シンデレラ

こんな綺麗な人をみたことがなかった。
ううん、でも、そんなことを言ったら彼はきっとその美しい顔をしかめるに決まっている。
不思議とそれは会う前から、彼についての資料を見たときからわかってたような気がしたの。
「ふうん、なかなか個性的な人たちを教官として選出してくれたのね」
「これで、よろしいでしょうか?何かご不満があればおっしゃってくださいね」
「何を言ってるの。ロザリアが選んだ人たちに不満があるわけ、ないじゃない」
そういうと彼女は小さく笑いながら肩をすくめて
「信頼してもらうのはありがたいけれど。大切な人材だから、よく資料に目を通してくださいね」
「はいはーい」
わたしがそういって二度返事をするときは、女王陛下なんていう仮面をはいで、彼女と話がしたいときだとロザリアは知っている。
「駄目よ、アンジェリーク、今日の執務はまだ終わってないわ」
「わかってるわ。でも、ほら、こんなにお天気がいいんですもの」
ロザリアは困った笑顔をみせて、仕方がないわね、お茶でももってこさせるわ、と許してくれた。
彼女が屋敷の呼び鈴をならしてお茶を頼んでいる間。
わたしは、何度も何度も、あの人の資料に目を通していた。
それは執務だからではなくて。
きっと、そのときからちょっとだけ心にひっかかっていたのかもしれない。

想像していた彼と、目の前の彼は違い過ぎた。
いくら孤高の芸術家とはいえ、もう少しくらい、わたしの前で緊張するのかと思っていたのに。
「へえ、想像していたより女王陛下ってのは可愛らしいお嬢さんなんだね。普通でびっくりしたよ」
「セイラン!」
ロザリアが声を荒立てた。
「あら、ありがとう。素敵な褒め言葉ね」
私は、自分でも結構気に入っている、オスカーにいわせると「とびきりの笑顔」を彼にむけた。
彼はとても美しくて、きちんとそろえている髪をそっと揺らめかせて猫っぽい表情でくすり、と笑った。
それに動揺しないように、と私は心の中で何度も何度も自分自身にお願いをする。
だって、彼の表情や仕草はとても素敵で、今までみたことがない人で。
一目惚れなんて、信じない。でも、人間って、綺麗なものは素直に好きじゃない?多分、それなのよ、と自分に何度も言い聞かせていた。
「どういたしまして。思ったことは正直に言ってしまうのが僕のいいところであり悪いところであると自分では一応わかってはいるのだけれど。補佐官殿は許してはくださらないようだね。失礼した」
一緒に教官として聖地に招かれたヴィクトールはちょっと眉間に皺をよせた。
もうひとりのティムカは表情には出さないけれど、品性の教官である彼が、そんな行為をいいと思っているわけがないと私にはわかる。
「これから、気をつけるよ。女王陛下は、気にしていらっしゃらないようだけど」
「そうしていただきたいものだわ」
ロザリアはあまり厳しくない表情で、それでも毅然として彼・・・セイランにそう言った。
「抑えつけられるのは好みじゃないんだけど、ね」
私と彼の視線が、最後にもう一度だけ、絡んだ。

