激昂−2−

何かが「来る」と思っていたけれど、これではなかったな・・・。
マリアは、アンドレアルが守っていたほこらを後にしながら、そんなことを思っていた。
この調子で一気に結界を破ろう、とみなの気持ちが団結することはありがたいが、マリアはどうも妙な胸騒ぎに落ち着かないし、気分の高揚もない。
「マリア、疲れたかね」
馬車の中で一息ついていると、トルネコが声をかけてきた。
「あ、ちょっとだけ、考え事。どうってことないのよ」
「なら、いいんだけど。無理は禁物だよ」
「うん。ありがとう」
トルネコの言葉には、いつも素直に頷ける。
本当にトルネコは、いつもよく見ていてくれて、そして、本当にたまにだけ声をかけてくれる。
彼が声をかけてくるということは、結構マリアの表情に何かよからぬ兆候が出ているということだ。
気を引き締めなくちゃ・・・そう思うマリアに、今度はライアンが声をかけた。
「さて、どの布陣で、最後の結界を破りますかな」
「そうね・・・続けて、アリーナ達と行こうかな」
「そうですか」
「結界を破ったら、城の探索部隊、ライアンに率いてもらっていい?ここから見ても、馬車は入れなさそうだし、何があるかわからないから、慎重にやりたいの」
「ふむ。もちろんですとも」
「わたしが行ってもいいんだけど、先走りしそうだから」
それをライアンは否定をせず、ははは、と小さく笑い飛ばした。
「勇者殿は、少しばかり大人になられたようで」
「・・・そうかな?」
少し前に、似た話をどこかで聞いたな、とマリアは記憶を探った。
−−−姫様は、この旅で成長なさったようですな−−−
ああ、なるほど、アリーナか・・・。
ふと思うのは。
今はライアンがそう言ってくれるけれど。
旅立つ前の自分を知る人間が、あの故郷の村の人々が今の自分を見たら。
やっぱりライアンのように、ブライのように言ってくれるのだろうか?
それとも、もっともっと驚いたように言うのだろうか?
それは、今となっては叶わぬことだけれど、マリアは少しの間だけ想像をした。想像をしたら、脳裏に浮かび上がった幼馴染、シンシアの姿が離れなくなった。
「アンドレアルめ・・・」
あの可哀相な竜達を責めるつもりは本当はない。これは八つ当たりだ。
知りつつも、マリアはぼそりと呟くのだった。

マリア達が辿り着いた場所には、一人の人間型の魔物が待ち構えていた。
あまり趣味が良いとは言えない、大仰な衣類を身に纏っている。
高位の神官が着用するような型にも見えるが、その割には主張が激しい色使いや、布の分量の多さが胡散臭い。
ぎらぎらとした視線は、マリア達を舐めまわすように、品定めをしているように感じる。
(また、これも嫌な感じがする魔物だな)
「結界を破らせてもらうわ」
マリアが静かにそう告げると、その魔物はにやりと笑みを見せた。
人間型の魔物でも、全部が全部表情を変えるわけではない。が、その魔物は豊かな感情や表情を持ち合わせているらしく、とてもわかりやすい、見る者を不快にする歪んだ笑みを浮かべている。
「ほほう・・・?とうとうここまで来よったか。しかし今では遅すぎたようだな」
「何!?」
「デスピサロは進化の秘法を使い、究極の進化をとげ、やがて異型の者となり目覚めるだろう」
この魔物、デスピサロのことを呼び捨てにしている・・・。
マリアはぴくりと頬を引きつらせた。
その違和感に、何故か体が過剰に反応をして、知らず知らずに強く眉根を寄せてしまう。
アリーナは身構え、クリフトとブライはいつでも呪文の詠唱を始められるように呼吸を整えつつ耳を傾けた。
「変わり果てたやつの心には もはや人間に対する憎しみしか残っておらぬはず。そしてデスピサロは二度と、魔族の王に君臨することなくみずから朽ち果てるのだ!!」
そう叫んで、魔物は両手を大仰に上げた。それはまるで、何かの宣誓のように見える。
マリアは、心臓が高鳴る音を感じつつ、魔物の次の言葉を待った。
そうだ。この口上には「続きがある」。
何故かそんな気がして、マリアはまだ魔物に切りかかることが出来ない。
この魔物は、明らかにデスピサロを敵視している。

