希望-1-

気にしてたって、しょうがないわよね
そう口で言っても、いつも元気すぎるほど元気なアリーナが意気消沈している様子は、誰の目からみてもわかりすぎるほどだ。
初めて行く場所ではいつも「わたしが先頭で歩くわよ!」と元気いっぱいに飛び出していく彼女ではあったが、今、彼女は馬車の中でクリフトとブライと一緒におとなしくしている。
「また階段ですか」
その日、彼らは天空城からゴットサイドがある島の地下の洞窟へと移動し、デスピサロが潜んでいる地底を目指した。天空城が位置している雲に端には、ぽっかりと穴があいている。デスピサロからのものだと思われる大きな波動が地下から放たれ、天空城を揺るがしてそれは作られた。まるで天空の竜の神、あるいはそれの命をうけた勇者を地下へいざなうように。
マリア達がたどり着いた、ゴットサイドの険しい山々に囲まれた洞窟の口は、何もかもを飲み込む魔物のように大きくぱっくりと存在を主張していた。その奥の闇の深さに身震いがするような違和感。
ところが、その中に入った彼らが驚いたことは、そこが予想以上に整った「人為的洞窟」だということだった。
広い道幅で延々と続く下り坂。その途中にはいくつか階段があった。
階段が現れるたびに馬車の車輪のために板をあてるのは、案外と骨が折れるものだ。さすがのライアンも愚痴が出てしまうというものである。
これで魔物が出なければまだしも、これがまた嫌になるほど、彼らの行く手を阻もうとうようよと出てくる出てくる。うんざり、という言葉がこれほどふさわしいこともない、とトルネコは大げさに言って苦笑していた。
「途中まで進んだら、リレミトで帰りましょう。この下り坂をまた戻ると思うと憂鬱だわ」
ついにマリアも口をへの字に曲げながらそんなことを言うほどだ。
御者台に座っていたマーニャも、それには乱暴なくらいわざとらしく縦に首をふった。
「それには賛成!今日はいけるところまで行って、さくっと帰ったほうがいいわね。なんていったってパトリシアも疲れてきたみたいだし」
「そうよね。そもそも、ここに入るのをぐずっていたくらいですもの」
馬車の外で歩いていたマリアは苦笑をみせながら言った。
この洞窟に入る時に、馬のパトリシアは怖気づいてなかなか進もうとしなかった。もともと臆病な動物だとは知っているが、彼女がそのように二の足を踏むことなど今までほとんどなかったことだ。
きっと、この洞窟がどこに通じているのか・・・この利口な馬は動物の勘で何かを感じ取ったに違いない。ミネアがなだめすかして、ようやく嫌々ながら洞窟に入ったのはいいが、続く下り坂とむやみに高ぶる神経にさしものパトリシアも疲労が見える。
馬車がゆっくりと板の上を通って階段を降りると、後ろにいるミネアとトルネコが板を馬車の脇に収納をする。
ライアンとマリアは肩を並べて先頭を歩きだした。当たりの様子を伺いつつ、かつ、階段があれば彼らが板をすぐに敷くために。
「何日も何日も来たい場所じゃないわね。行けるところまで行くには、馬車で入れて好都合だけど」
「そうですな」
「正直、少人数で入りたいような洞窟じゃない」
そのマリアの言葉にライアンは頷いた。
「まったく。なんと申したら良いのか・・・あまり、その、勘が鋭い方ではありませんが、この空気は」
「あそこに、似てない?」
あそこ。
その一言でライアンは苦々しい表情を見せた。
