ロザリーヒルでお茶をA

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 あれから、二日、三日、気がつけば十日。ロザリーはピサロナイトを室内に招き入れた。
 彼は基本的に、ロザリーの部屋に入っても――それは常にピサロがいない時だが――扉の傍に立ったまま、それ以上は彼女が椅子をすすめようと何をしても動かない。
 そんな彼に苦笑を見せながらロザリーは問いかけた。
「ナイトさん。カリシュさんがずっといらっしゃらないの」
「そういうこともありましょう」
「わたし、この前ピサロ様と世界樹がある村に行って来て、カリシュさんにお土産を買ってきたんです」
 ロザリーは一瞬だけ視線を彼からはずし、チェストの上に置かれている小さな箱を見る。
 兜の下で、ピサロナイトは眉根を寄せた。渡せないまま、何日もそこにある箱。部屋に入れるピサロナイトがその存在を知るはずもなかったし、たとえ知ったとしてもカリシュへのプレゼントだとは欠片も思わなかっただろう。けれども、魔族の彼でもわかる。箱にはピンク色のリボンが結ばれており、明らかに女性への贈り物という風情だ。
「ナイトさん、カリシュさんは世界樹の花を使ってわたしを生き返らせてくださったんですよ。だから、改めてピサロ様と一緒に、世界樹にお礼を言いにいったんです。旅の間には、そんな気持ちの余裕もなかったので」
 ピサロナイトは、ロザリーのその言葉で動揺した。彼は、自分がカリシュ達と戦って意識を失った後のことをすべて把握しているわけではない。
 ただ、エビルプリーストが策略を巡らせてピサロを陥れたこと。その際、一度進化の秘法を己の体に行使してしまったピサロを助けるために、勇者達がロザリーを連れて地底に赴いたこと、エビルプリーストを倒すという利害の一致からピサロが勇者達に手を貸したこと。彼が知っているのは、その程度のことだ。
 ロザリーを生き返らせた?目の前の、このロザリーは一度死んだのか?それは何故だ?
 彼は、彼女が話す内容を完全には理解出来ずに、少しばかり混乱をする。だが、それに気づかぬようにロザリーは静かに話を続けた。
 「カリシュさんは、ご自分が一緒に生活していた方々をピサロ様に殺されてしまったのに、世界樹の花をわたしのために使ってくださったんです。ピサロ様に言えば、カリシュさんの村の人たちはご遺体もないので、どうせ生き返らせることはできないっておっしゃるんですけれど……そういうことではないのだとわたしは思うんです」
 ロザリーは、わずかに悲しみを滲ませた微笑みをピサロナイトに向けた。
「ナイトさん、カリシュさんの村に行って、これを渡してきてくれませんか?わたしが行ければ良いのですが」
「ロザリー様の外出を、ピサロ様への断りなしに許可をすることは出来ません」
「もちろんです。でも、それだけではないんです」
 静かな声音。
 ピサロが愛している彼女のその声は、とてもエルフらしい透き通った優しい響きを持っている。心地の良い、耳障りの良い美しい声。
 だが、ピサロナイトは自分が生き返ってからの最近、ほんの時折彼女のそれに力強さが加わる瞬間があると気付いていた。そして、今がその時だ。
「ピサロ様もカリシュさんもわたしを悲しませないようにと、カリシュさんの村をわたしに見せたくないようなんです。本来ならば決して交わることがないはずのお二人が、それだけは守ろうとしてくださっているの。わたしはお二人のその気持ちを尊重するために、行くわけにいかないんです」
 待っていればまたそのうち来るのだから、と主張するピサロナイトに対して、ロザリーは首を横に振った。では、それを届けるのではなく、来るようにと伝えればよいかと言えば、それもロザリーは首を横に振る。
「ここに来たくない理由やご都合もあると思うので、来ることを強要は出来ません」
 それほどに頑ななロザリーを、ピサロナイトは知らない。
 カリシュの村の位置がわかれば届けることは可能だが、ロザリーを置いていくわけにはいかない、とピサロナイトが譲歩すると
「明日わたしはピサロ様と出かけますから、その間にでも」
と、完全に計画的に彼に依頼してきたことがはっきりわかる言葉を返した。
