桜色の爪の上に花びらから集めた色をわたしが丁寧に薄くのっけてあげると、リディアは喜んだ。
「わあ、綺麗!ローザ、ありがとう」
「どういたしまして。今度バロンで一緒に買いにいきましょう。春になるともっと色んな色をもって、行商人達が店を開くのよ」
「うわあ、嬉しい。わたしの爪じゃないみたい」
「左手も塗ってあげるから、待っててね」
花びらから取り出したその色素を使った練り紅はトロイアから伝わってきた素敵なお化粧道具なんだけど、バロンで流行ったのは練り紅にするんじゃなくて、こうやって爪に塗ることだった。
唇に乗せるのと違って、爪の上ではつるりと滑って色が濃くはならないし、ごしごしと強く手を洗えば簡単に落ちてしまう。それでもやっぱり自分の体の一部が綺麗になるのって嬉しいことだと思う。綺麗にとるには、香油を含ませた布をあてて馴染ませてから、乾いた布でふき取る。落とした後は香油の香りが残って、それはまた嬉しくなっちゃう。
「うすーく色がついて可愛いね。これ、ずっとこの色とっておけたらいいのに」
リディアは無邪気にそういって笑う。わたしはリディアの左手を膝の上にのせて、その小さな爪に丹念に色をのせてゆく。
リディアの手は小さいし、爪もどちらかというと小さい。
手首なんか細くて、本当に「女の子」っていう感じがする。
幻獣王やアスラ様からお話を聞いたら、リディアは大体16,7歳くらいだっていうから、本当はそんなにわたしと変わらないはずなんだけど、やっぱり彼女を見ていると、もっともっと年下の女の子っていう感じがしちゃう。
確かにほんっとーに小さい頃を知っているからかもしれないけど・・・。
指の腹に紅をとって、爪の上でくるくる、って広げる。薄い膜がかかったみたいに、もともと桜色のリディアの爪が少しだけ赤味を増して、そして紅にはいっている香油の香りを爪にそっと移す。
「すごい、爪だけ女の人になったみたいだね。わたし、似合うかなあ?」
「あら、よく似合うわよ?心配することないのに」
そう言うとリディアはちょっと恥ずかしそうに、でも不満そうに口を尖らせて言った。
「そうかなあ、だって、だってエッジはいっつもわたしのこと子供だって言うもん」
「ああ・・・」
「だから、これ見たら・・・また馬鹿にするのかなあ、って。わたしにはまだ早い、とか、そーゆーこと言いそう」
リディアは唇に色をのせることを知らない。本当はそれもしてあげたいんだけど、きっとエッジは「ガキが色気づきやがって」とか言ってリディアを悲しませてしまうだろう。もちろん、それが彼の照れ隠しだってことはわたしは知っているけど、リディアにどう説明してあげればいいのか、説明した方がいいのかを判断するのはわたしの役目ではないような気がする。
「そんなことないと思うわよ」
「だってーー・・・」
リディアは拗ねたように続けた。
「あのね、エッジがね」
拗ねた風でも、エッジのことを話すときのリディアはどことなく嬉しそうだし、最近彼の名がよくリディアの口から出ることをわたしは気付いていた。ううん、気付いていた、っていうのは、少し言葉が違うかしら。
兄妹だったり、喧嘩仲間だったり、とても幼い恋人達のように見えたり、エッジとリディアが2人でいると、彼らはそのときどきで見え方が何通りにもなる。
多分、リディアにとってエッジは、そのどれでもなく、そしてそのどれでもある存在なんだとわたしは勝手に思っていた。
リディアはなんの悪気もなく、エッジが意地悪をいいながらも自分を助けてくれる話をわたしにしてくれる。
一人で出歩いて迷子になったときにみつけてくれて、でも怒られた、とか。
洞窟でみんなが休んでいるときに、見知らぬ花をみつけて離れたところにいたら魔物に襲われたときも助けてくれた、とか。
ミストの村のことを考えて、夜遅くに空を見ていたときに慰めてくれた、とか。
きっと彼女は、これが「のろけ」だってことはよくわかっていないんだろうし、わずかでもそういう気持ちがあるわけでもないんだろう。
リディアだから。
そんな風に納得してしまうのもどうかと思うけど、それが一番わかりやすい。
普通の女性が同じことをわたしに話せば、わたしはそりゃあ話は聞くけど「もう、のろけちゃって・・・」って呆れちゃうと思う。
話をしながらリディアは拗ねた表情から、ほんの少しがっかりした表情に変化して、最後はひとつ溜息をついた。
「なのにね、わたしが、何かエッジのためにしてあげたいなあって思ってもなーんにも出来ないの」
「なんにも出来ない、ってことはないでしょ?」
「だって、エッジは・・・わたしが、エッジのために何かをするなんて、できっこないし、そんなのいらないって。だから、わたしとっても悲しくなったの。それに最近、のろまだ、とか、トロくさい、とか、人の面倒より自分の面倒みろ、とかばっかり言われていて」
ああ、もう!
