流離-1-

世界樹と呼ばれる大木の枝葉に埋もれるように隠されていた天空の剣。
それを手に入れたマリア達は、天空に行くための手段を捜し求めてようやくその島にたどり着いた。
ゴットサイドは南海の島に隔離され、ひっそりと息づく町だった。
その島をぐるりと囲むは高くそびえ立つ、鋭角な傾斜を見せる山々。
わずかな隙もない連なった山と、海からの足がかりをまったく作ってくれない険しい崖達は、それらがまるで島の守護神であるかのように、船で訪れた何人足りともその地に足を踏み入れることを許してはくれない。
気球で降りるにも島のほとんどが多くの山々多くの木々に覆い尽くされ、ところどころにしか平地がない困難な地形になっている。何度かのトライの末・・・一日の大半をその作業で費やし、太陽は頂点に登るにはわずかに角度が届かない頃・・・彼らは島の南西にようやく着陸できる一角を見つけることに成功した。
そして、着陸しようと高度を下げたとき。
うっすらと遠方に、高く高く空へと伸びる、白い塔の存在を彼らは見かけた。
「あれ見て!」
そう叫んだのはマーニャだ。
「塔だ」
「なんて高い・・・」
それぞれ思い思いの言葉を口から漏らした。
お互いに強い確認はなかったけれど、きっとあの塔に今から自分達は行くことになるのだろう、と誰もが確信していた。

「ここは、天空に一番近い町ゴットサイドです」
見知らぬ旅人が町の入り口を通ってくれば、そこいらに歩いている人々が声をかけてくれる慣わしは、孤立した島でも健在だ。そのことは、「天空に一番近い」という言葉よりも、ずっとずっとマリアにとって不思議なことだった。
そうか。
こんなに孤立した場所にある町でも、町に名前が必要なのだ。それが、普通なのかもしれない。
自らが住んでいた村には名前がなく、そしてそれは外界から遮断されていた自分達にとっては当たり前のことなのだとマリアはクリフトに告げたことがあった。
けれど、この町には名前があり、そして、外界の旅人の訪問を誰一人驚いていない。
ということは、この島には他に町があるのだろうか?
気球を着陸させるために彷徨って上空からくまなく島の様子をみたけれど、それらしき影は確認出来なかった。
それでも必要だというのだろうか?
「ひとまず、宿よ、宿ぉ〜。今日くらいゆっくり休みたいわ!さっさと宿とってよぅ」
そう叫ぶのはマーニャだ。マリアの指示をうけたトルネコとクリフトがすばやく宿を探して手続きをしてくれる。
トルネコは商人だけあって、どんな町にいっても大抵宿の良し悪しの判断ができる目利きだし、クリフトは一目で神官だとわかる恰好をしているために人々からの「ウケ」が良い。宿屋探しにこの二人組はうってつけだった。
マリア達は昨日気球でうろうろ彷徨っているうちに夜を迎えてしまった。とはいえこの離れ小島から違う場所へ移動する手間も面倒に思えたため、一晩空で過ごすことにした。
夜になれば地上の様子がわからなくなるものだから出来るだけ島から風に流されないように行き来をして、みな交代で朝が来るのを待った。危険極まりない行為ではあったが、気球での旅はとても緩やかで時間のロスが常に多いのだからそれを考えれば悪くはない選択だ。腹をくくって危険に関しては十分に警戒をした一晩だった。
まあ、朝が来たら来たで、なかなか着陸出来ないはで散々な目にあったわけだが。
「わたしは街中を一周してくるから、先に宿に行ってて」
「なに、マリア、まだそんな元気あるの?」
マーニャは呆れたように眉を潜めた。
「はーい、わたしも元気あるわよ!」
「あんたは特別なのよ」
手をあげるアリーナに対して手ひどい言葉をマーニャは投げつけた。
「アリーナも来る?」
「姫様が行かれるのならば、わしも・・・」
とブライは言うが、いつもの元気さがないのは誰もがわかることだった。
