ロザリーヒルでお茶をB

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 小さな花畑。
 夕方近くの冷たい風。
 最早、誰もいないことが当たり前となった、思い出の成れの果てがそこにはある。
 カリシュは雑草の上に座って、もぐもぐと焼き菓子を食べていた。
 空が晴れている日は、もっぱら夜まで草の上、地面の上にいて、夜になれば地下倉庫で眠る。それが、彼女の今の日常だ。
 一日中雨が降る日は仕方なく地下倉庫で過ごすが、そんな時は逆に、この村から離れることが多い。地下倉庫は一日過ごすには気が重い場所だったし、時間の流れが違うようにも感じられるからだ。
(そもそも、今までピサロがロザリーを連れ出すことなんてなかったしな)
 それでも、土産を持っていったものの、ピサロが来ていた、ということだって今まではあった。
 その時は、まるでそんなことはなかったような振りをして、数刻後にもう一度ロザリーの元へ訪れていたものだ。
 しかし、今はピサロナイトがいるから、そんなことをすればすぐにロザリーにばれてしまう。そうすると、ロザリーはきっとカリシュに気を使うのだろう。
(ロザリーは、多分わかっていない。同情で、わたしが気を使って会いに行ってるんだと思っている)
 本当は、違うのだ。本当は、ロザリーが待っていてくれることで、助かっているのは自分の方なのだ。
 けれど、いつまでもそれを繰り返しているのはよくないのだともわかっている。だから、仕事をしようと思った。
 唇を噛み締めるカリシュ。
 一人でいることは、もう慣れた。村を下ったところにいる木こりとは時々会うけれど、お互いの生活は干渉しない。
 彼女はどうしても、既に村とは呼べないこの場所を捨てることが未だに出来ないのだ。もう、誰一人、自分と一緒に食事をしてくれない場所でも。どうでもいいちょっとしたことで笑い合える相手がいない場所でも。
 足元においてある、まだ包みを開けていない分の菓子をちらりと見る。ピサロがいればピサロに。いなければピサロナイトに、と思っていた、甘くない焼き菓子。確かにそれはただの「ついで」で買ったものだが、それでも受け取ってもらえないのは残念だと思える。
(あんの、頭が固い騎士は)
 礼を言い忘れていたことを、カリシュは知っていた。
 ロザリーの使いで彼がこの村に来たあの日、彼女はピサロナイトに「ありがとう」と伝えていなかった。
 それに。
 彼は、自分の剣を褒めてくれた。いや、そのことが嬉しかったのではない。
 既に亡き人となっている、カリシュに剣を教えた男性のことをも彼は褒めてくれたのだ。
(先生が生きていてくれれば、褒めてもらったのよ、って言うのに。そういえば、ライアンもわたしに言った。わたしに剣を教えた人は、人に教えるのが上手な人なんだろうって)
 それを、今更誰かに言われることは、喜びと悲しみがない交ぜになる複雑なものだ。その上、彼の命を奪ったのは、あの日この村にピサロが連れてきた部下、あるいは、ピサロ本人だ。 そう思えば、ピサロに忠誠を誓っているように見える、あの緑の甲冑の騎士に剣を褒められたことは、なかなかにやるせない気持ちにさせられる。
 と、その時。
 誰かが、草をかきわけてくる気配。
 カリシュは立ち上がり、警戒をした。
 山道を下ったところに住んでいる木こりであれば、近道を知っているため、その方向からは歩いてこない。
 それに。
(甲冑の音)
 まさか、アレか。
 カリシュははその場に立ったまま、音がする方角を見据える。
 やがて、自然の木々の緑に混じって、明らかに無機質の、鈍く光る鉱物の緑が見えた。間違いない。ピサロナイトだ。
「今度は、何しにきたの!?」
