髪 ver.2

もぐもぐ。
懸命にパンを噛んでいるリディアの様子をあらわす言葉は、それが一番似合っている。
こいつは、パンを噛んでいるときは、それ以外のことを考えていないんじゃないのか?
俺が一個パンを食い終わる間に、リディアはちまちまとパンをちぎっては口にいれ、口にいれてはもぐもぐと噛みつづける。
パンを皿に置いて、両手をぼーっとテーブルの上に置いて。
そんでもってもぐもぐやって、ごくんと飲み込んで。
そこまでやってから「さあ、次は何を食べようか」と考えて。
はいはい。次はスープかよ。
スプーンを手にとる。
つつーっと具も一緒にスプーンですくって・・・ちゃーんと無理なく口に入る一回分を守って、少しすすってから汁ごと、ぱくん。
スプーンをかちゃん。
さ、次は何かなー?ってとこだろう。
はっきりいってみちゃいらんねー。
こいつは何させてもどっかトロくさい。
「おめー、もちっと早く食べらんねーのか」
「えっ、ええっ!?あ、うん、えーっと・・・じゃ、急ぐね」
「別にいいじゃない、エッジ。リディアが食べる量よりエッジが食べる量の方が多いんだもの」
ローザが助け舟を出してそう言う。セシルも「そうだよ」と言うけど、この2人は判官びいきっつーやつで・・・って、あんま意味わかんねーんだけど、そーゆーの。ひいきしてんだ、ひいき。
「見てるとイライラすんだよ」
「うー、じゃあ見ないでヨ!今度からエッジ、わたしの前に座るの禁止!」
「とかしゃべってねーで食えって!」
「エッジこそ、そんながつがついっつも食べてさ!全然味もわかんないんじゃないの!?」
拗ねたようにそういって、リディアはまたパンに手を伸ばす。
うん。ちっとは早くなってる。
でもこいつは手順省略をしないんだ。
もぐもぐ。
噛んでる間はそれだけ。
いーじゃねーか、口ん中いれたら、もう次に食べるモンに手ーのばしても。
俺やセシルは、そーだね。
口の中のもの飲み込む前に、次ん食糧に手え伸ばす。
だから俺とやつは案外とリズムが似ている。
リディアは顔をあげて俺を真正面から見た。目があったのを確認してから嬉しそうに話す。
「このパン、おいしいねえ。少し甘いよね。普通のお砂糖じゃないみたいだけど、何がはいってるのかなあ?」
ん?
フツーのパンだろ、フツーの。
あんまりもぐもぐやってっから唾液で味でも変わったんじゃねーの?
そう思ったらまたまたローザのやつが口を挟む。
「練乳だと思うわ」
「そうかも!おいしい。も一個食べたい!」
「エッジ、早食いして暇なら、リディアにパンを一個とってきてあげて頂戴よ」
「なんで俺が!」
「ついでにあなたももうひとつ食べたら?このパン甘いって、気付いてた?」
「・・・別に甘いパンなんざ、好きじゃねー。いんねえよ!」
俺はそういいながら頬が紅潮していることに気付く。
それから。
しょーがねーから、も一個パンを取りに立ち上がった。

