故郷-4-

彼らが次に向かった先はバトランドだった。
サントハイム城を後にした一同は、めっきりと言葉少なくなり、三人分ぽっかりと空いてしまった気球の空間を持て余し、また、現実味を帯びてきてしまった別れに今頃戸惑っているようでもあった。
ライアンはマリアを連れて、バトランド王の間に急いだ。
バトランド城下町は以前に寄った時と変わらず、のどかでありながら人々の働きぶりが伺える、とても暮らしやすそうな様子だ。
町の光景を横目でみながら、なんだかライアンがこの城、この町を守るには似合っているな、とマリアは心の中で呟いた。
「・・・ねぇ、ライアン」
「はっ?」
城門が視界に入った頃、マリアはおずおずとライアンに問い掛けた。
「なんでしょうか」
「いいの?マーニャを連れてこなくて」
「・・・な、何をおっしゃるかと思えば!」
ライアンはマリアの言葉が予想外だったようで、マリアもびっくりするような大声で――それは、とても頓狂に思える、上ずった声であった――驚いてみせた。
「二人は、恋人同士なんでしょ?」
「いや、いやいや、マリア殿。それは」
「違うの?」
「違う、とは言いたくはないのですが、しかし、その」
「じゃあ、恋人同士なんでしょ?」
城近くで、ライアンは足を止め、長い溜息をひとつつく。
それは、疲れや呆れから出る溜息ではなく、己の心を静めようとしている深呼吸のようだった。
「では、何故マリア殿とクリフト殿は、先ほどお別れになったのですかな」
「・・・それは」
「わたしと、マーニャ殿も同じなのですよ」
「同じ・・・」
「我々には、それぞれ自分の居場所が別にあるのです。自分がやり遂げたいと思っていることもまたしかり。そして、それらと折り合いをつけるのは、あの旅の間には出来なかったことなのです」
「折り合いをつける」
「わたしは、自分が為したいこと、自分にとって大事なこと、それらと折り合いをつけるために、マーニャ殿とわかれて故郷に戻ってきたのです。どうなるのかはわかりませぬが・・・。それを考える時間は、お互いにたっぷりあると思いましたので」
「・・・そっか」
マリアは、少しばかり照れくさそうに小さく微笑んだ。
自分の質問はあまりにも子供すぎ、そして、それを気付かせてくれるほどにライアンが丁寧に説明をしてくれたのだということに、マリアは嬉しい気持ちにもなった。
(そんな風に、マーニャとの気持ちを口に出していえるなんて)
ライアンは気付いていないのかもしれないが、彼のその誠実な答えを聞けば、彼がまっとうにマーニャのことを好いており、真剣に考えているのだということが伺える。
「どうなるか、わからないかもしれないけど・・・うまくいくといいわね」
「ふふ。ありがとうございます。それは、マリア殿も」
「・・・ありがとう。ごめんなさい、こんなところで立ち話させて。行きましょう」
マリアがそう言って促すと、ライアンは気持ちの良い笑顔を見せ、再び歩き出す。
鎧に身を包んでいる彼の背をみつめながら、マリアはまた考え込んだ。
(そうか。だから)
ライアンは「考える時間は、お互いにたっぷりあると思いましたので」と言った。
自分もそうだったら、それはどれほどよかったのだろうか。
故郷に帰って、以前の生活に戻って。
旅の思い出を誰かに語りながら、疲れを癒して。
繰り返される以前と変わらぬ日常に、また体と心が慣れて余裕が出来てから。
それから、彼らは未来のことについて思いを馳せるに違いない。
離れた場所に住む愛しい人のこと。
その人から何も奪うことなく、共に生きることは出来ないのだろうかと、思い悩みつつも答えを探すのだろう。
自分には、そんな未来なぞない、とマリアは思った。それは、地底に降りた頃には既に心にあった思いだ。
(だったらいっそのこと、さっさとクリフトを切り捨てればよかったのに)
それは、自分のエゴだ。
あんな風にデスピサロの哀れな最後を看取ることだって、本当は一人では出来なかった。
最後の最後までクリフトが傍にいてくれることで、自分の両足で立っていられたのに。
