流離-2-

一休みをして昼過ぎにはみな体力もおおよそ回復した。
ブライとミネアは少しばかり疲れた表情だったけれど、とりあえず今日のうちに、この島にある「天空へ続く塔」とやらの様子を見てくることだけは、マリアは頑として譲らなかった。
「休んでいていいのよ、そんな、今日一日でどうにかなると思ってないし」
マリアは疲れが残っていそうな二人にそういったけれど、ここまで来て置いてけぼりはない、と彼らは彼らで譲らない。じゃあとりあえず、疲れている人間は馬車で休んでいればいい、ということで、遅い昼食を食べてほどなくして彼らは出発をした。
この島にある塔のことを知っていたのか、とルーシアに聞けば、どこにあるのかはわからないが、そういう塔があることは知っていた、と答える。彼女からはマリア達が足を踏み入れる塔の情報は何も得られなかった。
天空へ続く。
トルネコやブライに言わせれば、その響きはそれだけで「ロマン」だという。
「何人もの旅人が挑んでいるんじゃないのかしらねぇ」
マーニャは馬車の中で長く美しい髪の毛先をじろじろと眺めながら呑気に言った。
外ではマリアとクリフトが御者として馬車を動かして、更に側面にはライアンが周囲を見張っている。
「いや、そうではないみたいだねえ」
「あーら、トルネコ、どこで情報仕入れてきたの?」
「あの塔は、誰も入ることが出来ないらしいよ」
「なんでよ」
「扉が開かないんだとか言っていたな。天空に上るにも資格が必要らしいね。だから、誰一人未だにあの塔が天空へ続くのかを確認出来てはいないっていうよ。まあ、誰も知らないところで誰かが昇ったとしても、戻ってきたかどうかわからなきゃどうにもならないし」
「あらあ、それってヤバくない?逆に、昇ったけど戻ってきた人間がいない・・・とかゆー話になりそうじゃない」
「それもあるかもしれんなあ」
トルネコが肩をすくめてみせると、アリーナはそんな心配は余計とばかりに笑った。
「わたし達が戻ってくればいいじゃない!」
「そうよね」
マーニャは笑ってアリーナを見た。その後先考えないあまりにも楽天的な言葉に苛立つことも時折あるが、アリーナは間違いなく彼らに元気を与えてくれている。
「ルーシアちゃんだって、戻りたいもんね、天空に」
馬車の隅っこでおとなしくしているルーシアに声をかけると、おどおどした様子を見せながらルーシアは話始めた。
「はい。戻りたいです。それに、えっと、みなさんが戻ってこられない、ってことはないと思います。多分、マスタードラゴンの許可を得れば、地上のみなさんも普通に地上の呪文を唱えることが出来ると思いますから、ルーラとかで戻ることが出来るはずです」
「それって、キメラの翼使えばルーシアも天空に戻れるってことじゃないの?」
うさんくさそうに目を細めて聞くマーニャ。言われてみればその通り、と今更一同はルーシアに視線を集中させた。
どうも複数人に囲まれて注目されることが得意ではないらしく、しばらく困ったような顔で一人一人を眺めてからルーシアは答える。
「いいえ、わたし達は、自由にキメラの翼やルーラは使えないんです」
「なんで」
「自由に地上に降りるようになってはいけませんから。マスタードラゴンはお許しになっていません。よって、わたし達は仕事があったときに自分達の翼で地上に降りて、自分達の翼で戻ります。それも、一人では無理なんです。お姉さま達やマスタードラゴンのお力がなければとても。わたしのこの翼が治っても、一人ではきっと戻りきることが出来ません。多分、さえずりの塔の一番上にでもいけば、仲間が時々降りてくることもあるでしょうから、それを待って一緒に戻るしかなかったことでしょう。それもいつになるか」
「へえ」
わかるようなわからないような、という顔でみな黙りこんだ。アリーナだけが変わらず明るくルーシアに話し掛けた。
