墓守-1-

まさか、自分の息子が初めて家に連れてきた女性に翼が生えているなんて。
そんな夢みたいなことを、よりによって自分が目の当たりにすることになると、一体誰が想像するだろう?
しかし、何度目をこすっても何度上から下まで眺めても、彼女の背に生えている純白の羽根は消えはしなかった。
そして、その現実を受け入れることがなかなか出来ない俺に「驚かせて、申し訳ありません」と謝るその声は、そこいらの町娘にはない上品な声だった。
「お前、最近よく朝っぱらから出かけていたのは、そういうわけだったのかよ」
「翼を傷めて、この先の洞に隠れているところを見つけてよ・・・」
「で、なんだ。てめえの飯の残りを持っていってやってたってことか」
「残飯じゃねえよ。ちゃんとその、彼女用に」
「けっ、ろくな稼ぎも一人前に出来ねぇくせに」
屋根の下で体を休めるのが久しぶりだ、と言っていたその女性は、困ったように
「あの、悪いのはわたしなんです。息子さんはわたしの怪我を心配してくださって・・・」
と言葉を挟む。
でしゃばりな女は好きじゃねぇ。
だけど、彼女の少し控えめな声は、到底不快には思えない。
だったら、やっぱりてめえの息子に怒るしかないじゃないか。
「で、どうしたいんだよ。お前は。怪我が治るまで、まさかここに置いてやろうってんじゃないな?」
「親父。もう、彼女の怪我は治ってんだ」
「じゃあなんだ。羽根があるってえことは、空を飛ぶんだろ?鳥とかみてぇに。だったら、木の上とかにでも住んでるのかよ?それじゃあ尚更ここにいる意味がわからん」
「親父、俺は」
「ああん?」
「この人と、結婚したいんだ」
「・・・あん?俺もやきが回ったな。耳が遠くなったようだ。もう一度言ってみやがれ」
「何度でも言ってやるよ」
売り言葉に買い言葉で、いささかあいつは鼻息が荒くなってきていた。
それは、いつもの俺たちの親子喧嘩の前触れだ。
「この人・・・シレインと、結婚したいん・・・」
俺は、最後まで聞かずに、息子の頬をぶん殴った。
息子は手近に置いてあった木の椅子にぶつかり、床にひっくり返った。
その斜め後ろでそれを見ていた彼女は、息を一瞬飲んだ後に、床の上で頬を抑えてうずくまる息子に寄り添うように膝を折り、顔を覗き込んだ。
「おっと、手が滑りやがった」
「こ・・・んの・・・」
「すまねえな、お嬢さん。うちじゃあ、こういう流儀でね。びっくりしたろ?野蛮な木こりで悪かったなあ?」
嫌味たっぷりでそう言うと、顔をこちらに向けた彼女は苦笑を見せた。
「いいえ。きっと殴られるから、驚かないようにと伺っておりましたから」
「なっ・・・・」
「親父は、いつもワンパターンなんだよ・・・っ」
頬をさすりながら床の上に座り込む奴は、うらめしげに俺を見上げて吐き捨てるように言った。
「阿呆が。そう思うなら、よけりゃいいんだ、よけりゃ」
「避けたらもっと怒るだろうが!」
荒ぶった息子の声が、途中で裏返った。それがおかしくてついつい俺は笑ってしまう。
「へっへっへ、じゃあ、もうちっと殴られ方を覚えるんだな。おい、お嬢さん、あんたはどうなんだ?この軟弱息子と結婚する気があるのか?そもそも、あんたは本当はどこからやってきたんだ。なんで背中にそんなものが生えているんだ」
その俺の矢継ぎ早の質問に、彼女――シレイン――は、ひとつひとつ丁寧に答えようとした。
「許していただけるのであれば、一緒に暮らしたいと願っております。もし、そのために結婚という形が必要ならば、よろこんでお受けしたいと思います。もともとわたしは、雲よりも上の世界におりました。そこにいる者達はみんな翼を持っておりましたので、わたしには何の不思議もございません。けれど、やはり皆さんから見れば異様な姿だと思われるのでしょうね・・・それでも、こうやってお話してくださって、ありがとうございます」
「へっ、礼を言われるようなこっちゃねえよ。俺は、見かけで人を判断しない人間なんだ。ちっとはびっくりしたけどな」