 少しばかり遠いかな、と思う位置で彼女は叫んだ。
 それでも彼は彼女の声を間違いなく聞きつけたようで、ゆっくりと進みながら応える。
「お前を連れて来い、との命をうけて」
 誰に、と聞きそうになってカリシュは寸でのところで声を止めた。
 そんなことはわかりきったことだ。彼が拝命を許すのはピサロのみ。そして、ピサロ本人はきっと、彼女と会うような用事はないはずだ。
「ピサロになんてわたしは用事ないけど?」
「ロザリー様が心配なさっている。来ないというなら、力づくでも」
「力づくでも」
 その言葉を聞いて、カリシュは剣を抜いた。ピサロナイトは彼女の様子を確認し、足を止めた。
「何故、そうまでして拒むか。お前は、ロザリー様にお会い出来ることは嬉しくはなかったのか」
「力づくで、なんて言われたら、行きたい気持ちもひねくれるものよね」
「……だが、それはこちらも願ったりだ」
 ピサロナイトは剣を抜いた。その様子を見てカリシュは、口端をぴくりと動かして僅かな笑みを見せる。
 剣を抜いてこちらを見るピサロナイトから立ち上げる気は、相手を力で捩じ伏せようとする意地の悪いものではない。
 期待を、されている。
 それを敏感に感じ取ったカリシュは、笑いたい衝動を必死に堪え、己の剣を握り直した。
(なんて、素直な人なんだろう)
 それが、彼女の率直な感想だ。
「鎧をつけずに、わたしに向かうつもりか」
「あなたと戦う時は、騎士の礼でもしなきゃいけないの?」
「お前が思っている騎士は人間の騎士だろう?わたしには意味がない……お前が良いと言うならば異存なぞない」
「わたしが負けたら、言うことを聞いてロザリーヒルにいってあげる。あなたが負けたら、わたしのお願いを一つ聞いてもらうわよ」
「いいだろう」
 カリシュは腹に力を入れ、ピサロナイトを見た。
 彼の躊躇のない構えは、彼が人間に剣を向けることが初めてではないことを表している。
 彼女の手に握られているのは、天空の剣だ。
 天空に戻ることを拒んだ彼女は、自分への戒めとトルネコとの約束を守るため、「天空の」という言葉を冠する防具をすべてトルネコに渡した。
 けれど、トルネコは剣だけは彼女から受け取らなかった。
 以前、決戦前にその剣の力をマスタードラゴンが解放したのは、カリシュがそれに足りうる人物だと判断されたからだ。
 それは誇るべきことであり、その剣はカリシュの元にあることが一番の幸せだろう、とトルネコは言った。
 カリシュには「武器の幸せ」というものがよくわからない。けれど、誰よりもたくさんの武器防具を扱ってきたトルネコが言うことならば、それは間違いがないのだろうと思い、受け入れることにした。
 その剣はカリシュの手に馴染み、彼女に生まれて初めて「己に合う剣」というものが世の中に本当にあるのだ、と知らしめたものだ。
 一方のピサロナイトも、以前ピサロから気まぐれで渡された剣を己のものとして長い間使ってきていた。
 手入れの成果だけではなく、もともと丈夫な剣なのか、いつ見ても傷み一つも感じない不可思議な剣だ。彼もまた、それが己に近しい、己に合う剣であるという実感を持っている。
 お互い、自分の得物に不足はない。
 じりじりと距離を詰めようとするピサロナイトと、彼の詰める間隔が己のリズムといささか違うため、わざと焦らすように後ずさるカリシュ。
 が、そう思われたのも束の間。初めに仕掛けたのはカリシュのほうからだった。
 おおぶりの剣を扱う人間が詰める間合いとは思えない距離を詰め、彼女は一気にピサロナイトの懐に入ろうとした。彼は咄嗟に身を引いて、ひとまずはかわす。カリシュが突っ込んだ距離は、お互いの剣を振るわせない距離だ。
「……命がけの様子見だな」
