墓守-2-

マリアが産まれたと言う知らせを聞いたのは、たまたま仕事がやたらと忙しい時期だった。
俺としても、いっくら一人分の食い扶持稼ぎと思っていても、仕事が年中いつでもあるわけじゃあねえ。
だから、働ける時に、全力でいくらでも働く。それはいつものことだった。
ブランカ城近くの小さな集落に大きな馬小屋を作るという話があがっていて、俺は仲間数人と木材を切り出し、毎日運んでいた。
また同時に、家具職人からの依頼やら、炭焼きをしている知り合いからも声がかかって、俺は毎日朝から晩まで細かい仕事をあちこちでやっていた。
木だけ切って生活が出来るなら、そりゃあありがたいことだが、そういうわけにはいかない。
大工仕事だってやるし、体は頑丈だから荷物運びみたいな仕事だってお手のものだ。
朝から晩まで汗水たらして働き、くたくたになって帰って、ぐっすり眠る。
何事もないような日常が繰り返されて、そうそう息子やシレイン、孫のことばかりを考えている暇もなかった。
「おーい、木こりのおやじ!」
そんな、ある日のことだった。
ブランカ近くの集落で、馬小屋の屋根にする木材を切り出している俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あん?俺のことか!?」
「そうそう、あんただよ。あっちの、山奥に住んでんだよな?」
「おう、確かにそりゃ俺のことだ」
俺に声をかけてきた同じくらいの年齢の男は、見るからに仕事帰りといった風情で、肩で支えた棒の先には小動物がぶらさがっている。大方、山のふもと近くで狩りでもしてきたんだろう。
「なんかよう、あんたの山の方で、でっけえ雷が落ちたようだぜ!」
「雷?」
「ああ。急に山の上のあたりに雨雲みたいなのがどーーーっと集まってきて、真っ暗になってさ・・・と、思ったら、なんかでっけえ雷がドカーンと落ちやがった。いやあ、目がちかちかしたぜ。その後、黒い雲の間から中心に白っぽい光が差し込んできたみたいなんだがよ、おれっちの目じゃ何がなんだかよくわからなかった」
「落雷つっても、山火事とかにはなってねえんだろ?だったら、そうたいしたことないな」
天災は恐ろしい。
以前も、大きな木への落雷で、山火事が発生したことがある。
とりあえず、そこまでひどいことになってないなら一安心だ。
「ありがとよ、教えてくれて。でも、大したことなさそうだな」
「でもよお、おやじ。俺、あんなにでかい雷は生まれて初めて見たぜ。それに、空の雲といったら、どこから現れたんだか急にぽっかり出てきてよ、すっげえ速さで上の方に流れて固まっちまったようで・・・いやあ、ほんと、不気味だったぜ。もうすぐ帰るんだろ。くれぐれも、気をつけた方がいいぜ」
「ああ、ありがとよ」
そんな会話は、俺としては気にとめるような内容じゃあなかった。
山の天気なんざ動きやすいし、落雷も火事にならなきゃあ胸を撫で下ろしておしまいだ。
その程度に俺は思っていたし、その日疲れた足取りで帰宅しても、何事もなかったように愛犬が俺を迎えてくれた。
何も変わりがない。
ちょっとばかり空の様子がそいつにとっては珍しかっただけで、俺には何も関係がない、どうってことがない・・・そういうことだと、俺は思い込んでいた。いや、思い込むほどのこともなく、あっという間に忘れてしまったのだ。


