ロザリーヒルでお茶を@

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 勇者カリシュ達と別れを告げたロザリーは、以前よりは多少の自由がきくようにはなったものの、相変わらずと言って良い生活をロザリーヒルで送っていた。
 ピサロはデスパレスに集う魔物をそのまま放置してはおけなかったし、エビルプリーストのこと、進化の秘法のこと、様々な残処理を抱えており、常にロザリーの傍にいるわけではない。以前のようにロザリーが放置――ピサロにその認識はないが――されてしまうのは致し方がないことだ。
 「でも、以前よりよく来てくださるようになったし、今なら待つことも苦痛ではないんですよ」
 ロザリーはそう言いながら、カリシュが土産に持ってきた茶を淹れる。
「ああ、いい香りですね」
「ネネさんがくれたのよ。昨日、エンドールに顔出してきたからさ」
 戦いを終えて故郷の村に戻ったカリシュは、時々こうやってロザリーのもとへ足を運ぶ。
 特にロザリーと約束をしてなくとも、彼女が来る日は大抵ピサロがいないし、一日の終わりにせめてもと夜ピサロが訪れてもカリシュは夕方には帰っている。
 カリシュは、故郷の人々を殺したピサロを今でも許してはいない。 だから本当は、ピサロが立ち寄るはずの場所には来たくないし、出来る限り会いたくないと思っている。
 たとえここでロザリーを交えてピサロと予期せず出会ったら、そこで何が起きるのか彼女自身わかっていない。
 もしかしたら、恨み言一つ言うこともなく「共に旅をした仲間」としての情で何もかもなかったように振る舞ってしまうのだろうか。それは、カリシュにとっては許されないことだ。では、お前を許さない、とロザリーの前で剣を引き抜くだろうか。それも本意ではない。本意ではないが、自分の感情がどう動くのか、どうすればいいのか正解はまだ見えない。
 ただ、少しだけ。もう少しだけ、時間が欲しいと思う。こうやって「何もなかった」ようにロザリーと過ごせる時間を。
 言葉に出さずとも、カリシュの複雑な心境を慮ったロザリーは、部屋の前にしるしをひとつ置くことを決めた。
 可愛らしいドライフラワーが扉に飾ってあれば、それはピサロ不在の証だ。せめて、部屋に彼女がやってくる寸前にでも食い止められないか、あるいは、彼女に心の準備をさせてあげよう、という心遣いだろう。
 ピサロもそれに気付いているはずだけれど、彼は何も言わないのだとロザリーはカリシュに教えた。
 それがどういうことなのかカリシュにはわからないけれど、少なくともピサロは、カリシュがここにやってくることを嫌がっていはいないということだろう。いや、彼自身は嫌がっているかもしれないが、ロザリーのため……と飲み込んでいるのが正解か。
「言っとくけど、別にピサロの代わりに会いに来てるんじゃなくて、わたしが会いたくて来てるのよ?」
 口を尖らせてカリシュがそう言うと、ロザリーは笑って「わかっています」と答えながら、可愛らしいラタンのかごに入った焼き菓子をテーブルに置いた。それもまた、カリシュが手土産に持ってきたものだ。
「みなさんのところには?」
「時々顔出すけどね。でも、そんなには。ここに一番よく来てるかな」
「あら」
 その理由はロザリーもわかっている。
 旅の仲間はみなそれぞれの生活に戻って、生計をたてるため、国を立て直すため、忙しく働いている。そこへ、ふらふらと遊び感覚で頻繁に会いに行くのは憚られるのだろう。
 カリシュが顔を出せば誰もが歓迎をするだろうが、だからこそ、彼女は仲間たちの手を煩わせたくないのだ。
「みんなと別れる時、手持ちのお金分配したでしょ」
 自分が持ってきた焼き菓子に遠慮なく手を伸ばして、カリシュは「どーぞ」と小さく付け加える。
「ええ」
「マーニャ、全部使い切っちゃったんだって」
「まあ。マーニャさん、確か、これだけあれば一年くらい仕事しなくても、っておっしゃってたのに」
「だよね。でも、使いきってミネアの分にも手を出したって、すっごいミネア怒ってたよ」
 ロザリーは泣き笑いの表情を浮かべた。笑ってしまいたいのだが、ミネアの心中も察する、というところなのだろう。「いただきます」と言いながらロザリーも焼き菓子に手を伸ばし、一番小さなクッキーをつまんだ。


