激昂−4−

マリアとクリフトを馬車から降ろしてから、アリーナ達はゆっくりと城門近くへと戻っていった。
地底には魔物達がうようよと生息していたけれど、アリーナとブライの2人ならば大丈夫だろうとマリアは思った。
未だ気がつかぬクリフトの体を背負い、引きずるようにマリアは進んだ。
馬車から、ほこらの入口まではさほどの距離ではない。
それでも、なんだかそのわずかな距離が、やたらと遠く感じてしまう。
力ならば、間違いなくクリフトよりもある、とマリアは自負していた。それでも、想像していたよりもクリフトの体は軽くなく−かといって、重くもないのだが−楽に運ぶことが出来ない。
クリフトの足先は、ずるずると地面に擦れて靴の先が汚れていく。しかし、それに構っている暇はマリアにはない。
希望のほこらに足を踏み入れると、彼らの癒し手としてそこに存在する、ゆらゆらと妖しく揺れる炎がマリアの視界に入った。
「お願いがあって、来たの」
マリアがゆっくりと近づくと−クリフトを背負っているため、嫌でもゆっくりになってしまうのだ−その炎は一度大きく揺れ、輪郭を変えた。色が少しずつ変化していき、質感までもが変わっていくその様は、何度見てもマリアは見慣れない。
炎はやがて、天空人の女性の姿に変わり、言葉もなくマリアを見た。
「クリフトが、わたしのギガデインの衝撃で・・・全然反応してくれないの」
「・・・勇者マリアの、ギガデインで」
ようやく彼女は言葉を発し、一歩前に踏み出した。マリアはクリフトを慎重に床に下ろして、眉根を寄せて訴えた。
「わたし達の中に医者はいないから・・・よくわからなくて。あなたなら、わかるんじゃないかと思って、来たの」
天空人の女は、クリフトの側にそっと跪き、彼の胸元に手をかざした。それから、体のあちこちを手のひらでさするように、くるくると動かす。
その様子をマリアは静かにみつめてから、次に、まじまじと天空人の女の横顔を見た。
ルーシアのようには若くないけれど、決して年老いてもいない。顔に出ている様子よりも、その背の翼の方が余程年齢を感じさせる。
ひとつひとつの羽根が細っているような貧弱な翼。
多分、その羽根の枚数も少ないのだろうと思う。
不思議とその様子は「老い」というより「哀しみ」をマリアに感じさせ、その翼を正視することが難しいと思える。
「あなたの力は大きいのですね。勇者マリア」
「えっ?」
「この青年の体の細胞達が驚き、仮死状態になっているようですね」
「かし・・・??」
「びっくりして気絶をするときは、意識だけを失いますが・・・今、彼の体を構成する多くのものが眠っているような状態です。生きるための器官はもちろん動いているのですが。これを覚ますのは、確かに普通は容易ではないでしょう」
「どうすればいいの」
「それは、わたしが出来ますから。ただ・・・それよりも、何故あなたのギガデインが」
マリアは、下唇を噛んだ。
わかっている。この天空人の女はマリアを責めているのではない。根堀葉堀聞こうとしているわけでもない。
ただ、またこのようなことが起きるのではないか、という懸念で聞いているのだろう。
「・・・制御が出来なくて。怒りに任せて、ギガデインの魔法が発動する」
言いたくない、と思いつつ、少しばかり投げやりにマリアはそう言った。
天空人は驚いたように瞳を見開き、「なんてこと」と小さく呟く。
「ギガデインは勇者の呪文。そして、生半可な力では制御できないため、余程の魔力を持たなければ、行使することが難しいもの。どういう形であれ、それを発動させるということは、あなたが勇者であるという証」
「・・・でも、こうやって、味方を」
「怒りに任せて、とあなたはおっしゃった。理由はわかっているのですから、難しいことはないでしょう。あなたが持ち合わせている怒りは、行き先のない怒り。それゆえ、制御が出来ないのでしょうね」