その日から数えて四日後か五日後。
連日早朝から夜まで働いて疲れた俺にはありがたいことに、ようやくの休みを手に入れた。
やたらといい天気で、俺は朝っぱらから目覚めて愛犬と一緒に家の周りを散歩した。
それから、妻の墓の周りに生えている雑草を全部綺麗に刈った。
本当は花を植えてやればいいんだろうが、そんなことはこっ恥ずかしい。
せめて花を摘んで、たまには供えてやればいいんだろうが、それもなかなか俺には難しいことだ。
考えれば、あいつが何の花が好きなのかも知らないままだったし、俺が花を摘む姿なんざ、愛犬にすら見せたくねえし、とにかく柄じゃあないだろう。
汚れてしまっている墓標を軽く乾拭きして、俺は家に入った。
そして、まあなんとか食える程度の、お世辞にもうまくはない朝飯を食べてから、今日一日何をしようかとぼんやりと考えていた。
そんな時に、扉を叩く音が聞こえた。
「誰だ、朝っぱらから騒がしいっつんだ!」
そう叫んで扉を開けると、そこには一人の女の子が立っていた。
ふわりと、軽く花のような香りが俺の鼻をくすぐる。何をつけているのかは、俺にはわからなかったけれど。
「こんにちは」
「あ?あ、ああ。なんだ。山登りでもしにきやがったのか、一人っきりで」
「いいえ。山を下ってきました」
「何?」
「この上の、村に、住んでいるの。あそこなら、エルフのわたしでも、人に見咎められることがないから・・・」
その言葉で、ようやく俺はその女の子がエルフだということに気付いた。
彼女が深く被った羽根帽子を軽くずらすと、ぴょっこりとエルフ特有の尖った耳が姿を現した。
「なんだ・・・あの村に住んでんのか。手紙を持って来てくれたのか?いつもは、なんだ、ドッセルとかいうヤツが来るのに、あんたみたいな女の子が一人で・・・こんなとこ来たら、他の人間に見られっちまうぜ、わかってんのかよ?」
「わかってます。だから、中にいれていただいていいですか?」
「お、おう」
初対面の俺に物怖じせずにそういって、その女の子はするりと家の中に入ってきた。
「初めまして、わたしはシンシアといいます。あなたのことは、村の方々からお話を聞いています」
「おう、そうだろうな。で、なんだ。うちの孫は元気かい。長老から手紙受け取ってきたんだろ」
俺がそう言うと、扉の近くに立ったままの彼女は首を横に振った。
「なんだ。どういうこった」
「これを、渡すために来ました」
シンシアというエルフは、自分の顔くらいの大きさの布袋を両手でしっかりと持って、俺に差し出した。
「なんだ?」
俺はそれを受け取り、床の上にゆっくりと置いて袋の口を開けた。
中を覗くと、なにやら灰のようなものが入っている。それから、その灰の中に何かが見えたが、それを手にする前にシンシアが話し掛けてきた。
「先日、村に大きな雷が落ちました」
「ん?あ、ああ、そうみたいだな。聞いたぞ。あれはそっちの村のどっかに落ちたのか」
「落ち着いて聞いてください」
そのエルフは俺を上から見下ろしていた。
険しい表情でまばたきもなく、強いその視線が俺の動きを止めた。
「は?」
「その雷は、あなたの息子さん目掛けて落ちました」
「・・・なんだって・・・?」
「あなたが手になさっている袋は、息子さんの体だったものです。灰の中に、骨が入っています」
「は・・・?」
何を言っているんだ、この子は。
俺の耳はどうかしちまったんじゃなかろうか。
聞きたくもない言葉と、言われても意味がわからない言葉が突然俺を襲って、理解が出来なかった。
それに、容赦なくエルフはもう一度同じことを繰り返しやがった。今度は、もっともっとわかりやすい言葉で。
「あなたの息子さんは、雷にうたれてお亡くなりになりました。もう原型を留めていないほど焼け爛れてしまっていたので、いっそのこと、と火葬しました。それが、残った骨です。火葬を選んだのは、体の一部が相当炭化してしまっていて、動かせば動かすほど崩れてしまうような状態だったからです」
「お・・・い・・・本当か?本当なのか。おい、嘘だろう。なんで俺のことを騙そうとすんだ。なんもないぞ、俺を驚かせても、なんにもねえ。本当のこと言ってくれ。何しに来たんだ、おめえは!」
「あなたの、息子さんの骨を、渡しに来たんです」
「シレイン・・・シレインは。シレインはどうした!エルフのおめえが来るなら、あいつが来てもいいだろうが!!」
「シレインは、空に引き戻されました」
「何、な、何を、言ってる!おい!」
俺は、気が狂ったようにシンシアの両肩を掴んで乱暴に揺さぶった。自分が錯乱していることになんか、全然気付く余裕もなかった。
彼女はそんな俺を恐がらず、ただなすがままになりながら繰り返した。
「あなたの息子さんは、お亡くなりになりました。そして、シレインは、仲間達に空の上に連れ戻されてしまった。わたしは、それを伝えに来たんです」
「あいつが・・・あいつが死ぬわけねえ!死ぬわけねえだろ!そんな、人に雷が落ちるなんざ、見たこともねえよ!周りにいっぱい木があんのに、あいつに落ちるわけがねえだろうが!それに、シレインが空にって・・・空って、なんだよ。どこに行ったってんだ!」
「空には、あの人の故郷があって、そこに住む人々が彼女を連れ戻しに来て」
「約束したんだ!絶対、俺に孫を見せて・・・孫は・・・マリアはどうした。マリアは!」
「マリアは、村のほかの夫婦が、あなたの息子さん達の代わりに面倒を見ています。元気にしています」
「一体・・・一体、何がどうなったんだ!!どういうことなんだよおお!」
俺が取り乱して叫ぶと、愛犬までもが異変に気付いて大声で吠え始めた。
それでも俺は納得できず、狂ったようにシンシアの体を揺さぶり、何度も何度も同じ事を問い、同じことを叫び、そして最後には。
「ふざけんな!俺の息子は、こんなもんになるわけねえんだよ!死ぬはずねえんだ!」
そう言って、シンシアがもってきた布袋の中身を一気に床にぶちまけた。
軽すぎてちらちらと空気の舞う灰。
シンシアはそれを吸い込んでしまい、苦しそうにしばらく顔を背けてげほげほと咳き込んでいた。
床の表面を覆ったその灰の上に、妙に軽い音でいくつもの骨が散乱する。
俺は自分が怒っているのか笑っているのかよくわからなくなりながら、シンシアにまくしたてるように叫んだ。
「大体、なんだ。これが本当に俺の息子なら、なんでおめえらは、俺に一言も断りなく焼きやがった!え?そうだろうが!本当は、これは俺の息子じゃねえんだろ?焼く前にあわせれば、違う人間だってバレるから、俺に内緒で焼いたんじゃねえのか。なんで俺の息子を死んだことにして、俺との関係を切らせようとしてんだ。え?どういう魂胆だ!」
そんな俺をシンシアは、憐れみの視線でじっと見ていた。それから、呆れるほど冷静に言い放つ。
「いいえ。それは、間違いなくあなたの息子さんです」
「まだそんなことを言いやがるのか!」
「昨日も、一昨日も、会いに来たのですが、残念ながらお留守だったようで、ようやく今日こうやって会うことが出来ました。あなたの息子さんの遺体は、全身重度のやけどを負っていたため黒く覆われ、識別も難しい状態でした。そのまま放置するにはわたし達も忍びなく、仕方なく昨日焼かせてもらったんです。おっしゃる通り、あなたにお伝えする前に焼いてしまって申し訳ありませんでした」
「・・・」
こんな時に、そんな風に筋立てて話されてしまっては、俺の方も信じるしかなくなっちまう。
ついに言葉をなくして、ぽかんと口を開けた俺に、シンシアは頭を下げた。
「本当に・・・息子さんを救ってあげられなくて、本当にごめんなさい。わたしには、他にどうすることも出来なかったんです。村のみんなも、あなたに合わせる顔がないといって、ここに来ることを嫌がっていました。だから、面識のないわたしがこの役をかって出たんです。あの村には、弔いの場所がないから、あなたのもとに帰してあげようと、灰を持ってきました」
「・・・う、うう・・・うううおおおお!!」
俺は、いてもたってもいられなくなり大声で叫んだ。
このエルフが言っていることは、きっと正しいのだろう。
どこかでそれを感じ取って、それ以上彼女を疑ったり、現実から目を背けるためにあれこれを因縁をつけることが俺には出来なくなってしまった。
「おおお、お、お、お前、お前、こんなことに・・・」
そして、俺は床に膝をつくと、はいつくばるようにして自分がぶちまけた灰を集めだした。
それは、いくら触っても細かい灰以外のなにものでもなく、床の板と板の間にはいりこんだものは、表面にかきだすことが出来ないほどに細かく、人を焼いた後に出来たものとは到底思えなかった。
からからと転がった骨を必死に集め、俺は灰と骨で小さな山を作って、そこにまじった床の埃や落ちていた毛を必死に除いた。
それから、膝を床についたままで肩で息をしながらその灰を上から見下ろすと、ぽつり、ぽつり、と色を変える液体がその上にこぼれるのがわかった。
その時、俺は初めて、自分が泣いてるってことに気付いたんだ。
「助けることが出来なくて、本当にごめんなさい」
シンシアの謝罪が繰り返された。
なんで、おめえが謝るんだよ。そんな、八つ当たりに似た憤りまでも湧き上がってきたが、それを上回る悶え苦しむような悲しみに、俺は嗚咽を漏らした。
けたたましく鳴く犬の声が、耳障りに家の中で響いていた。
窓から差し込んでいる外の眩しさが、俺の歪んだ視界に光を差し込み、俺をもっと悲しい気持ちにさせた。


