忘却-2-

土色をした巨大なデスピサロの体は、何の生き物に似ているのか判別がつかない。まるで、体のパーツを他の生命体からもぎとってつけては大きくしたようにすら見えた。
見た目だけ昆虫に似た腹部は、まったく柔らかさがなく、むしろこちらこそが甲虫の固い部分ではないかと感じられる。
大きな足の先は、どの哺乳類にも似ていない。むしろ、鳥の足を巨大化したように見える。けれども、それはあまりにも太く、ところどころ固い殻に覆われていた。
頭部はわずかに人間のように見えるが、覆っている兜のような部分は本当に兜なのか、体の一部なのかが判断出来ない。
体全体の色と同じであることを考えれば、やはり、それもまた装備品ではなく進化したデスピサロの体なのだろう。
ライアンは皆殺しの剣を使って、固い部分に覆われたデスピサロの守備力を下げる。
それに乗じてアリーナは果敢に攻めていく。
デスピサロは大剣を振り下ろす。
「うわっ!」
命中をしなくても、その剣が巻き起こす剣圧にまきこまれ、クリフトは地面に叩きつけられた。アッテムトで倒したエスターク以上の力だと、4人は一瞬にして感じ取った。
これが、命中してしまったらどうなってしまうのか。誰もが一瞬背筋を凍りつかせた。
「マリア、腹、固い!」
エスタークよりも。
その言葉をアリーナは飲み込んだが、マリアもそれは重々わかっていた。
「アリーナ、腕や足の筋を狙って!懐に潜りこんだって、あの腹は鎧と変わりがないんだから!まずは、動きを止めよう」」
「うん!」
天然の鎧とはいえ、生物の腹部が硬いことは珍しい。いくつもの節でわかれているおかげで、硬くても伸縮性はあるのだろうか。
「うおっ!」
デスピサロがなぎ払った一撃で、ライアンの体がふっとぶ。体をまるめて衝撃を吸収しようとしたけれど、バランスを崩して地面に叩き付けられてしまう。
マリアは天空の剣で、アリーナに言ったようにデスピサロの腕を狙って切りつけていった。
自分達よりも体が大きい生物に対しては、ある程度の腕があればどこかには切りつけることが出来る。
しかし、アリーナが言ったように、1番大きく開いている腹部は硬質だし、頭部は高い位置にあるため、打撃を当てることが相当難しいと思える。だから、狙うならば腕や足の筋。
(さっきから打撃ばかりね・・・)
デスピサロからうける攻撃は、大剣がほとんどで、魔法や特殊な攻撃をマリア達はうけていない。
長い旅からの経験上、自分で魔法を唱えない魔物は、比較的魔法への耐久性も低いとマリアは思う。
(デスピサロに、効くかしら)
マリアはぶつぶつと魔法の詠唱を始めた。
本来、魔法力を早いうちに消費をすることは得策ではないが、硬い体をもつデスピサロに魔法が効くとわかれば、マーニャやブライに先に出てもらう方が良いと思える。そのためには、自分がまずは試してみようとマリアは思ったのだ。
「聖なる雷」
詠唱の最後のあたりの言葉が聞こえて、クリフトははっとマリアを見た。
「悪しき者を裁けよ!ギガデイン!」
マリアはまっすぐにデスピサロを見据えて、詠唱を完成させた。
ライアン達が、地底の城を抜けてこの洞窟の入口にたどり着く間、ブライの指導のもとに何度も何度も練習をしたギガデインだ。
初めは制御が難しくて、何度も何度も失敗し、マリア本人に雷が落ちそうになったりもした。
失敗する都度、マリアかブライ、どちらかはなんらかの怪我を負い、すぐに「希望の祠」にいる天空人に傷を癒してもらっていた。
その練習の途中、ブライは、天空の剣を媒体として雷を制御する方法を提案した。
魔法を唱えるときに、術者が杖を持つことが多いのは、その杖を媒体として魔法を制御する方が楽だからだ。何も使わない場合は、詠唱をした「言葉」が媒体となる。けれど、未熟である魔法使いは、目に見えない「言葉」を媒体として高度な魔法を使うことが非常に難しい。まさしくマリアの今の状態がそれではないかとブライは指摘したのだ。
正直なところ、それはマリアにとってはあまり気に入らないことだ。
もちろん、剣は天空の剣でなくとも構わない。
ただ、詠唱をする時に自分が持っていて、集中をするために役立ち、心が乱れないもの。
それを吟味すると、剣が最もマリアには適していたのだ。
何より、ギガデインは攻撃的な呪文であり、剣もまた相手を切りつけるための道具であるのだし。
その甲斐あってか、マリアの詠唱と共に、目の前にいるデスピサロの巨体に激しい雷が降り注いだ。
「きゃ!」
アリーナがびくりと身を震わせる。
巨体に落ちた雷は、彼らが立っている足場にすら、びりびりと響いている。それは、唱えたマリアですらびくりと体を震わすほどの衝撃だ。
「ぐおおおおお!」
デスピサロの咆哮。
体を前のめりにして、痛みをこらえるかのように背を丸め、もう一度叫んだ。
「効いてる!」
