エイプリルフールネタです。
ピサロ×女勇者話です。
らくがき程度の話なので、色々練れてません。
「こんな感じー?」って他愛もない会話しながら落書きして見せてるような、そんなイメージの書きなぐりです。


本当を誰も知らない



晴れ渡った空。
いつも通りの一人の朝食を終えた後、マリアは腹ごなしにと薪割りをしていた。
昨日の朝大量に作ったスープは今朝食べ終えた。昼は何を作ろうか。
山菜の時期ももう終わろうとしているし、そろそろ作り置きの料理は傷みやすくなってきているな。
そんなことを考えつつ、ひとつ、またひとつと着々と薪を割っていく。
運が良かったのか乾燥している木が多く、初めから割れ目が入っている木が多い。
こういう時は作業がはかどり、知らず知らず鼻歌も出るものだ。
「せっかくーの嘘の日もー、一人じゃ何もできませーん一人じゃなーにもールルー」
いい加減な歌を歌いながら斧を振り下ろすマリア。
思えば、そんな風に歌のひとつを歌いながら薪を割れるようになるなんて、一体どれほど自分は筋力がついてしまったのだろう。
ふとそう思って歌を止め、しげしげと己の腕を見る。
薪割りは斧の重さをうまく使いながら行うわけだが、そもそも薪が割れる重さの斧を繰り返し振り下ろせるなんて、普通の女の子に出来るはずもないのだ。
「そこまで太くはないんだけどなあ。でも、硬い……でも、いいことなのよね、うん」
だけど。
(ピサロは、そういや、驚いた顔をしていたな)
初めてマリアの腕に触れたピサロは、一瞬その表情を曇らせた。
それが単純なものではないことを、マリアは知っている。
そもそも、ピサロにとって一番近しい女性はロザリーだったことは間違いないわけで。
女性の体といえば、たとえエルフと人間の違いがあろうと、天空の血が混ざっていようと、ピサロにとってはロザリーが基本に違いない。
それでは、驚くのも当たり前。
ロザリーのか細い腕、筋張ったところのない女性らしい手、それらはマリアのもつものとあまりにも似ても似つかぬものだ。
(あ、思い出したら腹がたってきた……)
そういえば、今日は先ほどの鼻歌の通り、年に一度の嘘をついても許されるだろう日。
一年に一度の、嘘をついても良い日。
山奥の村育ちであるマリアはそんな日があることを知らずに育っており、仲間からの説明を聞いても始めはピンとこなかった。
だが、旅の最中に「その日」を一度迎え、みんなが笑いあうような他愛のない嘘に触れ「ああ、そういうことなのか」と彼女も合点がいった。
成るほど、自分も次の年には、みんなが「えっ!?何それ本当!?」って一瞬騙されてから笑い合えるような。
そんな日にしたかったのに。
次にその日が来たのが今日、そして、彼女は故郷の村でたった一人で過ごしているのだ。
旅をいつまでも続けていたかったわけではないが、少しだけ残念だな、とは思う。
(こんな日にピサロが傍にいたら、どんな嘘で驚かせてやったかしら……でも、あの男は忙しい忙しい言うばっかりで、ロザリーヒルにいってもデスパレスにいっても、なかなか捕まらないし。ロザリーに聞いても何をしているかわからないっていうし)
ここ最近、どれほどピサロの顔を見ていないだろうか。
顔を見に行ってもいないのだし、向こうから来る気配はまったくないし。
あの男は気まぐれだ。そんなことはわかっている。
最後に告げられた言葉だって、気まぐれだったに違いないのだ。

逃げられると思うな

どういう意味なのかと問いかける間もなく、あの男は姿を消した。
それが何ヶ月前だったか。
大体、ピサロはいつだってそうだ。
突然やってきて「どうせ暇だろう」と決め付けてマリアを他の町に連れ出したり。それがデートというものかと思えば、実はロザリーに渡すプレゼントを買いたいが、女性同伴でしか入れないらしいから、なんて人の気持ちがわかっていない発言を平気でする。
それを拗ねれば「そうか、実力行使で店を壊してでも勝手に入ればよかったか」と的外れなことを言い出す始末。
たまにはデスパレスに来れば、剣の相手でもしてやる、なんて言うから「寂しいのかな」なんて気にかけて足を運べば「今日は忙しい、お前の相手はしてられぬ」なんてそっけなくあしらわれる。
身勝手な男だ。
これが他の人間なら「来てくれて悪いんだけど」とか、一言前置きをしてくれるに違いない。そういうことが出来ない性質なのがわかっていても、がっかりしたり苛立ったりするのは止めることが出来ない。