勘違いしてもらっちゃ困るけど、俺はこいつのことが好きだ。
ただ、時々こーゆートロくさいとこが見ていて苛立つときがある。
俺は、ま、年上だからもちっと余裕もって接する必要ってのがあるんだけど、やっぱ限度ってもんがあるじゃねー?
ああいうちまちました女の子っぽいところも、好きなところの一つだってわかっているんだけど、一体こいつは何を考えて動いてんだ?と思うことが時々ある。
そんでもって、それに苛立つときも。
もちろんそれはものすごい小さな苛立ちで、ああ、なんつーんだ?やっぱ男は好きな女に少しばかりイジワルしたいって思うときがあるわけで。そういう気持ちにされちまうからいちいちああやってつっかかるんだな、俺も。
久しぶりの休日、リディアを誘ってどっか遊びにいこうと思ったものの、あいつはちょっと疲れてるから休みたいと申し出た。
それはしゃーないと思う。だから俺もひとりでふらふらすることにした。
と、ミシディアの町をだらだら歩いていると、リディアが呑気にちょっとした広場の草の上に座っているのをみつけた。
「何してんだ」
俺はリディアに声をかけた。
リディアはうつむきがちに何かもぞもぞやっている。
「おい」
なんか手先を動かして真剣な表情でその手元を見ている。俺の声も聞こえないようだ。
「リーディーアー!」
「きゃ!」
ぬっと体を近づけてリディアの手元に俺の影をおとしながら声をかける。さすがにここまでやれば気がつこうってもんだ。
驚いた声をあげて見上げるリディアは、ぱちぱち、と瞬きをしてから普段戦闘で使っている鞭を俺に見せた。
「あー、んーっと、あのね、ほら、これ。鞭のねえ、柄のお尻が・・・ちょっと欠けちゃって」
「お、ほんとだ」
「手にもったときね、ちょっとささくれてる感じがしてイヤだから、やすりでけずってたの。まあまあうまくいったと思うんだけど!」
「お前にしちゃ上出来だな」
俺は見せてもらいながらリディアの隣に座った。
「でも、こーゆーことは俺に言えばすぐなのに。俺、得意だぜ?」
「うん。でも自分が使っているものだし。やり始めたらね、夢中になって・・・あんまり、したことないことだからかなあ?」
そういいながらリディアは小さく笑う。
きゅっと口端をあげてちょっとだけ首をかしげるその笑い方は、悪くねえ。っつーか、俺は、まあ、好きだ。
そんなことを言うとこいつは恥ずかしげもなく「わたしもエッジが笑うの、好き」なんて言うから俺は黙っちまうんだけど。
「あ」
そのとき、本当に柔らかいそよ風が軽く吹いた。
風向きは向かい風で、俺たちの髪を軽くなでてゆく。と、リディアはそれに気付いたのか少しだけ顎をあげて、目を閉じてゆったりとした風を受けている。口はしが少しばかりあがって、なんだか嬉しそうな顔に見えた。
「・・・」
声をかけようとしたけど、それはやめた。俺はじーっとリディアの顔を見る。
こっちの視線なんかおかまいなしに、こいつは風を気持ちよく感じることにもう夢中になっていやがる。
「ねえ、気持ちいいねっ」
「そーだな」
「こーやってるとねえ、あ、当たり前だけど、前から風が吹いてくると、耳の裏には当たらないんだなあーっとか、腕のどこまでが前の方をむいてるのか、とかがわかるの。おもしろいよね」
「んなこと、あったりまえだろ」
「そーだけど。当たり前だけど、こーやってね、しみじみ感じたことないじゃない?」
そういうとリディアはくすくす笑って、ちょっと自分の腕をわざとねじるように向きを変える。
「ほら。今度はさっきまで風があたってないここがあたるんだもんね・・・」
どー考えても当たり前のことをこいつは何を楽しそうなんだ?とちょっと思ったけれど、それはきっとこいつなりの感じ方とかがあるんだろうな、と俺は苦笑を返す。
「まー、一人遊びが得意でうらやましいこった」
それから俺たちはしばらく、草の上にごろりと寝転がって他愛もない話をしていた。
この町のこと、人々のこと、戦いのこと、本当にいろんなこと。
話しながら俺はリディアの髪に指を絡ませた。話の途中でちょっとだけ髪をひっぱっちまったら、さすがにぼんやりしているこいつも気がついて「いてて」と小さく声をあげる。
「なあに、エッジ?」
「んー?いや、気にするなって・・・」
「気になるってば・・・」
「草がついてるから、とってやってんだ。で?あの角の店がどーしたって?」
それが嘘だということはリディアも気付いているだろうけど。
「うーんと・・・」
リディアは話を続けようとしてまた口を開いたけれど、すぐにそれを止めた。
それから寝転がったまま目を閉じる。
「・・・?・・・」
「お話、お終い」
「んだ、やめちまうのか」
「うん。いーの」
変な奴だな、と思いながら、俺はリディアの髪に指を絡ませる。
リディアはただただ目を閉じたまま、なんとなーく嬉しそうな表情を見せてじっとしているだけだった。