本当は、かなり心の中では動揺していたけれど、それを出せばきっとこの女性は傷つくだろう。
それくらい、いくらなんでも俺にだってわかる。
「おめえはよう。このお嬢さんに、翼があるからって、そんでぽーっといれあげちまったのか?おい」
ようやく立ち上がった息子にそう聞くと、またこいつはかーっとなっちまったように、荒っぽく返事をする。
「そんなわけねえよ!羽根があってもなくても関係ないだろうよ。俺は、この人の心根に惚れたんだ!」
なるほど。
うちの息子は、頭はそんなによくもないが、人を見る目は悪くないと俺は信じている。
それに、こいつは俺と同じで、人を外見で判断しないし、美醜を測ってどうのと言うような奴じゃあない。
「おい、あんた、シレインつったか。何か、仕事できるか」
「あっ、あの、料理は得意です」
「朝昼晩と飯を作ってくれたら、しばらく置いてやってもいい。そのかわり、そのしばらくで、俺があんたを気に入らなかったら二人でこの家を出て行くんだな」
息子も、もういい年で、大人と言ってもいい。
俺は、自分の子供が決めた結婚相手は、どんな人間だろうと反対する気はなかった。
だから、こいつを殴ったのは、別に反対したからじゃあない。こいつが、話の道筋を守らないで、自分が聞いて欲しいことだけを先に口にしたもんだから、腹がたっただけだ。
知らない人間を家に入れることは本意ではなかったが、頑固者だとか意地っ張りだとか嫌というほど言われていた俺でも、息子が選んだ嫁には文句をつけないと、それだけはずっと決めていたことだ。
こいつの弟だってそうだ。
ブランカでみつけてきた旅の踊り子にいれあげて、結婚するつってこの家を出て行った。
多分、他の家の親なら、そんな踊り子に騙されてるに違いないといって、二人の結婚を反対するに違いない。
とはいえ、うちのように決して裕福ではない家の次男坊に、金目当てで近づく奴がいるとは思えないしな。
結局やつらはどこだかの遠い国で腰を落ち着けて、年に一、二回は俺に会いに来てくれる。
ほら。
俺の息子が選んだ嫁さんは、いい子だったじゃねえか。
そんな風に俺は誇れる。
だから、こいつが連れてきた嫁さんも、俺は反対しようとは思えなかったんだ。
たとえ、それがあんなに悲しい運命と結びついていようとも。


そんな妙な始まりだった三人暮らしは、そんなに悪くはなかった。
最初の数日間はぎこちなかったが、白い翼を持つシレインという女性はとても控えめで、決して俺達の生活の邪魔にならなかった。
本人が言ったとおり、多少の料理も出来るようだったから、家にある調味料と手に入れやすい食材いくつかの使い方を教えれば、すぐに食べられる物をそれなりに作ることが出来るようになった。
洗濯も出来るといって、近くの小川に行って衣類を洗ってきた。それも、そう悪くはない出来だった。
わからないことはわからない。やったことがないことはやったことがない。それを言うことに躊躇がなく、そして必ず「教えていただけますか?」と控えめに聞くその彼女は、そこいらの町娘に比べれば余程出来た女性だと俺は思った。
時々失敗もしたもんだが、それはそれで愛嬌があると思えたし、何より女の面倒くさい、男に対して細かいことをあれこれつついたりするような部分がない。
あくがないといえば確かにそうだが、俺や息子のように自分の本音を伝えるのが苦手な人間からすれば、それが助かる。なにより、気の強い女がキーキーと事を荒でて苛立たせる言動が彼女にはなかった。それは、なんとありがたかったことか。
だが、新しい家族を含めた俺達三人の生活は、そう長くもなく転機を迎えることになった。
俺達はブランカ城やその周辺にある小さな集落の人間に呼ばれて、木材を運んで山を降りたり、伐採に来た人間に山を案内することを日常としていた。
そのため、家までの道のりはそれなりに開けた道を作っておかなければいけない。
であれば、どうなるか。
特に用もなく山を上ってきた人間も、たまに俺たちの家にたどり着く。