 とある日、カリシュはいつものようにロザリーに会いにふらりとやってきた。
 ロザリーが生活をしている塔の階段を、慣れた足取りで上っていく。この塔の階段を歩くと、何故か故郷の地下倉庫の階段を思い出す。材質も、長さも、段の高さもまったく違う。だが、何かを閉じ込めるために存在しているもの、という共通点のせいだろうか。
(薄暗いのは、あまり好きじゃない)
 カリシュの故郷に「階段」というものは、その地下倉庫へのわずかなものしか存在しなかった。今思えば、村を隠してくれている木々を超えるほどに高い家があれば、村の所在がわかってしまうからだったのかもしれない。故郷を出て初めて大きな二階建ての建築物を見た時。地上から更に高い場所へ行くためににある階段を見て、開いた口がふさがらなかったものだ。
 そんなことを思い出しつつ、ロザリーがいる最上階へと到着した。すると。
「……ん?」
 薄暗い通路に、人影が。その気配を察知して、カリシュは警戒しながら眼を凝らす。通路の先、ロザリーの部屋のドア付近に、鈍い緑色の甲冑に身を包んだ姿が浮かんだ。
「誰。まさか、ロザリーをさらいにでも来たの」
 険しい声音でそう言うと、くぐもった返事が来た。
「それはこちらの言葉だ。ロザリー様に何用だ」
「何用って、何。わたしは、ロザリーに会いに来たのよ。それが用事だわ」
「……お前は……以前にも、ここに来たな」
「……?……そうよ?よく来てるもん」
「違う」
 そう言うと、緑の甲冑の騎士は、腰につけた剣をすらりと抜き放った。その行為ではなく明確に騎士から感じられた敵意に反応をして、カリシュも剣を抜く。
 と、その時、二人のやりとりが聞こえたのか、それとも何か察知したのか。普段ならば決して声がけもなく開くことがない、ドライフラワーが飾られた扉が開いた。
「待って!その方は、いいんです!」
 扉の中から半身だけを出して、ロザリーが叫ぶ。甲冑の男は後ろを振り向かず、扉に背を押し付けるように数歩後退しする。そして、しばしカリシュを上から下から見た後で、ようやく剣を収める。
 カリシュもまた剣を収めると、それを確認してから騎士はロザリーに抗議をする。
「ロザリー様、部屋にお戻りください。この者を通すわけにはいきません」
「いいんです!その方がここにいらっしゃることは、ピサロ様もご存じですから」
「そのようなこと、ピサロ様から聞いておりませぬ」
 二人のやりとりを聞きながら、カリシュはその緑の甲冑の男のことをようやく思い出す。
 そうだ。この鎧、初めてこの塔に侵入した時に。
「……ねえ、わたしが、倒した人?」
 無神経にカリシュがそう言うと、一瞬その緑の甲冑の主は明らかに殺気立った。ああ、当たりだ、カリシュは呑気に思う。
 少し間が開いた後、彼女の問いに対して答えたのは男ではなかった。
「そうです。あの、一昨日から、またわたしを守るためにとピサロ様がお連れして……あの、とにかく、カリシュさん、部屋にどうぞ!」



 部屋の外でロザリーの警護についていたのは、ピサロナイトと呼ばれる魔族の男性だと、ロザリーはカリシュに教えた。
 チェストの上に並べてある茶葉――先日来た時に彼女が持ってきたものだ――が案外少なくなっていることにカリシュは気付き、一瞬そちらに気を取られながらも「ふーん」と返事をする。
(ロザリーが一人で飲んだのかな。もしかして、ピサロにも出してあげたのかな)
 ロザリーも茶を淹れながらの会話なので、カリシュの相槌がいくらか適当でも気付かないようだ。
「あの騎士、前にわたしが倒した時、すぐ姿が消えちゃったんだけど」
「ええ。それはどうやら、エビルプリーストさんがそういう術を前もってかけていたようですね」
「前もって?術?」
「ほら、進化の秘法とやらの実験をしていたでしょう?それに使うつもりだったらしいですよ」
「まさか、それで生き返ったとか!?」
「そこまでは、わたしには……本当なら一度は死んでいるはずだったとはお伺いしましたけれど。でも、以前と変わらないままですし、とてもよくしていただいています」
 カリシュはロザリーが言う「とてもよくしていただく」の意味がいまひとつわからなかった。
 とりあえずは、緑の甲冑の騎士が自分が一度は倒した相手だということだけは把握した。そして、死んだはずだったのに、なんらかの術を用いて生き返ったのだということも。多分それは、神官達が使う蘇生呪文とは違うのだろうとカリシュはぼんやりと考えた。
