激昂−1−

デスピサロの進化を邪魔する者。
不届き者。
やがて、進化したデスピサロに滅ぼされる者達。


マリア達にその言葉を浴びせ掛けた魔物は、呪いの言葉と耳障りな笑い声を残して、床に倒れた。
目の前に見えていたはずのその死骸は、マリア達の目の前で、まるで空気に溶けたかのように消えていく。
生物の死後の姿として、まったくもっておかしいものだということは明白だ。
それを見ていたマーニャとミネアは、自分の父の弟子であったバルザックが、進化の秘法によって自らの体を変化させ、最後には同じようにこの世界から「抹殺」されたように消えていったことを思い出していた。
マリアは、しん、と静まりかえった室内で、自分が一番先に物音を立てたくない、とでもいいたげに、その場からほとんど動かずに、魔物が消えた床を見つめていた。
硬質の床は、何故そんな大層な作りにしたのかわからないが、とても人間風だ。もしも、魔物達がそれを好んでいるのであれば、それはなんと不思議なことなのだろう。
いや、建物にこだわるというのは、デスピサロの発想なのだろうか。
それらの「どうでもいい」ことを、目の前で息絶えた魔物に、追求するすべはもうないのだけれど。
「・・・デスピサロからの、なんらかの加護か、進化の秘法の実験を受けていたようですね。己の体を越える力を授かって、自分ではない物になってしまった者の末路です」
ミネアの重々しい呟きに対して、マリアは「そうね」と気のない返事をした。まるで、ミネアの声のおかげで、呪縛から解き放たれたように、するっと言葉がこぼれた。
そして、以前ならば「一体これはどういうこと!?」と驚くような現象が目の前に起こっても、あまり心が揺れない自分にいささか呆れ、溜息をつく。
馴らされてしまった、とマリアは思う。
自分達人間には及びもつかない、よくわからない力とかなんとか。
それを言えば、自分が勇者だと決め付けられていることも、それに含まれていると思う。
そういったありとあらゆるものに心が動かなくなってゆくのは、麻痺したからだろうか?
どんどんそれが当たり前になってゆけば、自分達は人ではない存在になってしまうのではないか?
そんな物思いに引き込まれそうになった彼女の耳に、よく響くマーニャの声が入ってきた。
「これで、残る結界は二つね」
マリアは物思いから解放され、マーニャの言葉に頷く。
「そうね。ね、ミネア、どう。何か感じる?」
マリアがそう言って、ミネアを振り返れば、不快そうにミネアは眉根を寄せてた。
「ええ。また・・・あの城の結界が、弱まりました。感じ取れます」
「あんたってば、便利ねぇ」
「失礼ね。便利、とか言わないで頂戴、姉さん」
「だって便利じゃない。あたし、なーんにも感じないもんねぇ」
「恥ずかしながら、マーニャ殿と同じく」
生真面目そうにライアンも同意をする。
「間違いなく、あともう一息というところでしょう。急がなければ、デスピサロが進化の秘法を完成させてしまいます」
「こっちは、進化することは出来ないから、疲労は溜まる一方なのにね」
「どーする、マリア。一度、あのほこらに戻って回復する?」
「いや、とりあえず、結界を破ってしまいましょう。三人は一度馬車に戻って。残りの二箇所は、サントハイムの三人に出てもらうわ」
「あんたは?」
「わたしは、いい。大丈夫。わがままで悪いんだけど、結界を守るやつら、全部と戦っておきたいの」
あら、とマーニャは驚いたような表情を見せた。それは、結界を守る魔物全部と戦いたい、という発言に対するものではない。
「あんたも、ちょっとは成長したじゃあない。そうよ、あんたの「大丈夫」は、わがままだからよ。以前から、あたし達が心配してるのをよそに、平気でそういうこと言ってたんだから」
「うん。だからね、素直に、言うことにした」