「ブライは朝一番に起きて気球のお守りを交代してくれたんだもん。疲れているでしょ」
「なんの、わしが若い頃は」
「ライアン、来てくれる?」
名指しをうけて、無骨な戦士は笑顔を向けた。言葉を遮られたブライは不服そうだ。決してマリアはブライを妙に年寄り扱いをすることはなかったけれど、こうやって、時として年寄りの長話はきっぱりとお断りをすることもある。
「はっ。お役にたてますかな」
「もちろんよ。ライアンとわたしなら、ブライも安心してアリーナを任せてくれるでしょ。ミネアはあんまり体力ないんだから、ゆっくり休むといいわ」
「いつも申し訳ありません」
「何言ってるの。それは、ミネアの力のせいよ。ミネアがもって生まれた生命力の何割かは、人が見えないものを見るために使われてるんだもん。疲れて当たり前」
そのマリアの言葉を聞いてに、そーっとアリーナはマリアに耳打ちをした。
「ブライが疲れてるのは、フツーに年のせいだよねっ」
マリアは左側の口端を軽くあげて、アリーナに苦笑を見せた。笑いをこらえての表情だとアリーナにはすぐわかる。
「それ、言っちゃダメよ。ブライ怒るから」
「えへへ」
その答えに対して、アリーナは可愛らしく肩をすくめて笑って見せた。

「綺麗な町ねぇ」
晴れ渡る空に心地よい風。あまりにも型どおりに理想的すぎる陽気の下、アリーナは何気なくそんなことを口にした。
普段あまりそういった事を言わない彼女がそう感じたのには理由がある。
この町の建物は雑然としていて、とりたてて区画整理もされずに立ち並んでいる。
けれども、町の西側には綺麗に舗装された道が広がっていて、東側の居住区とどこかしら「違う」と感じさせる清廉さすらあった。
あまり建築や町作りに詳しくないアリーナは単純に「綺麗」と言ったけれども、無骨とはいえさすがに経験が多少とも違う年長者ライアンは、異なる感想を述べた。
「特別なつくりですなぁ。まるで神殿に使うような材質を敷いているようですし」
「・・・そーよね。なんとなく、そう思ったんだ」
マリアはそれに頷いた。
故郷の村を出てからマリアは行く先々で見るもの聞くものすべてが新しいものばかりで、その点はあまりアリーナと大差がないと思えが、こういったときの反応は明らかにマリアの方が繊細だ。
ライアンは仲間になってからの期間が最も短いが、その間に彼が知ったのは、非常にマリアは知識の吸収が早いということだ。山奥で暮らしていたからか、固定観念が少ないように感じる。
一通り彼らは武器屋や防具屋、それから道具屋を回って品揃えを確認した。なかなか品揃えは良い。
けれども、この島以外に行き場所もない町の人々がこれほどの武器や防具を必要とする、ということは町の周辺に巣食う魔物たちが一筋縄ではいかないということだ。
「ねえ、あれ、その神殿、とかゆーのじゃない?」
「神殿ってのは、一応建物になってるんじゃない?あれは・・・」
「祭壇のようにも見えますな」
アリーナが指をさした村の北側に、ライアンが言うように高い祭壇のような建築物があった。
それはまた、町の西側に敷き詰められている床と同じ材質で出来ているものだ。
マリアはぶるりと体を震わせた。
なんだか、あれは好きではない。
「マリア?どしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
ああ、そうか。
マリアは一瞬にして納得してしまった。
あれは、この町の人々が天に向かって祈る場所なのだ。お空にいる竜の神様とやらに向かって。
世界各国を回ったけれど、教会以外にそういった場がある所を見たことがない。
やはりこの島は特別なのかもしれない、なんてことを思って、ふと疑問がもうひとつ沸いてきた。
(あれ?)
教会は別の場所にあったのではなかっただろうか?それでは、目の前にあるこの高台は違う用途に使うものなのだろうか?