「じゃ、今度からずっとアレがあそこにいるの?」
「そういうことになりますね」
「えー……」
 カリシュは不満を表す声を発した。彼女の感じる不快感は、彼自身に対する好意や嫌悪とはまた別のものだ。
 が、ロザリーはそれを勘違いしたようで
「大丈夫です。盗み聞きをするような方ではないですし。それに、お茶にお誘いしても、この部屋にすら入ってくださらないんですよ」
と、的外れなことを言う。
「そうなんだ」
「ええ。わたしを守ってくださるためにずっと通路にいらっしゃるので、少しでも仲良く出来たら、ねぎらってさしあげたら、と思っているんですけれど……」
 そのロザリーの言葉からは、いくばくかの寂しさが伝わった。
 カリシュ達と旅をした後に戻ってきたロザリーヒルでの生活は、大人数ですごした賑やかな楽しかった時間とは落差があるのだろう、とカリシュは思う。それは、彼女もまた同じだから。そうであれば、ロザリーが以前よりも少しばかり、誰かと話をしたい、と思うようなっても仕方がないだろう。
「ふうん。ピサロの部下だから偏屈なのかしらね。第一名前が嫌。何。ピサロナイトって」
 時々カリシュは、ピサロの恋人であるロザリーに向かって、ピサロに関する暴言を吐く。もちろん、ロザリーの方は慣れたもので、それにも苦笑しつつ
「ええ、呼びにくいのでナイトさんと呼んでいます」
とカリシュに教えた。
「……それもなぁ。呼ぶ必要もないからいいけど」
 そう言ってカリシュが茶に口をつけると、ロザリーといつも一緒にいるスライムが彼女の足もとにまとわりついてきた。
「カリシュ、今日はお土産は?お土産は?」
「ああ、そうそう。忘れてた。ねぇ、豆って好き?」
「殻がないなら好きだよ!」
 人型の魔物はともかく、そうではないものにはあまり甘いものはよくないのだ、と以前カリシュはブライから聞いたことがある。カリシュはポケットから紙に包まれた豆を取り出した。
「わーい!ありがとう!ピサロ様なんて、ぼくにお土産持ってきてくれないもん。カリシュだけだよ!」
「あはは。あれは、そういうやつだよね」
 カリシュは声をあげて笑った。
 そもそもピサロが「土産だ」と何かをロザリーに渡すことも珍しいだろうし、その相手がスライムになればなおのことだ。何故魔族の王がスライムごときに土産を、などと言うに違いない。
 豆をうけとったスライムは、部屋の隅っこのお気に入りの場所にいって、さっそくそれを食べ始めた。
「あまり、気を使わなくてもいいんですよ。わたし、こうやってカリシュさんとお話できるだけで、本当に嬉しいんですから」
 ロザリーが優しくカリシュに言うと、彼女は小さく笑みを見せて
「わたしが、ロザリーとおいしいもの食べたいの」
と答え、さらりと話を逸らした。



 それから五日ほど経ってのことだ。
 カリシュはまたまたいつも通り、空間移動の呪文ルーラでロザリーヒルにやってきた。
 午前中私用でバトランドに赴き、午後はエンドールに行き、と忙しい日だったが、良い土産が手に入ったのでロザリーにと思ったのだ。
 彼女は知らなかったのだが、バトランドはたまたま祭りの時期。いつもと趣が違う城下町では露店が並び、彼女は焼き菓子を串に刺して売っている店で足を止めた。話を聞けば、保存がきく焼き菓子なので、昔は串ではなく糸を通して袋にいれて、旅に携帯したのだという。最近はもっと良い保存食があるのでそれは廃れ、今売っているものは格段に味もよくなっているらしい。
 饒舌な店主に試食させてもらえば、確かに美味だったので、珍しさではなく味で購入した。エンドールでネネに渡したら「話に聞いたことはあるけど初めて」と嬉しそうに目の前で一つ頬張ってくれた。美味しい、と彼女からのお墨付きを得たので、ロザリーも喜んでくれるのではないか……と思う。
 いつも通り塔の内部に入って、階段を上って。
「あ」
 階段を上りきったカリシュの視界には、あの緑色の甲冑が入ってくる。
「そっか。そういや、いたな」
 すっかり忘れていた。それを思い出すと同時に、通路の先にある部屋の扉に、ドライフラワーがないことにも気づいた。
 彼女の足音に気付いていたのか剣の柄に手をかけて警戒をしていたらしい騎士は、カリシュの姿を確認してゆっくりと手を下ろす。