エッジは本当に、時々無神経で言葉が足りない。
それでもなんとか最近は、自分にどんな言葉が足りないか、何を言わないとリディアが勘違いするか、をわかってきたみたいだけど、まだまだあの王子様はリディアに対する心遣いが足りないとわたしは思う。
「ねえ、ローザ、わたし、エッジに何にもしてあげられないのかなあ・・・最近、エッジ、怒ってばかりじゃない?」
「・・・そんなことはないと思うけど」
「わたし、ローザにも何かしてあげられる?迷惑ばっかりかけていない?」
「馬鹿ね、リディア」
わたしは軽くリディアをこづいた。
馬鹿、なんて言葉をわたしは人に滅多に使うことはないけれど、これくらい強い言葉でも親しみが篭っているときの声音が違うってことをリディアはもうわかっている。最初はそれすら真面目にとられてしまって「ああ、人間界で育ったんじゃないものね」としみじみ思ったものだ。
でも、リディアは持ち前の愛嬌と茶目っ気で、わたしのそういったちょっとした言葉の使い方を理解してくれるようになった。それはとってもすごい進歩だと思う。
「お互い、何かして欲しくて一緒にいるわけじゃないでしょ。でも、そうね、わたしはリディアと一緒にいたい、って思っているから、ここにリディアがいてくれることが、わたしにあなたがしてくれている一番嬉しいことだわ」
「本当!?」
「嘘じゃないわ。わたしもリディアに何かしてあげられるかしら?」
「いつも何でもしてくれてるじゃない!ほら、今日はこうやって爪に色を塗ってくれたもん。ローザといると、綺麗なこととかかわいいこととか色々教えてくれて、すっごくわくわくするの。あとね、ローザがいれてくれるお茶も大好きだし、この前だって服の裾のほつれ、直してくれたじゃない?山ほどローザはわたしに・・・」
とってもこの女の子はまっすぐで。
わたしは、必死になってわたしが自分に普段何をしてあげているのかを指折り数えているリディアを見た。
たくさんのことを挙げてもそれではまだ満足できなにのか、もっともっと、と考えている様子だ。
料理がいっつもおいしいし、とか、髪の毛の梳かし方も教えてくれたし、とか。
でもね。
わたしは彼女をみつめながら、心の中で呟いた。
あなたがわたし達に与えてくれるものは、目に見えないものなのよ。
きっと、エッジもそれをよく知っているとわたしは思うの。

「エーッジ、エーーーッジ!」
まるで犬を呼ぶように、リディアはエッジの名前を呼ぶ。
洞窟の中、さっさと一人で先に歩いていってしまうエッジの後を走ってついてゆき、リディアは彼に怒る。
「もー、どうしてみんなのこと待てないの?」
「大丈夫だって!おま、俺忍者だよ?」
リディアは、エッジが「お前」っていう言葉を略して「おま」って止めてたまに遣うのは、自分に対してだけだって知ってるのかしら?
