体温-2-

ランスロットがアイーシャを連れてソニアのもとに戻った時、ソニアはランスロットのマントにくるまりカノープスに抱きかかえられているところだった。
「ランスロット、悪いが今日はこいつ、この砦に泊めるわ。」
「え?」
「傷のせいか何かわかんねーけどよ、熱出してるんだわ」
「熱!?」
アイーシャがオーロラを見る。オーロラがそっと
「傷口は大体復元したのですけれど・・・体の抵抗が強かったのか、発熱されて・・・」
「それでは、あとは医者の役目だわ。カノープスさま、わたくしがおりました教会に腕がよい医者がおります。その人を連れてきましょう」
「カ、カノープスさまああ?」
言われ慣れない言葉に仰天するカノープス。
「あ、あら、おかしいでしょうか?」
「オレにはそんなかしこまったこと言わなくていいぜ、神様に笑われちまう。・・・よっしゃ、じゃ、ひとっとびしてくるわ。アイーシャ、あんたも来てくれるか?俺一人じゃあ、信用されないかもしれないし」
アイーシャはランスロットを見る。ランスロットはうなづいた。
「わかりました。それでは行きましょう」
「そしたら、ランスロット、これ。むこうに運んでくれよ。よさそうな部屋とか、あっただろう」
カノープスはランスロットにソニアを渡した。ランスロットのマントに包まれているソニアは、既に意識はなくぐったりとしていた。ほんの先ほどまでは笑顔で話をすることも出来ていたはずなのに、と思うのと、抱きとめた彼女の体が思っていた以上に軽いことにランスロットは密かに驚いた。
「ウォーレンが多分いるはずだ。・・・誰かはに今日のうちにバインゴイン戻って指揮をしてやらねばならない。どうするか、伺いをたててくれ」
「あいよ。ま、じいさんのグリフォン借りたほうがいいな、もしも明日こいつを動かすとしてもな。二体連れてたよな、じいさん」
「ああ、ギルバルドが笑っていた。魔獣好きなじいさんだ、と。」
わはは、とカノープスが笑う。
「違いない。オッケー、んじゃ、とりあえずいってくるわ」

オーロラはランスロットにソニアを運ぶのをまかせて、水の用意と着替えの調達に行った。
砦とはいえ、王子ガレスが滞在していたところだ。いくらかの衣類はあるだろう。
ランスロットは薄暗い部屋にはいって、そっとソニアをベッドに横たえた。自分のマントを静かにはずしてやると、可哀相に血がこびりついた足が痛々しい。
「そうか、横にしないと・・・」
本当ならば仰向けにしてやりたいところだが、左足の背中よりの側面に傷をおっていて、仰向けではやや傷に体重がかかるような気がする。わざわざ掛け布団一枚をまるめて壁側に山をつくり、うまく少しだけ横向きにしてやる。
「ごめん」
気が付いたのか、ソニアは小声で謝った。
「いい、気にせず眠るがいい」
「うん」
ソニアはゆっくりと動く。少し苦しそうで、目をあけていられない、という様子だ。
「いてて」
「痛むのか」
「違う・・・髪が挟まって・・・」
「ああ・・・」
結んだ髪の束が体の下敷きになっている。さっきまでは膝枕だったから直接体の下に髪を敷いてしまうことはなかったのに。
ソニアは眉をひそめながら、ふう、ふう、と息をついて手馴れたように髪をほどいた。その紐をさしだす。
「これ・・・なくさないように・・・あたしの剣にでも・・・」
「・・・ああ」
それが、自分が以前何の気なしにソニアに渡したものだということはランスロットにもわかった。
が、ソニアの剣は一緒には持ってきていなかったから、ランスロットはそれを自分の剣の鞘にからめ、もともとあった場所に戻してやった。
「暑い・・・」
「我慢してくれ。今、オーロラが着替えをもってくる」
「ああ・・・暑いのは、苦手だ」
前髪をかきあげて跳ね上げる。ランスロットは部屋をぐるりと見回した。
ちょっと前まで使っていたような痕跡がある部屋の、古ぼけたタンスの引き出しをどんどん無遠慮に開けていく。と、タオルとも雑巾ともいえない手ぬぐいのような布きれが出てきた。それでソニアの額をぬぐってやる。
「ランスロットの手は、冷たい」
「そなたが熱いからだ」
「気持ちいい」
「・・・」
一体、どうしてこんな可哀相なことになったのだろう。
それは、もちろんアイーシャが無茶をしようとしたからだけれど・・・ソニアは、自分もガレスを追うつもりだったと言っていた。
そんなことを考えながらランスロットはソニアをみつめる。と、苦しそうに息をするソニアは、のどが渇いているように思えた。
「・・・待っていなさい、今、水をもってこよう。」
着替えより先に、とりあえず水だけでも持ってきてあげた方がいいだろう。
そう思ってランスロットはソニアの側を離れてドアに向かう。
「バカ・・・行くな・・・」
小さくそういったソニアの声は、ランスロットがドアを開ける音にかき消されてしまった。

