愛惜-1-

ミントスのヒルタン老人からもらった地図にあった記号を目印にして、気球に乗って空の旅を始めた一同は、山岳地帯を越えたところにぽっこりと現れた平地に生えている、驚くほど巨大な木の根もとに辿り着いた。
空から見ても「なんじゃい、あれは!」と、素っ頓狂な声をブライがあげたほどの高さ、大きさを誇るその木は、地上から見あげても驚くほど空に向かって伸びている。
何人が輪になればいいのか、と思うほどの太い幹に近づいて、恐る恐る木の皮を剥いで見ると、それは間違いなく本物の木だという事がわかる。幹を揺すっても、あまりの太さに振動は伝わらず、葉っぱが落ちてくるわけでもない。
幹の傍から見上げると四方に伸びていく枝に繁る葉っぱの健康的で若々しい緑色に視界を覆い尽くされて、空の色すら彼らに見せようとしない。
風で葉が揺れた時にわずかに間から差し込む陽の光がきらめきを放つ。
まるで、この木が空の神様がいる城まで続くのでは、と思っても不思議はないほどだ。
もちろん彼らは空の上からこの木を見下ろしていたから、そんなことはないとわかってはいたけれど。
その木を囲むように、小さな集落があった。
そこではホビットやエルフが暮らしており、めずらしい来客に皆驚いているようだった。
マリア達がわかったことは、この木は世界樹と呼ばれる木だということと、何故か木の上から助けを求める女性の声が聞こえる、ということだけだ。
木は魔物の巣窟になっており、本来木の上になぞ生息しないような魔物達が住み着いているという話だ。
あまりにも大きな枝は、一本に人が10人20人乗っても折れないほどの強さがあるらしい。
それを思えば、一体どれくらいの魔物達がいるのか、と彼らをたっぷりと憂鬱にさせてくれた。
しかし、そこはそれ、商人の勘かトルネコが
「印があるとかないとかだけじゃなく、こういったところにこそ、隠れた財宝があるものだからなあ」
なんて言うものだから、俄然マーニャが張り切りだした。
どんなに枝が強くても、その幅には限界がある。縦長の隊列で探索をすることは非効率で具合が悪い。
さあどうしよう、と話し合いを始めたところで・・・
突然、マリアが倒れた。

あまりの熱さに、何もかも忘れてしまいそうだ。
自分の体がここまで不快になるなんて知らなかった。
地獄の帝王にねじ伏せられて肋骨を折ったときよりも、不快。
何か、黒くて大きな塊がごごぅ・・・という聞きなれない音で迫ってくる。
逃げなければはいけない、とわかっているのに。
わたしは、その音に恐怖を感じて足をすくませる。
何かが来る。巻き込まれる。黒い塊につぶされてしまう。
夢うつつの中で、わたしの体はものすごいスピードで迫る黒い塊に飲み込まれる。
熱い。
痛い。
熱い。
痛い。
気がつけば、それは体の内側からの痛みにすり替わっていた。
背中が、まるで、裂けるように痛い。
痛みを耐えるときのような脂汗が額に吹き出る。
村から出て初めて知った。
度を過ぎた痛みを堪える時、本当に額には脂汗が出るのだって。
痛みを感じるって、生きているっていう証拠なのだと思う。
生きているということ。死んでいるということ。
・・・ああ
村のみんなは、痛かったかしら。苦しかったかしら。
それすら感じないほど一瞬で死ねたなら楽だっただろう・・・そんなこと、思えない。
どんなに痛くて苦しくても、生きていて欲しかったと願ってしまう。
それは、わたしの身勝手な愚かな願いだし、誰も彼らに選択権を与えてはくれなかったのだけど。

パデキアの根を貰いにソレッタに向かったのは、ミネアとマーニャだった。
原因不明の熱に浮かされたマリアのもとにはトルネコとクリフトが付き添い、こういう時こそあたしの出番ね!と、根拠のないことを言い出したアリーナが、ライアンとブライと共に世界樹探索に出かけてしまった。
