懺悔-2-

天空城にエルフが住まう理由を知る者は少ない。
いや、知られていないわけではない。正しく言えば、誰もが忘れているだけなのだ。
「特定の」エルフが生まれた時に、ようやく皆は「そういえば」とその理由を思い出す。
その日。
双子のエルフであるキュンティアとキュンティオスが生まれた日。
それが、人々が「そういえば」と、その理由を思い出す日だった。
天空城でエルフが生まれる時、同じく天空城に生きているエルフ達は、みながその生を祝福し、踊り、歌い、その命がこの地に現れる瞬間を心待ちにしている。
しかし、その日は普段の「それ」とは様子が違った。
祝福の中に生まれたエルフは、双子。
まだ幼き二人を抱え、マスタードラゴンに生への祝福を授けてもらうために、エルフ達はみなマスタードラゴンの部屋へと足を運んだ。
天空城で命を授かった者達は、みなマスタードラゴンに名を授けてもらい、その人生への祝福を与えられる。
ただ、それだけで終わるはずだと、誰もがそれを信じていた。
けれど。
その日のマスタードラゴンは、その双子に名をつけることを躊躇し、ぐるる、と喉を鳴らして、幼き姉妹をみつめるだけだった。
「マスタードラゴンよ、何か?」
「ついに、この日が来てしまったか・・・」
「・・・何のことでしょうか?」
エルフ達の間に怯えの色が走り、マスタードラゴンの両脇に立っている天空人である付き人達も、眉根を寄せた。
マスタードラゴンは、重々しく呟いた。
「この娘、予言の巫女となり得る者」
「!!」
「以前予言の巫女がいたのは、我らがエスタークを封じた時・・・また、何か時代を揺るがす大きなことが起きるというのだろうか?」
室内はざわめいた。
「とはいえ、必ず凶事とは限らぬ。ただ、大きな何かが発生する、それだけのこと」
マスタードラゴンはそう言って、人々を落ち着かせようとした。
「双子として生まれたということは、きっと・・・何か、意味があることだろう。共に生まれた娘には近しい名で、かつ、稀有な運命を切り開く力をその名に与えるため、男児の名を与えよう。それが、昔からの慣わしだ」
予言の巫女の名は、キュンティア。
そして、その巫女と運命を共にするであろう、双子の一人には、キュンティオス。
マスタードラゴンはそう名付け、二人に祝福を授けた。


マスタードラゴンは、未来を見る力なぞ持ち得ない。
彼は、天空で世界の全てを見ることが出来るが、それは「見る」以外のなにものでもない。
今どうなっているのか。過去どうであったのか。
既に起きている、そこにある事実だけを、彼は司る。
強大な力を持つ者が予知能力すら手に入れてしまえば、それは、この世界を独占する力となる。
この世の理は、それを許すはずがなかった。
けれども、その強大な力ゆえに、彼はもうひとつ宿命を持った。
この世界を揺るがすほどの大きな事態が発生した時。
彼は、予言の巫女の力を借りて、それを収めなければいけない。
それは、誰と約束したわけでもなく、「それが出来る力を持つ」がゆえに、彼が彼に課している約束事であり、彼だからこそその重要性を知っているのだ。
もっとも近い過去には、地獄の帝王と呼ばれるエスタークが、進化の秘宝を使って地上を闇の世界に変えようとした事件があった。
あまりにも大きな力を持ったエスタークを、天空人達とマスタードラゴンはどうにか地下に封印をすることが出来た。
その時も、そのための力を蓄えるためにそれを指示したのは、その当時天空城にいた予言の巫女と呼ばれるエルフだ。
予言の巫女は、予言の儀式を行う。
あまりにも強大すぎるエスタークが作り出そうとした未来は、それは恐ろしいものだった。
それ故に、エスタークを倒す方法を知ろうと二度目の予言の儀式を行った時に、彼女はあまりにも耐え難い恐怖の未来を見て、気がおかしくなってしまった。
けれど、その時に彼女が最後残した予言をもとに、マスタードラゴン達は封印の方法を考え、エスターク本体だけではなく、それの居を共に封じることに成功をしたのだ。