それが終われば、未来がないのだから、と簡単に切り捨てる。そんなことは出来やしなかった。
それは、クリフトへの情けではなく。
自分に勇気がないからだ、と、マリアは思う。
と、その物思いを打ち破るように、城門前で立ち止まったライアンは、彼女に声をかけた。
「マリア殿?どうなされたのです?」
「あっ・・・う、ううん。ちょっとぼんやりしてた」
「なにやら、心ここにあらずといった風ですが。天空城でのことなどで、気持ちがお疲れなのかもしれませぬな。わが王との謁見、出来るだけ手短にするようにいたしますので。ですから、いまひとつのご辛抱を」
「ううん、いいの。大丈夫。いつも心配かけてごめんなさい」
「何をおっしゃるか。戦い以外のことでは、わたしは心配するぐらいしか出来ないほど不器用で、申し訳ないと思うほどなのに」
そう言ってライアンは、目を細めてマリアを見た。マリアは、言葉もなく首を横に振った。
天空城でも言ったけれど、今まで何度もライアンのおかげで、自制心を保つことが出来ていたことをマリアは知っている。
彼は、マリアに直接あれこれと言葉を与える方法ではなく、彼らしくあることでマリアの力になってくれていた。
この、素朴で不器用だけれど誠実な騎士は、きっとどれほどマリアが感謝しているのかなんて、知らないに違いない。
「・・・ありがとう。ライアン。行きましょう。きっと王様が、今か今かとライアンを待っているものね」
彼が忠誠を誓っているバトランド王は幸せ者だ。
それから、バトランドの人々も。
マリアはそう強く思いながら、歩き出した。


「お疲れさん」
バトランド王との謁見を済ませ、マリアはマーニャ達の元に戻った。
ライアンのことをマーニャに何か聞かれるだろうか、とマリアは気にしながら戻ってきたのだが、マーニャはまったく関係がないことを提案をした。
次は、先にトルネコをエンドールに送ろう、と。
「ほんとは、トルネコに操縦してもらいたいんだけど、ネネさんが夕ご飯作り始める前に帰してあげた方がいいと思ってさ」
「あ・・・そうね」
空を見ればまだ夕焼けは見えないけれど、相当日は傾いている。
マーニャとミネアはお互いが家族で、誰かが家で待っているわけではない。けれど、トルネコが帰れば、それは妻のネネがきっとご馳走を夕食に振舞うに違いないのだ。
それでも、キメラの翼やルーラで帰る、とトルネコは決して言わない。
じわりじわりと近づく別れを、少しでも遠ざける言い訳のように、気球での最後の旅を彼らは続けるのだ。
「じゃあ、そうしましょう。トルネコ、いい?」
「申し訳ないね、気をつかってもらって」
「いいのよ。こっちこそ、気が利かなくて悪かったわ」
「そんなことはないよ。最後までみんなを送り届けたいと思ったんだけどねぇ。やっぱり、なんだかんだ時間がかかってしまうようだし」
「そうね。ちょっと、サントハイムも長居しちゃったし」
「じゃあ、出発しましょう」
ミネアは微笑みながら声をかけてきた。マリアは慌てて気球に乗り込む。
「ねえ、マリア」
「ん?」
今度はマーニャが声をかけてくる。
「ライアン、泣かなかった?」
問い掛ける内容はなかなかに濃い話だが、マーニャはにやにやと人の悪い笑い顔を見せている。それを聞いたミネアが
「姉さん。いくら姉さんの恋人でも、そんなことを聞くのは悪趣味よ」
と、まっとうなことを言ってたしなめた。
もちろんマーニャはまったく悪びれた様子はなく、もう一度同じことをマリアに問い掛けるくらいだ。
トルネコは何も言わないが、耳をそばだてていることが気配でマリアにもわかる。
「泣いてない。でも、ライアンにしては珍しく」
「上昇するよ!」
トルネコが声をかけると、気球はゆっくりと草原を離れた。
慣れてしまったその感触に慌てることもなく、マリアは言葉を続ける。
マーニャをたしなめたとはいえ、マリアが話す内容自体は気になるようで、ミネアもマリアの言葉を聞こうとこちらを見ている。
「最後に、一度声かけなおしてきたわ」