「それが何よう」
「先頭になって進んで、様子を伺うのは俺に任せとけって」
「何言ってるのかよくわかんない」
そもそもリディアは忍者っていうものがどういうものなのかよくわかっていないから、エッジのその説明では十分ではない。
といっても、わたし達だってよくはわからないんだけど・・・。
「また始まったな」
セシルは小さく笑う。
わたしは軽く肩をすくめて、苦笑を返した。
「見慣れちゃったわね」
「ははは」
カインはノーコメントだけど、彼の口元がうっすらと微笑んでいるのがわかる。
彼はなんだかんだいって、エッジのことが嫌いじゃない。そうだと口には出さないに決まっているけど。
「だー!お前なあ、俺が折角斥候役として先に歩いてるっつーのに、トロくさいお前がついてきたら邪魔だって!」
「トロくさい、ですって?もー、しっつれいしちゃうー!」
ぐい、とエッジのマントをひっぱってリディアは・・・後ろから歩いていくわたし達には見えないけど、多分、ふくれっつらしているんだと思う。
「わ、こら、ひっぱるな、切れたらどうする!」
エッジは立ち止まって振り向いた。
「お前、どーせ裁縫のひとつやふたつもできないんだろ」
その言葉にリディアは驚いたように
「ひとつとかふたつとか、数えられるの!?」
なんて言う。
「あのなあ・・・」
セシルが噴出すのをこらえて、軽く肩を震わせている。
最近セシルはよく笑うようになったと思う。自分の出生のこととか、お兄さんのこととか、色々と悩む夜が多いだろうけれど、バロンにいた時より遥かに生き生きとしている。
そして、それが恋人(と言っても、もう差し支えはないと勝手に思っているのだけれど・・・)のわたしだけの力じゃないってことを、わたしは知っている。
リディアは、目に見えないものをわたし達にくれる。
多分、人間にも幻獣にも、それは分け隔てのないものなのだろう。
彼女はきっと、この先も、自分がみんなに何を与えているのかわからないだろうし、それを説明されても消化することは出来ないに決まっている。だからこそ誰もあえて口には出さない。
彼女は目で見えない気持ちとかそういうものを慈しむことが出来る、とても優しくて柔軟で、綺麗な心を持っているとわたしは思う。時折、それがあまりにまぶしいと感じることだってある。
なのに、リディア本人はそれを知らず、そして知らないことが、彼女が「そう」であることを立証する。
人に何かをしてあげること。
それが、目で見える何かではなければ、彼女は納得しないのだろう。
もっともっと素敵なものを、自分がわたし達に与えてくれてるっていうことをずーっと知らずに。
「どうしたんだい、ローザ?」
ちょっと物思いにふけっていたわたしにセシルが声をかける。
「あ、ううん。あのね・・・リディアって、本当に・・・綺麗なんだなあって思って」
「綺麗?・・・ああ、うん、かわいいよね」
「ううん、綺麗なの」
「・・・気持ちが、かい?」
「そう」
セシルはわたしが言いたいことが、多分ほんの少しわかってくれているんだと思う。
彼はわたしに笑顔を見せて
「そうだね。でも、綺麗、にも色々な種類があると思うよ・・・僕にとっては、君もそうなんだけれど」
「・・・やあね。おだてたって何も出ないわよ?」
「知ってるよ。それに、僕があまり人をおだてない人間だって君も知っているだろう?」
とても穏やかなセシルの声。
もともとはあまり饒舌ではないはずだけれど、彼は時々こうやってわたしを喜ばせる言葉を口に出す。
その一割くらいは、エッジもリディアに伝えてあげられればいいのに。
「ふふ、知ってるわ。でも、わたしの醜いところも、きっとあなたはご存知でしょ」
「・・・はは」
セシルは小さく笑って、恥ずかしそうに前髪をかきあげた。
わたしはこの人が好きで好きで、たまらないのだ。

「あれ、ローザがやってやったのか?」
「え?」
カインとリディアは、テントで休んでいる。
