流離-6-

マリア達から事の顛末を聞いてマーニャはブライに聞いた。
「ねえ、じゃ、今からだってバロンの角笛とやらを探してきましょうか」
「そうじゃな。それならば我々だけでも出来るかもしれないことだし」
「そーだよ!マリアだけが昨日も今日もあの塔登ってるんだもん、疲れて当然だもの、そうしましょっ」
アリーナもそれには同意をした。
あの後、とにかく今は一刻も早く天空城から出ようということで、顔色の優れないマリアをライアンが担ぐようにして無理に歩かせた。天空人が言うには、マリア達は既にマスタードラゴンの恩恵を得ているため、天空城にはルーラで行くことが出来るし、ルーラでどこかに戻ることも出来る、そして雲から飛び降りればマスタードラゴンの力で地上に緩やかに降り立たせてくれるという。「雲から飛び降りる」ということには大層ライアンもクリフトも躊躇していたが、マリアの「大丈夫」という一言で思い切ってみた。思い切ったら、言われたとおりにゆっくりと落下して、衝撃もなく着陸をするという不思議な体験をすることになった。まあ、ライアンに言わせれば「空飛ぶ靴」というものを履くよりもずっとずうっと調子が良いとのことだが。
目に見えない「何か」に包まれて彼らはなんの障害もなく落下し続け−それはとても短い時間に感じるのだが−ふわりと地上に降り立った。ほんの2,3段の階段の上から飛び降りた時に感じるよりも少ない衝撃が足裏にかすかに伝わる。
初めてルーラという魔法で移動をしたときに似ているな、とクリフトは思って足裏で何度か地面を踏みしめた。
その隙に、アリーナ達が彼ら三人を見つけて声をかけて走ってくる。
見ればクリフト達は天空へ続くと呼ばれた、必死に最上階まで昇っていった塔から少し離れた場所に降り立っていた。
(そうだ、マリアさん)
はっとなってクリフトは、共に降りてきたマリアに視線を移した。
「ただいま!またせて、ごめんなさい!」
驚いたことにマリアは既にいつもの口調で、アリーナ達に元気そうに手を振って近付いていく。クリフトはその後姿をしばし呆然と見つめていた。
「もお!心配したんだから!塔の前で待ってたらさ、こっちの方向になんか光るものが落ちてきたから・・・やってきたら、マリア達なんだもん」
馬車よりも更に早くかけつけてアリーナはマリアに飛びつくように叫んだ。
それから皆を乗せた馬車がやってきて、御車席にいたマーニャがにやにやと笑って聞いてくる。
「このマーニャ姉さんがみつけてあげたのよ。ちょっと、一人足りないんじゃなぁい?」
「ルーシアは天空のお城に置いてきたわ」
「ええっ!?天空のお城!?」
アリーナは飛び上がらんばかりに驚いて叫んだ。
「クリフト殿」
「あ、はい。大丈夫です」
すぐ傍にいたライアンに声をかけられて、クリフトも足を進めて皆の元へ歩いていった。
マリアは本当に大丈夫なのだろうか。
どういう状態を「大丈夫」と言ってよいのかはわからないが、クリフトはそう思った。少なくとも天空の城で取り乱したようにはもうならないだろうけれど。
マリアとライアンがことの成り行きを説明すると、みな半信半疑ながら一刻も早く天空の城を見てみたい、と興味津々の様子だった。それを「まあまあ」とライアンが皆を落ち着けて、天空で得た情報、バロンの角笛というものについて話した。そこでマーニャがとにかくそれを先に取ってこよう、と前述のように提案したわけだ。
「そうね。まだ今日は時間あるし」
そのマリアの一言を聞いて初めてクリフトは、今日という日が始まってから、まだそんなに長い時間がたっていないのだ、ということに気付いた。それでももう昼は過ぎてしまっていて、腹の虫が鳴り出してもおかしくないくらいだ。
「三人ともおなかがすいているんじゃあありません?」
ちょうどいい具合にミネアがそう言ってくれた。
「お食事しながら、移動したらどうでしょう。その後三人が食休みなさっている間にその角笛とやらを探してきますよ」