「それは、怒りを抑えろということなの?難しいも簡単もないわ。イライラっとなったかと思ったら、勝手に体のまわりが、ぱちぱち言い出して、蓄えられちゃう感じなの」
「それは、どれほど考えようと答えのない、いいえ、今のあなたがまだ答えを得ていない事象を、心の中で繰り返しているからではないですか」
その言葉にマリアは、はっと胸を突かれたように息を飲み込んだ。
まだ答えのない、答えを得ていない。
どれほど考えようと、それはどうしようもない繰言で、ただ怒りを発生させるだけのことなのだ。
まったくその通りだ、と思う反面、何故そこまで言い当てられるのか、薄気味が悪い、とマリアは目を細めた。
「あなたは誰」
「・・・わたしは、希望のほこらで、あなた達を待ち続けるだけの者です」
「こんな、観念的な問答をしておいて、そんな答えを信じろっていうわけ?」
「わたしは、マスタードラゴンから、この地であなた達を癒すことを許されました」
「・・・許された?」
その言葉の使い方に、マリアはぴくりと反応をした。が、それがどういう意味を伴っているのか、までは彼女には理解が出来ないし想像も出来ない。
「それ以上、あなた達に告げることはありません。本来、こうして言葉を交わすことも、わたしには許されていないのですから。けれど、癒し手としてここにいる以上、この神官を放置するわけにはいきませんから」
だから、色々と話をした、という意味なのだと、それぐらいはマリアにも理解が出来た。
確かに、この天空人は、必要最小限のことしか口に出さず、ただマリア達を回復させては、炎の姿に戻るだけだった。
ここまで意思をはっきりもって会話をすることは、初めてだ。そして、それすら本来「許され」ていないのだと言う。
天空人は、クリフトの額に手をあてた。その手は小さく光だし、やがて、その光はクリフトの体を覆う。
「これで、あとは彼の体が目覚めるのを待つだけです。少しばかり、時間がかかるかもしれませんが」
「ありがとう・・・」
マリアは、礼を言いながら天空人を見つめた。
本当は、もっと心から礼を言って安心するべき場面だと、マリアの中で冷静に状況を見ているもう一人のマリアが、そっと自分の脳に対して囁いている。けれど、彼女は、先ほどまでの天空人との会話に、嫌になるほど気がとられていた。
ギガデインの魔法を発動させることが出来る。それは、自分が勇者である証。
そして、今、それを発動させているきっかけは、行き場のない自分の怒り。
「わたしの、怒りの行き場がなくて、当然だわ・・・だって、わたしが憎いのは」
デスピサロではない。マスタードラゴンではない。
いや、それらのものは、確かに、心の深い部分で常にひっかかりを見せており、いつだって自分が倒すと思っていた、憎むべき対象だ。
けれど、それは行き場がない思いではない。
対象物が明らか過ぎるほど明らかで、目に見えて、そして、剣を向けることが出来る。
自分が「そうしよう」と思えばいつでも対峙することが出来て、その憎さを反動にして、切り捨てようと能動的に動くことが可能な対象物。
天空人は、そのマリアの視線を真っ向から受けていたが、ふいに表情を軟化させ、静かに問い掛けた。
「何を、憎んでおいでなのですか。あの、デスピサロという魔族の若者ですか。それとも、天におわす、竜の神ですか。それらのものは、形あるもの。行き場があるものと言えましょう」
マリアは、彼女の問いの最後に、マスタードラゴンの名があがったことに動揺をし、戸惑いの表情を見せる。
それを、何故、いち天空人が気付くのだろうか、と。
「・・・天空人は、知っているの。勇者マリアが、マスタードラゴンを討とうとしていることを」