それから、シンシアと何をどう話したのかは、不思議なことにほとんど覚えていない。
当然の権利として、俺は孫のマリアを引き取ると主張をしたはずだった。とはいえ、俺が育てることが出来るはずがないという、あまりに現実的な問題が立ちはだかっていたのも事実だ。
そんな状態の俺にとって、更にシンシアが告げたことは苦々しい話だった。
「シレインから、お聞きになってないでしょうけれど・・・マリアは、羽がありません。けれど、シレインの子供であれば、いつか翼が生えてくる可能性があります」
「なんだって?」
「翼がない子供は、何度か翼が生える時期を経て、それを越えても翼が生えてこなければ、一生生えてこないらしいんです。だから、その時期が終わるまでは、マリアの身の安全を考えても、まだあの村で育てた方が良いはずなんです」
「羽根が生えちまうってのか」
「マリアの髪は緑です。シレインの種族は、色んな髪色の子供が産まれるらしいのですが、緑の髪の子供はとりわけその血を強く引くらしいので、その可能性は高いでしょうね」
そういわれても、肉親の情ってもんは簡単に消えるもんじゃねえから、俺だって「はい、そうですか」と言うことは出来ない。
「それにしたって、シレインは随分詳しく話してたようだな」
「・・・そうですね。わたしも、みなさんと違ってエルフなので、そういう・・・種族が異なる者同士なので・・・」
シンシアは、確かそういって言葉を濁して曖昧に答えた。
俺は大分あれこれと主張をしたはずだったが、どんなに考えてもやっぱりそれは、一体何を話し合ったのかが思い出せない。
唯一わかるのは、最後にはシンシアに全てを任せ、俺はただ、いつかマリアに会う日を待つ・・・そんな、漠然とした約束に最終的に首を縦にふったってことだ。
その時の俺はどうかしていたに違いない。いや、その時に限ったことではない。
いつだって、その気になれば、村に乗り込んで赤ん坊の一人や二人攫ってこられるはずなのに。
なのに、俺はまるで催眠術にかかったように――確かに、その言葉以外に説明はつかないだろう――両親を同時に失って残された可愛い孫を、見知らぬ誰かに託すことを承諾した。
そして、更に不思議なことに、その後2年3年、5年10年と年月を経ても、マリアを取り戻しに行こうとしなかった。
別にそれは、会ったことがない孫に情がわいていないからとか、マリアと縁を切りたいと思っていたからでもなんでもない。
とにかく、俺は「まだマリアに会ってはいけない」と常に頭のどこかに呼びかけ続けられて、それに素直に従っていた。
それと共に、シレインが一体どこに連れられていってしまったのか、あまりにも謎すぎる「空の上の故郷」についても、それきり考えることがほとんどなくなっちまった。
俺は、息子の死のせいで、どこか頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
その晩、俺は月明かりの下で、シンシアがもってきた灰と骨を、妻の墓のすぐ傍に埋めた。
灰も骨も、その辺に撒いてしまおうと思ったけれど、できなかった。あいつの体を構成していた骨が形となってまだ目で見えてここにあんのに、そんなことはやっぱりできねえだろう。
そして、墓標をその間に立て直した。
墓標を二つ並べることが俺には出来なかった。
未だに息子の死は半信半疑で、でも、この灰や骨をそのままにしておくわけにもいかずにとった、中途半端な苦肉の策がこれだ。
もし、いつか息子がふらりと生きて戻ってきた時、墓標が二つになっていればきっと俺は笑われるだろう。だから、その日のために。
いや、そんなことはあるはずがない、あるはずがねえ。
ぐるぐるとわけのわからない考えが頭の中を回り、俺はどうしようもなくなってその場で仰向けに倒れた。
月明かりは案外と目に染みて、冷たい土の感触は布越しに背中に伝わって俺の体をどんどん冷やす。
この世界は、狂っている。
どんな理不尽なことがあろうが、子供が親を残して先に死ぬことはルール違反だ。
それを、自然の理の力で、捻じ曲げられてしまったなんて。
どうなってんだ、神様。
俺はそんなにあんたに愛されないほど、ひどいことを今までしてきたんだろうか。
あんまり俺は頭がよくない。
だから、息子が死んだのはシレインのせいじゃないか、とか、息子が普通の人間の嫁さえもらってれば、なんて、そんな風に考えることがやっぱり出来なかった。誰が悪いとか、そんなことは何の意味もないんだ。
そうなれば、もう呪うのは、神様というものしかないだろうが。