教会の外で彼らは立っていた。今、医者が道具をまとめて出かける準備をしているのを彼らは待っているのだ。
ウォーレンと話し合ってカノープスはウォーレンがつれていたグリフォンを一体借りた。今晩はランスロット隊とソニア隊は、ソニアを守りながら砦で一夜を明かすことにした。アイーシャ隊は周辺の探索を手伝って欲しいとウォーレンから頼まれる。
それに対してアイーシャは、ソニアのことは自分の責任だから、とせめて彼女が元気になるまで側にいさせて欲しい、朝まででも寝ずに看病する、と申し出た。
「そなたは、思い違いをしておる」
ウォーレンは静かに、それでも優しい声音で言った。
「今そなたがやらなければいけないことは、他の人間が出来ることではなく、そなたでなければ出来ないことだ。寝ずの看病は他の者が出来る。けれど、この土地に明るくない我らを助けられるのは、そなたたちだけなのじゃよ」
「ウォーレンさま」
「そなたが本当にソニア殿に対して申し訳ないと思われるならば、償いの形に何を選ぶのかを間違えないようにするがよかろう」
「じーさん、冷たいなあ」
とはカノープスだ。
かくいうカノープスだって、別にソニアがアイーシャを助ける必要などなかったのに、とひどいことを思っていたのだから人のことは本当はいえない。
「どれ、とりあえずわしは先に戻って、皆の者に指示を出していよう。それでは、ソニア殿を頼んだぞ。」
「おうよ。」
「・・・私も、後を追いますわ。いくらでも使ってくださいませ。」
アイーシャは自分のいたらなさに頬をそっと染めて言った。その様子はとても可憐で愛らしく、彼女もまたソニアほどの若さなのだということを彼らに思い出させた。
「ウォーレンさまのおっしゃるとおり、ソニアさまの看病は他の方にお任せいたします。」
「それがええよ。」
ウォーレンはちょっととぼけた声でカノープスに小さく言う。
「どうせ、他にそれをやりたそうなヤツがいるに違いないわい」
「・・・」
そういうと赤いポシェットをごそごそやって、ハンカチを出して自分の杖をごしごしと拭いた。それは出かける前に必ずやる、ウォーレンのジンクスのようなものだとカノープスは知っている。単純な綺麗好き、というわけではない。
「あんた、侮れないじーさんだな」
「なんと、おぬしは侮っておったのか」
二人は顔を見合わせて笑った。それがなんのことかはアイーシャにはわからず不思議そうな顔をするばかりだ。
「そうだな。そういうことしたがってそうなヤツが確かにいるわな」
「わしには別に深い意味なぞないよ。なんといってもあのリーダー殿の人望は不思議なくらいあるでな。あんなに身勝手な女子なのに。誰かは朝まで看病してくれることじゃて」
自分の杖を磨いて満足そうにウォーレンはひとりでうなづいて、またポシェットに布をしまった。
「深い意味はない、か。」
食えないじいさんだ、とカノープスは肩をすくめる。そのとき、教会のドアが開いて年老いた医師がぼろぼろの皮のカバンをもってちょっとだけ慌てて歩いてきた。
「じゃ、いくぜ、アイーシャ。それから、先生。グリフォンに乗るのは初めてだろ?ちゃんと捕まっていろよ」

ランスロットが取りにいくまでもなく、既にハイネとオーロラが用意をしてソニアがいる部屋にむかっていた。一緒にビクターがついてきていた。まだ夜ではないのに暗くて不便さを感じる通路だ。
「ランスロット殿、残作業が終わりました。もしも今晩泊まるようであれば、食料を調達してくるとテス達が言っていますが」
ヴァルキリーのテスは今日はまだ体力がかなり残っている。それは自分でもわかっているから申し出ているのだろう。
みんながそういう風に気遣ってくれることは嬉しかった。不思議とゼノビアで王宮騎士でいたときよりも、この反乱軍でいることの方が仲間の温かみを感じる。それは昔ランスロットはまだ子供だったから、という理由だけではないだろう。
「そうか。多分そうなるだろうな。テスとトトにお願いするか・・・。ハイネ、オーロラ、ソニア殿を頼んだぞ」
「はい」
「・・・ランスロットさま、その、出来ればソニアさまの護衛をつけていただけると・・・私とハイネでは、何かあったときに」
「ああ、わかっている」
ランスロットは小さく笑った。
「ビクター、彼女達と行ってくれ。わたしは指示を出したら戻ってくるから。そうしたらお前も休むといい」
それは、ランスロット自らがソニアの護衛にたつ、という意味だ。
何故だか、オーロラが嬉しそうな表情をしていることにハイネは気づかなかった。

