月に光る-2-

事件はその日の夜におこった。最初にそれに気づいたのはカノープスだった。
夕食の片付けも終わった時間だったが、部隊はウォーレンが道具調達やらなにやらで2部隊つれていき、ランスロットとアイーシャを中心としてやはりこれも2部隊ほど周辺の探索に行っていてまだ戻ってこなかった。思った以上時間がかかっている様子だったので、本陣にいるソニア達はさっさと食事を終えて彼らを待っていた。ソニアの部隊はアヴァロン島解放後にソニア・カノープス・ランスロット・ナイトのカーロス・そしてプリーストのオリビアの5人になった。ランスロットは今日は抜けて周辺探索にいってくれているし、カーロスとオリビアは、今回初めてソニアと同じ部隊になるという重責を負えて(実際、彼女の動きはとてもハードだったし、カストラート海ではオクトパスやクラーケンの連続攻撃相手の戦闘が続いて消耗も著しかった)今日は休ませてもらっていた。
ウォーレン達と共に移動していたガストンがコカトリスで戻ってきて報告をする。
どうやらウォーレン達は今日は一泊して戻ってくることにし、更に遠回りして様子を見てきたのだが、ランスロットの部隊は魔女マンゴーにえらく足止めされて、今日探索をするノルマを達成できていなかったという話をしてくれた。
(じゃあ、みんな明朝になるのかな)
「お疲れ様、ガストン。食事をしてゆっくり休むといい。あたしも今日はゆっくり休ませてもらったから、夜は起きているし」
「は。ありがとうございます」
そういってねぎらいの言葉をかけていたときに、雄雄しい羽ばたきの音が外から聞こえた。
「ソニア!おい、ちょっと来い!」
「どうした、カノープス!」
呼ばれて慌ててソニアは屋敷の一階の窓から外に出た。
「海岸の様子が、おかしい」
「何!?」
降りてきた、と思ったらカノープスはさっとソニアを脇に簡単にかかえた。外にいた兵士達はあっけに取られてそれを見ている。
「あ、ちょっと行って来る!」
とソニアはガストンにむかって叫んだ。ガストンは驚きながらも、二人にむかって大きく手をふる。
「一体なんだ、海岸の方って・・・」
「わっかんねーよ。でも、多分・・・人魚の密猟じゃねえの。」
「何っ!?・・・あ、カノープス、ちょうどいいところにオーロラがいる。拾っていこう」
ちらりと木が多く生い茂っているところに、アヴァロン島までソニアの部隊だったオーロラがこんな時間なのにうろついているところが見えた。
「ヤバくねえ?きっとビクターと待ち合わせてるんだぜ?」
「ええっ!?なんで?」
「お前、しんないの?あの二人いい仲なんだぜ」
「し、知らなかった。知らなかったけど・・・この際、それは涙を飲んで貰おう。」
「お前って、結構ひどいヤツ・・・」

オーロラは喜んでくっついてきた。案の定ビクターと待ち合わせしていたということで、可哀相に軽装で剣一本を腰につけただけのビクターは情けない顔をしてカノープスに抱えられている。
「ごめんね」
「いいえいいえ」
と笑顔のオーロラと、悲しそうに「勘弁してください〜」と冗談まじりのビクターが対照的で、きっとオーロラの尻にしかれているのだな、とソニアは思って笑ってしまった。
「あそこ、一体何が・・・」
海岸に近づくと、7,8人の男達が魔獣を連れてあやしい動きをみせていた。
「カノープス、多分、アタリだ。あいつら、グリフォンとクラーケンを使い分けて人魚を狩り出している。」
そっとささやくソニア。
「どうする」
「どうもこうも・・・普通に話をすればいいことだ」
「ソニア殿、それはちょっとまずいかと」
「何故だ」
ビクターが困ったように言う。
「・・・昨日までポルキュスが治めていた地ですから、その間は人魚狩はもちろん禁止されていました。けれど、今は・・・誰が治めているわけでも
ない状態が今ですから・・・何が禁止事項なのかは、はっきりと誰も言えないのだと・・・」
それはとてもまっとうな言葉で、だからこそソニアを苛立たせた。
「それでもいい。あたしは・・・少なくともエリザベートとノーマの無事を確認しなければいけない」
「それは確かだな」
カノープスが羽音を殊更に大きくたてて降りていくと、海岸に集まっていた人間はぎょっとしてみなこちらを振り返る。
「何してるんだい」
カノープスはちょっとのんきそうに言った。