俺は、たまにやってくる、長男を知っているやつらや、弟夫婦に、ただ「やつは、かみなりに打たれて死んだんだ」と伝えるしかなかった。中には、シレインがまだこの家にいたときに、ちらりとだけその姿を見た知り合いもいた。そういう相手には、「嫁さんはどうしたんだい」と聞かれたが、息子が死んだのでもう他人になった、と言うしかなかった。
息子夫婦は旅にいっている、と嘘をついた相手の中には、ついぽろりと孫が生まれたことを告げてしまった人間もいた。そいつには、嫁が孫も連れていってしまったというしかなかった。
その都度俺はシレインのことを思って、彼女のいないところで彼女を悪者扱いしちまうことに心を痛めた。
でも、そうするしか、どうしようもない。村のことは人には言えないし、あいつが死んだことも本当だし、シレインが故郷に連れ戻されたらしいことだって確かで、でも、空に故郷があるとかどうとか言うことは内緒なんだし、俺にはそれ以上どうしようもなかった。
だから、それきり俺は、他の誰が長男のことを口に出しても、だんまりを決め込むことになった。
誰にどんな嘘をついたかなんて、いちいち覚えていられねえからだ。
そうこうしているうちに、おかげで俺は以前よりずっと気難しい人間と思われる回数も増え、休みの日にたまに家に来てくれた仲間の足も、少しずつ遠のいていった。
孤独な日々は、更に孤独を深くしていく。
唯一の救いは、次男夫婦達が以前話していた通り、ブランカ城の近くに小さな家を作る計画を進めていたため、それまでよりは頻繁に家に顔を出すようになったことぐらいだ。
シンシアは、それから一年に一度俺に会いに来て、村のことやマリアのことを話してくれた。
その時にはドッセルや、他に剣を振るえるやつが護衛みたいな感じでシンシアにくっついてくるようになった。
別にそいつらのことは俺にはどうでもよかった。
やってくるシンシアは、いつも手かごに見慣れない白い花をたくさん摘んで来ていて、来るとすぐにそこから花を数本出す。
それから、妻と息子の墓――俺には、いつになっても息子の墓とは思えねえんだが――の前に行って、その花をそっと地面に置いていた。
いつもありがとうよ。
そう言葉にすることが俺には出来なくて
「わざわざご苦労なこった。そんなことする必要、ねえのによ」
と憎まれ口を叩く。
そうするとシンシアは、無理に笑おうとしながら
「いいえ。せめて、これだけはさせてください」
と答えた。
シンシアは、毎年やってくるのに、まったく年を取らないようだった。それを聞けば、エルフは寿命が長いから、外見の変化はわかりづらいってことを教えてくれた。
ってことは、俺より長く生きてるんじゃねえのか、と焦ったら、さすがにそういうわけじゃあなかったようだ。でも、俺が考えていたよりはずっと年齢は上のようだったがな。
シンシアは俺に対しても物怖じせずに、俺の乱暴な言葉づかいにも恐がらずにいつも笑顔でマリアのことを話す。
最近、育ての母親に教わって、パンを焼いたけど失敗したらしい、とか、自分の身を守るために剣を習っているが、女の子なのにスジが良さそうだということとか。とりとめのない世間話や自分達の近況も交えて、そのほんの一、二刻の会話は、俺にとって楽しみの一種になっていた。
ある時、やってきたシンシアに俺は、もうこの家を出ようかと迷っていることを打ち明けた。
実は次男夫婦が、一緒にすまないかと話を持ちかけて来ていて、正直同居は気がすすまねえが、近い場所に住むのも悪くないと思っていた。
ただ、そうなると問題なのがマリアのことと、墓のことだ。
俺は、マリアのことを忘れているわけではなかった。もしも、村からマリアを帰してもらって連れていけるなら、それに越したことはねえしな。前にシンシアが言っていた「羽根が生える」時期がもう終わったなら、次男夫婦の力を借りながら、俺がマリアを育てようと思わなかったわけでもない。
けれど、それと同時に気がかりなのは、今までマリアを育ててくれた、息子夫婦の代わりになってくれた人間から、自分がマリアを奪わなければいけないということだった。
悲しいことに、俺だってそれなりに長く生きている。
どんな物事だって、自分が我をはれば、誰かが悲しい気持ちを飲み込むことになる。そういう風に世の中決まってるんだ。
四方八方が丸く収まるなんてこたあ、あるはずがねえ。
俺は、マリアを育ててくれた人々からマリアを取り上げることが、どうにもやるせなくて、強引にそれを出来ない。
いつかマリアに「村で育ててくれたお父さん達と一緒にいたかった」といわれるんじゃねえか・・・。
もしも自分が強引にやったら、と考えると、心のどこかでそんなどうしようもない不安な未来を考えてしまうほどだ。
椅子に座って、俺が出した茶を飲んだシンシアは――彼女と一緒に来た男は、うちの犬と遊んでいやがる――そんな俺に、きっぱりと言い切った。
「あなたは、ここにいてください。いつか、マリアは必ずあなたのもとに来るわ」
「そんなこたあわからねえだろ。それとも、村からマリアを追い出す計画でもあるってのか」
「いいえ。そんなことはないわ。でも、でも、必ずここに彼女は来るから。いつか村からマリアは旅立つ時が来て・・・そして、彼女の目的が達成された時、またここに戻ってくるでしょう。その時に、きっとあなたがいてくれることで、あの子は救われるわ」
「わかるもんかい」
「いいえ、わたしにはわかります」
「シンシアは、預言者なのかい」
「いえ・・・でも、そう思ってもらうことで、ここにいてくださるなら・・・それでいいです」
まったく、どういう預言ごっとをしているのか、と思う反面、何故か俺は素直に彼女の言ったとおりに、この家から出るのをやめようと思った。俺には、俺の役割があることを思い出したからだ。
俺は、俺のちっぽけな力で、俺のやり方で息子の忘れ形見、まだ見たこともないマリアを守るしかない。
変わらずここで生活をして、そして、村へ人を寄せ付けないように。
どういう形であろうと、妻のように、息子のように、俺もまたこの山で命の終わりをいつか迎えるのかもしれない。そんなことを漠然と思い描いた。
やはりその時が来るまでは、あいつらの墓の傍を離れるわけにはいかないと思えた。
それから、もう一つ。
こうやって、年に一度シンシアが俺に会いに来てくれるなら、それだけでもいる価値はあるかもしれねえな。
そんな風にも思うようになってきたからだ。
どんな形であろうと、誰かが自分のもとに来てくれる。それを嬉しく思わない人間はいないだろう。いや、相当なへそ曲がりだったらどうかはわからねえけどな。
そんな風に思っちまうあたり、多分、俺も年をある程度とっちまったんだろうな。
正直な話、あいつの訃報を聞いて以来、どっと老け込んだ気がしてしょうがなかった。


