に足を運ぶ。
この時間は、どんな執務が入っていてもエッジは「茶の時間だ!」と休憩をするとリディアは知っていた。
「エッジ、いますか?」
午前中とは違う見張り兵が執務室の前に立っていた。
「お待ちくださいませ」
丁寧にリディアにそういうと、見張り兵はノックをして中にはいっていった。
ほんのわずかなやりとりが中でされて、すぐに彼は戻って来てリディアを中に入れてくれた。
「おう、リディア、どうした」
「エッジ、お仕事中?」
「休憩休憩。お前も茶菓子食うだろ?」
「わあ、ありがとう」
執務室に入るとエッジの机と椅子、そしてついたてが置かれて来客用の応接セットがある。エッジは応接セットのソファに腰掛けて呑気に茶菓子をほおばっていた。実は彼は甘いものは嫌いではない。そこには何故そんな風に用意されていたのか、二人分の茶菓子が置かれていた。たった今の短いやりとりの間に誰かに用意させたんだ。忍者ってすごいなあ、というのがリディアの単純な感想だ。
「で、どーしたんだよ」
「あ、お茶自分でいれるね」
茶器があり、もうエッジは自分の分の茶を飲んでいた。エブラーナのティータイムは別に何もかも女中がやってくれる、というわけではなく、なんとなく持って来たものをエッジがなんとなく適当に食べたり飲んだりする、というスタイルだ。その無頓着さゆえにいつになってもエッジは美味しい茶を入れることなど出来ないのだが・・・。
「あのね、エッジ、お誕生日なんだって?」
「あー。おう。面倒くさいけどな、なんかやるんだってな」
「それでね、わたしもエッジに何かあげたいと思って」
「別に気にしなくていいのに。お前って、ほんと、そういうとこは義理堅いのな」
「義理って・・・なんか違うと思うけど」
リディアは茶菓子に手をのばした。
おいしい昼食を食べて来たばかりだというのに、慣れない労働のせいか甘いものを体が欲しがっている。
桜色の餡が包まれた小さな水まんじゅうを切ってぱくりと口にいれる。この不思議な食べ物も最初はとまどったけれど、最近では慣れた。エブラーナの食生活はちょっとだけリディアには不思議なものが多かった。素朴で美味しいものが多いけれど、茶菓子はケーキなどと違う美しさがあってリディアはすっかりお気に入りだ。
「あのね、エッジ、前にトロイアで髪飾りを買ってくれたでしょ。だから、今度はわたしがエッジに買ってあげようかと思って」
「買ってあげよう、ってお前の金は俺がお小遣いあげてるんだけど」
エッジはにやにやと笑ってリディアを見る。その表情を見て、リディアは得意げに言った。
「えへへーん。今日ね、わたし働いて来たんだもん!だから、これ、正真正銘わたしのお金だモン!だから、エッジ、一緒に買い物いって、エッジが欲しいものを買ってあげたいと思って」
「へえ、働いてきたって、どこでなにしたんだよ」
リディアはちょっと嬉しそうに今までの出来事をエッジに報告した。
エッジは茶を飲みながら時には揚げ足をとりながら、それでも彼にしてはめずらしいくらい根気強くリディアの話を聞いてやっていた。
「でね、もしかしたらエッジが欲しいもの、買ってあげられるほどはないかもしれないけど・・・でも、わたしからすると、大金なんだけど」
もらった給金の額をリディアははっきりとエッジに言う。その金額はエッジがリディアに買ってやった髪飾りの額にはまったくもって満たないことをリディアも知っていた。それでも、今日の自分の精一杯がこの金額なのだ。
「もし、もっといいものが欲しいんだったら、わたし、またどっかで働くし!」
「バーカ。あのなあ、お前」
エッジはついに吹き出して、豪快に笑い出した。
「お前は、もーすぐエブラーナ王妃になんだよ。そしたらそんな自由に働きになんていけなくなるっての。それに王族のもんが国税以外に国民から給料貰うってのはへんてこなんだよ」
「そ、そうかもしれないけど、わたし、今、何も働いていないしっ!」
王妃になっても多分そうだけどな、とエッジは心の中でつぶやいた。
「だから、そのう、自分で働いてお金を貰おうって思ったんだもん・・・」
「おう。嬉しいぜ。内緒で城を抜け出たのはどうかと思うけどな」
「えーっと・・・誰かに断ったほうがよかった?」
「俺だって心配するんだよ。次はちゃんと断ってくれよ」
「うん、わかった。ごめんね」
「わかればよし」
エッジは手をのばして、ぐりぐりとリディアの頭をなでた。乱暴な仕種だけれど、そうしているエッジの瞳はなんだかとても穏やかで優しい、とリディアは思う。
「でね、一緒に買いに行きたいなって」
「そりゃ嬉しいんだけどな。でもよ、お前は誕生日ねえだろ」
「・・・うん」
「俺だけ貰いっぱなしってのは困るんだよ」
でも、わたしだって髪飾りを・・・といいかけたリディアの言葉をエッジは遮った。
「だから、その金はとっとけよ。いつかトロイアにまた行こうぜ」