洞窟の片隅でわたし達は睡眠をとることにした。
セシルと見張りを交代するために起きてきたエッジは、岩場に座ってお茶を飲んでいたわたしに声をかけてくる。
「あれ、って?」
「リディアの爪」
「ああ・・・そうよ?」
「ふー・・・ん」
「お茶、飲む?」
「ありがとさん」
そういってすとん、と地面にエッジは座り込んだ。
「じゃあ、後は頼んだよ。ローザ、すまないな、先に休ませてもらう」
「気にしないで。交代交代ですもの。リディアが起きたら、わたしも休ませてもらうわ」
セシルはエッジと交代してテントに向かって行った。
大体いつも二人ずつ交代で見張りをしている。今日はわたしとセシルが最初の見張り番。エッジが起きたらセシルと交代。あと一刻くらいしたらリディアが起きるからそうしたらわたしとリディアが交代。そして最後にカインが起きて、エッジと交代。
ありがたいことに忍者は睡眠が分断されても大丈夫なんだっていうから、いつもエッジが中番を務めてくれる。
大概リディアを中番にすることはないけれど、彼女は昨日ぐっすり眠ったから今日は特別。
「すぐ、わかった?」
「何がだよ」
かちゃかちゃと茶器をいじりながらエッジに聞くと、ぶっきらぼうだけれどちょっとだけ動揺している声がする。
「リディアの爪」
「・・・ああ」
「さすがよね。セシルなんてこれっぽっちも気付かないのよ」
ぶはっと豪快に笑い出すエッジ。
「やつらしいっちゃーやつらしいな」
「ね。本当にあの人らしいわよね」
「それ、のろけかよ?」
「そう思う?」
「そう思う」
それには返事をしないでお茶を渡す。
エッジは色がついてればなんでもいーや、っていう人だけれど、誰にでもおいしくいれてあげたいな、とは思うからいつも通りいれてみる。
さんきゅ、と軽く言ってから、彼はすぐさま口をつけた。
「うまいな」
「あら、そう?エッジが褒めてくれるなんて」
「この前ミシディアの宿屋で茶飲んだんだけどよ、そんとき、初めてローザがいれてくれる茶がうまいってわかった」
「そうなの?嬉しいわ。エッジからそんな言葉が聞けるなんて思いもしなかった」
「そりゃどーも」
「でもエッジは、人を褒めるのは得意よね」
そう言って彼の近くに座ると、へへ、と悪ガキのような笑顔を見せて
「そりゃなあ。上に立つ人間は人を褒めることができねえとな!」
「まあ。いいこと言うわね」
「ついでに人を叱ることもできねえと。ま、頭がいいあんたはんなことはわかってるんだろうけどよ」
「頭なんて、よくないわ。わたし、あんまり利口じゃないのよ」
「なーに言ってんだか」
「ほんとよ」
わたしも茶を飲みながら、めずらしくそんなことをエッジに言う。
「セシルをおいかけていったのに、砂漠で熱病にかかって逆に助けてもらって、そのうえゴルベーザに捕まって足手まといになっちゃうんですもの。お世辞にも利口な女じゃないわよね」
「・・・そりゃそーだ。好きな男のことで、利口になれる女なんざいねーだろ」
「・・・」
思いも寄らないエッジの言葉で、わたしは驚いて目を丸くした。
まあ。
この人、大人みたいなこと言うのね。
・・・あ、そうそう・・・年上、だったんだわ。
「ついでに好きな女のことで利口になれる男もいねーよ」
さらりと言ったその言葉。
エッジは特に表情を変えずにそう言って、またずずってお茶をすする。
なんだか、それはわたしにしか打ち明けない、彼の秘密のような気すらして、わたしは聞いてみた。
「最近、リディアのこと邪険にしてない?」
「・・・はあ?俺が?」
「ええ。リディア、拗ねてたわよ。トロイとかのろまとか言われて、怒られてばかりで、って。エッジの足手まといなのかなあって思ってるみたい」
「はあ?トロいのものろまなのも間違ってねえだろ・・・」
そういいつつも、ちょっとエッジの表情は神妙なものに変わる。少しだけ、何かを考えているように見えた。
わたしは、じっと彼を見てから、話題を変えてみた。
「リディアに、爪のこと、言った?」