「マリアさん、凄いです!」
感嘆の声をあげるクリフトをちらりと見てから、マリアはライアンに合図を送った。
「マーニャ、出てきて!魔法が効く!メラゾーマをお見舞いして頂戴!」
「まかせて!」
その呼びかけを聞くやいなや、アリーナが高くかざした賢者の石の力によって、体力を回復したばかりのライアンが馬車に向かって走っていく。そして、ライアンと交代するように、マーニャが馬車から出てきた。
基本的に、戦闘に加わる人数が多くなるとマリアの指示が行き渡らないため、4人程度で戦うことが丁度よいのだという。
いざとなったら全員を馬車から出そうとは思っているが、そこまで危険なことをするのは本意ではない。少し無理をさせているライアンにも体を休めてもらうのにいい機会だとマリアは思う。
すかさず、クリフトが守備力をあげる魔法であるスクルトを詠唱して、マーニャの負担を軽減しようとした。マリアはデスピサロをまっすぐ睨みながら、早口で仲間に声をかけた。
「魔法である程度弱らせてからなら、硬いところも剣が通るかもしれないから」
「なるほどね」
アリーナは力強く頷いた。
が、そんな会話をしている間にも、デスピサロは剣を振るってきた。ちょうど、マリアとアリーナの間に、恐ろしい「びゅん」という音を発生させながら、剣が振り下ろされた。
二人は寸でのところで後ろに跳び退ってかわしたが、その剣はすさまじい力で操られているようで、大剣であるのに機敏に返され、そのスピードとともにもう片手の大剣がマリアの頭上に振り下ろされる。
と、その時にマーニャが詠唱を完成させた。
「地獄にいざなう業火よ、うなれ!メラゾーマ!」
「うぐあああ!!」
更なる咆哮。
それに臆することなく、アリーナが軽い身のこなしでデスピサロの横に走りこみ、その、太い腕にキラーピアスを突き立てた。
メラゾーマをくらったばかりのデスピサロの傍に寄るのは、熱をこちらも浴びてしまうことになる。それでも、俊敏さで近くにいる時間を出来るだけ短くすることはアリーナの得意とするところだ。
「あちち!」
そんな声をあげたけれども、アリーナは突き立てたキラーピアスを思い切り下へ向かって振り切り、それから、後退するために地面を蹴った。離れざまに更にもう一撃、もう片方の手にもったキラーピアスを下から上へと切り上げた。一見不自然な動きにみえるけれど、アリーナは下から上へとあげる力ですら、日々の鍛錬で磨き上げたものだ。
「うがああああ!」
後退するアリーナの横を通り越し、マリアもまたアリーナが狙った腕めがけて走り寄った。
そのマリアに対して、デスピサロはもう片方の大剣を振り下ろそうとする。しかし、ちょうど良いタイミングでマリアとの間にクリフトが入り込み、はぐれメタルの盾を両腕で支えて攻撃を受けた。
「うわああ!」
クリフトは両足を踏ん張って剣を受けたが、あまりの剣圧のため、そのまま斜めに二度後転を連続でするような形で吹っ飛ばされた。
そのクリフトの機転に救われたマリアは、全身の力をこめて天空の剣を振り下ろす。
自分でも気持ちが良く思えるほどに、その一撃は綺麗に決まった。そうマリアが思った瞬間。
ごろり、とデスピサロの腕が片方もげた。
「!!」
「なっ・・・」
その場にいた4人は、それを見て素直に喜べず、眉を潜める。
なぜならば。
切られて腕が落ちたならば、血なり体液なり、何かが噴出してもおかしくはないはずだし、切られた部位は「傷口」が見えるはずだ。
だというのに、デスピサロの「それ」は、まるで粘土人形の腕をもいだかのように、初めから分離するための部分であるかのようにあっけなく「とれた」のだ。
彼らがその時感じたのは、生理的嫌悪だ。それを振り払うように、アリーナが声をあげる。
「・・・ど、うでも、なんであれ・・・動きを封じればこっちのもんよ!」
その声に勇気づけられたようにマーニャも気を取り直す。
「もう一発、行くわよっ!」
「お願いします!」
クリフトはそう言って、先ほどアリーナ達がやったようにメラゾーマ後に切りつけようと剣を構えた。
片手になったデスピサロは、マリアめがけて剣を振るう。左横に飛んでマリアはそれをかわしたが、予想以上のスピードでその剣は逆方向へ返され、二度目の攻撃が彼女を襲った。
「ぐっ!」
「マリアさん!」
「い、いい。ベホマはいらない・・・アリーナが攻撃した後に、賢者の石を使ってくれる・・・」
避け損ねて左腰に切りつけられたマリアは、天空の鎧のおかげで多少は防ぐことが出来、切り傷は作らなかった。が、剣圧のせいでやたらと左腰が痛い。広範囲で内出血しているのだと感じる。
デスピサロから視線を外さないままどうにか両足で踏ん張って立てるけれど、動くと痛みが全身を走り、切り付けていけるほど楽には動けない。
動きが不自由ならば、魔法だ。幸い、体をあまり動かさなければ痛みは響かない。
