月に光る

早朝からいつもソニアは剣の練習をしている。
人から起こされたときの寝起きの悪さは結構定評があるのだが、自分から起きたときのソニアは朝から快調で元気だ。
彼女のカリスマはどう見ても指導者としてのものではなく、不思議と「彼女が頑張っているのだからわたしも」と人々に思わせるようなタイプのものだ。
であるから、多くの仲間が朝から彼女と共に剣の練習に励んで、その甲斐あってかそろそろパラディンに昇格する者もちらほらと出てきていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「ランスロット殿、ソニア殿は・・・」
「む?まだ起きてこないのか?」
朝からランスロットも軽装で現れた。
先日このカストラート海周辺地区を解放したばかりでソニアも疲れているのだろうか。
この地区で根城にしたファニングで、さびれた誰も住んでいない屋敷を彼らは提供してもらっていた。が、もちろんこの反乱軍は日に日に大きくなっていくわけだから、ちょっとした屋敷ひとつでは入りきらない。
屋敷周辺に野営をして、ソニアやウォーレンは屋敷に寝泊りをしている。
最初はそれがずるっこだ、とソニアは嫌がったけれど、反乱軍の誰もがソニアに屋根があるところでの寝泊りを勧めた。それでも「みんなと同じ方がいいのに」とぶつぶついうソニアに対してランスロットは「みなの厚意をうけることもリーダーの役目だ」と諭して受け入れさせたのだが・・・。
「具合が悪いのかな。わかった。ちょっと行って来る。」
「はい、お願いいたします」
本来は自主練習なのだから、ソニアが来ても来なくても別段問題ではない。
ただ、本当に毎日あの小柄なリーダーは何を忘れてもこれだけは忘れない勢いで剣をふるっていて、そして仲間はみなその姿を見ることがなんだか嬉しいのだ。
かくいう自分もそういう気持ちになっていることをランスロットは知っている。
正直なところ、何も話さなくともソニアのその姿を見るだけで今日も頑張ろうという気になるものだ。そういった威力をもつ人間はそうそういるわけではない。
(戦闘以外のときに口を開けば的外れなことばかり言っているのにな)
ソニアのそんなところがなんだか最近は好きだなあ、と思い当たって苦笑するランスロット。自分も彼らと同じように、多少朝からソニアに元気をわけてもらいたいと思ってやってくるのかもしれない。それをそうだと思うことはちょっと悔しかった。
ぼろぼろになった屋敷の扉は半開きになっていて、雨露をしのげる程度の天井は薄暗い。
「あ、おはようございます、ランスロットさま」
アイーシャが他のアマゾネス達と食事の準備をしている。
この屋敷でかまどを使えるようにするまでが大層時間がかかったけれど、なんとか一気に20人分くらいの料理は出来る環境にまでしたのはアイーシャの手腕だ。(もちろん今の人数はそれ以上なのだが)
教会にいれば多人数の料理を作ることも多かったし、さまざまな土地に布教活動にいっていたから、可愛らしい外見と裏腹に案外このプリーストはやり手らしい。
「ソニア殿を知らないか。まだ寝ているのかな」
「あら?結構早くに出て行きましたわ。私が起きたときには剣をもってここから出ていかれたようですけど」
そういってからアイーシャは少し考えて付け加えた。
「エリザベートのところかもしれません」

エリザベートというのはアイーシャと共に仲間になったマーメイドのことだ。
マーメイドやオクトパス達は海に生きる者たちだから、ソニア達とは別に海に近いところに小さな小屋を借りてその付近に待機してもらっていた。
カストラート海はとても美しい海で、アヴァロン島からやってきたエリザベートや、それまでずっと軍に一緒にいたオクトパス達は嬉しそうだった。
ソニアがそういうことにきちんと気が付いて、海があれば海の生き物、山があれば山の生き物がそれぞれ心地いい場所にいられるように努めてくれることを彼らは知っている。ソニアからすれば「あたしはベッドで寝るのに慣れてないから、彼らだってそうで当たり前だ」ということなのだが・・・それとは違う、とランスロットは苦笑せずにはいられない。
軽装のまま海辺に向かう。
そんなに時間がかからないで、エリザベート達のいる東の海岸に出ることが出来た。ちょうど朝日が昇ってきた頃で、ランスロットは目を細めて歩いていく。やがて、小さな、漁師が道具を置くために使っていたような小屋が見えてくる。
「・・・本当だ。」
砂浜にはソニアが座っていた。
そうっと波うち際にマーメイドのエリザベートとノーマがやってきていた。朝日に照らし出されたマーメイドたちの髪の毛や尻尾はとてもきらきらと輝いていて美しい。ランスロットは、エリザベート達が仲間になったときの一悶着を思い出した。