それは、アッテムト鉱山の奥深く、エスタークを封印していたあの場所へ向かう途中の坑道。具体的な場所を示す言葉がなくとも、ライアンは既にそれに気付いていた。
アッテムト鉱山の途中までは感じることがなかった、気が重くなる空気。
一歩歩くごとに「気が進まない」と言って立ち止まりたい、そんな気分になる不愉快な空間だ。
人為的に作られたように見える場所ですら、そういう気持ちになるのだ。
それは、そこに潜む魔物達のせいだろうか。
この先にいるはずの、デスピサロのせいだろうか。
「人間が作ったように一見見えますが」
「うん」
「人間が使うための場所ではないのでしょうな」
「・・・そうなのよね」
入口が広いのは、体が大きい魔物のためだろう。
わざわざ階段が途中にあるのは、急な勾配では進めない魔物のためだろう。
自分達の尺度で測れない配慮がなされているからこそ感じる違和感。
と、その時。ライアンは眉をしかめ、顔は前方を向いたままでマリアに声をかけた。
「・・・マリア殿」
その瞬間
「ミネア、トルネコ、前から来るわ!」
ライアンと同じく、視線を前方から離さずに、彼へ返事もせずにマリアが叫んだ。
馬車の後ろに回っていた二人はその声を聞いてすぐさま、馬車を守るようにマリア達のもとへ走って来る。
ちょうど前方に何匹かの魔物の姿が見えてきた。ライアンもマリアと同じタイミングでその気配を感じ取って声をかけたのだろう。
その魔物たちは殺気だっているようで、どうもマリア達の通過を見逃してくれそうにもない。
「帰りはリレミトだからね!」
それは、ミネアに対する言葉だ。
魔法を唱える力は精神力が非常に必要で、それは疲労すればするほど維持が難しくなる。
移動魔法のリレミト−その術者はマーニャとブライ、マリアだが−で脱出をするということは、出し惜しみせずに魔法を使って良いという意味だ。歩きで戻る場合、出来る限り魔法は温存して体力も温存し、確実に戻れるように気をつけなければいけないのだが。
一体の魔物がライアンめがけて突進してきた。
それに対してミネアは素早く呪文の詠唱を行った。
「バギクロス!!」
それが、マリアの言葉への返事だった。

その晩、彼らはまたゴットサイドの宿屋に宿泊することになった。馬車の外で戦っていたライアン、ミネア、トルネコはくたくたになって、夕食後には早々に眠りについた。そして御者台にいたマーニャも「今日のパトリシアには気をつかってしょーがなかったわよぉ」と軽く愚痴を言い放って、ミネアの後を追うように部屋に入って行ってしまった。
一部屋に2人。
マリアは部屋着に着替えながら、隣のベッドの上に放り出してあるアリーナの荷物を見つめていた。
以前、同じようなことがあった、と思い出す。
そうだ。あれは、サントハイム城にいたバルザックを倒した時のことだ。
(アリーナを、マスタードラゴンに会わせなければよかった)
マリアは椅子に座り、靴を脱ぎ、疲れた足をもみほぐす。
普段そういったことをするときは、自分の体のあちこちのことを考えている。それは、昔からの身についていることだ。
剣の修行にいつもより疲れを感じたら。筋肉に痛みを残しそうだったら。自分の体に触れ、ゆっくり動かし、明日に響かないように揉み解して自分の体と対話をする。それは、村にいた頃に教わったことだ。
けれど、今日はどうしてもそうは出来なかった。
(マスタードラゴンもマスタードラゴンだわ。大体この大事な時期に、あんなことをアリーナ達に言うなんて、どうかしてる。こっちのことも考えて欲しいものだ!)