「メラゾーマ!」
マーニャの詠唱で、再びデスピサロを火炎が包み込んだ。そこへ、またも怖いもの知らずのようにアリーナが飛び込んだ。それを援護するように、クリフトも続く。
デスピサロの片手がなくなったため、残っている左手だけに注目すれば良い。それが、アリーナにもクリフトにも少しばかり安心を与え、攻撃に先ほどより集中出来たようだ。二人の攻撃は鋭く、払いのけようとしたデスピサロの動きにも惑わされず的確に一打二打を放つ。
その様子を見ながら、マリアは天空の剣を目前に立てて詠唱をしていた。
ちょうど、アリーナとクリフトが後退してデスピサロから離れ、息を整えた頃に、それは完成する。
「悪しき者を裁けよ!ギガデイン!」
またも、その魔法は狙い通りデスピサロを攻撃目標として捉えた。
体を引き裂くような雷撃に、デスピサロは身悶えて叫び声をあげる。他の魔物の断末魔の叫びでも聞いたことがないような、呪われるのではないかと思うような咆哮。
「すごいじゃないの、マリア!」
マーニャはそう言って軽く片目をつぶって見せた。マリアは痛みのためそれに対して泣き笑いのような微妙な表情しか返すことは出来ないが、先ほどの攻撃で体が痛むのだと、マーニャなりに判断してくれたようだった。
「やった・・・マリアさん、やりましたよ!」
クリフトの声。
一瞬、何をいっているのかマリアには理解が出来なかった。が、アリーナが続いて
「また、腕がもげたわ!」
と叫ぶ。なるほど、それが「やった」なのか、とようやくマリアはわかった。
連続でぶつけられた炎と雷のためにデスピサロが立っている足元からは黒い妙な煙がうっすらと立ち昇っており、そのおかげでマリアは把握出来ていなかったが、デスピサロに残されていた片腕もまた、先ほどのように落ちたようだ。
「これで、攻撃を封じたわね!あとは、頭突きでもしてくるかしらね?」
マーニャはそういいつつも警戒をしてデスピサロを見ている。
このまま畳み掛けて攻撃をするにしても、腹部は硬いのだから、やはり足を攻撃するしかなさそうだ。
しかし、頭突きなどの攻撃になれば、運がよければ頭部にダメージを与えることが出来る。それを少しばかり願った言葉だろう。
が、その予想は裏切られた。
「うわっ!」
突然、デスピサロから放たれた「それ」は。
「ヒャ・・・ヒャダルコ!?」
クリフトの声が少し裏返る。
「くっ・・・魔法も使うのね。上等じゃない。水の羽衣着ていて助かっちゃったわよ。もう一発いくわ!」
アリーナは賢者の石を高くかざした。
ヒャダルコは敵としてターゲッティングされた相手全員を襲う魔法だ。
そんなに威力が高くはないが、デスピサロは早い詠唱で次にベギラマの呪文を唱えてきたので、慌てて回復を行う。
「賢者の石では、追いつかない・・・マリアさんに・・・」
クリフトは、マリアにベホマの呪文を唱えた。
「ありがと」
体を覆う癒しの光に気付き、早口で礼を言ってマリアは走り出した。
おおよその戦法は変わらない。マーニャのメラゾーマの後に、打撃。時々アリーナがそれに焦れて、一人で先に切りかかることがあるけれど、それはそれで特に問題はないと思われた。
ところが、何度目からの攻撃で、マーニャが「もう魔法力がなくなるわ」と告げて、ライアンと再度交代をした直後。
デスピサロはヒャダルコを唱えず、マリア達に向かって突進をしてきた。
兜のような部分から生えている、角に似ているもの。
それを武器にして、クリフトの脇腹をえぐるかのように頭を斜めに突きつけてきた。
直前までその攻撃方法がわからなかったため対処が遅れたクリフトは、角にひっかけられたように横に吹っ飛ばされる。
その時、クリフトの斜め前にいたはずだったアリーナが、驚異的な跳躍力で空を舞っていた。
「もらったわよ!」
「待ってたわ!」
また、マリアも。
巨体を揺らして攻撃をしてきたデスピサロは、二人が飛び上がっていることに気付くのが遅かった。
体重を乗せてアリーナとマリアの攻撃が、斜めに前へ突き出されたデスピサロの首元へと突き刺さる。
頭部の機能を失えば、基本的に生き物は死ぬ。
二足歩行の生き物は、このように頭部を無防備に敵に向かって差し出すことはない。が、腕をもがれたデスピサロは、頭部を使ってか、体全体の体当たり、あるいは踏みつけてくるしか物理的な攻撃は出来ない。
それを狙って、アリーナとマリアは間違いなく最高の攻撃を繰り出したのだ。
二人の攻撃を受けて、デスピサロの体がぴたりと止まった。そこへ、ライアンが走りよって、更に首に斬りつける。狙いは確実だ。
ライアンが飛びのくと、デスピサロの頭部がゆっくりと動き、不自然に曲がった。一同は息を飲んで、その様子を見る。
切り落としたのか。それとも、もともとそこまで首が回る生き物になってしまっていたのか。