繰り返される年月は、あまり俺には変わり映えのない日々だった。
唯一変わったことといえば、一緒に住んでいた犬が死にその子供犬が大きくなったくらいだ。
死んじまった犬のつがいの相手は次男夫婦のもとにいて、子供も二匹ほど飼っている。
一匹だけやたらと俺に懐いてくれて父犬の傍に置くことになったのだが、今思えばそれが結構ありがたく思える。でなきゃ、俺は本当にたった一人で住むことになって・・・寂しいとは言わねぇが、話し相手は犬一匹でもいないよりはマシだからな。
そんなある年のある日、その子供犬が吠える声が家の外から聞こえた。
威嚇する声ではなく、じゃれつくような声。
最初は気にしなかったが、なんだか嫌な予感がして俺は家の外に出た。
「なんだ、なんもねぇじゃないか」
ぐるりと辺りを見回したが、何も変わったことはない。
が、ふと思いついて墓の様子を見に行って見た。
「・・・シンシアか・・・?」
いつも、シンシアが花を置いてくれていたように、墓標の前に数本の花。
周囲に人の気配はない。
俺は近づいて花を覗き込んだ。
違う。いつも、シンシアが持ってくる花じゃない。第一、色からして違う。
ピンク色の可愛らしい花は摘みたてに見えた。
その花々を手にとってじっくり眺めると、中に一本花がついていないものが混ざっていることに俺は気付いた。
俺の小指の先よりもかなり小さな蕾がつき初めているけれど、あまりにもそれは貧相で、花が咲く気配はまだまだない。他に咲いているピンクの花と明らかに違う種類の茎と葉。
「シンシアだ」
俺の記憶が間違ってなければ、その一本だけ違うその花は――といっても、花は咲いていなかったけどな――いつもシンシアが持ってきてくれるものと同じだ。
季節がズレているから咲いていなくても当たり前だ、と俺は思った。
一体なんだ。季節はずれにやって来やがって。
俺に一言もなく、何をしに来たんだ。
そう思ったけれど、シンシアにはシンシアの都合があるんだろうし、今まで毎年同じ時期に来ていることが既に稀なことなのだと俺は自分に言い聞かせた。
きっと、どこか他に用事があってここを通って行ったんだろう。その時に、ちょっと気が向いて花を置いて。
俺に声をかければ、話が長くなっちまって時間がなくなるとでも思ったんじゃねえかな。
また、この花が咲く頃にもう一度来てくれるに違いない・・・そんな風に呑気に思いながら、俺は家に戻った。
最初に感じた嫌な予感を、俺はすっかり忘れ去っていたんだ。