「ね、あそこ行ってみよーよ」
その物思いを消すように、アリーナは何かを発見したらしく、マリアの左腕をひっぱった。
アリーナの「発見」は何故かいつも嗅覚が優れている、とマリアは思っている。それはサントハイム王族の血筋からなのだろうか?アリーナには「予言」といった能力はなかったけれど、彼女の「なんとなく」は妙に信頼出来る。
「ここは入っても良いところなんでしょうか」
ライアンがわずかに怯みながら、町のはずれにあった階段を降りていく。
彼のその気持ちはなんだかわかる、とマリアは思う。
この町は、今まで回ったことがあるありとあらゆる町と、何かが違う。多分、人が見れば「ちょっと変わった素敵な町」なんていう漠然とした評価が得られるのだろうけれど、マリアからすれば「胡散臭い」町としか思えない。
この町にあるもの、人。それらから与えられる違和感を、ライアンはまた違った形で勘付いているのだろう。
「勝手に入ってきたけど、いいのかしら」
地下に降りた三人は、ひげを生やした老人と出くわした。民家のようだが民家ではない、と思う。まったく普通の家と変わらずベッドがあり誰かが寝ているようだし、当たり前のように明かりがあるのだが。
(なんだか、似ている)
玄関もない民家なぞ今までいくつか見てきた。何故か地下に住む人々がこの世の中にはいるということは既に学んでいる。それでもマリアは、この場所が、故郷の村にあった、あの食糧庫に似ているように感じる。
「お邪魔、しちゃって、その」
出くわした老人にアリーナが言い訳をしようとした。それも不思議なものだ。いつもならば「こんにちは、ここはあなたのおうちなんですか?」なんて明るく問い掛けるはずなのに。
老人は穏やかな瞳でマリア達を見て、それから手にもっていた杖でベッドの上で寝ている人間を指し示した。
「そこで寝ているお人は、天から落ちてきたのじゃ」
挨拶もそこそこに、突然何故そんなことをその老人が彼らに言ったのか、まったく三人は理解が出来ない。
「天から」
マリアはそうつぶやいて、一歩進んだ。
「あなた、天空人?」
ベッドの上で横たわっている男性は、なにやら傷を負っているようだった。年のころは30歳近くに見えるが、天空人の寿命のことなぞ誰もわからないな、と心の中でちらりと思う。
マリアの声に反応して、うう、と軽くうめくとゆっくりと瞳を開ける。彼はマリアの姿を認めることに少しばかり時間がかかったらしく、目を細めて、もう一度軽くうめいて、それから突然覚醒したかのように声を高くあげた。
「・・・おお・・・!あなたが来るのを、待っていました」
「・・・どういうこと?」
「一刻も早く、竜の神様にお会いください!」
体を起こそうと男は動くが、どこかの痛みに苦しんだように顔を歪める。慌ててアリーナがそれにかけよって手助けをするが、マリアはその場から動かずにそれを静かに見ているだけだ。
彼女のその態度は薄情というものではない。
不信感、警戒心。それらが昂じたその感情のため、どうふるまっていいのか考えあぐねているというべきだろう。
多分この男は敵ではない。
だけど。
「このままでは、世界は本当に滅んでしまう・・・!」
アリーナは男の肩をそっと支えるように、ベッドのふちに腰掛けた。彼の言葉にあまり心を動かされた風でもなくマリアは淡々と聞く。
「何故そんな怪我を負っているの」
「天空城よりデスピサロを見張るために地上に降りる途中、魔物に襲われ、落下してしまったのです。翼をほとんどもがれてしまい、わたしの力では天空に帰ることも出来ません。・・・それどころか、こうして話をするのもやっとのこと・・・仲間も何人かは・・・」
そのまま言葉は続かなかった。あちらこちらに傷をつけられているのがわかる。それを見れば、彼の言葉の続きが芳しくないことであると誰もがすぐに理解するであろう。
仲間を傷つけられる苦しみはわかる。マリアは軽く目を伏せてから、ゆっくりともう一度その男に視線を戻した。
ライアンは少し後ろに下がったところで警戒をするように様子を伺っている。彼は降りてきた階段の上のことも気を配っており、何かあればいつでも脱出出来るように気を張っているのだ。
マリアはちょっと考えてから言葉を発した。
「わたし達のところに、ルーシアという天空人がいるわ。彼女も翼を折られてしまって一人では帰られないから、一緒に天空城に行くことになっているの」
「おお」
「あなたも一緒に行く?まあ、わたしの力で、天空のそのお城にいけたら、なんだけど」
常日頃大言壮語しないマリアらしい言葉だ。