下唇を噛んで、マリアは苛々しながら足を揉んだ。
頭からすっぽりと被るだけの、すとんとしたシルエットの生成りのワンピースの裾をめくりあげ、太ももの上にもう片方の足を組んでのせる。
それをアリーナが真似でもすればきっとブライがたしなめるだろう恰好だったが、今のマリアにとってはそれどころの騒ぎではない。
そう。
それは、まさに今日の出来事だった。
話は、天空城に辿り着き、アリーナのわがままを仕方なく受け入れたところに遡る。

「マスタードラゴンに、サントハイムのみんなの行方を聞きたいの」
アリーナのその言葉を聞いた瞬間、即座に首を縦に振ることがマリアには出来なかった。
嫌な予感がした。けれど、簡単に「駄目」とは言えなかった。
確かにそれはマリアもまた気になっていたことだったし、アリーナの言葉はアリーナだけのものではなく、ブライの望みでもあり、クリフトの望みでもあったからだ。
空間移動の魔法であるルーラを唱えた後、マリアは天空城の入り口でライアン達を馬車で待たせ、マスタードラゴンがいる部屋に向かった。マーニャ達も「えー、今度はそのマスタードラゴンっての、見てみたい!」と不平をもらしたが、それ以上のわがままを言う人間はいなかった。誰もが、アリーナ達の気持ちを痛いほど感じているのに違いない。
どちらにしても、マリアはマスタードラゴンに会う約束はしていた。
マスタードラゴンから祝福を受け、天空の剣の力を更に引き出してもらうために。
天空城に入ってからアリーナは「みんなルーシアちゃんみたいに翼があるのねえ」ときょろきょろと見回していたが、奥へ奥へと進むたびにその動きはぎこちなくなってきた。そして、ようやく辿り着いた目の前にある扉の向こうにマスタードラゴンがいるのだ、と、マリアの素振りから感じ取ったらしく、彼女はぴたりと言葉を止めた。
マリアが大きな扉をノック−前回はノッカーすら使わずに失礼にも一気に開け放ったものだが−すると、中から入室を促す付き人の声が聞こえた。クリフトは前回天空城に訪れた時にもマリアと共にマスタードラゴンとの謁見を済ませているが、それでもまだ緊張はするらしい。マリアはアリーナ・クリフト・ブライ三人の緊張を肌で感じ取りながら、扉を開けた。
「よく来た、勇者マリアとその仲間よ」
わあ、とアリーナが驚きの声をあげる。
ブライが息を呑む音が小さく聞こえた。
部屋の奥に鎮座しているマスタードラゴンの姿を見れば、誰もがなんらかのリアクションをとるのは当たり前だ、とマリアは思う。自分ですら、しばしその場で立ち尽くしたのだから。
それまでに見たことがあるドラゴンのどれとも違う色を見て、マリアはまた前回と同じく「不思議な色だ」なんてことを思っていた。
二人の付き人がマスタードラゴンの両脇に立っている。
マリア達は赤い絨毯を踏みしめながら、部屋の奥で静かに待っているマスタードラゴンの前へと歩いていった。靴の裏の上質な感触にブライは驚いていたが、若い三人はその絨毯が上質で気持ちがいい−マスタードラゴンがその上を歩くのか、感じるのかすらわからないが−ものだとよくわかってはいない。
マリアはたじろぐこともなく、はっきりと響く声でマスタードラゴンに語りかけた。
「来たわ。あなたに、祝福とやらをうけるために」
「うむ。天空の剣はもってきておるな」
「ええ」
マリアは腰に差していた天空の剣を、鞘から抜いた。
目の前の、巨大な竜が喋る。それはマリア達から話を聞いていてわかっていたはずなのに、やはりアリーナもブライも驚いて口をぽかんと開けてしまう。その、少しばかり間抜けにも思える表情のまま、彼らはただただマリアとマスタードラゴンのやりとりを聞いているばかりだ。
マスタードラゴンは、グルル、と野生のドラゴンと同じように喉を一度鳴らした。それから、大きな翼を一度ばさりと動かした。それによって起こった風は予想以上に強く、マスタードラゴンの両脇に立っていた天空人達はたまらず、その場に伏せるほどだった。突然のことに驚きアリーナとクリフトは声をあげたものの、目を閉じてその場でふんばった。ブライはその2人の後ろで体を前かがみにして風に耐えた。そんな中、マリアは片目だけを瞑って、足を踏ん張り必死の形相でマスタードラゴンを見ていた。
「天空人と人間の血を引きし勇者マリアよ」
マスタードラゴンは吠えた。
「そなたになら、進化した邪悪なる者を倒せるやも知れぬ!」