リディアは、腕をあげて、指を組んで、祈るように詠唱をする。
リディアの詠唱の言葉自体はあまり長くない。
ただ、詠唱に入る前ふりみたいなもんが、なんだかある、と俺は思う。
別段道具を使うわけでもないし、おまじないみたいなもんをする、ってのとも違うけど、あいつは詠唱をする前にあいつの頭だか体だかの中になんかの処理を行っているよーに感じる。
なんてんだろう。
集中、ってのかな。
戦闘中って、たとえ自分が攻撃するときでも、攻撃のことだけじゃなくて周囲の様子を把握しながらじゃなきゃいけねーと思う。
特にリディアみたいな、召喚やら、魔法やらを使う人間って、それをしている間はその場から動かない無防備な状態だ。
なかなか保身は出来ない。
それでもリディアはそんなことを全部とっぱらって、召喚することだけに集中する。
で、実際あいつの召喚は、俺たちには全然わっかんねーけど、一般的な召喚よりは時間がかからないんだっていう。
それは、召喚士としての素質もそーだけど、俺は。
こいつがものすごく集中しているからだと思うんだ。
「お前、いっつもさ、すっげー集中してるよなあ」
「んっ、えっ?何が?」
戦闘を終えてからリディアにそう言うと、不思議そうに首をかしげて俺を見る。
「呪文とか、そーゆーの、唱えるとき」
「ええー?だって、エッジだってそーでしょ?にんじゅつ・・・っていうんだよね?あれやってるとき集中してんのに」
「あー、まー、その。そうだけど。でも、お前のは・・・なんつーんだろう、もっと・・・」
「??」
「違うような気がすんだよなあ・・・ううん、悪ぃ、勝手に感じたこと口にしちまった」
「・・・変なのー」
うん、でも俺の感覚は、間違っちゃいねーと思う。
すっげえこいつ、集中してるんだ、きっと。

もぐもぐ。
洞窟の中に持っていく乾パンは、そんなうまいもんじゃない。
それでもリディアはやっぱりひとつつまんで、かじって。
がり、と音をさせて、小さな欠片がぽろぽろと落ちるのをぱたぱたと手ではらって。
もぐもぐ。
「・・・うまいんか?それ」
「え?う、うーん、まあまあ、かなあ。でも、これ結構香ばしいよね」
「香ばしいっつーか、穀物くさいっつうか」
がりがり。
もぐもぐ。
ごくり。
飲み込んでからもうひとつ乾パンに手を伸ばす。と、その手をひっこめる。
「あ」
やっぱり、やめた、と水筒に手を伸ばして一口水をごくり。
俺はといえばその間に乾パンをみっつ平らげた。
「・・・お前さ」
「え?わたしっ?うん、なあに?」
「もしかして、すっげー集中して飯食ってる?」
「え!?わたし、そんな食いしん坊に見える!?」
「そーゆー意味じゃねえよ。なんか、物食ってるの、集中してるよーに見える」
「・・・それって食い意地はってるってことじゃないの?」
そういいながらリディアは二つ目の乾パンを手にして、がり、と食いついた。
もぐもぐ。
こいつ、食事中は絶対、口に物はいってるときは話さないもんな。どんなタイミングで周りが話していても。
それは行儀がいい悪いじゃあ、ねーんだな、きっと。
そのとき、俺は不意に今日の戦闘後にした会話を思い出した。
お前、いっつもさ、すげえ集中してるよな・・・
ああ、そうだ。多分言葉にするとそういうことになるんだろうなあ・・・。
俺は納得いって、ははあ、と声を出した。
「なあに?」
「ん?なんでもねーよ」
「気になるなあ」
「お前、一所懸命食べてるなあ、と思って」
「だーかーら、それ、わたしが食い意地はってるみたいでしょ、って言ってるのにい・・・」
「ま、ある意味そーかもしれねーけどよ・・・同じうまいもん食っても、きっとおめーの方が「おいしい」つってんだろうなあ」
「???それって・・・わたしが、おいしいものを食べたことがあんまりないから?」
「違う違う」
ますます言ってることがわからない、という顔のリディアの頭を、俺はにやにや笑いながらぽんぽん、と叩いた。
リディアは食事中なのに!とぶつぶつ言っていたけれど、俺が飽きずにぽんぽん叩いていると「もお・・・変なの」と呟いて、そのうちおとなしくなった。乾パンを食べる手も止めてぼーっと俺のなすがままになる。
「さーて、じゃ、俺は片付けるか」
「あ!ひどーいエッジ、人が食べるの邪魔しといてそれってないよ!」
「んー?俺はただおめーの頭叩いてただけだろ」
「それが邪魔だっていうの」
「別に頭あの程度かるーくたたかれてても食べられただろ。さ、後片付け後片付け」
「エッジってすっごい意地悪!」
「嫌い?」
「嫌い!」
「じゃあ、待っててやったら好き?」
リディアはその言葉に一瞬目を丸くして俺を見る。
それから、にこ、と笑った。ほんとに、こいつのこういう単純なところは、ヤバいくらい好きだ。
「うん。好き。許してあげるっ」
「許してあげる、ときたか。光栄でございます、お姫様。さ、食っちまえ」
・・・とはいえ、また「もぐもぐ」が始まって、食事がなかなか終わらないってことを俺は知っているけどな。

