後悔-2-

翌朝早朝にライアン達がイムルから戻ってきた。明らかに三人とも寝不足らしい顔つきだ。
年寄りは早起き、とよくいったもので、ブライは誰よりも先に起きて彼らの合流を待っていたらしく、三人が宿屋に入ってくるとほぼ同時に部屋を出て出迎えた。
早朝の客のため、宿屋の主人は慌てて空き部屋を整えているらしい。昨夜クリフトとマリアが茶を振舞ってもらっていた木のテーブルと椅子のセットに三人はぐったりと座っていた。
「おーはよー、おじいちゃん、さっすが早起きね」
「そなたらも相当な早起きじゃな」
「寝てられないわよ。いよいよもって、イムルの宿屋は宿泊客がいなくなっちゃうわね、あれじゃ」
そういって笑うマーニャの表情は無理矢理笑っている様子がよくわかり、かなりの嫌悪感を見せている。窓からは朝陽が差し込んでいたけれど、どうみてもそれが相応しい笑顔ではない。多少は睡眠をとったのだろうが、彼ら三人の様子は徹夜状態にすら見えた。
「夜も朝も関係なく、寝れば嫌でもあの夢見せられるんだもん。だったら朝早く出て、ここで寝させてもらおうと思って。さっさとマリアに報告しちゃいたいんだけど・・・あ、おはよ、マリア」
遅く寝たはずだが、マリアは早起きだったらしい。部屋から既に着替えた状態で彼女は出てきた。
「おはようございます、マリア殿」
ライアンはいつも通り、きっちりとした挨拶をする。彼のそういうところはクリフトに似ている、とマリアは思う。
三人の前に立っているブライの横まで歩いてきて、ゆっくりとした口調で挨拶をした。
「おはよう、三人共、疲れているみたいね。その様子じゃ・・・」
そこで言葉を止めて、マリアは目を伏せた。それからずばりと
「ロザリー、生きてた?」
と恐ろしい、朝の光に似つかわしくない言葉を放った。
「死んでた」
それに対して何のよけいな装飾もなく、マーニャは無慈悲は言葉を返す。
ブライの眉がぴくり、と動く。
マーニャのあまりなストレートな物言いに、いつもならば「姉さん、そういう言い方って」と怒るはずのミネアは口を閉ざしたままだ。ライアンは辛そうに一瞬目を伏せる。
「あたし達があがいても、もう、駄目だわ。ロザリーは、死んだ」
「・・・どうして」
「もし、まだマリアがうとうととでも眠れるなら、今からイムルの宿屋にいくといいわ。ものすごい威力よ」
「威力」
「ベッドに入ると、すぐに眠りに入れるの。まるで夢を無理矢理見せるためみたいに。そして、嫌な、本当にいやーな夢をプレゼントされるわ。あたしやライアンなんてまだマシだけど、ミネアはほとほとまいったみたいよ」
確かに先ほどからミネアは一言も口をきいていない。
「あそこまで強い念を送られちゃったら、もともとそういうものに敏感な占い師はまいってしまうわよね」
「マリアさん」
かなり疲れている様子のミネアは、いつもより小さな声でマリアの名を呼んだ。
「ほんの少し、休ませていただいてもよいでしょうか・・・」
「・・・いいわ。わたし、行ってくる、イムルに。ブライ、みんなを起こして、マーニャから話を聞いておいて」
「しかし・・・」
「そんなに辛い夢なら、アリーナ達に見せたくない。でも、わたしは自分で見なければいけないから。ロザリーが死んだのなら」
ブライは今度はマリアを止めなかった。
ただ、言葉を発せずに頷くだけだ。
マリアは十分に覚悟が出来ていたのだろう。ロザリーが死んでいるかもしれない、ということを。

まるで悪夢をから身を守るかのように、マリアは剣を身につけたままでベッドに潜り込んだ。
きちんと睡眠はとっていたし、なによりも寝づらい恰好のままだというのに、マーニャ達の言葉通り、まるで無理矢理眠りに入らせようという力に襲われるようで、すぐさま眠気に抗えなくなる。
体を包むような気だるい重さ。
カーテンで遮っている明るい陽射しも、その眠りを妨げることは不可能に思えた。
まるで、どんどん底なし沼に引き込まれるように、マリアは自分の体の周りに不快な何かがまとわりつく気配を感じた。
それは、以前ロザリーの夢を見たときと比べて、明らかに違う、悪意。