聖地に二人の女王候補がやってきて、新しい宇宙を託すことが出来る女王を選定するための試験が始まった。
若い女王候補二人に対してもセイランは毒舌をいかんなく発揮してくれているようで、時折ロザリアのもとに私と同じ名前をもったアンジェリークがやってきて「セイランさまが苦手なんです」なんていう相談をしているようだった。もう一人の女王候補レイチェルは「嫌味だと思ったけど、でもホント、あの人はウソは言わない人だから別にいいんだ」なんて言ってるようだったけど。
それでも、彼はどうやらレイチェルよりもアンジェリークの方が頑張っていると評価をしてくれているようだ。
そんな話を聞いて、私は時折ぼんやりと思っていた。
どんなことを言われても、彼と一対一で話が出来るなんて、彼女達はいいなあ、なんて。
私は時折女王候補と守護聖、それから教官を集めて行う女王試験の中間審査であの人の姿を見ることが出来る
だけ。あとは個人的に話をすることも出来ない。
中間審査のその広間で。
彼は動きが少ないけれど華麗に見える足取りで私に近づいてくる。
低い場所から私の瞳を覗いて何気ない、気取らない言葉で言うのだ。
「アンジェリークはよくやってると思うけど」
その言葉は。
私と同じ名前をもつ女王候補に対する評価なのだとはわかっているけれど。
それでも、時折宇宙の女王でいることに疲れている私に彼がかけてくれる言葉だと錯覚してしまいそうになる。
たったそれだけの言葉が聞きたくて。
中間審査の前夜、ロザリアと私は毎回打ち合わせをする。
「陛下、御疲れですか」
「ええ・・・ここのところ、ちょっと執務が過剰だわ。でも、仕方ないものね」
辺境の星に隕石がおちて。
そのせいでその星の生態系が乱れてしまった。
建て直しの為に水の守護聖リュミエールと緑の守護聖マルセルから力を貸してもらいながらこの一月の間私はその星を助ける為にサクリアを多くつかっていた。もちろん、私の執務はサクリアさえ使えばいい、なんていうものだけではないから、デスクワークだっていくつも残っている。
ロザリアは気を使ってくれて、彼女の判断で出来ることはすべてやってくれているけれど、女王は私一人だから最後には私自身がやるしかない。
「明日の中間審査は・・・私が代わりに執り行いましょうか?」
「ううん、それは出来ないわ。女王候補達だって必死でやってくれているんだもの」
「でも」
「ロザリア、いいの。私がそうしたいの」
私は一度目をふせて、それから彼女をみつめて言う。
「ロザリア、明日は、守護聖たちからの評価を求めましょう」
中間審査の中心になる内容は、守護聖や教官・協力者からの全員から彼女たちの評価の声をきくことと、王立研究所の報告書をもとにエルンストと私で評価をくだすこと、の二種類があって、毎回どちらを選ぶのかはこうやって私とロザリアが決めることだった。
「あら、でも前回も・・・。今回は王立研究所からの報告をもとに彼女たちの審査をした方がいいのではないでしょうか?」
「ええ、でも、守護聖たちも王立研究所の資料は目を通しているでしょうから。今回は、是非そうしてほしいの。駄目かしら?」
「あなたがそれをお望みでしたら。女王陛下」
「ありがとう、ロザリア」
エルンスト、ごめんなさい。
王立研究所の生真面目な所長の顔を思い出す。きっと、彼は明日は自分の報告に基づいて中間審査を行うと思っているの違いない。
それでも。
こんな風にちょっと疲れてしまったときには、彼からの言葉が欲しい。そんな気持ちになってしまうの。

「アンジェリークはよくやっていると思うけど」
セイランは、いつもよりもいささか私の傍に近づいて言った。
その言葉が私は欲しくて。嬉しくて本当は仕方がない。どうしてこの人の言葉が欲しいなんて思ってしまうのだろう?
言葉を交わすことも、彼の生活を見ることすら何も出来ないのに。
あえていうならば、立場が違う、生きる世界が違うこの人を。
「わかりました」
でも、それはあくまでも女王候補のアンジェリークに対する言葉だから、私は彼から間違いなくその言葉をうけとった証をして返事を返した。
いつもならばすぐに背を向ける彼の軽い視線と、小さな呟きを聞いて、私は息を呑んだ。
「こっちのアンジェリークもね」
「!」
ロザリアに聞こえていなかったかしら?
私は顔を動かさないで視界にはいっているロザリアの表情をなんとか読み取ろうと緊張をする。
ああ、どうやら聞こえてなかった様子だわ。
安堵のためにほっと息が口からでた。その私をセイランは見つめて小さくいたずらぽく笑ってから背をむける。

中間審査が終わってから、アンジェリークとレイチェルを一人ずつ呼んで、めずらしく私は面談をした。ロザリアは、疲れているのだからやめた方が、と私を止めたけれど、私は確認したかったのだ。
どうして彼が私の名前を知っていたのか。
守護聖が私の名を漏らすわけがないし、ロザリアもみなの前では私の名を呼ばない。
多分、アンジェリークが教えたのだろう。
彼女が聖地にきたときに、私と同じ名前ね、と私は彼女に言った記憶がある。
十中八九そうだとわかりながらも私は確認したかった。
案の定「女王陛下と同じ名前だなんて、光栄です」そんな風なことをセイランにいったという。
だから、ね。
わかっていたことを確認して私は胸をなでおろした。でなければ、あの人が私の名前を知っているわけがない。
「そうしたら、セイランさまが」
アンジェリーク・コレットは言葉を続けた。栗毛色の可愛らしい女王候補はいつも屈託がなくて笑顔が似合う魅力的な女の子だ。
その時の会話を再現してくれて、明るく笑いながら私にあの人のことを話してくれた。
私は自分と同じ名前のこの少女を通して彼を知る。
彼が普段彼女と何を話しているのか。感性の学習はどんな様子で行われているのか。そして・・・あの人とアンジェリークが庭園に行った時の話や。
くつん、と胸の奥が痛むのはどうしてだろう。
多分そのとき。
私は、あの人のことを好きな私に初めて気がついたのに違いない。
私の微笑は少しこわばって、可愛い女王候補生にうまく笑いかけられなかったような気がする。