 カリシュをかわしたピサロナイトと、深追いせずに再び後退したカリシュの間に、再び距離が出来た。
「そうでもないわよ?わかったことは」
 とん、とん、とカリシュは片足のつまさきを、体の後ろで土につける。
 何の意味があるのか、とピサロナイトは警戒をした。
「どの時点であなたが反応したのか。どっち足で咄嗟に踏み込んで避けるのか。回避行動をとった時には、剣をどう扱うのか、とか。人によって、それだけでも全然違っておもしろいものね」
「動揺を誘う気だろうが、乗らぬ」
「あなたは、ピサロより、反応が遅い」
「!」
「よーな気がする」
 彼女の煽動には乗らないといっていたピサロナイトではあるが、言った先から一瞬気をとられた。が、カリシュがもう一度仕掛けてくる空気は既に察知しており、軽い動きで切り込んだ彼女の剣を、ついに彼は受ける。
 お互い、剣を突き合わせず、キン、と互いの剣を一瞬で弾いて体勢を立て直した。
 力技はピサロナイトの方が優勢になることはわかりきっている。カリシュが無意味な競り合いをしないのは当然だ。
 ピサロナイトも力で勝てることはわかっているが、彼は彼女が器用な剣士で、競り合いに持ち込んでも力をするりと受け流されるのではないかと予想としていた。
 お互いの考えていることがある意味合致していることを、その爪弾きのような一瞬で二人は理解しあう。
(向こうも弾きにきた、ということは、力で剣を押し合うことは普通に苦手なのかもしれない。そも、代わりのない剣であれば、その刃を無闇に合わせぬのは当然のことだが……)
 ピサロナイトはそう考えた。そして、次は彼から剣を振るう番だった。
(鎧を着ておらぬ者に、手加減しながら打ち込むのは)
 存外に難しい。
 彼は兜の下で眉根を潜めつつ、カリシュに切りつけた。
 そのまま普通に切ってしまえば、彼女は怪我をする。そして、その怪我を治すすべは、魔法を使わない彼には薬草程度しかない。
 力づくで、といいつつも、それは「殺してもいい」という意味とは程遠いし、「重傷を負わせて良い」という許可ではないとわかっている。
 彼はしまった、と心から思った。
 鎧をつけろ、と無理強いしなければいけなかったのは、彼女のためではなくて彼のためだったのだろう。いつもとは違う。いくらでも叩き切っていい相手ではない。
 それをしなかった自分を呪いながら、カリシュから剣を手放させる方法を考えた。
 今の条件であれば、そうすることが一番たやすく決着をつけられる方法だ。
(それでは……)
「まともに打ち合えないではないか!」
 ピサロナイトはついつい、声をあげた。そんなつまらない形で、彼女と手合わせをしたいわけではなかった。そのもどかしさを感じるのは、彼が純粋に剣の道を目指した者だからだ。
「今頃気付いたの。馬鹿ね!」
「小賢しい!」
 ピサロナイトとカリシュは、ついにお互いの剣を合わせた。ガキン、と耳障りな音が辺りに響き、二人の両足はその場で踏みしめられ、両腕の筋肉はきしむように感じられる。
(この女……どこから、こんな馬鹿力がっ……しかも、まっとうな剣使いであれば、こうやって剣同士をあわせるなど……)
 一方のカリシュも、予想以上に強い彼の力に苦戦を強いられていた。
(天空の剣が、相手の力を結構吸収してくれてるはずなのに、まいるわね……)
 ギリギリ、と剣を伝って己に響くものは、相手から与えられる力。
 ピサロナイトは一瞬だけ力を抜いて、カリシュが体勢を崩すように誘発してきた。
「っ!」
 そして、そうすることはカリシュにもわかっていた。彼は、カリシュから剣を手放させたいのだ。その考えに持っていったのは、カリシュのほうだし、間違った考えではない。今以上の力で押し切るのではなくて、引くのだとも当然予想はしていた。
(……こいつ、巧い……っ!)