「いいえ、存じておりませぬ。特に、我々天空人には、天空人の倫理や観念といったものがありますゆえ、そのようなことは、夢にも思わぬと」
「じゃあ、何故あなたは、そうだと思うの」
「もしも、わたしが人間ならば」
「・・・」
「そう思うのかもしれないと・・・判断したからです」
静かな声。
今まで、明確にマリアに対して「マスタードラゴンが憎いのか」と言葉にした人間はいなかった。
天空城での一件後でも、ライアンはあれ以上はマリアに何も言わなかったし、クリフトもまた、そのことについて彼女を問い詰めることはなかった。
けれど、よりによって今、天空人からその言葉を聞くとは。
「以前は、憎んでいたわ。でも、今は違う。きっと。ただ、それが、わたしの役目のような気がするから」
マリアは、泣き笑いの情けない顔を向けた。
静かなほこらの中で、覚悟を決めて紡ぎだされた言葉は、止まらないような気がした。
ああ、これは、あの時に似ている。
マリアはそう思う。
あのエンドールの夜。教会で、クリフトに対して「懺悔」というものの真似をした時。
気がつけば言葉が止まらなくなり、そして、いつまで話しても肩の荷は下りなかったし、息苦しさは軽くなりやしなかった。
「わたし、もう、わかっているのよ」
「・・・勇者マリア・・・」
「あの竜は、わたしに裁かれてもいいと、思っているんだって」
「!」
「出来れば、そんなこと、知りたくなかった。あの竜は卑怯だわ。デスピサロを討つこと、世界を救うこと、あれもこれもわたしにまかせた挙句・・・自分がしでかした過ちだとか、自分が充分わかっていながら仕組んだことの裁きすら、全てわたしにさせようとしているんだわ」
マリアは下唇を噛み締め、天空人を見た。
「違うかしら?あなたは、話がわかる、頭が良さそうな天空人だと思うから、こうやってわたしもさらけだしているけれど」
「・・・聡いのは、あなたです、勇者マリア」
天空人は首を軽く横に振った。と、その静かな面差しが翳り、見る見るうちに彼女の瞳には、涙が浮かび上がってくる。
「そこまで・・・そこまで、あなたはわかっておられるのですね」
「会うまでは、ただ憎んでいればよかった。それがどれだけ楽だったのか、今は嫌って程わかる」
だん、とマリアは足を一度踏み鳴らした。
倒れているクリフトのことを既に忘れてしまうほど、彼女は苛立ち始め、その言葉達は勢いを増していた。
「最初は、いくらデスピサロを倒したとしても、わたし1人の力じゃあ、あの竜を倒せないだろうから・・・だから、軽く見られているのだと思っていた。だけど、あれこれ考えているうちに、もしかして・・・って、可能性が見えてきた。わたしの本当のお父さんは、昔、天からの雷で命を落としたらしいってこと、わたし、知っているの。どうして、そんな、わかりやすくて腹の立つ、人間にとって憎まれても仕方がないほど簡単に、力でねじ伏せようとしたのか、それだけはいつも合点がいかなかった」
「・・・」
「本当なら、死ぬべき、雷で命を失うべき方は、天空人である母ではなかったかと思う。何故、それなのに、地上人である父をマスタードラゴンが殺したの?」
マリアの瞳にも、涙が溢れ出した。声が僅かに震える。
それでも、最後まで言おう、と彼女は拳をぎゅっと握り締めた。
「どうして、あなたが生きて、あなたの夫が死んだのか。そんな、馬鹿げた話、おかしいとわかっていたでしょう!?」
「・・・マリア!!」
「天空人が天空のものに裁かれるのは、仕方がない。地上人ならばそう思うわ。でも、あの竜が命を奪ったのは、地上の人間でしょ?何故殊更に、そんな、ひどいことをあの竜がしたのか・・・その時にはもう、始まっていたんじゃないかと思う」
天空人は、両手で口を覆い、子供がいやいやをするように首を横に乱暴に振った。