やがて、異形の者となり目覚めるだろう

魔族の王に君臨することなく、みずから朽ち果てる

蔑みの色を含んだその言葉達。
マリアは下唇を噛んだ。
彼女には、デスピサロを擁護するつもりなぞないし、何一つ心が動く必要は本当はない。
なのに、この不快感はなんだ。
「お前は・・・デスピサロの、部下ではないのか」
マリアは、魔物を睨みつけながら問い掛けた。
魔物は顔を歪めて、禍々しい笑い声をあげた。それは、その場にいる全員にとって、明らかに不快を感じさせる、嘲笑にも似た音だ。
「わたしが、デスピサロの部下だと!?笑わせてくれるものだ!」
「違うの?」
「冥土の土産にお前たちにも教えてやろう!」
緊張の糸が、マリア達の周囲に無数に張り巡らせられ、まるで身動きが取れないようだ。
それほどまでに、その魔物が次に発する言葉が、自分達にとっては重要だということを、マリア達は今までの経験上に既に知ってしまっている。
−−−来る、とマリアは思った。
これだ。
自分が感じ取っていた「来る」感触。それは、この魔物から発せられる、悪意に満ちた言葉が語る真実なのだと、瞬時に彼女は悟った。
魔物は、声高らかに、まるで勝者の名乗りをあげるように叫んだ。
「人間どもを利用し、ロザリーをさらわせたのは、このわたし!このエビルプリースト様なのだ!」
「何ですって!?よくも・・・!!」
誰よりも早く、アリーナの声がそれへ反応して発せられた。
「お前が・・・ロザリーさんを・・・」
クリフトは唇を噛み締めた。
(まさか、こいつは、デスピサロを煽る為だけに・・・)
それだけのために、あのエルフの命を、残酷な方法で奪ったのか。
クリフトは、自分の中で怒りという感情が吹き上がってくる感覚を堪えた。
(駄目だ、たとえそれが本当だとしても、心を乱されては)
それが、やつの手口かもしれないし。そう思って、平静を保とう、平静を保とうと彼は努力をした。
魔物−エビルプリースト−の口上はそれまでだった。
やはり、あまりにも人間的に、エビルプリーストはにやりと笑みを作り、その手からマリア達に攻撃を繰り出した。
先制で放たれたのは、マヒャドの呪文だ。詠唱の速度はかなり早い。
すさまじい冷気がマリア達を襲い、氷の塊が飛び交う。身を丸くしてそれを防ごうとしている隙に、エビルプリーストの後ろに控えていたらしい、スモールグールが数体、前に飛び出してきた。
アリーナは、マリアからの命令を待たずに、いつもの調子で走り出した。それを咎める者は誰一人としていない。
マヒャドによるダメージで手が多少しびれるが、アリーナはそれにはおかまいなしで突進する。
そして、マリアもまた。
「こっ・・・の野郎・・・!!!」
天空の剣を構えて、彼女はエビルプリーストを強く見据えた。
先ほどのアンドレアル戦と同じく、スクルトを唱えようとしたクリフトは、ふとマリアの様子がおかしいことに気付いた。それへ、ブライが声を荒げる。
「いかん、クリフト、少し下がれい!」
「ブライ様!?」
「見てわからぬのか!帯電しておる!それから、姫様!スモールグールには、打撃は!」
効きませぬぞ、とブライは続けようとしたのだろう。
と、その時、マリアの手に握られた天空の剣から、突然光が放たれた。
「うお!」
「なんだ!?」
その光は柔らかいもので、剣全体が発光したかと思った瞬間、その光はエビルプリーストの体全体を覆うように、まるで光る媒体を変えたかのように瞬時に移動をしたように見える。攻撃の光ではない。では、一体何なのだろうか?
一瞬、何があったのか、ブライにもクリフトにも何一つ判断がつかなかった。
ブライが言うように、スモールグールに対して放ったアリーナの打撃は、まったく無駄な一打に終わっていた。舌打ちをしながら後退をした彼女は、天空の剣からの光に気付かなかったのか、いつもの調子でマリアをちらりと見て声をかけようとした。
「頭、ちょっと冷えたわ。わたしは真中のヤツ(エビルプリースト)だけを狙えばいいのね・・・って、マリア!?」
そして、驚きのあまりに声を荒げるアリーナ。
戦の中、足を止め、目を何かに奪われることは、死へと直結する。それは、この旅の間に重々すぎるほどにわかっていることだった。それでも、アリーナは、自分の目を疑うように、食い入るようにマリアを見てしまう。
「許さないわ・・・」
ばちばちと、マリアの周囲に、小さな雷に似た花が散っている。それは、今までの旅で見たことがない様子だ。