(逃げられると思うなですって。それはこっちのセリフよ……大体、あいつを殺さないのだって、あいつが今死んだら魔族達の勢力が分裂して諍いが起きるかもってマスタードラゴンに言われてるからで、本当は……)
そこまで考えて、マリアはふう、と小さなため息をついた。
違う。それは、言い訳だ。マスタードラゴンが彼女に与えてくれた、非常に人間的な。
「あー……よくないな……こういうの……ほんと、あいつのこと考えると、頭おかしくなる」
ぎゅ、と斧の柄を握って構える。
刃の重さを薪に乗せるように振り下ろすと、気持ちが良いほど綺麗に薪が割れた。
それに気をよくして、若干鼻息を荒くするマリア。
「よーし!決めた!今日は絶対ピサロをとっつかまえて、それで……」
その勢いか、誰もいない村で仁王立ちになり、誰ともなく高らかに宣言をする。誰かに見られたら、きっと恥ずかしくて色々言い訳をするだろうが、ありがたいことにここには誰もいない。
が、彼女の言葉は途中で止まった。
「……っ!?」

ゆらり。

空間移動で空を飛んでくるルーラの呪文やキメラの翼。
それは、物理的に飛ぶものでもあり、かつ、空間を幾分か歪めるものでもある。
当然だ。ほぼ瞬間的にどこかからどこかへ移動するなぞ、人間に体の限界を考えれば、空間を歪めずに呑気に飛行するだけのわけがない。
それによる歪み、ひずみを敏感に察知して、マリアは薪を割っていた斧を構えた。
何より、この村は村であって村でなし。
誰であってもルーラでたどり着くシンボルを持たぬ場所。
そこに直接やってくる者といったら数が限られていて……
「マリアさんっ!」
「えっ、ロザリー!?」
次の瞬間、マリアからそう離れていない場所に、息を切らせたロザリーの姿が現れた。
彼女はルーラの術者ではないから、キメラの翼を使ったか、誰かに呪文によって飛ばされたか……そんな器用なことが出来る人物が魔族にいるのかはわからないが……少なくともそんなところだろう。
息を切らせているのは、もともと彼女の体が強くないことと、空間移動による負荷に慣れていないためだとマリアは瞬時に判断した。
「どうしたの」
「大変なんです、あのっ、ピサロ様がっ」
「ピサロ?」
「ピサロ様が、大変なんです!」
「落ち着いて、ロザリー」
二度口を開いて、言っていることはまるきり同じこと。単語の順序が変わっただけだ。
ロザリーは、すう、はあ、と深呼吸を繰り返し、それからもう一度、先ほどとは大分落ち着いた様子でマリアに告げた。
「大変なんです。ピサロ様の意識が戻らなくて、もう二日も経って……一体何が起きてるかもわからなくて……医術に長けた魔族の方にも見ていただいて、世界中のしずくなども試してるんですけど、一向に……」
「……」
彼女の言葉のひとつひとつを確実に聞き、マリアは眉根を寄せた。
一体突然何の話をロザリーはしているんだろう。
何ひとつ前触れもなく突然もたらされた凶事に、マリアが出した結論はたったひとつだった。
「ロザリー、今日が何の日か知って……」
「こんな不吉な嘘、冗談でも言いません!!」
「え、じゃ、ほんとの話?」
ピサロとロザリーが自分を騙そうとして。
そう疑ったマリアをロザリーは上目遣いで見据えながら、彼女にしては大分珍しい早口でまくし立てた。
「とにかく、もうわたし達ではどうにも出来ないので……先ほどサントハイムに行ったのですが、今日は式典とやらがある日とのことで、クリフトさんやブライさんにお会い出来なくて……だから、マリアさんに」
「ミネアのところには」
「行きました。でも、いらっしゃらなかったんです。マーニャさんは仕事前とのことでおうちで寝てらしたんですけど、多分ミネアさんは占いのための禊とやらに出かけてるとのことで、その行き先はマーニャさんもご存知ないって」
「あー……そっか」
嘘をついてもよい日。それは、暦の上でもいくらか節目になる日であり、それゆえサントハイムでは式典を行い、ミネアは節目ということで彼女しか知らないなんらかの行為に向ったのだろう。
確かにそうだ、とマリアは軽く舌打ちをした。
なぜなら、そういう日だからこそ旅を終えた彼女は今ひとりで、仲間のところに軽い気持ちで遊びにいって他愛ない嘘すら披露出来ないからだ。
「マリアさんが何か出来るかはわかりません。でも、マリアさんに様子を見ていただければ、その、もしかしたら……いざとなったら、マスタードラゴン様のお力を借りることも出来るのではと、手前勝手ながら考えて……それに、マリアさんは、ピサロ様の」