こぼれた涙はその手の甲を伝い、彼女の顔の動きに合わせて様様な軌跡を残して床に散る。
あまりにも突然の告白で、彼女は怯え、マリアになんと答えて良いのかわからなくなり、数歩後ろによろめいた。
「そう思わない?お母さん」
そのマリアの問い掛けに、彼女は答えられぬまま、肩を震わせて目を伏せた。
答えてはいけない。
−−−こんな時までも拒絶をしなければいけないほど、自分の罪が深いなんて。
と、その時、何かに反応をするように、ぴくりと彼女は体を震わせた。泣きはらした瞳を開け、嗚咽を堪えるため口に添えていた手を静かに下ろした。そのタイミングは、彼女にとっての、相当な救いになったに違いない。
「・・・勇者マリア。あなたの仲間が、あの忌まわしい城から戻ったようです・・・みなさん、無事のようですね」
「よかった」
それには、素直にほっと胸を撫で下ろす気持ちで、マリアは安堵の息を漏らす。それから、泣いてしまった自分を恥じつつ、マリアは両目を軽くこすった。
「勇者マリア。迎えに行ってあげてください。みなさんを、回復してさしあげましょう。その間に、わたしはこの神官を目覚めさせておきますから」
「・・・わかった。よろしくお願いするわ」
そう言ったマリアの言葉は、目の前の女性を「回復してくれる天空人」としてみなしている、それまでと変わりのない声音で発せられた。

「わたしは・・・」
マリアがいなくなった室内で、クリフトはゆっくりと上体を起こした。
彼を上から覗き込んでいる天空人の顔を確認して、自分がいる場所が、希望のほこらであることをようやく理解したらしい。
「あなたは、勇者マリアのギガデインの衝撃を受けて、一時的に仮死状態になっていたのですよ」
「・・・ええ・・・ギガデインが・・・」
慌ててクリフトは起き上がろうとしたが、眩暈に阻まれて、一度そのまま床に腰をつく。
「ゆっくりと、体全体がきちんと動き出すことを確認して、静かに起きてください」
「・・・さきほどまで、マリアさんがいらしたようですが・・・」
天空人が差し伸べた手を助けにして、クリフトはもう一度起き上がろうとした。
ああ、実体に触れることが出来るのだという驚きも、起き抜けの頭に対しては、なんだか妙にぼんやりとした曖昧な刺激にしかならない。
「勇者マリアが、あなたをここに連れてきました。今、あの城から戻った仲間達を迎えに行っています」
「ありがとうございます。あなたが助けてくださったのですね。感謝いたします」
ようやく立ち上がることが出来たクリフトは、ゆっくりと頭を下げた。
「災難でしたね」
「・・・いいえ、災難というよりも・・・なるべくしてなったことですから・・・」
苦渋の表情でクリフトは小さく呟いた。
その言葉に彼女は驚きの表情を見せ、それから、静かに問い掛けた。
「勇者マリアがいた、と、何故おわかりに?」
「意識がない間も・・・遠くで、あなたとマリアさんの会話が、うっすら聞こえていたので。その、盗み聞きをしていたとか、そういうわけではないのですけれど・・・」
「そうですか。いえ、全身の機能が同時に回復するわけではありませんから、音が先に聞こえていても、確かにおかしくはありません・・・あなたは、勇者マリアのことを、何かご存知のようですね」
「・・・いえ、多分、存じ上げていません。存じ上げていると思う部分もありますが、それは・・・とても、少ない、欠片のようなものだと思えます。不甲斐ないことです」
クリフトは目を伏せた。
己の未熟さを痛感する。
力になれたら、と思った。辛い時は、一緒に空を見ることが出来たら。側にいて、彼女の感情の動きを感じ取りたいと思った。
けれども、自分の力はとてもわずかで、ちっぽけなものだ。一緒に見上げたあの空は、彼女にとって時には、あの竜の神がいる場所として憎むべき場所となったかもしれない。彼女の感情を感じ取って、揺れているのは自分自身のほうだった。