(似た状態は、見たことがある)
ブライもまた、まばたきを忘れたようにマリアを見た。
そうだ、勇者の呪文と呼ばれる電撃呪文「ライデイン」。先日、マリアはそれを習得した。しかし、今、目の前でばちばちと帯電をしているその様子は、「それ」との比ではないと思える。
(これは・・・ライデインよりも・・・)
その様子を見て、エビルプリーストは、まるで歌うように高らかにマリアを煽った。
「それが勇者の魔法とやらか!おお、出来るならば唱えてみろ!人間ごときの魔法呪文なぞ、何一つ恐ろしくない!」
その煽りに何一つ答えず、マリアはエビルプリーストを見据えて、天空の剣を握り締めたままで腕を上に突き出した。
いや、むしろ、それが彼女の答えだったのだろう。
「・・・喰らえ!!」
そして、剣を振り下ろすその瞬間。
「いかん、怒りに任せては・・・!」
ブライのしわがれた声をかき消すような轟音が響く。
まるで、天井に穴が開いたかのように、いや、天井を突き抜けてきたかのように。
鋭い光の洪水に襲われたように、彼らは初めての感覚に体を震わせた!
「!!」
クリフトは、声にならない声をあげ、喉を締め付けるような音を発した。
彼らの目の前で、エビルプリーストと、スモールグールに、雷が落ちてくる。
あまりにも激しい閃光に、アリーナは瞳を閉じて−彼女は、余程のことがない限り、戦闘中に瞳を閉じやしないのだが−腕を前に交差させて身を守ろうとする。
室内全体が揺れるような衝撃に包まれ、びりびりと肌を刺すような雷の刺激がクリフト達にすら届いた。
「あれは・・・ギガデイン・・・!」
「ブライ様、ご存知なのですか」
「見たことは、ないが、ライデインの上位魔法だということは・・・いや・・・それにしても・・・」
落雷に耐え切れず、スモールグール達はその場でみな黒く焼け焦げて倒れている。
が、初めての多量の帯電の衝撃にマリア自身いくらかダメージを負っているのか、少しばかり焦げくさい匂いが彼女から漂っていた。
ギガデインの魔法は、雷をもたらすための雲を擬似的に呼ぶものだ。
けれど、先ほどのマリアは明らかに自らが雷の元になるかのような帯電の仕方をしていた。
それは、修行も何もなしに、怒りを媒体にして突発的に魔法を行使したためだろうか。
本当の理由はわからなかったけれど、ブライはそう思うしかなかった。
エビルプリーストは、雷撃を防ぐために身をすくませたが、それでも、かなりのダメージを負ったようだ。
マリアを睨みつけながら呻き声をあげる。
「な、なんだと・・・わたしの、マホカンタが・・・!」
その言葉を聞き、なるほど、先ほどの自信に満ちた煽りは、それだったのかと合点がいく。
エビルプリーストは前もって、攻撃魔法を跳ね返すための、特殊呪文を施していたのだろう。
マリアは冷静に言葉を返す。
「馬鹿ね。さっきの、天空の剣の光、なんだと思ったの。なんのためにマスタードラゴンから力を貰ったのか、教えてあげるわよ」
「まさか、その剣には、解呪の力が・・・!うぬう、腹立たしいことを!」
「何度でもマホカンタを唱えなさい。何度でも解いてあげる。アリーナ!スモールグールはいなくなったわよ!」
「まっかせて!」
「姫様、バイキルト!」
ブライは冷静に補助呪文を唱えた。クリフトも、遅れをとってはいけない、と気を取り直してスクルトの詠唱に入る。
「許さん・・・許さんぞ!このエビルプリースト様に、傷をつけるなぞ!殺してやる!」
エビルプリーストはそう吠えると、素早い詠唱でバギクロスを完成させた。
四人は風の刃に包まれ、あちらこちらに切り傷を作る。が、その程度では彼らにとっては、痛いどころか、かゆい程度のものにしかならない。
「ブライ、祝福の杖、あるわね?次、アリーナにマホカンタ!クリフト、ミラーシールド持ってたわね!?」
「はい!」
「魔法攻撃がお得意のようだから。封じさせてもらうわ」
そう言うと、マリアは天空の盾を両手で持って、祈った。
彼女の体を、魔法に対するバリアが覆う。それは、エビルプリーストが唱える魔法を跳ね返す、特殊なものだ。
「ご自慢の魔法で、死ぬがいい。わたしは、誰の事だって裁く立場ではないけれど、それでも、お前を許す気は、これっぽっちもないわ!」
マリアは、そう言い放つと、エビルプリーストに向かって走り出す。
その後ろ姿を見つめながら、クリフトはスクルトの呪文を唱えた。