「わかった、とにかく行こうか。疑ってごめんなさい」
それはまったくの偶然だったが、マリアの返事はロザリーの言葉を遮るような形になった。
それに、マリアさんは、ピサロ様の。
その次にロザリーが何を言おうとしていたのかを、マリアは知らない。遮ってしまったのはたまたまだったが、だからといって「何を言うとしたの?」と追求する気はなかった。
内心、少なくともロザリーは言葉に出来るほどにマリアとピサロの関係をはっきりと認識をしていることには驚いたけれど。
それが友情だとか愛情だとか、友達、戦友、ライバル、あるいは仇。どんな言葉にしろ、何かひとつにロザリーは集約しているのだ。それを聞くのはいささかマリアには恐ろしく思える。
マリアは手にしていた斧をぞんざいに置き、念のために、と近くに立てかけておいた剣を身に着けた。
「どこにルーラすればいいの」
「デスパレスに」
「わかった。手、出して」
「ありがとうございます」
ロザリーは心底ほっとした表情でマリアに笑いかけた。
それへ、マリアも小さく笑いかける。
差し出した、女性にしては少しだけごつごつしているマリアの手の上に、白くて細いロザリーの手が、まるで陶器の置物のように美しい形で重ねられた。


「あー。ほんとね。何これ」
デスパレスのピサロの部屋で、おおよその説明をうけたマリアは呆れたように呟いた。
そこには、マリアが今まで泊まったどの宿屋にあったものより立派なベッドに横たわっているピサロの姿がある。
顔色は、間違いなく悪い。
呼吸も、浅い。
体温が低いのか高いのかは、ピサロの平熱を知らないマリアには判断が出来ない。
だが、旅をしている最中のピサロの様子とはまったく違うことだけは理解出来る。
「なんか……見た目だけなら、毒くらってる時にも似てるんだけどなあ」
「と、お医者様もおっしゃって解毒剤を調合してくださったのですが、無理矢理飲ませても効果がなく」
「そりゃそうだよね。どんな毒か種類もわからないしね」
「おとといから、だっけ?」
「はい。わたしが知らせをうけた時には既にその状態で。最近、研究室とか呼ばれているところで、何やらお仕事をなさっていたようなのですが、この城の通路でピサロ様が倒れているのがみつかって……」
「研究室?そこに行けばなんかわかるんじゃない?」
「それが、ピサロ様しかその場所もわからなくて」
「探索は得意よ?」
「でも、もしそこで何かあってマリアさんも同じようになったら」
ロザリーは今にも泣きそうな表情で、心底マリアを心配しているようだ。
確かに彼女の言葉にも一理はある。それに、ロザリーの言葉が全部本当ならば、きっとこの城にいるピサロの部下達もその研究室とやらを探したに違いない。それがみつかってないならば、マリアがそんな場所を探すよりも、余程マスタードラゴンに相談にいった方が早いというものだ。
と、その時、マリアの腹の虫が軽く音をたてた。
そういえば、今朝はだいぶ早起きをしてしまったし、薪割りもして、いつもより早く腹が減った気がする。
「わわ、こんな時に……やだ、ごめん、ロザリー」
「もしかして、お食事とってなかったんですか?」
「そうじゃないんだけど、起きたのが早かったのよね……」
「それなら、何か軽く口に出来るものを持ってきますので、待っててください」
いや、そんなことは別に。
そうロザリーを止めようとしたが、寸でのところマリアは言葉を飲み込んだ。
よく見ればロザリーの表情は青ざめており、少しばかり震えている。
ルーラで飛ぶためにマリアの手に彼女が手を乗せた時は、とにかくマリアを呼んでこようと必死だったのだろう。その焦りが解けた今、ロザリーは改めてピサロの状態に不安を煽られているに違いない。
だから、マリアの意思も聞かずに、ロザリーにしては珍しく気持ちが逸るように。
(知っている。こういう時は、何かをしていないといられないんだ)
「ありがと、待ってるね」
「はい」
マリアは、ロザリーがこのデスパレスのことをどれほど知っているかはわからない。
わからないけれど、少なくともロザリーがピサロの部屋に入る時に、護衛として入り口にいた魔族達は何も言わず、マリアのことすら気にかけなかった。それは、ロザリーを信頼しているということだ。ならば、きっとこの城にはそれなりに来ているのだろう。
(って、わたしは何の心配をしてるんだろ)
マリアは、枕元に置いてある椅子に座って、ピサロの顔を覗き込んだ。
