預言−2−

村に戻ってから数ヶ月経ったある日。
その日は天気がよく、晴れ渡った青空の下に、村のあちこちには大きな洗濯物を干すおばさん達の姿が見られた。
木の枝と枝を結ぶ洗濯紐に、たくさんの衣類が吊り下げられ、風が吹く度にはたはたと音を立てて揺れている。太陽の光を吸い込んだ衣類は、いつも気持ちが良い。きっと母ちゃんも俺の服を干しているに違いない。
数日前まで雨が多くてなかなか狩りが出来なかったため困っていたのだが、昨日は晴れて足場も固まっただろうから狩りにも絶好の日だった。おかげで村の外へ狩りに出かけていくおじさん達も多く、ドッセルさんと交代で門番をやっていた俺に、みんな挨拶をしていった。その中には、マリアの父親も含まれていた。
あまり俺はあの人と話をすることがないが、無骨に見えるけれど、本当は気持ちの優しい男性だと思う。
あの人は時々、狩りのついでにとってきた木の実を俺に手渡して「母ちゃんにやりな」とだけ言ってゆく。多分、自分の奥さん−あの翼が生えた−にあれこれと家事などを教えてやっている、うちの母ちゃんへの感謝の気持ちなのだろう。それを直接本人に言えないところが、逆に好ましい。俺だって、まだまだ子供だったけれど、男だからわかると思えた。
「ふわー。いい天気だなぁ・・・」
呑気にあくびをひとつふたつ。
何の変わりもない、いつも通りの時が慎ましやかに動いていた。
朝一番で狩りをしてきたおじさんもいたみたいで、出て行った人たちと入れ替わりで戻ってくる。といっても、みんなはそう遠くへ行くわけではない。遠くへいけば人と会う確率もあがるし、それをみんな警戒している。それに、近場でも獲物が取れるほどこの村を囲む山は深く、野生動物たちがたくさん生息しているのだ。
俺は、昼飯はなんだろう、なんてことばかり考えながら、ちょっとばかり暇な門番仕事に飽きてぼんやりとしていた。
「・・・ん?」
突然、大きな雲が頭上に現れたように、それまで暑いほどに照っていた日光を何かが遮った。ぼうっとしている俺でもわかるほど、あまりにも明らかに。
異変を感じて俺は空を見上げる。
「な、んだ」
ごう、という音が耳に届き、地面の草花を強く揺らす風と共に、空もが動いている。
いや、実際に動いているのは雲だけなのだが、俺には空全体が揺れているように見えたのだ。
黒い雨雲のようなものが、村の上にごうごうと音をたてて集まってきている。何層にも重なり合うと、徐々に徐々に村に暗闇を生み出した。
遠くに雷鳴がかすかに聞こえる。今まできいたことがないほどの密度で、何度も何度も繰り返しそれは耳に届く。
山の天気は変わりやすいというけれど、これはそれどころの騒ぎではない。
雨が降るのか、とみんな大慌てで、あっちの家から出てきては洗濯物を取り込み、こっちの家の窓を開けていればぱたんぱたんと閉じてゆく。
ごろごろ、ごろごろと不快な音を鳴らしながら、「それ」は徐々に徐々に近付いてくるようだった。
と、その時、一人の女性が何かを叫んで走り出す姿が村の中心で見えた。
「お許しください!お許しください!」
響く懇願と、響く雷鳴。
そして、ついに村の頭上に黒い黒い塊は集まり、ぴっちりと太陽と村を隔ててしまった。まるで、突然夜がきたかのような暗闇にみなは怯えながら家から出る。
「天の裁きじゃ・・・」
「出て来ちゃ駄目だよ!」
人々の声が交錯して、誰が何を言っているのかよくわからない。俺も、何が起きたのかわからない戸惑いに、ぽかんと阿呆のように空を見上げるばかりだったが、何かよくないことが起きるのだという思いが強まり、走り出した。
「じーさん!一体、何が!」
家の外で祈るように空をみつめている長老を見つけ、俺は叫んだ。
「・・・ついに、裁かれるのか・・・翼もつものがこの地上にいることは、この世界の理から外れること。それをわかっていても、預言通りにわしらは受け入れた・・・いつか、来るとは思っていたが、こんなに早くとは・・・」
「じいさん・・・まさか。これは」
「彼女は、裁かれる。だから、預言は言っているではないか。裁きのいかづちにより、彼女は召されるのかもしれぬ・・・」
「!!」
「翼ある者が残す、と。マリアは、残される者じゃ。残されるということは、残す側は、去るのじゃろうて・・・」
この頃の俺は既に、「翼を持つものが地上に暮らすことは、天空ではご法度」だということを、マリアの母親から聞いていたし、それを村人は全員知っていることもわかっていた。
長老は、その「ご法度」に対して何かが彼女のもとにやってきたのだといっているのに違いない。
俺は長老を問い詰めることを止めて走り出し、村の中央で叫んでいるマリアの母親の側に近づいた。
「マスタードラゴンよ!マスタードラゴンよ!」
彼女は狂ったように叫んでいる。
駄目だ、外にいては。長老が言うように、何かがやってきて、きっとこの人の命を奪うのに違いない。俺はそう思って、彼女の肩をつかんだ。
「おばさん、駄目だよ、家に入ってなきゃ駄目だ!」
けれど、暗闇の中で彼女は強い力で俺の手をふりほどき、また、よろよろと歩き出し、空に向かって叫び続けるのだ。
「お許しください、お許しください。わたしは、まだ、死にたくありません!」
彼女の口から「死」というキーワードが放たれた瞬間、俺はその場から動けなくなった。
それは、「誰かが命を奪う」という人為的なニュアンスを感じ取ったからだ。
長老が言ったように、誰かが、彼女を「マリアから引き離す」のだろう。それをするのが一体誰なのかは知らないし、どういう形なのかもわからない。けれど、預言に「残す」と書かれたからには、彼女も、この村のすべての人たちも、その覚悟が出来ていたに違いない。
(そんな、ことがあってたまるか。預言に書かれていたからって・・・)
その時、聞いたことがない重厚な声が、空の上から暗闇を引きちぎるように降ってきた。
耳を塞いだとしても、その手を抉り取ってでも鼓膜を乱暴に揺さぶりそうな声。