だから、覚えていたはずの、あの痛烈な彼女の言葉を心の中に封印していたのだ、と彼は悔いた。
それから、まだマリア達が戻っては来ていない事を確認して、彼は天空城で確認しそびれたことを天空人に問おうとした。
それは、先ほど意識がなかった間にマリア達がお互い確認していたことではあったが、朦朧とした状態で聞いていたため、再度確認しておこうと思ったからだ。
「・・・あなたは、マリアさんの、お・・・」
それには、彼女は素早い反応を見せて、彼に「黙れ」というジェスチャーを見せた。
あまりにもそれは早く、そして、力が入った動きで、クリフトは圧倒されて口を閉ざす。
「言わないで下さい。わたしは、一時的にこの地にこの身を送ることを許された身。マスタードラゴンの逆鱗に触れれば、ここで、あなた方を癒すことも出来なくなりましょう」
「・・・あなたの、む・・・マリアさんは・・・」
言おうとした言葉を止め、クリフトはマリアの名を言い直す。
「・・・自分を憎んでいらっしゃると言いました。わたしは、彼女の村の人々が亡くなったことを存じ上げております。マリアさんは、それを止められなかった未熟な自分、その日までに勇者としての心構えが出来なかった自分、それゆえに、あんなに深くご自分を憎んでおられるのでしょうか。わたしには、まだ、彼女のことがわかりません。時間が、あまりにも足りないのです」
言葉を選ぶことは、なんと難しく、そして、選んだ言葉達が正しかったのだと、誰が教えてくれるのだろうか?
そんなもどかしさに軽く苛立ちつつも、クリフトは彼なりに、その天空に生まれた女性に問い掛けた。
「何をおっしゃるのです。時間は、たくさんあるでしょう?」
「えっ」
「あなた方の人生は、デスピサロを倒すための人生ではありません。あなたとマリアの信頼関係、他のみなさんとの関係は、デスピサロを倒せば終わってしまうものなのですか」
「・・・違う・・・違います!」
「ならば、時間は、充分あるでしょう。生きている間、ずっと、人は人を知ろうと、愛し続けるものでしょう。相手のすべてを知った、と線を引く愚かなことなど、誰も出来るわけがないのですから。例え、デスピサロを倒した後、離れ離れで生きることとなっても、その気持ちが続く限り、ほんの僅かずつでも知ってゆくことが出来るのではないですか」
静かな言葉。
彼女の言葉は、ルーシアが持ち合わせていたような、天空人の道理とは違う。クリフトはそう感じた。
そう思えばそう思うほど、確信に満ちた、言葉にすることが許されない確固たる事実を彼は実感する。
やはり、この人は、マリアさんの。
一度でも、自分達と同じ大地に降り立ち、自分達と同じく人を愛して、子を生した者なのだ。
クリフトは、涙腺が緩みそうになり、拳をぎゅっと握り締めた。
それは、あなたも一緒ではないか。
天と地に引き裂かれた母と娘。
離れ離れで生きることとなっても、あなたは彼女のことを思っていたのではないか。
そう訴えたい、叫びたい衝動に駆られたが、彼はすんでのところでそれを止めることが出来た。
代わりに口から出るのは、苦しい言葉だ。
「けれど・・・今、マリアさんのことを・・・ご自分を憎んでいるあの人を助けることが出来なければ、意味がない」
「勇者マリアの心は、勇者マリアが一番よく知り、そして、どれほど自分がかたくななのかもわかっていることでしょう。彼女は、彼女の父親に、気性がよく似ているようです」
「・・・!」
それ以上の、親と子のキーワードを彼女は口には出さなかった。
「勇者マリアに伝えてください」
「はい」
「ギガデインの魔法は、勇者の最強呪文ではありません。勇者の最強呪文は、ミナデイン」
