体温

「憎悪だけでは、奴を倒すことは出来ないよ」
ソニアは静かにアイーシャに言って背を向ける。
「それをあなたは知っているはずだ」
「ソニア様、でも!お願いします、ガレスは、私の手でっ・・・」
自分の母親を、ゼテギネア帝国の王子である黒騎士ガレスに殺されてしまったアイーシャは叫んだ。
それを振り返ってソニアは小さく笑って言う。
「アイーシャ、それは今ではない。こんなところでガレスを討てるなら、当の昔にゼノビアは取り戻すことが出来ているはずだ。・・・帝国軍には、目に見えない力がある。あなたが出来ることは、今自分がガレスを倒す以外に何が出来るのかを探すことだ。」
「ソニア様」
「今のあなたにガレスは討てないし、討たせたくない。」

「うっ・・・」
ソニアの傷をプリーストにクラスチェンジしたオーロラが治療していた。遅れてやってきたランスロット隊がアムドの砦にきたのは、ソニアが制圧をしてから30分もたった頃だった。
ランスロットが慌てて砦の最奥にある祭壇かと思われるような段がある大きな広間にはいると、ぽつんとそこにはソニアがオーロラの膝枕で右側を下にして横たわっていた。
「ソニア殿!」
「ああ、ランスロット、やっと来たか」
「!すごい怪我をしているじゃないかっ・・・」
「んー、見た目ほどは」
ランスロットは息を呑んだ。テクターがないソニアの左太股あたりが血で真っ赤にそまっていた。
それだけでなく足首まで血が流れて固まっているのがわかった。
見た目ほどは、とソニアは言うけれど、額に脂汗のあとがある。かなりの痛みを伴ったことは間違いない。
「カノープス達が裏庭あたりにいるはずだから、指示を仰いでくれ」
「・・・お前達は、先に行け。わたしはソニア殿の様子を見てから行く」
「はい」
ランスロットの命令に従って、ハイネ達は迅速に行動した。
そっとオーロラのとなりにランスロットは膝をついた。
「一体」
「・・・アイーシャが、馬鹿なことをしそうになったから庇った。」
「アイーシャ殿は」
「カノープス達と一緒に残兵処理をしている。ウォーレンは?」
「シーザーがやられたので、教会に戻っている」
「そうか」
ふうー、とソニアは息をついた。
「一体」
オーロラは静かにヒーリングを繰り返していた。確かに見た目ほどひどくはないらしく、ソニアの顔色はいいけれど、切り裂かれた布と布の間からは離れてしまった肉が覗いている。それがすこしづつ復元してはいるけれど、多分これ以上は無理だろう。
そっとランスロットが覗き込むと、それは斧系の武器の傷に見えた。深くはない。深くはないけれど振り下ろされて長い傷をつけられたように見えた。
「アイーシャ殿が。何故」
「・・・ガレスが逃げようとしたからだ。逃がすまいとして深追いをした。」
「彼女が?」
「反省していた。土下座されて謝られた。・・・あれは、あたしも悪かった。」
ランスロットは難しい顔をした。
確かにアイーシャはガレスに対して私怨がある。
だからといってこの反乱軍にいるからには私怨を通されるのは困る。そして、確かにそれは困るけれども、私怨を通そうとしてしまった人間をソニアが庇うことは更に困る。
が、それは彼女らしいことであったし、きっとランスロットがソニアでも同じことをしたのだろう。
「オーロラより先にアイーシャにヒーリングしてもらったおかげで、この程度で済んだ。だけど、今
彼女に必要なのは反乱軍として生きる再決意をしてもらうことだから、カノープス達と一緒に敗残兵の処理を任せた。」
「ソニアさま、膝下の方を治療しますから、ちょっとはずしますわ」
オーロラはそうっとソニアの頭を自分の膝枕から外した。そのまま床に頭を落とす。
「・・・ソニア殿、これを」
ランスロットは慌てて自分のマントを肩から外して丸めた。ソニアの頭にそっとそれを挿し込んでやる。
「ありがとう、気が利くな」
ソノアは小さく笑った。
「オーロラに任せて、ランスロットは行ってくれ。正直いってカノープスが指揮をとるのは不安がある。
ランスロットが来るのをずっと待っていた。」
「・・・遅くなってすまなかった」
「いい。ここいらは山が多いし・・・かといってスチーブ(ホークマン)をいれるほどでもなかったしな」
「わかった。・・・私に任せてくれ」
ランスロットが来るのをずっと待っていた。
その言葉に一瞬ランスロットは嬉しさと申し訳なさを感じた。
決して痛い、とも苦しい、とも言わないリーダーに優しく笑いかけてランスロットは立ち上がった。