ソレッタ王と面識がある人間が限られていること、単独行動はないようにしたいこと、財宝があるかもしれないから、トルネコは世界樹のふもとを離れない方が良いこと、マリアに何かがあるといけないから、回復魔法が使え、更に彼女を守れる者が付き添った方が良いということ。それらすべての面を吟味した結果の組み分けだ。
例によって例のごとくアリーナはたっぷりの薬草と最近お気に入りの祝福の杖を握りしめ、ライアンが止めるのも聞かずに先頭にたって歩き始めた。正直、不安なメンバーだ。
昼頃に出かけたにも関わらず、夕焼けの色がじわじわと空の端を浸蝕し始める頃になってもマーニャ達は戻らず、アリーナ達も戻らず、トルネコとクリフトは宿屋で心配をしているだけだった。
トルネコがマリアの額を冷やすための水を取り替えにいっている間に、ようやくノックの音が聞こえた。
「ただーいまー」
聞き慣れた声。マーニャだ。クリフトは慌ててドアを開ける。
と、そこには彼の予想以上に疲れた顔をしている二人が立っていた。
「わっ、どうなさったんですか」
「それがさー、パデキアの収穫期が終わって、王様のご命令で種を保存しといたはいーんだけど」
マーニャとミネアは無理矢理笑顔を作るが、マーニャは口元を歪めてみせて自嘲気味に見える。
「今度は、どっかの盗賊に、倉庫においといた種を奪われたらしくってさー。苦労しちゃった〜」
「ええ!?」
「しーっ。マリア寝てるんでしょ。まっ、ミントスに逃げてた盗賊を捕まえて、めでたしめでたしよ。ミネアが占ってくれたらドンピシャだったわ。最近盗賊退治に縁があって、困るわね」
マーニャが言っているのはガーデンブルグでの一幕のことだ。
そもそもパデキアは生命力が強いため、ある程度の環境を整えて、正しく埋めてやればすぐにでも芽が出る植物だ。
ただし、土を選ぶためにソレッタの特産物とされている。王が言うには、盗賊は多分そのことを知らないのではないかということだ。それに、特産物であればあるほど、どこかソレッタ以外の流通で入手出来るという話があればすぐに耳に届くわけだし、足がつきやすいものだと思えるのに、と。
収穫時期、といってもほぼ万年育つは育つ。が、土が痩せている時期はそれなりのものしか出来ないため、今は肥やしとなる花を植えて愛でているところだという話だ。
「で、パデキアの根は・・・」
「明朝ですって」
「そうですか・・・」
「マリア、熱、どうなの」
「下がらないんです」
「そっか〜」
ミネアも心配そうに覗き込んでから言う。
「そうですか。では、申し訳ないのですがちょっと湯浴みをしてきますので、その後看病を交代いたしますね」
そのときちょうど水を持ってやってきたトルネコが「おかえり」といいながら中に入ってきた。
「いやいや、いいよ。二人供一休みしてきたら良い。わたしらはただじっとしているだけで、そう疲れているわけじゃないからね」
「じゃあ、お言葉に甘えよっかな。ちゃーんと、あとで交代してあげるから、待っててね。ミネア、いこっ」
「ええ。では、少し休んだら参りますから。マリアさんをお願いしますね」
律儀にミネアは一礼をして、マーニャの後から部屋を出て行った。
トルネコから水を受け取って、クリフトはマリアの額にのせてあるタオルをとり、それを冷たい水で絞ってまた彼女の額に戻した。
「息が、荒くて汗をかいて辛そうですね」
「相変わらずだな。全然意識も戻らないし。医者が常駐している町というのもなかなかないからなあ」
「いつも思うのですが、教会はほぼどんな町にもありますから、そこにお医者様も共にいてもらえるように出来ないかと」