「か、関係ないだろうよ」
明らかに気まずそうな表情で男は答えた。
「・・・その麻袋にはいってるのは、なんだ」
ソニアは男を睨んだ。いくつかの麻袋から水滴がじんわりとにじんでいる。ちょっと沖の方にグリフォンが羽ばたいているのが見えた。
「カノープス、あれ、何してるか見てきてくれ」
「あいよ。お前、オーロラ達のいうことよく聞くんだぞ」
「余計な世話だ」
ぽんぽん、とソニアの頭を叩いてカノープスは飛び上がった。男達はそれを聞いて動揺する。
「お前たちが何を詮索してるかしらんが、人のことだ、ほうっといてもらおう」
「そういうわけにはいかない。もう一度聞く。その麻袋には何がはいっている」
「か、貝だ。俺たちは貝を取っているんだ」
「ふうん。いくらなんだ?高値で買い取るけど。」
ソニアはポケットからめずらしく金を出した。ウォーレンが出かけるときにおいていってくれた軍資金の一部だ。
「もう引き取り先が、決まってる」
と、言い逃れを男はした。ソニアはぴくり、と眉を動かして海に向かって叫んだ。
「どこにいる!エリザベート!ノーマ!ハイマン!アルキメデス!」
その声を待っていたとばかりに、海からエリザベートと中心にして波をおこして彼らは姿を見せた。
男たちはぎょっとしてそちらを見る。
「ソニアさまがいらっしゃらなくとも、我慢が出来なかったところですわ」
そう言ったエリザベートの瞳は怒りに打ち震えていた。
「本来、わたしたちは反乱軍にこの身を投じた者。ソニアさまの指示なくして騒ぎを自分から起こすことは許されない身ですが、それを覚悟で、この者たちを・・・返さないつもりでした」
「エリザベート」
ソニアは悲しそうに声をかける。男達の様子をちら、と見ると、武器を手にしているのがわかった。
「一体何なんだよ、お前らは!脇から出てきてああだこうだと!ああ、そうだよ、俺たちは人魚を獲ってたんだ」
「こうでもしなきゃあ、俺たちは金が手にはいらねえんだ。家族のために人魚を獲って、金にするんだよ!悪いのは俺たちじゃねえ。人魚を買う、腐った金持ちどもだ!」
「それは、ただの言い訳だ。」
「俺たちがしなくったって、誰かがやってる!俺たちは、その誰かの代わりにやってるだけだ!」
哀れだ。
ソニアはぎゅ、と握りこぶしを作った。
たとえ男達がいっていることが真実で、本当に心から自分達の生活のためだとしても、それはとても哀れで。
帝国軍からこの土地を解放した意味があまりにもないことにソニアは愕然とした。
「嘘だ。人魚を獲って売ることが、あまりにたやすく金になることだからお前達は選んでいるだけだ」
そう言ったのはビクターだ。
普段あまり物を言わないビクターが頬を紅潮させて唇をわななかせて言った。一気に男達に近づくと、その麻袋をひとつわしづかみにして転がして口をあけた。
「何をする!」
「何をする、はこっちのセリフだ!」
麻袋の口から見えるのは。
ソニアが綺麗だとエリザベートに褒め称えた、人魚の美しい髪の輝きだ。ソニアはなんだか泣きたい気持ちにかられた。
「・・・なんてことを!何もしていない人魚達を、何故・・・」
オーロラが悲壮な叫びを漏らして、天の神への印を切った。
「お前達よそ者にわかるものか!」
「そうね。狩られるほうの気持ちもわからないのでしょうからね」
そう言ったのはノーマだ。
「ソニアさま。今から、わたくし、反乱軍から離反しますわ・・・。短い間でしたが、あなたに仕えてわたくし、光栄でした」
「・・・・ダメだ、ノーマ、許さない」
ソニアは目を閉じてそういった。ノーマのその言葉は「そうしてまでも、私はその男を・・・」という意味合いだ。
どうしていいのか、わからない。彼女達の怒りもわかるし、いくら子供が使うような詭弁とはいえ、生活のための金を手に入れる手段を男達からすべて奪う権利は自分にはない。
何度か息を吸って、吐いて、そしてソニアは静かにいった。
「あたしは反乱軍のリーダーソニアだ。昨日人魚のポルキュスを倒してこの地を帝国軍から解放したのはあたしだ」
男達はどよめいた。先ほどの会話から、実はそうではないかそうではないかと思っていた懸念を、ソニア本人の口から聞いたのだから当然だろう。
「けれど、あたしがこの地を解放したのは、人間にとって都合がいい統治をさせるためじゃあない。帝国に操られている可哀相なあの人魚を解放したかったからだ」