死にたくないのか。許されたいのか。

「・・・!」
情けないけれど、俺は、恐怖に駆られてその場に立ち竦んだ。
彼女はへなへなとその場にしゃがみこんだが、それでも力を振り絞って何かを叫ぶ。そして、空からのその声が、彼女の願いをねじ伏せるように空間を震わせる。
そのやりとりがいくつか続いた後、村の入口から、狩りに行っていた誰かが慌てて戻ってくる姿が見えた。
雷鳴はまだ鳴り止まず、時折遠くで光る稲光で人々は視界を保つことが出来た。
「何をしている、隠れるんだ!」
その声は、マリアの父親のものだ。聞きなれた声に反応して、稲光の中、彼女は叫ぶことを止めそちらを振り向いた。
立とうとしても、力が入らない。そんな様子に俺は気付いて、彼女の側に近づいてその体を起こしてやった。俺自身も体を必死に動かすことが、まだまだ難しい。歩け、手を伸ばせ、俺は大丈夫、俺は大丈夫だから。何度も何度も心の中で自分を励まして、やっと彼女の側に辿り着けたほどだ。
「おばさん、おばさん、しっかりして!」
自分の夫に手を伸ばすように、弱弱しく動く彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
彼女を支えて立たせながら、俺は彼女の横顔を見る。
俺は、翼が生えている人も泣くのだという当たり前のことに、不思議と驚いていた。
俺たちと同じように食事をし、同じように笑い、歌い、家事をして、そして子供も産んで。翼が生えている以外、本当に何の違いもないように思えていたはずなのに、その時、しみじみと、彼女の感情の動きに俺は戸惑っていた。
やっと彼女の体に力が入って、立ち上がったと思った瞬間。