それから二日後。
その日もまた、なんだか晴天で気分がいい日だった。
朝から出かけて早めに仕事を終わらせた俺は、さっさと家に帰ってきて、仕事先でもらったうまいと評判の茶を淹れていた。
のどかで、何も変わりがない毎日。
次男夫婦にはとっくに子供が生まれていたが、山育ちじゃないその孫は、あまりここに来たがらない。
そういうもんだと俺は思っているし、それを恨もうという気もない。
離れて暮らして一度も会っていないけれど、きっとマリアは山育ちだから、色んな事を俺は教えてやれるんだろうな・・・そんなことを考えていた。
まったく会ったことがない孫を、なんでこんな風に思えるのか、俺は自分で自分を不思議によく感じていた。
普通は、もうここまできちまったら、完全に赤の他人。
しかも、普通の人間じゃない血がまじっている子供だ。
なのに、なんだろうな。
シンシアの話を聞いていると、なんか、一度も会ったことがないって気がしなくなるんだ。
余程シンシアの話の仕方がうまかったのか、それとも・・・いや、やめとこう。シンシアは普通のエルフの女の子だ。なんか時々「ちょっと恐い」と思うことがあるなんて、いい年した大人が感じることじゃあねえよな・・・。
「おう、確かにこりゃあ、うめえな」
俺は味にうるさくはないが、うまいもんはうまい。
熱い茶を一口飲むと、その味のうまさに驚いて、つい独り言を口走っちまった。
と、その時
がたん。
玄関の戸が動いた。
それから、俺に声をかけることも、ノックをすることもなく、不躾に開きやがった。
「あの・・・誰か、いますか・・・」
恐がるように、そうっと中をのぞきこんで、細々とした少女の声で呼びかける。外から差し込む逆光のせいで、顔がよく見えなかった。
「誰だ、おめえは」
「あの、わたし・・・上の、村から降りてきて・・・もしよかったら、お水を一杯いただけませんか?」
ようやく、まともなことを言いやがった。
その声は。
「・・・シレイン・・・?」
「え?はい?」
俺が呟いた声が聞こえなかったらしく、そいつは一歩前に出て、家の中に入ってきた。
その姿は。
緑の豊かな髪にサークレットをはめ込み、動きやすそうな軽装の可愛らしい少女。
上から下まで彼女の姿を確認した瞬間、俺の体はがっと熱くなって、言葉を失った。
馬鹿。
馬鹿だ、俺は。
なんだ、本当に俺は、馬鹿だ。
多分、そこに立っているのは、俺の孫だ。
マリアだ。
上の村から降りてきた、緑の髪の少女。
そんなもん、二人や三人や四人いるはずがないんだ。
だからって、すぐにそれを口に出して確認出来るほど、俺の心の準備は出来ていなかった。
「水か?はあ?上から降りてきたって、こっからどうすんだ」
「山を・・・降りようと思って・・・どこに、何があるかわからないけど・・・」
「水を持ってこなかったのか。何考えてんだ。しかも、しけたつらしてるな」
「・・・」
「俺はよう・・・いんきくさいガキはでえきらいなんだよ!」
そこかで声を荒げても、そいつはむきになってくってかかってもこなかったし、はっきりした態度も見せなかった。ただ困ったような表情を俺に見せて、おどおどしているだけだ。
誰に似たんだ。
そう言って怒り出したくなったが、そういうわけにもいかず、俺は手招きしてとりあえず茶を一杯飲ませてやった。
余程喉が乾いていたのか、熱いはずの茶を、慌てて冷ましながら立ったままでごくごくと飲み干し、テーブルの上にカップを置いた。
「ありがとう」
それから、どうしようか。
何から話せばいいのか。
そう思った時、突然俺の頭の中でシンシアの声が響いた。