男はアリーナに軽く礼を言ってから、ゆっくりと体を横たえた。少しばかり疲れてきたのだろうと誰もがわかる。アリーナはその場を離れて、マリアの斜め後ろにそっと下がった。
男は「ふう〜」と息を長く吸い込んで、目を閉じた。
「・・・今のわたしの体では足手まといでしょう。あなたが天空城に辿り着いた時に、誰かにわたしのことを知らせていただければ、そのうち迎えにきてもらえるはずですから、それで十分です」
「そのうち、って、曖昧ね」
「現在天空城でも警戒態勢がとられておりますゆえ、無駄な下界への人員派遣は禁じられておりますので・・・」
男の声が小さくなる。
「疲れたみたいね。休んでちょうだい。あんまり、そういうこと請け負うつもりはないんだけど・・・天空城にいったら、あなたのことは知らせるわ。行けたらだけど」
「あなたならば、行けます。いえ、あなたしか・・・」
そう呟きながら天空人である男性は眠りに入ったようだった。
そうか。
この町の違和感を、マリアはなんとなく理解した。
「二人供、行きましょう。じゃあね、おじいちゃん。その人看病してあげてね」
「もちろん」
老人は頷くとよたよたと歩きながら茶器を持った。茶器に見えるがもしかすると飲ませる薬を淹れるためのものかもしれない。
当たり前のように老人は天空人のことをマリアに告げ、突然やってきた彼女達への警戒をしない。
そうだ。彼らは知っているのだ。マリアが世界を救う勇者であることを。そして、この町に来ることを、マリア達以上にわかっていたのに違いない。
マリアの体からにじみ出てくるような、この町、あるいは何かしれないものに対する警戒心が強まったことをアリーナもライアンも感じ取った。具体的な言葉に出来ないその感覚。「よくわからないが今は放っておいたほうがいい」とアリーナにすら感じさせるほどの強さだ。
二人は神妙な表情でマリアの後をついて、無言で階段を登るだけだった。

三人が外に出ると、ちょうど前からクリフトが歩いて来るのに出くわした。どうやら三人を探していた様子だ。
「クリフトどうしたの。宿は?」
「ええ、みな宿に入りました」
「あなたも休んでいればよかったのに」
「・・・あの祭壇が気になってしまって」
そう言ってクリフトが指を差したのは、先ほどマリアが「なんだか好きではない」と思った場所だ。
「行ってみた?」
「いえ。行こうと思ったら、みなさんのお姿が見えたので」
「実はあんまりあそこ行きたくないのよね」
そう言ってマリアは肩をすくめる。アリーナは「どうして?」と不思議そうだ。
「なんかねー、なんかなんかやーなの」
先ほどまでのマリアの警戒心は緩和されたように思えたが、きっと「なんかなんかいや」という気持ちは絶えず持ちつづけていたものなのだろう、とライアンは感じる。が、マリアのそんな物言いにようやくアリーナも安心したのか笑顔を見せた。
「あははっ、マリア変なのっ。マリアでもそんな、適当なこと言うことあるのねぇ」
「たまにはあるわよ」
拗ねたようにマリアはそう言って肩をすくめるが
「行ってみませんか」
とライアンに言われては行かないわけにはゆかない。
実はみなは気付いていないが、マリアはライアンに非常に弱い。
彼は騎士という職業柄かお堅いこともよく言うのだが、それは裏を返せばまあ、彼にとっての「任務」だとか「使命」だとかの遂行のために必要なことをいつでも優先させるからだ。ブライは年の功とでも言えばいいのか、アリーナには「うるさい」と言われつつも旅の指針やマリアの行動についてはあまりあくせくしないように配慮しているように感じる。トルネコはこの旅に対するスタンスが違うので論外だ。
マリアは自分の若さのためや覚悟のなさ、そして、感情に走ることも多い、あまりそうは言いたくない自分の「女らしさ」が時折非常に鬱陶しくて苛立ちすら覚える。それらのものが首をもたげるときに、まっすぐと前だけを見ているライアンの言葉は彼女にとって不愉快かつありがたい。ある意味、ライアンがいてくれるおかげでマリアが「勇者」としての面目を保っているとも言える。
そういったわけで、ライアンに促されて不承不承(顔には決して出さないが)マリアは歩き出した。
「あのねっ、今わたし達がいってきたところに、天空の人がいたの」
「天空の?ルーシアさんのような人ですか?」
アリーナの報告にクリフトは驚きの声をあげる。マリアが何も言わないので、ライアンとアリーナがつい先ほどの話をクリフトに説明をした。
「天空の人は、マリアさんが勇者であることをご存知なのですね」
「あっ、そういえばそうね」
今気付いたとばかりにアリーナがあげる驚きの軽い声。
(もしかして、だからマリアは機嫌悪い感じだったのかな?)