草が生い茂る見慣れぬ風景の中でロザリーは複数の男達に囲まれていた。

ばくん

これは、夢だ。
けれど、現実なのだ。

マリアはどこかで残っている意識でそう思った。

ロザリーの体は傷だらけで、剥き出しになっている腕や顔、スカートからちらりと覗く足に、赤く血がにじんでいた。
大事に閉じ込められていたが故に青白いほどに透き通る美しかった肌に、本当に青いあざがいくつも浮かび上がっている。
服は草と土で汚れ、手荒くひっぱられたのがわかるほどに不自然なしわやゆがみが見えた。

目を、そらしたい。

マリアはそう強く思う。願う。祈る。
それ以上見せないで。
あの可哀相なエルフは体をわずかに丸めて、草むらで震えている。
男達が持っていた棒を何度も振り下ろし、足で彼女の背を蹴り、髪をひっぱり、ひきずる。

泣け。

男達の悪意が篭った声。
人は、こんなにも醜くなれるのだ。
ロザリーが流すルビーの涙をこの男達は手にいれたいのだ、とそのときようやく確信した。
マリアはまるでロザリーの乱れた呼吸に同調したように、苦しい息をつく。

強情なエルフだ。

ああ、どうして?もう、いいのに。
マリアはそのとき、ロザリーが泣いていないことにやっと気付く。
今なら、まだ間に合うのに。
ロザリー、泣いてしまいなさい。
そうすれば、今はまだ、生きられる。
この男達はきっとあなたを連れて帰って監禁して、これから先もこうして折檻をしてルビーを求めるかもしれないけれど。
それでも、今これ以上の仕打ちを受けるよりは、あなたを救える可能性はある。

もはや終わってしまった現実の夢を前に、マリアは意識下で冷静な判断を下し、どうにかそれを伝えようと強く祈った。
どれだけ強く望んでも、夢の世界でも、それは既に過去のことになっているのだと知っているのに。
ああ、なんてことだろう。
現実でも夢でも、わたし達の願いはかなえることが出来ないなんて。
まるで金縛りにあったように重たいわたしの体。
そして抵抗できずに鈍く動くロザリーの体。

駄目だ。

マリアは呻き声をあげた。
夢の中でも、今自分は現実で、イムルの宿屋でベッドの中でうなっている、ということを理解出来ている。
体の中で何かへの抵抗が生じて、熱を発しそうだとすら感じる。
やはり、心と体は繋がっているのだろう。

駄目だ。それ以上は。

男が振り下ろした棒から逃げようとして、ロザリーは重く動いた。
けれど、きっと彼女が自分で思っていたほどに体は動けなかったに違いない。
がつん、という鈍い音をたてて、ロザリーは後頭部に打撃をうけた。

おい、頭はまずいだろ。死んぢまったらもともこもねえよ。

他の男がそう言ったその瞬間。

「お前達、ロザリーに何を!」

聞き覚えがある、というほどは聞いていない、けれども忘れるはずもない声が響いた。
ばしゅん。
ロザリーを殴った男の頭上に、雷が落ちたように見えた。
鈍い音と共に、声を出す暇を与えずに次々と男達は、まるで天罰をくらったかのように天から落ちてきた雷によって体をその場から消されてしまう。
マリアは、ぎゅっと目を閉じた。
いや、そもそも彼女は眠っているのだから目を閉じているはずだ。
けれど、夢を見ている彼女は意識的に目を閉じた。
残念ながらその行為は報われることはなく、彼女の目の前(というよりも頭の中で)で、現実におこった夢物語は続く。
「ロザリー!」
人間達を消し去った光を放ったのは、デスピサロだった。
彼はぐったりと草の上に横たわっているロザリーに駆け寄って、力の抜けたその体を抱き起こした。
「ロザリー!」
「・・・ピサロさま・・・来てくださったのですね・・・」
マリアは、もう一度目を閉じようとした。それが叶わないことと知ってはいたが、もう、それ以上は見たくなかった。
このエルフは愛する男の腕の中で息絶えるのだろうな、と冷静に思っている自分をマリアは感じていた。
ロザリーは、泣かなかった。
マリアも、泣かなかった。
そして。
あの美しいたおやかなエルフはマリアが想像したとおり、会いたくて会いたくてしかたがなかった愛する男の腕の中で最期の時を迎えた。
とても静かに、自らを傷つけた者達への恨み言も何一つなく、ロザリーの心臓は動くことをやめてしまった。
後に残るのはただ。
人間への怒りに打ち震える、禍々しい魔族の男一人だけだった。

人間達め・・・!!