その過去を知る者は天空城でも数が少ないが、知っている者はキュンティアが生まれたことを知って、不安を隠し切れなかった。
何かが、この世界に起きる。
そう思う反面、予言の巫女のおかげで、凶事は免れることだろう。それは、ありがたいことだ・・・彼らは、そう思うしかなかった。
双子のエルフは、まるで何事もなく、何も他人と変わることがないように、まっとうに、普通に成長をした。
二人はまったく同じ外見をしており、同じエルフ達でも二人を呼び間違えることがあるほどだった。
まっすぐで美しい髪。優しい声。女性らしい可愛らしい仕草。
尖った耳の大きさもほぼ同じで、骨格もまるきり瓜二つの双子の少女達。
天空城にいるエルフの中でも、彼女たちはとても整った造作で、誰からも愛されていた。
彼女達は、エルフ達が好む白い花を、周りと同じように好んだ。
日の光、地上にある森、朝露の輝き、エルフ達の歌、踊り、それらのみなが好むものを、当たり前のように彼女達も愛していた。
時に許されれば他のエルフ達と地上に降り立ち、お気に入りの森の中で森林浴を楽しむ。
何の変哲もない、ゆったりとした日々が続いていた。
しかし、ある日、突然異変が彼女達を襲った。
「キュンティア、どうしたの?」
それは、天空城の一室で、花に囲まれて談笑をしていた時だった。
突如キュンティアが体を強張らせ、みなからの呼びかけに答えなくなった。
キュンティオスがキュンティアの体を揺さぶろうと手を伸ばすと、かなり年齢のいった一人のエルフは叫び声をあげた。
「キュンティオス、キュンティアに触れてはいけません!」
「えっ」
「みなも、キュンティアに触れてはいけません!ああ、ああ、これは、予言の前兆です!」
エルフ達は顔を見合わせる。
確かに、予知能力に長けたエルフが時々生まれることはあった。けれども、年長のエルフが声を荒げるほど、キュンティアの「それ」は特殊なのか、とみなは初めて心から怯える。
しばらく体を強張らせていたキュンティアを、皆は息を潜めてみつめていた。
そして、どれほどの時間が経ってからだろうか。
「・・・み、なくちゃ」
キュンティアの唇が動き、掠れた声が発せられた。
「キュンティア!?」
「もっと・・・もっと、未来を、見なくちゃ」
「キュンティア、何を言ってるの?」
「キュンティオス」
ようやく体が動かせるようになったキュンティアは、心配そうに見つめる双子の片割れに目を向けた。
「わたし、今、未来を見たの。わたし、今、未来を見たのよ」
瞬きもせずにキュンティアは、まるで念を入れるかのように同じことを二度繰り返し呟いた。
「何か、禍禍しい者が甦るの。地底から。そして、その力を更に増大させようとしている、何かが・・・何かが、いたの」
目を大きく見開いたまま、うわごとのように呟くキュンティアを見て、キュンティオスは顔を歪めた。
可哀想なキュンティア。
そんな力、なければいいのに。
そんな役目、誰かが代わってくれればいいのに。
「もっと、見なくちゃ。でないと、世界が」
「世界が?」
「闇に、包まれる」
未だ瞬きをしていないキュンティアを、たまらずキュンティオスは抱きしめた。
まだ十分に幼さの残る二人のエルフはついに、己の運命に立ち向かう時が来たのだ。
その日から、キュンティアとキュンティオスは、天空城の人々から「キュンティア様」「キュンティオス様」と呼ばれるようになった。
覚醒をした巫女と、その巫女を「何かから」護る者として、二人はその日を境に、他のエルフ達と共に歌ったり踊ったりすることを禁じられた。
それまで与えられていた居住の場も移されたが、最初は二人共その理由がよくわからなかった。
キュンティアが行う予言の内容を人々に漏らさぬため、最大限の措置がとられていたのだ、とわかったのは、後々のことだった。