以前の自分ならば、「大丈夫よ。これくらい」とだけあっさり答えて、それ以上の配慮はなかった。仲間達が自分を心配してくれても「大丈夫だっていってるのに」という気負いがあった。
けれど、ここのところ、マリアはどうも、それだけではいけない、と何かに気付いたようだ。それを、マーニャはほんの一言で見抜いて、マリアの成長に関して思ったことを正直に口にする。時にはそれを照れ臭くうざったいと思うこともあるけれど、今日のそれは嫌な感じではない。
ライアンは、二人のやり取りの意味がよくわかっていないようで、目を白黒させている。それへ、マーニャは軽く肘で小突いて
「馬鹿ね。心配かもしれないけど、戦わせて、っていう意味だっていうの」
「は・・・いや、その、それはわかっているはいるのですがな・・・」
「意地になって、肩肘張って、根拠も無い大丈夫を言ってるんじゃなくてさ。わがままを言わせて、ってお願いしてんじゃない。それなら、許してあげる、ってこと」
「??」
ライアンはマーニャの説明では、やはりよくわかってないようだ。ミネアとマリアはくすくす声を出して笑う。どんな顔をして説明したらいいのかと困りながら、マリアはライアンに声をかけた。
「あのね、ライアン。わたしも休んだほうが多分いいんだってことはわかってるんだけど、それでも、戦っておきたいの。ちょっぴり無茶だって自分でもわかってるの。だから、もし、疲れがピークになったら、そのときは交代してくれるかしら」
「それはもちろん!」
「わたし、今まで、そういうこと、素直に言えなかったから」
「ライアンこそ、ちょっとは成長しなきゃーダメなのよ!」
マーニャは呆れたように大仰に両手を広げて、溜息をついた。それに対してライアンが
「女性は、男性よりも細やかな上、表現力がありますからな。どうも、不得手で、いや、その、困ったものだ」
なんて答えるものだから、余計マリアは複雑な表情になる。
女特有の、こういったやりとりを、全部理解するライアンなんて見たくないけど。
そんなことを思いながら。

 

「マリアさん、連戦で、大丈夫ですか」
次の結界を破るため、向かった塔の入口で、マリアは靴を履き直していた。それへ、クリフトが声をかける。
「うん。つらくなったら、ライアンに代わってもらう」
「ほこらに一度戻られた方が」
「ううん、今、ちょっといい感じだから、もうちょっと」
「いい感じとは?」
「天空の剣が」
「・・・」
「マスタードラゴンに、力を引き出してもらってから、やっと使えたんだけど・・・以前と、感触が違ってね。以前より更に馴染んできたから、今、もうちょっとこれで戦いたい」
「そうですか」
靴を履き直して体を起こし、マリアは天空の剣の柄に手を触れた。クリフトは、それ以上多くは聞かず、あっさりと引き下がった。何か理由があるのならば、それでいい。妙な意地をはっての連戦でなければ・・・クリフトのその感情は、いつも「あたしが戦うの!」と言い張りがちなアリーナを心配し続けてきたからこそ、尚いっそう出てくるものだ。
アリーナは大抵は、特に理由もなく−いや、自分が戦いたいから、という気持ちが理由といえば理由なのだが−前へ前へと連戦したがる。そして、マリアも時々、クリフトからすれば無茶をする。両者の「それ」は、多少は種類が違うものの、回復役に回りがちなクリフトやミネアにとってはいつも気がかりなことだ。
「それに、なんかね。なんだろ。変な話なんだけど」
「ええ」
「何かが、来るよーな気がして」
「来る?何かが?」
クリフトは眉根を潜めた。
「うまく説明出来ないんだけど。見ておかないと、いけない気がして」
マリアは、ふと自分が口にしたことを再認識したように、目を見開いた。
「・・・やーね。何言ってるのかしら、わたし」
「胸騒ぎとか、虫の知らせとか言いますし・・・そういうものでしょうか」
「それくらいならいいんだけど。なんか、最近、普通じゃないことも慣れちゃって・・・普通なら、わたしが言ってること、なんかちょっとヘンよね?」