「ミナデイン」
「それは、天にいる竜の神が操る雷に匹敵するもの。それを得て、初めて、竜の神と肩を並べる力となることでしょう」
クリフトは、どくん、と胸の鼓動が高鳴ったのを感じた。
「けれど、マリア一人で行使することは出来ません。それには、魔法の力を持つ仲間達からのサポートが必要です。それは、人として魔法を行使するには限界を超えた負荷がかかるからです」
「・・・複数人での行使、ということですか」
「そうです。当然、それはギガデインよりもより巨大な力を持ちます。このことをマリアに告げれば・・・彼女は、ミナデインを一人で行使出来るようになりたいと願うことでしょう」
「・・・そんなことが可能なのですか」
「わかりません。けれど、天空人の血を引いた彼女であればもしかして」
「!」
「もしも、それを目指すのであれば。ギガデインごときで惑っている時間など、そちらの方がないはずです」
「あなたは、マリアさんが、その、ミナデインという魔法を身につけて・・・何をなさると思っておられるのですか」
「デスピサロを倒すのでしょう?それ以外のことは、わたしには、わかりません。わかることといえば」
天空人は、静かに首を横に振った。
「あの、愛しい少女が強くなるためには、憎む対象が初めから必要だったのだということです。この世界のどこにいる誰が一体、あなたが勇者です、と言われて、素直に世界を守ろう、強くなろう、と思えるというのですか」
「・・・っ・・・」
「あなたなら、出来ますか。心優しい若き神官よ」
聞きたくなかった。
クリフトは、首を横に振った。
それだけは、残念ながら即答出来ると思う。
たとえ、どれほど多くの人々が自分に期待をかけても。
クリフトよ、お前は世界を救う勇者だ。このサントハイムを守るため、旅立つのだ。
たとえ、アリーナの父王にそう言われたとしても、自分はそんなことは出来やしないと思える。
アリーナのように「強くなりたい」と闇雲に思うような性格ならば出来るだろうか?
いや、それはわからない。
ライアンのように、王宮戦士として常日頃鍛え上げていた、経験もある戦士であれば。
あれほど「勇者を守る」という、あてのない旅を続けていた人間であれば、あるいは。
いいや、それは、彼の年齢、経験、全てが揃ってようやく出来ることだ。
マリアとクリフトの年齢は、そう変わらない。
であれば、ライアンと比較をすることは、意味がないように思える。
「それを、わたしに言ってどうしろというのですか。それを、マリアさんに告げれば、更にあの人はご自分を憎むに違いない!」
クリフトは叫んだ。
「竜の神が、初めから憎まれることを覚悟で、むしろ、そうするために殺戮に目をつぶったとでも言うのですか?それでは・・・それでは、結局、あの人の元に残るのは、未熟だった自分への怒りではないですか。まさか、竜の神は、待っているとでもいうのですか!」
「・・・勇者マリアは、もう、それを知っています」
「マリアさんが、世界を救うために、ずっと抱いてきた、初めの怒りを・・・いつまでもくすぶり続ける、あの怒りをぶつけるために、あの天空の城で待っているとでも!!」
裁かれても、いいのだと。
だから、マスタードラゴンは、マリアが何を言っても怒りを表すことなく、ただ静かにあの場でマリアからの言葉の石つぶてを受け続けたのではないか。
それは、神なのか。
神という存在が、人に自らの裁きを委ねるのか。
そうではない、とクリフトは強く思う。
やはり、あの空の城にいた竜は、神であって神ではないのだ。
わかっていた今更のことを、彼は神官としての立場を覆さずにすむように、何度も何度も心に言い聞かせた。
それでは、あの竜は何者なのだ。
そして。
マリアの怒りの矛先は、今、どちらへ向いているというのだ。