俺が懸念したのは、シレインがみつかったら、他のやつらはどういう反応を示すかだった。
それは、バカ息子でも考えていたようだったし、シレイン本人も危惧していたことだ。
ある日、いつものようにブランカ城近くの集落へ木材を運んでいると、ちらりと噂話が耳に入った。

北西の山奥で、天女を見たって。

翼が生えた女がいるらしいぞ。

それらの噂に悪意はなかったけれど、興味本意に彼女を探しに来る人間がいないとも限らない。
エルフやホビットという、人とちょっとばかり姿形が違う種族を捕まえて、見世物小屋を開いている悪徳商人もこの世にはいるっていう話だしな。
俺も息子も、すぐにそれに気付いて、どうやって彼女をその噂から守ろうかと頭を悩ませた。
仕事が出来なければ生活は出来ない。
いつも自分達でふもとに木材を運ぶわけではなく、時には取りに来てもらうこともある。
また、時には俺達が山を案内して伐採場を指示することもあるため、その作業をする男達が小屋付近まではやってくる。
仕事を選ぶか。
いつでも自分達が目的地に木材を運ぶようにするか。
それは、多分出来ない。
今まで受けた仕事の内容を考えても、俺達二人で運べる木材の量なぞたかだか知れている。
もちろん、仕事の受け方を変えることで、今のお得意さん達に何かの疑いをもたれても困る。
俺は、何日間も悩み続けた。
そして、ある晩ついに答えを出したんだ。
「お父様。お茶、お飲みになりますか」
何度も何度も叱っても、これだけは直せなかったシレインの癖。
おとうさま、なんていう言葉はむず痒くてどうしようもない。
出来るだけ俺や息子の指示に従おうと従順な態度のシレインだったが、これだけは結局最後の最後まで直せないままだった。
「ああ、ありがとうよ」
慣れた手つきで湯を沸かして、俺好みの温度で茶を入れるシレイン。
日はとっぷりと暮れ、窓から見える外は深い深い闇の色。月のない夜だ。
その代わり、空には満天の星空が広がっているだろう。
空のずっと上では、こういう夜の間はどんな風に更に上の「空」が見えるんだろう?
仕事中に忘れ物をして家に戻ると、時々シレインは洗濯物を干しながら空を見上げて立ち止まっていることがある。
空の上、雲の上に、彼女の故郷があるという。それを、彼女は思いながら空の遥か彼方を見ているのかもしれない。
彼女の故郷の話が本当なのかなんなのかは俺に知る術はないが、まあ、彼女は嘘をつくような人間ではないと思うから、俺は信じることにする。夢みたいな話で、まったく想像もつかないが。
つっても、翼を持つ人間がここにいること自体、以前の俺が想像出来なかったことなんだしな。
だったら、あといくつ想像がつかないことがあってもおかしくない。
俺は、仕事に疲れた体を椅子に預けていたが、シレインがいれてくれた茶を飲むためにもぞもぞと座り直した。
丁度その時、明日ふもとまで運んでいく木材を家の裏でまとめていた息子が、玄関から入ってきた。
「お疲れ様。あなたも、お飲みになる?」
「ああ」
息子はそう言って、がたがたと音をたてて椅子にどっかりと座って深く息を吐き出した。
シレインはカップを棚から取り出し、息子の分の茶を淹れる。
「はい、どうぞ」
息子は返事もせずにカップを持って口をつける。
俺に似て、長男のこいつはぶっきらぼうだが、気を許した相手には更に言葉がかなり少なくなる。
俺の妻は10年前に他界しており、この家の外にその墓はひっそりとある。病で、あっという間に死んでしまった、俺が心底惚れた女だった。
俺もあいつに対してこんな態度をとっていたな・・・そんなことを時々、この二人を見ていると思うようになった。こんな形で反省させられるのはどうも性に合わないんだが、だからといって俺がそれをどうこう言うのはもっと性に合わないため、何も言わないことにしている。
「おい。シレイン、あんたもここに座ってくれ」
「お父様?」
「後片付けなんざ、話の後にすりゃいい」
「なんだよ、親父」
シレインは手を拭きながら、俺たちが囲んでいるテーブルに近づいて来た。