が、ピサロナイトの力の逃がし方は、カリシュの予想以上に巧みで、体が前のめりに持っていかれそうになる。倒れない。体幹には自信があった。自分の体重を前傾でバランスよく乗せながら、何歩か前進して体勢を立て直そうとする。
と、次の瞬間――――。



「あはっ、はっ、は、は!」
 カリシュは、剣をピサロナイトに突きつけながら笑っていた。草地の上に尻餅をついているピサロナイトは、兜の下の表情こそ見えないが、不服そうに彼女を見上げることすらしない。
「ごめんごめん。馬鹿にして笑ってるんじゃなくて」
「……では、なんだというのだ」
「こんなの、勝負じゃないわね」
「勝負は、勝負だ」
 不機嫌そうにそういって、ピサロナイトはゆっくりと立ち上がった。
 彼の足元には、以前は誰かが住んでいた建物の土台だった名残部分があり、それは雑草に覆われていてすぐには存在を確認出来ないものだった。
 それに足をとられ、バランスを立て直そうとした彼は、不遇にももうひとつ、見えないほどに草に覆われてしまっていた瓦礫に踵を突っ込んで見事な転倒をしたのだ。
 立ち上がって、転倒の際に手放してしまった剣を拾って、彼はゆっくりと鞘に戻した。
「わたしの負けだ。どうしようもない」
「本当にそれでいいの?」
「見えなかった、という言葉は何の言い訳にもならぬ。何が望みだ」
 カリシュもまた、剣を鞘に収める。そっと空を見上げれば、いささか夕方に近くなり過ぎた。ロザリーの元に行くには、いつもと比べると相当に時間は遅いだろう。
「遅いけど、とりあえず、ロザリーのところに行った方がいい?」
「何?しかし、わたしは」
 お前に負けたのだ。
 そうピサロナイトは続けようとしたが、カリシュは軽快な足取りで先ほど座り込んでいた場所においてあった荷に近づく。
「誰も、行かないなんて、言ってないわよ?」
「……!」
 彼女のその言葉を聞いて、彼は言葉に詰まった。反応して彼が体を震わせたことは、甲冑の僅かな音でわかるが、カリシュは彼の様子を気にもしていない。
 彼女はいささか乱暴に荷物を布の袋に入れると、勝手に彼の手をとった。
「ルーラ唱えるわよ」
 もちろん、それにはピサロナイトも異存はなかった。
 相当に不本意であったけれど。



 ロザリーの部屋の扉をノックすると荒っぽく開く。姿を見せたのはロザリーではなかった。
「何をしていた!遅い!」
 勿論、そう叫んだのはピサロだ。
「……お前か」
「ご挨拶ね。わたしを連れて来いっていったの、ピサロでしょ。なのに、何、その言い草」
「ナイト!遅すぎるぞ!何をしていた!」
「は……」
 ピサロナイトはカリシュの後ろで、通路の中央付近で膝を突いて頭を垂れる。
 事の次第を報告するのは、ピサロナイトにとってはいささかつらい話ではあった。が、生真面目な彼がそのまますべてを主に報告することを、カリシュは許さなかった。
「何だっていいでしょ。何時までにつれて来い、とか、そこまで命令してないでしょ?だったらいいじゃない」
「お前に聞いているわけではない」
 ピサロは明らかに苛立った様子だが、旅の間にそれにカリシュは慣れていたため、けろりとしている。
「ナイトが戻らねば、わたしがここから出るわけにいかぬ。知っているだろうが」
「あなたがロザリーと一緒にいる時間が、長い方がいいと思って。気を利かせてあげたんだけど?」
「ふざけたことを。それはお前に決められるようなことではない」
 ピサロは忌々しげにぎろりとカリシュを睨む。が、当のカリシュはどこ吹く風で、まったく堪えていないようだ。
「ナイトは警備に戻れ。ロザリー、わたしは行くぞ!」
「ピサロ様、折角カリシュさんが来てくださったのですし、少しぐらいご一緒に」