その力強い声は、びりびりと空気を振るわせた。マリアは、天空の鎧や兜で覆われた全身で、マスタードラゴンの声、いや、声にのって伝わるような、その偉大なる力を感じ取っていた。
(これが、マスタードラゴンの力)
こんな室内に、静かに静かに座っているだけに見える竜。実は、その中に恐ろしいエネルギーを持っているのだと、マリアは初めて実感し、ぞわりと鳥肌をたてた。
両脇に転がった付き人は跪き、まるで恐ろしいものを見上げるようにマスタードラゴンを下から見つめるだけで、立ち上がろうとしない。
「そなたに、わたしの持てる「力」を与えようぞ!」
そして、その声が室内に響いたと思った直後。
「!!」
まるでマスタードラゴンの声に感応したかのように、天空の剣が白く発光した。その眩しさで反射的にマリアが瞳を閉じた瞬間。
「ああ!」
何か、薄布のようなものがじわじわと肌にまとわりつくような感触が、彼女の全身を支配した。
天空の装備が。
天空の装備すべての表面から、何かを吸収するように。
まるで植物が日の光を吸収するかのように。
天空の装備は表面から存分にマスタードラゴンが与える力を吸い込み、まるでマリアにそれを注ぐ役割でもあるかのように、剣と同じように白く発光した。
「マリア!」
光に包まれたマリアを見て、アリーナは叫び声をあげる。
これは、あの時に似ている、とクリフトだけが思っていた。
天空へと続く塔の最上階まで登りきった時、天空の装備たちは天へ届こうというほどの光を一直線に放ち、彼らを導く「乗れる雲」が空から降りてきたのだ。
たくさんの役目を、この天空の装備たちは忠実にこなし、マリアのために働き続けているのだろう。
そうであれば、なるほど、他の誰もが装備できないわけだ、と妙な納得を彼は感じる。
物が意志をもって人を選ぶ。それをトルネコならば「きっとみんなが気付いていないだけで、どんな物もそういう意志をもっているんだろうね」と笑顔で言うことだろう。
「・・・大丈夫よ、アリーナ。心配しないで」
やがて、少しずつ光は収まり、ようやく付き人が立ち上がった頃には、まるで何もなかったかのように部屋は静まりかえっていた。光も消え、まとわりつく感触もなくなった。マリアはふう、と息をついてから、小さく笑顔を見せる。
「・・・ありがとう、マスタードラゴン。あなたからの祝福、確かに受け取れたようだわ」
「うむ」
たいそう手短に言葉を交わすと、マリアは天空の剣を腰に収め、後ろに並んでいたアリーナ達に「ほら」と軽くあごをしゃくった。マリアの祝福は終わった。次はアリーナの番、というわけだ。
普段彼女はそんなふてぶてしい態度を仲間には見せず、言葉できちんと伝えようとする。しかし、マリアもまたある種の緊張をしており、うまく促すことが出来なかったのだろう。
「う、うん」
戸惑いながらにその促しに応えて、アリーナは数歩前に進んだ。その一歩一歩はわずかにふらついており、彼女の緊張が見て取れる。
「お、お願いがあって、来たの」
「わたしに、か」
「教えて欲しいことがあって」
多分、何を聞きたいのかマスタードラゴンはとっくにわかっているのだろうとマリアは思ったが、それを口に出さずにアリーナの言葉に耳を傾けた。
「サントハイムのみんなは、生きているの?どうなったのか、何が起こったのか、知ってるなら、教えて!」
このアリーナの言葉遣い。普段のブライならば仰天して「姫様、一国の姫とあろうものが、しかも、お相手は神と呼ばれる立場の方ですぞ!?」と言うに違いない。
しかし、アリーナの語尾のかすかな震えを、マリアも、ブライも、もちろんクリフトも気づかないはずがなかった。
これが、今のアリーナの精一杯の言葉なのだろう。
(ああ、覚悟を。ものすごい覚悟を、きっとアリーナはしてきたのに違いないわ)
マリアはそう思った。一瞬、目を伏せて唇を軽く噛み締める。断ることは絶対出来なかった。それでも。
何度繰言をいっても仕方がないが、それでも、やはりアリーナを連れてこなければよかった、と彼女は後悔をしていた。
ずっとずっと。
マリアと共に旅をしていれば、きっとサントハイムの人々に起きた出来事が一体なんだったのかを知ることができて、そして、姿を消した人々を取り戻せると信じてきた。いや、信じるしかなかった。
他に何の手がかりもないことに焦り、アリーナだって気持ちが萎えて、自分を奮い立たせることが難しい日も幾度となくあっただろう。