 何故そこまで、とピサロナイトが問う前に、ロザリーにはロザリーの事情があることを更に告げる。
 今までほとんどロザリーヒルにいなかったピサロが、これからは頻繁に彼女の元にこられるようになるのだと言う。そうなると、きっとカリシュと今までのように茶を飲んで、他愛もないおしゃべりに花を咲かせることはあまり出来なくなるだろう、と。
 ピサロナイトは、それは何も悪いことではないと思ったが、彼女がとても悲しそうに目を伏せる姿に眉根を寄せた。



 ピサロに場所を聞くわけにもいかず、仕方なくピサロナイトはロザリーに指示をうけ、モンバーバラの占い師のもとへ足を運んだ。
 街の一角、大通りから少し外れた場所で静かに椅子に座る長い髪の女性。見覚えがある、とピサロナイトは怖気づきそうになったが、勇気を出して近づき「ロザリー様に頼まれて」と告げた。すると、その女性は微笑みながら言い放つ。
「とても運が良かったようですね。カリシュさんは、今日はようやく村に戻るようですよ」
 あまりにあっさりとした物言いに、何を言っているんだ?と困惑するピサロナイト。まだ、何もこちらの用件は告げていないのに、一体この女性は何を言っている?様々な思いが生まれたが、なんとか言葉を絞り出した。
「ようやく村に……?」
「ええ、生きるには、何かしらで生計を立てる必要がありますものね」
「……?……戻るようだ、というのは……村に行けばいるのか」
「先にカリシュさんがいるかはわかりませんが、間違いなく彼女は故郷の村に今日中には戻ると思われます」
「今日の、いつ頃なのだ?」
 手元の水晶を覗き見るその占い師の言葉は曖昧だったし、ピサロナイトからすれば「ピサロ様とロザリー様が戻ってくる前にはロザリーヒルに帰らなければ」という気が急く理由があったので、いささか苛立ちを抑えられない。
 けれど、占い師はそんな彼を落ち着かせるように
「あの方は今、水の上。行先は名もない島。ルーラなどでは行けない場所ですもの、どうにも出来ませんわ。そこからご自身の村にルーラでお戻りになるのか、それとも……そこまでは」
と、丁寧に説明をしてくれた。
 仕方ないとばかりに、次にカリシュの村の場所を尋ねれば、快く彼女は教えてくれた。礼だけは間違いなく伝え、性急にその場を去ろうとすると「ピサロナイトさん」と名を呼ばれる。
「ピサロナイトさん。カリシュさんの村の場所を教えるのは構いませんが、カリシュさんの行方を占ったので、本当はお代をいただくところなんですよ?」
 そう言ってにっこり微笑む占い師に、何故かピサロナイトは怯んだ。 
「何故、わたしの名を」
「それくらい、存じてます。ロザリーさんからお聞きしていますし」
 ロザリーが一体いつこの占い師に。いや、それを言えば、どうやってこの占い師はそもそもカリシュのことを彼が聞きに来たのだと。
 慣れぬことの連続で様々な注意が散漫になっていたことにピサロナイトは気付いたが、それらをあれこれ聞き出すのは時間が惜しいと思えた。
「そうか。それは確かにそうだ。では、いくら払えば良いのだろうか。あまり手持ちがないのだが」
「お代の代わりに、ロザリーさんにお伝えください」
 ミネアは苦笑交じりの笑みで、優しい声で言った。
「うむ」
「そのうち、是非モンバーバラにいらして、わたしの姉がステージで踊っている姿を見てくださいって。きっとピサロさんは興味がないでしょうから、あなたが護衛で来てくだされば良いことだと思うわ」
 その言葉を聞いてピサロナイトは頷いた。それだけで良いのか、と問えば、それだけで良いと彼女は念押しをして「お気をつけて」と言葉を添えた。
 この占い師は、ピサロ様のことをよくご存じだ。そんなことを思いつつ彼はモンバーバラを去った。



(それにしても、振り回されている)
 久々の山道にピサロナイトは少しばかりてこずりつつ、彼は占い師ミネアから聞いた方角へと歩き続けた。モンバーバラから早く行かねばと焦ったのは、彼があまり知らない山奥を行かねばならないとわかったからだ。
(第一、なんだ。たった二度、続けてロザリー様が不在だっただけで、何故来なくなるというのか)
 水の上にいるとはどういうことか。
 名もない島に行って、すぐ戻ってくるとは、意味がわからない。