あははは、とセシルは俺の話を聞いて笑った。リディアはテントの中でぐうぐう寝ている。
俺とセシルは火の番をしながらどーってことない会話をしていた。
「そうだな、リディアは、食事中にとても食事をするってことに集中しているね」
「だろ?」
「しつけ、かな?」
そのときテントからローザが出てきて「ちょっと体が冷えたから、温かい飲み物飲もうと思って」といいながら茶を入れる用意を始めた。
セシルはローザに、「リディアって食事してるとき食事だけに集中してることが多いよね?」と聞いた。ローザはかちゃかちゃと携帯用の食器を準備しながら
「食事に限らないわよ。リディアはねえ、例えばこうやってる時に声かけられても、いつも通りには受け答えも出来ないのよ」
くすくす、と笑ってそんなことをいいやがった。
「へ?」
「要するにね。なにかをしながら、っていうのが不得意なの。んー、とか、えっと、とか、そういう感じで話すことが多いじゃない?それって、他のことしてるときに話し掛けられたときのことがほとんどですもの」
そういいながらローザの手が休まることはない。
ローザはどっちかというと「なにかをしながら」のことが得意なタイプだと俺は思う。
食事の用意をしているときも手際はいいし、戦闘中に弓を構えているときでも誰かが自分の白魔法を必要としていないかをいつでも気にかけているから、矢を放った後にすぐに詠唱にはいったりもする。
「それって、ちょっとだけ不器用なのかな、リディアは。まあ、僕も器用なほうではないけどね」
「ええ、あなたはどっちかというと不器用よ、セシル」
さらりとそういってローザはセシルのやつに笑顔を向けた。
おーおー、熱いこった。カインのやつがイヤになるのもちっとはわかるってもんだ・・・。
「でもリディアの場合は不器用っていうのと、違うんじゃないのかしら」
ローザは湯を作るため器に水をいれた。
見るとそれはご丁寧に三人分の分量があるようだ。気が利く女だな、と俺は思う。
「朝、髪を梳かすでしょ・・・それで、髪留め、つけるじゃない?ものすごく丁寧なの。最初は見ていて、なんでこう、毎日のことなのにちゃっちゃと出来ないのかしら、と思っていたんだけど・・・出来ないってわけじゃないのよ、リディアは。急ぐときはやっぱりある程度手早いもの」
「へえ」
「なんて言えばいいのかしらね・・・うーんと」
「集中してる、ってえ、言わねーか?」
俺は自分が思いついていた言葉を口に出した。ローザはそれを聞いて、俺の顔をじいっと見てからすこーし考えるように目を細める。
この女のこういう仕草はすごい、人間的だと思う。
すげえべっぴんだからお高くとまった人間じゃないのかと思っていたけれど、そうでもない。目を細めるローザは、お世辞にも美人、という表情ではないけど、それは悪くないと思える。
「集中、ねえ・・・集中、するのは、そのことが大切だから、じゃないかしら」
「うん?」
「そうね。多分ね、言葉にすると・・・リディアにとってはとても大切なんだと思うの。そのことが」