彼女はあまり音を立てない。まるで体重なんてもんがないように、静かに椅子に座ってこちらを見た。
「こっから、もっと北に山を上ったところに、小さな村がある」
「はあ?この上に?何言ってるんだ、親父。そんなもん、どこにもないぞ」
「お前が知らないだけだ。下ってくるのは容易だが、その村がある上へ行くにはちょいとコツがいるんだ」
「本当か?だって、俺だってずっとこの山に住んでるんだぜ?」
「道に迷おうと思わない限り、なかなかみつけられないはずだ。そういう風に出来ている。その村は村人全員で自給自足の生活をしているようなんだがよ・・・村に一人年寄りがいて、長老とか呼ばれているんだが、そのじいさんと俺は知り合いでな」
シレインは不安そうな表情を見せた。
薄々俺が何を言おうとしているのか気付いているに違いない。
「その村は、今までお前が気付かなかったように、本当に山奥で、人にみつけられにくい場所にある」
「親父」
「お前ら、そこに行け。そこで、生活しろ」
二人は、俺の言葉にすぐには何も言葉を返せなかった。
そして、息子よりも先にシレインが控えめに聞いてくる。
「お父様は・・・?」
「俺が一緒に行く意味なんてねえだろ」
「でも・・・」
「親父はどうすんだよ。なあ」
「俺は、今までと変わらず同じ生活するだけだ。なんでお前らに付き合って、ここを離れる必要があるんだ」
どうして、と二人は聞かない。
俺が何を考えてこんなことを言い出したのか、わからないほどの阿呆じゃねえってことだ。
「お父様、わたし」
「シレイン、あんたは、いい嫁だ。だが、嫁は別に義理の父親と必ず一緒に生活しなきゃいけないとは決まってねえよ。それにだ。これから、万が一俺の孫なんてもんが生まれたら、泣き声とかでこの家自体がみつかりやすくなる。それが、仕事相手ならまだいいがな。誰がこの山に来るとも限らねえだろ」
二人はしばらくの間俺の顔を見ていた。
やがて、息子は少しばかり冷めてしまった茶を一気に飲み干して、また音をたてて立ち上がる。
「疲れた。寝る」
「あなた」
シレインの声に返事をせずに、息子はさっさとベッドに入ってしまう。
そう大きくない家のせいで、寝室となっている奥の部屋には小さなベッドがぎゅうぎゅうに並んでいる。
その一番奥のベッドにもぐりこんで、いつもはやらないように毛布を頭まで被った。
「ったく・・・情けねえやつだ。自分一人で逃げやがって」
「お父様」
「ああ、ああいう奴だ。自分に調子の悪いことがあると、すぐにああやってだんまりだ」
そう俺が吐き捨てるように言うと、シレインは少しだけ困ったような表情で、だけど、ちょっと笑顔で
「・・・存じてますわ。でも、ちゃんと考えてくれていることも」
と答えた。
出来すぎた嫁だ、と俺は苦々しく思う。
「あんたは、一体あのバカ息子のどこが良くてついてきたんだ」
「あら・・・お父様は、お亡くなりになったお母様のどんなところがお好きでしたの?」
「ああ?俺か?俺は・・・」
そこまで言って、俺は茶をぐいと飲んだ。
「そんなことは、今関係ねえ。俺があんたに聞いているんだ」
「・・・じゃあ、いつなら、教えてもらえますの。もし、わたしとあの人がここを離れたら、いつそれを教えていただけますの?その村に暮らすようになっても、わたし達、ここに、お父様に会いに来てもいいんですか?」
シレインのその問いに、今度は俺が「寝る」と言って立ち上がりたい気持ちになった。
たまには戻って来い。
そう言いたい。
だが、あの村は、村とどこかを誰かが往復することを極端に嫌う。
それが、昔からあの村に伝わっている預言の一つのせいだってことを俺は知っている。
預言なんざ馬鹿馬鹿しいと俺は思う。
でも、その預言のおかげで今まで何度も人の命が助かり、村の命が助かり、維持し続けているのだと言う。
いつか来るべき「何かを隠す」ために、何年も、何十年も、「隠れ里」という立場を続けているのだと長老は以前俺に話してくれたことがある。