女王の服を脱ぎ捨てて。
真夜中に私は聖殿を抜け出した。
本当は、女王候補生が試験を行っている、彼女達が生活をしている地に私が一人で足を伸ばすなんてことはするべきことではなかった。
それでも。
私が女王試験を行っていたとき、願いごとを叶えてくれるという滝に向かってお祈りをしているってロザリアが話してくれた。
会いたい人と会えるんだって。
悲しいことにロザリアの恋愛は破れてしまったけれど、私は本当に応援していたし、力になってあげたかった。
あの頃の私は子供で、彼女の恋愛のせつなさや苦しさを分かち合うことは出来なかったのだけれど。
静まった森の湖で、私はそっと滝の前に立つ。
おかしいわ。
宇宙の女王なんてものが、一体何に祈るっていうの?
それでも。
それでも、私は、祈りを込めて。

私はうなだれて、そのまま湖にそっと足をひたした。まるで女王候補だった頃の記憶が蘇るようだった。
しばらく待っていたけれど、悲しいことに私の祈りは届かなかったようだ。
(早く帰らなくちゃ・・・ロザリアにばれたら大事になっちゃうわ)
ぱしゃん、と水音をたてて私は立ち上がる。
そのときに。
「おや?こんな時間に先客がいるとはね」
「・・・・!」
あまり普段は聞かない、けれど、聞き間違えるはずもない声が私を驚かせた。湖の入り口からはいってきたのは、私が待っていたあの人だった。
「こんばんは、女王アンジェリーク」
「こんばんは、セイラン」
私はとても自然に言葉が出てきた自分に驚いた。
「どうしたの。女王陛下がこんなところに」
「あなたを待っていたのよ」
素直に言えた。本気にとられても冗談にとられても別に構わない。ただ、この人に会えたことだけで、私は満足していた。
「へえ、奇遇だね。僕も君のことを考えていたよ」
「えっ?」
「こんな綺麗な星の夜も、籠の中の鳥は部屋から出られないのかな、って」
くくく、といたづらっぽく彼特有の笑い声を出す。彼の言葉のどこまでが本気なのか私にはわからないけれど、
「うふふ、私は、籠の中の鳥じゃあないわ」
「そうかな?」
「自分で、籠から出て、あなたに会いに来たのだもの」
「ふうん?そうなんだ?」
それ以上彼は追及しなかった。
「あなたはどうしてここに来たの?こんな真夜中」
「なんだろうね。呼ばれた気がして。まさか、女王陛下だったとはね。でも、調度いい。せっかくこんなところに招かれたんだ、普段は手も届かない女王陛下さまと個人的に話をするのも、僕の感性にとってはとてつもない刺激になるだろうね。君がつまらない人でなければ」
「あら・・・私、つまらない子よ・・・。どうしよう」
彼はまたくく、と笑って
「そうでもない顔してるけど?」
「あら、どんな顔かしら」
「君はとても好奇心が強そうだし、でも、あまり人の領域に踏み込んでこない・・・分をわきまえている女性だと思っていたけれど?」
私はびっくりしてまじまじと彼の美しい顔を見た。
「何?」
「どうしてそんなこと、あなたが言うのかな、って。私たち、お話したことあまりないのに」
「そうだね。でもそんなことはさほど問題じゃない。僕はなんといったって感性の教官だから」
私はくすっと笑った。
多分今日の彼は機嫌がいいのだろう。だからこうやって思いがけずに会ってしまった私の相手をしてくれるのだ。
それより何より、女王である私の顔を覚えていてくれたこと、そして私を見つけても驚かずに何も形式ばったことは言わずに話をしてくれる。
それが、本当に嬉しかった。この人はわかっていてそうしていてくれているのではないか?なんて気になってしまう。
「あなたともう少しお話をしてみたいけれど、私、シンデレラだからもう帰らないと」
「あははは、12時を過ぎると魔法が解けて・・・もっと豪奢な服を着て高貴な雲の上のご身分に戻ってしまうんだね」
「そうね。でも、私はその私のことも嫌いじゃないわ。魔法にかかってる私に会いに来てくれてありがとう、セイラン。私、あなたのことが好きだわ」
その言葉にはぴくりと綺麗な形の眉を少し動かして
「へえ?好き?話をしたことがあまりないのに、と言っていたのは君のほうだよ、アンジェリーク」
「そうね。でもそんなことはさほど問題じゃないって言ったのはあなただわ」
「・・・」
私たちはお互いに小さく笑った。
それからセイランは肩をすくめて
「靴をはいたらどう?」
そのとき、初めて私は自分の足が素足のままだったということに気がついて慌てた。
久しぶりにはいて外出した、女王候補時代に夢の守護聖オリビエに見たててもらって買ったお気に入りのサンダルに足をそっといれる。
「とりあえず、送っていくよ。いくらなんだって女性をこんな時間一人で放っておくわけにはいかないだろう?」
「でも、誰かに見つかったらあなたが」
「関係ないだろ?ありのまま話せばいい。くだらないやっかみやくだらない詮索はうっとうしいだけで、実際痛くも痒くもないしね」
「どうしよう」
私は一度目をふせて、それからセイランをみつめて首をかしげた。
「女王試験に終わって欲しくなくなっちゃうわ」
セイランはそれへは何も言わずに私に背をむけて歩き出した。月明かりの下で見る彼は一層美しくて、歩き姿までもとても華麗に見えてしまう。
私がそっとその後を追う。
・・・どれくらいぶりかしら、私が誰かの背中を追いかけるのは。

