神殺し@

2013年の作品なので稚拙な部分も多すぎますが、ご興味あればどうぞ。
あまりにもわかりづらかった部分は加筆しております。

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 遠くから音が聞こえる。彼女は理解をしていなかったが、あえて言葉にするならば、惨劇の音。
 耳に届くは、聞き慣れない叫び声と聞き慣れない戦いの音。
 彼女は、叫んでいる人々を知っていた。今日までこの村で日々を共に暮らした、とても近しい人々だ。それなのに、彼らの声を「聞き慣れない」「知らない」と思うのは何故だろう……。
 どんよりとした思考に浮かんできたそんな呑気な疑問。やがて、その自己逃避を彼女自身は許さず、はっきりとした答えを導き出した。
 聞いたことがあるはずもない。その叫び声は死に逝く者、生命を毟り取られる者にしか発することが出来ない声だ。思考がクリアになった途端、その音は彼女に無慈悲な現実を突きつける。
 だって、誰のこんな声は聞いたことがない。よく知っているはずの人の声帯が発している音なのに、そこまでわかっているのに、それが誰の声なのかを瞬時に判断が出来ないなんて。村のどこにいたって誰の声でも聞き分けられていたのに、こんな声は知らない。知らない。知らない。
 ああ、また、誰かが叫んでいる。
 十七年の生で聞いたことがない、次々へと鼓膜に送り込まれる絶望と悲痛の声。最早それが人の声であるのかすらわからなくなっていく。
 薄暗く湿っぽいカビの臭いが充満する地下室で体の自由を奪われて、まだ何分も経過していないはずだった。しかし、耳に飛び込む惨劇の音を、既に一刻二刻と聞かされ続けているように感じる。いつ終わるのかわからない悲鳴を聞くことが、まるで彼女の役割であるかのように、耳も塞ぐことも出来ずに……それを、早く終わって欲しいと思っていたのかどうか。後に思い出そうとしても、彼女は自分の精神状態をよく覚えていなかった。
 彼女の体の自由を奪ったのは、剣の師である男性だ。彼に何かの術をかけられたようだったが、それが魔法なのか何なのかも彼女にはわからなかった。去りゆく背を見つめながらも体はぴくりとも動かず、掠れ声すら出すことが叶わず、時が過ぎるのを待ち続けることしか出来ないその時間。村の「勇者」を守るために地下室に縫い留められた、苦しみの時間。
 何故、聴力は奪われなかったのか。
 何故、視力は奪われなかったのか。
 体の自由が失われたことによって、残された機能だけは妙に研ぎ澄まされてゆく。聞け、と。見ろ、と。頭のどこかで誰かが強く言い聞かせている気がする。しかし、届く音はあれど、彼女の視界に広がるのは、いつも通りに見える地下室の光景だ。なんてことだ、こんな音を聞かされても「いつも通り」の物しか見えていないなんて。五感がそれぞれ別々の世界のものを知覚しているようだ。
 どれほどの時間が経っただろうか。誰かが階段を下りてくる足音がやけにはっきりと聞こえる。間違いない。シンシアの足音だ。ああ、それは知っている……と思うけれど、すぐ様安堵にはつながらない。シンシアが無事なのはわかった。自分をもしかして助けてくれるかもしれない。そして、その先は。
 彼女の足音と共に耳に届き続けている惨劇の音。
 そこへ、自分は行くのか。誰かを救えるのか。
 自分の自由を奪った男性の背を思い出す。あの人はまだ戦っているのだろうか。自分がまだ剣の腕で勝てないあの人が戦っているのに、村の人々はこんな悲痛な叫びをあげているのか。そう思えば、少しだけ怖いと思う。
 ようやく、足元の主の姿が視界に入る。
 シンシア、助けに来てくれたの?……言葉は奪われたまま、喉に何かが張り付くだけだ。
 見慣れた幼馴染のエルフの表情は穏やかで「そぐわない」と思えた。そして、それゆえに感じ取る「何か」は彼女の鼓動を早めていく。
 違う。助けに来たのなら、こんな表情のわけがない。
 混乱の中、恐怖の中、まるで最初から決められていたかのように物事は過ぎていき、そして。

「あなたを殺させはしないわ」

「さようなら、マリア」

