Palusation

ディアスポラ地方の解放は思ったよりスムーズだった。
帝国側の司令官であった法皇ノルンがもともとは戦人ではなかったことがその要因だったに違いない。ただ、多くの町があることと広い土地のおかげで各部隊の疲れは思いのほか大きかったので、解放までの時間のかかり方と実際の疲労はい
つもとどうやら違うように思われた。
珍しくカノープスが根をあげたのにも理由はあった。
たかだか一人の少女のお願いとやらを聞いてやるために、ソニアにあっちにいけこっちにいけと振り回されたからだ。
それに関してはランスロットも同情をしていた。
「まあ、よかったじゃないか。母親の命が助かったんだし」
「はいはい、そーでございますね」
拠点としていた砦の一室に彼らはいた。石造りのひんやりとした部屋だ。
解放したばかりのこの地域を再度視察をする明日の予定をたてようとランスロットが頭を悩ませている横で、カノープスは椅子を並べてごろりと横になっていた。先ほどまでウォーレンがいたけれど、ウォーレンはアイテム購入のお伺いをたてにソニアを探しに出て行ったばかりだ。
「ふふ、めずらしいな。カノープスがそんな風に言うのは」
「人使い荒いんだよ。明日だって各拠点もう一回まわるんだろ」
「疲れているようなら、明日は他のバルタンに頼むようにソニアに言っておこうか?」
ランスロットは地図に線を書き入れながら言った。
「・・・いや、そりゃこまる」
「何故」
「ん?」
カノープスはだらしない格好でランスロットを見上げてにやりと笑った。
「俺がソニアといたいからさあ」
「?」
なんと答えていいか、というより何を言ってるんだろう?という表情でランスロットは地図から顔をあげてカノープスを見る。
「・・・そうか。」
勝手に納得したかのようにそうつぶやいてまた地図に視線を戻す。
「他に何かいうことないのか?」
「何を言って欲しいんだ?」
「・・・ま、いっけど」
ちぇ、つまんねえな。
そんな表情でカノープスは相変わらずランスロットの側でぐだぐだしているのだった。