そう思っていると、やがて、デスピサロの頭部は、両腕と同じようにグロテスクな断面すら見せずに、つるっとした――少なくともそう見える――切り口をマリア達に向けながら地面に落ちた。ずざっと擦れる音が、やたら不快にマリアの鼓膜を震わせた。
頭部を失ったデスピサロは動かない。それを見て、アリーナは喜びの声をあげる。
「やったわ!」
「あ、案外、あっけないものでしたな」
驚いたようにライアンがそう言った瞬間。
「まだよ、動いてる!」
マリアは仲間たちに注意を促した。
頭部を失ったデスピサロは、前のめりになった体を少しずつ、ぐぐ、とあげてゆく。
「最後の、力かしら」
そうアリーナが呟いた、その時。
「・・・っ!?」
嫌な予感に、びくりとマリアは体を震わせた。
黒く立ち上る煙はまだかすかに残っている。それを背後に見えるデスピサロは、既に叫ぶこともなく、かといって攻撃をするわけでもなく立ち尽くしているだけのように見えた。
「なに・・・?」
ぎちっと、耳障りな音が聞こえる。どこから発される音か、一同はしばらくわからなかった。
デスピサロの体は動いてはいない、と思えた。
しかし、目を凝らすと。
あの、硬かった腹部が、あやしく動いている。
先ほどまで硬くてどうしようもなかったその腹部が、左右上下に広がっていき、中心では何かが内側から押し出そうとしているように見える。
あまりにおぞましいその光景に、誰もが手を足を止めた。
「な・・・に・・・?」
マリアはうめき声をあげる。
広がっていく腹部は、硬さ故に、擦れ合ってぎりぎりと音をたてる。
そして。
「ひっ・・・!!」
アリーナは声をあげた。それと同時にライアンも叫び声をあげる。
「う・・・お、おおおお!?」
腹部が何故そんなにも硬いのか。
普通の生物は、腹部と思われる場所はそうそう硬くはならない。硬くなってしまえば、様様な体勢にもなりづらいし。
けれど。
「ま、もる、ため、なのね」
マリアは、切れ切れに言葉にした。
頭部ではなかったのか。
そこに、「何か大事なもの」があったのか。
だから、守るために腹部が硬かったのか。
「目、が!!」
デスピサロの腹部には、ぎょろりと大きい瞳が二つ、そして、いくつもの牙が見える大きな口。
それから、まるで両腕を失ったためにバランスをとろうとしているのか、体の左右に、見たことがないような長いものが斜め下に向かって生やされた。
どの生き物のどういう部分なのだろう。どう考えても、彼らが知っている生物の中で、その部位を持つようなものは思いつかなかった。
そして、どういう仕組みなのか、体全体の土色が突然にごった緑色へと変色する。
「何か・・・きゃ!」
大きな口から高熱のガスが吐き出され、マリア達を襲う。それが終わったと思えば、炎を吐き出してきた。
「ま、た違う攻撃になりましたな・・・」
「攻撃まで、進化してるの・・・?」
腕がないままの攻撃ならば、確かに口から何かが出てもおかしくない。その形態にあわせてデスピサロの攻撃方法も変わっていく。
「ミネア、出て!みんなにフバーハを!」
「はい!」
馬車からミネアが飛び出した。
「足を狙って、転がしましょう!少し、全体を見てくる!」
そう叫んでからマリアは後退して馬車の脇で、デスピサロの様子と仲間の戦いぶりを客観的に見ることにした。
長期戦の時は全体の様子がわかりづらくなるので、馬車にいる仲間と交代出来るときにそうやって再確認をすることもあるのだ。
(アリーナのスピードはまだ落ちてないわ。ライアンも、少し休んでもらったから大丈夫ね。クリフトは、少し疲れてきたかしら。でも、このまま行った方がいいかもしれない・・・それにしても、デスピサロ・・・残された胴体と足だけでも、進化をしているなんて)
進化の秘法。
なんて恐ろしいものを、マーニャ達の父親は発見してしまったのか。
そして、なんて忌々しい形で、それを完成させてしまったのか。
御者台に座っているトルネコが、少し大声でマリアに言う。
「パトリシアが、ここから出よう出ようとしているよ。今はなんとか引きとめているんだけれど、もしかすると暴れだすかもしれない。もう少しだけ、デスピサロと離れて良いかな。交代しづらくなるけれど」
「わかった。ううん、あそこまで追い込んだんだもん。交代しないで、畳み掛けちゃうわ。ごめんね、パトリシア」
そう言ってマリアはパトリシアの首元何度も何度も撫でてやるが、パトリシアの鼻息は荒く、忙しなく前足をかつんかつんと打ち付けている。それほどに苛立っているパトリシアを見ることは、初めてのことだ。
「そうだといいんだけど。でも」
「なあに」
「パトリシアは、デスピサロの腕が落ちるたびにいなないて、頭が落ちたさっきもいなないて、それからどんどんひどくなる一方だ。そして、今もね。今もどんどん、動きが激しくなって・・・だから、その、腕や頭が落ちたそのことを怖がってるのじゃ、ないような気がするんだよ。じゃあ、何だと言われると、その、ううん、うまく言えないが」