そう思うけれど口には出さない。能天気に見えることもあるが、アリーナはアリーナなりに気を回すこともあるのだ。
一方当のマリアはといえば、クリフトの言葉で違うことを考えていた。
(ああ、やっぱりクリフトもすぐそう思うのか・・・)
マリアはそれがちょっと嬉しかったり寂しかったりと複雑な心境に自分がなっていることに気付いた。
(まいったなぁ・・・)
考えてみればここまでの旅の道のりで、一番マリアが嘘をつきたくて、一番マリアがののしりたくて、そして、一番マリアが本当のことを言いつづけてきた相手がクリフトだ。
いつもクリフトは、みんなに隠しておこうと思っているマリアの心の中に土足で入り込んでくる・・・そうマリアは思っていたけれど、それは反面、クリフトが一番マリアのさまざまな面を見てきているということだ。
そんな彼と気持ちが通じたようにお互いの体を寄せて、静かに体温を感じあったのは5日ほど前のことだ。
お互いに何かを相談したわけでもないのに、まるで何もなかったかのように振舞っている。
恋愛(と断言して良いのかマリアにはわからないが)の浮ついた気持ちを抑えつけようとしなくとも、自然と取り乱すことなく日常を繰り返しているのは一日一日「天空」に自分達が近付いているという手ごたえ、つまるところ緊張感が持続しているからだと思い、今でよかった、と安堵しつつ眠りにつく毎日だ。
が、こんなひょんなところで自分とクリフトが実はとても近しい間柄になっているということが実感されて、前だったら「忌々しい」と思っていたことが逆になんだか照れくさいと思う。
(でも、そんなわたしの気持ちなんてどーせ気付いてないんでしょうけど)
それはそれで「忌々しい」わけだから、まあ、丁度いいのか・・・。
そんなことを思いつつマリアは3人を連れて「祭壇」らしき場所に辿り着いた。
二階建ての建物の大きさといえば少しばかり大袈裟だが、中二階という存在があればそれぐらいの高さなのだろう。
台形型の祭壇は人二人ほどの幅がある階段が正面にあった。マリアが見たことがない石が互い違いに組んであり、コンコン、と拳で叩いてみたがなかなかの強度に思える。
「なんで、こんな高い場所作るんだろうね」
そうアリーナが言えば、さすがは年長者、ライアンが
「神様というものが空の上にいると思われていますからな。それに近付くためでしょう」
と冷静に答える。
「なんで空の上にいると思ってるのかしらね。地面の底かもしれないのに」
マリアがそういうとクリフトが苦笑を見せた。聖職者であるクリフトは本来なら「神というものは・・・」とそこで始めるのがいつもの筋なのだが、ことここ最近のクリフトは容易に神について口に出さなくなったことをマリアは知っている。
そして、そのことを指摘すれば彼はきっと惑うのだろう、とも思う。
「上に誰かいるわね。気に食わないけど登ってみましょうか」
「行きましょう」
そう言ってクリフトはマリアより先に歩き出した。それは非常にめずらしいことだ。そして、めずらしいことゆえにアリーナの気に触ったらしく
「あー!クリフト抜けがけっ!わたしが先っ!」
なんて言ってクリフトを止めようとする。
「ひっ、姫様、そんな、先とか後とか」
関係ないじゃないですか、と言っているクリフトを押しのけるようにアリーナは走り出して軽快な足取りで階段を登り始めた。それを見てついついマリアはふきだしてしまう。
「あはは!めずらしくクリフトが先頭で歩き出したのにね」
「まったくまったく。アリーナ姫様は負けず嫌いですからなぁ」