「まあ、多少は・・・胸騒ぎ、というのならわかるのですが、来る、なんていう表現は初めて聞きました」
「ほんと。変な表現ね。無意識だったんだけど」
そう言って苦笑をするマリア。ふっとクリフトと目が合った。
彼は、明らかに自分を心配している顔をしている。それが、なんだか可愛らしく思えてしまう。
「ね、心配してくれてるの」
「はい」
「前は、そういうの、うっとうしかったけど」
「そうみたいですね」
それは、クリフト自身も知っていたことだ。マリアの態度からどころか、言葉にすらされたことだったし。
まだ幼かった彼は、神官としても男としても、無理な背伸びをしてなんとかマリアを支えたいと思っていた。そのおこがましさをマリアに指摘されても、己の未熟さを指摘されても、彼は延々と彼女のことをただただ心配していた。
その、おしつけがましさが、ここ最近突然薄らいだとマリアは思う。クリフト本人には自覚がないだろうが。
今までクリフトがマリアを見るその目は哀れみの色をたたえ、差し出すその手は自己満足にしか、彼女には見えなかったけれど。
「・・・ありがとう。もうちょっとだけど、わたしのこと、心配して。クリフトの力を貸して」
世界樹の木に辿り着いた辺りから、クリフトが何か変わったようにマリアには感じられた。
そして、不思議なことに、彼が変わった頃から自分も変わったように思える。
「心配させてください。残念ながら、それ以上にわたしが出来ることといえば、一所懸命戦うことばかりですから」
「そういうわけでもないのに。でも、そうね。そういうつもりで言ったわけじゃないけど、忘れないうちに言っておこうっと。あのね、クリフトがスクルトを唱えるタイミングは、最近ものすごくいいの。ありがたいわ」
「ありがとうございます。そうであろうと努めます」
「優等生な返事ね」
くくくっとマリアは喉をならすように笑って、「行こう」とクリフトに合図を送った。馬車の横に立っているアリーナは、軽く足首を回しながら「早くいこうよー」とマリアに声をかける。
一行は、三つ目の結界に足を踏み入れた。

地底に来てからというもの、どうも「嫌な感じ」をみな感じ取っている。
それは、自分達が呼吸によって吸い込んでいる空気そのものに、何かが混じっているような、今まで体感したことのない不快感だ。
一刻も早くこの地を去りたい、とマリアは思う。
体力はいくらでも「希望のほこら」という場所で回復は出来るけれど、精神的な部分の回復までは当然行えるわけがない。
しかし、今この地を去るわけにはいかないと彼女は考えていた。結界を消して、彼らはそのままつき進むしかないのだ。一度、この地を離れれば、その間にデスピサロは進化して行くのだから。地上に戻って休息を取るいとまはない。
そう思えば、この圧迫されそうな「嫌な感じ」が非常に厄介に思える。ふさぎこまずに気力を保たなければいけない。
魔物達が強い強くないが問題なのではなく、この地のこの憂鬱な空気が一番の問題だとマリアは思う。
ミネアはそれを敏感に感じ取っているし、実のところアリーナも「なんかここ、嫌」とやたら眉をしかめてもいる。
(一気に結界消して、それから、ほこらで休もう。気が少しは軽くなったところで、体力も回復すれば、ちょっとは違うだろうし)
デスピサロの城への行く手を阻む結界。それを打ち消すために、マリア達は四つのほこらに赴き、番人を倒さなければいけない。
彼らは、三つ目のほこらに足を踏み入れ、番人を探した。
それまでに彼らが足を踏み入れたほこらには、奥に彼らを進ませないように罠が張ってある場所もあったが、このほこらには仕掛けてないようだ。警戒をしつつも、何の障害もなく進むことが出来る。
そして、彼らは予想以上に早い時間で、このほこらの番人をあまりにもあっけなく発見することが出来た。