マリアは表情を引き締めた。
と、そのトルネコの言葉を聞いて、馬車の幌から顔を出し、ブライが声をかけてきた。
「まだ、まだ終わりではない。それを、パトリシアが知っている。動物は時に、我らよりも鋭いからの。パトリシアは仲間として、我々に教えてくれておるのじゃ」
「ブライ」
「ミネアを下げて、わしを出して、ライアン殿にもバイキルトを唱えた方が良いかと」
その真剣な眼差しを暫く見つめて、マリアは眉を潜めた。
「ミネアを下げるわ。それから、クリフトも一度下げる。ブライ、わたしにもバイキルトをかけて頂戴。さっきマーニャにお願いしようと思ったんだけど、メラゾーマで一気にいきたかったから、無理させちゃったの。今ならミネアもこうして出していられるけど・・・」
「うむ、わかっておりますぞ。賢明な選択じゃった。このおいぼれやミネアではあの大剣を振るわれては到底生きてはいられぬし、腕がなくなった今こそが、わしらの使い所ですな」
「ブライ」
ブライがそう言ってマリアを認めてくれる時、マリアは泣きそうな気持ちになる。
それは、故郷の村にいた長老を思い出すせいだ。
もし、一緒にあの長老と旅を出来たならば。
きっと、今のブライのように、「うむうむ、マリア。その選択はなかなか良い。成長したのう」と言ってくれるのではないか。
一瞬そう思ってしまい、唇を噛みしめる。
「バイキルトをかけた後、パトリシアのために馬車を下げてブライも乗って。クリフトにもう一度出てもらう。マーニャの魔法力、本当に使いきっちゃったの。いざとなったらリレミトとルーラを使える人間をこちらにも残しておきたいし、入り口に近付けば他の魔物が襲ってくるかもしれないから」
「確かに。今は、あのデスピサロの気に圧されて、そこいらの魔物はこちらに来ておらぬが、ここから離れれば離れるほど、他の魔物が近付いてくるやもしれぬ・・・いや、安心して集中してくだされよ。わしの魔法力は十分にあるし、ミネアの魔法力も多少は残っておる。トルネコ殿もいざとなれば体を張って戦ってくださることじゃろうし。パトリシア達を守るくらい、問題ないじゃろうて・・・」
それを聞いて力強くマリアは頷いた。と、マーニャがいてもたってもいられなくなったようで、幌の中から叫んだ。
「なーにいってんのよ!いざとなったら、このマーニャ様が、毒蛾のナイフで痺れさせた後で、各種杖をつかってねぇ・・・!」
それを聞いて、仲間が戦っている時に不謹慎と知りながらもマリアは少し顔をほころばせて笑い声をもらした。
「わかってるわよ!マーニャも頼りにしてるって!・・・じゃ、行ってくる」
最後に、マリアの声が真剣な響きに変わった。それを皆は気付く。
「全員で帰るんだからね!あんな、腕がなくなったやつ、一気にやっつけなさい!あんたなら出来るわ!」
マーニャが叫ぶ。
「マリア。気をつけて」
いつもと同じ言葉を発するトルネコ。
けれど、マリアを見つめるその瞳は、いつも以上に何かを言いたげで、それがまたマリアの胸を打つ。
「うん。さ、ブライ、行きましょう。ミネアと、クリフトと交代よ!」
マリアはあまり多くの言葉を残さず、まるでいつもと変わらぬように馬車から離れていった。
先ほどブライに告げたように、フバーハを皆にかけてしばらく参戦していたミネアと、開始から前線にいたため少しばかり疲れが見えるクリフトを休ませる。
ブライはライアンにバイキルトの魔法をかけ、そして、マリアにもかける。これで、攻撃力が上昇した。
「くっ・・・」
ミネアからのフバーハの恩恵を受けていないブライは、デスピサロが発する炎の直撃を受ける。マリアは天空の盾のおかげか、それほどの熱さはうけない。
(炎への耐性は、アリーナとクリフトが若干落ちるから・・・)
だから、その二人がフバーハの恩恵を受けていればなんとかなるだろう、とマリアは思っていた。
アリーナは賢者の石をかざして回復をする。
バイキルトのおかげで、アリーナがいくらか回復役に回っても攻撃力はそうそう低下しない。
それから、何回かデスピサロに攻撃をしかけた後、マリアはブライを見た。ブライも、フバーハの恩恵を受けていない自分の潮時を見極めていたようだった。
「馬車を、みんなを頼んだわ」
「うむ。必ず、生きて帰るのじゃぞ!」
「当たり前よ!」
ブライはアリーナの後ろから叫ぶ。
「姫様!無茶だけはなさらずに!」
「わかってるわよ!無茶だけで勝てる相手じゃないわ!」
「おお」
なんと成長したことか。
そういいたい気持ちを抑えて、ブライは馬車に向かった。少しばかり体を休ませていたクリフトが馬車から走ってくる。馬車を少しデスピサロ側から離すと話を聞いて、多少不安にも思っていたようだが、意を決したように表情を引き締めていた。