新婚旅行だろうがなんだろうが、無理言えばいっくらでもどーにかなるしさ、と言ってエッジは茶を飲み干した。もう一杯煎れようと保温性の高い魔法瓶に手をのばしたところ、リディアが先にそれをとって急須にお湯をいれ、エッジの分の茶を注いでやる。
それを渡すと「さんきゅ」と軽く礼を言ってエッジはもう一口熱い茶を飲んだ。その様子を見ながらリディアは
「エッジ・・・でも、エッジの誕生日にわたし、お祝いしてあげたいの・・・」
と、少し控えめに呟く。その表情は「駄目かなあ?」とお伺いを立てているとエッジにはすぐにわかる。
「昔、お母さんが、「生まれてくれて、ありがとう。わたしの宝物」ってわたしに言ってくれたんだ。わたしね、エッジにはとってもとっても助けてもらったし、エッジがいてくれたから、あの戦いも最後まで頑張れたと思うの。それに、今とってもとっても幸せで、毎日楽しいんだ・・・それって、エッジが、生まれて来てくれたからじゃない?だから、お誕生日、わたしもお祝いしたいなあって・・・」
最後の方は「もごもご」といった感じで語尾が不明瞭になっていく。言っている間にどんどん恥かしくなったり、申し訳なくなったり、と様々な感情が交じってきたに違いない。
仕方ねえな、とエッジは苦笑をした。
「じゃあよ、こうしよう」
「なあに?」
「俺の誕生日は明後日だ」
「うん」
「お前のお袋さんには悪いけど、お前の誕生日も明後日だ」
「へ?」
そのエッジの提案にリディアにしてはめずらしく、妙な声をあげて首をかしげた。
「えーと・・・??」
「そういうことにしねえか?そしたらさ、俺もお前にこの先誕生日を祝ってやれるしさ。俺だけ祝われるのは、気分がよくねえんだよ。スッキリしねえしな」
本当の誕生日はきっと違うだろうけど、とエッジは付け足して、ちょっと照れくさそうに斜め下の床に視線を落す。
それは、慣れないこと、柄でもないことを口にしたときの彼の癖だとリディアは知っている。
「一緒に、年齢重ねるのって、ちっと、良くねー?」
いつもに増して言葉使いが悪くなるのも、ちょっとした照れ隠しだ。
そんなときのエッジがリディアはとても好きで、胸の奥がちょっと締め付けられるような、それでいてちょっと照れくさいような、他には体験出来ない感覚に襲われる。そして、滅多にはないことだがそれを感じることで「あー、わたしエッジのこと好きなんだあ」なんて実感してしまうのだ。
「なんか、嬉しい。エッジがひとつ年とると、わたしも一緒に年とることになるのね?」
「な。結構イカしてるだろ、それ」
リディアが明るい声音でそう言ってくれたことによってエッジは少し救われた気がした。明らかにほっとした表情でエッジはリディアを見る。
「じゃあ、えーっと・・・どうしよう・・・」
「そいでさ、明後日、水の広場でなんだかわかんねーけど、俺が演説だか挨拶だかするんだってよ。その後に、今日お前が働いたっつう食堂に連れていって、今日稼いだ金で飯食わせてくれよ。そしたら、その後でエブラーナで一番美味い茶菓子出す店に連れていって、そこで俺が甘いもん食わせてやるからよ・・・いいだろ?」
「いいの?そんなで・・・」
「おう。久しぶりに二人でデートするのもいいだろ。それが、俺へのプレゼントってことにしてくれよ」
「うん、わかった!!」
あっさりとリディアはそう言って、嬉しそうに笑う。
それにつられてエッジも笑顔を返した。
「じゃ、そろそろ俺、執務に戻るからよ。デートで着る服でも考えていてくれ」
「約束ね!絶対ね!」
エッジがその場で立ちあがるのを見て、リディアはかちゃかちゃと茶器を片づける。
本来ならば女中を呼べば全部片づけてくれたのだろうが、リディアがいるときはリディアが片づける約束になっているのだ。
さすがにそこまで人を使う、ということがリディアはまだ上手く出来ない。
「じゃ、わたし部屋に戻るね・・・あ、エッジ、ドア開けてくれると嬉しいな」
両手で茶器をのせたトレーを持っているリディアは、うまくドアを開けることが出来ない。
「おう」
エッジは机に戻ろうとしていたのを振り返ってリディアのもとに近づいた。
「今日は、お勤めごくろーさんだったな」
「え?・・・きゃっ!」
リディアの両腕がふさがっているのをいいことに、エッジは軽く彼女にキスをした。
ほんとうに僅かに唇が触れ合うだけの、冗談めかした軽い口付け。
それでもリディアは真っ赤になって叫ぶ。
「もおー!エッジのバカっ!」
「いーだろ、減るもんじゃねえんだから。ほれ、エッジ様はお仕事だ。とっとと部屋に戻れよ」
「減るかもしれないじゃない!」
「減らないっての!」
リディアはふくれっつらをしてみせたが、エッジがドアを開けると素直に外に出た。外で待機していた二人が軽く一礼をする。
「じゃあね、エッジ。ありがとう。お仕事頑張ってね」
「おう。んじゃ、夕食の席でな」
「うん」
笑顔でエッジは軽く手をふって、それからぱたん、と扉を閉めた。
リディアはちょっとだけ自分の顔がにやけているのに気付いて、無理矢理平静を装って茶器を運んでいく。
(嬉しいなあ・・・エッジと二人でお出かけできるなんて)