「この女と一緒に過ごす時間ほど無駄な時間はない」
 ロザリーの提案にもピサロはつれない。それを予測していたようで、ロザリーは苦笑を浮かべた。
「ねぇ、ピサロ」
「なんだ」
「ピサロの分のお菓子、買ってきたの」
 思いもよらぬ報告に、一瞬ピサロは口を半開きにして言葉を失った。そして
「お前はほとほと愚かだな。わたしがそんなものを食べると思っているのか」
「ん。思わない。でも買ってきたの」
「お前が何を望んでいるのか察してやるほどわたしは暇ではないぞ」
「だから、ピサロが食べないなら、代わりにピサロナイトに食べてもらっていい?お茶と一緒に。ここで」
 カリシュのその言葉で、ピサロはぴくりと眉を吊り上げ、カリシュの後ろにいたピサロナイトは膝を浮かせる。その主従の反応の良さにカリシュは笑いをこらえながら、ピサロの返事を待った。
「……勝手にしろ」
「ありがと。あとさ、わたしこれからは今までより遊びに来られないからさ」
「それがどうした」
「ピサロナイトに、たまにはロザリーの茶の相手をするように言ってよ」
 さすがにそれは、ピサロナイトが「何を」と声を荒げる内容だ。が、ピサロはカリシュの肩越しにピサロナイトを睨み、彼の動きを制した。
「気に食わぬ」
「いいじゃない」
「お前に先に言われることが気に食わぬのだ」
「……は?」
 ピサロはぞんざいにカリシュの体を押しのけた。彼のその不遜な行動にもカリシュは慣れている。そして、彼女がそれに慣れていることもロザリーは知っており、室内からそっとカリシュに近づいて耳打ちをした。
「あの、ちょうど先程……わたしがピサロ様に……ナイトさんと、もう少し、お話がしたいって言ったので……」
「あ、そうなの」
 なるほど。
 カリシュの想像の中でのピサロは「そのようなことは必要ない」とロザリーのその願いを無碍に断っていたけれど、彼の反応を見ればそうではなかったようだ。
 不承不承、という呈で、ピサロはピサロナイトに近づいて何かを言っている。ロザリーにとってその光景は珍しくないのか、あまりそちらには気を取られず、カリシュに囁く。
「大丈夫でしたか、ナイトさんは」
「うん。大丈夫よ。ピサロは、苛々していた?ごめんなさいね、来るの遅れて」
「来ていただけて嬉しいです。ピサロ様、カリシュさんからいただいたお茶、美味しいって。あの方がそうおっしゃるのは、とても珍しいんですよ」
「まさか、言ってないわよね?わたしが持ってきた茶葉だって」
「うふふ。まさか」
 女同士は、男同士が何やら不穏な空気を醸し出しているのを気にもせず、小さく笑いあった。
 慣れた部屋に入ってスライムに挨拶をすると、先ほどまでピサロが座っていたと思われる椅子に腰をおろすカリシュ。
 そうこうしているうちにピサロは本当に帰ってしまったようで、開け放たれた扉の向こうには、相当に落胆した様子のピサロナイトがゆっくりと立ち上がる姿だけが見える。
「今、お二人分のお茶を淹れますね」
 ロザリーはいつもと変わらぬ笑顔で、決して忙しなくはない身のこなしで二人分の茶器を棚から出した。
「はい、これお土産。わたし、自分の分は食べちゃったから、二人で食べて」
「まあ、いつもありがとうございます」
「ピサロナイト、早く入ってきたら?」
 そうカリシュが言うも、彼は未だ通路から動かない。
「ナイトさん、どうぞお入りになってください。ピサロ様がわたしの我が侭をどのように申し上げたかはわかりませんが……」
「いえ。良いのです。ロザリー様は、何一つお困りになることはありますまい。しかし」
 自分に矛先が向くことを察知して、カリシュは先手を打った。
「ピサロからの命令なんでしょ?早く入ったら?」
「……お前が何を考えているか、さっぱりわからぬ」