「難しいね。医者ってのは治してやるための道具がなきゃいけないし、薬草がなきゃいけない。教会ってのは教えとか、形がないものを提供するからどこででも存在できるってだけだ」
「なるほど、確かにそうですね」
「マーニャ達が戻ってきたら、寝間着を着替えさせよう。さすがにそれはわたしらが出来ることじゃあないからね」
「はい」
頷きながらクリフトは、教会がないマリアの村やマーニャ達の故郷のコーミズ村は、医者がいたのだろうか?と考えた。
考えたけれど、それは答えが出ないものに決まっている。
以前もマリアは高熱を出したときがあった、とクリフトは思い出していた。

そうだ、マリアさんは、マーニャさんやミネアさんのように洗練された感じではないけれど、本当は整った顔立ちで、どちらかというと年齢相応のかわいらしい顔をしている。
薄暗い部屋の中でクリフトは眠っているマリアの顔を見つめてそんなことを思う。
雨戸をぴっちりと閉め切って、わずかに漏れる光をカーテンで遮断して、クリフトはベッド傍においた椅子に座っていた。
二人でいるのも効率が悪いので、トルネコは一時自分があてがわれた部屋に戻っている。
本当は自分がパデキアの根を持ってきたかった。
自分が苦しんでいたときはマリアが持ってきてくれたのだし、とクリフトは出会いのことを思い出していた。
世界を救う勇者だというのに、そこいらの旅人が寝込んでいるという瑣末な事柄に首を突っ込んで、ブライに頼まれてパデキアの種を洞窟からもってくる・・・なんてことは、クリフトの理解を超えていた。
「マリアさん、ありがとうございます」
とはいえ、それが縁でこうして自分達はマリア達と旅を出来るようになったわけで。
そのとき、マリアが苦しそうに寝返りをうった。
「ん・・・」
「あ」
うっすらと瞳を開けるマリア。
傍にいるのが自分だと、ちゃんとわかっているだろうか?とクリフトは心配になり、声をかけた。
「マリアさん、どうですか」
「喉・・・渇いた」
「水、飲みますか」
「ん」
水差しからあまり立派ではない陶器の器に水を注いで、少し上体を起こしたマリアの口に押し付ける。
1、2度喉がこくん、と鳴って動き、それからマリアはずるりと力を抜いて、再び横になった。
「苦しい・・・」
「明日になれば、パデキアの根をもらってこられます。もう一晩、眠ってしまいましょう」
「ん」
弱弱しい頷き。発熱をしていれば、どんなに寝ていても体は疲労を続けているのだから当然だろう。
「もうすぐマーニャさん達が来ますから、そうしたら着替えましょう」
「ん。ありがと・・・」
「熱いですか。少し、計らせてください」
と、マリアの額に手を伸ばそうとしたクリフトに、思いがけないことをマリアは告げた。
「背中が、熱い」
「え」
「背中が、熱いの」
「・・・マリアさん」
「怖い」
クリフトは困ったようにそれへ返事を出来ずにおろおろした。
そのとき、小さなノックの音が彼の耳に飛び込んでくる。
「はい」
心配そうな声が外から聞こえた。
「ただいまー。マリアの様子、どう?」
「姫様。おかえりなさいませ」
アリーナ達だ。クリフトは扉を開けて廊下に出た。マリアを気遣ってのことだが、扉は閉めない。それから、帰りが遅くて心配をしていた仲間達の顔を見てほっとした。
が、ほっとしたのも束の間、彼は見慣れぬもう一人の女性−といってよいのかわからなかったが。なんといってもその人には翼が生えていたのだから−を確認して驚きの表情を作る。
「その方は」
「世界樹の上で泣いてたのを拾ってきたの。ルーシアちゃんっていうのよ」
「あの、はじめまして。ルーシアです。アリーナさん達に助けていただき、えーっと・・・お世話になることになりました」
アリーナよりも濃い色をした茶色の髪をまっすぐ長く伸ばして、これまた非常に愛らしい少女は頭をぺこりと下げた。