その晩、新たに仲間に加わったノルンを交えて、帝国の中心部の今の動向についての情報を提供してもらいながら軍議が行われた。。
「さ、寝るか」
ユニットリーダーがみな集まって続いた長い会議が終わり、みな与えられた部屋に散り散りになってゆく。
この砦は造りが大きく、久しぶりにほとんどの人間がベッドをあてがわれて、大体2,3人で一部屋で眠ることが出来る。
部隊長達はみな一室づつ与えられ、それとはまた異なるがランスロットは一室部屋をもらっていた。彼は部隊長ではないが、個人の特有の能力のために、どの兵士よりも何よりも反乱軍でせわしなく働いているからだ。そしてその待遇に文句を言うものは誰もいなかった。
ランスロットは自室に戻ってから、そうだ、そういえば明日の出発時刻をソニアから聞いていなかった、と思い立った。そんな風に忘れてしまうことはとてもめずらしいことで、自分も自分で感じている以上に疲れているのだろうということがそれだけでわかった。
着替えもせずに一度ごろりと数分ベッドに横になった体は案外重たくて、そこから立ち上がるのはかなりの根性が必要だったけれどともかくランスロットはなんとかソニアの部屋に重い体を引きずって歩いていった。
一度動き始めれば体はすぐにベッドの感触を忘れるのを彼は自分で知っている。
ノックを二回。それから声をかける。
「ソニア殿、申し訳ありません、よろしいでしょうか」
「開いてるよ」
ドアを開けてソニアの部屋にはいった瞬間、ランスロットは固まった。
「な・・・」
「疲れてたんだろう。寝てしまった。」
腰掛にちょこんと座ってソニアはテクターをはずしているところだった。そして。
ソニアが眠るはずだった木の枠が今にも折れそうなベッドにカノープスが大の字になって寝ている。
片足がベッドの端っこにはみ出て今にも落ちそうだ。寝息が静かだということはなんだかランスロットには意外に思えた。
「何故カノープスがここに」
「うん?明日の出発時刻を聞きにきたんだ。ごめん、確かにうっかりしていた。あたしも疲れていたのかもしれない。カノープスが来る前にウォーレンが来てくれた。今ごろウォーレンがみなに伝達してくれているはずだ。ランスロットもそれで来たのだろう?」
「ああ」
「明日は朝食をいつもどおりに。とったら、すぐに出る。だから今日は夜更かししないですぐ寝てくれ。」
ソニアに夜更かしするな、などと言われるとは思わなかったランスロットはヘンな顔をしてしまう。それからベッドに近づく。
確かにここ連日カノープスは動きっぱなしだったけれど、ここまで目を覚まさない、というのは珍しい。
「ああ・・・・カノープスはわたしが背負っていこう」
「いいよ、そのままで。」
「といっても。カノープスはカーロスと同じ部屋だ。部屋を交換するわけにもいくまい」
「別に?あたしはここで寝るし。」
そういってソニアは髪を無造作に解きながら、床をとんとん、と足で蹴った。彼女が実はベッドで眠る習慣がついたのはつい最近らしいということを知っているランスロットは、顔をしかめる。
「駄目だ」
「なんで?面倒じゃないか」
「・・・面倒とか面倒じゃないとか、そういうことじゃないだろう。恥ずかしいと思わないのか」
「恥ずかしい?」
全然理解できない、という顔をされる。
ああ、もう。
「男と同じ部屋で眠るなどと。女性としてもう少し慎みをもった方がよいぞ」
「昔は弟と一緒に寝てたぞ」
「そなたはもう子供じゃないだろう」
「・・・子供だって言うくせに」
拗ねたようにソニアは言った。こういうときの屁理屈は相変わらずだ。
「ソニア殿、そなたは、恥ずかしくないのか。男性と同じ部屋で寝るのは」
「・・・んー・・・」
しばらく考えてからソニアは「わかんない」とまことに無責任な回答を返した。ランスロットはがっくりと力が抜けるのを感じた。
それでもこのリーダーがまったく男女の別を考えたことがない人間ではないことを彼は知っている。野営のときでもなんでも、ソニアは基本的に女性兵士への気配りはきちんとしていた。同じ女性だからな、と見ていて思ったのだけれどどうもそれとは話が違うらしい。
思い当たる節もある。
以前ビーストテイマーのガストンがなかなか起きなかったときに、こともあろうにこのリーダーはベッドにまでのっかっておこしていた。
そのときは確か、自分が悪かった、気をつける、と謝っていたと思うけれど・・・。
(あれとこれでは話が違うのだろうか?私には同じことだと思えるのだが・・・)
「とりあえず、床で寝ることを怒ってるんじゃないってわかる」
テクターの紐が弱くなっているところに強化するための皮紐を通していたソニアはそういって顔をあげた。
「・・・いや、確かにそれはそうなんだけど」
「別に、間違いがおこる間柄ではないし」
「・・・そなたとカノープスのことか」
「うん。それにだな、ランスロット。第一、毎日毎日半分裸の男に抱きかかえられて運ばれてるのに、今更そんなことを言われても。同じ部屋で寝るのが恥ずかしいような人間だったら、そんなことは出来ないんじゃないか?」
ランスロットはちょっと気分を害した顔をした。それが一体どういう感情からの表情の変化なのかソニアにはわからなかったけれど、その表情を緩めて彼は苦笑してみせた。
「なんだか、それも屁理屈に思えるが。・・・まあいい。そなたは、今日はわたしの部屋を使ってくれ」
「ランスロットの?ランスロットはどうするんだ」
「わたしがカノープスの部屋で眠ればいいだろう。困ることはない」
「んー」
ソニアはちらっと何かを考える表情をしたけれど、まあ、もう、面倒なことを言っている暇があったら寝たいなあと思ってしまうわけで。
髪をほどいてテクターもすべてはずして、ブーツを脱いでソニアは素足をぶらぶらさせていた。ちょっと肩をすくめ
「わかった。んじゃ、ランスロットの部屋借りるね」
「ああ」
けだるそうにブリュンヒルドと頭からかぶるだけの一枚布の簡単な寝間着(女性兵士からの要望で、せめて屋根があるところで寝泊りするときくらいいは着替えて寝たいという要望が出たため、これだけは確保しているのだ)をかかえて、ソニアは立ち上がった。
「それじゃ、借りる。ランスロットも早く寝るといいよ」
「・・・ああ、おやすみ。聞き分けがよくて助かる」
「そういうこと言われるとちょっとイラつくね」
なんてことをいって小さく笑うと、ソニアはランスロットをおいてさっさと出て行ってしまう。
小さくため息をついてランスロットは、気持ちよさそうに寝ているカノープスを彼らしくもなくちょっとつついてみた。
ごろりと寝返りをうって壁側へ逃げていくカノープス。さっきまで落ちそうだった足がそれでベッドの上に戻った。
(本当に疲れていたのだな)
ちらりと部屋を見渡して、ソニアが素足で出て行ったことに気づいてランスロットはまた眉間に皺をよせるのだった。