隠すものが来てから、隠そうとしても無理なのだ、と。
他に「隠す準備」が整っているような場所を俺は知らないし、そんなところは他にあるとしても隠れているのだから今からみつけようっていったって無理だ。
そんな場所に二人が行けば、もしも会えるとしても一年に一度や二年に一度。
いや。
シレインのように、外見に特徴がある人間ならば、たったそれだけの機会でも多すぎる。
息子一人ならば一年に一度や二度ここに戻ってきてもかまわないと思えるが、シレインは。
「俺の顔なんざ、この先見なくたって困らねえだろ。あんたが嫁いだ相手はあいつだ。俺じゃねえ」
「それは、わかっております。でも、もう、わたしはお父様の家族ではないんですか。まだ許してもらえないんですか」
「勘違いしちゃあ困る。あんたは、もう俺の息子の嫁だ。そうでなきゃ、逆にこんなお節介は、俺は焼かねえよ。俺の言うことに従わないってんなら、どっちにせよこの家から出て行ってもらうことになるけどな」
「お父様」
シレインは悲しそうな表情で俺を見つめた。
それからしばらくの間、俺は何も言わずにそっぽを向いていたし、息子は毛布をかぶったままだった。
シレインもまた黙って俯いていたが、やがて空いたカップを手にして洗い場に向かっていく。
かちゃかちゃと、器同士がぶつかる音。
結局その晩は、シレインはそれ以上俺に何も言わなかったし、俺も言わなかった。
もう少し様子を見よう・・・そんな逃げを誰も口にしなかった。
何故なら、何かことが起きてからでは遅すぎるのだと、みんな知っていたからだ。


それから五日後、二人は家を出ていった。
おおまかな道を教えて長老への手紙を持たせ、俺は二人を見送るつもりもなく、家の中で椅子に座ってその場から動かなかった。
旅支度をした二人は名残惜しそうに、家から一向に出る気配がない。
「もたもたしてんなよ。さっさと出ていきやがれ」
おまえ達がこの家に戻ってくるのは、今から世話になる村人の迷惑になるんだ。戻ってくるな、と念を押すと、シレインがまた悲しそうな表情を見せる。
「でも、ほんとうに時々なら、良いでしょう?」
「駄目だ。なあに、弟夫婦に聞かれたら、お前達は旅に出たと行っておくから、心配いらねえよ」
俺は、自分が的外れなことを言っていることを知っていたが、わざわざそれを言い直そうとはしなかった。
「親父、俺は」
「うっせえなあ。しけた面してんじゃねえよ。おめえの顔をみなくてすむと思ったら、こっちもせいせいすらあ」
「そんな強がり言ってんじゃねえよ!親父、あんたの孫が生まれたら、絶対見せにくるからな。それだけは覚悟しとけよ」
「阿呆が。首がすわらない間や、聞き分けのねえガキの頃に連れてくるなよ。そんなもん、鬱陶しくて会いたくもねえ。静かにしろと言って本当に静かに出来るような年になって、しつけてからだ。じゃなきゃあ、この家にゃいれねえぞ」
「俺の血筋じゃあ無理かもしれねえが、シレインが生むならきっと利口な子が生まれるに違いねえ。待っていやがれ」
そんな憎まれ口も今日を境に聞くこともなくなる。
それは、正直寂しい。
でもな。
男は、自分が選んだ女を守るために、なんでもやってやらなきゃあいけねえと俺は思っている。
たとえ自分の親が寂しがろうと、心を決めて家族になってくれた女を大切にして、子供を大切に出来なきゃあいけない。それすら出来ないやつに、親を大事にだって出来るわけがねえんだ。
この先のこいつの人生、一緒にいるのは俺じゃあなくてシレインだ。
その相手のために、こいつもまた心を鬼にして、新しい生活に望まなきゃいけねえんだ。
そして、俺は自分の息子がそれをやり遂げてくれることを願っているし、信じている。
そうでなきゃ、こんな別れ、心に決めることが出来るわけがないんだ。
「お父様。短い間でしたが、ありがとうございました。必ず、お父様の孫を産んで、会いに来ますわ」
最後にそうシレインは言い、瞳の端の涙をそっと拭った。


二人はそれからずっと戻らず、半年後ほどに長老からの手紙を預かってきた男がやってきた。