天から、無慈悲な裁きが、下された。

それまで、遠くで見えていた光を全て従えてきたかのような、あまりにも巨大な光の洪水。
空間を引き裂いて、空からまっすぐに激しい光が、彼女の夫の体に落ちていったのだ!
「うわっ・・・!!」
あまりの眩しさに、ぎゅっと目をつぶっても頭痛がするほど目の奥が痛み、俺は叫んだ。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、目を開けるとまだ目の前はちかちかと無遠慮な残光がまとわりつく。
そして。
先ほどまで、元気だった、あの男性は。
「・・・いやあああーーーーーー!!あなた、あなた、あなた、あなた!」
稲光が辺りを照らす。それから、小さな雷鳴。そして、また、遠くで稲光。その繰り返し。
空から落ちてきた雷に打たれ、真っ黒に焦げ付いている姿が、雷光に照らし出されて村人達の目に止まった。
まるで、彼が彼であることを許されなかったように、その姿は原型を留めていない。
「おじさん・・・!!」
嘘だ。
こんなこと、あってたまるか。
俺は、黒焦げた塊に駆け寄った。ドッセルさんもそれに駆け寄って手を伸ばし、しかし、触れることは叶わずに引っ込めた。
むっと、嗅ぎなれない異様な匂いが辺りに広がる。
肉だ。
おじさんは、ただの肉の塊となってしまったのだ。
それが、どんなに優しい人でも、それが、どんなにたくましい人でも同じなのだ。あの雷は、生きて動いて、誰かと愛し合って誰かの心の中で大切に思われているこの善良な人を、ただの肉隗に変えてしまうのだ。それほどまで無慈悲で、抗いようがない巨大な力。あの翼を持つ人は、それに立ち向かってでも地上にいたいと願い、そして、この村に辿り着いたのだ。
涙が出そうだった。
それは、怒りの涙だ。
全身が震えて、かあっと熱くなる。
許さない。許さない。
あの人は「許して」と空に向けて何度も何度も叫んでいたけれど、こんな非道なことをするやつに許されたって、そんなの、ありがたくもなんともないじゃあないか。
あの声は、一体何者の声なんだ。
雲を操り、雷を操り、彼女に、彼に裁きを下す、その不遜な存在は一体何だというんだ。
俺は、お前に許されたくなぞない。俺たちが、この2人を村にとどめたのは、本当は預言のせいなんかじゃあない。
翼がある彼女が、誰からも疎まれることなく暮らすには、この村ほど隔離された場所でなければ無理だということを、誰もがよく知っていたからだ。みんな、口では預言のことを建前で言っていたけれど、本当は、帰るあてのない拠り所のない、永住の地を見つけられないあの人達に同情していたんだ。
人が人を好きになって、一緒に時間を過ごしたいと思うことがそんなにいけないことなのか。
それを助けてあげたいと思う俺たちの気持ちは、無意味なものなのか。
こんな無情な最期を迎えなければいけないほど、彼は罪深いことをしたのか。
ぱあっと空が明るくなった。
見上げれば、空から細い光の帯がいくつもいくつも伸びてきて、翼を生やしたたくさんの人間が、その翼を広げて降りてきた。やつらは、手に武器を持っている。「迎え」なのだとぼんやりと俺は思った。
彼女を殺そうというのか。それとも、連れて行こうというのか。
そんなことは、どっちだっていいと思えた。

