お前の罪は、まだ許されていない、と目の前の竜の神は告げる。
先ほどまで、愛しい娘がいたであろう、がらんと広い部屋でわたしは立ち尽くしていた。
「・・・あの子の姿をこの目で見られた以上の幸せなぞ、ありませぬ。どのような咎もうけましょう。あの子に会えた今、わたしには生きていく意味がないのですから」
ずっとずっと祈ってきた。
わたしの愛した娘が、幸せに暮らせますように。
それでも、運命という名の腹立たしい目に見えないものはいつだって、娘の後ろにぴったりと寄り添って。
それを切り捨てる日が近いのだということを、わたしは知った。
あの子がこの地に訪れたということは、このくだらない茶番の終焉が近いということ。
知っていても、わたしはあの子にそれを告げることが出来ない。
告げれば、もっとあの子は苦しむだろうから。

マスタードラゴンは言う。

お前は、この天空城にありながら、地底で勇者マリアの手助けをするがよい。
魔の者達に囲まれた祠にうつし身を飛ばし、勇者マリアの使命が終わるまで、天空城にいながらにして見守るが良い。
それが、お前の償いだ。
お前と、あの人間の男の間に生まれた運命の子供が。
お前という親のせいでどれほど傷つき、どれほど苦しむのか、見届けるが良い。

「・・・なんと、おっしゃったのですか。勇者マリアを見守る権利を、わたしにくださるというのですか」

ああ、あなた。あなた。
あなたの、愛した娘が、わたし達の娘が。
マスタードラゴンですら手出し出来ない巨大な力に立ち向かわなければいけないなんて。
その傷つく様をこの目で見なければいけないなんて。
この竜は、どこまで身勝手で。
何度問い詰めても、臆病な自らを決して認めず、はぐらかすだけ。
きっと彼は、どちらにせよこれが大きな終わりを告げる戦いだと誰よりも知っているのだろう。
勇者マリアが魔の者を倒せば、その時、勇者マリアが背負った大きな運命の歯車が壊れる。
勇者マリアが魔の者に倒されれば、それは、この世界のすべてが揺らぎ、形を変える。
それほどの荷を負ったあの娘がこの世界に生まれたことを、未だにこの竜は「罪」だと言う。
おかしいではありませんか。
あの子が生まれる前には、エスタークは既に地底に封印されていて。
あの子の知らないところで、魔族の若者がエルフの娘と恋をして。
それなのに、この竜はあの子の生を罪といい、わたしとあなたを罪人と呼び。
なんて臆病者。
体裁を整えなければ何一つできやしない、臆病な神の代理人。
けれど。
それでも、あなたを愛したことを「罪」という、この傲慢な竜からわたしは逃れられない。
翼を持ち、空を飛ぶわたし達こそ、地に縛り付けられた地上人の何倍も、魂を拘束されているに違いない。

 

* * * * * * * *

 

いつもと変わらず、あの人におはようと言って、口付けをして。
お洗濯物を干してから、愛しい赤ん坊をあやして。
お昼ご飯を食べに戻ってくるあの人のために、きのこと野菜を和えたサラダと、焼きなおしたパンを用意して。
ふと見ると、愛しい娘はすうすうと静かに眠っていた。よく眠る子だと思う。
「あら?」
あの人が戻る頃だから、と開け放したままの扉。その隙間から入っていた穏やかな日の光。それが、一瞬にして消えていき、室内を暗くした。
お昼前だというのに、室内は灯りを灯さなければいけないくらいの暗さになる。驚いて、わたしは窓から顔を出した。
ごごご、と風の音が上空から聞こえる。恐ろしいスピードで暗雲が空を覆い、誰もがわたしのように家の窓から顔を出していたし、外で働いていた人々はみな空をみあげたていた。
「なんだ?」
「雨でも降るのか?」
洗濯物を、取り込まなくては・・・。
そう思ってわたしは家を飛び出た。
木と木の間にロープを張って、朝から張り切ってたくさん干したお洗濯物。
ほんのついさっきまで太陽の光をいっぱい吸い込んでいた、幸せの香りがするシーツ。
この前繕ったばかりなのに、また穴を開けてしまった、それでもあの人のお気に入りのぼろぼろのシャツ。
それから、わたし達の間に生まれた、愛しい愛しいあの子のおくるみ。
手早くそれらを取り入れようとわたしは手を伸ばした。
ぴたりとわたしの手は止まり−−−空の異変に、身を強張らせる。