 目の前で、シンシアは、この村の人々が「勇者」と呼ぶ人物の姿になり、背を向けて去っていく。階段を登り、彼女は惨劇の場へとその身を投じるのだろうと、それぐらいのことは状況を見なくとも理解が出来る。止めるための声は出ず、足は動かず、手すら伸ばすことが出来ない己に憤って体中が熱くなる。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 ああ、わたしの目が、視覚が生きているのは、これを見るためだったのか。
 あなたを殺させはしない?その言葉は、勇者と呼ばれた自分が発するはずの言葉ではなかったのか。
 どうして。
 どうして、あなたがわたしに。どうして。
 やがて、その理由を知らしめる音と声が鼓膜を震わせる。

「デスピサロ様!勇者を仕留めました!」

 それは、絶望の知らせだ。
 違う。それはわたしではない。わたしの姿になったあの美しい人だ。ここだ。わたしはここにいる。勇者にまだなり得ていない勇者は、ここにいるのに。
 どうして、わたしはあなたがわたしの姿になる瞬間を見て。あなたの命を奪われる音を聞いて。
 体の機能は失われているはずなのに「何が起きているのか」だけを、こんなにまざまざと知らされてしまったのか。
 本当に剣の先生がそんな器用なことが出来たのだろうか?そんな術を人にかけることが可能なのだろうか?こんな風に、ただただ「知らせ」られるなんて。
 何も知らないということは時には罪だ、と彼女は子供ながらに知っている。
 もし、視力が奪われていたとしよう。聴力が奪われていたとしよう。それならば、何が起きたのかを知らないという罪を負ったに違いない。ただ、あちらこちら焼き払われ、毒の沼地に侵された変わり果てた村の姿を見るだけで、死体すら残されていないその地で、何が起きて、誰がどうやって彼女を守ったのかを知ることがなく。そうであれば、それは自分の罪なのではないかと彼女は思いこんだに違いない。
 けれども、彼女はそれを負うことはなかった。ひたすらに、何が起きているのかを耳の奥に刻み込まれ、シンシアの最後の姿を網膜に焼き付けられて。
 全てを見ること立ち会うことを許されなかったけれど、彼女は「知って」いた。彼女の罪は無知の罪ではない。
 彼女は、自分の罪は「惨劇の日までに勇者になり得なかった」ことだと、己を苛む。あの地下室まで本当は届くはずのない叫び声、届くはずがない戦いの音。それらが嫌というほどに彼女に思い知らせたではないか。
 では、何故。
 何故、彼女は思い知らされなければいけなかったのか。一体 どこまでが――――。
 そうだ。
 どこまでが、神によって、仕組まれたことだったのだろうか。
 いつか、それを誰かに問い質せることを信じ、そして、それを問えるのは「勇者」だけなのだろうと思って。
 納得が出来ぬまま、彼女は「勇者マリア」と呼ばれることを受け入れたのだ。



 勇者マリアとサントハイムの神官クリフト。彼らの関係が動き出したのは、まったくもって偶然のことだった。
 旅の最中、仲間に迷惑をかけない程度でもサントハイムの様子を見たい――と言い出したアリーナのために、勇者マリア率いる一行は、宿泊先をサランの宿屋に決めた。
 アリーナ、ブライと共にサントハイム城に行き、様子を見て夕方宿屋に戻ってきたクリフト。宿屋の部屋で着替えを終えて、ふと窓から外を眺める。すると、宿屋の裏側へ歩いていくマリアの姿が見えた。
「何をしていらっしゃるんだろう?」
 夕食までは自由行動でと言われていた。その「自由行動」の時間を使ってサントハイムに行ってきたのだが、一体マリアは何をしているのだろう。
 マーニャは「時間ないけど、ちょっとだけ!」とエンドールのカジノに行ってしまい、お目付け役としてミネアもそれに付いて行った。(そうでもしないと、夕食すら戻ってこない可能性があるのだ)トルネコは、自由時間が出来るたびに武器防具を手入れするか、自宅に顔を出しにいっている。きっと今日もどちらかに違いない。ライアンは、普段マリアやクリフトに剣の稽古をつけることが多いので、こういう時にとばかり自分の鍛錬をしているはずだった。
 では、マリアは?