「うわあ、すごいキレイ」
アイーシャの部隊が仲間になったときに、マーメイドのエリザベートを至近距離でみてのソニアの第一声がそれだった。
今まで敵のマーメイドと戦ったことはあったけれど、こうやってしみじみと見ることが出来なかった。
「髪、すごく・・・綺麗に光るんだね。うわ、尻尾もすっごい」
不躾なソニアに苦笑するアイーシャ。エリザベートはちょっと不機嫌そうに黙っていた。挙げ句にソニアは
「ね、あの、髪、触っても、いい?」
と聞くのだ。それへ心底嫌そうな顔を人魚はむける。
「あ、その、嫌ならいいんだ。ごめん。すごいキレイだし、全然あたしたちと違うし、その、あたしなんて髪、すっごい赤毛で綺麗じゃないから、こんなに綺麗な髪の毛って、どんなカンジなのかと思って」
「ばあか、お前、俺だって初対面の人間に羽触らせろって言われたらムカつくっての」
そういってカノープスがソニアをこづく。
「あっ、そうか。そういうものか。エリザベート、ごめん。」
「ソニアさま、人魚は海の中の生物ですから、私達と成分が多分違うのだと思います。私たちだったら、長い間海水にひたっていると髪によくない、なんてこともいいますけれど、彼女たちはそうではないのですし」
「そっかあ。だから、そんなに綺麗なんだ。」
そういうと満足そうにソニアは笑った。
どうやらソニアがなんの気取りもなく、社交辞令などでもなく心から言葉を紡いでいることが、そこまで聞いてやっと人魚にもわかったようだ。
「エリザベート、いいではありませんか。あなたの髪を、美しい、といってくださってるのですし」
「・・・はい。アイーシャ様がそういうなら」
おずおずと人魚はソニアに近づく。
「えっ、いいの!?」
ソニアは頓狂な声をあげて、そっとその髪に触れた。
「すごい、つるつるしている。綺麗。それに、なんだろ、これ、日にあたるときらきら輝くんだね・・・ありがとう、エリザベート。」
そういって笑顔をむけるこのリーダーに、人魚達はちょっとだけ好意的になった。