例えばゆっくりと食事をして味わうこととか。
自分の武器を手入れしてあげることとか。
幻獣を召喚することとか。

ローザの言葉が正しいのかどうかはよくはわかんなかったけど、まあ、結構イケてる答えなんだろうな、と俺は思う。
そして、ミシディアで鞭を削っているあいつのとなりに座ってからのことをふと思い出した。

向かい風を感じていることとか。
それから。それから、あとは、なんだろう?

まあ、それは俺の勝手な想像だけど。
と、そんな俺の物思いを見透かしたのか、そのときテントからリディアがもぞもぞと出てきた。
「んー・・・」
ごしごしと目をこすって、眠たそうに俺たちを見回す。
「あら、リディア、起きたの?」
「喉が渇いて・・・」
セシルは俺をちらりとみて苦笑を浮かべた。ローザも小さく笑いながら、火にくべた器にもう一人分の水を足す。
「じゃあ、こっちにきて温かいもの、飲まない?今作ってあげるから」
「ホント?みんな起きてたの?」
「俺とセシルは見張り番だって。ローザもお前と同じで今起きてきたんだ」
「そうなんだ・・・」
少し寝ぼけているのかリディアはぼんやりとそうつぶやいて、俺の隣にすとん、と腰掛けた。
それからぼうっと火を見つめる。
最近のこいつは、もう以前のように火を恐がらない。
「リディア、少し寒くなかったかい?」
「んー?ううん、そうでもなあい・・・寒いかな?」
「お子様は体温が高いからほかほかしてたんだろ」
「もー、また子供扱いするー」
とリディアは拗ねる。
俺たちはローザが茶をいれてくれるのを待って、どうってことない話をしていた。
そうこうしているうちにリディアもようやく目がはっきりしてきたらしく、いつもと変わらずにけらけらと話に加わりだした。これから寝ようってのに、目え冴えちゃヤバいんだろうけどな。
「はい、エッジ。あなたのは熱いからね」
「おー」
俺はどーも茶の温度ってのはよくわからねえ。
熱いモンの方がいい気がする・・・っていうと、国でもじいやにぶつぶつ言われてたけどな。もう小さい頃からの好みだからしゃーねえ。風呂も熱い方が俺は好きだしなあ。
「はい、リディア。気をつけてね」
「はあい。ありがとう」
それから最後にセシルに手渡す。
セシルは飲む前に茶の香りをかいで、それから口をつける。
俺はそーゆー面倒なことは一切しない人間だから、その「優雅」なご趣味とやらはよくわかんねえ。でもバロンではそれがとても普通のことなんだっていう。
「どうかしら?」
「ローザがいれてくれるお茶はいつもおいしいな」
「あら、ありがとう」
「うん、うめえな」
俺もそれには頷いた。ローザは笑って
「エッジは熱ければなんでもおいしいっていうものね」
なんてこと言いやがる。まあ、よほどまずくねーときは確かにそうかもしれない。
と、リディアの様子を見ると、ごくん、と一口飲んで、それからもう一回ふうふう、と冷ましてからもう一口飲む。
それから目を閉じた、ちょっと嬉しそうな表情を見せて。
「はあー・・・」
んだよ、茶あ飲むのもトロくさいなあ・・・。そう思ったけれど、次のリディアの言葉でそんな俺の気分はふっとんだ。
「おいしい〜。喉からおなかまで、あったかくなってく」
「そりゃ、そうね」
「ここまでもう来てるんだね」
リディアは笑って自分の腹の辺りを左手で抑えて見せた。んな当たり前のことを何いってんだ、と思ったけれどローザはにこにこ笑っている。
そして、もう一口。
あ。