「そうなんだ」
「なんか、言い忘れたのかなって思って振り返ったんだけどね・・・」
「うん」
「わたし、よくわからないんだけど、多分・・・振り返ったら、ライアン、正式な敬礼をしてくれてたみたい」
「へえ」
「なんか、ライアンらしいよね。言葉じゃないっていうのが」
その場に残った4人は、誰一人としてバトランド騎士の正式な敬礼を知りはしない。
それでも、多分マリアが言うように、ライアンの「それ」は正式な敬礼だったのではないかと推測出来るし、それがまた彼らしいと全員の意見は一致する。
また一人、旅の仲間を降ろして、気球は再び空に上がってゆく。
下を見下ろす女三人は無言のままで、どんどん小さくなってゆくバトランド城を見つめるだけだった。


マーニャとミネアの予想はおおよそ当たり、大体どの家も今から夕食の支度をするのではないか・・・そう思える頃に彼らはエンドールに到着した。
先ほどまでと同じように、パトリシアと気球をマーニャ達に託して、マリアはトルネコと共にエンドール城下町に足を運んだ。
あちらこちらの家から、女達が食事の用意をしている音が聞こえる。
もうすぐ家に帰らなければいけなくなるだろう子供達が、あともう少し、もう少し、と友達とはしゃぎながら石畳を走る姿も見られた。
トルネコには天空の装備以外にも色々な武器防具を渡すことになっていた。
二人は手一杯にそれらのものを持ち、あまり早くない足取りでトルネコの店に向かう。
「本当は、妻の手料理をみんなに食べていって欲しいんだけどね」
よたよたと汗をかきつつ歩き、トルネコはそう言う。
「うん。ごめんね。一日二日ってかけると、別れるのがもっとつらくなっちゃうから」
「うん。その気持ちはよくわかるよ。出会いは突然やってくる一瞬のものだし、別れもまた時間をかけるようなものじゃあないからね」
「トルネコがそう思うなら、きっとそうなのね」
そんな会話をしていると、店の前にトルネコの妻ネネと息子のポポロが立っている姿が遠目で見えた。
「あら。トルネコが帰ってきたのを、気付いているみたい」
「きっと、気球をみつけたんだろう。うちの息子は、空を見るのが好きだといっていたから」
そう言うトルネコの声音は、嬉しさにはずんでいるようにマリアには聞こえた。
「トルネコも、ネネさんも、すごいね」
「うん?なんでだい?」
「お互い、ずっとずっと離れていても、信じあってるんだもの。素敵ね」
「マリアは、違うのかい?そうできないのに、クリフトと生きる道を違えるつもりなのかい?」
「!」
何の気なしに思ったことをそのまま口に出してしまい、マリアは「しまった」と心の中では呟いた。トルネコの言葉は、マリアを責めるためのものではない。ただ、彼なりにマリアに何かを投げかけようとしていることは事実だ。
マリアはトルネコのその問いに対する答えを、まったく持っていないというわけではない。ライアンとマーニャだって、別々に今は生きることを選んでいるし、その気持ちをライアン本人からも聞いたばかりなのだし。
それでも困惑を隠せないまま、自分なりの精一杯の答えを返そうと、言葉に詰まりながらマリアはトルネコに返事をした。
「ううん・・・平気なのか、わからない。でも、まだ、一緒にいるための方法もわからないから・・・日常に戻ったクリフトのことを、わたし、まだ知らないし、わたしも、今からどうやって生きようか・・・まだ、わからないから」
「なるほど。じゃあ、お互い、一緒に生きるためのことを、これから考えていかなければいけないんだろうね。わたしはそういうことにはとんと疎くて、何の手助けも出来ないと思うけれど、良い報告を待っているよ」
トルネコがちょうどその言葉を言い終わった頃、トルネコの息子がこちらに向かって走ってくる姿が見えた。
それを見たトルネコは慌てて、手にしていた武器防具を足元に置き、走ってくる愛息に手を伸ばす。
「おかえりなさーーい!」
満面の笑みで、父親の腕の中に突進してゆくポポロと、それを満面の笑みえ迎えるトルネコ。