 いつロザリーとピサロがロザリーヒルに戻ってくるのかと焦りつつ、反面、ロザリーがきっと時間を稼いでくれるだろうという期待もある。
 それでも彼は、この「おつかい」は彼にとっては相当に無駄な行為だと思っていたため、一分一秒でも早く彼女の村に行って、そして彼女に戻ってきて欲しいと願っていた。
(うん。多分、ここだろう)
 ようやく彼は、違和感を覚える場所についに辿り着いた。深い木々に囲まれた「作られた空間」がそこにはあった。
 色とりどりの花畑と、ぽつりぽつりと姿を見せる毒の沼。
 その共存は、この地に何かしらおかしなことが発生した証だ。
 人が住まなくなり荒廃した場所というものは、十年、何十年とたてば、更に廃れてもの寂しい枯れた場所になるか、或いは、自然の恩恵を十分に受けて浄化され、跡形もなく自然に戻っているものだ。
 勇者の故郷をピサロが滅ぼしたのは、そう昔のことではない。けれど、彼がたどり着いた地は、明らかにその後者。
 毒の沼地がいくらか見えてはいるけれど、惨劇の痕を残すのは、崩れてしまった建物の土台部分だけと言って良い。このまま放置しておけば、ほんの数年で草木はその土台すら埋め尽くし、村というものがそこにあったものだとわからなくなってしまうのではないかと思われる。
 それが、勇者カリシュの心を和らげるために、空に住む竜の神、マスタードラゴンが与えた再生の力によるものだとは、彼は知らない。
 ただ感じる違和感。
 日差しは明るく、村を形成するために木々はぐるりと囲み、背の低い茂みや花畑が人の手で作られたような位置で葉を茂らせている。
 それなのに、まるで「そうであった」ことを忘れないために、そこに残っているかのような毒の沼地。
 (そもそも、勇者はどこに住んでいるのか)
 建物があったのだろうと思わされる、あちこちに残っている土台部分。そればかり。家らしきものは全て消えている。自然風化によるためではないとわかる。
 ピサロナイトは、ぐるりと周囲を見渡した。と、何かが等間隔で並んでいる不思議な光景が目に止まった。
 (なんだ、あれは)
 ゆっくりと警戒しながら「それ」に近寄っていくピサロナイト。 村と思われるその空間のだいぶ奥の方に、ひっそりと何かが並んでいる。
 「……墓標か……」
 すぐに彼が気づかなかったのには、わけがある。
 地面に埋めて立っているそれは木材を使ってあり、彼の手の中におさまるかおさまらないかぐらいの太さのものだ。高さは、彼のひざあたりだ。
 墓碑のために木の棒を立てたりすることはあるが、そこにあるものは一つ二つではなかったし、それぞれの間隔が狭い。
 死体を埋めたり、骨や形見を埋めたりしているならば、こんな近くに密集して立てるはずがない。良く見れば、そのひとつひとつには人の名前が彫ってあるようだった。
 そして、それのもとになっている木材が何本も彼の足もとに置いてある。見ればそれが落ちているものか、置いてあるものかぐらいは判断がつく。
(勇者が、作ったのだろうか)
 ピサロナイトは魔族であるから、人が人を弔うことについて、あまり深く考えたことはなかった。そもそも、自分が守りたいと思うものを先に失うことなぞごめんだったし、自分は誰を弔う立場にもならないとすら思える。そんな彼でもこの村の様子を見て、わずかに心が動いた。そうだ。ここは滅ぼされた村だ。
 彼は、ピサロがこの村を滅ぼしたことを非難はしない。勇者が強ければよかったのだ。ただそれだけだ。
 しかし、エビルプリーストを倒し、人間達としては「世界を救った」という立場になった勇者が戻るべき場所がここである、ということについて、いささか同情の念が湧いてきたのは事実だ。
 と、その時
「なんでここにいるの!やめてよ、そこから離れて!」
 突然背後から声がした。
 気配を感じなかった、とピサロナイトは驚いて、慌てて振り返る。
「戻ってきたか」
「そこから離れて!そこに近寄らないでよ!」
 荒っぽく叫ぶ彼女の頬は紅潮している。その気迫に押され、ピサロナイトはわずか二歩ほどその場から後退した。
「これで良いだろうか」
「お前、なんでここにいるの。ピサロから何を言われてきたの?」
「……違う。ロザリー様から、届け物を」