デスピサロの呪いの言葉がマリアの脳裏に響く。
伝わってくる憎しみと悲しみ。
だけど。だけど。だけど。

マリアがリバーサイドの宿屋に戻ると、丁度一同は朝食中だった。
イムルには夢を見に行っただけだから実質半刻ほどしか留まってはいなかったし、当然マーニャ達も部屋をあてがってもらって休んだばかりだ。
「ただいま」
「お帰り。まだおはようもいってなかったかね」
トルネコはパンを食べる手を止めて挨拶をする。
「みんな、おはよう。あー、お腹ぺこぺこ」
マリアはそう言って、アリーナの横の席に座った。
「お帰りなさい・・・どうだった・・・?」
アリーナは不安そうにマリアを見る。
もちろん、クリフトもブライもトルネコだって、じっとマリアの一挙一動を見て、彼女の報告を待っている。
宿屋のおかみさんがやってきて、マリアの席にパンとスープを置いてくれたけれど、一同の妙な緊張感に気付いたのか何も言わずに厨房にさがってしまった。
「マーニャ達に聞いたと思うけど、ロザリーは、死んだわ」
「・・・!」
アリーナの表情が強張った。
覚悟は出来ていた、いや、しようと努めていた。でも出来なかった。駄目だ、泣きそう。
そういう表情だ。
クリフトは聖職者らしく食事の手をとめ、指で印を切って祈りを捧げる。
「・・・そうでしたか」
ブライとトルネコは、年齢的にも今までに近しい人の死に会ったことがある。とりわけ、ロザリーについては本人に会ったことがないため、二人は非常に冷静だ。たとえどんなにそれが凄惨な死に様だったとしても、それを想像して心を痛めたとしても、やはり赤の他人の死としか思えないに違いない。一線を越える感情を引き出すほどの力はそのニュースにはなかった。
「それで、気になることがあって。ロザリーヒルに行きたいの」
マリアはポットから茶をカップに注いで口を湿らす。
「気になることとは?」
ブライが聞く。アリーナはまだショックを受けているらしく、表情が険しい。
「ロザリーは人間に連れ去られたみたいなんだけど・・・。どうしてそんなことになったのか確認したいの」
「それは、この旅に必要なことですかな」
ああ、やはり手厳しいな、と小さくマリアは口元だけで笑った。
「必要ないわ。自己満足。だからね、マーニャ達が休んでいる間にいってきちゃおうかと思って」
「わたし、わたし行く!」
と声高に叫ぶのはアリーナだ。
「うん。アリーナ、行こう。ただ、もしかするとロザリーがいた塔に魔族がいるかもしれないから、ちゃんとした装備で行くつもり。ブライとクリフトも、来てくれるかしら?トルネコは今休んでいる3人がいつ起きるかわからないから、残っていてくれる?」
「マリアがイムルに行っている間に道具屋さんが来てね。気球が完成したから来て欲しいって言っていたよ。操縦方法を教えたいからって。わたしがそれを聞きに行くつもりだったんだが」
トルネコがそう言うと、ブライが
「それではトルネコ殿には残ってもらうということに」
「そうね。わかった。食事を終えたらロザリーヒルに行きましょう」