「・・・なんだ、お前、茶飲むときになんで目え閉じてるの」
「え!?わたし、目、閉じてた?」
「おう」
「わあ、気付かなかった・・・なんか恥ずかしいな。なんでだろうね?」
「さあ。なんでだろーな?」
今までだったら、もっと俺は茶化してたかもしれない。
でもなんとなく。
こういうのも、いいんじゃないかって、なんとなーく思ってみたり。
俺も、真似して目え閉じて茶を飲んでみた。たまには、俺からこいつに歩み寄ってもいーよーな気もしたし。
「ふーん・・・」
目を閉じると湯気が自分の顔に当たる感触が強くなる。
そんでもって、湯気と、その湯気にのっかってくる香りは違うタイミングで(これって当たり前なのか?)感じる、気が、する。
カップに口を近づけるとき。熱をもつものが顔に近づくその感じ。
唇が触れたカップの端と、そこから流れ込む液体の感じ。口の中にひろがって舌のどこが味を感じて、喉を通過してするりと体の中に落ちていくその感触。
あー、俺はなんでも「感じ」程度しか表現できないけど・・・。
俺が今まで「茶を飲む」とかゆーことをしたときってのはカップ、もつ。口、つける。茶の味がして飲み込む。
こんな程度。そんな色んなこと考える過程なんか全然ねーっての。
「なあに?エッジ、何考えてるのお?」
「なんでも、ねーよ。悪くねーな、って思っただけだ」
「??何を?」
「内緒」
こいつは、いつも、この感じを大事に大事に味わってるのか。
そう思うと、突然ものすごい愛おしさが沸き上がってくる。
なんてーの?
ローザが言ってた言葉の意味が、なんとなく。
ほんっとになんとなくなんだけど、わかった気がした。
こいつは大切にしてるんだ。色んなことを感じることを。そんでもって。それは多分、こいつにとって本当に大事なことなんじゃないか、ってそんな気すらする。
「リディア、眠くなってきたのかい?」
「うん・・・体あったまったら・・・眠くなってきた」
リディアは茶を飲み終わると目を少しだけこすった。
「じゃ、さっさと寝ろよ」
「うん・・・おやすみなさい」
カップをローザに手渡してそういって立ち上がる。ぺこり、と頭を下げてからリディアはテントに向かった。
が、歩きながらなんだかもう足がよろよろして覚束ない様子なのがわかる。その背中は炎に少し赤く照らされて、いつもの髪の色がやたらとくすんで見えた。
「おいおい、大丈夫かよ」
呆れて俺がそう言っても、もうリディアは聞こえていない様子だ。
「エッジ、ついていってあげて。ほんとに眠くなっちゃったのね」
「あいよ」
ま、別にテントはすぐそこだから何も問題はないんだけど。
それでも俺はリディアがとりあえずちゃんと毛布かぶって寝るか確認してくるか、と思う。
そんなこと心配するほど過保護なつもりはなくって、それは俺のただの名目だ。正直、なんつーか、さっきからこう、やってきた愛しさみたいなものの行き場がなくなっていて、もう少しリディアの側にいたい、そんなことを思う。
リディアの後を追う俺の背後にセシルとローザの声が聞こえた。
「ははは、リディアはいつまでたっても子供だな」
「あら、そうかしら?」
バーカ、だからお前は鈍いんだよ、セシル。
リディアはいつまでたっても子供なんかじゃあない。俺だってガキだガキだ、って言ってるけどそんなこたあ本音じゃない。
リディアが子供だったら、こんな風に俺はのぼせないだろう。
もちろん大人ってわけじゃない。
だから、困るし、愛しいんだ。