カノープスとアイーシャが医者を連れてきてから20分がたった。
みな部屋の外に出されて、唯一中にいることを許されたのはアイーシャとオーロラだけだ。
その間にテスは食料を調達してきてくれていたし、みな秩序正しく動いていてくれた。しかも、ランスロットが多くをいうことなく。
一体そこまでの秩序が何故生まれているのかはランスロットには謎だった。
アイーシャが部屋から出てくる。部屋の外の廊下でじっと待っていたランスロットとカノープス、そしてハイネとヘンドリクセンははっとなってアイーシャの言葉を待った。
「ソニア殿は大丈夫とのことですわ。明日の昼くらいには熱も下がって動けることでしょう。今晩は安静にして、水分をたくさんとって汗をかくといいそうです。詳しいことはオーロラが聞いています。」
「そうか」
「ランスロットさま、わたくしは今からわたくしの部隊を連れてバインゴインへ戻ります。ウォーレンさまと合流して、ソニアさまの代わりに明朝から都市を回ることにいたします。」
「わかった。そちらは頼んだぞ」
「はい。・・・ソニアさまがお目覚めになったら・・・アイーシャが、謝っていたとお伝えくださいませ。その・・・多分、あのとき、ソニアさまと私は同じ気持ちだったのだと思うのです」
ランスロットは言葉には出さなかったが、瞳でアイーシャにうながした。
「ガレスの力は脅威でした。・・・何か、邪悪な力があの男を強くしている。そして、多分、ここで反乱軍に一度負けを喫したとあっては、あの男は更なる邪悪な力を身につけるのではないかと・・・そうなってからでは、遅いのだと私は・・・いえ、ソニアさまもそう思ったのだと思います。」
アイーシャの言葉はとても穏やかだったけれど、何かの決意を彼らに訴えるような響きを持っていた。
「わたしが犠牲になってでも足止め出来れば、もしかしたらソニアさまがガレスを、と思いました。けれど、それは間違いだったのです。わたし、ソニアさまに命を預けてついていくと誓いました。そうであれば、わたしはソニアさまに断りなく、自分が犠牲になろうなど思ってはいけなかったのでしょう。きっと、神様が、誓いに反したわたくしにそれを知らしめる為に、こんなことになってしまったのでしょう。皆様、本当に私の身勝手でこのようなことになって申し訳ございません。もし、ソニアさまに許されるならば、みなさまと共にあの方をお守りしたいと思います。どうか、その気持ちだけは疑わないでくださいませ。」
そういってアイーシャはひざをおって、頭を深くさげた。
最初にそれへ声をかけたのは、なんと、ソニア隊のウィザードであるヘンドリクセンだった。
「アイーシャ殿、きっと、ソニア殿はあなたにそんなことをして欲しいのではないと思います」
アイーシャはそうっと顔をあげた。
「忘れないでください・・・。あの、小さな我々のリーダーは、我々の誰一人でも犠牲になることを良しとはしない方です」
その言葉にランスロットもカノープスも驚いた。
「それは、ずっと一緒の部隊にいる私やビクター、今はぬけてしまいましたがちょっと前まで共にいたハイネもわかっていると思います。ソニア殿はそういうことは口になさらない方ですが、一緒にいる我々は・・・あの人の、そう、なんていうか・・・」
困ったようにヘンドリクセンはハイネを見た。ハイネは「んもう、だめねえ」という表情を見せてから
「・・・体温のようなものを・・・感じられるのです。一度だって、そんな話、ソニア殿からは聞きませんけれど・・・一緒にいると、わかるのです」
「そ、そう、そういうものが・・・。だけど、あの人は、自分が犠牲になることは構わないと思っているようなので・・・我々に出来ることは、自分達もソニア殿も誰も犠牲にならない方法だけをいつも考えて、各人で行動の責任をもつこと。それが・・・この軍においての最重要事項なのではないかとすら思います」
しん、と静かになった。そういうときに必ずみんなを助けてくれるカノープスはもれなく笑って言った。
「やべえ、オレ、わかんないわ」
「うふふふ、カノープスさんは、ちょっと鈍いようですわね」
「てっめー!最近プリーストに昇格したからって、ナマイキだぞっ」
ハイネは笑う。その様子をみてアイーシャは涙ぐんで、小さく笑顔を見せる。ランスロットはアイーシャに手を差し伸べた。
「・・・立ちなさい。誰も、そなたのことは疑わないし、信じている。よく・・・そなたの気持ちを話してくれた。そして、ソニア殿の気持ちを」


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モドル

実はカノープス×アイーシャなのか!?デネブがいないからって・・・
↑サリゲにカノデネを匂わせる発言(笑)