それは、空からの裁きが下される予感。

突然の恐怖で、足がすくんだ。
「いや・・・いや、死にたくない。死にたくない」
無意識に口から漏れる言葉。
禁忌を破って地上に降りてしまった日から、この日が来ることを恐れていた。
覚悟をしていたつもりだった。
わたしの可愛いあの子と、わたしが命をかけてまでも愛しているあの人が、幸せで。
わたしがいなくなっても、生きていけますように。
何度も何度も繰り返し思い、でも、もう少し、もう少しだけと願い続けた甘い日々。
それでも、わたしはわたしに覚悟が出来ていなかったことを、こんな瀬戸際で思い知るのだ。
暗い不吉な空。
遠くで、雷鳴が響く。
それは、まるでマスタードラゴンが、「覚悟をきめよ」とわたしに告げているのではないかと思える音だ。
いっそのこと、ひとおもいに。
わたしは、ようやくのろのろと足を動かし、まるで命のない人形のように洗濯物を取り込んで家に戻った。
室内は薄暗いままで、雷鳴が聞こえてもわたし達の可愛いあの子は静かに寝入っている。
お洗濯物を、たたまなくちゃ。ううん、このシャツの穴を、もう一度繕わなくては。
だって、あの人がきっと困るから。
瞬きを忘れたように自分の目が見開いたままだと気付く。眼球が動くことを拒否しているようだ。それに気付いて
ぱちん。
一度瞬きをした瞬間、涙が溢れ出た。どこからこれは出てくるのかと思うほどに流れ出て、それを引き金にしてわたしは狂ったように叫びだした。
「いや!まだ、死にたくない!マスタードラゴン、お許しください。お許しください!!死にたくない!死にたくないよぉ・・・!!!」
救われたい。
その思いが体中を支配し、わたしはいてもたってもいられなくなって走り出した。
飛ばなくては。
天空城に行って、床に頭をこすりつけて、翼をむしられてでも、何をされてでも、許されなくては。
わたしの覚悟など、なんの覚悟でもなかったのだ。
走り出た外は、もはや夜のように暗く、村人達は怯えてみな震えていた。
みなの視線が一斉にわたしに注がれる。
「天の裁きじゃ・・・」
「出て来ちゃ駄目だよ!出て来たら、駄目だよ、家にお戻り!」
「俺達があんたを守るから!」
背に翼を持つわたしを、最初は忌み嫌っていたはずの村人達は、口々にそう言って、わたしに「守ってやる」「隠れていろ」と言ってくれる。
ああ、なんて温かくて、なんて優しい人々なのだろうか。
それでもわたしは、わたしがしなければいけないことがあると知って、もはや隠れることなぞできなかったのだ。
「マスタードラゴンよ!マスタードラゴンよ!わたしの声が聞こえますか!?」
答えはない。
ごろごろと耳障りな音がする。
「おばさん、駄目だよ、家に入ってなきゃ駄目だ!」
村の中で、最近めきめきと剣の腕が上達してきた青年が、わたしの肩を掴んだ。
わたしはその手を振り払って何歩かよろよろと歩いて、叫んだ。
「お許し ください、お許しください。わたしは、まだ、死にたくありません!わたしの罪は、この先の一生を費やしてでも、どうとでも償います。ですから・・・ですから、もう少しだけ、もう少しだけ時間をください!!まだ、子供は、子供は幼いんです!!」

死にたくないのか。許されたいのか。

空から声が、聞こえた。よく響く、重厚な声だ。
冷たい風を身に受けたときに感じる痛みに似た振動が、肌を震わせた。
痛い。
言葉が、体のあちこちに突き刺さって体の中に入って響いているようだ。

「償います。償います。なんでも、なんでもします・・・」
薄暗い闇の中でわたしの足は力を失って、わずかに温かさを残した土の上に座り込み、呪文のように言葉を繰り返した。
草ががさがさと、スカートから出たわたしの足にまとわりつく。その不快さに、わたしは力ない手で雑草をぶちぶちと毟りながら呟き続けた。
「死にたくありません・・・あの子を残して、あの人を残して、死にたくない・・・なんでもしますから・・・償いますから・・・」