予言の巫女が、その能力を最大限に使って行う予言の儀式。
それは、何人たりと立ち入ることが出来ない、マスタードラゴンが作り出す空間で行われる。
キュンティオスですら、その空間に共にいることは許されない。
特に何の教育を受けたわけでなくとも、キュンティオスは「そうすべきものなのだ」と自分の存在意義を知っており、素直にその運命を受け入れていた。
ある意味で、それはまことに「天空城らしい」ことではあった。
これが、下界に生まれたマリアやその他地上人であれば「力があるからって、どうしてそうしなきゃいけないの」などと言って拒むこともあるだろう。
しかし、キュンティアは違った。
その力を使わずして、自分は生きている意味がないではないか、と。
それほどに彼女は予言の巫女としてあまりに適した人材であり、あまりにマスタードラゴンの期待通りの倫理観を持つエルフとして成長してくれていた。
誰が仕組んだわけでもなく、キュンティオスも、また。
初めて行った予言の儀式ですら、まるでそれは遺伝子に刷り込まれているように、キュンティアは何へ対しても説明を求めずに儀式に向か、そして、何の説明もなくやり遂げた。そうであることがよりいっそう、予言の巫女としての彼女の飛びぬけた才覚を知らしめることになったのだが。
予言を行うために空間に篭り、そこで何が起こっているのかは誰にもわからない。
キュンティアは体を残したまま意識を未来へ飛ばし、予言を「必要とされている時間と場所」を探り当て、見聞きしてくるのだと言う。
その精度は完璧であり、時には「見聞き」を超えた、生き物の心の声や、自然が起こす災害の前兆すらを読み取る力を彼女は発揮していた。しかし、それが歴代の巫女の中、どれほどの能力の高さなのかを完全に知っているのは、マスタードラゴンのみだ。
予言の儀式が終わって、マスタードラゴンの前に姿を現したキュンティアは、あまりにも端的にその「予言」を口に出した。
「ほど遠くない近い未来に・・・この世界が、狂います。闇の世界に満たされ、邪悪なる生き物だけがそこに生を得ることが出来る、忌々しい世界に変化します」
人払いをされたその一室では、マスタードラゴンとキュンティア、そしてキュンティオスだけが存在した。
そのがらんとした部屋の中で冷静に放たれた、恐怖の言葉。
「闇の帝王が復活し、それを元にして更に上回る力を得る邪悪なる存在が、地底で生まれます。それに抗う術は、今の我々にはありません」
「あのエスタークを上回る存在・・・エスタークですら、我らの全力をもってして、封印をするだけが精一杯だったというのに・・・・」
マスタードラゴンは俯くように首を曲げ、唸った。
最早、どう考えても彼らはその「更に上回る力」に対抗をする術を持たない。
そのことを、誰よりもマスタードラゴンがよく知っているのだ。
しばしの沈黙。
キュンティオスは、ただ彼らのやり取りを静かに聞くしか、他に何一つ出来ることはなかった。
キュンティアは、静かだった。
ただ、苦しそうに眉根をよせ、瞳を伏せ、何かに耐えるように息をそっとつめてその場にいるだけだ。
やがて、マスタードラゴンが意を決したように、ゆっくりを顔をあげた。
「キュンティア」
「はい」
「酷なことではあるが」
「・・・わかって、おります」
二人のやり取りを聞いて、キュンティオスは声を荒げた。
「お待ちください!まさか、未来返しの術を・・・キュンティアに・・・」
「それしか、方法がないのだ」
「他に・・・他に、何か、手立てはないのですか!?」
「キュンティオス。この世界には、あのエスタークを封印する以上の力は今は存在しないのだ。であれば、我らが出来ることはひとつ」
そのマスタードラゴンの言葉にキュンティオスはそれ以上反論が出来ない。
未来返しの術は、禁じられた術。
それを行えと、マスタードラゴンはキュンティアに言い、キュンティアはそれを受け入れる。
まるで、そのために自分がそこにいるのだと思っているかのごとく。