ようやくバルザックを倒しても何一つ進展がなく、むしろ、すがりついた期待が外れたことにいっそう深く傷ついたあの日。
あの日と同じように、今日もまた打ちひしがれるかもしれない。そう、その可能性は、当然ゼロではないのだ。ゼロではないから、期待と同時に覚悟が必要だと知っている。
アリーナだって阿呆ではない。
あれだけ各国を旅しても、何一つ手がかりはなく、ただ「サントハイムの人たちが姿を消した」という噂する人々の声を聞くのが関の山だった。
今、ここでマスタードラゴンに質問を投げかけるのに、どれだけの勇気が必要なのだろう。
魔物に立ち向かう時の何倍も。
そう、もしかすると。
命の危機すら感じさせた、あのエスタークと対峙したときよりも、アリーナは今勇気を振り絞ってこの場にいるのかもしれない。
「サントハイムの姫よ」
マスタードラゴンが返事をした。
なんだか、やたらと時間がかかっているような気にマリアはなっていたが、本当はアリーナの問いかけに対してマスタードラゴンはすぐに答えている。
時間がかかっているように感じるほど、ほんの一瞬で自分がぐるぐるといろいろな事を考えていたということにマリアは気付かなかった。
「何故、サントハイムの城下町であるサランは、サントハイムから離れているのか、知っているか」
それは、突拍子もない質問だった。
さしものアリーナも口をぽかんと開けて、彼女よりわずかに後ろに控えているクリフトとブライを振り返った。
もちろんクリフトは困惑の表情を浮かべつつ首を横に振るしかない。
「もとは・・・出城だったと聞いたことがありましたが・・・」
出城は、戦などのために必要に応じて作られるものだ。たとえ過去が出城だったとしても、あれだけ栄えていればできる限り城に近いほうが双方にとって便利に違いない。一時間もの時間をかけて城下町と城をいききするなど、他の国では考えられないことだからだ。
が、ブライは。
「その魔法使いは、何かを知っているようだ」
マスタードラゴンは、ブライの様子を見てアリーナが何かを言うよりも早く、そう続けた。
年老いた魔法使いは、唇を噛み締めたまま、アリーナから視線をそらしてマスタードラゴンを真っ向から見据えた。
「ブライ・・・何か、知っているの?」
「本当のところは、詳しくは存じませぬが」
眉間にしわを寄せ、ブライは言葉を発する。
「サントハイム王族の方々は、代代不思議な力を持つ方々であらせられます。事実、現サントハイム王もが幼少の頃より夢という形で未来の姿を時折見ているという話もお聞きしております」
「あたしは、何も見たことないけどね」
そういってアリーナは肩をすくめる。
「アリーナは、形としてみないだけで、直感は優れているわよ」
わざわざここでそんな話をしなくても、と思いつつも、マリアはそう言ってブライの、アリーナのフォローをした。
「遠い遠い昔・・・サントハイム城をぐるりと囲んで、まじないの石を三重に埋めたという話を、古書で読んだことがありますわい・・・そのまじないが何なのかは、よくわかりませぬが。そのため、城下町を遠ざける必要があったのだと」
ブライの話はそれだけだった。
たったそれだけでは、一体マスタードラゴンが何をいいたいのかが彼らにはまったく理解が出来ない。
「別にサランがサントハイムにくっついていたっていいんじゃない?サランも込みで、その、石とかを埋めればいいのに」
マリアは浮かんだ疑問を素直に口に出した。それは、ブライ達に対してではなく、マスタードラゴンへの問い掛けだ。明らかにマスタードラゴンはそのことについて「知って」いるのだと確信できるからだ。
「遠い昔。サントハイム王族は、お前達が言うように、予知の能力があった」
「よち」
「未来を知る力だ」
「お父様が、スタンシアラに関する看板を作ったときみたいなことね」
「うむ」
未来を知る力。
そうだ、とアリーナは思い出していた。
旅に出てから、お父様の声が出なくなった。それは、何か不思議な夢をみて、と言っていた。
幼い頃のサントハイム王が、「ぼくの子孫が困るから」と、サントハイム城の裏庭に看板を立てた。
それらはみな、その「予知」の力によるものだ。
「その看板のように、過去のサントハイム王が、まじないの石を魔法使いたちの力を借りて埋めたのだ。サランを遠ざけたのは、サランごとまじないをするよりも、かかる災厄から民を遠ざけるため・・・王宮から離れた場所に、自らを慕う民をいざというときに遠ざけるためだ」