息子を抱きあげて、夕焼けの色に染まり始めようとしている空に向かって「高い高い」をする。
その幸せの光景に、マリアの瞳は潤みそうになる。
もう少しすれば、町の子供達もみな家路につくのだろう。各々の親が待つ、柔らかい明かりが灯った家に。
「あなた、マリアさん。お帰りなさい」
「ネネさん」
息子を肩車するトルネコと、防具を抱えたままのマリアに近づいて来たのは、トルネコの妻のネネだ。
「長旅、お疲れ様でした。マリアさん、うちに、一晩泊まっていかれません?」
「いえ、そのお気持ちだけで。まだ、他の仲間達が町の外で待ってるんです。ありがとうございます」
「マリア、ありがとう。あとは、こっちで運ぶから下ろしていいよ」
トルネコにそういわれて、マリアは手にいっぱい持っていた荷物を足元にゆっくり置いた。
肩にしょっていた道具袋にも、山ほどの荷が入っている。
「明日から早速、店に天空の武器防具を飾らせてもらうよ」
「ええ、そうして頂戴」
「びっくりするほど、綺麗なんだぞ〜」
トルネコは肩の上に乗っている自分の息子に、誇らしげにそう語りかけた。
ネネは、マリアから道具袋を受け取って、「よいしょ」とそれを肩に担ぐ。そして、笑みをマリアに向けた。
「マリアさん。落ち着いたら、以前の約束通りお料理を教えてあげますから、是非遊びに来てくださいね」
「あっ・・・はい。ありがとうございます」
「おや、そんな約束をしていたのかい」
「ええ。だいぶ前のことですけど。ねえ?マリアさん」
「・・・わたし、全然お料理ってやらなくて。村では剣とか魔法の修行ばっかりで・・・だから、ネネさんに習おうって思ったの」
「そりゃあいい。いつでも歓迎するよ」
トルネコはそう言って、ふっくらとした、けれども指の腹はぺたんこになっている独特の手をマリアに差し出した。それへ、マリアも手を差し出し、お互い握手を交わす。
「トルネコ、今まで本当にありがとう。天空の装備品、お願いするわね」
「うんうん。大事に展示させてもらうよ。マリア、困ったことがあったらいつでもおいで。村が落ち着いたら、そのうち、呼んでもらいたいものだなぁ」
「いつになるかわからないけど、瓦礫のままじゃ悲しいから・・・お墓を作るのと、ちょっとは住めるように、木こりのおじさんの力を借りようと思ってるの。初めてのことばかりだけど、やってみる」
「うんうん」
旅の間に何度も聞いた、トルネコの「二回繰り返す」頷き。
それが、とても大好きだった。そう思いつつ、マリアはトルネコに笑顔を見せる。
それは、自分の心のうちを隠そうとしている無理な笑みではなく、心からの感謝の笑みだった。


夕焼けに空が染まる頃、モンバーバラの町の前に気球は降りた。
マーニャは、一泊だけでも泊まって行け、などという無理は言わなかったが、夜のステージを少し見ていけ、とマリアに薦めた。
それへはミネアが「姉さん、だって、戻ったばかりでステージにあがれるとは限らないでしょう」とたしなめたが、マーニャは自信に溢れており、自分以上に金を稼げるステージを作れる芸人が世界にどれほどいるのか、と鼻で笑う始末だ。
「まあ、パノンはまた別格かもしれないけどさ」
と、多少は譲る気持ちもあるようだが。
「気球は大丈夫よ。ここに置いとけば。あとで一座の小間使いに言って、見張りに来させるから。パトリシアはこっちこっち。馬を繋いでおける場所があるから、ちょっとそこで休んでいてもらいましょ」
久々のモンバーバラでも、マーニャは旅に出ていたことを感じさせないように当たり前に歩く。アリーナ達はともかく、ライアンやトルネコのように特別な「戻ってこられた喜び」という様子が彼女からは感じられない。それは、マーニャらしいとマリアは思う。
一方ミネアはというと、これはまたあっという間に古巣に馴染み、既に「エンドールでカジノ遊びを覚えてしまったから・・・前と同じ生活では、お金が続くか心配ですわ」なんて言う悩みを口にするほどだ。皆で等分に分けた金を生活費にするつもりはミネアにはないようで、堅実な彼女らしい心配だ。。