「マスタードラゴン・・・わたしに・・・わたしには、何か出来ないのでしょうか?」
キュンティオスは声を詰まらせて、マスタードラゴンに訴えた。
同じ時にこの世に生を受け、一対のものとして名を与えられた自分が、何一つ出来ないその無力感に苛まされて。
キュンティアは、キュンティオスを見て、無言で首を横に振った。
「だって・・・あなただけが、何もかもを背負うなんて・・・わたしが一緒に生まれてきた意味は何なの?マスタードラゴン!」
「キュンティオス。己の人生の意味を問うか」
「これでは、あまりに・・・あまりに・・・」
「お前は、お前の役割が、あるのだろう」
「・・・っ・・・?」
「それは、今はまだ誰にも見えない。予言の巫女と対に生まれた者なぞ、未だこの天空城の歴史の中いないのだから」
キュンティオスは言葉を失ったまま、マスタードラゴンとキュンティアを交互に見る。
キュンティアは、そんなキュンティオスの手をとった。
「キュンティオス。行ってくる」
「行ってくるって・・・そんな、簡単に、禁忌を・・・」
「覚えていて。あなたがいるから、わたし、どんな未来からも戻ってこれるの」
「キュンティア?」
「わたしが見ている未来は、あまりにも恐ろしい未来。一瞬にして自分の意識が邪悪なるものに取り込まれて、もう二度とこちらの世界に戻ってこられないような、禍禍しい世界なの。でも、まるであなたが、わたしをここに繋ぎ止める糸のように、わたしの意識を保ってくれるの」
「そんな・・・わたし、何もしていないわ。キュンティア」
「何もしなくていい。ここにいてくれれば、今は」
ぎゅっとキュンティアはキュンティオスの手を握って、微笑を浮かべた。
未来返しの術とは、予言の巫女が未来に干渉をする術。
具体的に「何をしろ」とマスタードラゴンは言わない。
それを知るのは、未来を動かす力を持つキュンティアのみ。
意識だけを未来へと飛ばせることが出来る巫女が、まるで体を持つように、未来の何かに触れる時。
例えば、河原の石ころひとつ。
例えば、野に咲く花一輪。
触れるはずのない人物が、触れるはずのない何かに触れる、それだけで未来はわずかに揺れる。
それは、水面に広がる水紋のように広がり、変えたいと思う未来の事象に届くだろう。
たったそれだけといえばそれだけのことが、禁忌と呼ばれるのは、意識しかない――それは、そう、まるで夢を見るようなものだ――状態で、物に「触れる」ということは、この世界に置いたままの肉体と未来との接触になるからだ。
その衝撃で、体までもが未来へ引き摺られ、戻って来れなくなる巫女もいると言う。
キュンティオスは祈った。
祈って祈って祈って。
自分がキュンティアをここに繋ぎ止める糸であれば。
どれほど強い力でひっぱられようが、自分は永遠にこの天空城から動かない、とすら願い、愛しい姉の術の成功を祈り続けた。


キュンティアが試みた未来返しの術は成功したけれど、それは、邪悪なる力が支配する未来を覆すほどの力にはならなかった。
それでも、彼女の術で何かしらの未来は動いているはず。
それを信じて、1年、2年、と月日は流れて行った。
予言の儀式を行ってからというもの、キュンティアとキュンティオスのお互いの感応力は強まり、時折遠くにいても、お互いが何をしているかを知ることが出来るようになった。
相変わらず彼女達は他のエルフと共にいることはほとんどなかったが、それでも天空城の中を普通に歩き回ることは許されていた。
悲しいことに、その能力の高さゆえに、キュンティアは地上に降りることを禁じられた。
そしてまた、大きな儀式の時に、彼女の意識を繋ぎ止める役割を担ったキュンティオスも。
他のエルフ達が時々地上に降りることを許されているのに、彼女達はこの天空城から出ることが叶わない、まるで足枷をつけられた囚人のような暮らしをしていた。
それでも、二人はそれを苦痛に思うことはなかった。