それでは、己の非を認めているのか。

その問いに、わたしは即答することが出来なかった。
非。
そうか。
許されたいとか、償いたいとか。
その言葉は。
わたしは、わたしがやってしまったことが悪いことだと認めているということなのだろう。
「・・・わたしは・・・」
わたしは次の言葉を失ってしまった。
何が間違いなのだろうか。
愛する人が地上にいたから、地上に降りた。
愛する人に愛されて、愛しい娘を授かった。
それは、神様という存在、この世界の命を司る存在が、わたしとあの人の愛情を認めて、祝福してくれているということではないのだろうか。
なのに、わたしが、わたし自身がやったことを、過ちだと。してはいけないことだと。償わなければいけない罪があるのだと認めなければいけないのだろうか。
真に許されないことならば、この世界の誰一人わたし達を祝福せず、とうの昔に裁かれていてもおかしくないのに。
こんなに、村の人たちはわたしに優しくて。
こんなに、あの人にわたしは愛されていて。
そして、愛しい娘もいるのに。
どうして・・・!!

ぐるぐると耐え切れないほどのたくさんの思いが頭の中、いや、体の中を走り回っているようだ。
この世界の矛盾や、自分が考えている小さな矛盾、何もかもが、答えを求めて彷徨っている。
それをまるで嘲笑うかのように、聞きたくもない天の声がわたしの全身へ注がれる。

自分がどれほどの罪を犯しているのか、お前はまったくわかっていないようだ。

許されたいと思うならば、地上と縁を切って戻るがよい。

天空の物が生きる場所は、空。

大地の物が生きる場所は、地。

その理を覆すことは、許されぬこと。

「何をしている、隠れるんだ!」
その時、聞きなれた愛しい声がわたしのとめどがないやるせない、そして無意味な思いから救ってくれた。
あの人が、村の外から戻ってきた声が、後ろから聞こえる。
ああ、あなた、あなた。
逞しくて、無骨で、けれど、わたしにはとても優しくて頼れる愛しい人。
何を捨ててでもあなたと生きたいと思って、わたしは空から降りてきたの。
あなたがいるところが、わたしがいるところ。
それ以外に何の意味もありはしない。
力なくそちらを振り向けば、斧を手にした、あの人だと一目でわかるシルエットの人影が見えた。
「嫌・・・嫌・・・わたしは、あの人と共に地に生きたい」
涙で視界が霞んだ。
あの人がわたしに駆け寄る前に、さっき手を振り解いた青年がわたしの体を支えて立たせようとする。
「おばさん、おばさん、しっかりして!」
「すぐに家に隠れろ!」
そんな顔は見たことないと思うような、険しい表情。それでも、ようやくあの人の表情がはっきり見えるところまで近付いて来てくれたことが嬉しくて。
・・・と思ったその瞬間。

天から、無慈悲な裁きが、下された。

暗闇を切り裂くような激しい閃光が、空からまっすぐ大地へ吸い込まれるように落ちてきた。
いいや、吸い込まれたのは大地に、ではない。
わたしの目の前にいた、あの人の体へ。
あまりの光の激しさに目が眩んで何が起こったのかがわからないはずなのに、驚くほどにその様子をわたしは感じ取ることが出来る。それは、何故なのだろう。
そうか。
マスタードラゴンは、見ろ、と言うのか。
(あなた、あなた、あなた・・・・)
光が消えて眩んだ視力が戻ってきたと思った瞬間、あの人はぐらりと地面の上に倒れる姿が見えた。