「おおー!マーニャちゃん!」
「ミネアちゃんじゃないか!」
パトリシアをモンバーバラ劇場の裏にある馬小屋に繋いでから、劇場の前に回ると、道行く人々がマーニャ達を見つけて声をかけてきた。初めは声をかけるだけだったのだが、人の声がさらに人を呼び、どんどん彼女たちを囲む人の輪は大きくなっていく。
マリアは、そんな風に普通の街中で人々が集まる様子をあまり見たことがないので、少しばかりおどおどと二人の後ろに隠れた。
「マーニャちゃん!お帰り!」
人だかりをかいくぐって、一人の男性が二人の前に姿を見せた。一目で劇場の関係者だとわかる衣装を着ている。
「団長、お待たせ。帰ってきたわよ」
「旅の目的は果たせたのかい」
「ええ」
「それはよかった!で、また、劇場で踊ってくれるんだろう?」
「そのつもりよ?まさか、わたし以上の踊り子でも、わたしがいない間にみつけたなんてこと、ないでしょうね?」
挑戦的にマーニャが言うと、周囲の人々がどっと沸いた。
「そんなこと、あるわけないだろう!」
「マーニャちゃんの踊りが、一番かっこいいよ!」
「また、激しい踊りを見せておくれ!」
口々の賛辞に、マリアの方が驚き、空いた口がふさがらない。
その様子をマーニャは気付いたようで
「だから、言ったでしょ。あたしは、高いってさ」
と、ウインク一つ見せて、笑い飛ばした。

団長と呼ばれた男性は、その夜の舞台を全てマーニャに受け渡すと、今まさに舞台準備をしている踊り子に示しがつかないから、という理由で、いつもの夜のステージの予定をいささか早めることに決めたようだった。予定されていたステージ後にマーニャに踊ってもらうという手筈らしい。
その時間までは、マーニャとミネアは劇場の楽屋の一室で出番待ちすることになり、マリアまでも巻き込んで一室で休んでいた。
マーニャが踊っている間は、ミネアもまたその時間に商いをすることが出来ることになっており、劇場の一角で占いをするのだと言う。
「あたしは踊る前は食べないけど、あんた達は食べたら?」
マーニャはそう言って、一座の下っ端ともいえる小間使いの少年に、軽食を手配してもらった。ミネアも慣れたようにくつろいでいる。
マリアはというと、さすがに慣れない状態に落ち着かない。
隣の部屋では踊り子達が、きゃあきゃあと騒ぎながら舞台の準備をしているようだ。その、今まで味わったことのない独特な空気が、どうもマリアには馴染むことが出来ないのだろう。
「・・・気がついたらさ。最初に出会った、あたし達だけになったわね」
ぽつりとマーニャが呟く。
「そうね。わたし達が、エンドールでマリアさんと出会ったのが・・・勇者様に集う、導かれた者達の最初の出会いだったのですものね」
三人は小さなテーブルを囲んで、少しばかりしんみりとした。
それを打ち破るように、乱暴なノックの音が小さな部屋に響く。
「なぁに。もう少し気をつけたノックしなさいよ」
そのノックの主が先ほど頼んだ食事を持ってきたのだと、マーニャはすぐに感づいて、世渡りがまだまだ下手な少年に苦笑をする。
小間使いの少年は、遠慮のないノックとは裏腹におずおずと扉を開けて中に入ってきた。
「お食事、持って来ました」
「ありがと。ミネア」
マーニャはミネアに声をかけてあごを軽くしゃくった。心得ているとばかりに、ミネアは懐からコインを出して少年に差し出す。
少年は、食事の乗ったトレイをテーブルに置くと、大慌てでミネアからコインを受け取り、頭を下げて急いで出て行った。
その一連の流れは、マリアにとってはまったくよくわからない初めのことばかりで、目を丸くするばかりだ。
「なんか、お城に住んでるアリーナとかより、ここでの生活の方がわたしには馴染みない感じだわ」
「あっはは、そう?だったら、あんたはかなりの平和主義者だと思うわ。ここは、自分の芸売ってる人間だけが生き残る場所よ。ある意味戦場だけど、マリアにはまだわからないのかもね。どこかしら退廃的なのも、誰かがどこかで蹴落とされてるからだとあたしは思うのよ。例えば、今晩、一番もてはやされる予定だったほかの踊り子とか、ね」