「いんや」
「気に入らなかった?」
「いんや」
「気に入った?」
「大いにお気にいったさ」
そう言って彼は、みるからにわざと肩を軽くすくめる。ことん、とカップを地面において、エッジは岩盤にもたれて渋い表情を作った。
「大体、女が自分の身を飾るのは、いいことだ。それにあの色はあいつにもあんたにも似合ういい感じのモンだな」
「可愛い色でしょう?」
「だな」
そこで沈黙が訪れる。
エッジはわたしから視線をそらして、何もない宙を見ているようだ。
きっと彼は今、リディアのことを考えているのだろう、とわたしは勝手に想像した。そして、わたしも黙った。
彼は別にそれ以上わたしから何かを聞いて欲しい、と思っているわけではないと感じたし、わたしはさっき彼に言ったようにそんなに利口な女でもないから、彼がリディアの何について考えているかまでは想像が出来ない。
ただ、そうだなあ、みんな、好きな相手には利口にはなれないんだなあ、なんてことを自分の経験と照らし合わせて、そして今の自分のことを考えて繰り返し思うだけ。
とても浅はかで、とても情けないけれど、セシルが笑うとわたしは嬉しいし、セシルが悲しむとわたしは悲しい。
彼の力になれないことがとても多くて、その度にわたしは自分を不甲斐ないと思い、せつなくなる。
リディアのように、「自分に何が出来るだろう」と思っても、それを人に聞くのが恥ずかしいとも思えてしまう。
みんな、こうなのかしら。
「あんまり、可愛いと」
それから一体どれくらい時間がたったのだろうか。
エッジが突然口を開いた。
「逆に褒めることも、できねーよなあ。なんだか」
それが何の話なのかわからなくて、一瞬わたしはとまどった。
「リディアの話?」
「・・・デス」
冗談ぽくエッジはそんな風に言って笑う。
「最近たまに」
「ええ」
「軽く、言えなくなる。その服、かわいーな、とか、今日は、いい顔してるな、とか」
そう言う彼は別に照れくさい表情はしていない。ただ、普通の世間話をしている風に見える。
「それが、はがゆくて、ついつい怒鳴っちまう。阿呆にもほどがある」
「・・・それ、のろけ?」
「のろけ」
あっさりとそう言うものだから、わたしはついついおかしくなって笑い出してしまった。
わたしが笑ってもエッジは特に気分を害した様子でもなく、冷めてしまったお茶をぐい、と飲み干す。
「おかわりくれよ」
「いいわよ・・・ふふふ、上に立つ人間は人を褒めることができないといけないんでしょう?」
「俺はリディアの上に立ちたいわけじゃねーよ」
「・・・失言でした」
わたしの茶化しに、思った以上の真剣な声音で応えが返って来た。ああ、ほんとに、これは失言。
彼が、好きな女のことで利口になれる男もいねーよ、なんて言ってたことを思い出して、なんだかわたしは顔がにやけてしまう。
男性が、こんな風に思い悩んでいる姿を見ることは、ちょっとだけ嬉しいし、可愛いと思う。
あんまり悩まれるとうざったいと思ってしまうけれど、エッジのこれは、とても微笑ましくて、嬉しくなる。
と、急に彼はにやりと不敵な表情でわたしに笑いかけた。
「誰かさんが色々悪知恵しぼって、どんどんあいつを可愛くしてくれるもんだから、俺もほとほとまいっちまってんのさ」
「・・・やあだ!もお、すっごいそれ、聞いている方が恥ずかしいわ。それものろけじゃない!」
「悪いか?」
「悪くないわ。うん、悪くない」
わかっていたけれど。
エッジは、本当に、リディアのことが、好きなのね。
わたしは新しくお茶をいれて、エッジに手渡した。
彼はまた軽く、ありがとよ、とわたしに言って、笑った。

「エーッジ、エーーーッジ!」
翌日、またリディアの声が洞窟に響いていた。
「何してるの、そっちじゃないよう、こっちに行こうよ!」
「わーってる、わーってるって!すぐ追いつくからよ」
「なあに?」
「宝箱が見えたからよ。ちゃっちゃと取って追いつくから心配すんなや」