4人はほんの一刻もしない間にロザリーヒルから帰ってきた。
ロザリーと共に暮らしていたスライムに聞いたところ、彼らが得ることが出来た情報はほんのわずかなものだった。
突然人間がロザリーの部屋までやってきて、彼女を連れ出したということ。
そして、ロザリーが連れ去られた直後にデスピサロの使いらしき魔族がやってきたので、スライムが一部始終をその使いに話したということ。
夢で見た、ロザリーが折檻をうけていた場所は、ロザリーヒルの町からあまり離れていない森の中だろうとマリアは推測した。
けれど、その場所を探しても何の意味もないと思えたから、ロザリーヒルの町で情報を集めただけで彼らは戻ってきたのだ。
スライムは「ロザリーちゃんに会いに来たの?」とマリアに聞いた。
それに対してマリアは「うん。そうよ。会えなくて残念」と答えた。
「きっと、デスピサロ様がロザリーちゃんを助けてくれるよ!すぐ、戻ってくるに違いないよ!」
そんなスライムの言葉を聞くことがつらくて、アリーナはそのとき部屋からそっと抜け出た。その気持ちは痛いほどわかる。
一体誰が、この、あまり知能は高くないけれども優しい、ロザリーのナイト気取りだったスライムに彼女の死を告げられると言うのだろうか。このスライムは、前回のマリアの訪問により彼女達がロザリーに害をなす人間ではないと知った。
そして、良いことなのか悪いことなのか、ロザリーを連れ去った人間とマリア達が関係があるなんていう疑いすら持たないのだ。その知能が足りないゆえの純真さには心が痛む。
マリアはクリフトに対して目配せをした。一応念のため、アリーナを頼む、という意味だ。絶対にこの塔の中が安全だとは言い切れない。
クリフトが出て行ったことを確認して、マリアは他にも二言三言スライムに質問をする。それらに悪気のないスライムは素直に答えた。
その中のひとつの答えを聞いたとき、マリアはブライに「これはみんなに内緒ね。疑問に思うかもしれないけど、気付くまでは言わないでおいて」と口封じをした。
ブライは眉を潜めて
「・・・気付かぬほうが良いことが、ありますからの」
と返事をする。
自分の言葉の意味をブライが理解してくれたとマリアは判断して安堵した。
質問はもう終わりだけど、と前置きをして
「ロザリーが戻ってきたら」
ありえないことを、と思いながらマリアは言った。
「伝えておいてくれる?今度、他の町に連れて行ってあげる、って」
驚いたようにスライムはわずかに飛び上がった。
「ぷるぷる。でも、ここから出たら、デスピサロ様がお怒りになるよ」
「大丈夫」
マリアは小さく笑った。
「きっと、デスピサロは怒らないわ」

マーニャ達がリバーサイドに来てからほんの二刻の間にマリアはそれらのことを済ませてしまい、あとは三人がきちんと体力を回復して目覚めてくるのを待つだけだ。
トルネコが気球の操縦方法を覚えたというので、マリアは自分も、と習うことにした。ブライもそれに参加をする。
本当はそういうことを「やりたいやりたい!」と普段ならば飛びつくアリーナはなんだか気分が乗らないらしく、クリフトを連れて散歩に出かけてしまった。「そういうとき」にはクリフトに任せれば良いとブライから教わっていたマリアは、二人を放っておくことにした。
「わあーーー!!!」
気球に乗ってマリアとトルネコ、それからブライは空に浮かんだ。
空を飛ぶには絶好の天気で、雲も多くない、快晴と呼んでも差し支えがないほどのさわやかな青空だ。
ブライは「こ、これはまた、たまげたたまげた」といいながら最初は縁に捕まっていたものの、途中からはなかなか調子がよくなってきたらしくしきりに下を見ては「あれがリバーサイドか」とか「魔人像があんなに小さく」とか子供のようにはしゃいでいた。
気球は思いのほか大きく、驚いたことに馬車すら乗せることが出来た。道具屋の話だと、ガスのつぼから吹き出るガスはかなり強力で、予定していたより大分多い重量でも飛ぶことが可能になったという。
ガスの調節をする場所はかなり頑丈に出来ている。力作だ、とトルネコは評価をしていた。
まだまだ未熟な腕だが、覚えていこう、とトルネコ達は試行錯誤しながら気球を操った。こういうことは大抵トルネコか、これはまた意外な才能だがマーニャが得意なことが多い。
「寒いね」
マリアは一枚上着を羽織っていた。ブライも頷く。
「でも、気持ちがいいわ」
「うむ、まったくまったく」
「あのねえ、わたしの幼馴染がね、昔、空を見ていると自分の悩みなんてちっぽけなものだって思える、って言ってたのね」
「ほう」
「でもこうやって見ると、わかる。自分自身が、こんなにちっぽけなんだもん。当たり前だよね」
マリアは地上を見下ろした。ぐんぐんと離れていく陸地はまるで作り物のようにすら見える。
人の姿も豆粒ほどになり、男か女かも判断がつかない。
その小さな人達が入って生活をしている家という名の箱すら、小さい、と思える。
トルネコははっはっは、と笑って
「そうだね、ちっぽけだ。でも、みんな一所懸命生きているんだよ」
「そうなのよね。みんなの一所懸命は」
目を細めて、建物が並んでいる町を上から眺めてマリアは言う。
「わたし達はとても小さいけど、みんなの一所懸命は小さくない。一所懸命生きている人は、ちっぽけじゃあ、ないんだよね、本当は」
「うむ」
静かにブライは頷いた。
空は晴れ渡り、あまりにも天気が良い日だった。
そのあまりの空の美しさに、涙が出そうだとマリアは思った。