これは、戦争なんだ。

天にいる、何かよくわからない、あの腹立たしい、不思議な力を持つ者と、俺たちと。
ふと周りを見れば、村のみんなはそれぞれ思い思いに武器を手にして家から出て身構えている。
マリアの母親を守るということは、預言通りには、させないということだ。
それをわかっていてそうしているのは、どれくらいの人数いるのだろうか。
翼を生やしたやつらは、一斉に彼女に向かって飛び掛っていった。それを引き剥がそうと、村のみんなは向かっていくけれど、彼女に近付くことも出来ず、手に持った武器を槍で弾かれ、突き飛ばされ、地面にどう、とひっくり返される。
「うわああああ!」
俺は叫び声をあげて、やつらの中に飛び込んで行った。
けれど、誰もが分かる通り多勢に無勢。あっという間に俺の剣は弾き飛ばされ、四肢を押さえ込まれてしまう。
地面に乱暴に倒された俺の体にそって、数本の槍が土につきたてられた。
「あなた達の命を奪いに来たのではありません。わたし達は、彼女を連れ戻しに来たのです」
「だったら・・・・だったら、おじさんをどうして!!」
「彼は、裁かれなければいけなかったのです。苦しみは、なかったことでしょう」
「どうしてだ!どうしてだよ!」
俺のその問いに答えずに、不意にやつらは翼を羽ばたかせて空に舞い上がった。
そのおかげで地面に突き刺された槍が抜かれたので、俺はようやく体を起こす。
すると。
暗雲を切り開いたような明るい光の帯が敷かれた空。あまりに美しい光景であることに、俺は怒りを感じた。その帯に乗って、やつらは吸い込まれていくように上昇していく。その中心には彼女がいて、まだ、何かを叫んでいるようだった。
村の人たちはみな、格闘のすえ顔も手も服も土にまみれて、呆然とその光景を見つめているだけだ。
「なんでなんだよ・・・」
すすり泣きの声があちこちで聞こえる中、俺は黒焦げになった哀れな彼を見る。
立ち向かえるはずもない巨大な力に、それでもこの人は背いて立ち向かおうとしたのだ。そして、俺たちもみんな。
足りない。
俺の力は、あまりに足りなくて、どうしようもないほどちっぽけで。
彼の姿を見つめながら、俺は、行き場のない怒りが形を変えた、大粒の涙をほんの少しだけ流した。うつむくと、ぽたりとそれは足元の雑草に落ち、まるで朝露のように転がっていく。
2人の居住者を突然失った家から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
母ちゃんが力ない足取りでその家に入っていく姿が、滲んだ視界の隅にわずかに映った。