(あの看板を見に行ったのだろうか?)
 サランの宿屋裏に立っている看板。
 そこには、サントハイム王が幼少期に予知をした内容が書かれていたはずだ。
 それは、クリフト達も既に知っていたし、今更見直しに行くような話でもないと思われる。では、何故。
 胸の奥がなんだかざわつき、クリフトは彼にしては珍しく「なんとなく」部屋を出て、宿屋の外に向かった。
 そもそも、彼らサントハイムの三人が戻ってきたことを、きっと誰もまだ報告していないに違いない。だったら、マリアに声をかけにいくのはおかしなことではない……そんな言い訳を思いつきながら、宿屋の裏手に回る。すると、やはり例の看板の前にマリアは立っていた。
 驚かせないように、と少し離れた場所から声をかけつつ近付くクリフト。
「マリアさん、何をご覧になっているんですか?」
 もしかしたら、その看板には他に隠されていることがあるのだろうか。
 少しだけ心を躍らせつつ、クリフトは彼女の返事を待った。
 だが。
「ねえ、クリフト」
「はい」
 マリアは振り向かない。
 看板を見ているのは別におかしいことでもないが、たとえクリフトの方から「戻りました」と言わなくとも、普段ならば「戻ったの? お帰りなさい」ぐらい、いつもの彼女ならば言うはずなのに。
 その違和感を感じ、彼の表情は僅かに硬くなる。
「空にいる、竜の神様って」
「……はい」
「あなた達が信じている神様のことだと思う?」
「わたし達……? ああ、えっと、神職に就いている者達、という意味でしょうか」
「そう」
 ようやくマリアはクリフトを振り返った。
「!」
 彼女の視線を真っ向から受け、クリフトの呼吸は音もなく一瞬止まる。
 今まで彼女から向けられたことがないほどの強い視線。何らかの意思を感じさせるのだが、彼女の感情を読み取ることが出来ず、ただその強さに怯むだけだ。
 質問の意味はわかったけれど、何と答えればこの場では正しいのか……と彼は躊躇をした。とはいえ、彼にはもともと答えがひとつしかなかったのだが。
「何らかの大きな力を持つ存在だとは思うのですが……今のわたしには、まったく予想がつきません」
「……そうよね」
「はい」
 彼の答えを聞いたマリアは、数回瞬きをしてその視線を弱めた。クリフトはそれにほっと胸を撫で下ろしたが、すぐさま彼女の次の問いが投げかけられる。
「クリフトは、神様を見たことある?」
「え……いえ、ありませんが……」
「もし、その『りゅうのかみさま』が、クリフトが思っていた神様だったら、どうする?」
「……」
 また、難しい質問だ、と思うクリフト。
 マリアは看板に手を伸ばし、そこに書かれている文字を指先でそっと辿った。
「答え合わせをするのって、怖い」
「答え合わせ」
「自分が、勝手に想像していたものが、本当はどうなのかを見るのは、嬉しい時もあるけど」
「神様のことですか」
 クリフトの問いにマリアは答えない。否定しなければ、それは肯定と言えるのではないか。
 彼は、マリアの言葉に対して素直に「不思議だ」と思った。
 そう言えば、今まで彼女が「神様」と言葉に出したことがあっただろうか。
 旅人達は、町から旅に出る時、旅から町に戻ってきた時、教会に足を運んで、誰もが神に旅の無事を祈ったり報告をする。それは、彼らも欠かすことがない。日々、それを繰り返していれば、誰の口からも一度や二度、教会のことや神という単語を聞くのはおかしいことではない。
 けれど、マリアが今それを口にしているのが、やたらと「そぐわない」「聞いたことがない」と彼は思った。
(マリアさんは……)
 多分、神を信じていない。
 それは、聖職者であるクリフトにとっては、あまりにも遅くやってきた直感だった。若さゆえの未熟さが、彼の気付きを遅らせていたのだが、それを誰も責めることなぞ出来ない。共に旅をしているこれほどに近い人物が「そう」であることに何故気付かなかったのか、と彼自身驚き、無防備に薄く唇を開いた。
と、その時
「クリフト! マリア! どーしたの、こんなところで!」
 アリーナの明るい声が、宿屋の方から聞こえる。見れば、クリフトが来た道筋を走ってくるアリーナの姿があった。
「やっとマリアみつけたー! 帰ってきたよ、って言おうと思ったら、部屋にいないんだもん! クリフトから話聞いた?」
「ごめーん。ちょっと散歩してたのよ。まだ聞いてないわ」
 明るく返事をするマリア。それは、いつも通りの二人のやりとりそのもので、何ひとつ演技めいたところはない。クリフトは、言葉もなくその様子を見るだけだ。
(もしも、竜の神様が、わたしが思っていた神様だったら……?)