「ありがたいわ。おなか、ぺこぺこ」
「今日のお昼はね〜おーっきいパンのサンドイッチよ!」
アリーナはそういって笑う。
「アリーナが「おっきい」っていうからには相当のもんよね」
なんてマリアが言って一同が笑う。
それから、じゃ、三人が食事中には誰が馬車の外を見張る?とマーニャがてきぱきと皆をまとめている間に、マリアとライアンはミネアに促されて馬車の中に入っていった。
「クリフト」
何故か一緒についてこないクリフトに気付いてマリアは振り返った。
「あ、すみません」
「ぼんやりしてるのね」
「いえ」
クリフトだけに聞こえるように、近付いて早口でマリアは囁いた。
「・・・大丈夫よ。心配かけたわ」
そんな言葉が皆に聞こえれば、きっとまたマリアに何があったのか、と誰もが身を乗り出すに違いない。それがわかっていてライアンもかいつまんだ報告だけをしていたのだろう。
「お腹すいたでしょ、クリフトも」
「はい」
「いこ。じゃ、適当に任せたわよ〜」
「はっあーい」
軽くマーニャは手をひらひらさせながら答えた。
でも。
クリフトは思った。
マリアは少しだけ、やっぱり険しい目をしている。
自分が気付いているそれに、人々は気付いていないのだろうか?

ミネアからサンドイッチをうけとって、三人は食事を始めた。
「食べないから、元気が出ないんだわ。うん。いっぱい食べる」
「それがいいですぞ」
ライアンは特にマリアに何も言うことなくがつがつと口いっぱいに大きなサンドイッチをほおばった。時々、パンのかけらが彼の立派なひげにちょこんとのっかるのに気づかずにいるものだから、果物の皮をむいているミネアが小さく笑う。
アリーナが言うように、サンドイッチに使われているパンは確かにとても大きく、口をあんぐりあけないとかじりつけない、固めの楕円形のものだった。海に囲まれた島であれば魚を挟むのだろうと思っていたが、険しい山々のために漁もままならないこの島では、やはり肉がごちそうなのだろう。パンには葉野菜が二種類、薄切肉が二枚挟まっていた。たったそれだけの具だったが、ところどころで味付けが違っているので飽きずに食べられる。
「はい。どうぞ」
少し冷めたスープをカップにいれてミネアが差し出す。
馬車の中で食事をするときは、逆に熱々の液体ではない方がありがたい。
しばらく彼らが食事を貪っていると、アリーナが身軽に馬車の中に首を突っ込んで叫んだ。
「馬車、動かすわよー!大丈夫?」
「はぁーい」
マリアが軽く手をふると、アリーナはまた外に出て行き、どうやら御車台のマーニャに伝えたようだ。
もぐもぐとマリアが口の中に詰め込んだパンを飲み込むと、丁度マーニャが威勢の良い声をあげるのが聞こえる。それは出発の合図だ。
「じゃ、わたしも姉の所に行きますね。後片付けは後でやりますから、三人ともちょっと体を休めていてください」
礼を言う三人に軽く「いいえ」と頷き返してミネアは馬車から出て行った。
マーニャが御車台に乗る時は大抵サポート役としてミネアが隣に座る。
三人を気遣ってみなが馬車の外に出ている状態で、馬車はがたん、と揺れた。
「それでは、満腹になりましたゆえ、一眠りさせていただきますかな」
ライアンは兜を取った状態で、荷物にもたれかかって寝る準備をした。
「うん。わたしも少し眠るわ。クリフトも休んで。あの塔登ってたとき、結構疲れていたでしょ」
「はい」
がたん、がたたん。
聞き慣れた音が耳に入り、いつもと同じ振動が体に伝わる。
とりあえずは島の北東付近にあるという話−ライアンの情報では−の洞窟を探すために、移動をするつもりなのだろう。きっとそこをみつければ声をかけてくれるだろうし、今のアリーナ達ならば多少の魔物達が立ちはだかっても蹴散らしてくれるに違いない。
ふと気付けばライアンは既に大いびきをかきながらあっという間に眠りに入っていた。
