世界が静かになった、と、彼は瞳を閉じた。
どれほどの間、この静けさを忘れていただろうか。
誰かに聞けば、きっと「それはあなたにとっては、ほんの僅かな、一時のことではないですか」と言われるだろう。
確かに、それは間違いではない。
彼が感じるその「一時」は、人の一生の期間だったり、動物達が何世代もの行き死にを繰り返す期間かもしれない。
それでも、今しみじみと彼は「なんと長かったのだろう」と心底感じているのだ。
なるほど、同じ時間でも、己の心持でこれほどの違いがあるのものなのか。
彼は、彼といつも共にいる付き人を下がらせ、天空城の自らの居住区で瞳を閉じてうつらうつらとしていた。
そうだ。
自分は、こうやって、時には意識をぼんやりとさせて生きてきた。
地上で戦が起きようと、それが人間達が持ちうる正当な力で人間同士で歴史を塗り替えるだけの戦であれば、彼は関与しないし、それにとりたてて興味を持たない。
しかし、地獄の帝王エスタークの存在が現れた時、彼は己の関与を余儀なくされ、重い腰をあげざるを得なかった。
もしかして。
自分は、ずっとずっと。
この時のために、生きてきたのではないか。
そんな気の迷いが一瞬彼の中で生まれたが、真実はそうではなかった。
動き出した彼は、彼が行使出来うる力の一部で地上の世界に干渉をして、帝王エスタークを「封印」した。
その存在を消すことが出来ないとなれば、それは、彼にとっての「終わり」をもたらすものではない。
更に遡った過去にも、彼は地上に対して自らの力を使った。そして、更にまた過去にも。
幾度となく繰り返される歴史の中――それは何の生き物が把握している歴史かはわからぬが――彼はその大いなる力を用いて、地上に干渉し、この世界の秩序を守ってきた。
だというのに。
あの、デスピサロという存在は、彼の干渉すら受け付けぬほどの力を持っていた。デスピサロは、それまでの何者とも違うその邪悪な力で、この世界の秩序を乱し、混沌を生み出そうとした。
それへ抗う力が自らに足りないと知った時、彼がどれほどに己の存在を呪ったのか。
彼の力は、神と呼ばれるに相応しいほどに、この個体に秘められている。
けれど、この世界を揺るがさず、この世界の形を保ったままで、彼が使いこなせる力は微々たるものだ。
もしも、デスピサロという存在をねじ伏せるための力を彼が行使しようとすれば。
それは、彼が未だ許されぬ、彼の内側にひっそりと息を潜めている、禁断の力への封印を解かなければいけない。
今まで己を律して「使わないように」してきた力をひとたび放てば、この世界がどうなるのか、実のところ彼もまた知らない。
ただ、彼がわかっているのは、それをするのは「今ではない」ということだった。
なんとなれば、地上には、天の血を受け継ぐ存在が、その二本の足で大地を踏みしめて立とうとしていたからだ。
それへ、すべてを委ねろと彼に助言をしたのは、予言の巫女。
天空には天空人がいて、彼という存在を守っている。
そして、地上で生きていくことが難しくなったエルフはいつしか天空城に住まうようになった。
それらのすべてのことは、仕組まれたことなのか何なのか、彼にもわからない。
ただ、ある時、エルフの中で不思議な力を持つ者が生まれ。
いつしか「そういうエルフ」が天空城で生まれるということが当たり前になった。
いや、もしかしたら、それはエルフという種族特有のものであり、天にいるもの、地にいるものの区別はなかったのかもしれない。
ロザリーと呼ばれた哀れな末路を辿ったエルフは、地に生きて地に死んだ。そのエルフもまた、いくらかの「そういう」力を持っていたことを、彼は知っている。
けれど、地にいるエルフはその力を世界のために発揮をすることはなく、生を終える。
ならば、天に置いて、その力を彼のため、世界のために生かすことが良いことなのではないか。
少なくとも、その考え方が正しいものとして、遠い昔にエルフ達が天空に住まうようになってから、「そういうエルフ」の存在も根付いてきた。
彼は、それが良いことなのか悪いことなのか判断をすることが出来ないし、しようとも思っていない。
そこにあるのはただの真実であり、それ以上の意味付けをする必要を彼は欲していなかったからだ。
他者に対しての「何故ここに存在するのか」「何故そのような力を持つのか」という問いは、彼にとっても、多くの生き物達にとっても、あまり意味をなさない。余程の異端なる存在のみが、問われることだろう。
そして、もちろん彼自身は、その「異端」であろう。
彼の絶望を理解出来る存在は、この世界にありはしない。
なんのために、己はここにいるというのか。
天に存在する神と呼ばれ、すべてを知る者として存在し、そして、この世界の秩序の守護者として空に居を構えるこの存在は。
けれども、彼のその思いは彼の体の外にほとばしることもなく、虹色に光る鱗の内側にだけ留められる。
何故、自分はこの体を「自分の体」として持ち、明らかな存在としてここにいるのか。
唯一の神として君臨するわけではなく、天から見守り、ただただ「知っている」者として、許された僅かな力のみでこの世界に干渉するだけの、この存在は一体何なのだ。
「神」ではなく「竜の神」としてここに生きる己の本当の意味は、どこにあるのか。
天空城の一室で、静かに、まるで何にも心を動かされぬように彼は呼吸を潜める。
そして、考えて、考えて、来る日も来る日も答えの出ないそれを、それでも考えることを止められず考えて。
長い長い年月が経ち、何度も太陽が動く様子をやり過ごして。
ある日。
ついに彼のもとに、その答えがやってきたのだ。