「姫様を頼むぞ!」
「はい!おまかせください!」
ブライが馬車に戻るとほぼ同時に、パトリシアがいなないた。
それから、ぎしぎしと音をたてて――以前はそこまで音がたたなかったものだが、長旅のためにあちらこちらきしむようになってしまったのだろう――馬車が動く音。
それを背後に感じながら、クリフトはマリア達の元に戻った。
「マリアさん、戻りま・・・」
した、と言おうとしたクリフトは、マリアが立ち尽くして呆然と前方を見ていることに気付く。
「え・・・!?う、わ・・・」
不審に思ってクリフトも前方のデスピサロを見る。その瞬間、彼は表情を強張らせて目を見開いた。
「ま・・・だ・・・体が・・・」
また、違う生き物になるのか。
声が出ないまま、クリフトはごくりと唾を飲み込んだ。
デスピサロは、まさにまた変体を開始したところだったようだ。彼らの目の前で、ゆっくりと、腕が生えて、彼らの頭など一掴みに出来そうな広い手が現れる。指先には、鋭く太い爪が光っていた。腕は、初めに胴体についていた腕よりも、太く、たくましいものだ。
「こんな、太かったら・・・き、切れないわよ・・・」
少しばかり弱気になってアリーナは言う。が、すぐに気を取り直して
「ん、もう!次は足を切り落としてやるわ!」
と、自分が出来る限りのことをやろうと、高らかに宣言をする。クリフトも遅れをとらぬようにと、はぐれメタルの剣でデスピサロの足元に切りつけた。
確かに、他の部位よりも切りやすい、とクリフトは思う。
デスピサロは激しい炎を吐き出して、マリア達を襲った。
「ぬおおおおお!!これしきのことで、ひるむと思うか!」
それをものともせず、ライアンは走り、クリフトが切りつけた場所に幾分のずれもなく奇跡の剣を振り下ろした。
そして、その後ろからマリアもまたデスピサロが吐き出した炎をくらいながらも走り寄り、たたみかけるような攻撃をしかける。
「アリーナ、賢者の石はいいから!」
「わかってる!」
炎によって傷ついた体を癒すよりも先に、一気に勝負に出ようとマリアは言うのだ。
それに素早く反応をして、アリーナはデスピサロに攻撃の焦点を絞らせないように警戒しながら、お得意の俊敏な動きで惑わすように走り、またも仲間達が切りつけた部位に攻撃をしかけようとする。
その動きにデスピサロが気付いてもおかしくないのだが、それを庇う素振りはまったく見せず、ただただ攻撃をがむしゃらに仕掛けてくるだけだ。その様子は捨て身のようにも感じられる。
それを数回繰り返す間にも、じわじわとマリア達は体力を奪われていった。なかなかつかない決着に、4人とも少しばかり苛立ち始めていた。それを抑えるためには、とにかく一刻も早く決着を、と更に心が急く。
今は、回復よりも攻撃を。
そう思えば、賢者の石をアリーナに使わせたくない。
そのマリアの気持ちを汲んで、アリーナほどの攻撃力を持たないクリフトは、自分の判断でベホマラーの呪文を唱えた。
「いい判断だわ」
クリフトを見ずにマリアはそう呟く。
走っていたアリーナは、その回復の光に包まれて俄然元気になったようで、みなが驚くほど美しい、最高の一撃を繰り出した。
「・・・やった!手ごたえが!」
アリーナは会心の一撃を放って、間違いなくデスピサロの足を切り落とした、といわんばかりの表情で後退した。
確かにデスピサロの片足は、先ほど腕がもげてしまった時と同じようにふっとび、いまや片足で体を支えているだけだ。
重心が低い体型になているからこそ、片足でも立てるのだろうか。
と、その時。
「な、に・・・」
腹部が蠢いた時と同じように。
デスピサロの様子が、少しおかしい、と一同は気付いた。
「うわっ!あ、足が・・・!」
クリフトの叫び声。マリアは息を飲んだ。
ちょうど、アリーナがふっとばした足がもともと生えていた、人間でいえば太もものつけね辺り。
そこから、更に太くたくましい足が生えてきたのだ。
それだけではない。
未だ、無傷でまったく普通に機能していた、もう片方の足。それまでが、もはや不要になったかのようにぽろりととれて床に転がり、そして、そのとれた部分から、もう片方と同じ太さの足が生えてくる。
マリアは息を整えながら、気を引き締めた。
これでも、まだ進化は終わっていないのだろう。
デスピサロは、進化をしながら、今戦っているのだ。
戦いながら、どんどん違う生き物へと進化していくその姿は、もはや誰が見ても人間からほど遠い、禁忌として疎まれるような気味の悪さを感じさせる。
腕がもげても、足がもげても生えてくる様子は、治癒能力とはいえない。また、ただの再生能力でもないだろう。
再生能力を更に超えた、「新しく、かつ、元の部位よりも強靭な」肉体へと進化をするその姿。
見たことがないおぞましい体へと、失うたびに変化していくのだろうか?