冷たい印象を受ける丹精な顔立ちは、何の感情も表さずにただ瞳を閉じ、わずかに開いた口元と鼻から呼吸を繰り返すだけだ。
だが、それはロザリーが言ったように、健康な人間の睡眠状態とは程遠い。
息を吸ったら。息を吐いたら。その瞬間それが途絶えて、すべての活動が終わってしまうようにすら感じる。
ロザリーのそれとよく似た尖った耳を、少し乱暴に掴んでマリアは唇を寄せた。
「ピサロ、聞こえる?」
聴力がよいことは知っているから、本当は近くで囁くことではない。だが、誰も居ない室内であってもなんだか恥ずかしく思え、マリアは小声で語りかける。
「本当に、嘘とか冗談じゃないのよね?もしそうだったら、切るわよ」
応えはない。
「今日は、小さな嘘ついて、笑いあう日なんでしょ?さっきのロザリーの様子みたら、ピサロも知ってるんじゃない?ね?今ならまだそこまで怒らないから起きてよ。ロザリー心配してるわよ」
耳を澄ませば、ピサロの呼吸はまったく乱れていない。そっと彼の首筋に手を添えると、その脈は規則正しくマリアの指先に振動を伝えた。
呼吸の浅さとは裏腹に、脈は力強い。
簡単に死ぬわけではないと思いつつも、この不思議な現象にマリアは眉根を寄せた。
「お前とロザリーを騙してやろうと思って、さっき、何かおもしろい嘘はないかって考えたの。でも、思いつかなかったわ。ねえ、来年は何か仕掛けてあげるから、とりあえず目を覚ましたらどう?」
静かな呼吸。
そして、力強いけれど、それが今の彼の状態には似つかわしくないと思える脈。
今まで何度も、村人達の仇だといい続け、何度も殺そうと思った男が、死に向かっているかもしれないというこの状況に、マリアもすっかり混乱をしていた。
「お前を殺すのは、わたしだって前から言ってるでしょ。早く目を覚ましなさいよ。張り合いのない」
マリアは、ピサロの腕を掴んだ。
手首に触れ、その脈を計り、それから。
ロザリーがいつ戻ってくるかもわからない状態だけれど、男性の割りにはすらりとして美しい形をしたピサロの指に自分の指を絡めて。
「目が覚めたら、お前が嬉しくなるような嘘をついてあげてもいいよ。そうね。何がいい?」
それへの答えはない。
ピサロがこんなことで死ぬわけがないという思いと、生き物は予想も出来ないことで死ぬことがあるという思い、どちらも信じきれずにマリアの心は揺れる。
「ねえ、本当に死ぬなら、本当に死ぬって言って頂戴。そしたら、先に殺してあげるから……」
静まり返る室内。
つい今ロザリーが出ていったばかりだというのに、早くロザリーが帰ってきてくれないだろうか、とそればかりをマリアは願う。
他に何も願いようがないのだ。
マリアはピサロの状態を見てもよくわからないし、何が出来るわけでもない。
こうやって語りかけて答えるはずもなし、医者がわからないことを自分がどう出来るというのだろう。
そう途方に暮れ、小さくため息をついた、その時。
ぎゅ、とマリアの指先を何かが掴んだ。
「えっ」
絡めていたピサロの手を見ると、それは間違いなくマリアの手を握っている。
「ピサロ……?」
「……お前か」
顔を覗き込めば、ゆっくりと長い睫が動き、いつもよりは力のないどんよりとした瞳がまぶたの下から姿を見せた。
「気がついたのね?大丈夫なの?一体何があったの?」
「……で、どういう嘘をつくって?」
ピサロはマリアの問いに答えず、逆に勝手な問いを返した。
一瞬彼の質問の意味がわからず、マリアは言葉を失って眉根を潜める。それから、自分が彼に囁いていた話のことだと思い当たり、マリアは頬を紅潮させてピサロの手を振り払った。
「……やっぱりだましたのね!?」
「騙すとは……何が、だ」
そう言いながらピサロはゆっくりと体を動かした。手を握って開いて、首をゆっくりと回し、何度も瞬きをする。
その様子を見るからに、どうやら意識を失っていたのは本当のようだ。
「だって、聞こえてたんでしょ!こんな都合よく起きるなんて」
「……都合とは、誰の都合だ、意味がわからん。それに、お前も聴覚から蘇生するだろう」
「え?」
「蘇生呪文を受けた時、そこに占い師と神官がどちらがいても、どちらに蘇生されたか、すぐわかるだろう。そういうことだ」
ピサロが何を言っているのか、とマリアは困惑の表情を見せた。
ザオラルやザオリクといった呪文の話で、旅の間のことだとはわかっている。
クリフトとミネアがそこにいて、どちらが呪文を唱えたか?