「じゃ、頑張って天空に行かないとね!その、なんだっけ、ますたどらん・・・」
「マスタードラゴンです。偉大なるマスタードラゴンが天空の城で世界を見守っていらっしゃいます」
「それそれ。それに会って、サントハイムのみんなのことを聞きたいの」
そうだ。まったくその通りだ。ロマンだのなんだの言っている場合ではないのだ。
彼らにとっては何一つ未だに手がかりがないことなのだから。

がたがたと音をたてながら順調に馬車は進んでいた。さほど魔物も出現せずに、快適に馬のパトリシアも歩いているようだ。馬車の中にいるメンバーは、体に響く振動はもう慣れっこだったから、その振れ幅の大きさで道の整っている整っていない、パトリシアの機嫌の良し悪しなどもとうにわかっていて安心しきっている。マリアの一声があればすぐにでも馬車から飛び出す準備だけはきっちりとしているが。
馬車の中のメンバーは快適にリラックスしていても、外にいる人間はそうもいかない。手綱を握るクリフトとその横で様子を伺うマリア、馬車の側面に腰をかけているライアンの三人は呑気にもしていられない。
特に、御車台の二人はまだいいが、ライアンはあまり座りごこちがよくない、馬車に乗り込む時に脚をひっかける外側の台に腰をかけている。人を乗せる場所は大抵下にバネが仕掛けてあるために振動が多少緩和されているが、ライアンが腰掛けているところはそういうわけにはいかない。よって、決まった時間見張っていれば尻が痛くなるのですぐに誰かと交代しなければいけないという不便さがある。しかし、ライアンは弱音を吐かずに、バトランドの騎士がこれしきのことで、と強がりを言うことを皆知っていた。もちろんこれは余談であるが。
「見えた。あれが天空に続くと言われる塔ね」
「そのようですね」
ゴットサイドを出てから二人はあまり会話をしていない。
なんだかやけに久しぶりにクリフトの声を聞いたようだ、とマリアは思う。
「考え事してたの?」
「え?」
「クリフトは」
「・・・少しだけ。でも、それを言うとまたマリアさんに、しょうがない男だと思われてしまうので」
「言わなくても、そう思ってるわよ」
そう言ってマリアは苦笑をした。
「あなたのそういうしょうがないところ、嫌だったけど、今はそうでもない」
「すみません」
「謝らないでよ・・・何考えているかあててあげよっか?」
「やめてくださいといっても、きっともう、わかってるんでしょうし」
クリフトは前方を見ながらそう言った。少しだけ照れくさそうなその表情を横から見て、ふふ、とマリアは小さく声を漏らす。
「そうね」
神の声を聞く男。
ゴットサイドの祭壇にいた男性が彼らにした話を二人は思い出していた。
あの男性が言うには、勇者・・・つまりマリアだ・・・がエスタークを倒すことは天の声で彼に予言されていたのだという。しかし、その先のこの世界の行方は誰も何も予言をすることが出来ないのだと言う。
ミネアの水晶にも映らない未来。
それは、神とやらが人間に教えないようにしているのか、デスピサロの巨大な力によって神の予言がかき消されてしまうのか、と思っていた。が、そのどちらでもないのだと男は言った。
神にすら見えない未来が、この世界にはあるのだと。
「嫌な話聞いちゃったわね」
「はい」
「それに、また、わたしの嫌なとこ見せちゃった」
「慣れました」
「言うわね」
あの男性にマリアは声を荒げずに、それでもかなり手厳しい詰問をした。この場合の「手厳しい」は、男に対してだけではなく、天の神とやらに対しても、だ。
天の神は今までに何の予言とやらを教えたのか。
そして、それを人に教えることで何をさせようというのか。
勇者マリアの名を聞いたのはいつなのか。
ロザリーの死をふせぐことは出来なかったのか。