なぜなら、それは「当たり前」のことだからだ。
だから、もう一度予言の儀式をキュンティアが行うと決まった時も、キュンティオスの心はとても穏やかで
「わたしが、彼女を未来から護るわ」
と、心の中で強く誓った。
二度目の儀式を行うきっかけになったのは、一人の天空人が地上に降りて、戻らないと話題になったことだ。
天空人が地上から戻らないことは、そう珍しいことでもない。
なんらかの理由で翼を傷めていることもあろうし、なんらかの理由で滞在を延ばしているだけということもある。
けれど、彼らの間で話題になっていた、シレインという天空人が戻ってこない理由は、それではなかった。
はっきりとそれを知っていたのはマスタードラゴンだけだったが、天空人達の間でも「シレインはそんなに地上が好きじゃなかったはずなのに、なかなか帰ってこないとはおかしいな」「翼を傷めたのだろうか」「悪い人間につかまってなければいいのだが」と噂にあがっていた。
キュンティアはマスタードラゴンに呼ばれ、問われた。
以前の儀式の時、シレインと地上の男は結ばれていたのか。それをお前は見たか。
それが、マスタードラゴンの問いだった。
「マスタードラゴンがおっしゃるのは、天空人と地上人との間でもうけられた子供が授かる能力を考えてのことですね?」
それは、キュンティオスも知っていた。
天空人と地上人との間に生まれた子供は、時に凶事を引き起こすほどの強い能力を持つことがある。
それは、長い歴史を持つこの天空城でも、あまり多くは書物に記されていない極秘事項に近いものだ。
「マスタードラゴンよ。わたしが見た未来には、天空人と地上人の間に生まれた子供は」
「うむ」
「勇者狩りという名目で、既に命を奪われておりましたので、その姿を見ることも叶いませんでした」
マスタードラゴンは、ぱちりとまばたきをした。
竜のまばたきは珍しい。キュンティオスもそれに驚き、眉根を寄せた。
「では、お前の未来返しのせいで、シレインが下界に下りたわけではないのだな」
「はい。わたしが見た未来では、確かに彼女は既に地上におりました」
どこまでのものを、キュンティアは「見て」くるのだろうか。
キュンティオスはそれに一瞬ぞっとしたが、ぐっと拳を握り締めて「今はそれに怯えている場合ではない」と自分に言い聞かせた。
キュンティアは、もう一度予言の儀式を行った。
彼女が施した未来返しの術が、いかほどの効力を発揮したのかを確認し、そして、それでもまだ足りない時は、未来返しの術をもう一度行う覚悟を決めて。


二度目の予言の儀式ののち、またもキュンティアは未来返しの術を行うことになった。
前回と同じように、マスタードラゴンが作り出した空間にキュンティアは身を投じ、キュンティオスはマスタードラゴンのもとで彼女の帰りを待つだけだった。
「マスタードラゴン」
「うむ。なんだ。キュンティオスよ」
「この未来返しの術ですら、恐ろしき未来を回避できない場合は、我々はどうすれば良いのでしょうか」
「・・・キュンティアの力は、予言の力と、今の時点で未来に干渉をするだけの力。あとは、我々が出来得る限りの努力を行うしかあるまい。しかし、それは我々の力だけでは無理だろう。わたしの力は、未来を動かす力ではない。それを動かす可能性を秘めているのは」
「秘めているのは」
「地上にいる生き物達だ」
「・・・何故、そうお思いなのですか」
「我らは、地上にいる生き物を軽んじてはならぬ。我々が出来ることを彼らは出来ないが、彼らが出来ることで、我々が出来ぬことは間違いなくあるはずだ。圧倒的に数も違う。あれほどの数の生物の中、奇跡を起こすものがいてもおかしくはない。おかしくはないが・・・その素質を持つ者が、間違いなくその素質に気付くかどうかは、これはまたなんとも言えぬことだが」
「そんな・・・っ!!?」
キュンティオスが言葉を続けようとした瞬間、まるで、何かの圧力をうけたかのように彼女は横に吹っ飛び、壁に激突した。