 サントハイムは、何も変わってなかったの、と残念そうにアリーナはマリアに報告をする。それへ、マリアは慰めの言葉をかける。
 二人のやりとりは耳に入ってくるけれど、すっかりクリフトは上の空だった。
 何故マリアはそんな質問をするんだろう? それは、マリアにとってどんな意味があるのだろうか……?
 結局彼は、それをマリアに尋ねることが出来ず、女性二人の後を追うように宿屋へと戻って行った。



 ほどなくして、ついに彼らは「りゅうのかみさま」がいると言われる天空城にたどり着いた。そこにはマスタードラゴンという名乗る巨大な竜が彼らを待ち受けており、それこそがサランの看板に記された存在だろうと仲間達の見解は一致した。
 マスタードラゴンとの謁見を行い、見失っていたデスピサロの行方を知ることが出来、マリア達は次に向かう先をマスタードラゴンから標される。それは、デスピサロの居場所がわからず手詰まり状態になっていた彼らにとっては大きな進展だ。
 一通りの話を終えてから、ブライに「聞きたいことが、あるんじゃない?」と話を振るマリア。
 老齢の魔法使いはマスタードラゴンに十分な敬意を払いつつ、サントハイムの人々の行方についてマスタードラゴンに尋ねた。
 それへのマスタードラゴンの答えは多くはない。
「わたしが知っていることとは僅かなもの。だが、断言出来ることはある。戻ってくるかは保証はないが、死んではいない。それだけは確かだ」
という、はっきりとした、けれど相当曖昧な物だった。
 だが、それですらブライは勿論アリーナもクリフトも、誰かから聞きたかった言葉だったのだろうとマリアは思う。
 死んでいない。どれほどその言葉に彼らが救われるか。
 それに、戻ってくるか保証がないということは、戻ってくる可能性がゼロではないことの裏返しだ。
 ブライは、それ以上のことはマスタードラゴンには言わなかった。どうにかならないのか、連れ戻してもらうことは出来ないのか、などの嘆願を、彼は一言も。
 それは、マスタードラゴンから既に「お前達が思っているほど、わたしは絶対の者ではないのだ」という言葉を聞いていたからだろう。
 マスタードラゴンの言葉からは「それ以上の干渉をしない」という意味合いが感じられる。それは、ブライのみならず、共にいるマリアも、マーニャも、クリフトも感じたことだ。
 ブライは頭を深く下げて
「ご助言、痛み入りまする」
と告げると、数歩後ろに下がった。それは、彼からの質問が終わったという意思表示だ。
「……そちらからの話はそれだけか」
 マスタードラゴンはそう言って、ぐるる、と小さく喉を鳴らす。マリアは即座に、マスタードラゴンを見据えて言った。
「あなたと二人で話をしたいんだけど、人払いしてもらえるかしら?」
「なんだと!?」
 何という身の程知らずが、とマスタードラゴンの両脇に控えていた天空人二人が、あからさまに気色ばんで叫ぶ。
 それと同時に、マリアと同席していたマーニャとブライ、クリフトの三人は顔を見合わせた。そんな話は聞いていなかった。一体マリアはどういうつもりなのだろう、と。
「……ねえー、そういうつもりだったら、最初から言ってよねー。あんたがやることって心臓に悪いんだから」
 マリアの脇腹を肘で小突くマーニャ。マリアは苦笑いを見せ、小さく「ごめん」と返したがマーニャを見ていない。
「さしづめ、本当は止めようと思っていた、というところか」
とはブライだ。
 天空城に赴くに当たって、彼らは天空の塔という、ゴットサイドの南に位置する塔の最上階まで上らなければいけなかった。一度の探索では最上階まで行き着くことが出来ぬと判断した彼らは、三度にわたってその塔に訪れたわけなのだが……
「珍しく、この老い耄れに声をかけたと思えば」
「ごめんなさい、そういう意味じゃなかったの。本当に」
ブライには、さすがに視線を合わせないわけにはいかないと思ったのか、マリアは申し訳なさそうに顔を向けた。