ゴットサイドでその予言とやらを聞いて、一体この町の人間はどうしようというのか。
憤りを含んだその問いに返ってきた答えは、どれも呆気なく、そして、納得がいかない曖昧な答えだった。

「予言というものは、あくまでも予測した未来を告げること。勇者マリアがエスタークを倒すことは予言されていたが、それはあくまでも予測。もしもそれに失敗をしていたならば、予言が外れた、と言われるだけのこと」
「じゃあ、はずれてもいいならいくらでもこの先の予言も出来るんじゃない?」
「予言と想像は異なるもの。この先の未来については、天の神も予言を行うことが出来ないと申される」
「で、予言うけたあなたは何をしたわけ」
「何も」
「そうみたいね」
「予言をうけるだけ。それ以外に自分が成すべきことはない」
悠長なことを、とマリアは思う。
その時、黙って二人のやりとりを聞いていたアリーナがマリアの後ろで男に向かって叫んだ。
「サントハイムのみんながどうなったのかは、わからないの!?何か、その、予言っていうのがなかったの?」
男の答えは何もかも彼らにとっては無意味なもの。
サントハイムから人が消えるだろう。その予言はあったと。ただ、それだけだ。
彼はサントハイムという国があることを知ってはいたが、それが大国なのかどうなのか、トップに立つサントハイム王がどういったひととなりなのか、何一つ知ることはなかった。この町にいればそれは当然と思える。
予言を聞くその男は、予言された事柄に対して何も干渉をしない、いや、出来ないのだとマリア達に告げた。
この島にこの町に住む人間は他の大陸にいく術も持たず、行く意味ももたず、生活を営んでいるだけなのだと。
立ち塞がる崖や山々のため、彼らは海を知っているが海を知らない。
自分達の島の周りに海というものがあること、その先に他の大陸があるということを知っているが、海の魚を食べることもなければ海に漕ぎ出す術もない。厳しい自然によってこの町は封じられているようなものだ。
それが、この町だけが神の声を聞ける理由。
島を守る自然を乗り越えてまでここに訪れた者たちのみが、彼が聞く予言を与えることを許されているのだという。
「けれども、既にそなた達に伝えることが出来る予言はもはやない」
この世界には、もう、彼らが与えてもらえる神の声はないのだと。
神はこの先の未来を、もはや見通すことが出来ないのだと。
「あなたが言う神様っていうものが、一体どういう存在なのかは知らないけど」
マリアは呆れ果てたように言った。
「悪趣味ね。本当に。何も出来ない、何もしない人々に未来の予言を与えるなんて。占い師の方が余程いいわ。未来を知ってどうにかしよう、どうにかあがこうとする人に未来を垣間見せるんだもの」
その彼女の言葉に、ライアンもアリーナさえも、本当はマリアがミネアの「占う」力をあまり好ましく思っていないことをわずかに気付いた。占い師の方が余程いい・・・。
マリアは嫌なのだろう。
未来を決められること、他人に未来を期待されること。
闇の帝王を倒すといわれ続け、未来を望まれ続けた彼女であれば。
「ああ、ばっかばかしい!」
マリアは大きな声をあげた。
その言い方は非常にマーニャに似ているな、とクリフトは思う。
いい意味でマリアは多少マーニャの影響を受けやすいところがあるのも事実だ。が、このように人に悪態をつく時の言葉が似るのはあまりいいこととはいえないだろう。
「人が必死になって何かをすれば予言された通りだと当たり前に思われて、人が失敗すれば予言が外れた、と言われるだけですって?違うわよ。神様ってのはどーゆー形だろうが、その信仰とやらを崩さないようにうまく出来ているんじゃないの?わたしが失敗すればきっと、わたしの力が足りないからだ、とか、真の勇者ではなかったのだろう、とか言われたに決まってるわ。当たり前みたいに人の未来を最初から知ったふうに言わないでちょうだい。何も出来ない、何も成さないなんて、腹が立つようなことを言う人間に、そんなこと言われたくなんかないわ」