「え?」
 ピサロナイトは小さな箱を差し出した。剣幕を一旦収め、ぽかんとそれを見るカリシュ。
「世界樹の樹、というものがあるのだろう?ロザリー様は、それがある場所に行ってお前への土産を買ってきたのだとおっしゃっていた。なのに、いつまでたっても姿を見せないものだから、仕方なく」
「……そう」
 そう呟くいて素直にピサロナイトの手からロザリーの土産を受け取り、ごそごそ開けるカリシュ。
 彼女の後ろには、麻袋や何やら、見るからに長旅の備品を思われるものが地面に無造作に置いてある。
「水の上にいると聞いたが」
「何で知ってるの」
「この場所を尋ねるため、モンバーバラの占い師のもとへ行った」
「呆れた。ミネアにまで迷惑かけたの?……そうよ。船旅の護衛の仕事」
 彼女はそう言いながら、一度開けた箱をもとに戻し、腰につけた道具袋にしまった。中身が何なのか彼女は言わないし、ピサロナイトもそれには特に興味を持ってはいない。
 ロザリーから頼まれていたことはこれで終わった。ピサロナイトは帰るため、自分の道具袋からキメラの翼を取り出そうとごそごそ手を動かす。
 それへ
「さっきは悪かった。ちょっと、気が動転して」
と、未だ頬を紅潮させたまま、カリシュが謝る。
「考えてみれば、わたしのことを殺しに来る理由はあっても、ここをこれ以上傷つける理由は、ピサロにもあなたにもないものね」
 ここをこれ以上傷つける?
 ピサロナイトは言葉にしなかったが、少しばかり彼女の言葉に反応して、兜ごしに彼女をみつめた。
「それ……壊されちゃうのかと思って……そんなことするわけないのに、一瞬、昔のこと思い出して」
 彼女が言う「それ」は、先ほどまでピサロナイトが見ていた、並立している木の墓標達のことだろう。
 気まずい空気の中、ピサロナイトは「用は済んだ。帰るぞ」と一言告げて、この場から去ろうかと考えた。それが一番楽な方法だ。
 だが、彼はもうひとつ尋ねようと思っていたことを思い出した。
 「また、ロザリー様に会いに来るか」
 「……行ける時はね」
  ようやく彼女は顔をあげた。
  その表情は、決して泣いてはいないけれども泣き笑いのような、感情をどう抑えたりどう出せば良いのかと困惑している表情だった。
 「仕事を増やそうと思ってるから、今までほどは行けないけど」
 「仕事とは、海に出ることか」
 「海以外も。ルーラとかで行くことが出来ない場所に行く人たちの護衛っていうか。傭兵みたいなものね」
 「伝説の勇者が、傭兵稼業か」
 「嫌な言い方。でも、勇者ってのはさ……どこかの国にさ、属さない方がいいんでしょ?きっと。本当はバトランドから王宮騎士の剣の指導員になってくれとか、ガーデンブルグからとか、色んな、斡旋っていうの?もらってるんだけど、一国にわたしがいない方がいいみたいだかね。そういう仕事にはつかない」
 彼女が言うことが、ピサロナイトにはなんとなく理解出来た。魔族や魔物達には、本来国という認識やお互いの領地争いなどはほとんどない。個々が意識しているテリトリーがあろうと、そこにいる者達でひとつの共同体を作るような性質はないからだ。
 しかし、彼のように魔物形ではなく人間に近い形で属するものは、多少なりと人間達の生活を理解している。
 ひとつの国に勇者と呼ばれる人間が所属することは、他国に対しての圧力にもなるのだろう。そのことを彼は正しく思い描いた。
「お前の今の腕前のことは知らないが、ピサロ様が認めて共に戦ったのだろうし、一度屠られる前に交わした剣は、技術はともかく基本の出来た、芯が通ったものだった。良い師に恵まれたのだろう。感謝すべきだ。当時より強くなっているならば、傭兵や用心棒としては、困らないだろう」
「あら、わたしの剣、覚えてるの?」
「思い出した。あまり、強くはなかった。が、基盤の整っていることと、女の身であれほど振るうことが出来れば、確かに経験次第で化けるのだろうと予想はつく」
「……試す?」
「やめておこう。ロザリー様を悲しませることになる」
 本来ならば、望むところだと言いたかったが、今日は良くない、とピサロナイトは判断した。そんなことをするために会いに行って貰ったわけではない、と彼女を悲しませるのではないかと思ったからだ。