「あ。エッジ」
「ん」
テントに入るともぞもぞとリディアは毛布の中に潜り込んでいるところだった。
「ローザは後片付けしてる。大丈夫だな、ちゃんと寝ろよ」
「うん。ありがとう。エッジ見張りお疲れ様」
「おう、安心して寝ろよ」
小さくリディアは笑顔を見せる。
「ね、さっきホントは何考えていたの?」
「・・・秘密だってばよ」
あまり広くないテントの中でリディアは毛布にくるまり、マントを丸めて枕にして頭を乗っけている。その枕もとに俺は軽く膝をついた。
「だってねえ、エッジも、わたしの真似して飲んでたじゃない。だから、何感じたのかと思って」
「んだ、気付いてたのか」
「当たり前だよ」
リディアはさらりとそう言って、うふふ、と小さく声を出して笑った。
「エッジが、いつも何をしてるか、すっごく見るの好きだから」
「・・・そーか?そのわりにお前いっつもマイペースで俺のことなんか気にもしてくれてねーと思ってるけど」
「そういうとこもあるかも。でも、でもね、エッジのこと見てるときは、エッジのことしか考えられなくなるよ」
さらっと当然のようにそんなことを言うリディアは、何の照れもないように俺を見あげる。
「・・・ローザのこと見てるときはローザのこと、セシルのこと見てるときはセシルのことだろ」
幻獣呼ぶときは幻獣のこと。
俺が肩をすくめて見せるとちょっとだけ拗ねたように、リディアはことん、と頭を俺の膝にくっつけてくる。
「そーだけど。でも」
「でも、なんだよ」
「・・・内緒」
「ずりぃ」
「エッジの真似だもん」
そう答えるリディアの髪に俺は手を伸ばした。
それから、その緑の柔らかい髪を何度も何度もなでる。
「寝ろ。明日も一日ハードだぞ」
「うん。そうだね」
リディアはそう言いながら瞳を閉じて、枕の端っこに頭をのせて俺の膝にこつんと額をあてたままだ。
なんとなく嬉しそうに見える表情を浮かべて、じーっとしている。
ああ、この顔。
さっきローザの茶を飲んだときもこの顔をしていた気がする。
それから。

言葉にすると・・・リディアにとってはとても大切なんだと思うの。そのことが。

まいったな。
ミシディアで髪に指を絡ませたときの表情。風を受けた時の表情。
ああ、今こいつ、俺の手がこいつの髪に触れて、何度も何度も往復する感触をめいっぱい大切にしてるんだ。
それが俺の思い違いじゃないといいんだけど。
「リディア」
「なあに?」
まだ、眠りには入っていない。すぐに返事がくるが、やつは目を開けなかった。
「俺、お前のこと好きだな」
「嬉しい。わたしもエッジのこと、好きよ」
「ああ・・・そうだな」
リディアはただただ目を閉じたまま、なんとなーく嬉しそうな表情を見せてじっとして。
そして、眠りについた。

Fin



モドル

はなさんに捧げるキリリクです〜。静かな、話です。
ゲーム後じゃない完全にくっついているエジリディって、初めて書いたかもしれません!!恋人同士、という記述はないんですけど。あたくしの普段の小説の書き方では、絶対エンディング後でしか2人はくっつけられないので、今回色々構造改革をさせていただきました。あんまり書き込みすぎない、設定を細かく作り過ぎないさらりとした文章にしようと努めました。だからめずらしく、今がゲームのどの時点で、彼らはなんのためにどこにいて、という説明がない(笑)
前回のキリリクエジリディは物語調だったので、今回は物語、というよりテーマがある文章、っていうイメージの小説にしたいと思いました。押しが弱い小説になっちゃったかなあ?まあ、そういう意図がありましたのでたまにはこういうエジリディもどうでしょうか?少しでも気に入っていただけるとうれしいのですが。タイトルでわかるとおり、以前草餅よもぎ様からのキリリクで書いた「髪」のシリーズです。あれは恋が始まったときのもの、これは恋が成就してからのもの。となると過程ではどんな「髪」があるんでしょうね。
キリリクありがとうございましたvvこれからもよろしくお願いいたします〜 v