「マリア殿」
困ったようにライアンが後ろから声をかけるが、マリアは振り返らずに続けた。
「この旅が終わったら、この島に気球を置いていってあげるわよ。予言を受けたあなた達が何かをするための手立てになるでしょう」
「そうすれば、神の声は聞こえなくなるだけのこと」
「で、聞こえなくたって困らないでしょ?そんなものじゃない。だって、占い師やお告げ所の人は、予言を求める人に答えるじゃない。それは役に立つでしょ?あなたがここで予言を聞いたって、誰の役にも立たないじゃない」
「立っている」
「誰に」
「勇者マリアに」
「役になんかたってないわよ!ろくでもない予言じゃない。もう終わったことと、あとは、何も予言がないってことだけでしょう」
「・・・それは」
ゆっくりと男は、諭すように口を開いた。
「勇者マリアにとって、幸いなことだと思うのだが」
「・・・?」
「この先、勇者マリアが何をしようが、それは神の予言が及ばぬこと。そなたが勇者であることをいますぐ放棄しても、誰も責めることはないだろう」
マリアはしばらくの間男を睨みつけていた。男は、本気でそれを言っているわけではない。そう思えた。
彼の言葉のいくばくかは正しいのだろう。しかし、その言葉のとおりにマリアが振舞ったとしたら、彼女に失望する人間は星の数ほどいるに違いない。
世界を救うといわれた勇者は、闇の帝王を倒すといわれていた。
闇の帝王は、エスターク。先日、アッテムト鉱山の地下でマリア達が実際に剣を交え、そして、よくはわからないが倒した「らしい」生命体のことだ。
「闇の帝王を倒しても、世界は救われていない。相変わらず魔物はうじゃうじゃいて人を襲っているし、デスピサロが人間を滅ぼそうとしている」
マリアは呟いた。
「それでも、もう、わたしの役割を終えても誰も文句言わないと思ってるの?」
「少なくとも、神は、多分」
「嘘」
「まるで、人間が、予言の勇者に期待をしていたように、神も、期待をしているだけなのではないかと思う」
そう答えた男の声は、先ほどまでの問答に毅然と言葉を返していた時と違い、弱弱しいと誰もが感じた。
「神さまが期待?」
「もしも、勇者マリアが天空に行き、神に会うとしたら・・・それを確かめることが出来るのだろう。勇者マリアがこの町に来ることは、すなわち、神に会おうという意志があるからだろうし」

今、多分、隣に座っている人は、あの男との会話を繰り返し思い出しているのだろう・・・お互いに、顔を見なくたってそれくらいはわかる。
マリアとクリフトはそこからじっと黙ったまま、目の前に見えてきたそびえたつ塔に馬車を近づけた。
白っぽい壁に覆われた塔は平原の真中ににょっきりと姿を現している。窓はあるようだが、城ではないのだから人の居住には耐えないものだと想像をする。
上を見上げてもどこまで続いているのかわからず、低い位置に下りている雲を突き破って、さらに上へ上へと続いているように見えるだけだ。その先は、かすんで見えない。
近付けば近付くほどその塔の高さに圧倒される。空に吸い込まれていく。そんな言葉を思い浮かべながらマリアはその塔をじっと見上げていた。
「ねぇ、クリフト」
「はい」
「あの上に、お城があって、わたしの本当のお母さんの故郷があるのかな」
あごを持ち上げて顔全体でマリアは塔の見えない最上階を見ているかのようだ。クリフトの方は手綱を握っているためそこまであからさまに顔を向けることが出来ない。
「・・・だと思います」
「そして、そこに」
誰が聞いているわけでもないが、パトリシアのひづめの音、馬車の車輪、床のきしむ音にかき消されないように、けれども他の誰にも聞こえないようにと細心の注意を払ってマリアはクリフトに言った。