それはそのはず、彼らの前に姿を現した番人は、「人間の代表であるらしい勇者ご一行」が来ることを、今か今かと待ち構えていたのだから。
「竜!?」
初めにその姿を見つけて声をあげたのはアリーナだ。
「あれはアンドレアル。熱いガスに気をつけないといかん」
ブライが目を細めてマリアに注意を促す。マリアは、仲間の防具に視線を走らせた。
ブライは、水の羽衣を着ている。クリフトは魔法の法衣を着ている。
(アリーナは、ピンクのレオタードね・・・)
クリフトに、ミネアと交代してもらおうか、と一瞬思ったが、やる気になっているサントハイムの三人の布陣を変えないほうが良いとマリアは判断した。
「わたしは、この結界を守る者」
どちらにせよ、それをやろうとしても間に合わなかったらしい。アンドレアル−翼を背に生やした竜−は、マリア達に言葉を発した。
四人は戦闘態勢に入りつつ、その声で誤魔化されぬように、周囲の動きに気を配って緊張の糸を張った。
「命に代えても、結界を破らせるわけにはいかぬ!」
アンドレアルがそう吠えたと同時に、背後に息を潜めていた、同属達が二対、姿を現す。
「三体に増えた。注意して!」
マリアがそう叫んだと同時に、アリーナが「行く!」と声を荒げて、床を蹴った。
「さあ、来るが良い!」
負けじとばかり、アンドレアルはもう一声、宣戦布告の咆哮をあげた。ばさり、と両翼を大きく動かして、マリア達を威嚇する。室内に響き渡る唸り声、はばたきによって巻き起こる風。
それを気にもせず、アリーナは一体のアンドレアルの懐に素早く潜りこむ。
「クリフト、スクルト!ブライ!アリーナにバイキルト!」
マリアは、素早く指示をして、自分も天空の剣を抜いた。
なんだろう。
来る、と、思う。
一体、何が「来る」のだろうか?
それは、この戦いのことなのだろうか?
視界には、アンドレアルに会心の一撃を繰り出して、なんの問題もなく身軽に後退してくるアリーナの姿が入る。そして、クリフトが唱えたスクルトの呪文のおかげで、神の加護の力を授かる感触を受けた。アリーナより先に唱えることは、いくらなんでも無理な話だが、これだけのスピードで唱えてくれれば問題はない、とマリアは思う。
たとえ、彼女が嫌う「神の加護」の力でも。
手に持つ天空の剣すら、マスタードラゴンから力を授かったと思うと忌々しいといつでも思っている。
それでも、今の自分達は、利用できるものはすべて利用するしかないのだ。
マリアは、天空の剣を握り直して、力強く床を蹴ってアンドレアルに切りかかった。


最後に倒した三頭目のアンドレアルは、冷たい床に這いつくばったままでうめき声をあげた。体の下には、血が流れ出している。それすら、見慣れた光景になってしまったな、とマリアはかすかに感じた。
「うぐぐ・・・。ロザリー様を失い、ピサロ様がどれほど嘆いたことか・・・」
竜の言葉に、はっとアリーナが息を飲み込む音が、室内に響く。
イムルの村でマーニャやミネア、ライアン、マリアが見た、あの嫌な夢−ロザリーが息絶えるまで、そして、その時のデスピサロの様子を、あまりにも鮮明に脳に焼き付ける夢だ−をアリーナは知らない。
もちろん、目の前のアンドレアルも、あの夢は見なかったのだろう。
ただ、誰もが事実を知っていた。
ロザリーは、人間達の手で殺された。「ルビーの涙を流せ」と暴行を加えられ、その末に死んでしまった。
デスピサロの腕の中で−−−そのことは、夢を見た人間達と当人しか知るよしもないが。
「ピサロの嘆き?そんなこと、知らないわ」
挑戦的にマリアは答えた。
「マリア!」
−なんで、そんなひどいことを言うの−
マリアを見るアリーナの視線は、明らかに非難の色を浮かべている。
それを気にもせずに、マリアはアンドレアルに近づいて、静かに続けた。
「ピサロに殺された人々の苦しみや嘆きを、お前が知らないように。わたし達があの男の嘆きなんて知る必要はない」