予想以上に、勝負はあっけなかった。
それは、早々にエビルプリーストの攻撃手段や、マホカンタを施していることを看破して対応したマリアの実力によるものだ。いや、マリアというよりも、それは、天空の剣のお手柄であるのかもしれない。
エビルプリーストは最後にアリーナからの攻撃を受け、無様にも前のめりになって、どう、と床に臥した。
「ば・・・馬鹿な・・・。あと一歩で・・・わたしが魔族の王となれたというのに・・・」
顔をあげることも、相当の力を必要とされているようだ。首を突き出すように、あごを支えにしてようやくエビルプリーストはマリアを見上げた。
「・・・言いたいことはそれだけ?魔族の王?は、馬鹿馬鹿しい!ろくなことを言いやしない!」
マリアはエビルプリーストを見下ろして、彼女にしては珍しく、口元を歪めて笑みを浮かべた。
「許さん・・・お前たちだけは絶対に・・・」
恨めしげな目つきでエビルプリーストはマリアを睨んだ。それへ、ひるむことなくマリアは睨み返す。
「許さないのは、こっちよ。お前のような下衆の謀略で、ロザリーが死んだかと思うと、反吐が出る!」
「・・・うぐう・・・・ぐはぁっ!」
エビルプリーストはドス黒い、けれど、決して人間のものとは同じではない体液を口から吹き出して、悶えた。
が、そう思われた瞬間には、その姿はマリア達の目の前から、まるで幻のように消えていく。
後に残った床には、エビルプリーストが吐いた体液が、そこについ今まで魔物がいたことを指し示すように広がるだけだ。
「こいつも、何かの恩恵を受けていたのかしらね」
吐き捨てるようにマリアは言って、一同を振り返る。彼女の形相は、先ほどまでエビルプリーストに対して罵詈雑言を吐いていたそのままのものだ。
「とても、険しいお顔をしておられる」
静かにブライが告げる。それへは、泣き笑いに似た表情を返して、マリアは右肩だけを軽くあげた。
「・・・そうでしょうね。でも、わたし、最初の一発の後は、間違いない指揮をしたでしょ?」
「それは確かに・・・素晴らしい判断じゃった」
「ねえ、マリア、さっきの話・・・・ロザリーが死んだのが・・・」
どういう言葉を選べばよいのか悩みながら、アリーナはマリアに声をかける。が、それへマリアは軽く首を横に振って、それ以上の言葉を止めた。
「・・・駄目。みんなには言いたくないわ。出来れば、アリーナにだって忘れて欲しい」
「な、なんで?」
「欠片でも」
マリアは強く眉根を寄せた。
「ほんの、これっぽっちでも。デスピサロのことを、同情なんて誰にもこれ以上して欲しくないの。わたしは」
「説得力がないとは、このこと」
軽く肩をすくめて、ブライは溜息をつく。
「マリア自身が、誰よりも動揺して、誰よりも怒りに震え、ギガデインの魔法すら行使してしまったというのに。なのに、皆には言うなとは、納得できませぬぞ」
「・・・そうよね。わかってる。わかってるんだけど」
マリアもまた、ブライと同じように、深く息を吐き出した。それは、体の疲労よりも心の疲労を表す溜息だ。
「わたしからは、話たくない。年の功ってことで、ブライにお願いしてもいい?」
「仕方ありませぬな」
それを断わる理由はブライにはない。
「急がなくちゃ。今の話をデスピサロにしたところで、人間に対する憎しみだかなんだかは、ロザリーの件が起きる前からのことだし、止めようがないと思うけど・・・とりあえず、進化の秘法を使われては、何が起こるかわからないしね」
−−ねえ、ライアン、わたし、まだ大人にはなれないみたい。
心の中でそう思いつつ、マリアは三人に「戻ろう」と仕草で合図をして、先に歩き出した。それにブライが慌ててついていく。
2,3言、どうやら先ほどのギガデインの呪文行使について話をしているようだ。
アリーナとクリフトは、それの邪魔をしないように、と少しだけ距離を離れて歩く。アリーナの両目からは、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。それを知っていたがゆえに、余計にブライは、アリーナとクリフトを2人にさせたかったのだろう。
こういう時のアリーナは、クリフトに任せるに限る。それが彼の持論だ。