どくん。
ソニアは驚いた。
「な、ななな、なにドーヨーしてるんだ、あたしは」
自分に言い聞かせるように言葉にして、ランスロットがあてがわれていた部屋でソニアは立っていた。
足の長さがふぞろいな小さな机の上にある、しおりがはさんである本はつい最近ウォーレンが持ってきてくれたゼテギネアについての古い文献だ。
明日のために用意された手書きの地図。
いつも持ち歩いている薬草などいれる小さな皮袋。
きちんと磨かれている鎧。
ソニアが以前渡した手入れされたカラドボルグ。
いつぞやかソニアが熱を出したときに貸してくれたマント。
それらのどれもランスロットがどんな風に使っているのかすぐに思い出せる。
まあ、そんなことはさほど気にもならなかったけれど。
「・・・むう」
とりあえず服を着替えようと思ったけれど、ソニアは少し考えてからその手を止めた。それからぽい、と寝間着を放り投げ、ベッドから毛布だけをひっぱってきてごろりと床に横たわった。
なんだか、どきどきする。どうしたらいいのか、何が起こっているのか考えたくなかった。ただ、わかるのは。
とてもではないけれど、ソニアは素直にベッドに眠ることなんて出来ない。
だって、ここには。
だって。

どんなに疲れていても体が覚えているようで、早朝に目が覚めてしまう。いつものように剣を腰につけたまではいいが、靴はない、髪を結う紐はない、でソニアはそうっと自分の部屋に戻った。
カノープスを起こしては可哀相だ、と静かにドアを開けて中にはいる。案の定彼はちょっとばかりヘンなポーズで毛布から体をはみ出させて寝ている。靴と紐だけそっと取って、ソニアは部屋を出た。
(よかった。おこさなくて済んだ)
廊下でぺたんと座り込んできゅっきゅっと音を立てて靴をはき、髪を縛った。と、背後から人が近づいてくる気配がした。
「おはよう、ソニア殿」
「あっ、アッシュおはよう!」
こんな朝早くにどうしたんだ?とソニアは通りかかったアッシュに小さく首をかしげる。
アッシュは間違いなくこの軍で最高齢のパラディンだった。ゼノビア王家反逆の罪で監禁されていたというのにその剣技には衰えはなく、いまではソニアからの信頼も厚い。
「たまにはこの老いぼれもそなたと朝から打ち合いたく思ってな」
「ははは、アッシュがそういってくれるのは嬉しい」
ソニアは立ち上がって笑顔を見せた。
それから二人で肩を並べてめずらしく話をしながら砦の外に出た。アッシュとの会話はいつでももっぱら剣技のことだ。
「ノルンがデボネア将軍と恋仲だって聞いたから、いろいろ教えてもらおうと思って」
「何をだ?」
「ん?どんな風に鍛錬していたのか、知ってるかなあ、って。ものすごい剣の使い手だったし。あたしはアッシュのように重たい剣を扱うのは苦手だけど、デボネア将軍の得物くらいなら扱うから、何か参考になればいいかと」
「うむ。そなたの剣質はわしのものとは違いすぎるからアドバイスをあまりしてやることは・・・おや、ランスロット殿。おはよう」
兵士達が既に砦の外で朝の鍛錬を始めている様子が見えた。それを木の下からじっと見ているランスロットをアッシュがみつけて声をかけた。
ランスロットは笑顔で答える。
「おはようございます。ああ、ソニア殿、起きたのか。よかった、部屋に剣を置いてきてしまっていたものだから、取りにいくのもどうかと思って待っていたのだ」
「あ、ごめん。そうだよね。起きてすぐ出てきたからちらかっているけど・・・」
「構うものか」
そういってランスロットはソニア達が今きた道を歩いていった。話がわからないアッシュは一体なんのことだ?とソニアにたずねた。
「ん?昨晩カノープスがあたしのベッドを横取りしたから、あたしはランスロットの部屋を借りたんだ。」
「あの騎士はそなたには甘いな」
「そう思うか?」
「ああ。そなたなら放っておいたらヘルハウンド達とでも寝るのだろうに、甘やかしすぎだ」
ソニアはびっくりしてアッシュを見る。と、老騎士は笑って
「ギルバルドがそういっていた。前科があるんだろう?」
「うん」
「野生の動物を縛り付けるようなことをしてもムダなのにな」
またいつものように、何を言っているのだろう、とソニアはきょとんとして、それから小さくつぶやくように答える。
「うーん、それはどうかわからないけれどな、確かに甘やかしてもらってると思う」
「おはようございます!ソニア殿!」
二人に声をかける兵士達に挨拶をして、早朝の個人鍛錬の様子をしばらくぐるりと眺めた。
いつの間にやら出来たこの習慣だったが、最近は雨が降る日も多くてままならなかった。今日は久しぶりの快晴だな、とまだ明けきらぬ空に雲がないこと、朝焼けの色がそう告げているということをソニアは確認する。
それからアッシュと二人で兵士達の様子をしばらく見学した。ソニアが気付かないことでもアッシュがそっと教えてくれて、一人一人の癖や欠点がよくわかる。
「体ならしをしておくか」
およそ、12人ほどの兵士の動きをああだこうだとソニアと話し終えると、アッシュがそういって体を動かし始める。
よし、じゃああたしも、と思った矢先にランスロットが戻ってきた。
「あ、やば」
まだ近づいていないランスロットを見て、ソニアは怒られそうなことをしたんだ、と思い出した。
別段ランスロットは苦い顔をしているわけではなかったけれど、絶対一言言われるに決まっていた。
アッシュはソニアがぼそっと言葉に出したことを聞かないふりをして体を伸ばしたり曲げたりとしている。
「ソニア殿」
案の定声をかけられる。ソニアはちょっとだけランスロットの方へ歩いていった。なんとなく、アッシュにはこの会話を聞かれたくない。そんな気持ちになったの何故だろう。
「なに」
「・・・どうしても、ベッドは嫌なのか、そなたは」
やっぱりな、とソニアは苦笑する。
「なんとなく」
「そうか。驚いた。入ったら床に毛布がまるまっていて」
「ごめん。今晩あたしの部屋の毛布を持っていってくれ。そっちは引き取るから」
そう言うと、それ以上ランスロットから深く追求されないように「アッシュ、待たせたな」とソニアは殊更に声を大きくしてランスロットの側を離れた。