「二人で出かけるなぞ、そんな危険なことは許しませんぞ!」
「うっせーなあ・・・もう約束しちまったんだよ。じいは俺に恥かかせる気かよ」
「そうは申されましても!」
「とーにーかーく!俺は明後日リディアとデートすんだよっ!第一、手え貸さないってのが条件だったのに、俺が挨拶しにわざわざ出ることになったのはどういうことだよ!交換条件だからな、これは!」
いつもにも増してエッジはじいに強気で叫んだ。
しばらくの間二人は半ば怒鳴り合いに近い状態で、一体どっちが年長者なのかわからないやりとりを続けたが、結局エッジが次期国王の特権とやらでねじ伏せることになった。
ようやくじいやが出ていったのを確認して、エッジは誰もいない室内で声を出した。
「おい!ハヤタ、帰ってるんだろ!?」
「は!ここに」
エッジの声に反応して、突然室内に一人の忍者が現れた。
「ご苦労だったな。お姫様のお守り、悪ィな」
「いえ、これといって・・・」
「んな、運良く小日向亭がバイトさがしてるわけねえもんな。いくらぐらい握らせたんだ」
「2000ギルほど・・・」
ぶはっとエッジは吹き出して、それからにやにやと笑いながらその忍者を見た。
「リディアが貰って来たのは1500ギルだぜ?あそこのオヤジも奮発したもんだな」
「さすがに次期王妃相手では・・・」
「本人に自覚がねえってのがなあ。あと、なんかリディアのやつ、やらかさなかったか?」
「リディア様が特に何をした、ということはありませんが・・・」
その忍者は、報告をする人間としてはあまりよくないことだが、言葉を濁してとめた。なんだよ、とエッジがあごを軽くしゃくって先を促すと
「小日向亭にリディア様に似たバイトがはいった、と訓練所に噂がもう広まっております。わたしが気付いた者達には口封じをしたのですが、さすがにリディアさまに気付かれずに全員をチェックするというわけにはいきませんでしたから」
「んな噂が広まってどうなるんだよ」
「少なくとも明日は小日向亭はものすごく客数が増えることでしょうね」
エッジが「はあ?」という表情を見せると、その忍者は苦笑−それも主の前で見せることはないものだが−をして
「若様のほうこそご自覚がないのでしょう。リディア様にお会いしたことがある訓練生達や城の兵士は、みなリディア様をアイドルのように思っておりますよ。ご存知ないのですか」
「・・・はあー、じゃあ、もしかして小日向亭にデートなんて行った日にゃあ・・・」
「ご愁傷様です」

そんなことを知らないリディアはグレースに頼んでデート用の服を選んでうきうきとしていた。
エッジとハヤタの予想通り、数日後に小日向亭が大混乱に陥るのだが、それはまた別の話。


Fin


モドル

49999ヒットの蕾華さまに捧げるエジリディですー。
ラブラブエジリディとのことでしたので、エンディング後に話にさせていただきました。あまり得意ではない分野なので、むちゃくちゃ緊張してしまいました。ノリ的には初めてのお使い・・・。
一応無邪気なリディアたん&大人な若様を書きたかったんですが・・・・。(汗)あたくしには難しい課題だったようです(涙)が、精一杯頑張らせていただきましたvv妙に長い話だし(笑)