(そんなの……呼ぶ声が聞こえるから……)
そういえば。
誰かが蘇生呪文を唱えている時は、集中をさせるためにあまり周囲は声をあげない。
どんなに酷い損傷であっても、助からなかったらどうしようという状況でも、誰もが自然に術者に全てを委ねるのが普通だ。
そんな状態で蘇生を受け入れる時。
「心当たりがないわけではなかろう。蘇生時は術者の声が最初に聞こえる。つまり、聴覚が早めに戻ってくる。その上、我々は耳が良いからな」
「じゃ、じゃあ、蘇生ってわけじゃなくても……危なかったの!?一体どうして倒れて、あんな状態に……」
「……腹が、減ったな」
話が噛み合わない。
いつも通りのことだが、少しでも心配した自分が阿呆に思えて、マリアは声を荒げる。
と、丁度その時、部屋の扉が開いた。
「マリアさん、よかったら食堂……ピサロ様!?気がついたのですか!?」
「ああ、ロザリー、すまぬ。心配をかけたようだな。もう大丈夫だ」
ロザリーはドレスの裾をつまんで、足早にベッドに駆け寄る。
彼女のそんな様子は普段なかなか見られないため、どれほどピサロを心配していたのかわかる、とマリアは思った。
「一体何があったのです、ピサロ様。本当にもう大丈夫なのですか?」
ふわりと床に座り込み、ベッドの上に両手をそっと置くロザリー。
「悪かった。色々といじっていたら、妙なガスが発生してな……研究室には、誰も行ってないだろうな?」
「誰も、ピサロ様の研究室がどこにあるのか、知りませんもの」
「ならば良い。あれから何日だ……ああ、嘘をつくとかなんとか言ってたな、そうか、二日経っているのか」
マリアは椅子から腰を浮かせて、ロザリーに目配せをした。
床に座ってなどいないで、椅子に座ったらいい。そういう意味合いだったが、ロザリーはその場を動かない。
それどころか、無邪気にマリアを見上げて
「そうです。マリアさんが、何かしてくださったんですか。ありがとうございます」
なんてことを言い出す。
途方にくれてマリアは肩をすくめると
「何もしてないわよ。起きなきゃ切るわよって脅しただけ」
とため息と共に答えた。その言葉をうけてピサロも飄々と
「特に何もしておらん。多分、単に体から悪いものがぬけるのに時間がかかったというだけだろう。若干心当たりがないわけでもない。まあ、実験に失敗はつきものだからな」
「何をなさっていたんですか、ピサロ様?まさか、まだ……」
「進化の秘法だと思ったか?」
その言葉にロザリーは険しい表情を一瞬見せ、けれど己の気持ちを抑えるかのようにドレスの布を握って瞳を伏せた。
「……はい」
それへ、ピサロは特に気にした風もなくあっさりと返事をする。
「まあ、近いものだ。だが、心配するな。別段それを使って力をどうのとは」
「でも……」
心配するな、とはご挨拶だとマリアは思う。
事実、先ほどまで意識を二日間失っていて、人々に散々心配をかけていたわけで、その張本人がこの場で言うにはまったく似つかわしくない言葉といえよう。
第一、倒れていた本人は、意識がない間ロザリーがどれほど一所懸命手を尽くしてくれたかなぞ、これっぽっちもわかるはずもない。ピサロにとってはそんなことは何ひとつ重要なことではないようで、自分が倒れていた間のことをまったくロザリーに尋ねる気配すらないのだから。
自分が何かをしたわけでもないのに、マリアはついに我慢出来なくなって叫んだ。
「いい加減にして頂戴、人騒がせな!」
「す、すみません、マリアさん。わざわざお呼びたてをしてしまって……」
「ロザリーは謝らなくてもいいの。こっちの魔王様でしょうよ。わたしが怒っているのは」
そういって睨みつけても、ピサロの方はまったく意に介さぬようで、涼しい顔――大分様子も戻ってきて、ずっと意識を失っていたとは思えぬほど――だ。
「……ふむ。大方腹でも減っているから、そのように苛立つのだろう」
「はあ!?」
「あっ、そうでした。マリアさんのお食事の準備出来ていますよ」
「もういいわよ。ピサロが起きたらここにいる理由もないから」
「でも、お料理はもう出来ていて……勿体ないですし、せめてお食事だけでも」
「っ……」
ロザリーはどっちの味方なんだ。
そう言いたくもなったが、そもそも最初から答えはわかっている。
ロザリーはマリアのことを好いてくれてはいるけれど、どっちかといえば間違いなくピサロの味方だ。
そして、マリアがどれほど二人の会話にもどかしさを感じていても、ロザリーにすれば「いつも通り」なのだから、マリアの苛立ちは理解してもらえないに決まっているのだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えて、食事だけいただこうかしら」