ソニアはランスロットを振り返ることなくアッシュの側にやってきた。
だって言えるわけない。
ランスロットの体が横たわっていた跡を見た途端、そこに自分が寝るのが恥ずかしくなったなんて。
さっきまでここに、あの人のからだがあったのだ。ここにあの人のからだがあって、その重みでこのしわが出来て、そして今はなくなっているけれど、あの人の体温がきっとここを温めていたに違いないのだ。
昨晩そう思った途端にまるで血液が沸騰しているように体が熱くなったなんて。
「話は終わったのか」
「うん」
ゾニアはランスロットの視線が自分に向けられていませんように、思い出しただけで動揺している自分を気取られません
ように、と誰にともなく思いながら剣を抜いた。
そして、もうひとつ。
「アッシュ、行くぞ!」
「来い!」
いつも持ち歩いている薬草などいれる小さな皮袋。
きちんと磨かれている鎧。
ソニアが以前渡した手入れされたカラドボルグ。
そういったランスロットを感じられるものが、目覚めたときに自分の周りを囲んでいることが、なんだか嬉しく思えたなんてこと。
そんなこと、言えるはずもない。・・・そんな恥かしいこと。
ソニアは唇を引き結んで、剣の柄をぎゅ、と力をこめて握った。雑念を振り払うように。

Fin




モドル

うひょー!ハズカシイ話ですね!ついにソニアにはっきりと意識させてみました。
本当はノルンの話をがりがり書き込んでいたのですが、すぱっと消してしまいました。
も、今回は個人の感情の動きだけを書ければ、一体本拠地はどの都市で、このマップにはどんな敵が出て来て、どんな都市があって、ポーシャのイベントがあって、ノルンがどうなって・・・とかそういうことは一切切り捨てました!
それでもアッシュを書き過ぎて絞り込めなかったようなカンジもします。
本当に最近余計なものをそぎおとす作業が難しいです。
書きたいこと、理由付けをしたいこと、なんかがいっぱいありすぎて・・・。
何はともあれ、恥かしい話になりました。しかし、きちんと考えて欲しいことなのに(笑)雑念扱いにして終わってるあたりが(笑)