「めずらしいですね。普段は決して」
「そうね。気を緩めない人なのにね」
「・・・お疲れなのでしょうね。マリアさんも、お休みに」
「うん」
マリアはミネアが剥いてくれた果物の最後の一切れを食べて、口を布で拭いた。
それから、汚した床を少し拭いてから、馬車の後ろの方に積んである毛布をひっぱり出して、横になるうとした。
と、その時、大いびきをかきながらライアンがずるりと態勢を崩して床に倒れこんだ。
クリフトは慌てて近くにまだ置きっぱなしだった食器たちをどけて、ライアンが大の字で倒れるスペースを確保する。
身につけたままの鎧達が擦れてがちゃがちゃと音を立てるけれど、普段から慣れている音のせいなのか、それともそこまで眠りが深すぎるのか、ライアンはぴくりとも反応をしない。
「これで起きないなんてよっぽどね」
自分が手にしていた毛布をライアンにかけて、呆れたようにマリアは笑った。
馬車の真中で豪快に眠っているライアンは、普段やりなれないことまでやって、体も気持ちも彼の予想より疲れていたに違いない。天空城での彼の激白を二人は思い出していたが、どちらもそのことについて、何かを口に出そうとは思わなかった。
ライアンのおかげでマリアとクリフトに残されたスペースは、ようやく人が二人横になれる程度のものだ。マリアはそれを特に気にせずもう一枚毛布を取り出しつつ、クリフトに声をかけた。
「クリフトも寝るでしょ?」
「わたしは、荷物にもたれていますから」
「横になれるスペースあるじゃない、何遠慮してるの?」
「はあ・・・」
わかっているけれど。
クリフトは困ったように曖昧に答えた。
以前ならばあまり気にせず、マリアの傍で横になって仮眠をとっても恥ずかしいと思わなかった。むしろ、それは当たり前のように行われていたことだ。最初は女性の傍で横になることに抵抗があったけれど、この狭い馬車の中、そしてみんながいる状態でわざわざ遠慮をする方が面倒だとマーニャを筆頭とした女性陣に言われて、それもなんとか慣れた。出来る限りそうならないようにといつも配慮はしているが、やむなく隣同士になる時だって時にはある。
しかし、なんだか今は気恥ずかしいと思う。
彼女の傍で寝ることそのものより、誰かが起こしに来た時、二人で近くで眠っていることを見られることが恥ずかしく思えるのだ。
「クリフトったら変なの」
軽くそういってマリアは再度、ライアンの隣で横になった。
あぐらをかいているクリフトの足先に、ぱさりと緑の巻き毛が触れる。
「それとも、まだ、わたしの心配しているの?」
「・・・していない、わけではないですけど」
苦々しくクリフトはそう答えた。マリアは体を横に向けて、毛布を頭からかぶった。それから、わずかな隙間からほんの少しだけ顔を出して、クリフトに話しかける。
「落ち着いたの」
「・・・本当に?」
「ライアンが一つ、教えてくれて」
「・・・」
何をですか、と聞いてよいのかどうかクリフトは迷った。そして、迷ったときは黙ろうと彼は決めていた。
彼の沈黙をどう受け取ったかはわからないが、マリアは話を続ける。
「そのね、ライアンが行ったお部屋。お花が咲いて、エルフの人たちが踊ってたっていう」
「はい」
「羽が背中に生えていたってライアンは言ってたわ」
「羽が」
「・・・それ聞いたら、ちょっと、落ち着いた」
クリフトは、マリアの幼馴染のシンシアという少女については詳しく知らない。
マリアの言葉から何かを推測しようとした時、ふわっと脳裏には今は亡きロザリーの姿が浮かび上がってきた。
エルフというものは、羽があるものとない種族があるのだろうか?そう思った途端、ああ、きっとシンシアさんは、羽根が無かったのだろう、とマリアがほのめかした核心に思い当たった。
「クリフトが言うように、偶然なのかもしれないしね」
本当はそう思っていないだろうとわかる言葉。
マリアはそう言って、そのまま瞳を閉じた。