「駄目だよう、エッジー!」
そんな二人のやり取りを聞いて、セシルは苦笑をした。
エッジがあんな風に単独行動を取るときはたまにある。それは大抵、全員で行くには難しい、ちょっと厄介な場所にある宝箱を見つけたときだ。彼はとてもそういう鼻が利くから、誰よりも宝箱を見つけるのが速く、そして回収も誰よりも得意だ。
ただ、時々きちんと仲間達に知らせないで行ってしまうから、そんなときにリディアが目ざとく見つけてくれるのはとてもありがたい。
「ここで待っていようか」
「そうね」
「まったく、王子様はマイペースだな」
そう言うけれどカインはやはり口元が笑っている。
セシルもカインも、あまりバロンにはいない、エッジのようなタイプの人間を好ましく思っている。
うふふ、でも、あなた達が知らない彼のことも、ちょっと知っているのよ、わたし。
昨日のエッジを思い出して、わたしは少しだけ嬉しくなる。
エッジとリディアの声が聞こえなくなって、なんだ、案外遠いところまで行ったのかな?なんて呑気に話をしていると突然
「きゃああーーーー!!」
リディアの悲鳴。
「!」
「行くぞ!」
カインとセシルはすぐさま反応して、声がする方向に走リ出す。
何かあっては、と矢を一本矢筒から出しながら、わたしは彼らについて行った。
「エッジ、どこだ!」
「リディア!」
エッジが消えていった方向に行ったけれど、二人の姿は見えない。
おおかたエッジがひょいひょいと忍者の術か何かでちょっと離れた、足場の悪いところにでも行ってしまったのだろう。
「二人とも、どこー!?」
ちょっとだけ、崖のように切り立った場所がある。
そこに近づいてわたしが叫んだ途端、
「あいよー」
と、耳慣れた声が足元から聞こえてきた。
「・・・エッジ!!」
下をひょいと覗くと、エッジがリディアをおぶさって(というよりリディアがおちないようにエッジの首根っこにぶらさがって)崖下からひょいひょいと登って来る姿が見えた。
「ど、どうしたの、二人供!」
わたしの声を聞いて、セシルとカインが駆け寄ってくる。
「いやあー、ひどい目ついちまったぜ!」
「もおー!だから一人で行っちゃ駄目って!」
おぶさったままでリディアはエッジに叫ぶ。と、エッジは上半身をわざと前にぐいっと屈めて、背中にしがみついているリディアを慌てさせた。
「きゃあ!エッジ、やあーん!」
「はははっ、びっくりしたか?ほら、降りろ。ローザに傷、治してもらえ」
「うん」
それからゆっくりと腰を落として、リディアを背中から落としてやる。
昨晩のエッジとの会話を思い出して、なんだかわたしはむず痒いというか、ちょっと照れくさい。
「どうしたんだ、二人供」
「わりぃ。宝箱開けたら魔物が出てきやがって」
そう言ってエッジは戦利品をセシル達に見せる。リディアはわたしの側に来て、膝を見せた。
「あら、怪我してるじゃない」
「擦り傷。でも魔物にやられたんじゃないの」
恥ずかしそうにリディアはもごもごと呟いた。
「え?」
「エッジについていこうとして、転んだの・・・」
わたしはそこで笑いたいのをぐっとこらえた。もう、損な役目ね。
「今、治すわね」
地面に座ってもらって、足を立てさせる。リディアの小さな膝小僧は左側から血が滲んでいる。左手の甲も転んだ時に擦ったらしくて赤くなってしまっていた。
ちょうどわたしがケアルをかけ終わる頃、エッジが近づいてくる。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫。もお、エッジ、一人で行っちゃ駄目だよー!」
リディアは少しばかり怒った表情でエッジを見上げる。と、エッジは小さく笑って
「ああ、そうだな。ちっと反省した。お前のおかげで危機一髪だ」
なんて言いながら、ちょっとだけ屈んだ。
それを聞きつけてカインが
「リディアのおかげ?」
といい突っ込みをいれてくれる。そうそう。そこは聞きかえすところよ、カイン、いいタイミング!