「それはこっちの台詞だわ」
 カリシュは肩を竦めた。そして、話を戻す。
「まあ、とにかくさ、誰も知らないここで暮らして、たまにお金作って。それが一番いいんだと思って……」
 誰も知らないだけではなく、誰もいない場所だ。ピサロナイトは心の中で呟いた。いるのは、カリシュだけ。そして、他に存在する「人」を感じさせる何かはと言うと、彼らの前に並んでいる墓標のみ。
「お前が、作ったのか、これは」
「うん。お墓のつもり。誰の遺体もないし、誰の形見も見つからないぐらい、建物焼かれたり壊れされたりしちゃったから、何も埋まってないけど」
 そう言って、いくらか落ち着いた彼女は、足もとに横たわっているままの、作りかけらしい木材を拾い上げた。
 「これを作るのも、剣の先生の分とシンシアの分でおしまい。ここでやることといったら、これを作る以外に何もないわ」
 「……」
 「あとは、誰かさんが食べてくれなかったパイを、ひとりで二人分食べる程度よ」
 彼女のその言葉は、ピサロナイトを笑わせようとしたものなのか、それとも申し訳なく思わせようとしてのものなのか、彼にはまったく判断がつかなかった。
 言い放ったカリシュは小さく肩をすくめて口端をあげてみせるけれど、その笑みはどことなく乾いている。
 何の反応もしない彼をどう思ったのか、カリシュはくるりと背を向けた。
「用事は済んだよね?」
「……ああ。確かに渡したぞ」
「ロザリーに、ありがとうって伝えておいて」
「それは、お前がロザリーヒルに来て、直接言えばいいことだ」
 それだけ言い放ち、彼はキメラの翼を使った。
 ほんの一瞬にして彼の姿はその場から消え、後にはカリシュが残るだけだ。
 あまりにあっさりとした退去は、ぞんざいに扱われている印象をカリシュに与え、彼女は一人でふくれっ面を作る。
「誰のせいで、行きたくなくなってると思ってるのよ」
 カリシュはそう呟いて、草地の上に腰を下ろし、それから大の字になった。
 見える空は昔と今ではまったく変わらず、吹く風も同じように柔らかい。けれど、そこにいるのは自分一人。それだけは昔と変わって、そしてこの先も変わらない事実なのだろうと思える。
「どうして、ピサロばっかり」
 口に出して気付くのは、自分の思いがあまりにも偏屈で、どうしようもない繰り言だということだ。
 ピサロナイトという名を聞いて、思った。たとえ、ピサロ本人がどう思おうと、彼が自分の名を他人に与えるとは、余程の信頼がなければありえない。
 一度は失ったはずの恋人。一度は失ったはずの忠義の部下。
 何故あの男だけが、失ったものを取り戻す機会を得られるのか。
 それは、どれほど自分が長い間強く望んでいたものだったのだろうか。
 あの時、エビルプリーストを殺さなければ、もしかして自分の期待する術を、エビルプリーストから教えてもらうことが出来たのだろうか。
 そんな恨み言を言いたくなるのだ。ピサロナイトを見ていると。


 薄暗い通路で、彼は静かに再びロザリーの警護についていた。
 ロザリーヒルに戻った時には、ありがたいことにまだ幸せな恋人達は戻っておらず、間一髪彼は間に合った。
 ロザリーに事の次第を簡単に説明すると、彼女は手放しで喜び「でも、またいらしてくださるとわかって、安心しました」と微笑んだ。
 そんな彼女の嬉しそうな様子を、ピサロが来た時以外に見たことがない、とピサロナイトは思った。
(そういえば)
 あの勇者は言っていた。村でやり残してることがあるから、それが終わるまでは、と。
 そのことをふとピサロナイトは思い出していた。多分、それはあの墓標を作ることなのだろう、と。
 自分の知人達の墓標にひとつずつ名前を彫り、ひとつずつ立てて。
 その人々を殺せと命令した男の恋人のもとへ、土産を持って会いに行き、茶飲み話をする。
 彼にはどうにもそれが理解を出来ない。
(ピサロ様への恨みで、ロザリー様をいつか殺そうと考えていて、それにはわたしが邪魔だから……)
と思いついたが、それはもっとおかしい話だ。
 ロザリーを蘇らせたのが世界を救うのに必要なことであったならば、後から殺そうとしても確かにおかしくはない。しかし、それならばもっと早く実行出来るだろうに。