それは、その村から時々外の様子を伺うために外出を許される人物だ。
長老からの手紙には、二人が村人に受け入れられて共に生活を営んでいること。
息子が案外と狩りが上手くて助かっているということ。
そして、シレインがみごもっていることが書かれていた。
俺はその手紙を何度も何度も読んで、それから、細かくちぎってかまどにぱらぱらと入れた。
長老からの手紙を受け取るのには、読んだ後焼き捨てることが前提になっている。
村の外に、村に関する情報をわずかにも残さないためだ。
手紙の最後に、俺にも村に引っ越してこないかと誘いの文句が書いてあった。
そこには、元来よそ者は村から追い出すのだが、既に村に馴染んでいる二人の父親であれば、みな喜んで迎え入れるだろう、といった感じのことがしたためてあった。
「あと半年くらいで孫が生まれるようだね、おやっさん」
「そうかい・・・」
嬉しいという気持ちと、なんともいえない複雑な気持ち。
そんなことを言われてしまえば、会いたくなる気持ちがつのるのは当たり前だっていうのに、良い人のふりをしてそういうことを言うのはやめて欲しいもんだ。
茶を一杯出すと、男はゆっくりそれを飲み、山の上から降りてきた疲れをしばらく癒そうと、体の力を抜いて座っていた。
そいつの様子を見て、そろそろ帰ってもらってもよさそうだと判断した俺は――それくらいのことは、俺だって気をつかったりもするんだ――話し掛けた。
「長老に伝えてくれ」
「なんと?」
「俺がここにいつまでもいる理由について、考えてみろ、と」
俺はそう言って苦々しく顔を歪めた。
それを聞いていた男は、もちろんその意味がわかるはずがない。
一瞬きょとんとした表情を見せてから
「ああ、わかったよ。じゃあ、おやっさん、また来るぜ」
「すまねえな」
「気のせいか、以前より、ここと村の間の草が増えた気がするんだが」
「俺が、手入れをしてねえのさ。前はもうちっと草を刈っていたんだがな・・・刈らない方が、いいんだろうよ。おまえさんには道がわかりづらくて申し訳ねえが」
「いや、いい。そうか。うん。わかった。それも、長老に伝えておくとしよう」
最後の俺の言葉で、ようやく少しは意味を理解したようで、男は何度かうんうんと頷いてから家から出て行った。
それが、一度目の手紙を受け取った日のことだった。

二度目の手紙は、孫知らせの朗報だった。
それを持ってそいつがやってきたのは、それからおよそ半年ほど過ぎた頃で、奇しくも、次男坊夫婦が久々にこの家に帰ってきて、そしてまた出て行った翌日のことだった。
一年近くぶりにやってきた次男は、家から出て行ったと教えられた長男の心配をしていたが、俺はいつも通り
「あいつも大人の男だ、そんな心配される方が恥ずかしいってもんだ。人の心配してる暇があんなら、てめえの心配をしやがれ!」
と喝を入れた。
お義父さんったら、相変わらずね。踊り子だった嫁はそう言ってからからと笑い、次男は苦笑いを浮かべていた。
俺がそんな風な態度をとったから、少しほっとしたようだった。
そして
「親父、あのさ、もう少し旅をしたら、今度はブランカの近くに落ち着こうかなって思っているんだ」
なんてことを言い出した。
「その時は、親父、木材をさ。兄貴と一緒に運んでくれよ。俺、知り合いの大工に来てもらって小さな家を建てるつもりだから」
「てめえが、家を建てる身分になったのか。へえ。しょうがねえな。そんときは一声かけやがれ」
「うん。金はそんなに貯まってないんだけど、そろそろひとところに落ち着こうかと思ってさ」
情けないことに、それを聞いて実は俺は、少しだけほっとしちまった。
長男夫婦とはおいそれと会えない境遇になってしまったが、こいつらは近くに家を建てると言ってくれている。
誰の替わりになるものなんてないのはわかっているが、ちっとばかり喜んだって許してもらえるんじゃないかと、甘いことを思う。