「クリフト。わたし、悔しい」
「姫様」
「ロザリーのこと」
「・・・ええ、ええ。そうですね・・・わかります」
彼女は気丈にも、涙をごしごしと何度も何度もぬぐって、唇を噛み締めていた。歩きながら、なんと声をかけていいのか、クリフトは躊躇する。
何故なら、クリフト自身も、そのことについては心の整理がついていなかったし、今、考えれば感情的になりそうだと自分を分析していたからだ。それに、たとえ、誰の謀略であのエルフの命が失われたとしても、きっとデスピサロを止めることは出来ないと思えていた。
ひとりきり涙が止まって−それでも、アリーナの頬も、鼻の頭も真っ赤になる程には泣いていたのだが−アリーナはけほけほっと小さく咳払いをした。
「大丈夫ですか」
「うん。ありがと。ね、クリフト」
「はい」
「・・・わたし、こういう時のマリア、怖いの」
マリアの後を追うように歩きながら、そっとアリーナはクリフトに打ち明けた。驚いてクリフトは、目を丸くしてアリーナを見る。
彼女の口からそんな言葉を聞くことがあるなんて予想もしていなければ、実際に聞いた今だって、あまりにそれはアリーナにとって不似合い過ぎ、動揺してしまう。
「何か、いつも本当はマリアは怒っているんじゃないかって思う。心の中で。それって、あたし達への怒りとかじゃないってわかってるんだけど、こうやって・・・時々、つつかれて外に出てくるでしょ。なんかすごくね、うーん。うまく表現出来ないんだけど、それって濃いの。あんまりに濃くって、そんな怒りとかって見たことが、感じたことがなくて・・・」
「姫様・・・」
「ううん、本当に怖いのは・・・怒ってるから怖い、んじゃなくってねえ」
「・・・」
「なんか、こうやって起きて息してる間、ずーっとずーーっとそれを隠して我慢してる感じがして・・・怖いっていうか・・・」
アリーナは上手く表現が出来ない自分をもどかしく思うように、胸の中心を、自分の手で軽くさすった。
「うん。そうだわ。せつないっていうのかな。クリフト、わかる?」
「・・・わかります」
「そうよね。ねえ、もしかしてクリフト、ずっと、知ってた?」
「何をでしょうか?」
「マリアの中に、そういうものが、ずーっとあったってこと。それを、隠してたってこと」
アリーナからの視線はまっすぐで、そして真剣だ。
ためらわれる、と思いつつ、クリフトは「ふー」とまっすぐに息を一度吐き出す。
「そうですね。多分、知っていたと思います」
「やっぱりね」
「でも、姫様、それは、隠していたわけではなくて」
「いいのよ、クリフト」
「姫様」
「そんなこと、弁解することじゃないでしょ。そうじゃあないの。よかったって思って」
「え?」
アリーナの言うこと言うことは、クリフトにとって、言葉通りに受け取ってはすぐに理解出来ないことだらけだ。
「良かった、というのは?」
「んもう、クリフトったら、鈍いんだから」
軽く苛立ったように、アリーナは声を荒げた。そう言われても、クリフトは恐縮することしか出来ない。
「申し訳ありません」
「誰かが、マリアのそういうところ、知っていてくれてよかったなって思って。あたしってば、そういうことって・・・そのー、ね、よくわかってあげられないから。クリフトがいてあげてくれて、よかったなぁって思ったの。もしかしたら、気付いたなかったのってあたしぐらいで・・・みんなはほんとは知ってたのかもしれないけど、ね」
「・・・姫様・・・」
そのアリーナの言葉を聞いて、不覚にもクリフトは胸を突かれたような衝動を受け、目頭が熱くなった。