ガレスは敗北を知って逃げようとした。
ソニアがアイーシャに言わんとしていたのはそのことだ。ガレス達の撤退は魔法の力を借りているのかとてもスムーズで早い。そんなときに深追いをすると、逆にこちらが被害を被ることになる。
第一、そういう保証でもなければ、新生ゼテギネア帝国の王子ともあろうものがこんなところにのこのこやってくるわけがない。
確かにロシュフォル教会を抑えることが目的だったのだろうが、反乱軍が近くにいることもわかっていたはずだ。
「私が・・・焦ってしまい・・・」
ひととおりカノープスから話を聞いてからランスロットは兵士に指示を出し直した。
ソニアが懸念しているとおり、カノープスはあまり細かいことが得意ではない。
落とした砦での残処理はいつもやっていることだったけれど、ちょっとしたことに気が利かないカノープスよりもランスロットの方が細かい指示が出来るのは明白だ。それを終えてからアイーシャを呼んでランスロットは状況を説明してもらった。
「逃がすまいと、追ってしまいました。・・・わたくしの力で倒せるとは思ってはおりませんでした。ただ、逃がしたくない、という気持ちだけが先走ってしまい・・・ソニア様には申し訳ないことをしてしまいました。」
「・・・勝手な行動をしてもらっては困る」
「はい。そのとおりでございます。・・・・今後は一切そのようなことが二度とないようにいたします。ですから・・・反乱軍に、このままついていかせて頂きたいのです」
そっと長い睫毛をふせるアイーシャ。
こうやって話をしているだけで大神官フォーリスの娘であるという彼女からはとても澄んだオーラが出ているように感じる。
そんな彼女が誰かを憎悪している、ということがとてもランスロットには悲しいことに思えた。
「それは私が決めることではない。わかるね」
「はい。」
顔をあげたアイーシャは毅然とした表情でランスロットに言う。
「既にわたしはソニア様に命を救われた人間です。たとえ共に連れていっていただけなくとも、私の命はソニア様と共にあります。・・・ソニア様のお言葉に従いましょう」
若くして聖母とまで言われた彼女の言葉は、とても真摯で実直だった。
ランスロットは満足そうに小さくうなづいた。