そんな話を聞いた直後に受け取った孫誕生のその知らせは、二重の喜びがやってきたような気がして、俺の心は浮かれた。
手紙には、四つのことが書いてあった。
まず、二人の間に子供が生まれたこと。
そして二つめは、その子供は女の子で、マリアという名だということ。
マリアという名は俺の息子が決めたのだろうと、手紙を読むなり俺は気付いた。
その名は、俺の妻、つまり、息子の母親の名だ。
次男坊はもう自分の母親の記憶は残っていないだろうが、長男であるあいつは、きっと母親の記憶を今でも大事にしているに違いない。
それは、ありふれた名前だ。
だけど、俺にとっても、あいつにとっても大切な名前だ。
俺の妻だったマリアはもうこの世界にはいないが、もう一人のマリアがこの世界に生まれた。
俺にとっても大事な人間が、また一人増えた事。
それは、嬉しくもあり、けれども今の状況を悲しくも思えた。
「・・・ん?」
そして、三つ目、そこから長老の手紙には、思いも寄らない重大なことが書いてあった。
「どういう意味だ、これは」
「おやっさん」
「預言がなんだって?俺の孫は、てめえらの村から一歩も出せないって、どういう話だ、こりゃ」
「すまねえ、おやっさん。俺達の村の預言書に」
「はあ?また預言かよ。そんなもん、てめえら全員信じて生きてるのか?」
「おやっさん。その預言を守って、俺達が村を隠れ里にしていたからこそ、あんたの息子と嫁さんは無事に守られているんじゃないか」
「・・・た、確かにそうかもしれねえがよ・・・」
長老からの手紙には、生まれた孫であるマリアは後の世を救う勇者となる運命を持つのだということが書いてあった。そして、だからこそ、外敵から守るため、村から一歩も出さずに育てようと思っているということ。そんな、夢物語のようなことがしたためてあったのだ。
「でもよ、おやっさん。別にさ、その預言ってさ・・・村から出すな、とかは書いてないんだよ。だからさ、多分、村から出しても大丈夫な年齢になれば、長老も許可すると俺は思ってるし、みんなもそう思ってる」
「・・・なんでえ。そういうことなら、さっさとそう言いやがれ!」
「でも、生まれた孫と数年も会えないなんて、寂しいだろ。おやっさんも意地を張ってないで、俺達の村に来ちまえばいいのに」
「阿呆。俺がここからいなくなったら、次男夫婦はどう思う?それに、ここには、俺の嫁が眠ってんだ」
「ああ・・・外の、墓か。あれは、嫁さんのだったのか」
「そうだ」
俺は、ここを離れるわけにはいかない。
妻マリアの墓を守るために。
そして、次男夫婦とのつながりを持つために。
そんでもって、あいつらが住んでいるあの村を。
ふもとから上がってくる奴らに、出来る限り気付かせないように。
以前まではもう少し上まで登ろうとする人間がいたものだが、最近はこの家から上へは獣道すらほとんどない状態だ。ぼうぼうに生い茂った足元に密集している草、背の高い草、そして、細くて肌に当たるたびに苛立つ木の枝。
それは、俺が作り上げたもんだ。
他にもあった、ふもとからの道もほとんど途中で俺は背の少しだけ低い木を植えてふさいでしまった。背の高い木をそのまま植えられるほど暇じゃあなかったから多少は手抜きだが、ぱっと見れば「この先は道がないな」と思われるように、何度も何度も調整をした、俺なりの秀作だ。
そうすりゃ、誰が登ってこようと、他の道を選ばずに、間違いなくこの場所に出てくる道を選ぶだろうしな。
そして、これ以上登っても何もないことを俺はそいつらに言ってやるのさ。
あんまりうまい考えじゃあないかもしれねえが、俺の頭じゃあそれっくらいのことが限度だ。
俺は、あいつらのために防波堤になる。
あいつらが、幸せに暮らすことだけを願う。
それ以外の父親らしいことなんざ、俺には何もしてやれねえ。
そして、いつか、シレインが約束してくれたように、孫を連れて会いに来てくれる日を、信じるしかないんだ。


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