「キュンティオス!?」
マスタードラゴンの咆哮。
それと同時に、室内中央の空間に、突然キュンティアが姿を現し、そのまま落下した。
マスタードラゴンが作り出した空間から、前触れもなくキュンティアがまるで「排出」されるように落ちてきたのだ。
冷たい床の上に激突したキュンティアに、マスタードラゴンは慌てて癒しの力を行使する。それと共に、壁にぶつかって痛みに耐えているキュンティオスにも、同じように癒しの力を与えた。
「キュンティア!」
「マスター・・・ドラゴン・・・」
「何が起こったのだ!」
「もう、わたしの、力では」
切れ切れにキュンティアは言葉を発し、壁にもたれてぐったりしているキュンティオスに気付いて青ざめた。
「キュンティオス・・・キュンティオス、ごめんなさい、わたしが・・・ああ・・・」
「どうしたのだ、キュンティア、答えよ!」
「気付かれてしまいました。わたしが、未来返しの術を・・・行使しているのを・・・」
「誰に」
「魔族の・・・若者に・・・」
呟くようにそう言うと、キュンティアは気を失いその場で倒れた。


キュンティアが次に目覚めた時には、ベッドの傍でキュンティオスが座っており、彼女は静かに書物を読んでいた。
「キュンティオス・・・」
「キュンティア。気付いたの?ああ、無理をしないで。あなた、2日間まるごと眠っていたのよ」
キュンティオスはサイドテーブルに書物を置いて、キュンティアの覗き込む。その優しい笑みに安心したように、キュンティアも口元をほころばせた。
「キュンティオス、あなたは・・・大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。少しだけ体が痛むだけ・・・何か、食べる?喉は渇かない?蜜を入れた冷たいお茶を飲む?」
「嬉しいわ。喉も渇いているし、甘いものも欲しい」
「昨日、エルフのみんなが、おいしい蜜を集めて来てくれたのよ。あなたにって」
「本当?」
上体を起こして、キュンティアは長い髪を整えた。キュンティオスは透き通る美しいグラスに冷たい茶を注ぎ、瓶に入っている蜜をそれへ垂らしてよくかき混ぜる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
キュンティアはグラスをうけとると、一気に半量を飲み干し、ぷはー、と大きく息を吐き出した。その様子を見て、今度はキュンティオスが安心したように、ほっと小さく息を吐いてから再び椅子に座る。
「おいしい!」
「よかった」
それからしばらく、キュンティオスはキュンティアに何の追及もしなかったし、キュンティアも何もキュンティオスに報告をしなかった。
まるで言葉を発することを後延ばしにしたいかのように、キュンティアはグラスに口をつけ、ほんのわずかずつ、舐める程度にちびちびとそれを飲んでいる。
グラスの中身が終わりそうになった頃、ついに耐えられなくなったキュンティオスが、口を開いた。
「キュンティア、未来返しの術は」
「・・・成功したのかどうかは、もう一度予言の儀式をしなければ・・・わからないの。ごめんなさい」
「謝ることなんてないわ」
「ううん、それに・・・失敗ではないと思うの。ただ」
「ええ」
「あの子の命を助けても、あの子が世界を救ってくれる可能性なんて・・・」
「あの子?」
キュンティアは悲しげな微笑をキュンティオスに向けた。
「シレインの子供の命を、救ったの。あの子の住む場所に押し寄せる魔物達の足止めをするために、マヌーサをかけて。それが、わたしが出来る唯一の干渉だった。わたし達の未来には、その子以外の希望はもう、何もないから」
「それ以外の希望はもう、ない・・・」
「マスタードラゴンですら敵わない強大な邪悪がこの世界を覆い尽くすわ」
「シレインの子供を・・・それは、まさか」
キュンティオスははっと気付いて、眉を潜めた。