「ねえ、アンジェリーク」
別れ際にセイランは呑気な口調で私に言う。
「なあに?」
「アンジェリークはよくやっていると思うよ」
「・・・」
「まあ、どれだけの激務なのかはわからないし、それを助けることなんて出来ない一般人だけどね、僕は」
「・・・」
「ここに来てから王立研究所で今まで君のサクリアが関与していた、公式データとして残して公開が許されていた資料を全部見たよ」
その言葉はとても衝撃的で。
ただの、孤高の、美しい気まぐれの毒舌家の芸術家だと言われていた彼からは予想も出来ない言葉だった。
「僕には難しすぎてよくわからなかったけれど、君は、よくやっているんだと、思った」
「セイラン」
「出すぎた言葉だったかもしれないけど。それじゃあ、おやすみ。良い夢を。って、それはオリビエ様にお願いしないといけないかな?」
くすっと笑うセイランに私は泣き笑いを返す。
「セイラン、ありがとう。楽しかったわ」
「・・・本当かい?楽しかったって顔じゃなくなってる」
「ううん、本当に楽しかった。ありがとう。次に会う約束はしたくても出来ないけれど、私、本当に楽しかったわ」
「それならいいんだけど・・・どうしたんだい」
私は。
笑顔を作りながらぼろぼろと涙をこぼして。
耐え切れずに背をむけてセイランの前から走り出し、私がいるべき場所へと駆け出した。
まるで、シンデレラが12時の鐘の音を聞いた時のように。
私はガラスの靴を残せやしないし、王子様は私を探し当てたってプロポーズをしてくれるわけでもないのだけれど。
また私は待ちつづけるのだろう。

アンジェリークは、よくやっていると思う

彼の、たったそれだけの言葉を。


Fin



モドル

セイアン(しかもセイコレではなくてセイリモです)・・・。
セイランとコレットならまだしも、セイランとリモージュ!なんてリクエスト。悲恋になっちゃいそうじゃないですか(!!)
個人的には、リモージュにはオスカーかゼフェル、コレットにはオヤジかオスカー(またかよ)派なのでセイラン&リモージュは本気で初めて妄想しました。妄想した結果、こんなことに・・・。めずらしく釈然としない恋の始まりなのですが、そういう恋って本当に現実にあるからいいかな、と。
でも、案外好きかも、この路線・・・(汗)

(あと内緒なんだけど、うちはリュミエール&レイチェル(とんでもなく少数派!!)かチャーリー&レイチェル(これ、絶対イケてるカップルだって!)、ジュリアス&ロザリア(またはルヴァロザでも)です)