「わたしの、本当のお母さんが、いるのね」
少しの間。その問い掛けに対してクリフトは慎重に言葉を選んで答えた。
「・・・と、ルーシアさんは言っていました」
「・・・ふん」
当然のように移動と共に、その塔の輪郭ははっきりと形になり、やがて、実は遠くから見ていたよりは実は高くないということが判明した。建物が高いのではない。雲が低いのだ。低く、まるで白い固形物を広げたように色が厚く、塔の天井を押し隠している。そのおかげで遠くから見えたときに空に吸い込まれるように見えていたのだ。
まるでそのまますとんと地上に雲が降りてくるのではないかと思うほど、それらは空のものでありつつも地上のものに近い物体に見える。
マリアはまっすぐとその白い姿を見据えながら、まるで独り言のように、それでも間違いなくクリフトに向かって話し掛けた。
「シンシアはいっつも空を見ていた。もしかして、シンシアは知っていたのかもね」
「空に城があることを・・・ですか?」
「うん」
「何かそんなことをおっしゃっていたんですか」
「ううん、全然。だけど」
なんだかそう思えるの。
そうマリアが答えようとした時、馬車の中からアリーナがひょっこりと首を出して、塔をみつけて叫んだ。
「わー!すっごーい!高い!」
「何、何?」
「ねっ、あれ見て!」
「なーに驚いてるのよ、そこに行くんでしょっ。空の上から見たじゃない〜」
マーニャの声。
「だって、思ったより大きいんだもんっ!」
クリフトはちらりとマリアの横顔を伺った。
にぎやかなアリーナ達の声を聞いて小さく口端に笑みをうかべたまま、マリアは先ほどの続きを黙ったままだった。
がたん、がたん、と道のおうとつに合わせて馬車から伝わる振動を感じながら、クリフトは手綱を握りなおした。

天空の武器防具を身につけた者だけが、その塔に入ることを許されるとゴットサイドで聞いた。
もしかしたらマリア一人だけになるのかもしれない、と危惧をして、一応はその覚悟をしてはきた。
が、しみじみ考えればこの旅を始めてから、一人で洞窟探索などをしたことがない。マーニャとミネアと出会った後に、洞窟の中で離れ離れになることはあったけれど、なんだかんだで誰かと行動を共にしていたのだな、と思うとマリアは不安でたまらない。それを顔に出さないように出さないようにと努めているが、足取りは多少重くもなる。
「全然開かないわよー!」
塔の正面入口は長い階段を登ったところにあり、細かく彫金された枠が開き戸の左右の扉を囲んでいる。
アリーナとライアンが扉の取っ手を掴んで引っ張っても押してもびくともしない。
「鍵がかかってるっていうより、扉なのに扉じゃないみたいだね」
左右の扉のあわせの隙間を覗こうとトルネコは床に膝をついて顔を近づけた。が、合わせはぴったりとくっついており、どこにも中を見る隙間がない。隙間があれば内側から閂(かんぬき)がされているのでは、とかがわかるというのに。
「ここで、マリアさんの出番ですね」
ミネアがマリアを振り返って静かに言う。めずらしくみなの後ろにいたマリアは眉根をよせながらわざと苦笑をしてみせた。
「本当かしらね」
「なんでもかんでもマリアさんまかせで申し訳ないのですけど」
「やだ、ミネアがそんなこと言うなんて」
肩をすくめてみせて、覚悟を決めつつマリアは扉の前に歩いていった。「ちょっとどいて」と一声かければトルネコもアリーナもその場からすぐさま離れる。
マリアは天空の鎧、天空の盾、天空の冑を身につけ、天空の剣を腰につけていた。
トルネコが大喜びした、見たことがない金属で形づくられたその武具は、マリアの体にしっくりと馴染むけれども、なんとなく仰々しい気がしてあまり彼女は好きではない。