(そうではないのです、姫様。知っていても)
クリフトは、心の中で、音にして伝えることが出来ない苦しみに苛まされていた。
(知っていても、何一つわたしは彼女の力になれなくて。それでも、知っていてあげただけでも、よかった、とあなたは言ってくださるのでしょうか)

アリーナのたった一言で、自分だけが救われてしまうなんて。
そうではない、とクリフトは軽く頭を横に振った。
(違う)
自分が救われただけでは、何も解決しないし、その救いは、自分がそうでありたいと思っている自分自身を見失わせる。
ありがたいけれど、つらい。そして、あまりにも遠い、と思う。
デスピサロを倒せば、サントハイムの人々は元に戻るのではないかという、はかない期待は胸の中にある。
けれど。
デスピサロを倒せば、マリアの心は癒されて救われるのかと言うと。
その期待は、明らかにクリフトの胸の内にはない。悲しいことに、そう断言出来てしまうのだ。
それを思えば、マリアとの旅の終わりが見えてきたことが、むしろ彼には恐ろしくすら思えた。
アリーナは、「せつない」と表現をした。自分の心情も、その言葉に当てはまるのだろうか、とクリフトは少しばかり悩む。
「・・・あ」
それもまた、少しばかり違うのかもしれない、と思い当たる。そうだ。せつないではなく。
あえて言葉にすれば、やるせない。
それをアリーナには告げず、クリフトはただひたすら、彼らを待つ仲間たちのもとへと足を急がせるのだった。