天空の血と大地の血が交わり、生まれた運命の子。
そして、その子を裁くことが出来ない、その子に世界を委ねなければいけない、この現状。

もしかしたら。
勇者マリアがこの世界に生を受けた時。
それが、自分が待ち続けていたその瞬間ではなかったのか。

大地の秩序は大きく乱れてはいるけれど、その混沌の時を経て、ようやく地上にその力を残せる時代になったのではないか。
今まで許されなかった、天空と地上の血が交わって生まれた子供。
本来彼が裁かなければいけないその存在は、世界を救う勇者としての運命によって、彼が排除することを拒んだ。


今まで、天空人と地上人の交わりを禁じていたのは、その大いなる力を持つ子供を地に放つことへの恐れから。
それがついに、地上にその力を放つ「時」が来て。
すなわち、彼が今まで干渉を行ってきた秩序の乱れへは、地に生きる者達が地に生きる者として干渉を出来る力を身につける時。
それが、ようやく今、許されたのだということを、彼は知った。

過ちの上に生まれた子供は、彼の記憶の中にも当然のように存在した。
そして、その子供たちのいくらかは、勇者マリアのように天空の装備を己の翼として天空に戻り、いくらかは、翼を手にすることなく地上で生を終えることとなった。
天空への翼を手にした子供は、混沌の時代に生れ落ち、己の能力を生かす定めを持つ子供達。
その翼を手中に出来ぬ子供は、平凡な一生を終え、そして何故か子孫を残せぬまま長寿をまっとうする子供達。
どちらも、天空人と地上人との間に生まれた存在でありながら、彼の目から見てもその存在の差異ははっきりとしていた。
だからといって、平凡な人生を送る子供達に、何も力がないというわけではない。
勇者マリアがそうだったように、その力を誘発する、触発する運命がただそこにないというだけで、何が引き金となってその子供達の能力が目覚めるのは、誰もわかりやしないのだ。
そして、その子供達が秘めている力がいかほどのものか、彼は計ることが出来ない。
驕りなき彼は、自分がそれを計ることが出来ないと知っており、自分に対して剣を向けた勇者マリアと戦うことで、初めて「少なくとも、これほどの力を秘めていたのか」と初めて理解をしたほどだ。
また、それが「秘められた最大の力」である可能性がいかほどなのかは、当然知る由もない。
ただ、彼が立ち向かうことが出来なかったデスピサロを、勇者マリアは倒し、そして地上に戻ることを選んだ。
それだけが。
地上にその力を放つことを許された証なのではないかと、ぼんやりと彼は思った。