人間界でいえば年のころは17,8といった、比較的クリフト達に近いように見える。
丸い大きな緑色の瞳は、瞬きが少ないようでまっすぐにクリフトを見つめ続ける。
「あ、はじめまして・・・。クリフトと申します」
いや、その、確かに名前も大事だが、とクリフトが驚いていると
「天空の城とやらに住んでいる、天空人だとかいっておるがの」
とブライが説明をしてくれた。
「翼が折れてしまい・・・」
ルーシアがそう言って説明をしようとしたその時、室内から弱弱しいマリアの声が聞こえた。
「ごめん、クリフト、もう一口水」
「あっ、はい」
その声の張りのなさに、一同は、マリアの容態がよくないことを悟る。
「勇者様に、お会いしたいのですが・・・ええ、あの、あの、具合があまりよくないというお話をお聞きして」
突然ルーシアがそういって、アリーナ達が止めるのも聞かずに室内に入っていく。
なんて不躾な、天空人とはそういうものなのか、と一同呆れて、事の成り行きを見守った。
「・・・誰、あなた」
扉から入ってくる光に助けられながらマリアがルーシアに気付いた。
苦しそうな息を吐きながらそういうと、突然ルーシアは
「ああ、あなたには天空の血が」
と会話にもならない答えを返す。
「たまに、発熱しておいでですね・・・お可哀相に」
「なんで、知ってるのよ、そんなこと」
忌々しそうにマリアは、彼女にしては珍しく吐き捨てるように言い放つ。余程苦しいのだろうか。
「成長期に、よくあることです。あなたは、翼は生えていないのですね」
ルーシアは丁寧にマリアの毛布をめくって、優しくマリアの体に触れた。
「生えるわけないでしょっ・・・人間なんだからっ!」
苦しげに叫ぶマリア。
「マリア、やだ。具合悪くなるから、そんなムキになっちゃ駄目だよ。ルーシアちゃんも、あんまり変なこと言うのやめて」
アリーナがルーシアの肩を掴む。ルーシアは悲しそうな表情で振り返り、アリーナ達一同を見回し、ゆっくりと答えた。
「発熱は、翼が大きくなる印なんです」
「!」
その言葉を聞いた一同は動きを止め、固まった。それからルーシアはマリアを振り返って、大仰に両腕を広げて言葉を続ける。
「けれど、あなたの背には翼がないのですもの。ないものを成長させようとしているなんて、あなたの体は可哀相です」
「可哀相?つまらない同情なんて、しないでよ」
「最近では何回目の発熱ですか」
「・・・背中が痛くなるのは、二回目。ただ熱が出るだけなら、それとは別の機会をいれて二回目。一体あんた誰」
マリアは呼びかける言葉を荒くした。
「あの、ルーシアと申します。そうですか。では、えーっと、今までで」
「背中が痛いだけが一回。熱を出しただけが一回。両方が、今、です」
冷静にそう答えたのはクリフトだ。
ブライとライアンは、背中が痛い、という話は初耳だったので顔を見合わせる。
「もう一度くらいは、あるかもしれません。翼は3,4回に分けて変態しますから。時々天空人でも翼がない子供が生まれますが、成長期にはきちんと生えてきますので、それだと思います」
マリアは上体を起こした。クリフトが慌ててそれを支えて助ける。
「そうなの?まさか、今更こっから生えてこないわよね。左側だけ、痛いんだけど。この前も今も」
「もし、よろしかったら見せてください」
「ほら」
「わあ!」
「マリアっ!」
「マリア殿!」
マリアはするりと寝間着を脱いだ。
驚いて声をあげるのはクリフトとアリーナとライアンだ。反射的にクリフトとライアンは壁側を向く。
ブライは特に驚いた様子もなく二人に言った。
「何を慌てておる。肌着をつけていようが」
「あっ、は、はあ」
恐る恐る見ると、マリアは寝間着の下に胸下を覆う肌着を着ていた。