「お前か。ロザリー様はおでかけ中だ」
「え、おでかけ?……ピサロと?」
「そうだ」
「へえ、珍しいわね。でもま、ロザリーは嬉しいだろうし……それはよかったわね」
 それへの騎士の返事はなく、その場にはあからさまに「用事はないだろう、帰れ」といわんばかりの雰囲気が流れている。
「じゃあ、これロザリーに渡しといてくれる?バトランドのお菓子よ。長持ちするらしいから、一日二日帰ってこなくても大丈夫だし」
 そう言って袋を差し出すが、彼はそれを受け取らない。
「いいでしょ?これぐらい」
「そのような役目を仰せつかっているわけではない」
「……は!?役目とは関係ないでしょ?人が頼みごとをしてるだけじゃない」
「それは受け取らぬ」
「なんなの、それ。主が主なら、部下も部下だわ」
 ピサロナイトの言う道理は、少しピサロ本人に似ている、とカリシュは思う。主が主なら部下も部下だ。伊達に名前の一部にピサロ名前を貰っていない……と心の中で悪態一つ。
「スラちゃん、中にいるんでしょ。スラちゃんにでも預けてよ。どうせわたしが勝手に中に入るのだって止めるんだろうし」
「そのような、お前に使い立てされるようなことは、一切やらぬ」
「……もう一度、ここで倒してやってもいいのよ?」
 カリシュはそう言うと手に持っていた袋を壁際に置き、それから先日のように剣を抜いた。お前を倒して扉を開けて土産を置いていく。そんな大げさな話にするほどのことではないけれど、この手の相手はそれが一番効くとカリシュは知っている。
 ピサロナイトもまた、ゆっくりと腰から剣を抜き
「わたしが敗れた時は、お前は一人ではなかった。一対一であれば、問題ない」
 と言い放つ。
 その言葉にカリシュは苦笑いを浮かべて
「その後、どれだけわたしが強くなったのかも知らないくせに。ピサロから聞いてない?」
と答えた。
 しばらく両者はその場で己の基本の構えのまま睨みあう。
 カリシュは鎧も盾もない無防備な格好だったが、「当たらなければ問題ない」とばかりにそれを気にする風もない。
「ねえ、あの時、あなた死んだわよね?」
「そのようだな」
「どうやって生き返ったの?こうやって剣を向けてるけど、ゴーストとかじゃないわよね?そしたら話が変わるもの」
「……わたしには、わからぬ。わたしの命が消えた時、この体がデスパレスに転送されるように、エビルプリーストがなにやら術をかけていたらしいが」
「ピサロが、生き返らせたの?」
「ピサロ様がわたしの体を発見した時は、既に蘇生されて仮死状態になっていたそうだ」
「そ。じゃ、エビルプリーストのやつが、ってことか……そうよね。ピサロが出来るわけ……」
 カリシュのその声音は、最後の方は口の中に消えて行き、ピサロナイトの耳には届かないほどだった。言葉が曖昧になるにつれ、カリシュが集中をしていく。その様はピサロナイトに、勝負の始まりを伝える。
 しばらく彼らはお互いを見据えて、狭い通路でじりじりと距離を詰めたり、少し離れたりと、相手が動く瞬間を待った。
 やがて
「……やーめた。馬鹿馬鹿しい」
 先に手を引いたのはカリシュだ。肩を軽くすくめると、さっさと剣を鞘に戻し、くるりと背を向けた。
「第一、ロザリーを守れって言われてるだけじゃないの?私闘はいいんだ?」
「私闘ではない。ロザリー様の部屋を守るためだ」
「あっそ。まあいいや、また来る」
 あっけなくそう言い放ち、カリシュは何も言わずに通路を戻り、階段を降りていく。ピサロナイトが動く気配はまったく感じられない。彼にとってはカリシュを倒すことよりも、ただ「この場を護る」ことが全てなのだろうから、それは当然のことだろう。



(どれだけ強くなったかだと?それ位は聞いている)
 カリシュの足音が相当遠くなるまで、ピサロナイトは剣を持ったままその場に立っていた。
 むしろ、ピサロから「伝説の勇者は相当強くなった」と聞いていたからこそ、剣を交えてみたいと思っているのが本音。彼女の煽りに乗せられるほど感情的ではないが、それとは違う思惑が彼には最初からあった。