「・・・なーに、幸せそうな顔して痛がってるんだ」
呆れてカノープスは言う。ランスロットに任せてからそっとソニアの様子を見るために戻ってきたのだ。カノープスはカノープスで責任を感じていた。
ソニア達がガレスの部隊と交戦しているときに、アイーシャの部隊がやってきたのをカノープスだけが気付いていた。
が、反乱軍の人間がソニアの命令なしで勝手な行動をするわけがないとたかを括っていたのだ。
もう少しアイーシャの動きを自分が見ていればよかったのだ、とカノープスは後悔していた。
「幸せそうって、なんだ」
「だろうよ。んん?」
「??何のことかわからない」
ランスロットのマントに顔うずめて嬉しそうじゃねえか、といいたい所をカノープスは飲み込んだ。
どうもこのリーダーはランスロットに必要以上に好意を寄せているように思えるが、本人には自覚がなさそうだ。
(父性愛に弱いタイプなのかなあ)
なんてことを呑気に思いながらカノープスはソニアの頭のあたりに膝をついた。と、ソニアが
「カノープス、膝枕してくれ」
「ええっ!?マントがあるだろうよ」
オーロラが冷静に言う。
「ちょっとこのマントをかけて差し上げたいんです」
「・・・まだ、治療かかるのか」
「ガレスの一撃はすごいね。」
苦笑するソニア。
「傷口からはわかりませんけれど。魔法の力をのせているのか、内側もかなり傷を負っていたようですわ。アイーシャ様がすぐにヒーリングをかけてくださらなかったらどうなっているか・・・」
そんなにひどい傷だったのか、とカノープスは言葉を失った。
アイーシャにむけてガレスの斧が振り下ろされたとき、それは少し距離があるように思えた。
が、実際はそんな距離は意味がなく、離れた場所からだってガレスの一撃はすさまじいもので風圧にのせて刃が飛んできたような錯覚すら起こさせた。前衛にいたソニアが、横から走って来たアイーシャを庇うのに飛び出した。
放っておけばよかったのに、と実はカノープスは思った。
自分の母の仇をとるとかとらないとか。そんなのはどうでもいいだろ、とソニアに言いたかったし、それで死んだらアイーシャはそれまでの人間だ、ということだ。
運も悪かった。
飛び出したはいいけれど、あまりソニアもいい体勢ではなかったのだ。本当だったらどんな攻撃だってソニアもうまく交わしたりダメージを軽減できる体勢に出来るだけの能力がある。それは近くでずっとみてきたカノープスはよく分かっていた。
けれど、ソニアはたまたまアイーシャがいることに気付くのが遅くなってしまい、妙な体勢で飛び込むことになってしまった。それは不運だったとしか思えない。もちろん、アイーシャにとっては幸運だったのかもしれないけれど。
「違うんだ。どっちにしてもあそこは飛び出るつもりだった。」
「なんで」
「・・・実は、あたしもガレスを追いたかったから。」
「なんで」
ソニアはカノープスの足をつついた。
苦笑してカノープスは観念したようにソニアの頭からマントをとって上半身にかけてやった。
くくく、と笑いをこらえるような表情をソニアはしたけれど、すぐに痛みを訴えるように
眉根を寄せた。
「大丈夫か」
「うん。もうすぐ治る、ね、オーロラ」
「ええ。もう少しですわ。あっ!ソニアさま、動いちゃダメですっ」
もぞもぞとカノープスの足に頭をのっけようとするソニア。
「はいはい、仕方ねえなあ。」
「ありがとう」
カノープスはじいっと太股の傷を見た。跡にならないといいけれど。
そんな柄にもない心配をしてしまう。
「カノープスさん、駄目ですよ。いくら傷口とはいっても女性のそんなところをじっと見るのは感心しません」
「なっ・・・。本当に傷しか見えないだろうよっ」
「だめですよ。もう、カノープスさんもランスロットさまも、不躾なんですから」
ソニアはぴくっと反応したけれど、何も言わない。
「・・・ふうん?」
カノープスは鼻をならして苦笑いをする。ソニアの顔を覗き込むと、汗で額に髪の毛が張り付いている。それをそっと指ではがして、前髪をかきわけてやる。
「なんだ、カノープス、優しいな」
「ん?妹のことを思い出した。昔熱出して苦しそうだったときに膝枕してやったことがあってな」
「へえ・・・。あの妹さんか・・・。カノープスみたいなお兄さんがいて、うらやましいな」
「・・・うっわ、お前、熱あるんじゃねえの?そんなこと・・・って・・・熱?」
そっと額に手をのせるカノープス。
「オーロラ、こいつ、熱でてる」
「存じてます。だから、マントをかけてあげたかったんです。寒気がする、とおっしゃってましたから、熱いかもしれませんけど、冷すわけにいきませんから」
「すまないな、オーロラ」
ソニアは無理矢理笑ってみせた。
「・・・ばあか、笑ってんじゃねえよ!」

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モドル

膝枕!!恋愛モノには必須のアイテムですねっ!!(笑)