「違うわ、クリフト」
凛と室内に響く声に、クリフトはびくりと体を震わせた。
激したクリフトの言葉に耳を傾けていた天空人も、その気配には気付いていなかったようで、驚きの表情で入口を見る。
「未熟だった自分に、腹がたっているんじゃあ、ないの・・・どこまで行っても、あの竜が仕組んだはかりごとから逃げられない、そんな自分が嫌で嫌でしょうがないのよ」
「マリアさん」
見れば、既に馬車は希望のほこらの前に到着しており、ライアン、マーニャ、ミネア、そしてトルネコが、あちらこちら軽い傷をつけたまま中に入ってきた。
「クリフトちゃん、なんだぁ、元気じゃない。アリーナとブライが心配してたわよぉ」
少しばかり腕に擦り傷が残るマーニャが、からかうように笑って声をかける。そのおかげで、場が一瞬だけ軟化したようにも思えたが、マリアの声音は未だに厳しい。
「みんなの回復をしてくれるかしら。あと、クリフトを、助けてくれて、本当にありがとう」
天空人に礼を言っているけれど、その声は硬い。平静を保とうとしているのだということは、誰にでもわかる様子だ。
トルネコはクリフトにジェスチャーで「早く馬車に行って、アリーナ達に」と示す。
本当は、マリアからの言葉について、もっと問い掛けたいというのがクリフトの気持ちだったが、確かに自分はアリーナにもブライにも迷惑をかけたのだろう。
そう思うと、クリフトは一礼をして、慌ててほこらから出るしかなかった。
背中で、「みなさん、力を抜いてください」と言う天空人の声を聞きながら。

天空人から癒しの祝福を得たけれど、彼らは馬車で交代で一休みすることに決めた。
人間というものは不思議なもので、一定時間起き続けていれば、体がちゃんと「寝ないと駄目だよ」とシグナルを送る。
睡眠なしにこの先進むことは少しばかり危険だと思えたので、マリアが選んだ、次に出発をするメンバー以外は先に睡眠をとることになった。
ライアン達は城の隅々をかなり詳しく探索をしてきて、城の西側の岩場に出る通路を確認してきた。
そこに出た途端、ミネアが身震いを始めるほどの妖気を感じ、彼らは引き返してきたのだという。
多分、その先にデスピサロがいるのだろう・・・マリアはそう判断したし、それにミネアも同意をした。
「バロンの角笛が使えば合流出来る広さでしたが、とりあえずは話をしてから、と思いましたので」
「うん。そうね。きっと、そこから近いんでしょうね・・・。そうしたら、申し訳ないんだけど、効率がいいだろうから、またさっき行った4人でその妖しい岩場まで出てくれる?そこから、バロンの角笛で呼んで。そうしたら、その先はわたし達が探索するわ。そうすれば、二度手間にならないでしょう?」
「いいわよ。確かにその方が早いわ」
マーニャが軽く答えると、ライアンもミネアも頷いた。唯一トルネコだけが
「もうちょっとだけ、賢者の石を見せてもらってからでいいかなぁ」
と、いつもの彼らしい呑気なことを言っていた。それがまた、マリア達をほっとさせた。
休憩することを決めてから、馬車は岩場の側に寄せ、出来る限り森から離れた平地で焚き火を組んだ。
あまりに無防備に見える野営だが、ここには他に人間がいないだろうから、相手になるのは魔物達だ。となれば、視界も身動きも狭まる森の中よりは、狙われやすくとも幾分かましだ。
とはいえ、地底の魔物達は、馬車の側に寄ってきたり突然襲ってきたりはそうそうしないようで、見張りといってもたかだか知れている。焚き火を囲んで、トルネコは先ほど城で発見したお宝を何度も何度も鑑定していたし、ライアンも剣の手入れに余念がない。マーニャはあくびひとつをして「早く交代して寝たいわぁ」とぼやく。
ガタン、と小さな音が馬車から聞こえて、ミネアはそちらを振り向いた。