きっとブライは、マリアが「ブライがいれば、何かをやらかしても止めてくれるだろう」と、若さゆえの暴走への足枷としてつれて来たのだと判断したに違いない。
その思いはゼロではなかったけれど、それだけと思われるのは、マリアにとって不本意であった。
「本当に、ここでサントハイムの情報がわかるんじゃないかと。でも、アリーナを連れて来るのは、少し怖かったのよ」
「……うむ。それは感謝するしか」
 ブライはうなって、彼にしては珍しく目下のマリアに頭を下げた。「やめて」とマリアは苦笑いをしてブライの手を軽く握る。
 サランの宿屋の裏にあった看板は、幼少期のサントハイム王が「ぼくのしそんがこまっているから」と書き記したものだ。
 その「困っている」は、彼らがデスピサロの行方を追えずに途方にくれていたことを指していたのか。それとも、サントハイムの人々の行方が知れないことを指していたのか。判断出来る者はここにはいない。
 だが、どちらにせよ「天空に城がある」ということは彼らの常識から考えればとてつもない話で、更にそこに「神様」と呼ばれる存在がいるならば。
 ならば、現在行方不明になっているサントハイムの人々のこともここで何かわかるのではないかとマリアは思っていた。
 では、サントハイム王女であるアリーナを何故連れてこなかったのか。
 もしかしたら、サントハイムの人達の情報を得られるかも……アリーナだってそう思っていたに違いない。そのことをマリアが口にすれば「そうだよね」と更に期待に胸を膨らませるだろう。だから、わざとマリアはアリーナにはその話をしなかった。
 もし、ここでその期待が削がれてしまったら。
 マリアはマリアで、マスタードラゴンに聞きたいことがあった。それは彼女にとっては、口に出せなくとも最優先事項で、人払いを要求するほどの内容だ。けれど、アリーナのことだって大切で。
 ここに連れて来たことでアリーナが絶望と向き合うとしたら、その様子を見てしまったら、自分は冷静に自分の最優先事項に向き合えるのか。そう思えば、自然とブライに委ねるしかないと思えたのだ。
 そして、いつもならばクリフトはアリーナの傍らに残してお守りを頼むところだが、それはまた別の思惑があって……
と、その時
「勇者マリアよ。お前の仲間も人払いに含むというのか?」
 マスタードラゴンからの問い掛け。それは「人払いに応えよう」という意向を人々に知らしめる言葉だ。
 そして、マリアはそれへ、はっきりと「ええ」と答えた。



 仲間達と天空人が出て行った室内は、やたらがらんとしているな、とマリアは思う。
 人払いを要求したのはマリアの方だったが、用件に入るには多少の勇気が必要だった。ありがたいことにマスタードラゴンは急かすことなく黙ってマリアの言葉を待っている。
 やがて、意を決してマリアは口を開いた。
「そらのおしろにはりゅうのかみさまがいる……と聞いた」
「うむ」
「あなたは、神様ではなくて、竜の中の神様なの?」
「神とはなんだ? それは、お前達人間が勝手に作り出した虚構だろう」
「そうね。あなたは一度だって自分が神だなんて言っていないわ」
 先ほどの謁見で、マスタードラゴンはマリア達に告げた。自分が「竜の神と呼ばれているモノだ」と。そして、更に「お前達が思っているほど、わたしは絶対のものではないのだ」とも。
 この大きな竜は、人間のことをよくわかっている、とマリアは思う。
 空の上に住んでいる、神と呼ばれる存在。
 地上の者ならば畏怖を抱き、そしてまた、救ってくれる存在ではないのか、それは万能の「神」なのではないかと思ってもおかしくない。
(地上の人間のことをよくわかっているのか、それとも、昔人間にそう言われたのか)
 マリアはそう考えると同時に、己のその思考を否定した。
 それは、過去に人間がここに来たのではないか、という推測には相当無理があると思ったからだ。
(ここに来るには、。天空の塔を昇るには、天空の装備が必要で。それを身に纏うことが叶うのは、天空の血を引く者だけ。ならば、それは既に地上の人間とは違う……と、自分では思いたくないけれど)