「なんでわからないのか、そっちの方がわかんないわ」
 ピサロナイトは、二人に聞こえるほど大きな溜息を兜の中で吐き出した。それから、覚悟を決めたように「失礼いたします」と一礼をしてから部屋に入り、扉を閉めた。
「これでは、護衛にならないではないか……」
 ぼそりと呟きつつも、ロザリーに勧められ仕方なしに椅子に腰をかける。
 目の前に並ぶ、普段の自分から縁遠い茶器に途方にくれるピサロナイト。その様子にカリシュは笑い出しそうになったがどうにか耐えた。
「カリシュさん。わたしの分、半分食べてくれませんか?先ほど、ピサロ様とご一緒した時に、ビスケットを一つまみ食べてしまって」
 そういいながらロザリーはひとつの菓子を半分に割る。それが彼女の気遣いであることにカリシュも、また、ピサロナイトも気づいていたけれど、それをいちいち指摘するほど彼らは野暮なことをしなかった。
「いいの?ありがとう」
 そう言って笑うカリシュの笑みは少し照れくさそうだった。そして、彼女を見て微笑むロザリーの笑みも。
 それは、今まで一度も見たことがないロザリーの表情だ、とピサロナイトは驚く。
 女同士のお喋りの場というものは、やはり気安いものなのだろうか……どこまでも生真面目にそんなことを考える。
(それにしても、一体この二人は何を話すのか。何一つ共通点などなかろうに……)
 彼はそうロザリーのことを詳しく知っているわけではない。だが、当然カリシュのことはもっと知らない。きっと、自分が「死んでいた」間に共に旅をしていた二人の方が、親密になるのもおかしくないのだが、それにしても、共通点があるとは思い難かった。
 そうだ、何も知らない。菓子を持ってここに来るということ、案外しつこくて悪知恵が働くこと、それから。
 あの寂しい場所で、墓標を一人で作り続けていること。
(ロザリー様にとってはこの部屋も、寂しい場所だったのだろうか。勇者にとっての故郷のように)
 悲しい村の跡地で一人で食事をするカリシュの境遇も、ピサロを待ち続ける以外に何も自由を許されなかったロザリーの境遇も、もしかしたらあまり変わりがなかたのかもしれない。
 突然そのことに思いあたって、ピサロナイトは唇を引き結んだ。
(いや、そんなことはない。ロザリー様はピサロ様に愛されてこんなにお幸せではないか)
 それでも、きっとこの二人はどこか。
「ピサロナイト、兜をとったら?それでは、お茶も飲めないでしょう」
 そう言ってカリシュは、自分の肩にかけてあった武器を収めておく革具をとって、椅子の背にかけた。
 彼の方はさすがにそこまでは無防備になれないけれど、確かに兜をしたままではどうしようもない、と言われるままに脱いだ。
「ローチェストの上にでも、置いていただければ」
 ロザリーに言われるまま彼は従い、兜を置き、右手の手甲だけを外した。
 いかにもピサロと同じ魔族らしい、特徴的な耳や、まるで何かに怒っているかのように寄せられた眉、それらを一通りカリシュは眺めると
「そんな顔してたんだ!もっと、おじさんだと思ってたわ!」
「何を言うか。お前たち人間と我らの寿命は違うのだから、お前よりは相当年は上だ」
「あはは、また怒られちゃった。ピサロナイトは、いつもわたしのことを怒ってばかりよね」
 誰のせいだと思っている、と言おうとしたピサロナイトよりも先に、ティーカップをテーブルに置きながらロザリーは笑った。
「カリシュさんは、ピサロ様にも怒られてばかりですものね」
「あいつ、怒るのがきっと趣味なんだよ」
「それは違うと思いますけど」
 そう言いつつ、ロザリーは更に笑った。恋人の悪口を言われてさえ、彼女はそうやってさらりと交わす。そんなところを見たことがなかったピサロナイトは、内心驚いた。