「・・・いやあああーーーーーー!!あなた、あなた、あなた、あなた!」
狂ったようにわたしはその場で叫んだ。
誰か、嘘だと言って。誰か。
倒れたあの人はぴくりとも動かない。
暗い中横たわった「あの人」は不思議と人のように見えて人ではない、もしかしたら大きな猿なのかもしれない、と思えてしまうほどに、黒く焦げ、闇に紛れてしまう色に変わっていた。
それがあの人であることを証明するものなど、手にしていた斧の、刃の部分だけに違いない。
手で握っていた柄は炭になってしまったのか。刃の部分だけが少しだけ離れた場所に落ちた姿が視界の隅に映っていた。
駆け寄らなくちゃ。あの人の側にいかなくちゃ。
思っていても足が動かない。
まるでわたしは、不愉快な叫び声をあげるだけの楽器になったように、気が違ったような音を発するだけだ。
「おじさん!!」
側にいた青年がわたしの代わりのように走りよってくれたけれど、わたしの足はまったく言うことを聞いてくれない。
歩けない。
だったら、飛べばいい。
なのに、まるでその場で固まってしまったようにわたしの体はどこもかしこも動けないでいる。
何かの肉が焦げているような匂いがした。脂肪が焦げたような、むっとする匂い。
それを放っているものが、わたしが愛しているあの人だった黒い塊だと理解出来るまで、やたらと時間がかかる。
・・・駄目だ、もう、死んでいる。
誰かの声が聞こえるけれど、わたしの足は動かない。
心が、体が麻痺しているようだ。
村人達はみんな灯りすら持たずに家から出てきて、暗闇の中おぼつかない足取りで近付いて来る。
隣に住んでいたおばさんが叫んだ。
「マリアちゃんは、どこにいるんだい!?」
「い・・・えの・・・なかに・・・ま・・・マリア・・・マリア・・・」
マリアを守らなければ。
ようやくわたしは少しずつ混乱から引き戻されてきた。
マスタードラゴンは、わたしを天空に連れ戻すため、地上に未練を残さないようにと愛しいあの人と、愛しい娘を殺す気なのだろうか。
竜の神様。
天空の神様。
あなたは、平気で人を殺す。
それが当たり前だと、天空にいた時はわたしも思っていた。
でも。
ご存知なのでしょうか。
今、この地上では、人を殺すということは罪なのです。
誰かが誰かを裁いて、命を奪う判決を下した時。
それは、罪を犯したものだけが課されるもの。
いいえ。
本当は、わたしは、罪を犯したとは思いたくありません。
あえて言うならば、罪を犯したと認められなくなったことが、天空人にとっては罪なのでしょう。
けれども、もしも、そうだとしたら。
裁かれるべき者は、わたしではないのですか。
天空人と地上人が交わることが禁じられていることなぞ、地上人は知らないのですから。
あなたは天空の道理でもって、地上の命を奪おうと言うのですか。
あなたがただ見守るだけの、支配をしているわけではない地上の命を。
何故、この雷は、あの人に。

その時、空から細い光の帯がいくつもいくつも伸びてきて、まるでその上を滑り降りるように、たくさんの天空人達が翼を広げて羽ばたかせながら降りてきた。
その姿を見て、わたしは愕然とし、更なる失望を味わった。
なぜなら。
その天空人たちは手に槍を剣を持っていたからだ。
力でねじ伏せてまでわたしを連れ戻そうというのだろうか。
「どうして?」
わたしの口から、はっきりとした言葉が出ていた。
「わたしを罰するために、わたしではない者の、命を奪って、傷つけようとするなど、正気とは思えません!!」
「どいていなさい!」
お隣のおじさんが、わたしを突き飛ばした。
朝の狩りから戻ってきたばかりのおじさんは、手に弓矢を持っていた。
「あんた、でも、相手は!」
「これがこのままにしておけるか!」
おじさんは、弓に矢を番えて、今まさに降りてこようとしている天空人に向かって矢を放った。
「空に向けてうったって、そんなの無理だよ!相手は動いているんだし!」
「ええい、くそ!」
気がつけば人々の手には思い思いの武器が握り締められていた。おばさんも家に戻ったかと思えば、鍋と扉が開かないようにするための棒を手にして出てきた。
みんなが、戦おうとしている。
でも、天空人達は、明らかに、天空城の警備などをしている、兵士達だ。それに、ものすごい数で押し寄せようとしている。
この村の人々が抵抗したところで、敵うわけがないだろう。
「・・・みんな、みなさん、やめてください、お願い、みなさんが戦う必要なんて、ないんです!」
わたしは、やるせない気持ちで叫んだ。
が、村人達は口々に言う。
「あんたは、あいつらの仲間だ。でも」
「もう、わしらの村の一員なんじゃよ」
「あの子を殺した仇をとらせておくれよ!」
「お願いです、やめてください、もう、誰が死ぬのも見たくありません!」