「マスタードラゴン。あなたは、わたしの村の人々がデスピサロに殺されたことを知っている?」
「知っているとも」
「それを助けることは出来なかったの」
「わたしが『知る』ことは、その事象が『発生した』という事実であり、今まさに起きていることに干渉は出来ぬ。エスタークを封印した時に、わたしはわたしに下界の干渉の権利を与えたが、それによって多くの弊害が生じた。それから経過した時は短い。再度わたしが下界に干渉をするには、まだその傷痕はふさがっておらぬ。お前達人間にはわからぬだろうから、それを立証する術はないがな」
「……」
 淡々と交し合う会話。まるでマスタードラゴンは、マリアの質問への答えを用意していたかのようにするすると答えるな、とマリアは思う。
「下界への干渉、ね」
 苦笑いひとつ。
「では、わたしの村に住んでいた女性の天空人の夫が、天からの雷に打たれて死んだことは知っている?」
「知っているとも」
「それも助けられなかったのね」
「わかっていながら、問うのか」
 マスタードラゴンは、変わらぬ声音で尋ねた。
 初めて会う相手である上、相手は竜だ。その声を聞いてマスタードラゴンが抱く感情を読み取るのは、マリアにはまだ難しい。それでも、わずかに感じ取れるものがある。
 マスタードラゴンは、ここまでマリアに何を聞かれても何ひとつ動揺をしていない。それだけは間違いないと思う。
「それは、下界への干渉ではないの?」
「雷という自然現象がか?」
 決してマスタードラゴンは、その雷を落としたのが自分だとは言わない。そして、マリアもそれ以上その話を蒸し返さなかった。
 マリアが欲しているのは「何故、実父の命をうばったのか」「何故、天空人ではない実父が裁かれたのか」という、過去の事象に対する遺恨を解き明かすことではない。
 彼女は、目の前にいる「りゅうのかみさま」が一体どういった存在なのかを見極めたいのだ。
(はぐらかすのね。確固たる正しさを持って人に押し付けようとするわけではないということか)
「そうあなたが言うなら、自然現象ということに『してあげても』いいわ」
 マリアは大げさに深い溜息をついてマスタードラゴンを見た。それから、軽く肩を竦め言葉を続ける。
「安心して。デスピサロはわたしが倒す。そのためにここまで来たんだから」
 その言葉に、マスタードラゴンは何も答えない。
 竜の無言をどうとも思わず、マリアは自嘲の笑みを見せた。
 そこに誰かがいれば、何故突然デスピサロの話になるのか驚いたに違いない。だが、マリアの中ではきちんと道筋があり、繋がっていることなのだ。
「違う。デスピサロがいたから、ここまで来られた、の間違いかも」
 小さな呟きだったが、それはマスタードラゴンまで届いていた。偉大なる竜は、僅かに首を傾げるように――まるで、人間が人に伺いをたてる時のしぐさにも似ている――動かし、重々しくゆっくりと言葉を紡いだ。
「お前がデスピサロを倒そうとするのは、何故だ? 勇者であるからか。村人の仇をとるためか。それとも、仲間達のためか。わたしの話を聞いたから、ではなかろう」
「……多分どれも違うわね」
「そうか」
「でも、仲間のため、は少しはあるわ。サントハイムの人達のことは放っておけない。その気持ちに偽りはない」
 またも、マスタードラゴンからの言葉はない。そしてまた、マリアもそのことを責ようとも、質問の意図を尋ねることもない。
 マリアは、人払いを受け入れてくれたことへの礼を丁寧に述べ、退出の意を告げた。仲間と準備を整えた後に地底に向かう、と呟いて、部屋の扉に近付いていく。
 その背に、最後の問い掛けが投げられた。
「マリアよ。お前は、わたしがお前達の呼ぶ『神』であったらよかったのか?」
 その言葉にゆっくりと振り返るマリア。
 マスタードラゴンは竜特有の、爬虫類に似た瞳をぎょろりとマリアに向けている。