「・・・マーニャが帰ってきたから、蹴落とされたってこと?」
「そ。多分、その子がこの部屋にいるはずだったと思うわよ?でも、きっと今は隣の部屋で、他の踊り子と一緒にいるんでしょうね」
マーニャはそう言うと、トレイの皿に乗っている葡萄を一粒もいで口に放りこんだ。
「あんたも食べれば?いい肉、切ってきたみたいよ?これ」
「じゃ、一口」
マリアはマーニャに促されて、薄く切った肉を一切れ口に入れた。
確かにマーニャの言う通り、旨みの凝縮した肉だとマリアは驚く。
ミネアは、小さなボウルに入っているスープを手にして、「いただきます」と小さく呟いてから口をつけた。
「これが、ほんとの最後の晩餐ね。ま、こんなところでの最上級の食事つっても、アリーナが食べてるものに比べたら、ゴミみたいなものかもしれないけどさ」
マーニャはそう言って笑った。
「そういうものなの?わたしには、これ、十分に美味しいご馳走なんだけど。アリーナだって、旅の間一度も食事に文句言わなかったじゃない」
それへはミネアが苦笑をして
「アリーナさんは、その、お姫様のわりには・・・あまり、舌が肥えていないようで」
と答え、横でマーニャは大笑いをする。
運んできてもらった食事をとっていると、隣の部屋からどやどやと人々が移動する音が聞こえる。
「前座の二組めが、始まるわ」
くすっとマーニャは笑って、指を拭く。それから、爪を光らせるために爪磨きを取り出した。
ミネアは、マリアに「どうぞ、もっと」と食事を勧める。
(もしかして、一人になったらろくな食事でもしないと思われてるのかも)
だから、マリアが気兼ねなく食事出来る状態にしたのかもしれない。
普通の人間であればそれは考えすぎかもしれないが、マーニャやミネア相手の時はそれくらいで丁度いい、とマリアは知っている。
トルネコの家で食事を勧められれば、家族水入らずを邪魔するような気がして、さすがに気がひける。
サントハイムやバトランドで薦められれば、それは王室料理というような、なんだか分不相応なものが出てくるような気がして、どうにもそれは受け入れ難い。
だから、トルネコを先に送ってこんな風に。
「さってと。そろそろ、準備しましょーか」
がたりと椅子から立ち上がって、マーニャは部屋の隅に置いてあるチェストに向かった。
ドレッサーのようなものがその部屋にはない。が、そのチェストの上に置いてある鏡だけで、マーニャには十分なのだろう。
鏡の隣に置いてある装飾品を手にとって、マーニャは腰に、首に、耳に、腕に、足に、それから頭に、とそれらのものを手馴れたように身につけていった。
それから、葡萄を食べた口を面倒くさそうに拭ってから、練り紅の入ったケースを開け、自分の小指で直接唇にそれを広げていく。
「マリアさん、お口に合いませんか」
「あっ、ううん、違うの。その・・・マーニャ、色っぽいなぁって思って、ちょっと見とれちゃった」
その言葉を聞きつけて、マーニャは首を傾げて視線をマリア達に送った。
「でしょ?そう思わせなかったら失敗よ。踊る前から、気をひくぐらいじゃなきゃね」
マーニャの自信に溢れた笑みに、何故かマリアも口元をほころばせる。そっと視線だけを動かすと、ミネアも呆れながらも微笑んでいるのがわかった。


熱気に溢れた劇場。
マリアは、足に力をいれて立っているのが精一杯だ。
体が揺れると、人々の歓声の渦に飲み込まれてしまいそうにすら思える。
別れの言葉は、言わなかった。
部屋を出て行く時にマーニャは、「じゃあ、またね」と軽く言っただけだった。
ミネアは、「お元気で。今まで、ありがとうございました」とゆっくりと深く頭を下げてから、マーニャの後を追った。
それだけの、簡単な別れ。
マーニャに呼ばれた小間使いが、マリアを劇場の通路から前の席にと案内してくれた。