「知るが良い。空にいるわたし達の存在がなければどうなっていたのかという真実と、そして、空にいるわたしという存在の無力さ無念さを持ち帰り、地上で生きるが良い」


一生言葉に出さないと決めていた、彼が絶望をした己の無力さ。
それを、あの勇者マリアは、彼の口から引き摺りだし、彼女の仲間に伝えざるを得ない状況にした。
そのことを、彼は怨んでいない。
天にある存在、誰もが崇めるその存在が、その無力さを口にすることがどれほど恐ろしいことか。
全てが終わるまで、彼はただひたすら、口をつぐむしかなかった。
勇者マリアが、天空の装備を己の翼としてこの城に訪れた時。
初めて彼は、自分がデスピサロに対して無力であることを言葉にして、けれども、自分の力なくしては勇者マリアもまたデスピサロを倒すことは難しいと伝え、その力を天空の剣に与えた。
しかし、その天空の剣には、彼の力を与えたのではない。
本来の、剣の力を引き出しただけだ。
それでも、ごたくを並べて体裁を整えなければいけないのは、今まで彼だけが「唯一の存在」と思われていたからだ。
勇者マリア達が生きて、そして、いつか天命を全うしてこの世界から消えても。
彼は、彼女たちがこの地に訪れるまで、自分はずっとこの世界から消えることが許されない存在なのだと思っていた。
彼は、自分がいつ許されるのか、時折考える。そして、それの答えは、今までどこにもなかった。
けれど。
勇者マリアという存在が、彼にそれをもたらしたのだ。


彼は、マリアを生んだ母親を許すことは出来ない。
勇者マリアが世界を救ったことは結果論であるし、天と地の力を持つ子供を野に放つことの重要性を、彼女は軽んじたからだ。
罪人が生んだ子供が世界を救ったら、その罪は許されるのか。
そう問えば、地上の者達も肯定はしないことだろう。
けれども、本来なら一生まみえることの出来ぬはずの母と娘が出会うことを、彼は防がなかった。
それはどこかで、彼にもまた負い目があるからだ。
この世界を救うため、勇者マリアの内なる力をどうにか引き出すため、彼や予言の巫女が作り出した茶番。
一見それが功を奏し、この世界は救われたように見える。
けれども。
それこそ、結果論なのだ。
たとえ、予言の巫女が未来を見て、そして未来返しの術を成功させなかったとしても。
この世界はわずかなほころびで、その姿を変えるものだ。
天界の彼らが手を下さなかった場合、世界は暗黒の力によって支配され、残忍な暴力に統べられることは、予言されていた。
けれども、たとえ、その世界を変える可能性が0.1パーセント未満だろうが。
ゼロでない限りは、断言出来ないのだ。
もしかしたら、彼らがあそこまで手を下さなくとも、勇者マリアは勇者としてその力を解放したかもしれない。
予言の巫女が異なる選択をしても、もしかしたら。
あの日、勇者マリアの身の上に降りかかったあの悲劇を彼が救っても、もしかしたら。
それは、終わりの無い問答だ。
彼にとってそれらは悔恨ではない。ただの絵空事といえる、終わってしまったことへの妄想だ。
それでも、可能性がゼロではなかったことを、彼だけが知っている。
彼が、予言の巫女が為したことは、ただただその「ゼロではない可能性を、ゼロから遠ざける」ための行為だ。
が、それを言えば。
勇者マリアは、生きていくことが、もっともっと辛くなることだろう。
彼女は勇者でありながら、誰よりも自分に秘められた力に気付くことが出来ず、自分一人の力では「ゼロから遠ざける」ことが出来なかったのだから。
彼女に圧倒的に足りなかったのは、その力だ。
もしも彼女が一人で旅を続けていれば、その内なる力は目覚めることもなく、野で朽ち果てたに違いない。
世界を救った彼女は、勇者となる運命を持ちながら、自らの力のみでは勇者たることが出来ない、本当に普通の少女だったのだ。
それは、どれほどに不幸なことだったのだろうか。