疲れた、と肩を落とし、マリアはロザリーと共にピサロをその場に残して部屋を出た。
ピサロの意識が戻ったことは良いことのような気もするのだが、なんだか釈然としない面持ちで。


ロザリーに連れられていった先には、誰が用意をしたのかはよくわからないけれどとりあえず人間が食べるような食事が並んでいた。
どれもこれも「それっぽい」だけであって、別段おいしいとかおいしくないとか、また、料理名があるようなものでもない。
だが、毎日自炊生活をしているマリアにとっては、誰かがつくったものというだけで相当なご馳走で、よくわからないものでも歓迎すべきありがたい食卓だった。
量も多すぎず、大方ロザリーの食事量を基にして考えた分量ではないかと思える。
「お茶もう一杯いかがですか?」
「ううん、もう十分よ……ねえ、ロザリー。いいの?あいつ実験とやらやって、何が起きるかわからないのに」
「よくはないですけど……でも、ご自分を曲げない方ですし、それに……本当に最近は、無茶をしないでくれるようになったんですよ」
「はあ?あれでも?」
「ふふ、そうです。あれでも」
マリアは口端をへの字に曲げ、くすくすと笑うロザリーを見た。
ロザリーが受け入れているなら仕方がない。今回は自分にとばっちりが来たけれど口を挟む筋合いはないのだろう、と心中穏やかではないものの、どうにか自分に言い聞かせようとするマリア。
と、その時、何の前触れもなく、扉が開く音が響く。
勿論、ここでそんな無礼なことをする者はピサロ以外いるはずもなく。
「おい、まだいたか」
開け放した扉のところから動く気配もなく、ピサロは壁にもたれかかって話しかけてきた。
用事があるならそっちが来いっていうの……とぼそりとつぶやいてから、マリアは言葉を返す。
「……いて悪かったわね」
「悪くない。食事は終わったのか」
「終わったけど……何それ、髪乾いてないじゃない」
「ほうっとけば乾く」
見ればピサロは湯浴み後のようで、肩にタオルをかけているものの、長い銀髪の先からはぽとりぽとりと水滴がまだ落ちている。
「ピサロ様、お食事は」
「用事が済んだら食べる。食べ終わってるなら、来い」
一本調子で言い放つが、ロザリーへの返事、そして、マリアへの命令口調とそれがわからぬ女性二人ではない。
ロザリーもいささかこれには「またピサロ様は……」と閉口の思いを隠せなかったし、マリアは素直に「命令される覚えはないんだけど!?」と文句を投げつけてから立ち上がった。
これが、先ほどまで意識を失っていた男なのかと思えば、成るほど、人間を滅ぼすなど大きなことを言い出す者は頭のネジが違うのだ。わかっていたことを再認識しつつ、マリアは肩をすくめて見せた。


ピサロがマリアを連れて行った先は、予想外にも彼の「研究室」といった場所だった。
マジックアイテムによって開閉する三箇所の扉は全て隠し扉になっていたし、どうやらピサロが傍にいるからそれが見られるようだ。
「後でお前のことも鍵に認識させておくから、血の1、2滴置いていけ」
「物騒な話だけど、それをすれば、お前に何かあってロザリーが泣きついてきた時に役立つの?」
「それはわからん」
「そりゃそうよね」
薄暗い室内は決して広くなかったけれど、明らかに「作業をする」場所であろう大きな机とそこに並んでいるさまざまな道具――どれが道具で、どれが実験の素材なのかはマリアには見分けがつかなかったけれど――だけはあからさまに扱いが違う。
高く積まれた書物は表紙をちらりと見ただけでも、マリアには読むことが出来ない言葉で書いてるものがほとんどのように思えた。
「ふむ。換気はしてあったから、そう残ってはいないな」
「ここで何かやらかしたの?」
「うむ。何かが発生することはわかっていたのだが、気体になる予定ではなかったのだ。人間に毒でも魔族には毒ではなかったり、その逆もしかり。こちらの予想外のことも時には起きるな」
「大体、また進化の秘法使って何をするつもりなの?また人間を滅ぼすとか言い出すなら、ここで切り捨ててあげるんだけど?」
「人聞きが悪いわたしが進化をするつもりではない」
「じゃあ何よ」
何を言っているのだ、と眉を潜めてピサロを見上げるマリア。
それへの答えはすぐに返ってくると思っていた。思っていたからこそ、ピサロの瞳と目を合わせたのだ。
だが。
「……」
彼は、何の言葉もなく、己になげかけられたマリアの視線をそのまま受け止める。
まるで、言葉にする気がないように。その視線で全てを語ろうとするかのように。