以前、この舞台を見たのは、パノンを探しに来た時だったな・・・そう思い出しながら周囲を見るが、パノンの舞台を見て笑っていた人々とは異なる熱気が室内にこもっていることに気付く。
その熱気が何か考えるいとまもなく、誰が始めたのか、マーニャの名を呼ぶ声があちこちに上がりだした。そして、マリアがきょろきょろと見回している間に、その「マーニャコール」は劇場に響き、人々は舞台で踊り子が出てくる入り口にみな視線を向けている。
と、その次の瞬間、マーニャが姿を現した。
「おおおーーー!」
マーニャが舞台に登場すると同時に、割れんばかりの歓声があがり、人々は手を叩いたり足を踏み鳴らしたりしている。
マーニャに続いて出てきたミネアが舞台の隅に歩いて行くと、心得ている人々が数名そちらに行き――人の邪魔にならないようにと、腰を曲げながら――ミネアの前に列を作った。
(こんな、うるさいのに占いなんて出来るのかしら)
ちらりとマリアはそう思ったけれど、既にミネアは水晶玉を取り出していて、商いに入ったようだ。
ミネアが言うには、人々がうるさく騒ぎ立てるくらいの中の方が、気兼ねなくあれこれといえるものなのだそうだ。もちろん、それはモンバーバラの町に住む人々の町民性に関わってくることなのだろうが。
音楽が鳴る。
だん、だん、だん、と人が足でリズムをとれるほどのテンポで、少し物悲しい旋律が流れ出した。
マーニャの後ろには幕があったが、その裏に数名の奏者がいるようだ。
そして、マーニャが踊りだす。
旅の最中にも何度か見せてもらったけれど、それとはまた違う。
マーニャがマリア達に見せてくれた踊りは、決して手を抜いたものではなかったはずだ。
では、何が違うのか。
それは、舞台にいるマーニャの踊りに対しての、人々の溢れんばかりの熱気だ。
それが、マーニャの踊りをさらに激しく、熱く、人々が求めるようにと変化してゆくのだろうとマリアは気付いた。
(駄目だ、飲み込まれる)
マリアはしばらくマーニャの踊りを見ていたが、ついに耐え切れなくなって舞台に背を向けて出口に向かった。


「ふっはあーーー」
劇場の外に出ると、空気が冷たいことに気付く。
人々の熱気にあてられたのか、それともただ単に劇場の中が熱かったのか、自分の体が火照っていることにマリアは気づいた。
場内で大きな歓声があがったようだ。外にまでそれは漏れて来て、マリアの耳に届く。
(本当に、マーニャって凄いんだなぁ)
決してマーニャの踊りには、嫌らしさはない。だからだろう。踊りを見ている人々の中には、ちらほらと女性の姿もあった。
人々は狂喜し、はやしたて、もっともっとと煽る。それに答えてくれる力量がマーニャにはあり、それを彼らはわかっているのだろう。
(それに、ミネアが傍にいるから、箍が外れても安心出来るんだって、以前マーニャは言っていた)
その話をされた時は意味がわからなかったが、目の当たりにしてようやくマリアにも理解が出来たような気がする。
あれほどの熱気の中で踊っていては、時にはやりすぎて自分の限界を超えることもあるのだろう、と。

――ほんとは、そういうのも完全に制御できて一人前なんだって思ってはいるんだけど・・・甘えたいのよねぇ――

そう言って笑ったマーニャを思い出す。
マーニャもミネアも、本当はモンバーバラが故郷というわけではない。
生活をする上で、彼女達の才能を活かすためになくてはならない場所がモンバーバラだというだけだ。
彼女達にとっての故郷はコーミズ村であり、しかし、彼女達が帰るべき場所というものは、お互いがいる場所なのではないかとマリアはふと思う。
(それじゃあ、ライアンも・・・無理強いしてバトランドにマーニャを連れて行くわけになんていかないわよね)
そんなことを考え、マリアは一人で自嘲気味の笑みを浮かべて俯いた。
馬鹿だ。
人のことを心配してる暇なんて、本当はないのに。
もっともっと、自分のことを考えなければいけないのに。
マリアは、劇場の周囲をぐるりと回り、パトリシアが繋がれている馬屋に向かった。