「あら。クリフトさん。眠れないんですか。交代までは、あとほんの少しなのに」
「ええ。なんとなく、目が覚めて」
「あーら!そういう時はお酒でもかっくらって寝るのが一番よぉ〜」
「姉さんじゃああるまいし。それに、今から飲んでちゃ、交代の時間には起きられないわよ」
マーニャの提案には、ライアンもあまり良い顔をしない。
「それに、翌日に響くほど飲まれては困りますゆえ」
「まあまあ、マーニャだって本気で言ってるわけじゃあないだろうし」
トルネコは呑気にそう言って、はっはっは、と軽く腹を揺らしながら笑う。
クリフトはマーニャに手招きされて、焚き火を囲む輪の中に加わった。ミネアが、ちょうどよかった、と言いながら、火で温めていた、湯が入った器を木の枝で引き寄せ、小さなカップに注いだ。
「ね、クリフトさん・・・あのほこらの天空人」
「は、はい?」
「あの方は、マリアさんの、お母様ではないでしょうか?」
「!」
クリフトは一瞬動揺を見せたが、ミネアからカップを受け取って、なんとか礼を言うことは出来た。
「なぁにい?そこ、今コソコソ話してたでしょー!」
「うるさいわね、姉さんったら!わたしがクリフトさんとお話していて、何が悪いの」
「あーら、あんたがそんな風に口答えするのはさぁ。逆に隠し事がある時だって知ってるんだから」
「ぐっ・・・」
珍しくミネアがマーニャに言い負かされてしまう。トルネコはまた軽く笑って
「仲間同士でも、隠し事はあるもんだ。たまには二人で話したい時もあるに決まってる。ねぇ?ライアンさん」
「ぬ・・・そういうことも・・・ある・・・ような、ないような」
「・・・へぇ〜、ないの?ライアン、二人でたまには話したい時とか、ないわけ?」
マーニャが意地悪そうに横目で見ると、少しばかり落ち着かない様子でライアンは慌てて否定をした。
「いや、その、あります、あります!ありますな、うん、ありますとも!!」
トルネコはにやにやとライアンの動揺した姿を見ている。ミネアとクリフトは、その二人のやりとりの意味がよくわからなかったらしく、顔を見合わせ、それからまたライアンを見る。
当の本人は、なにやらむにゃむにゃと言い訳らしいことを口の中でいいつつ、ミネアが火からおろした湯をカップに少しいれて、口をつけた。「あちちっ」と忙しく声をあげると、唇をこすり、ついでに立派な髭を整えて、居心地悪そうにそわそわしている。なかなか珍しい様子で、ついにマーニャは吹き出して笑い出した。
「ってことで、たまにはわたしもライアンと二人で話したいから、ちょっと早いけど、交代してよね。クリフトちゃん」
「えっ?あ、はい」
マーニャはそう言って立ち上がった。が、クリフトは、彼女の言っている意味が半分くらいしかわかっていない。
「いいでしょ?マリア?」
「しょうがないわね。もう。騒がしいったら・・・あんまり離れたとこいったら、危ないわよ。気をつけてね。森には入らないように」
一同は驚いて馬車の方を振り向いた。
ちょうど、幌から降りてきたマリアが、あくびひとつを見せて、ひらひらとマーニャに手を振る。
「スマートじゃないけど、こうでもしなきゃ二人にもなれやしないわ。ちょっと、ライアン、行くわよ」
「え、え、え、いや、その、交代の時間までは」
「さっさとその剣しまってよ」
そして、一同の前で、マーニャは無理矢理ライアンを立たせると、半ばひきずるようにして輪から離れていった。
マリアは肩をすくめて、トルネコを見た。
「トルネコは、驚かないのね?」
「マリアも、知っていたのかい?」
そんな二人はともかく、ミネアとクリフトは、ただただぽかんとマーニャ達の後姿を見るだけだった。

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モドル