が、それは当たり前のことであって、彼の知る誰が一体、彼の主の悪口をそんな風にさらりと口に出来るというのだろうか。
「同等の立場で、ああやってカリシュさんが噛みついてくださるのが嬉しいのでしょう」
「ロザリーから見れば、わたし達の言い争いなんて、仔犬の喧嘩みたいなもんでしょうね」
 そう言ってカリシュは唇を軽く尖らせる。それから、ピサロナイトの無言の視線に気付いて
「言っておくけど、わたしの方がよっぽどピサロにひどいこと言われているんだからね」
と、言い訳にもならない言い訳をした。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません」
 ロザリーはそう言って座った。テーブルの上に乗っているのは、半分ずつになった焼き菓子が乗った二枚の皿。ひとつだけ原形のままの菓子が乗った皿。深い香りを立ち上る湯気から放つ、温かな紅茶。
 それを囲むのは、まるでいつもと変わらぬ、とばかりに何も気にする風でもないロザリーとカリシュ。そして、どうしてよいのか途方にくれるばかりのピサロナイト。
 いつもは三つ目の椅子に乗っかることもあるスライムは、窓辺で外の様子を覗き見をしている。
 部屋の主であるロザリーに勧められ、カリシュが最初に茶に手を伸ばした。
「ピサロ様も、お帰りにならなければよかったのに」
「わたしは、お茶を飲みながら喧嘩する趣味はないわよ」
と即座に返す。
 仕方なく茶を一口飲んだまま何も言わぬピサロナイトに気を使って、ロザリーは声をかけた。
「あの……ナイトさんにご迷惑だってことは、わかってはいたのですけれど」
「ロザリー様が、気になさることはありません」
「そうよ。それに、ピサロの命令でしょ」
 あっけらかんとカリシュが言えば、ピサロナイトはあからさまに不満そうな表情を浮かべる。
「そもそも、ピサロ様の分の菓子を買ってくるとは、どういった風の吹き回しだ。そのおかげで」
「違うわよ。本当は、最初からそれは、あなたにあげようと思ってきたの」
「何故」
「この前、ロザリーのお使いをしてくれた時、お礼を言い忘れていたから。あの時は、ありがとう」
 ピサロナイトは不思議そうにじっとカリシュを見て、それから
「自己満足だ。わたしは、別に菓子など食べたいわけではないのだし」
「でも、食べてみて。サントハイムの姫お墨付きの、甘くないお菓子だから」
 自分の行為を否定されても、カリシュは怒らずに穏やかに答えた。ピサロナイトがちらりとロザリーを見ると、ロザリーは何も言わずに微笑んでいるだけだ。
 仕方がない、とばかりにピサロナイトは菓子用のフォークを手にして、目の前に横たわっている密度の濃いケーキのようなものを切り、口に運んだ。
「……チーズの、菓子か」
「うん」
「しかも、また、日持ちのしないものを」
「だって、ピサロナイトかピサロには、食べてもらえるって思ってたから。あのねぇ、ロザリーと半分こしたやつはね……」
 カリシュが説明をするよりも先に、口をつけたロザリーは嬉しそうに「ふふっ」と笑い声をあげた。
「何かしら。柑橘類の砂糖漬けが入っているんですね。おいしいです。これは、アリーナ姫がお好きなんですか?」
「うん。アリーナに聞いたの。ほら、さすがにお姫様となれば、色々な国から、色々な食べ物を食べる機会があるんじゃないかと思って。でも、まあ、聞いたのはアリーナになんだけど、どこに売ってるなんていう菓子なのか、っていうのは、クリフトが説明してくれた……って、ピサロナイト?」
 女二人が楽しげな会話をしていると、ピサロナイトはカリシュが持ってきた菓子を一気に口に入、れロザリーが淹れた茶をさっさと飲み干し、すべて飲み込む前に立ち上がった。