クリフトは手を伸ばして、毛布からはみ出た彼女の肩に、そっと毛布を掛け直そうとする。
「こんなこと、前にあったね」
「え?」
「二人でいて・・・クリフトの傍で、毛布かぶってる時」
「・・・ありましたね」
その時、ぐおー、ぐおー、と、聞こえていたライアンの大いびきが突然やんだ。マリアは毛布から顔を出して振り向き、クリフトも身を乗り出してそーっとライアンを見る。今度は少し大きめの音で、それでも規則正しく呼吸をしているようだ。
「今は二人じゃないけど」
くすっと笑ってマリアは言った。それから、もう一度毛布に潜り込んで、巻き毛と瞳だけ覗かせた。
「ライアンに言われた通り、今はデスピサロを倒すことだけ、考える。さっきは取り乱したけど、大丈夫」
「そうですか」
「・・・あのお城に行ってね、すっごい・・・遠くに来たんだなーって思ったの」
「わたしもですよ」
「なのに、あそこが、振り出しのような気がして」
「・・・」
「それが許せなくて、取り乱した」
マリアの言葉の意味がよくわからなくてクリフトは怪訝そうに眉根を寄せた。
意味を問いかけようと思った時、ふわっとクリフトの脳裏に、彼だけが聞いた、あの天空にすんでいる女性の告白が過ぎって、彼の声帯を震わすことを止めた。
あれは、マリアの母親なのだろう。
そう思えば、マリアがどんな意味で「振り出し」と言っているかはわからないけれど、その言葉はやたらとクリフトの胸に響く。
クリフトはわずかに苦笑を見せた。
「どうしてマリアさんはいつも」
「なあに」
「嫌なことを、思っちゃうんでしょうね」
「・・・そうかしら」
「そうですよ」
「性分なんじゃない?」
「損をしていますね」
「じゃ、どうしたらいいのかな」
「もっと、楽しいことを考えてください」
「・・・難しいわね」
クリフトは手袋を外して、素手を差し出した。しばらく毛布の隙間からそれをじいっとマリアは見ていたが、彼女もまたそっと手を伸ばして彼の手を軽く握った。
「ありがとう。クリフト」
何に対してのありがとうかもクリフトはよくわかっていなかったし、何故自分が手を差し出したのかはよくわからなかったけれど、「いいえ」と軽く答えた。
少しの間もぞもぞとマリアは動いていたが、やがてがたがたと馬車が揺れる音に混じって、規則正しい寝息がクリフトの耳に届いた。するりと指先から力が抜けて、毛布をかぶるのが暑かったのか、軽く体をよじった顔を出す。
「ミネアさん」
クリフトは馬車の御車台とを遮っている小さなカーテンつきの窓を開けて、声をかけた。ミネアが振り返る。
「お呼びですか?」
「はい、あの、馬車が動いている間でいいんですけど」
「なんでしょう」
「ちょっと、こちらに来てもらっていいですか?」

すうっと意識が戻ってきて瞳を開けた時。
「・・・わあ!?」
マリアは声をあげて飛び起きた。
「ここどこ!?」
「あーら、起きたのね」
「マーニャ!」
気がつけばごつごつした馬車の床上ではなく、ベッドの上。よく見ればゴットサイドの宿屋だ。
慌てて布団を跳ね除けて体を起こせば、鎧はとうに脱ぎ去った状態になっている。
「わたし」
「よーーく寝てたわよ〜。先に寝てくれてると、ラリホーマもよーくかかるもんなのね。クリフトちゃんが運んでくれたのよ?」
マーニャは濡れた髪をタオルで拭きながらけらけらと笑ってみせた。ベッドの上に座ったままマリアは驚きの声をあげた。
「ええっ!?なんで!?」
「寝すぎは夜眠れなくて困るだろうから、ちょーど今起こしに来たのよぅ」
「なんでそんな」
「寝るとさ、嫌なこと、ちょっと忘れない?」
「マーニャ」
「あんた、元気そうに振舞ってたけど、目、つりあがってたわよ」
悪びれずにそう言ってマーニャはまた笑う。
「なーにがあったかわかんないけどさ。みんな知ってるわけじゃない、あんたが天空人の血ひいてるって」
「うん」