「・・・種が、一所懸命芽を出そうとしています、きっと」
「・・・マリア、それ、前にデスパレスで・・・」
アリーナが声をかける。
「あの時と、同じようになっているでしょ」
マリアの背には赤いミミズ腫れのような腺が立てに一本ついていた。
「種って?」
「天空人の血が。成長期であるだけではなく、天空とかかわりが深いものがあなたの周囲に近づいた頃じゃあないですか、その、発熱って・・・」
「・・・」
そういえば。天空の盾や天空の兜を手に入れた頃から。
クリフト達はそう思い当たってぴくりと反応をした。
「どういう意味」
「あなたの体の中に流れている天空の血が、空に帰るために」
その場にいる一同は静まりかえった。
ルーシアの言葉に全員が耳を傾けた。
「翼を、育てようとしているんです。だって、わたし達は、空でしか生きられない生き物なんですもの」
「空で生きる」
「でも、えーっと、最後の一回で生えてこなければ、きっと一生生えることはないと思いますけど」
「・・・空に帰るために、か。じゃ、天空のお城にいったら、もう、生えなくなるのかしら」
「わたしには、わかりません。申し訳ありません・・・。そもそも・・・あなたの傷のように片側だけが蠢くものを見たことがありませんし」
生き物のような言い回しをするな、とクリフトは眉をひそめた。
「翼なんか、いらないのに。あったって、鎧を選ぶだけだわ」
そう呟いて、マリアは瞳を閉じた。
熱による疲労で、そのまますっと彼女は眠りにはいってしまったらしい。ルーシアはマリアに寝間着を着せてあげ、ふう、と小さく息を吐いた。

息苦しい。
自分が吐く息まで熱くて、それはとても不快。
やはり、こんなときに頭の中を回る、ちらちらとした繋がりのない映像は村のものだ。
シンシアは可愛らしい服を着ていて、うらやましいなって思っていた。
彼女は可愛くって、白いワンピースも、ピンクのワンピースもよく似合って。
時々チュニックに裾を絞るパンツを穿いていて、それも似合っているなって、思っていた。
あれは、確か、あの悲劇の日のほんの二日前。縫い物をお母さんがしていた。
村は他の町と交流がなかったから、服はみんなお母さんが作ってくれていた。
いいなあ、わたしも可愛い服、たまにでいいから着たいなあってお母さんに言ってみた。
そうね、マリアも年頃になったらね。
手を動かしながら答える優しい声。
今は毎日剣の修行があるからね、動きやすい恰好でないと。
マリアは今の服、嫌い?
その問いかけにわたしは笑って答えた。
ううん。好きよ。この色大好き。
母さんが縫ってくれる服、大好き。
そう。よかったわ。
マリアはすぐに穴を開けちゃうから、ちょっと強い生地で作ってみたわよ。
たくさん布を織ったから、一気に作ってみたわ。
そういって服を三着たたんでクローゼットにしまう。
ずっとマリアが母さんが作った服を着てくれると嬉しいわ。
・・・お母さんがそう答えたことを、わたしはとてもよく覚えていて。
あの日、炎に包まれていた瓦礫から、奇跡的にその着替えとちょっとした食べ物を持ち出した。
大切に、大切に着なくちゃ、と思いながら、一着は早々に戦いで破いてしまった。
ずっとマリアが母さんが作った服を着てくれると嬉しいわ。
・・・お母さんがそう答えたことを、わたしはとてもよく覚えていて。
そして、自分の言葉。あの翼がある女の子に吐き捨てた言葉。
・・・翼なんてあったって、鎧を選ぶだけだ。
何故か、それが夢にまで響いた。

話を聞くところによると、ルーシアは下界に降りてきたところ、魔物に翼を折られてしまい天空に戻れなくなったということだった。
それこそパデキアの根で治らないかとアリーナは言うが、病と怪我は違うものだ。