アンドレアルは床に体を投げ出したまま、マリアをにらみつけた。だが、その瞳から光は急速に失われて行く。
それへ、まるで鞭うつようにマリアは言葉を投げた。
まだ、死ぬな。言葉を聞け。竜よ。
まるで、そう呼びかけているように、クリフトには聞こえる。
「エルフ一人の死に対して、人間が全員滅ぼされなければいけないなら。人間一人の死に、お前たち魔物を滅ぼしてもいいってこと?そうしたら、わたし達は何度死ねばいいのかしらね?」
「マリアさん。死にゆく者へ、そのような」
思い余って言葉を挟んだクリフトへは何も返さず、マリアは続けた。
「わたし達に、わたし達の真実があるように、お前達にも、お前達にとっての真実があるんでしょう。それを信じてお前が戦って、その末に死ぬのなら、最後にそんな繰言を聞く気はない。お前が、どれほどデスピサロに対して忠義心を持っていたのかだけを、覚えておくわ」
アンドレアルは、今にも命が消えそうだった瞳をかっと見開き−その目にはもはや、マリアの姿は映っていないのかもしれないが−無様に横たわった体に力を入れ、動こうとした。
「人間など滅びてしまうがいい・・・」
ぐぐっと上半身を反らすように腕の力を使ってどうにか顔をあげると、最後の力を振り絞り、アンドレアルはかすれた声で吼える。
「マリア!」
その様子にアリーナ達は慌てて後退したが、マリアだけはその場に立ったまま、竜を見つめる。
「・・・デスピサロ様、万歳!」
それが、今際の言葉。そして、短い咆哮。
アンドレアルは、反らした巨体を支える力も、いや、命ももはやなく、どう、と大きな音をたててその場に突っ伏した。
瞳を見開いたままの絶命だった。

「だからなんなの」
マリアは、足元に崩れ息を引き取ったアンドレアルを見下ろした。
「どれだけ悲しんだか?じゃあ、家族を、村の人たちを、すべてデスピサロに殺されたわたしがどれだけの思いをしていたのか、お前はわかるの?うちひしがれたアリーナ達の気持ちがわかるの?馬鹿馬鹿しい。こんなところで不幸自慢されるなんて、笑っちゃうわ」
その呟きは小さく、背後にいるアリーナ達には聞こえない。
それでも、マリアの思うところを汲み取ったのか、ブライがゆっくりと諭すように言葉を発した。
「憎しみにとらわれることは愚かなこと。それは、魔物も人間も同じ」
「憎んでないわよ。ちょっと呆れただけだわ」
そう言ってマリアは三人を振り返った。
「みんな、自分のことばかり。身内の心の痛みとかはわかっても、他人のことなんて全然考えちゃいない。残念だけど、そういう人間だって、多いでしょ。わたしもそうかもしれないしさ。でも、どうやら魔物も一緒なのね。何を言って戦うのかと思ったら、ほんっと、呆れた」
そういってマリアは小さく肩をすくめた。アリーナが、彼女にしては珍しく、唇を軽く尖らせて不満そうに問い掛ける。
「ねえ、マリア。じゃあ、どうして、そんなにつらそうな顔するの?」
「わたし、つらそう?・・・ああ・・・そんなの、簡単な話よ」
これまた珍しく、かつんかつん、と音をたててマリアは歩き、アンドレアルの死体に近付く。そっと手を伸ばして、動かなくなったその体に触れながらマリアは答えた。
「可哀想だからよ。マスタードラゴンや天空人より余程、わたし達人間みたなことを言う、この魔物達が。人間的なのに、人間ほど知能がなくて、女を殺されて逆上してるデスピサロを支持してるなんて、なにもかも可哀想だわ」
「マリアさん」
「ロザリーが死んで、どれほど悲しんだか?そのロザリーが、デスピサロを、殺してでもいいから止めてほしいと言ってたってのに。馬鹿だわ。ほんとに。もう」
マリアは、ぽんと軽く竜のうろこを叩いた。
「たとえ魔物でも、その亡骸を傷つけることは・・・死者に対する・・・」
冒涜、とクリフトは言おうと思ったのだろう。それを、ブライが脇から軽く手をあげて制した。