「おっかえりー」
気球から降りて宿屋に戻ると、アリーナが少しばかりいつもの調子を取り戻して手を振って部屋から出てきた。
「ねえねえ、これからどうするの?」
「うん、覚えている?地図に印があったとこ」
「あ!」
「高い山に囲まれたとこ。そこに行こうかと思ってるの」
「そっか。今まで行けなかったところに行けるんだものね!」
「気球、気持ちよかったよ」
そう言ってからマリアはアリーナの肩をぽん、と軽く叩いた。
「だいじょぶ?」
「・・・うん、もう、大丈夫。マリアこそ大丈夫?」
「大丈夫」
サントハイムでバルザックを倒したときに、それでも人々が戻ってこないことにショックを受けていたアリーナの様子とは違うことをマリアは気付いた。あの時に比べれば立ち直りも早かったようで、確かに言葉通りもう大丈夫に思える。
薄情なことを言えば、彼女たちの人生においてロザリーはほんの半刻を共にしただけの存在だ。
確かに彼女が死ぬ原因を作ったのは人間だけれど、だからといって今それを考えてもどうにかなるものではない。
「人間って、ひどいこと、出来るんだね」
アリーナは悲しそうに言った。
「そうだね」
「今も、まだ、信じられない。ロザリーさんが、本当に死んだなんて」
「実感がわかないよね」
「うん。あのね、なんだか・・・サントハイムのみんなが消えた時みたいに・・・一体どこに、いっちゃったんだろう、みたいな感じなの。なんだかまるで、みんなでかくれんぼしてるみたい。日が暮れる頃に、ぱらぱらと戻ってきてくれるんじゃないかって思う。ロザリーさんも、一緒にさ・・・」
マリアはアリーナの肩をまた二回、ぽんぽん、と叩いた。アリーナはそっとマリアに体を寄せる。
「そうね。みんな、戻ってきたら、いいのにね。ほんとに・・・かくれんぼしていたみたいに」
「うん。マリアの、村の人も、みんなみんな、一緒に」
あれだけの惨劇の痕を村に残してみせつけながらも、アリーナのその言葉はマリアにはあまりにも魅惑的だ。
そうだ。本当に。どこかで「いつになったら見つけてくれるのかな」って、誰も彼もが待っているなら、自分ももっと頑張れるのに。
マリアは自分の肩あたりにくっつけてきたアリーナの頭に、自分の頬を寄せる。
少しの間二人はそうしてお互いの辛さを忘れようと努力をして、お互いに元気を少しでも与えて、そしてお互いの元気を少しでももらおうと体温を感じていた。
マーニャやミネアとはこういうスキンシップはしないけれど、マリアにとってのアリーナは時々こんな風な特別な少女になるときがあった。
そういうときは大概、二人が共に悲しい気持ちになっているときだ。アリーナが自分で安心したいからなのか、マリアを安心させたいからなのかはよくわからないが、少なくともマリアはそれが嫌いではなかった。
同性ゆえのスキンシップであることをマリアはわかっている。
村にいたときに、時々シンシアと手を繋いで歩いたりもしていたものだし。
やがてアリーナがそっと体を離して「だいじょーぶ!」と笑顔を見せた。
「マーニャ達が起きてから出発するのも遅いだろうから、今日もう一泊していこうと思っているの。気球の操作がまだ慣れないし、問題がないかどうかもう少し試してくれって道具屋さんに言われたから。微調整するって言ってた」
「そっか。了解。じゃ、部屋でちょっと休んでるね。マーニャ達が起きたら、一緒にトルネコさんに気球の乗り方教わろっかと思って!」
「そうするといいわ。楽しいよ」
「わっ、楽しみ!」
アリーナはそう言って部屋に戻っていった。
うん、多分、アリーナは大丈夫。あの笑顔が出るなら、問題ない。
マリアはそう確信してアリーナの後姿を見送った。
でも、もう一人の彼は、どうだろう。