「ただの賭けよ。キュンティオス」
「その子が・・・この世界を救う、勇者となり得るのか・・・それを、次の予言の儀式で、あなたは確認をするつもりなのね」
「ええ」
キュンティオスは深い溜息をついた。
「魔物達の足止めをした後、もう少しだけ未来を見るためにわたし、意識を飛ばしたの。その途中で、一人の魔族の若者を見た」
「魔族の若者」
「冷たい目をした、けれど、心の中のどこかには激情を持っている人。意識しかないはずのわたしが見えているように、突然その若者とわたしは眼が合って・・・合ったと思った瞬間、何か大きな力でふっとばされて、未来返しの術を終わらされていた。そこにいたわたしは、意識だけだったのに」
一瞬キュンティオスは背筋がぞっとする思いに包まれた。
キュンティアが言っていることは少ししか理解が出来ないけれど、それでも、本来キュンティアが見ている「未来に生きる者」達は、それを見ているキュンティアの存在に気付くはずがない。けれど、それに気付いた者がいるのだという。
それはある意味、やはり自分達の想像を絶する力を持つ者が、未来に存在をするということとなる。
が、それは今は考えるまい、とキュンティオスは気丈にも笑みを見せた。
「その衝撃が、わたしの体にも伝わったのね。わたしとあなたは、時々妙に繋がるから・・・でも、大事がなくてよかったわ」
そういって微笑むキュンティオスを見て、キュンティアはまた少し安心したように小さく頷いた。しかし、彼女はすぐに難しい表情を浮かべ、まるで独り言のようにぶつぶつと呟く。
「シレインの子供、たった一人に、この世界のすべてを任せることなぞ・・・出来ないとわかっているのだけれど。それに、もしかしたら、わたしが干渉した先の未来に、また勇者狩りがおきて、あの子は殺されてしまうかもしれないけど・・・それでも、何度でも、わたしはやらなくちゃあいけない」
そっとその言葉を聞いていたキュンティオスは、表情を曇らせる。
「でも、キュンティア。過去の、予言の巫女について記した禁断の書をわたし、この前読んだけれど」
「ええ」
「いかな、未来返しの術とはいえ・・・特定の生命を救うことは・・・ほとんど成功をしないと」
「だから、何度でもやらなくちゃいけないの。どれだけあの未来で耳を澄ましても、目を凝らしても、他に、ちっぽけな可能性すらないんですもの」
キュンティオスはキュンティアの手をそっと握った。
禁じられている術だというのに、それを何度でもやらなければいけないとは。
まるで、その都度キュンティアの命は磨り減ってしまうのではないか、と、確かめようもない妙な不安に苛まされ、キュンティオスは手に力を入れる。
「キュンティア。わたし、ずっと祈ってるから。あなたが、どこにもいってしまわないように。どれほど過酷な未来を見ても、戻ってこられるようにって。ずっと、あなたのために祈り続けるわ」
「ありがとう。キュンティオス」
二人はそのまま、お互いの手を握り合ったまま、しばらくの間静かに目を伏せていた。
こうして二人でいれば、穏やかな日常が過ぎていくいつもの天空城にいれば、何からも侵されず、守られているような気がする。
けれど、キュンティアが見た未来は、彼女達のその期待を完全に裏切るのだろう。
(キュンティアが救った、シレインの子供が、本当に勇者となってこの世界を救ってくれれば良いのに。きっと、次の予言の儀式では、それを見ることが出来るに違いないわ)
キュンティオスはそう思った。いや、そう信じようと、思い込もうとしていた。
しかし、キュンティオスが言った通り、未来返しの術で特定の生命を救うことはとても難しい。
その難しいことをやろうとした代償として、キュンティアから予言の巫女の能力が全て消えてしまったことを、その時の二人はまだ知る由もなかった。



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