必ずここに彼女は来るから。
いつか村からマリアは旅立つ時が来て・・・そして、彼女の目的が達成された時、またここに戻ってくるでしょう。
その時に、きっとあなたがいてくれることで、あの子は救われるわ。

村から旅立つ時が今日なのか。
それじゃ、今はまだここがこいつの居場所じゃねえのか。
おい、シンシア。おめえは、本当に本当に預言者じゃねえのか。
彼女の言葉を思い出した途端に、俺はまるで用意しておいたような言葉をするすると発した。
「へっ。さっさと山を降りやがれ。お城があるからよ!」
「お城があるの?・・・わかった。ありがとうございます」
もう一度俺に礼を言って、緑の頭をぴょこんと下げた。
人に礼を言えるのは当たり前のことだが、その当たり前のことができねえやつも世の中にいる。
おい、シレイン。あんたが産んでくれた娘は、ちゃんと礼儀をわきまえてるようだぜ。
まあ、声もかけずに戸を開けたのはなんだがな。
それから、そのまま外に出ようとしたそいつを呼び止めて、俺は旅に役立ちそうな適当なものを押し付けた。
本当は引き止めることだって出来た。
お前、本当は俺の孫じゃねえのか、とか。
村から出てどうする気なんだ、とか。
シンシアは元気か。なんでお前一人でここに来たんだ、とか。
聞きたいことも言いたいことも山ほど俺にはあった。
でも、俺の頭の中に何故か残っているシンシアの残像が、俺に言うんだ。

見送ってあげて

ってな。
見送るってことは、ここからやっぱり旅立つってことだ。俺が引き止めちゃいけないってことだ。
なんでそんなことを俺は信じたのかわからない。
やっぱり、俺はシンシアになんかの魔法みたいなものを、長年ずっとかけられていたんじゃないかと疑っちまう。
ああ、これは言わずにいようと思ったんだが、やっぱりここまで条件が揃うとそう思わなきゃいらんねえだろ?
あいつは礼を何度か言って、さっさと俺の家を出て行っちまった。
もちろん、墓なんて気付きもしなかったことだろう。
でもいい。
シンシアが言っていたように、確かにマリアはここに来た。そして、出て行った。
だったら、シンシアが言うように、なんかをあいつはやってから、またここに来るんだろう。
それだけは確信出来て、俺はマリアを追いかけてすがることもしなかったし、本当に俺の孫なのかを無理矢理確認しようとも思えなかった。
何故なら、薄情かもしれねえが、俺はマリアのことよりも気になってしょうがないことが他にあったからだ。
俺は、マリアがいなくなってからすぐにちゃちゃっと身支度をして家を出た。