もしかして、クリフトはここだろうか。マリアはあまり彼女が得意ではない場所、教会を訪れた。
自分達が戻ってきたこと、今晩はもう一泊するからゆっくりして良いということ、それだけは伝えたいと思ってはいた。
あまり大きくない聖堂はきちんと手入れが行き届いていて、古めかしく感じた扉すら、取っ手が見事に磨かれていた。
ぎい、と扉を開けると聖堂の奥に人影が見える。
神父は一段高くなっている教壇でクリフトを見下ろし、クリフトは木の長椅子に座って半ばうな垂れるように、相手の目を見て会話をする彼にはめずらしい状態で話を聞いていた。
扉を開けてマリアが足を踏み入れた瞬間、その空間に確かにあった聖職者同士だけが持ちうる妙な空気が変わった。
「この教会に何か御用ですかな、お嬢さん」
「あ、いえ・・・そちらの・・・」
困ったように立ち尽くすマリア。来なければ良かった、と心の中で舌打ちをしたが遅かった。
他人が侵してはいけない状況に自分がやってきてしまったような気がしたのだ。
マリアが言う「そちらの」という言葉が、神父の前に座っていた若い神官を指すのだということに気付くのに、神父は少し時間がかかった。
「ああ、なるほど」
クリフトは「おかえりなさい」と小さく、けれど、彼にしては少し疲れたように微笑んだ。
「もうお戻りだったのですね」
「お話の邪魔をしてごめんなさい。ただ、あなたがどこにいるか探してここに来ただけなの」
「あ・・・申し訳ございません。そんなに時間は経っていないつもりだったので、行き先を誰にも言っておりませんでした」
慌ててクリフトは立ち上がった。神父は穏やかに
「あなたが来てから一刻を越えていますよ」
とクリフトに時間の経過を教えてくれる。驚いたようにクリフトは目を見開いた。
「ええっ!そんなに!・・・も、申し訳ありません、マリアさん・・・」
「いいの。もし、まだ、ここにいることが必要なら、どうぞ」
マリアのその言葉を聞いて、クリフトは明らかなとまどいの表情を見せた。マリアは彼のその表情がどういう意味なのかはわからなかったが、少なくともあまり芳しいものではないと思える。
「・・・いえ、もう、戻ります」
「いいのよ。もう一晩泊まることにしたから。気球の微調整をするのにね」
「そうなんですか」
「ゆっくり、神父様のお話を聞いていたら?」
と、二人の会話を聞いていた神父が穏やかな口調で分け入った。
「お友達のところに、お戻りなさい。それがあなたのためになることでしょう」
「神父様」
それ以上は何も言わずに神父はクリフトを見つめた。
クリフトは「ありがとうございます」と頭を下げる。
「マリアさん、お待たせいたしました」
「本当にいいの?」
「はい」
別にクリフトを連れ出そうと思ったわけではなく、所在の確認と連絡に来ただけのマリアはなんとなく納得がいかないようにクリフトと神父の両者を見比べる。
そして、また思う。
聖職者は、苦手だわ、と。

「別に一緒に宿に戻っても、何をするってわけじゃないのに」
歩きながらマリアは言った。
「そうですね」
マリアの斜め後ろに歩いていたクリフトは戸惑い気味に答える。
「マリアさんは、これからどうするんですか?」
「わたし?・・・ほんとはデスパレスに行こうかと思っていたんだけど」
そんなことをしれっと言うものだから、またもこの生真面目な神官は顔をわずかにしかめてみせてすぐにマリアを止めようとする。
「!また、そんなことをお一人でしようと!?いけませんよ!」
「大丈夫よ、変化の杖はあるし、ルーラもリレミトも使えるんだもの」
「まったく、あなたという方は。昨日わたしが言ったことを、ご理解いただけなかったのでしょうか。それとも、またブライ殿に怒られたいんですか」
「わかってるわよ。言ってみただけ。言ってみただけなの」
どっちかっていうと、また、クリフトに怒られたいと思って。
その言葉は飲み込んだけれど、本音だ。
普段と様子が違うクリフトに、どんな風に元気になってもらえばいいのか、マリアはあまりよくわからない。
「・・・マリアさん、あそこに、行ってみませんか」
クリフトは町からわずかに外れた、少しばかり小高い丘を指差した。
そこに行くには少しだけ切り立った岩場を登らなければいけない。
「朝になったら行こうと思っていたんです。気になって。お付き合いいただけませんか」
「へえ、めずらしいわね、クリフトがデートに誘ってくれるなんて」
「ご迷惑でなければ」
マリアは立ち止まってクリフトをじっと見た。
「わたしが一緒にいても、いいのかしら」
「・・・」
意外なその問いに、クリフトは驚いて口を半開きのままマリアを見つめ返す。
「どうしてそんなことをおっしゃるんですか」
「なんとなく」
「・・・わたしも、なんとなく、マリアさんとお話をしたいと思って」
クリフトはそう言って、指差した岩場に向かって歩いていった。

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モドル

ついに来ました。ロザリーの死。あまりみんな取り乱していません。
あえて夢をさらりと書いたのは、あまりデスロザ側に感情を移入しないようにしたかったからです。
デスロザ側の小説をそのうち書きますので、今回のところは。