「ピサロ……?」
だが、悲しいことにマリアは彼の真意をはかりかねる。
いつものピサロらしくないその様子に、怯えに近い不安を感じ、一歩後退をした。
「……換気はしてあった、と言ったが、若干残っている」
「え、大丈夫なの?」
「わたしはな。お前はどうだ?」
「わたし?わたしは……何も?」
「……そうか」
ピサロは、彼にしては珍しくはっきりとした失望の表情をマリアに向けた。
そこでようやく、マリアは彼の数々の言葉のひっかかりの答えを得て、ゆっくりと問いかける。
「何……?わたし、なの……?何か、したかったのは……」
声が若干震えたのは、確信が持てないからではなく、どんな答えが返ってきても、それが彼女にとっては何か恐ろしいことではないかと思える怯えからだ。
意地の悪いことに、ピサロはすぐに口は開かず、ぐるりと室内を見回し、まるで独り言のように言った。
「世界樹のしずくを濃縮するために大分数が必要だったのだが、よく考えれば世界樹のしずくに延命効果があるとはあまり聞かないな。当然か」
「えんめい」
「こういう本は眉唾ものだ。どれもわたしも信じてはいない。だが、信じるも信じないも実現すれば、それがすべてだ」
近くにあった本を掴んで数ページめくるピサロ。が、何を読もうとしたわけでもなく、すぐさまそれをまた無造作に投げ、床に落ちる音が響く。
「お前は、いついなくなるんだ?人間と天空のハーフの寿命は?今度、天界の図書室にでも言って、調べてこい」
「ピサロは、何をしたいの……?」
「このままでは、お前はわたしを殺す前に死んでしまうではないか?あっという間だぞ?それを憐れんでやろうと言うのだ」
「何を言ってるの……」
「ロザリーも体は弱いが、もともとの寿命は人間よりは長い。お前がさっさといなくなっては、ロザリーも寂しいだろう?」
いつもと同じ、冷たい声音。
自分の言うことが、さも当然で、けれど、相手には理解が出来ないかもしれないと思っている傲慢さを滲ませ、ピサロは言葉を続けた。
「それも、ひとつの進化だろう?」
「何を言ってるの!ピサロ!勝手に人の寿命を弄ぼうとするなんて、許さないわよ!」
マリアは叫んで、作業机の表面に拳をどんと振り下ろした。
机上に置かれた物がいくつか震え、カタンカタンと音をたてる。
それらの動きが止まった後、拳を下ろしたままのマリアと目を細めてそれを見ているピサロどちらも口も開かず、室内は静まり返った。
ピサロが本当は何を考えているのかはわからない。口車に乗るだけではいけないことをマリアは良く知っている。
それでも、感情がついていかない、と思う。それはそうだ。そうなるようにきっとピサロが煽っているのだ。
(どうして、こいつはいつもいつも……)
そのマリアの様子をどう思ったか、ピサロは酷薄な笑みを浮かべて、問いかける。
「……感謝はしているが、お前がロザリーを生き返らせたことは、それと違うことだというのか?」
「それはっ……」
そのことを言われると、マリアの立場は弱い。
いつもならば「ロザリーを生き返らせた」ことはピサロの立場を弱くすることなのだが、こういう使い方をされてはぐうの音も出ないとはこのことだ。
一度死んでしまった者、教会の蘇生、聖職者の祈りも呪文も利かない、明らかに一度死した者を生き返らせた。
それを思えば、それ以上マリアに反論が出来るはずもない。
口ごもったマリアの様子を見て満足したのか、ピサロは更に言葉を重ねた。
「世界を救うためならば、ロザリーを生き返らせる。お前がもう少し寿命を延ばすことがそれに近いことだとしたら、それならば受け入れるつもりか?」
「わたしの寿命に何の関係があるのよ!」
「まったく、利口でないにもほどがあるな」
「付き合ってられないわ。もう帰る!」
マリアは入ってきた扉へと足早に近付こうとした。が、ピサロはそれを許さず、マリアの前に立ちふさがった。
「……二日間、寝とぼけていた割りには元気そうじゃない?」
「ふ……そうだな」
「どいてよ。相手にしてらんない」
そう言ってでピサロの体を突き飛ばそうと手を伸ばすと、その手をピサロは捕らえる。
「離しなさい」
「そう噛み付くな。安心しろ、嘘だ」
「……えっ……」
あっさりと前言を撤回され、信じて良いのかどうかいぶかしむマリア。
ピサロの胸元で掴まれた手は、随分マリアのそれよりも大きな男の手の中にある。銀髪の先からぽとりと落ちた水滴が、むき出しになっている肘の内側に落ちてきて、マリアは顔をしかめた。
「嘘だと言っている。今日は、嘘をついて良い日なのだろうが?そこまで本気で怒りを向けられるとは思わなんだ」
「……うそ?」