 彼は、エビルプリーストによって一度蘇生された自分の体――ピサロと同じ魔族ゆえに進化の秘法の実験に使われる予定だったらしい――は、蘇生後も仮死状態にされていた、とピサロに聞いていた。仮死状態というものは完全に体の状態が凍結されていたのかと思えばそうではないようで、彼の意識が戻ってから以前の筋力を取り戻すには、いささか時間がかかった。その、僅かに衰えた彼を見て、彼の主は鼻で笑い『今のお前ならば、容易にまた勇者に殺されるな』など、彼を貶める言葉を口にしたものだ。
 だから、試したかったのだ。もしかしたら、主はここで自分とあの勇者が出会うだろうとわかっていて言ったのだろうか。もしそうならば、意地が悪い。それとも、それは「試しに戦ってみろ」という意図があったのだろうか。
 「……ん?」
 足音が消えた頃、ようやく彼は腰につけた鞘に剣を収める。それと同時に、床に置いてある袋にようやく気付いた。
 「……しまった」
 やられた。受け取らない、と言ったのに。だから、他に注意が向かないように、あっさりと即座に消えたのか。
 カリシュが置いて行った袋を見て、ピサロナイトは兜の中でため息をついた。



 それから数日後、飽きもせずにカリシュは、再びロザリーヒルにやってきた。残念ながら、今日もドライフラワーはなく、あいも変わらず騎士が一人立ち塞がるのみだ。
「今日もロザリー留守?」
「そうだ。帰れ」
「ねえ、バトランドのお菓子どうだった」
「知らん」
 なんだそれは、とは言わず、知らないと答えるピサロナイトの様子に、カリシュは小さく笑みを漏らした。
「なんだ。ロザリーに渡してくれたのね」
「……」
「ありがとう」
 それへの返事はない。カリシュは別段気にするようでもなく、通路に座り込む。明らかに、ぎょっとした空気を騎士から感じ取りながら、ふてぶてしく騎士を見上げる。
「ねえ、ここに、朝から晩までずっといるの」
 その問いかけにもピサロナイトは答えない。きっと彼はここへの来客の接待なぞ、ピサロからは命じられていない、と言いたいに違いない。
「ずいぶん頻繁に来るのだな。暇なのか」
 彼の口から出た言葉は、答えではなく問いかけだ。その無神経さにカリシュは肩を竦めて
「今のところ。でも、本当はね、ここに来る日は、他に行く場所があってのついでなの。まだ、村でやり残してることがあるから、それが終わるまでは」
 そこまで言ってから彼女は「あなたに言ってもわからない話よね」と声を落とした。
「ロザリー様はいらっしゃらない。何故帰らぬ」
「まさか、今日もいないとは思ってなかったからさ。これ、ちょっと日持ちしない物買ってきちゃったの」
 カリシュは薄暗い通路で、持ってきた布の包みを開けた。その中には色とりどりの果物が乗ったパイが入っている。
 果物は煮込んだものだから日持ちはするだろうが、その果物とパイ生地の間にあるクリームはきっとすぐに悪くなるのだろう、といくらピサロナイトでもその程度の想像は出来た。
「何故、開ける」
「せっかくだから、食べちゃってよ」
「お前が食べれば良いだろう」
「食べるわよ。一個は食べられるけど、二個は無理」
「誰かに食べさせろ」
「……村には、誰もいないし。一個だけあげられる人っていないのよね。ライアンには会ってきたばっかりだし、毒とか入ってないから食べてよ」
「甘いものは食べぬ」
「じゃ、甘くないものだったら食べてくれるわけ?」
 そのカリシュの問いに、ピサロナイトはぐっと喉を詰まらせた。しかし、彼は惑わされず
「帰れ。お前がやっていることは、他人の家の前で地べたに座り込んで、菓子を並べているようなものだ。失礼なことだと思わぬか」
「あはは、確かにそうだ」
 断固として譲らぬピサロナイトに、それを薦めることを諦めたようで、仕方なくカリシュは再びパイを布で包んだ。
「あなた、魔族でしょ」
「……」
 答えがないのは、正しいからだとカリシュは知っている。そもそもはロザリーに聞いていたのだが、彼がどんな反応をするのかを見たくて、つい問いかける形にしたのだ。
「魔族に、常識持ち出されて怒られちゃった。ピサロなんかに比べれば、遥かに普通の人なのね。朴念仁みたいだけど。いいわ。確かにわたしが悪かった」
 潔くそう言うと、彼女はすぐに立ち上がって、軽くピサロナイトに片手をあげて
「じゃあね。また来るわ」
とあっさりと背を向けた。





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