やめて。もう、誰も傷つかないで。
何一つ叶えられないわたしの願い。
これだけでも、お願い、叶えて。

天空に生きる者にも、大地に生きる者にも、罪の大きさを刻まねばならぬ。

不遜な声が空に響いた。
あの人の命を奪ったことが、地上人へ刻んだ罪だというのだろうか。
わたしは天空城に連れ戻されて、どれほどに罰せられるのだろうか。

降りてきた天空人たちは、一斉にわたしに向かって飛び掛かってきた。
許されたいと思うならば、天空に戻れと言った。
許されたくなければ、ここで死んでも良いのだろうか?
その疑問を試すことが出来ないまま、わたしは何人もの天空人に腕を捕まれ、体を強くひっぱられ、もみくしゃにされた。
狂ったようにわたしは叫び、髪を振り乱し、爪をたて、なりふり構わず同胞達の腕に噛み付き、頭突きもした。
「マリア、マリア、マリア!!」
娘の名を呼ぶわたしに、同胞が強く叱責をする。
「まだわからないのか!お前が犯した大罪のおかげでマスタードラゴンはお怒りになっておられるんだぞ!」
「天空人と地上人との混血児は、不思議な力を持つという。お前はその生き物を生み出してしまったのだ!」
「だから一体なんなの!?それがなんだっていうの!?マリア、マリア・・・マリア!」
ひきつるわたしの声。
舞い散る白い羽根。
腕をとられ、足をとられ、気がつけば。
わたしの体は同胞達の翼によって、宙に浮いていた。
暗闇は去り、まるで何事もなかったように平和に見える、憎たらしい青空。
上昇していくわたしの体。小さくなっていく、わたしの家、みんなの家、村人達の姿。
もはやわたしは、自分が何を叫んでいるのかすらわからなかった。
ただ。
あの人を返して。
口から出た言葉で、それだけははっきりと耳に還り、まるで永遠の言葉のように深く刻み込まれた。

 

* * * * * * * *


「ここは希望のほこら。 あなた達の来るのを待っておりました」
彼らが地底にあるほこらに最初に辿り着いたとき、天空城で出会った優しそうな瞳の若い神官の顔色が、わたしを見て変わった。多分、あの神官はわたしが誰なのかを気付いたのに違いない。
天空城で、話をした。
誰かに聞いて欲しくて、誰かに伝えたくて。
愚かだと自分でも思ったけれど、マリアの顔を見ては、声を聞いては抑えることが出来なかったのだ。
けれども、当の勇者マリアは、天空城で出会ったわたしの顔なぞ覚えてもいないようだった。
それで、いいと思う。
わたしは天空城で燃している神の炎を通して、この祠にうつし身を送る。
もはや一生天空城から離れることが出来ない足枷をつけられたわたしは、天空城にいながらにして、このおどろおどろしい地底の世界に半身を置くことを許可された。
目の前に現れた愛娘の体は傷だらけで、あちらこちらに血が固まってこびりついている。
それは、天空人だろうが地上人だろうが誰だろうが、人の親であれば。
我が子のそんな姿を見れば、黙っていることが出来ないのではないかと思える凄惨なものだ。
(もう、剣をふるうことなんてやめて、どこかで静かに暮らして。
あなたがそんなことをする必要なんてないわ)
・・・そんな言葉を喉元で押し殺すことは、とても難しい。
終焉に向かって、何度この愛娘の傷ついた姿を見て心を痛め、何度その傷を癒すことで喜びを感じるのだろう。
残酷なことに、その喜びは悲しみと繋がっている。
傷を癒せば、また彼女は戦いに行く。彼女を戦わせるためにわたしは彼女を癒すのだ。
そして、このほこらを後にする彼女の姿を見て、幾度となく「もしも彼女が戻らなかったら」「これが最後だったら」と胸が痛んでわたしは苦しみ続けるのだろう。
あなた。
わたしは、黒い塊になってしまったあの人の最期の姿を思い出しながら、勇者マリアの傷を癒す。
あなたの娘は、わたしの娘とは思えぬほどに、とても心が強くて、そして。
竜の神が抱える矛盾を、嫌と言うほどにえぐりだそうとしている。
どうしてあなたが命を奪われなければいけなかったのか。その疑問にマスタードラゴンが答える日がもうすぐ来るのだとわたしは思うの。

最後まで、見届けるがいい。
マスタードラゴンの声が脳裏を過ぎった。

なんて傲慢で臆病な竜の神。
言われなくとも最後まで見届けましょうとも。
わたしの愛する勇者マリアが、魔の者を倒して。
そして。

すべてを終わらせるために、あなたを裁くまで。


Fin
 



モドル