「嘘だ。第一、お前のためになどと言って実験をしてこちらの寿命が縮みそうになるなど、実に本末転倒な話だろうが。そこまでして、お前を長生きさせてどうなるというんだ?」
ピサロはそう言うと、にやりと口端を吊り上げた。
その表情を見て、もう我慢がならない、とマリアはピサロの足を思い切り真正面から蹴った。
ピサロは避けずにそのままマリアのキックを受けたが、それでも彼女の手を離さない。
「そういう空気の読めない、気分の悪い嘘は最低よ!そういう日じゃないのよ!?」
「お前が付き合って欲しそうだったから人間の風習に付き合ってやったのに、怒られるは蹴られるは。いいことなしだな」
「ほんと、最低だわ。言っていいことと悪いことがあるって知らないの?そういうところ、本当に嫌いっ……」
「嫌いか」
「そうよ、嫌いよ!離してよ!」
捕まえられている右腕を引き戻そうとマリアが力を入れると、それを掴んでいるピサロの手は抗いもなくその手を離した。それはまったくマリアにとっては予想外で、勢いの反動か一瞬体がよろける。
それを見越していたかのように、ピサロはバランスを失ったマリアの体に腕を回して支えた。
「そうか、嫌いか。仕方がないな。今日はそういう告白をする日なのだな」
「は?何を言ってるの?」
ぽつん、ぽつんと頬に落ちてくる水滴。マリアはそれを不快に思って頭を軽く振り、水を飛ばした。
が、本当に不快でなければいけないのは、それではないのだ。
こんな形でピサロの腕に抱きとめられて、すぐに体を離そうと出来ない自分。
(ああもう、こういうことになるのが嫌だったから……)
だから、さっさと帰りたかったのに。
唇を尖らせて、マリアは不満をピサロに表明すべく顔をあげた。と、まだ濡れた髪の間から見える冷たい双眸は、まっすぐとマリアを見つめていた。
「嘘なんだろう?それは」
「バッ……カじゃあ、ないの」
「目が覚めたら、わたしが嬉しくなるような嘘をつくと言っていたぞ」
「……わたしが嫌いっていう嘘をつくと、ピサロは嬉しいわけ?」
「嫌いが、嘘なのか?やはり」
「そういうこと言ってるんじゃなくて……何よ。じゃあ、わたしが嫌いだって言うと、喜ばせるわけ?」
「今日のお前の嫌いは、逆だと受け取っておこう」
「そんなの勝手だわ」
そう言ってから、あまりにそれがいつも通りであることにマリアは気付いて落胆した。
大体いつもそうだ。ピサロは勝手だ。今更それを訴えても変わることがないほどに重々承知していることだ。
「ほんっと、腹立つ……嫌いよ、嫌って言ったら好きってことなの?あー、もー、お前に関わると本当にろくなことがないわ」
「嫌いか?」
ぽつりと落ちる水滴が随分瞳に近いところに落ちた、と、マリアは一瞬目を閉じた。
そのほんの僅かな隙に、ピサロは何故か顔を近づけてきており、それに気付いたマリアは体を強張らせる。
「もう一度だけでいい、答えろ。嫌いなのか?」
好きだとか嫌いだとか。
そういうことをまじまじと問われることなぞ、誰からも今までの人生ではなかった。
しかも、誤魔化せば余計こじれる相手だというのに。
マリアはどうしようもない苛立ちと恥ずかしさに、本人も気付かないうちにじんわりと両目に涙を溢れさせていた。
「くっそおおおおおお……っ、っ!すっ……」
「ん?」
「好きっ、よ、ほんと、ムカツク……っていうかムカツかない……何もーこれ……」
「そうか。わたしもお前が好きだが」
「……何それ、嫌いってこと?」
「どっちがいいのだ?」
「どうでもいいわ!」
自分から聞いたくせに、マリアはそう叫ぶと今度こそ手加減なしにピサロの足を蹴って体を離した。
ピサロの方はこのタイミングで攻撃を受けるのは完全に予想外だったようで、勢い余って壁にぶつかったものの、けろりとしている。
「ほんっと、やな奴!どんだけ今日だって心配したのか……あーあー、違うっ、心配なんかしてない!ほんと、ロザリーが可哀想だからってのこのこ来るんじゃなかった、帰るわ!」
「おい」
「もう止めても無駄よ!」
「血の1滴2滴も置いていけといっただろうが」
「置いてくか、バカッ!」
「何を泣いているんだ」
「お前の水滴でしょ!こんなの!」
マリアは後ろも振り返らずにばたばたとその部屋を出て、来た道を間違いなく戻り隠し扉を通過すれば、デスパレスの通路に出る。
(ロザリーに、挨拶……いや、いい、もう、帰る……)
いつもならば、そういう不義理なことはしない。けれど、今日はもう駄目だ、限界だ、と思う。
ばたばたとデスパレスの通路を走り抜けて外に出ると、躊躇なくルーラの呪文を唱えた。


おしまい。


モドル