(きっと、あの勇者は頭がおかしいのだ)
 ピサロナイトはそう思った。それが一番、彼にとって納得できる回答だった。
 あの墓標を作って、土に埋めて立てて。
 彼が食べずに拒否した菓子を、彼女は二人分あの寂しい村でむさぼったのだろうか。
 彼はその様子を容易に想像した。
 どんなに美味い菓子でも、ロザリーと一緒に食べるほうが楽しいのだろうし、しかも、彼女の傍らにあるのはあの墓標達だけだ。その光景は、滑稽にも思えるけれど、痛ましくも感じる。
 ピサロがあの村にロザリーを連れて行きたくない気持ちが、彼にはわかるような気がする。そしてまた、カリシュが、ロザリーに見せたくないと思う気持ちも、また。

 
「あーあ」
 ピサロナイトが何を言うよりも早く、カリシュはロザリーの部屋の扉を遠目で見て、ため息をついた。
「あいつ、来てるの?それとも出かけてる?」
 あいつ、と彼女が言うのがピサロのことだとピサロナイトにはすぐわかったが、そのまま返事をすることは主に対して失礼だと黙りこんだ。
 それに気付いて、カリシュは質問を変えた。
「ロザリー、いる?」
「いらっしゃる」
「じゃあ、いいや。これ、渡しておいて」
「そのような仕事は受けぬと言っている」
「三人分あるから、ピサロも食べられるわ」
 そのカリシュの言葉に、不用意に「え」と小さく口から声が出るピサロナイト。ありがたいことに、その声は彼女の耳には届いていないようだった。
 最初からそのつもりだったのか、彼女が持ってきた土産は持ち手が長い紐になっており、彼女は何の断りもなく、ピサロナイトの手にその紐をひっかけた。
「待て」
「何」
「……ピサロ様はもう少しでお帰りになる。ここで待っていれば……」
 ピサロナイトのその言葉にカリシュは一瞬驚きの表情を見せた。彼からそんな融通を利かせるような言葉を聞けるとは思っていなかったからだ。
 が、彼女はふっと表情を崩して、かすかな笑みを見せて
「ここで待ってたら、ピサロが出てくるんでしょ。やめておく」
「……当たり前のことを聞くようだが、お前はピサロ様のことを嫌っているのか」
「そうね。ロザリーがいなければ、とっくに殺していたかもね」
 カリシュのその穏やかではない言葉に、ピサロナイトはぴくりと反応をした。彼の立場からすれば、そんなことを平気で言う者を、ピサロが通っているここに入れるわけにはいかない、というところだろう。
「嘘。そうじゃない。本当は、もう、殺したいとか、そこまでのことを思ってるわけじゃなかったのよね」
「……」
「でも、今はまたちょっと、憎くなってきた。なんで、あいつばっかりさ」
「?」
「わたしにだって、一人ぐらいさ。生き返らせてくれてもいいと思わない?」
 そういって、カリシュは目を細めた。
 その視線の意味をピサロナイトは理解出来なかったけれど、あえて彼は多くを聞こうとはしなかった。
 目の前の彼女は、彼が生き返ったことを複雑な思いで見ていたのだろう。そのことだけは、さすがの彼でも気づき、そうであれば尚のこと、投げかける言葉が見つからない。
「あー……、ごめん。今の、聞かなかったことに。ただの愚痴だわ。ピサロの部下に愚痴ってもしょうがないのに」
 カリシュはそういうと、ついこの間のように彼に背を向けて帰ろうとした。が、ピサロナイトはその肩を強く掴み
「これは持っていけ。わたしが預かっても仕方がないものだ」
「ロザリーに渡して。今渡せば、ピサロだって食べられるわ」
「お前に使い立てはされないと言ったはずだ」
 そう言って、ピサロナイトは自分の手に押し付けられた土産を、今度はカリシュに無理矢理返した。
 少しの間彼女はそれを見て
「ピサロの方が、あなたよりは融通利くかもね。ほんとに、面倒くさい人ね」
 そう呟き、ピサロナイトを睨み付けた。
「今度は、三人分、一人で食べろってこと」
「会えない可能性があるのだから、持ってこなければ良いだけの話」
「そうね。それでも持ってくるのはわたしの我侭だわ」
 カリシュはあっさりと引き下がるとそれ以上何も言わず、つき返された土産を持って階段を降りて行った。



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