「それでは、警備に戻りますので。失礼いたします」
 乱暴に頭を下げると、二人が驚いている隙にさっさと部屋から出て行くピサロナイト。女二人は一部始終をぽかんと見守り、扉が閉まる音と同時に小さくため息を吐き出した。
「……呆れた」
「何もお話出来ないままでしたね」
「ピサロに言いつけてやるといいわよ。あと、次はピサロナイトだけあっついお茶いれてやるといいよ」
「カリシュさんは、意地悪ですね。でも、お二人が仲良くなってくださったようで、嬉しいです」
「ぜんっぜん仲良くないよ……」
ロザリーのその言葉に若干カリシュは脱力しつつ、あと一口分だけになっていた菓子を口に入れた。



「じゃ、ロザリーまたね」
「はい。お気をつけて」
 ほんの半刻の短いお茶会が終了した頃は、もう夕食を食べてもおかしくないような時間になっていた。
 カリシュは部屋から出てくると、通路に立っていたピサロナイトににやにや笑いかけ
「中に戻るに戻れなくて、困ったんでしょう」
「返せ」
 カリシュの手には、ピサロナイトが部屋に置いたままにしてしまった兜と手甲があった。それを苛立ちながら装着するピサロナイト。
「次はいつ頃来るつもりだ」
「んー、明日から仕事が始まるから、また当分来られなくなるの。たまには、ロザリーに付き合ってあげてね」
 そう答えるとカリシュは、階段に向かって歩き出した。と、その背に声がかけられた。
「待て」
「ん?何?」
 驚いて振り返るカリシュ。だが、次にピサロナイトが発した言葉は、更に彼女を驚かせた。
「……その……菓子は……旨かった」
「そう!よかった。じゃ、次来る時は、違うやつ買ってくるわね」
「誤解するな。次に期待をして言った訳ではないし、お前と共に茶をする約束なぞしていない」
 そう言ったピサロナイトに、カリシュは少しばかり意地の悪い笑みを見せた。
「何言ってるの?わたしが勝ったら、わたしの言うことを聞くっていったじゃない?」
「!……ピサロ様の代わりに菓子を、食ってやっただろう」
「何言ってるの?」
 カリシュはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「それは、ピサロからの命令でしょ?ピサロにわたしが頼んだだけで、あなたに頼んでないわよ?お茶をしたのも、ピサロからの命令よね?」
「!」
「次も、甘くないお菓子探してくるから」
 それが、カリシュの別れ際の挨拶だ。
 ピサロナイトが怒鳴りたい気持ちをぐっと堪えている間に、カリシュは軽く手を振って、階段の降り口からするりと姿を消してしまう。
(……一体、なんなんだ!あの勇者は!)
 ピサロと対等に話し、罵り合い、平然としていて。ロザリーと共にいれば、まるでそこいらの村娘のように楽しげに話して。と思えば、執拗に彼に菓子を食べさせようとして、剣の勝負まで受ける。
 理解が出来ない。
(きっと、あの勇者は頭がおかしいのだ)
 ピサロナイトはまたそう思いつつ深いため息をついた。そして、やはりそれが一番、彼にとって納得できる回答だった。
 だが、一番おかしいのは彼女ではなくて
(何故、次、いつ来るのかと尋ねたんだろう)
 すっかり彼女の訪問に慣れてしまった自分。
(こうやってわたしやピサロ様を懐柔して、いつか牙を剥くつもりだろうか)
 疲れた。
 ピサロナイトは彼にしては珍しく、心身共に疲労を感じて、通路に座り込んで壁にもたれ掛かった。
 耳を澄ませたが、カリシュの足音はとっくに遠のいており、室内で茶器を片付ける音が僅かに彼の鼓膜に届くだけだった。






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