「プライベートっての?そういうのはまあ、報告する必要はそりゃないけどさ、天空の城とかいったなら、ただじゃすまないだろーなーってみーんな思ってたし。で、帰ってきたあんたは空元気だし」
「・・・わたしだってわたしなりに」
「知ってる。だから、誰も何も言わないんじゃない」
拗ねたように言うマリアに、マーニャは一転して優しい笑顔を向けた。
「むっとしたかもしれないけど、寝て起きた今のほうがよっぽどいい顔してるわよ。ライアンもすごいさっぱりした顔してたし」
「・・・そう」
それには明らかにほっとした表情を見せるマリア。
「クリフトも寝た?」
「んーん、クリフトちゃんは、寝なかった。おーかた、あんたの寝顔でも見ていたかったんじゃなーい?」
「・・・・ええええ」
その言葉にどう反応してよいのかわからず、マリアは間抜けな声をあげた。
マーニャはにやにやしてマリアに顔を近づける。
「アリーナみたいなニブい子はぜんっぜん気付いてないだろーけど、あたしが気付かないワケないでしょ?」
「な、何を?」
「さ、さっさと服着替えなさいよ。トルネコがバロンの角笛自慢したくて食堂でマリアを待ってるわよ」
「手に入れてきたの?」
「当たり前でしょ。見つけられなかったら立つ瀬がないから、明日まで眠ってもらうところだったわよ」
「あはは!」
マリアは笑ってベッドから降りた。
ばさっと部屋着をマーニャが放り投げる。
鎧の下に着ていたいつもの服を無造作に脱いで、マリアは着替えだした。
窓の隙間からほんのわずか、かろうじて確認出来る外の色は暗く、室内は既に灯りが灯されている。
マーニャは部屋の隅っこにある、古びているけれど綺麗に手入れはしてある白いドレッサーの前に座り、タオルで何度も何度も髪を拭いていた。
「マーニャ」
「なあに」
「わたし、クリフトが好きよ」
「そうみたいね」
「でも、クリフトと一緒に天空の城に行きたくなかったの」
「なんでよ」
「神官って、神様を信じている職業なんでしょ?」
「あんたって、優しいのね」
マーニャはマリアの方を見ずに背を向けたまま、肩をすくめて見せた。
「でも、クリフトちゃんは、なんていうの?竜の神様とかいうの、えーっと、マスタードラゴン?あってる?」
「あってる」
「それについては特にコメントしてなかったし、そんなに動じてないっぽいわよ」
「そっか」
「それくらいさ」
言葉を一瞬おいて、マーニャは振り返った。
「あんたのことを、心配してるんでしょ」
「・・・」
上着の裾を腰のあたりまで下ろしたマリアの手がそこで止まった。
「心配してるばっかりで何にも出来ない男だと思ってたけどさ。マリアもライアンも天空のお城で神経つかってきたから、休ませたいんだけどって自分から言い出したのよ、あの子」
クリフトのことを「子」というほどマーニャとは年齢が離れていたのだろうか、とマリアは思ったけれど、何も言葉を思いつかないままマーニャを見つめた。
「あはは、ねえ、マリア、パンツ」
「あ、うん」
上着を着ただけで、下着のまま足を出していたマリアにマーニャは笑って言う。
「ま、その後クリフトも休みなさい、ってアリーナに無理に馬車に詰め込まれてたけど」
「あはは」
「何があったかは知らないけどさ。話したくないならいいし、面倒だろうし。でも、ちょっとヘコんだライアンめずらしくみられたから、おもしろかったかな」
「え!?ライアンが?」
「さっき起こしにいったらヘコんでたわよ」
「ど、どんな風に?」
「内緒、教えない。あんただってクリフトちゃんとのこと内緒にしてたんだから。さ、ご飯食べに行くわよ!」
マーニャはそう言って、いまだに着替え終わらないマリアを残して、部屋からさっさと出て行ってしまった。
マリアは彼女の後ろ姿を見送り、途方にくれた。
自分がクリフトとのことを内緒にしていたことと、マーニャがライアンのことを内緒にしていることは、何か関係があるのだろうか?