「せんせーい」
村の奥にある倉庫から出てきたところを、可愛らしい声に呼び止められ、俺は嬉しくなった。
「おっ、来たか」
「そりゃ、来るよ。約束してたじゃない」
「さっき、シンシアと花畑にいただろ。だから、うっかり忘れちまってるかと思ったぜ」
あの、一瞬にして命を奪われた彼と、もがきながら叫びながら光に包まれて去っていった彼女の娘であるマリアは、村ですくすくと育っていった。あれからもう15年も経っただろうか。
あの悲劇の後、子供がいない夫婦がマリアを育てることになった。マリアは真実をまったく知らないままこの年になり、自分の本当の母親が翼を持つ、空の世界の人間だということすら教えてもらっていない。
ただ、古くからの言い伝えで、この村に生まれた緑の髪の少女は勇者になるのだ、と幼い頃から彼女は村人達に吹き込まれていた。
どこまでそれを彼女が信じているのかはわからないけれど、それなりに彼女は納得して、俺から剣を教わり、長老から魔法を教わって、日々少しずつ力をつけてきている。
けれど、あの恐ろしい力を目の当たりにしてしまった俺たちは、どこまでマリアを育てれば、預言の通りの勇者になるのだろうかと途方にくれてしまう。
俺は諸国を周って多くの剣士に師事してきたが、そこで得た剣術だけを教えるわけではない。
もし、勇者となって彼女が何か大きな力に立ち向かうのだとしたら。その時に共にいられるのは、俺ではないとわかっているからだ。俺は、あんな巨大な力を前にしては今でもちっぽけで役立たずだ。きっと、マリアに相応しい仲間がいつの日かこの村に訪れる、あるいは、この村を出た彼女のもとに集うに違いない。
預言通りであれば、この村を「殻」として育つのだというし、その殻から出て行った後のことは何も書かれていないのだし。
だから俺が教えるのは、一人の強さを追及する剣術だけではなく、誰かと共に戦うための剣。そして、この村から出たことがないマリアが、この世界のどこにいても困らないような、ありとあらゆる知識。それは、この村にいる誰もが持っていない、村から出た俺だからこそわかることだ。
「今日は、ちっと剣術はお休み」
「え?じゃあ、何?」
彼女は顔立ちの整った、可愛らしい少女に成長した。
緑の髪はこの村の外でもそう滅多には見えない愛らしい巻き毛−彼女は嫌っていたけれど−で、ふわふわと風に揺れている。剣を振るうには少しまだ細いけれど、女性にしては固くて美しい筋肉を持っていた。あまり鍛えすぎないほうがいいと思ったので、筋肉を鍛えるのはある程度のところで抑えておいた。それは、俺の心の中で、彼女の本当の母親が大層美しい女性だったという気持ちが残っているからだ。あの母親の美しさは女性の美しさだ。マリアにも、体を鍛えながらでもほんの少しだけその女性らしさを残して欲しいと願っていた。
その意志の強い瞳でみつめられると、時々、嘘がつけなくなる、とすら思える。
「今日は山歩きをしよう」
「えっ、ってことは、村から出るの!?」
「残念。出た気分になって、あれこれやってみるのさ」
「ええー」
「あの、木が繁っている辺りでな」
俺は、マリアに、方角を見失った時の星の見方、太陽の見方を教えたり、木にしるしをつける方法、風を頼りに洞窟の出口を見つける方法、とにかくなんでもかんでも教えてやった。村の中で出来ることには限りがあるから、口頭で伝えたとしても彼女はすぐに忘れてしまうに違いないことも山ほどあった。
けれど、マリアは非常に聡い少女で、一度忘れても二度は忘れることはなかったし、時間を置いて同じことをさせてもかなりの確率で教えたことを身につけていることがこちらに伝わってきた。それが、俺にはとても嬉しく感じられた。
俺が彼女に教えているいくつかのことは、どれもこれも「生きる」という言葉に集約されていたと思う。
「ほーら、間違えた」
「あぁ〜、まって、先生、もう一度」
「もう一度、なんてのはないんだよ」
「・・・むうーーー」
教えたことをやらせて、それが一度出来ないときマリアはむくれる。彼女はよくわかっていて、「失敗しても問題がないこと」と「失敗しては絶対いけないこと」の二種類が世の中にはあると理解していた。負けず嫌いでなんでもかんでもむくれるわけではなく、彼女は後者のことを失敗したときに、自分自身に対して苛立つのだ。
「マリア」
「はい」
「もう一度が許されるのは、運が良い人間だけだ」
重ねて俺がそう言うと、マリアはぴたりと動きを止めて、木々の間で俺の顔を見上げた。
彼女の綺麗な瞳から目をそらさずに、視線を合わせることはなかなかの労力だ。俺が伝えたいことを読み取るばかりか、その奥にある、あの悲劇の日の記憶すら読み取られそうな気がして落ち着かない。
それでも、俺のほうから目をそらすわけにはいかなかった。
「多分わたし、もう、何度も死んでいるわ」
どきりとするその物言い。
多分それが、自分が「死」と背中合わせになることがあるのだと理解していると明確に教えてくれた初めての言葉だ。
そして、俺が教えていた「生きるためのこと」の数々のものの意味も、マリアは正しく理解していたのだろうと、俺には感じられた。
「先生がいてくれる、みてくれているって思っているから、駄目なのね、きっと」
「そうだな」
「でも、先生は、いてくれるんでしょう?」
「え?」
「ずっとわたしに、教えてくれるんでしょう?」
あどけなさの残る顔で、彼女は俺にとても素朴な疑問を投げかけた。
俺はそれにはすぐに答えることが出来ない。
「そうだなぁ、マリアがもっと強くなったら・・・」
「うん」
「そのときは、お前と一緒に世界を回るのも悪くない」
「本当?じゃ、わたしが村から出られるようになったら、先生と一緒にどこか行けるのね?」
「お前が俺の足手まといにならないならな」
そして。
俺が、お前の足手まといにならないのだったら。
マリアと一緒にこの村を出て、かつて俺がそうしたように、あの町へこの町へ。
そうできたらどれだけ楽しいだろうか。

守りたまえ、守りたまえ、守りたまえ

その者に、すべての力を与えたまえ

愛をもってして

そんな預言がなくとも、俺もこの村のみんなも、マリアを守る。
あの日、この村に突然やってきた、俺たちを力でねじ伏せた、姿のない悪意ある者、翼をもつ悪意ある者たち。
マリアの成長と共に俺たちもまた成長し、あの腹立たしい力にいつでも立ち向かえるようにと誰もが未だに思っている。
10年の時を経ても、あの場に居合わせたみんなの心の傷は癒えることがなく、植え付けられた不信の種は、深い深い体の奥底で目覚めの時を待っているのだ。
もし、再びあの声が空に響いても、俺たちは決してマリアを手放さない。あんな悲劇は、一度だけでいい。

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モドル