とっとっと、と10段くらいあがってからアリーナは振り返って
「何してるの、遅いわよ〜!」
なんて上から見下ろして笑う。
「自分が突き飛ばしておいて、遅いわよ、だって」
マリアはまだおかしそうに笑ってクリフトに言った。これまためずらしく少しクリフトは唇を尖らせ気味に
「しょうがないです。わたしはそういう役回りですから」
なんて言うものだから、それにはライアンも笑い声をあげてしまった。
「じゃ、クリフト可哀相だからわたしの前に行かせてあげる」
「可哀相って、なんですか!」
からかわれていることがわかって、クリフトは赤くなって声を荒げた。頭上からはもう一度アリーナの「はやくー!」という急かす声がする。
三人はその声に促されて、「クリフトお先にどーぞ」「いいですよっ、どうぞ、マリアさん」「じゃ、自分が先に行きましょうぞ」「ライアンは最後よ」なんてどうでもいいことを言いつつ階段を登り始めた。
ちょっと上を向くと陽射しが眩しい。
長い階段を登るのはもちろん初めてではないが、その一歩一歩が空に向かって歩いていくような錯覚に陥りそうになる。
最初に辿り着いたアリーナは「わあ、たかーい!」なんて声をあげてあたりを見回す。そこからはゴットサイドの町が見渡すことができ、雲がかかっている遠くの山もなかなかよく見えた。
こんなに天気がよく空気も澄んだ日は、もっと色々な人たちがこの気分がいい展望台(程度にしかアリーナには思えないわけだ)に来てもいいはずなのに、そこには一人の男性が背を向けて空を見上げているだけだ。
アリーナの声や人の足音に気付いていただろうが、4人全員が登りきってからようやく、その男性はゆっくりと4人の方に体の向きを変えた。
「ここは、何ですか」
マリアは静かに聞いた。
「ここは、天の神の声を聞く神聖なる場所」
「神の声」
そう呟くのはクリフトだ。
そこにいた男性は多分ライアンよりも年上だろうと思える。低く響く上品な声の持ち主だ。
彼の顔立ちを見て、マリアは先ほど天空人を看病していた老人を思い出した。どこか似ていると思う。
この町の人間はみな、こんな骨格をしているのだろうか。
なるほど、隔離されたこんな島であれば他の大陸の人間とちょっと違う雰囲気の人間が多くても不思議はないな、と思う。
そんなマリアの思いなぞ誰に見透かされるはずもなく、男は言葉を続けた。
「そして、私は、神の声を聞く者」
「神の声を聞くの?何か言われるの?神様は、わたしのことをあなたやこの町の人たちとかにお話していたのかしら?占い師なんかは占いやお告げみたいなので見えるみたいだけど、それとは違うのかしら?」
その矢継ぎ早なマリアの質問に対する答えは非常に曖昧なものだった。
不躾とも思われるやりとりではあったが、男も、もちろんマリアもそんなご丁寧に体裁や何やらを気にすることは、もはやここではないように思えた。
「予言されし勇者マリアのことは、聞き及んでおる」
「勇者マリア、ねぇ」
嫌な響きだ。
ああ、まったくだ。
マリアは目を細めて、その男をにらみつけた。そして、やっぱりここは嫌な町だ、と思った。
ここは天空に一番近い町、ゴットサイド。
そんな言葉をなんの躊躇もなく言えるなんて、どうかしていると思えた。
アリーナに「どうして?」と聞かれたら、その答えはまた「なんかねー、なんかなんかやーなの」という曖昧なものしか用意できないのだが。

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