「それが、何の関係が」
「そのまじない石の効力によって、そなたの父親は死なずに済んだではないか」
マスタードラゴンが言うことを、アリーナは理解できない。
きょとんとした顔を見せたあと、「うう?」と唸り声をあげてアリーナは考える。
「・・・サントハイム王の、声が出なくなったときのことですか」
クリフトが、マスタードラゴンへ問い掛けた。そうだ、というマスタードラゴンの答えと共に、マリアははっとなってブライの方を見る。
「勇者マリアの、予測がかなり近いということか・・・」
ブライは唸った。
「ど、どういうこと?お父様は、あのとき、本当は死んでいたっていうこと!?」
困惑の表情でアリーナは声を張り上げた。
ブライもマリアも、バルザックを倒した日のサントハイム城での会話を思い出していた。

(・・・サントハイム王の声が出なくなった一件を思えば・・・あれは何者かの力によるものだったと今となっては思える。じゃが・・・のう)
ブライに対して、マリアは答えた。
(わたしもそう思うの。不思議な夢を見た、っていうお話でしょ。それを口外するなという何者かの意志が働いていたわけじゃない・・・。サントハイム王は殺されないで、声を封じられた。殺せばいいじゃない?本当に口外させたくないんだったら。それを声を封じる、なんて妙に生ぬるいことで対応されてたんでしょう。それは相手の思惑があるのか、この城に何か秘められたものがあるのかわからないけど・・・。だから、相手からすれば、何かサントハイムの人間をここにいさせては困るけれど、全滅させるわけにもいかないっていうことがあったんだと思える。言葉にすれば封印。実際はどういう状態になっているのかてんで想像もつかないけど。どうかな)

声を封じたのではなかったのか。
あれは、サントハイム王を「消す」ための力を送られたのだろう。
どういった方法なのかは予想もつかないけれど。
今ならばわかる。サントハイム王は、エスターク出現を予知していたのだ。デスピサロは、やがてサントハイム王がなんらかの手段を使って、エスターク復活を阻止しようと動き始めることを危惧したのだろうか。確かにそれは考えられる。具体的にエスタークの位置を予知−それは、透視と呼ばれるものに近いだろうが−し、サントハイムのみならず各国からの援軍を募って討伐隊を結成する、なんていう可能性もゼロではない。
なんにせよ、デスピサロは自分達でエスタークを発見して復活させるつもりだったわけで、他のなんぴと足りと、その存在を知らせたくないというのが本意だったに違いない。
「伝説の勇者を助けるための予知を、サントハイム王にあれ以上されては困ったのだろう」
「それは誰が!?デスピサロなの!?」
それにはマスタードラゴンは答えず、話を続けた。
「しかし、サントハイム王はあのように声を封じられただけだった。声が出なくとも、話そうと思えばいくらでも筆談が出来る。まじない石のおかげで、サントハイム城全体は守られていたのだ」
「では・・・では、何故、サントハイムの人々は・・・」
クリフトの声は、乾いていた。
あまりの突拍子がない話をマスタードラゴンは淡々と話し続ける。
「まじない石の存在を知った一件でデスピサロは明らかに苛立ったのだろう。考えてもみろ。この世界の、どこの誰が、デスピサロの邪魔をする?お前達しかいない。お前達のように意志をもって、デスピサロに対抗しようとしている者は、他にはいない。いないはずだった」
「そりゃそうよ。みんな死にたかないもんね」
マリアはおおげさに肩をすくめてみせた。
「だというのに、デスピサロは、見ず知らずの、過去のサントハイム王族が備えておいたまじない石に邪魔をされた。この先、どれほどの邪魔をされるのかはわからない。そう考えたのではないかな。それ以上のあやつの心の動きなど、わかりはしない。それがわかれば誰もが先手先手を打ってやつを止められるというものだしな」
ということは。
マスタードラゴンもとりたてて、何故サントハイムの人々が消えたのか、そこに至るまでのデスピサロの事情とやらは確定で知るわけではないのだろう。マリア達は誰一人漏れなくそう思った。
「進化の秘法を手に入れる以前から、デスピサロは自らの力の増幅について興味があったようだ。アリーナ姫。そなたがエンドールの武術大会に出場したときに、デスピサロは姿を消していただろう?」