バロンの角笛と呼ばれるその笛は不思議な力を秘めていた。
離れ離れになった仲間達を呼び寄せることが出来る、とトルネコは説明してくれたが、「仲間」と認定する条件がなんであるのかは判明しないらしい。
マリアとライアンが寝ている間に、遠くに離れたアリーナが試しに吹いて見たら、まるでルーラの呪文を行使したときのように合流をすることが出来たと報告してくれた。
一体それがいつどこで必要になるのかはわからないが、この先の戦いで離れ離れになることがあるのかもしれない、との不安感を誰もが一瞬胸に過ぎらせた。そしてその後にはすぐ「だからこの笛を手に入れてよかったね」という安堵に変わるのだが。
特に「天空の城」とやらに仲間を見送って待っていた時に抱いた不安感や、体調を崩しながらアッテムトの鉱山に侵入したマリア達を待っていた時の焦燥感を体験した仲間達は、この角笛のありがたみをひしひしとこの先感じることになるだろう。
いつでもマリアは自分が先頭をきって危険な場所に赴く。だから、多分彼女は待っている人々の気持ちをわかったつもりでわかってはいないのだろうと、みな口には出さないけれど思っていた。この角笛を手に入れたおかげで、今後「必要であれば呼び寄せてもらえる」という安心感を、待つ者達にも与えることになる。
食事をひととおり終えて、食後の茶を飲みながら明日の予定について話し合う。
「天空の城から、デスピサロが潜伏している地下にいけるんですって」
「そのようですな」
「・・・早速明日、行ってみようと思うんだけど」
マリアがそう告げると、一同は静まり返った。
「いいんじゃない?」
マーニャがまず、軽くそう言う。ミネアも「そうですね」と小さく頷くだけだ。
「じゃ、明日天空のお城にいけるのね?楽しみ〜!」
とはアリーナだ。
「マリアの体調がよければ、問題はないよ」
とトルネコ。
ブライは何も言わないが賛同しているとわかる。
「それでは、今日は早く眠った方がよさそうですな」
「眠れるの?ライアン」
アリーナはそう言って笑い飛ばした。と、その後にクリフトが穏やかに言う。
「マスタードラゴンが、マリアさんに、祝福を授けると言っていましたね」
「・・・言ってた」
「それは」
「受けるに決まってるでしょ。デスピサロ倒さなきゃなんの意味もないし。嫌でもなんでも、もらえるものはもらっとくわ」
そう言ってマリアは小さく笑顔を見せた。肩の力がわずかに抜けた、いい笑顔だとクリフトは思う。
マリアは立ち上がって、テーブルの周りをぐるりと囲んでいる仲間達を見まわした。
「そういうわけだから、みんな、明日はよろしくね」
「はーい!」
「はいはい」
「もちろんだよ」
口々にそれに返事をして、みなも腰を浮かせた。
それは、解散の言葉でもあり、マリアからの最大級の信頼の言葉でもある。

解散の後、軽く湯浴みをし、先ほどのマーニャさながら髪を乾かしながらのしのしとマリアは通路を歩いていた。よく眠っていたため、今は眠気はない。が、ラリホーマで長く眠ったときは体に気だるさが残る。このままベッドに倒れてもすぐ眠れそうだな、なんて思いながら部屋に向かっていた。その時、
「マーリーアー!」
「わっ!びっくりした!」
突然アリーナがマリアに飛びついてきた。
「どしたの」
「ねえねえ、ちょっと来て来て!」
「な、なにー?」
「宿から出て、外いこ、外!」
「な、なぁにぃ〜!?」
アリーナはぐいぐいと力強くマリアを引っ張る。逆らうつもりはないけれど、事情を説明してくれてもいいと思う。
「高台から見る星、すっごい綺麗だから!」
「わたし、髪っ!」
「いいっていいって!」
一国の姫とあろう立場のアリーナの方が、女の子が髪を濡らしたままでも構わないといって手を引いていくのはどうかと思う。仕方なくマリアはアリーナについていくことになった。ふと気付けばアリーナは部屋着だ。ブライにみつかったらどれくらい怒られるんだろう、とマリアは思った。

「あー!来た来た!」
アリーナに連れられていった先は、「例の」預言を聞くらしい高台だ。とっとっと、とアリーナに後ろから無理矢理おされながらマリアは上がっていった。