あ、とノーマがランスロットを見て小さく声をあげた。
ソニアは朝日をうけながらランスロットを振り返る。そして、いつも通りの笑顔で言うのだ。
「おはよう。よくここがわかったな」
「・・・おはよう。アイーシャに聞いた。」
「ああ、そうか・・・昨日ヘコんでたときアイーシャに声かけたから、バレてたか」
そういってふふ、と笑い声を漏らす。
「へこんで・・・?」
「うん。あたしには、わからないことばっかりだから」
何を言っているのかこちらこそわからない。難しい顔をしているランスロットにエリザベートとノーマが言う。
「ソニアさまは、どうして人間が人魚の肉を食べたいのか、それすらわからないのですって」
「どうして、違う、というだけで迫害されなければいけないのか、わからないのですって」
彼女達は海の中でもコミュニケーションをとるから、声帯が特殊だ。陸地でその声をきくと、ちょっとだけ鈴の音が鳴ったような響きが加わってとても不思議な印象を与える。
「ランスロットは、不老不死になりたいのか?」
朝っぱらからなんて重い質問をするんだろう、と苦笑しながら答えるランスロット。
「いいや。あまり興味はない。けれど、世の中には永遠に死にたくないと思っている人間がたくさんいるらしい」
「何故だろう。帝国からの弾圧をうけているくせに、それを回避もしないで不老不死になりたいのか・・・ああ、不老不死になってからなら帝国に歯向かえると思っているのかな」
「いや、違うと思う。」
ランスロットは朝日に目を細めながらそっとソニアの隣に座った。何をしていたのか、ソニアは衣類が濡れている。大方海に飛び込んだり走り回っていたのだろう。
「ソニアさまは、わからないのですって。」
「人間がみな、ソニアさまのようだったらよかったのに」
それには本人が苦笑した。
「それは大変だ。あたしみたいな人間ばかりだったら、確かに戦争はなくなるかもしれないけれど、文明も発達しやしない。」
「自分のことをよくわかっているな」
とはランスロットだ。
「で、何にへこんでいたんだ?」
「だって、あたしはよくわからないから・・・。別に、人間と人魚の橋渡しなんてことはあたしには無理だし、確かにポルキュスは助けてあげたいとも思った。でも、それはあたしでは絶対に出来ないんだ。だって・・・そもそも、どうしてそういうことが起きているのかが理解出来ないから。人間同士の争いのことは、いつだってよくわかる。でも、今回は・・・」
ああ、そういうことか。
そのソニアの答えは、ランスロットが思っていたものとかなり違いがあった。
どうにかしてあげたいのに出来ない、とか、ポルキュスを救ってあげたかった、とか、そういうことではなくて、ソニアは既にそれより前の時点でつまづいていたのだ。
(それは、確かにへこむかもしらん)
「・・・確かに、動物の肉を食べてる。でも、それは良心が痛まないからだ。言葉が通じないからだ。それだって本当は残酷なことだけど、それだけの理由であたしたちは何かを殺して生きてる。それは自然界の掟だ。・・・でも、人魚を殺すのは、違う。不老不死になりたいなんていう、自然界の掟に逆らうために、人魚を殺すなんて、あたしにはよくわからない」
エリザベートが悲しそうに笑った。
「ソニアさまは、まるで子供のようですね」
「そうだろうか。エリザベートもそんなこというのか」
「お会いしたときから思ってましたけれど」
くすくすとノーマが笑った。
「子供は、人間だろうとマーメイドだろうと関係なく遊び相手をみつけるものですもの。」
「・・・むむ」
と、ソニアはちょっとうめく。
ランスロット以外の人間に「子供」と言われるのはめずらしいので、ちょっと恥ずかしくなった様子だ。ランスロットは笑いをこらえるのに必死で何もフォローが出来ない。
「それは・・・逆を言えば、あたしがきちんと大人になってしまったら・・・エリザベート達を迫害してしまうのだろうか」
「そうではないと思います」
「そうか。じゃあ安心して大人になれる」
とソニアはいたずらっぽく笑った。くすくすとマーメイドたちもそれに合わせるように笑う。それからソニアは立ち上がって「また来る。今日はゆっくりこの美しい海で羽根を伸ばしていてくれ。」
「ありがとうございます」
「・・それから・・・多分、ポルキュスの言っていたことは・・・エリザベート達も同じ思いはあったんだろうと思う。・・・それを叶えてあげられるのはあたしじゃあないし、マーメイドの理想郷はマーメイドの手で作る以外は方法がないから・・・それを約束出来ないことは、謝らない。でも・・・ごめんね。ポルキュスを助けられなくて。気持ちがまっすぐで、まっすぐ過ぎたからこそ帝国に利用されていたポルキュスを、あなた達の同朋を助けてあげられなくて」
エリザベートとノーマはじっと穏やかにソニアをみつめていた。ソニアも二人から目をそらさない。
そのソニアの様子をランスロットは見上げていた。朝日に照らし出されたソニアの髪は、いつもより少しだけ金髪よりに見えた。
少し日にやけているその顔はちょっとだけ苦渋の色を見せているけれど、決してゆるがない表情だった。
「わたしたちがあなたを許しても、私達の同朋が全てあなたを許すわけでも人間を許すわけでもありません」
「それだけを、忘れないで」
二人のマーメイドはころころと響く声で言った。
「忘れない。忘れないし、忘れたくない」
そのソニアの答えに満足そうにマーメイドたちは笑顔を見せて、海へと帰っていった。
朝日をうけて光る彼女達の尻尾は見たことがない光沢を見せていた。ランスロットは砂をぱんぱんと払いながら立ち上がる。
ソニアはランスロットより少し先に、ちょっとの間波にそって砂浜を歩いていた。ゆっくりとした足取りで、ランスロットは保護者のようにソニアの後ろを歩いていく。
「遅くなった。ランスロットはなんであたしを探しに来たんだ?」
「そなたがいないと、みな心配をする」
「?そうなのか?あたしだって人間だから、たまにはいつもと違うこともするよ」
「そのようだな」
「あっ、そうだ。ランスロット、いいもの見せてあげる」
そういう言い方が子供だというのに、とランスロットはまた苦笑した。振り返ってソニアは手を握りこぶしにしてランスロットにむける。
「何を見せてくれるのだ」
「これっ。エリザベートからもらった。」
「・・・真珠じゃないか」
「なのかな?綺麗だよね。ひとつしかないんだけど。」
ソニアが手のひらを広げて見せてくれたのは、小さな真珠だった。
「1個だから指輪にしようと思って・・・エリザベート達の気持ちが、きっとこれにこもっていると思うから。」
「指輪、か。ここいらでそういうものを作る場所があるのか」
「あるよ、当たり前だ。海のあたりは真珠やら貝殻細工の店がたくさんあるんだから。」
ふふふ、とソニアは嬉しそうに笑った。
「やはり、そういうものは嬉しいのか」
女の子なのだな、とランスロットは思う。それへびっくりした顔をしてからソニアはまたいたずらっぽい表情を見せる。
「違うよ。あ、確かに嬉しいけど・・・・。ランスロットにあたしが教えてあげられることがあるんだと思ったら嬉しくなった」
「・・・そうか」
ランスロットは穏やかにそう言って小さく笑ったけれど、完敗だな、と心の中でつぶやいた。

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モドル

ぐはあああーーーっ!!まさかオウガで!浪打際のカップルを書くことになろうとはっ!!!
生まれて初めて恋人同士(違うだろっ)が海辺で歩いているシーンを小説で書きました。ショッキング。
ああっ、ソニアと手をつないでくれ、ランス!!(妄想)
あえて夕日ではなく朝日にしてみました。健全っぽい?