天空からの加護を受けた兜・鎧・剣・盾を身に着けた選ばれた者だけが、天空に繋がる道を開けるという。
ルーシアはそれがマリアだと断言したし、誰一人それを疑うものなぞいやしない。
アリーナ達は世界樹の上にあった天空の剣を見つけて持ち帰っていた。それをトルネコに渡した時の彼の感動といったら半端なものではなく、その瞬間は、マリアの容態のことなんて彼の頭からはすっ飛んでいたに違いない。
本当は彼のその喜ぶ姿をマリアにも見せてあげたかったな、とアリーナはぽつりとクリフトに呟いた。まったく、そういう素振りは見せないくせに、アリーナは実に繊細かつ情に厚い少女だ。
なんにせよ、これで彼らの手元には「天空の」と人々が口々に言う、世界でひとつしかない(正確には下界にひとつ、といったところかもしれないが)武器防具が集まった。
マリアは「あんまり好きじゃない」と言って、せめて鎧を着たらどうだと勧めてもドラゴンメイルを脱ごうとしない。
全部そろったらね、と言いながらも、それを身につけたくないと思う彼女の気持ちが、クリフトにはなんとなくわかる。
アリーナは素直に「楽しみはとっておくってことね」と笑うし、トルネコは「すべてを身につけたマリアを早く見たいものだ」と興奮しているけれど、それはマリアの本意ではないだろう。
マリアの背についてのコメントは、皆、口が重くなる話だった。
予想されることがいくつかあった。もしも翼が生えてきたら、旅の最中も奇異な目で今以上に見られるだろうし、人々から疎まれる可能性もある。けれど、マリアの仲間達全員は、彼女の背に翼があってもなくても、彼女を心から愛している。それだけは間違いない。
翼が生えようとしての発熱ならば一定期間で終わるだろうし、それを下げるのはパデキアでは無理だとルーシアは彼らに告げたが、マーニャ達は「それがどーしたの」と、早朝からソレッタに出かけていった。一分一秒でもマリアを楽にさせたい、と彼女達は彼女達なりに思っているのだ。たとえ、無駄だと言われても、試してみなければわからない。
明け方彼女達が出かけるときに、ブライとクリフトは起き出した。
正確に言うと、年寄りであるブライが早く目覚めて動き出すのでクリフトは嫌々ながらも目が覚めてしまう、というわけなのだが。
「マリアさんの様子を見てきますね」
「うむ」
ブライは最年長、というより長老、といってもいいほどの高齢だが、毎朝髪の毛の手入れには時間をかける。
今日も例外ではなく、鏡に向かって丹念に髪を形作る。絶頂部には毛髪がまったくなく、顔の両脇、耳の上の毛を伸ばして、それらを上へ持ち上げるヘアスタイルは彼独特のもので、どの町にもそんな人間はみたことがない、と皆は思う。
とりわけ、そういったことに比較的無頓着なクリフトからすれば、まったくブライのその念入りさには恐れ入る。どういった心境なのだろうか、と不思議でならない。
一度そのことを問いかけた時に「若い頃から身だしなみは手を抜かなかったものじゃ。わしは大層女子から人気が・・・いやいや、なんでもないぞ。とにかく身だしなみは大切じゃ!・・・と姫様にも言い続けておるのじゃがのう」と嘘か本当かわからない、かつ答えにならない言葉を返されて、クリフトは「はあ」と言うしかなかったけれど。

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モドル

ルーシアに対しては全然何も感じていないもんで(汗)あまり優遇されてなくてごめんなさい。
どうも、パノン以外のNPCはキャラクターをたたせるほどうまく把握出来ていないようです。
なので、逆に開き直ってセリフとかからは性格を把握出来ないようにしました。つかみ所がないように・・・