あの楽屋で休んだ少しの時間で、マリアはパトリシアを先にホフマンのもとに帰そうと考えた。
考えてみれば、自分の故郷、既に廃墟になっている、いや、廃墟ともいえぬほどに破壊されてしまったあの村では、パトリシアが雨を凌ぐところがない。
マリア一人ならば、忌々しく思える地下倉庫にいればいいけれど、パトリシアはそう言うわけにはいかない。
しかも、山の天気はいつも気まぐれだから、マリアが旅を終えてほんの1日2日休みたいと思っても、その間に雨が降るかもしれない。
野生の馬ならば当たり前のことでも、自分のせいで、長い旅を共にしたパトリシアが快適に過ごせないと思うのはマリアにとって辛い。
「パトリシア。いい子にしてた?」
こうやって知らない土地で馬屋に繋がれて放っておかれることは、パトリシアには慣れっこだ。
「もう夜だけど、ホフマンは絶対夜中まで起きてると思うし、わたしの村に行くより絶対快適だから・・・先に、パトリシアとお別れしようかなって思うの」
そういいながらパトリシアが繋がれていた縄を解くマリア。
「よっし。行こうか。パトリシア」
一人、また一人、いつもいる人々がいなくなっていく様子を、パトリシアはどう思っているのか、それを聞くことはかなわない。
けれど、驚くほどのパトリシアは落ち着いていたし、こんな風にマリアが一人でパトリシアを町の外に連れ出そうとすることなんて今までなかったのに、すんなりと言うことを聞く。
いつもならば、トルネコやミネアが自分を連れ出すのに。
パトリシアがそう思っているのかはわからないが、そういえば、旅の始まりの頃、パトリシアと出会った頃はこうやって一対一になることが怖くてできなかったなぁ、なんてマリアは思い出していた。
「ほんとは、一人で気球操るのって、得意じゃないんだけど」
ぶつぶつと独り言を言うマリア。
パトリシアをひきながら、モンバーバラの町の外に出て、気球を降ろした草むらに向かう。
空は月が姿を見せている。
これだけ明るい月が出ていれば、気球の操縦もしやすいものだ、とマリアは安堵の息をほっと漏らした。
一人で残っても、自分の故郷に近いブランカ城までルーラの魔法で移動しようとはマリアには思えない。
みなが、ゆっくり、一人、また一人と気球から降りていったように。
自分も最後は、気球から降りて、自分の故郷の村に戻る。
それが、自分達の旅の終わり方のような気がして、マリアはそれを守ろうとしているのだ。
一見、無意味に思えることかもしれない。
みんなは、別れが辛くてゆっくりゆっくりと、先延ばしにして気球に乗っていた。
けれど、マリアは。
旅の終わりが、自分の思っていた通りのものではなくいささかショックを受けていて。
まだ、終わりではない。終わりにしたくない。
そう思う気持ちが心の中に渦巻いていた。そして、またその反面、早く終わりにしたい、と急く自分もいる。
早く、自分がするべきことを、やりなさい。
そう自分を叱咤する声が聞こえる。
でも、お願い、もう少しだけ。
未練がましくしがみつく自分もいる。
パトリシアを連れて気球がある場所に戻れば、先ほどの小間使いとはまた違う少年が、外気に晒されながら気球を見張っていた。
「ありがとう。マーニャに言われたのね。出発するから、もう町に帰ってもいいわよ」
マリアがそう声をかけると、その少年は頷いた。しかし、すぐにその場からは立ち去らず、何かを期待しているかのような視線をマリアに送る。
初めは、その視線の意味も、その場から離れない彼の気持ちもわからなかった。
けれど、ふと思い出してマリアは小銭を入れた皮袋を慌てて腰から外した。
「はい。これで、いい?」
ちゃらん、と二枚のコインを少年の手のひらに落とすと、彼は満足そうに頷いてすぐ様背を向けて町へと走っていった。
「変なこと、勉強させられちゃったわ」
そう言ってマリアは肩を竦めて「ね、パトリシア」と声をかけたけれど、パトリシアからの返事はなかった。


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