希望のほこらで体力を回復した後、一行は目の前に聳え立つ、禍々しい、不快さを感じさせる城の入口で足を止めていた。馬車を引くパトリシアは明らかに怯えており、前に進んでは止まる。手綱を握るトルネコが何度も声をかけてやって、ようやく城門まで辿り着くことが出来たほどだ。
四つの結界を解くまでは、その城門に近付くことも出来ず、何か目に見えない壁で遮られているような状態だった。
一体結界とはどういうものなのか、どうやって作られるのか。理解出来ないことだらけだ。
けれど、そんなことがわからなくとも、自分達が前進出来ればそれで構わない、とマリアは思う。
以前は「一体何なのだ」とか「どういう意味なのだ」などと、目の前の物事についてあれこれ考えて足を止めていたけれど、ここまでくれば、自分達にとって残されていることは、ただ目の前にの道を切り開いてデスピサロを倒すこと、それだけだ。
それ以外のことをあれこれ追求しても、時間の無駄。そう思いこむことに決めていた。
エビルプリーストの一件で、マーニャもミネアも、ライアンもトルネコも、みな一斉にいきり立ったけれど、心を揺らしている暇が無いこともまた、正しく理解をしていた。
進化の秘法を使って、どう変化してしまうのか。そして、「人間に対する憎しみしか残って」いないとしたら、一体何が起きてしまうのだろうか。想像が出来ないことというのは、想像以上によからぬ事態が起きると考えていいものだとマリアが言えば、皆は同時に頷く。
「入り口は広くないわ。馬車は入れないわね」
「とりあえず、中の様子を見てきたほうがいいかもしれないねえ」
御者台から「よっこらしょ」と声をあげて降り、トルネコはいつもと変わらぬ様子で提案をした。
「そうね。どうしようかな」
そうマリアが考え込むと、即座にミネアが手を挙げた。
「マリアさん、わたしに行かせて下さい」
「ミネア、言っとくけど」
そして、それにマリアもすぐに応える。
「何かあったら、メガザルを、とか、考えないでちょうだい。あなたが、自分で修行をして、覚えてくれたのは嬉しいけれど」
メガザルは、ミネアがつい最近覚えた呪文だ。残念ながら、ミネアは「ザオリク」という完全蘇生の呪文を操ることは出来ないけれど、その代わりにこのメガザルという呪文を自分自身のものにした。
自分の命と引き換えに、力尽きてしまった仲間達を甦らせる、自己犠牲呪文だ。
その効果の範囲ははっきりとは判明しておらず、甦らせる対象の定義も魔道書などに書いていないけれど―とは、ブライが言っていたことだ―少なくとも、今までの戦いのように、お互い近い場で力を合わせて戦っていれば、メガザルの恩恵にあやかれる範囲に行動していると言えるようだ。
が、マリアはその魔法をあまりよく思っておらず―それは、習得したミネア自身もそうだったのだが―出来る限りそれを行使させたくない、とミネアに念を押す。
「ええ、わたしだって、好き好んでそう思っているわけではないですよ。でも、ここは、わたし達が生きている場所とは違う、魔界と呼べる場所に近い世界です。ですから、様様な可能性は、何もかもゼロではありません。ですから」
「・・・うん。確かに本当はミネアには行って貰いたいかな。色々、気付いてくれそうだし。マーニャ、ミネアのお目付け役になって」
「はいはい。いつもと逆ねえ?」
くすくす、とマーニャは笑い声をあげる。

「約束よ、ミネア。メガザルのことは出来るだけ忘れて、慎重に行って、慎重に帰ってきて頂戴」
「はい」
「わたしは、誰かが誰かの代わりになるなんて、嫌なんだから」
「はい。出来る限り唱えないと、お約束します」
「ありがとう」

「じゃあ、少しばかり恐いけれど、わたしも行こうかな。大事な戦闘では役に立てそうもないから、様子を見るくらいならね。それに、マリア達は連戦だから、ちょっとは休んでいたほうがいいしね」
続いてトルネコが手を挙げる。
結局、マリアやアリーナ達は少し休んでいてもらおう、ということで、ライアン、マーニャ、トルネコ、そしてミネアの4人が、城の探索に向かうことになった。



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