「お前は、デスピサロなのか!?」
マリアの叫びに、目の前の生物は答えない。
名を呼ばれてももはや反応をしないし、マリア達に訴えたい言葉すらその生き物は持っていないようだった。
意味もわからず、目の前のマリア達をただただ殺すための生物。
それに化したデスピサロは、もはやデスピサロではなくなったのかもしれない。
マリアは、生き物の大切な記憶を持つのは頭の部分だと、以前村の長老に教えてもらったことがあった。
そうであれば。
先ほど頭部を吹っ飛ばされたデスピサロは、その時に何かを失ったのではなかろうか。
「お前は、わたし達人間を、滅ぼそうとしているのか!?答えろ!」
必死のマリアの叫びに、やはり目の前のグロテスクな生き物は答えない。
「勇者殿、もはや、あの者は」
ライアンがそっとマリアに寄り添うように近付き、目の前の生き物を見据えたまま首を横に振る。
もはや、デスピサロではないのでしょう。だから、もう、諦めよ。
「嫌だ・・・!!」
マリアは、叫んだ。
「先に、勝手に、行くな!お前のために、どれだけ・・・どれだけっ!」


泣きたい。
それをこらえながら、ギガデインを制御するのは、わたしには確かに難しい。
悔しいけれども、わたしが手に持つ、この天空の剣。
忌々しいマスタードラゴンから力を解放された剣。
それを媒体にしなければ制御が出来ないほどに、未熟なわたし。
成熟した勇者なぞ、きっとこの世界のどこにもいない。
いいや、勇者なんていう人間が、本当は存在しないのだとわたしは思うの。
ただ、誰もが、その名を持つ誰かがいなければ心許なくて、一人では足がすくんで。
だってわたし自身、みんながいなければ勇者になり得なかったし、一人では進めなかったから。
それと同じく。
本当は、この目の前の悲しい生き物も、一人では足がすくむこともあったのではないかと思う。
それを、そっと後ろから押したのは、きっとロザリーへの愛情だ。たとえ、それが彼女の本意ではなくても、間違いないと思える。
多分、ピサロ・・・いや、デスピサロという若者は、そんなに特別な存在だったわけではないのだろうと思う。
まるで人間と同じように、デスパレスでは玉座に座り、魔物達を従え、コミュニケーションをとっていたお前だって知っている。
アッテムトで、まるで人間の偉い王族のように、魔物達に振舞っていたお前のことも知っている。
その姿はあまりに当たり前で、同じ世界に生きていることに何の不思議も感じない、一人の魔族の男だった。
なのに。
確かに、この世界には理不尽なことが多すぎる。
けれども、この世界で間違いなくロザリーは生きて、デスピサロを慕って。デスピサロもロザリーを愛して。
わたしの村のみんなは、わたしを愛してくれて、わたしもみんなを愛していて。
デスピサロの手によって、それは奪われて。
子供狩りで囚われた子供の幾人は、戻らなかったとライアンは言っていた。
サントハイムの人々は未だに戻らない。
エンドールの闘技場で、デスピサロによって殺された闘技士もいたという。
デスピサロの命令によって、進化の秘法の実験台にされたバルザック達も、試作品として倒れていった。
お前が自分で思っている以上、この世界のあちこちでお前という存在は刻み込まれているのに。
なのに、それらの苦しみをまったく自分から切り離し、何もかもなかったことにして、全てを忘れて消えてしまうなんて。
そんな虫がいいことを許したくない。
残された者だけがその痛みを背負って、何もなかったかのように一日が過ぎていく世界に身を置いて、いつか痛みを忘れてしまう日を恐れながらも待ち続けていくなんて。
お前だけ苦しみから解放されて、罪を追及されることもなく、それに心を痛めることもなく、この世界から勝手に消えるなんて。
デスピサロを憎む人間はこの世界にたくさんいるのだとわたしは思う。
その人々に、「デスピサロを倒したのか」と聞かれれば、「倒した」とわたしは答えなければいけないのだろう。
もはや、お前はデスピサロではないのに。
最後の最後で、わたしに、そんな腹立たしい役目までも押し付けて、なんて卑怯なんだ、お前は。


「ギガデイン!」
マリアは、天空の剣をデスピサロに向けて、ギガデインを放った。
大きな雷がデスピサロを包み、また軽い地響きが起きる。
ぐらり、と、安定していたはずのデスピサロの体が揺れた。やったか?とマリアは息を整えて、その様子を見守る。
「進化をするために、何もかもを捨てたか。自分の肉体も、自分の名を覚えていた部分も、ありとあらゆる記憶も心も・・・」
ぼそりとマリアは呟いた。
ギガデインをくらったデスピサロの様子は、明らかにおかしかった。だから、一瞬、これで終わりではないかと皆は思った。
しかし。
今まで、何度そう思ったのか、と彼らは皆脳裏に思い浮かべた。
デスピサロの動きが止まって、それから。
それから、今まで、どうなっていたか!