「え・・・ええ、確かに、そうだったわ。あのとき、デスピサロは優勝候補で・・・今となっては、あの時、闘ってなくてよかったって思うけど。今のわたしならまだしも、あの頃の自分じゃね」
それは確かに、とクリフトとブライも軽く同意の表情を見せた。
「勇者マリアが武術大会にいなかったから、というだけではなく。あの頃、デスピサロはまだ未完成ではあったが、力の増幅を・・・進化の秘法に近いものを手に入れることが出来たため、エンドールを撤退したのだ」
「なんですって」
「そして、そなたが武術大会に出場している間に、早速、その力をサントハイムに対して使ったというわけだ」
「!」
ことの全貌が少しずつ明らかになり、予想外の話に彼らは狼狽の色を見せる。そのタイミングについては、確かに間違いではない、とサントハイムの3人は思った。思ったが、あまりのことに次の言葉が出てこない。
「それは、サントハイムの人たちをどうしようと?」
「それはわからぬ。わからぬが・・・多分、全滅させようと思ったのではないかな」
「わたしの村みたいに、攻め込んでいかなかったの」
「デスピサロは実験をしたまでのことだ。ちょうど、目の上のたんこぶであったサントハイム。そのまじない石とやらの力を封じて、サントハイム城の者たちを消滅させられるかと、ただ実験をしただけだ。そういう男だ。そうでなければ、あのように不完全な進化の秘法を使って、バルザックという者を進化させる非道なことを出来るはずもなし」
「実験は失敗に終わった・・・と、デスピサロの手先は言っていたわ。倒れたバルザックを見て」
憎憎しげにマリアがそう言うと、ようやくアリーナは気丈さを取り戻したように、続けてマスタードラゴンにくってかかった。
「それで、それでサントハイムの人たちは!?デスピサロのせいで、みんな、みんな、どうなったの!?教えて!」
アリーナはたまらず、マスタードラゴンの足元に駆け寄った。ブライとクリフトが驚いて静止の声をあげるが、彼女にはなんの効果もない。
マスタードラゴンの足に手を伸ばして、まるで人間を揺さぶるようにアリーナは腕を動かす。当然その程度の力でマスタードラゴンは動くはずもない。
ただ、マスタードラゴンは首を動かしてアリーナを見、2,3度まばたきをした。
「アリーナ姫。それは、わたしにもわからない」
「!!」
「わたしにわかることは、デスピサロの力によって、サントハイムの人々が消えた。それだけだ。しかし、その際に、サントハイムのまじない石が、それを妨害しようと力を発動したことだけは確かだ。それ以降そういった実験をしていないところを見ると、やつが手に入れた力の増幅とやらは一度きりの代物だったようだな」
「・・・じゃ、じゃあ・・・みんなが無事なのか、わからないってこと?神様でも・・・?」
「そうだ。そして、デスピサロ本人も、把握していないのではないかと思う」
アリーナは首を傾げて自分を見ているマスタードラゴンを、まっすぐ見つめた。
固い鱗の上に手を置いたまま、ぴくりとも動かずにアリーナは竜の神に、すがるように目で訴える。
お願い、嘘だって言って。
サントハイムの人々は無事だと言って。
助けられるって言って。
信じてここまで来た。信じるしかなかったからだ。そのアリーナの気持ちは、痛いほどに他の3人にも伝わる。誰もが、マスタードラゴンが、アリーナの期待に応えてくれることを望んでいた。そうでなければ、あまりにも痛ましい話ではないか!
しかし。
その数々の気持ちをすべてなぎ払うように、マスタードラゴンは最後に無慈悲な言葉だけを、アリーナへ与えた。
とても静かに、そして、それ以上、彼から与える言葉は何ひとつない、といわんばかりに。
「もはや、まじない石の力も全て使い果たした。懸念していたようにサランを離したのは、正解だったようだ。サランの者達は、昔のサントハイム王に感謝すべきだ」
アリーナの大きな瞳に、みるみるうちに涙が浮かび上がった。
まばたきしてはそれがこぼれてしまう。
泣くものか、と見開かれた瞳。
嗚咽を漏らさぬようにと噛みしめる唇。
固い鱗の上で、握り締められる拳。
足をつっぱって、全身をつっぱって、耐えようと全力を尽くすその姿。
マスタードラゴンは、静かにそれを見守るだけだった。

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モドル