 顔の両側についている目は人間とそれと違う上に全体の大きさが何もかも大振りなため「目が合」っているのかどうか、一瞬では判断出来ない。が、マリアは「明らかにわたしを見ている」と判断をした。
「どうなのかしら。そうね。わたしが辿り着こうとする場所に行くには、その方がわかりやすくて都合がよかったのかもしれない」
「辿り着こうとする場所、か。それは、勇者としての話か、それとも」
「この世界には、勇者なんていないのよ。いるのは、勇者だと決め付けられただけの人間だし、本当の勇者が存在するならそれはわたしではないわ」
 そう告げると、マリアは再びマスタードラゴンに背を向け、大きな扉を開いた。



 彼女を待つ仲間たちの元に戻ると、案の定、マリアはこってりとブライとマーニャに絞られた。特にマーニャには
「いいのよ、あんたにだってあんたの気持ちみたいなのがあるってことは知ってるわよ。特に、天空人についてはね。こっちだって知らないわけじゃない。でも、筋を通せって言ってんの。なんでわかってるのに出来ないのよ? 次は許さないからね」
と手痛い言葉を投げつけられる。それへの反論をマリアは持っていない。ただ正直に
「本当は全部やり過ごすつもりだったのよ。本当に。マーニャを連れて行ったのは、アリーナほど無茶しないでムード作ってくれるからだったし。頼りにしていたの」
と答えるだけだ。
 そう言われてしまえば、マーニャも黙らざるを得ない。
 マーニャが言った通り、マリアは天空人に関して心に一物を持ち続けている。今までの旅の中で得た情報によれば、マリアの母親はどうやら天空人であり、その天空人と下界の人間との間に生まれたのがマリア。そして、出産後に「天空の掟に背いた」ということで、マリアの父親は天からの雷に打たれて命を落とし、母親は天空に連れ帰られてしまった。
 それが本当かどうかは一同にはわからない。だが、マーニャは「きっとそのことをマリアはマスタードラゴンに聞きたかったのだろう」と思っていたし、それは正解だった。
 人は自分の出生に関することで、何かしらの深い闇を持っている場合、暴くこと暴かれることに対して過敏になる。それをマーニャだって知らないわけではなかったし、ミネアもまた同じように思っていたので「姉さん、マリアさんをお願いね」と囁いて送り出したのだし。
 予想の範囲内ではあった。あったけれど、マーニャにとっては「何も言われず勝手をされた」ことで、自分達の信頼を裏切られたと判断せざるを得なかったのだ。
「全部、何もかも言えってことじゃない。一言でいいのよ。何も言われなくたって、そりゃ心構えは出来てたわよ。でも、それに甘えていい時と悪い時があるつってんの。相手はあんなヤバそうなやつなんだから」
「うん。ごめんね」
 そこでも謝るか、とマーニャは唇を軽く尖らせた。
 二人のやりとりを聞いていたブライが、まあまあ、といつもの彼らしくなく仲介役に立つ。
「みなが待っておる。まずは、戻ろうか」
「うん。そうしよう」
 ブライの提案にほっと一息をつくマリア。
 行こう行こう、とマーニャは先頭に立って天空城の外に向かって歩き出し、それへブライもついていく。
と、その時、それまでまったく言葉を発しなかったクリフトが、おずおずと口を開いた。
「マリアさん……人払いをしてから……」
「うん?」
「マスタードラゴン様が、わたし達が思っている神なのかどうかを、尋ねていたのですか」
 その質問に軽く目を見開くマリア。少し考えるように瞬きを数回して、それから
「なかなかのカンじゃない、クリフト」
と答え、笑みを見せる。
 それへ、クリフトは消えそうな声で指摘をした。
「なんだか、笑っていないようにも、見えます」
「あははっ、それも、なかなかのカンじゃない」
 マリアは口端をにやりと吊り上げて、人の悪い笑みをクリフトに見せると、小走りでブライの背を追いかけた。
 はぐらかされてしまったクリフトは小さく溜め息をつき歩みを早めるのだった。




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