「い・・・やあああああ!」
アリーナが声をあげた。
ぶる、とマリアは体を震わせる。
誰もがまばたきを忘れて、デスピサロの姿を見つめていた。
今までの変体だって、それは気味の悪い、見る者に不快感を与えるものだった。というのに、更に。
想像も出来なかったほどの、忌まわしいその光景に、彼らはもはや目をそらすことも出来ない。
先ほどまで、ぎょろりと彼らを見ていた腹部の瞳は、未だ見開かれている。
けれども。
なんと、吹っ飛ばしたはずの頭部があった場所から、緩やかではあるけれど、新しい頭部が生えてきたではないか。
その、あまりの気味の悪い光景に、彼らは身動きをとれずにそれを凝視してしまう。
「な、んという・・・!」
ライアンのうめき声。
生えてきた頭部は、グロテスクな形状をしており、1番初めに存在した、いささか人間に近い形とはかけ離れていた。
(まるで球根をいくつも繋ぎ合わせたような、ごつごつした形ね)
体を強張らせながらもマリアはそう思った。
マリアのその思いを見透かしたかのように、現れたその頭部の左右には角が生えてきた。そう。まるで、球根から芽が出るかのように。
その、笑ってしまいそうなタイミングのよさと、目の前に繰り広げられるおどろおどろしい光景のギャップに耐え切れず、マリアは口元をゆがめて「は・・・は」と小さく笑い声を漏らした。
「もう、本当に、どこにもいないのね!?デスピサロ!」
繰り返す変体のどこに、あのデスピサロが生きており、変わらずに彼の細胞が引き継がれているというのか。
何一つ、その要素なぞないではないか。
自分達が戦っているこの「何か」は、突然現れた忌まわしき者だ。倒そうと思っていたわけではなく、偶然出会ってしまったエスターク。それとまったく同じで、それまであまり思い描いたことのなかった「何か」ではないか。
デスピサロではない何か。
もはや、まったく言葉を発さないそれの意志を、マリアは一瞬量りかねた。
例えば。
エスタークは、眠りを妨げる者達としてマリア達を屠ろうとした。語らずともその意志は明確であり、決して「人間達を滅ぼす」つもりだから、マリア達に攻撃をしかけてきたわけではない、と思える。
デスピサロは初めに大剣を持っていた形状の時は、確かに人間を根絶やしにすると明言していた。それは、デスピサロの記憶から刷り込まれた意志だったのだろうと理解できる。
けれど、今ここにいる、デスピサロであってデスピサロではないものは、それを引き継いでいるのだろうか。それすら、もはや知ることが出来ない。一体、何故自分達が戦っているのか、とマリアは自嘲気味に笑った。
もしかしたら、この生き物は既に、目の前にいるマリア達をただ「敵」とみなしているだけで戦っているのではないかとふと思ってしまったからだ。
もしも、そうだとしたらこの生物は「人間を滅ぼす」ものではなく、「人間を滅ぼすことも可能な生命体」であるだけではないか。
あの時のエスタークの立場と同じく。
「デスピサロ・・・デスピサロ!」
どこかに、デスピサロに居て欲しいと、どこまでもマリアは思い続けた。けれど、その狂おしい呼びかけに応えはない。
「ロザリー、デスピサロを止めてって、あんたは言った・・・」
自分でも知らず、荒っぽい言葉使いになりながらもマリアは呟く。
「でも、ここにいるデスピサロは、もう、デスピサロじゃないわ。わたしは、約束を守れなかったわ」
ぎり、と唇を噛み締める。
デスピサロ――正確には「だったもの」なのだが――は、何かの呪文を唱えたようだった。
それに反応したように、マリアが手にしていた天空の剣が震えた。
「はっ、お笑い種ね。あんたを陥れたエビルプリーストと同じ保身をするっての?」
口汚いまま、マリアは天空の剣を構え、その場で振り下ろした。天空の剣から一筋の白い光が放たれ、デスピサロの体を覆う。
「あれは・・・まさか、さっきの呪文はマホカンタ?」
アリーナの問いにマリアは答えない。それを不審に思って、アリーナはマリアを見た。そして、あっと声をあげる。
次に、そのアリーナの声に反応してクリフトとライアンがマリアを見た。二人はぎょっと驚きに顔を歪めたが、「勇者殿を、頼みましたぞ!」と、ライアンはマリアをクリフトに任せ、自分はデスピサロに向かって走っていった。
「・・・マリアさん!制御を!」
「どこまで、わたしを落胆させるの、デスピサロ」
ぱちぱち、とマリアの周囲に散る火花。
「もう、あんたはどこにもいないじゃない。自分じゃない何かに、人間を滅ぼさせようなんて、そんな他力本願。馬鹿馬鹿しい。もう、こんな茶番に一秒でも付き合いたくないわ!聞きなさい、マスタードラゴン!」
「マリアさん!?」
怒りで我をなくしているわけではなかった。怒ってはいるものの、マリアはどこかで冷静で、それ以上の言葉を仲間たちに伝えたくない、今聞かせれば、戸惑うのだし、と考えていた。
(こうなることをわかっていたわね!?どこまでわたしを怒らせたら気が済むの!?結局、わたしも、デスピサロも、同じじゃない!)
マリアの目は吊り上り、体の周囲にはぱちぱちと雷の花が咲き乱れる。
マリアは、自分の体の周りに散っている火花達を、天空の剣に集めるように念じた。詠唱を始める前に、マリアの心に同調したかのように集まってくる雷の子供達。
「ギガデイン!」
もう、制御に失敗はしない、とマリアは力強く呪文を唱えた。


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モドル