特に冑がいけない、とマリアは思う。
守られる頭部の表面積は狭く、頭の両側についている飾り細工だけがやけに目立つ。
ルーシアに聞いたところによると、その飾り細工こそが「天空らしい」ものなのだと言う。
「こんな防具つけただけで開くのかしら」
マリアは鳥をモチーフにしたように見える取ってを握って、扉を体でぐいと押した。
「・・・!」
その途端、何の抵抗もなく、立て付けや蝶番などによる音すらまったく立てることなく、扉が開いた。それを見て、アリーナが驚きの声をあげる。
「わぁ、開いたわ!全然びくともしなかったのに」
「・・・やだ!!」
「キャッ!何よ、マリア!」
アリーナの声と同時にマリアは叫び声をあげ、その場からぱっと飛びのいて後ろに下がった。その拍子に、マリアの後ろで様子を見ていたマーニャにぶつかってしまい、よろけたマーニャは隣にいたミネアに支えられる。
「何よ、もお!」
「ご、ごめん、マーニャ・・・」
先ほどまで固く閉ざされていた扉は、彼らの目の前で左右とも同じスピードで押し開かれた。唇を尖らせて抗議するマーニャに対してマリアは謝るが、心ここにあらずという様子だ。
「どうしたんじゃな?」
ブライが問い掛ける。
「片側しか押してないのに、両方一緒に開いたから驚いちゃって」
「片方押せば両方開くようになっているんでしょ、きっと」
にべもなくマーニャはあっさりと言う。
「そんなわけないじゃない。やだ、この扉気持ち悪いわね」
マリアは嫌そうにそう言って、開きっぱなしになっている扉をそっと手で触れた。しかし、後ろでなりゆきを見ていたルーシアが呑気に
「きっと、塔が待っていたんですよ、マリアさんのこと」
「そんな。馬鹿馬鹿しい」
今度はマリアの方がにべもなくそんなことを言う。語気は決して荒くなく、むしろ呆れ半分に少しおどけた気持ちも含まれている。が、ルーシアはいたって真面目な表情で抗議する。
「馬鹿じゃないですぅ。だって、その防具もマリアさんのことを待っていて、マリアさん以外の人は着られないんですもの。あなた達が思っている以上に意志を持ってる「モノ」だってあるんですよ」
「じゃ、この扉もそうだってこと?」
「ですよね?だって、マリアさんじゃなきゃ開けないんですもの、そのことの方が普通じゃないはずなのに、今更、両方一緒に開いたからって驚くのはおかしいですぅ〜」
「・・・そー言われればそーね」
ルーシアにやり込められるのは少し不服が残るが、確かに言っていることは間違っていない。左右同時に開くからくりの方が、開ける人間を選ぶより余程簡単に思えるし。
「この広さでは馬車は通れないね」
「そうねぇ〜、っていうか、あたし達、入れるのかしら?」
マーニャは恐る恐る足を踏み入れようと、扉の敷居をまたいだ。
が、その時突然扉が、今度はいかにもそれらしい「ぎいい」という鈍い音をたてて勝手に閉まろうとする。開いたときは音がないくせに、閉まる時だけ音が出るなんて、一体何のアピールなのだろうか。
「わっ、わっ、わっ!」
「姉さん、危ないわよ、挟まれる!」
慌ててマーニャは片足で飛び跳ねて後ろに下がる。その軽い動きはまるで踊りの途中のようにも見えた。
「もおー!なんなのよっ。この扉!」
「マリアさんを差し置いて入ろうとするからよ」
「いーじゃん、開いてたんだもの!」
まったく、マーニャはあれもこれも災難なことだ。

馬車は通れないが、とりあえずマリアを先頭にして扉を通れば4人まで塔に入れるということがわかった。
入場者を選ぶ塔なんて生意気だ、と悪態をつくマーニャに「一緒に行く?」と声をかければ即答で「あったりまえよ!」と元気が良い声が返ってくる。あれだけゴットサイドに着いた時に「宿宿!」と騒いでいたくせに、一眠りで回復したようだ。さすが、日ごろみんなに内緒でエンドールに夜遊びに行ってもけろりとしているだけのことはある。