「それがどうだってんだ。俺たちには何の関係もねえな!お嬢ちゃんよ!」
男達が叫ぶ。
不安そうなオーロラの脇に立っている、頬を紅潮させまだ何かをいいたそうなビクターをちらりと見て、ソニアはそっと手で制した。
「・・・お前達に問う。お前達の家族は、このことを知っているのか!?」
その言葉に一瞬男達はひるんだ様子だ。それをみて、やはり家族はこのことを知らないのだな、と誰でも推測出来るほどだ。
ちょうどそのときにばさばさ、と上空からはばたきの音が聞こえてくる。カノープスが戻ってきてくれたのだ。
「カノープス!」
ソニアのとなりに降りてきて、カノープスは羽根をたたんだ。
「案の定だぜ。こいつら、沖でも人魚捕獲していやがった」
「で、どうした」
「見ろよ」
カノープスがあごをしゃくった方向をみる。
「あ」
遠目でもわかる。東側の海岸であるから、魔女マンゴーのところにいっていたランスロット隊が帰路に発見してくれていたのだ。
ランスロット達は今日は探索だから、バルタンのスチーブの力を借りて飛行していたわけだ。
ソニアはランスロットが来てくれたことでとてもほっとした自分を知る。帝国軍と戦うことは別段困ることはない。けれど、こういったいさかいについてはあまりソニアは得意ではない。
そもそも、ここにカノープスだけでなく、オーロラやビクターもいてくれたことがどれだけ心強かったことか!
そこにきてランスロットが来てくれた。とても嬉しくて、表情が一瞬ほころびそうになったのをソニアはきつく戒める。
「捕獲した人魚を全部逃がしてた。ランスロットの判断でな。どうも、エリザベートやノーマが混ざってたらどうしよう、と思ったらしくて、結構やつもあせってたぜ」
「そうか」
それからソニアは男達に向き直り、先ほどカノープスが戻ってきたことで止めていた言葉を再度男達に告げた。
「あたしはお前達を裁かない。お前達を裁くのは、お前達の家族だ」
むきになって一人の男は叫ぶ。
「ふざけるな!お前ら、何様のつもりだ!正義の使者ぶってんじゃねえぞ!」
ばかげたその言葉にソニアは冷静に言った。
「そんなつもりはない。もしも、そのように聞こえるならば、それはお前達が後ろ暗いことをしているという証拠だ」
「それが思い込みの正義を振りかざしてるつってんだろうがよ!後ろ暗いだと!?生きていくってのはこういうことだろうがっ!」
もう一人の男が叫んだ。それへはめずらしくカノープスが本気で叱責した。
「ふざけてるのはおめーらの方だ!」
この有翼人が本気で声を荒げるのをソニアは初めて聞いた気がする。
カノープスの怒声は、その場を舐め尽くすような勢いがあった。
「だったら、お前らの家族にもそういえばいいだろう。生きていくってのはこういうことだ、お前たちのために俺は罪もない人魚を捕らえて殺して売りさばいてます、ってな!言えよ。言って家族を諭せよ。生きていくってのはそういうことなんだろうが!」
それへ男達は言葉を失ってしまった。と、青ざめて一人の男が逃げようと背中をむけて走り出す。カノープスがいる以上は逃げ切れっこないというのに。が、その男に対してはソニアよりも先に、エリザベートが反応した。
細くて美しい彼女の指がまっすぐ男を標的に捕らえる。
「ブリザード!」
「エリザベート!ダメだ!」
ソニアの声は間に合わず、ブリザードはその男の足を直撃した。
「うわあああーーー!」
砂浜にもんどりうって倒れこんで、足を抱えて悶え、のたうちまわる男。
それに一瞥をくれてから、エリザベートはソニア達と男達をぐるりと見回して静かに言った。
「・・・あの人間を傷つけた罰を私はうけるつもりです。自分が犯した罪への償いは、自分にしか出来ないこと。その覚悟があってでも、本来生き物を殺したり傷つけることは何者も、何者からも、許されないことだというのに。」
こんなときですら。
エリザベートの声はちょっとだけ鈴の音が鳴ったような響きが加わってあまりにも美しくて。
ソニアは、たったそれだけで泣けてしまう気がして、ぎゅっとにぎりこぶしに力を入れた。


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モドル

ナイスタイミングのランスロット。多分ランスの愛なのでしょう。(笑)