驚いたことに、既にそこには全員がそろっていて、みな寝間着だったり部屋着だったりしている。そんな恰好で出歩くのはどうか、といつも怒っているブライまでもが珍しく部屋着のままだ。
さすがにライアンやクリフトは剣を腰にはつけていたけれど、それがあまりに似合わないのでマリアは小さく笑う。
「マリア、すごい星空だよ」
トルネコがにこにこと嬉しそうにマリアに言う。
「ほんと、すごいわね!」
ぺたんとその場に座ってマリアは空を見上げる。
一面に広がる空の色は、彼らが「黒」と認識している色と同じでもあり、違う色でもあった。
ゴットサイドの町には無駄な灯りがほとんどなく、夜でも営業をしている宿屋、教会などの入口にともった、温かいけれどとても小さな優しい灯りがちらちらと時折風で揺れるだけだ。
そんな中、高台に昇って空気が澄んだ空を見上げれば、深い色の中無数の星が光り輝いている。
この旅が始まって幾度となく夜空も昼の青空も見上げたけれど、こんなに「すごい」と思う星空に出会ったことはなかった、と思う。
「あの光っている星って、どこにあるのかしら」
アリーナが溜息まじりで言うと、ブライが重々しく答える。
「雲よりも、もっともっと上の方にあるといいますな」
「じゃ、お父様が予言していた、明日行くお城より上の方にあれがあるの?」
「そういうことになりますのう」
「じゃ、そのお城からも星って見られるの?」
「さあ」
わずかに風吹いて来て、マリアの濡れた髪を揺らす。水滴が飛んでいないかと、慌ててマリアはタオルをかぶった。
「あー、湯浴みしてたのね」
「うん」
「貸してみなさいよ」
そう言ってマーニャはマリアの後ろに回って、わしゃわしゃとタオルでマリアの髪を拭く。それを見てミネアはくすくす笑い
「めずらしいわね、姉さんたら、わたしには姉さんの髪拭かせといて、絶対わたしの髪は拭いてくれないっていうのにね」
「いーでしょ、だってあんたの髪なんて自分の髪拭いてるのと変わんないんじゃない」
「そんないい加減なこと言って」
ミネアにしてはわざとらしく肩をすくめて見せる。それをタオルとタオルの間から見て、(姉妹なんだなぁ)とマリアは思う。マリアを起こしに来てマーニャが肩をすくませたときとあまりにシルエットが同じで驚いた。
「マーニャ」
「なによ」
「前にも、髪、拭いてくれたよね」
「そうだったっけ?」
「うん。リバーサイドで」
「ああ」
マーニャはくすくす笑った。
あの頃、まだマリアの気持ちが不確定で、クリフトを好きだと言えなかった頃。それを思い出してマリアはマーニャが動かすタオルの下で苦笑いをした。
それからタオルと髪の隙間から星空を見上げて、自分の上にあるこの美しい星星との間にある、あの天空の城のことを思い出して、心がやはり揺れた。
こんな日が来るとは思っていなかった。
デスピサロを倒そうというこんな時に、何故ロザリーのことを、シンシアのことを思い出さなければいけないのだろう、とやるせない気持ちが心の中に沸きあがってきて、せつなかった。
本当はクリフトが大事な秘密を胸に秘めているということを知らないまま、マリアはマーニャの腕の中に頭を預けてただただ考えていた。
天空の人々が生きている場所に辿り着いてしまった。
マスタードラゴンにも会ってしまった。
これから、デスピサロの元へ自分達は行く。
それから。
それから、わたしはどこにいくんだろう。
本当にマスタードラゴンを倒すことが出来るんだろうか。
辿り着いてしまった場所への恐怖と、誰も共感出来るはずもない不安とに慄然とし、マリアは瞳を閉じた。
とても遠くに来たはずなのに、何故かあの城が始まりの場所に思えたのは何故だろう。
何故、あの花が咲いていたのだろう。
そう思いつつも体に残るけだるさに抗えずに、マーニャの腕の中でまたも意識が遠くなっていった。
「心が疲れていても、眠りは必要ですもの」
ミネアのそんな声が、うっすらとマリアの耳に届いたような気がした。


Fin

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