それから俺が向かったのは、17年以上も俺からは足を運ばなかった、もっと上に登ったところにある、隠れ里だ。
もういいだろう。
マリアもいなくなった今、あの村は、もうこれ以上何を隠して置かなきゃいけないっていうんだ?
長老の顔を見なくなって久しかったし、何よりシンシアに問い詰めなきゃいけねえ。
言った通り、確かにマリアは来た。旅立った。
本当に、シンシアは預言者なのか。
俺は、マリアに言いたかった言葉の何倍何十倍も多くの質問を抱え、忘れないように頭の中でそれをぐるぐる考えながら山道を登っていった。久しぶりに通るその道はかなり険しくて、なるほど、隠れ里にするにはもってこいだ・・・と、今頃自分が作り出した迷路を忌々しく思いながら、結構時間がかかっちまった。
だが、ようやくそれらしい場所にたどり着いた俺の目前に広がっていたのは
「・・・な・・・に・・・なんだ・・・これ、おい、何・・・」
俺の、記憶違いだろうか。
ここに、村があったはずだ。
いや、確かに古い記憶で、長男夫婦を見送った後一度も足を運ばなかった場所だから、間違いって事もある・・・
そう思わずにはいられないほどの光景。
崩れ去った建物。瓦礫が散乱して、何ひとつ人が生活していた痕跡がない。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・いくつも建物の跡がある。
「・・・うおっと!!」
俺は、ふと踏み出した瞬間、足の裏にとんでもない熱さを感じて飛びのいた。
そこは、誰かの家の前にわざと敷いてあったような、大きな石を組み合わせた床みたいな場所だった。
熱い。
なんだ、これは。
なんなんだ。なんなんだ。
一体、これは、どうなってるんだ。
あちこちで焦げ臭い匂いがするが、家が焼けたような感じはあまりない。
何が焼けたんだろうか。
マリアが何かを焼いたのか?いや、そんなことはないだろう・・・。
俺は呆然としてその場で立ちつくした。が、やがて我に返ると、知ってる限りの名を呼んだ。
長老。シンシア。ドッセル。あとは知らない。
一応、マリアの名も呼んだ。
しかし、誰からも応えが帰ってこない。
「シンシア。シンシア!おめえ、わかってたのか、え?」
村人がどうなったのか、俺にはわからない。死んだのか生きているのかもわからない。
ただわかったのは、ここにはもう誰もいないってこと。そして、シンシアの話では、みんなマリアを大事に育てていたのに・・・なのに、当のマリアが旅に出る時に、何の用意もしてやってなかったってこと・・・。
それは、マリアが旅に出る前には、もうここに誰もいなかったってことを指すんだろうと思う。
それ以上のことはわからない。
いや、あとひとつだけ。

シンシアは預言者なのだろう。
だって。
ここからいなくなることを知っていたから、あんな季節はずれに花を供えに来たに違いねえんだ。
だったら、きっとシンシアはもうこの世にはいねえのかもしれない。
どこかに行くなら、絶対あのエルフの可愛らしい少女は、俺に一声かけてくれるに違いない・・・。
それぐらいは信じたかった。信じたって、いいだろう?
誰もかれも、俺の前からさっさと姿を消して、二度と顔を見せないなんて。
死んだならしょうがない。そう思いたいのは、俺のわがままだってことはわかってるし、生きてるなら本当はそれに越したことはねえ。
でも、違うんだ。きっと、シンシアは。
また、俺の中で不思議な予感がした。いや、それはもう予感ではなく、間違えようのない推測、つった方が正しいんだろうな。
これも、シンシアが俺に言い聞かせた、なんかの魔法なのかね?
「マリア・・・マリア、マリア、おめえよう・・・おめえ、本当に帰ってきてくれよう・・・」
俺は、その場に膝をがくりとつき、手をついて、四つん這いになった。
「おめえが、帰ってきてくれなきゃ、一体何がどうなったか俺にはちっとも・・・あいつが死んだ時も、シレインがいなくなった時も、なんでもかんでも、俺はいつもわからねえんだよ・・・なんでだよ・・・なんでだよ!」
その場で、俺はぼろぼろと涙を流した。
どうしようもないやるせなさと、わけのわからなさへの苛立ち。
そんな気持ちの反面、どこかで冷静に「ああ、シンシアはきっともうこの世にいないんだ」と強く思ってしまっている自分。
俺は本当に馬鹿だ。
馬鹿で馬鹿でどうしようもない。
マリアを、この村のやつらを何かから守ろうと、ずっとあの家に一人で頑固に生きてきたのに。
結局、俺が知らないところで何かが起きていて、俺は何の役にも立てなかったんじゃねえか。
俺が出来ることは。
生きてる人間を守ることじゃなくて、死んじまった人間の墓を守るだけだっていうのか。

あなたは、ここにいてください。いつか、マリアは必ずあなたのもとに来るわ。

「これ以上、俺に待てってのか、おめえはよう!!」
たまらず、俺は近くの瓦礫に手を伸ばして、崩れた家の一部を掴んであちこちに投げつけた。
シンシアよ。
もしも、おめえがもう死んでるなら。
俺は、おめえが毎年摘んできてくれた花を探して、おめえの墓に毎年供えてやるよ。
でも、本当はそんなことはしたかねえんだ。
だから、いつか。
マリアと一緒に、俺のもとに帰ってきてくれ。
この日から、それが俺の夢。それだけが俺の願いとなり、俺をこの山で生かしてくれるのだ。


Fin

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