マリアには、そんなつもりはないのだ。それを、この年老いた魔法使いはわかっている。
「この竜は、結構柔らかいわ。マスタードラゴンのうろこは、すさまじかったけど」
そう言ってから、マリアは、自分が叩いたうろこの部分を軽くなでる。不思議と、その手の動きには、愛情すらこもっているように三人には見えた。
「馬鹿だわ。本当に。他の魔物達みたいに、人間が邪魔だから、とか、デスピサロ様が魔物の世界を作ってくれる、とか、そんな単純なことを口に出してくれれば、わたしだって揺れなかった」
命の灯火を消そうとしているこの竜に、あれやこれや、言葉を投げつけるつもりは彼女にもなかったのだろう。
けれど、言わずにはいられなかったのだ。
「・・・マリア」
「眠りなさい。もう二度と、デスピサロのことを考えなくても良いのよ」
そう言って、マリアは、自分の握り拳よりも大きいドラゴンの瞳に両手を重ねた。
人間とつくりが多少違う生物ではあるが、そのまぶたを下ろすことは予想よりも容易で、マリアはその竜の瞳を閉じさせた。
それを見て、アリーナも回りこんで、もう片方の目を閉じさせる。
最後に目を見開いたままで息絶えたのは、マリアから投げつけられた言葉によって、アンドレアルの中で消えかかっていた何かが一瞬取り戻されたからなのだろうか。
アリーナは、痛ましそうな表情をマリアに向けた。
「ねえ、マリア。どうしようもないことって、世の中にいっぱいいっぱいあるんだよね」
「うん。多分ね」
「わたし、魔物って、ただただ悪い生き物だって教えられていたけど、旅に出てから色々わかった」
「うん」
「なんでみんな、悪い生き物だって決めるのかなーって時々思ったんだけどね。そうしなきゃ・・・そうしなきゃ、やってられないことが多いからなんだよね。それは、すごい悲しいことだと思うけど、変えられないのかな」
とっ、とブライの元へとアリーナは軽く飛ぶように近付いた。
「姫様は、この旅で成長なさったようですな・・・」
「ううん、まだまだよ。成長しなきゃダメなんだなーって、そういうことがわかったぐらい。これからも、二人に、あれこれ口を挟んでもらわないといけないかもね」
アリーナは少しだけ照れ臭そうにブライとクリフトに笑いかけた。
その様子にマリアも、ふっと笑みを漏らしたが、すぐに硬い声でクリフトを呼ぶ。
「クリフト。ほんの少しでも祈ってやってちょうだい。デスピサロの心まで思いやった竜が、デスピサロから何の加護も受けていなかったのよ。この三頭は、ほんとうに、ただの、生まれたまま、生きたままの姿の竜だわ」
そういえば、と一同ははっとなった。
他の二つのほこらでは、その場で死体が消えてしまったというのに、アンドレアルは、死した姿のままその場に留まる。普通ならば当たり前である、そのことが逆に、痛々しく思えてしまう。
このアンドレアル達は、デスピサロからのそれを拒んだのだろうか。
それとも、必要がないとデスピサロから思われたのだろうか。
それはわからない。ただわかるのは、この竜が、デスピサロの心情すら感じ取り、それに同情をして、そして、憤慨するほどに豊かな感情を持っていたのだということだけだ。
ふと瞳を閉じると一瞬、マリアの瞼の裏には、ロザリーの部屋に共にいたスライムの姿が浮かんで来た。
ロザリーを愛して、なついて、あのスライムはきっと、今もまだロザリーを待っているに違いない。
知っている。
魔物も、感情があって、相手を思いやることが出来るのだ。
そんなことは、今初めて知ったことではない。
人同士だって、国同士だって、戦争が起きる時には起きる。それとなんら変わりはないのだ。
それでも、やるせない気持ちになって、マリアはアンドレアルを見下ろした。
もはや、瞳を開けることの二度とない、哀れな竜を。


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