ミネアとブライは疲れが残っているだろうから、とマリアは気遣った。
ミネア達の体調が万全じゃないから、クリフトに残ってもらいたい。
変わった建物だから、変わったものがあるかもしれない。だから、トルネコに来て欲しい。
そういうわけで、アリーナ、トルネコ、マーニャをつれてマリアは塔に入った。
回復役は自分がやるから、と彼女が言い出すことはめずらしい。本音は「クリフトはつれて行きたくない。でも、ルーシアとも一緒に行きたくない」というところなのだが、その気持ちは言葉にすべきものではない。ミネアさえ元気なら・・・と悔やんだが、ひとまず様子見だから、とマリアは割り切った。
「なんでこんなにあちこちボロボロなのかしらね」
その塔は外側の美しさとは裏腹に、中はマーニャ言うところの「ボロボロ」であった。
とはいえ、老朽化しているという意味だけではない。
あちらこちらで柱や床が壊されて、ひび割れて崩れ落ちている。それらが人為的なものなのか老朽化によるものなのかは、誰が見ても判断がつかなかったのだ。
それは、その塔が、それまで彼らが見たことがない素材で作られているからだ。
根元から折れて倒れている柱を見つけて、その断面をトルネコがしゃがんで調べている。隣に膝をかかえるようにしてマリアは覗き込んだが、マリアにはちっとも見方がよくわからに。
「トルネコが見てもわからないんじゃあね〜」
「わたしは思うんだがね、マリア」
「うん」
「多分、空の上のお城ってのも、この塔と同じ建築材料で出来ているんじゃないかな」
「・・・地上のものじゃないってことだよね」
「あくまでも推測だけどね。マリアが身につけているその鎧や冑は、この建築材料とは違うけれど、やっぱり今までに見たことがないものだ。白銀に似ているけれど、傷のつき方が違う」
「マリア!なんかいるわっ!」
背後でアリーナが叫び声をあげた。マリアは天空の剣の柄を握り締めて立ち上がる。
敵だ。
魔物がこの塔にもいるのだ。
「どーゆーことっ」
突然襲い掛かってくる魔物の攻撃をアリーナが避けた。左から伸びてきた腕をよけた瞬間、逆側からも襲い掛かる腕が視界に見えて、咄嗟に体をひねって避けたため、体勢を崩して床に一度手をついて起き上がった。
トルネコとマリアは加勢をするために走り寄る。
「マリアしか入れないってのに、魔物はいるってわけ!?こいつ、攻撃が早い!」
「・・・キングレオ!?」
アリーナの叫びと同時にマーニャは火炎呪文のメラミを唱えて魔物に向かって火炎の玉を投げつけた。
マーニャが驚いたのも無理はなく、八本の脚やら腕やら−どれが手でどれが脚なのかはよく彼らにはわからないのだ−が生えているその獣は、以前キングレオ城にいた魔物と同じ種族の様子だった。なるほど、その腕からならば二回攻撃が繰り出されるに違いない。
「違うわね。キングレオより、強いみたい。でも、炎はちょっとくらいはききそーね」
「マーニャ、力の配分はあんまり気にしなくていいわ。今日はあまり時間がないし、様子見るくらいだから!ある程度様子がわかったら出るつもりだし!」
「オッケー!だったら本気だすわよ!」
「あんまり、周りを壊さないようにしてあげて欲しいんだがなぁ」
「いーじゃない、だってもう十分壊れてるんだもの」
「そーよそーよ」
マーニャに相槌をうつのはアリーナだ。
ブライがいないときのアリーナの暴言はなかなか聞いていて気持ちがいいのだが、そこは大人のトルネコ、やれやれと苦い顔をするばかりだ。
「!」
あおぉぉぉん・・・・
魔物が大きなおたけびをあげる。
「今更、そんな声にひるむものですか!」
マリアは天空の剣を鞘から抜いて、床を蹴った。


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