「おう。俺一人じゃ、ちっと危なかったな。こいつがすぐに召喚魔法唱えてくれたから、助かった」
エッジはそう言うと、座り込んでいるリディアの頭を、ぽんぽん、と数回叩いた。
うん。わかる。
その手。
近しい人がものすごく愛しいものに触れる時の手は、他の人間から見ても、それだとわかるの。
叩いてから、最後に名残惜しそうにくしゃ、とリディアの髪を掴むその指先。
本当は器用なその指が、とても不器用に見える瞬間だった。
「本当?」
エッジの言葉を聞いて、リディアの表情がぱあっと明るくなった。
きっとその笑顔の意味は、エッジにももうわかっているに違いない。
「ああ。ありがとよ」
嬉しそうにリディアは、よいしょと立ち上がる。ローザ、ありがとう、っていつものように礼を言う。リディアは回復魔法をかけてあげたときに、今まで一度だって礼を忘れたことがない。
ふと気がつくと、少し離れたところからセシルとカインもこの様子をしっかり見ているようだ。
ああ、そうだ。
エッジだけじゃなくて、みんな、こんなリディアの笑顔が大好きで嬉しくなるに違いないもの。
それを、この先もしかしてエッジだけが独占するなら、それはとってもずるいし、分けて欲しい、って思っちゃう。
わたしは二人の邪魔をしないように、とセシル達の方へ歩き出した。背中に聞こえてくる会話。
「手も、治してもらったのか」
「うん、ほら」
多分、リディアはエッジに手の甲を見せたのだろう。
「なんだ、今日は爪に色ついてないのか」
「えっ!う、うん。水で洗うと取れちゃうから・・・」
「そっか・・・なんだ、似合っていたのに」
・・・エッジ、言った!
笑っちゃ駄目、笑っちゃ駄目、と心の中で繰り返しながら、わたしはセシル達のもとへ向かう。
と、さすが、そういうところだけは時たまものすごくするどいわたしの恋人は
「ローザ、どうしたんだい。なんだか嬉しそうだね」
なんて言って、わたしを困らせてくれる。
「うふふ、内緒」
「ずるいな」
そう言ってはいるけれど、セシルは本気でそんな風に思っていないってことくらい、わたしにだってわかる。
「さ、先に進もう」
カインがそう言って、エッジとリディアにも声をかけてくれる。
わたしはセシルと歩き出しながら、まだちょっぴりにやつく口元をひきしめるのに必死だった。
違うことを考えなきゃ。
そうね。
きっと、今夜リディアにねだられるから、今度は爪をどの色に染めてあげようかしら。
彼女は照れくさそうに、でも、嬉しそうに指を出すに違いない。
エッジが、褒めてくれたの、って。
それを思うだけで、わたしの心の中もなんだか温かい気持ちになるんだってことを、きっとリディアは知らないだろうけれど。


Fin


モドル

りなっちからのキリリクです〜vvうわーん、書いててすっごい楽しかったよう!
実はエッジとローザの組み合わせはとても好きなので・・・。本当は最後に「ねーさん、肩が震えていたぞ」とエッジがツッコミいれて、それにローザが「あら、わたしあなたより年下よ?」なんてさらりと流すシーンも入れたかったんですが・・・。
ものすごく遅くなりましたが、りなちんにささげます。
相変わらずもどかしいエジリディでスマヌ!!