「マスタードラゴン様」
彼が体を委ねていた静寂は、穏やかな柔らかな声で破られた。
その声の主は、天空城で唯一、彼が人払いをしていても彼のもとに来られる許可を得ているエルフだ。
彼女が扉を開けて入ってきたことに気付かなかったことへ、彼は僅かに動揺をした。が、彼のその動揺は外側に現れることなく、いつもとまったく変わらぬ声音で言葉が紡ぎ出される。
「キュンティオスか」
「ただいま、戻りました」
地上で生涯を終えてしまった予言の巫女の、双子のエルフが扉の前で立っていた。
「そのような報告はいらぬと、言ったであろう」
「マリアから、シレインへ渡してくれと、土産を受け取ってきました」
「・・・報告は、いらぬと言った」
繰り返した彼のその言葉を聞き、キュンティオスはわずかに口端をほころばせた。
そして、それ以上の用事はなかったようで、彼女は一礼をする。
「お休みのところ、申し訳ありませんでした」
それは退出前の、何の気なしの一言だったに違いない。しかし、その言葉は彼の気に触った。
「・・・休んでいた、と思うのか?」
「?・・・人払いを、なさっていたとお伺いして」
「・・・そうか」
何故そんなことを聞くのか、と逆にキュンティオスは不思議そうな表情を彼に見せた。そして、それ以上彼からの言葉がないと悟ると、彼女は改めて頭を一度下げ、部屋から出て行った。
彼は、キュンティオスが閉める扉の音を聞きながら、再び目を閉じた。
あのエルフは、彼にののしりの言葉を言わない。
けれども、それは、彼女がこの天空の理によって生き、彼を崇めているからではないと、彼は知っている。
キュンティオスは、天空に生を受けたものの、その心は既に地上にあるのだと彼は思う。
生れ落ちて、双子であるキュンティアと共にこの天空城で過ごした日々は、彼女にとっては穏やかで健やかな記憶であったことだろう。二人はエルフではあったが、ここで生れ落ちて、ここで生を終わるはずだった、紛れも無い天空の存在だった。
けれども。
彼女にとって、キュンティアが地上に降りてから17年間。勇者マリアが生れ落ちて17年間。地上に降りたキュンティアの意識を通して、キュンティオスが地上の生活を知るようになって17年間。
その年月は、天空に生きる彼女の意識を変えるのに十分だった。
そもそも、彼は天空人も地上の人間も、そう大した差が無いものだと思っている。
天空人は空を飛び、自分達は地上の人間とは違うと信じている。
けれども、それは大層な思い上がりだ。
地上にいようが天空にいようが、生きている者達は、地面に引き寄せられるその力に抗うことは出来ない。
天空人は翼で空を飛ぶけれど、空に浮いて生活をしているわけではない。
天空城という「空の地面」が存在することで、彼らは空の生き物として生きることが出来るのだ。
だから。
シレインのように地上に引き寄せられ、地上に生きる者を愛することは、何の不思議もないし、地上人が野蛮だといって馬鹿にする者達は、間違った認識で優越感を持っているだけだし、両者にはとりたてて立場の優劣などはないと彼は思う。
ただ、「そう」だということを彼は言わないだけだ。
天空に生きる者たちは少人数であるがゆえの選民意識があるし、地に生きる者たちは、自分達がもたない翼、辿り着くことが出来ない天空の世界に憧れてもいる。
だからこそ、両者は殊更に差異があるようにお互いを感じているのだろうが、それは刷り込み以外の何物でもないと彼は断言することだろう。
その刷り込みは、彼にとっては必要不可欠なものだ。
間違った認識であろうと、双方が差異を感じて距離をおかなければ、天と地の血を引く子供たちが大量に生まれてしまうに違いない。
それは矛盾を孕んだ存在だ。
天空に生きる者と地上に生きる者に、違いは無い。だから、愛し合うことが出来て、子供も授かることが出来る。
けれども、その子供は奇異な存在となり、天空の血と天空の血、地上の血と地上の血で生まれる子供が持たない力、持たない運命を引き寄せる可能性を秘めている。
違わないはずの存在同士から生まれ来る、違いすぎる存在。
その矛盾があるゆえに、違わない者同士はお互いを「違う者」と認識し、そして、生まれてくる「違う」とされる者は、「自分はみんなと何も違わない」と、同じであることに執着をする。
その、悲しみの繰り返しを彼はその目で見てきた。
だからこそ、彼は口を噤む。
彼が知り得る、彼が導き出したその矛盾という真実は、多分間違っていないからだ。
そして本来は「違わない」からこそ。
キュンティオスは、天空城に身を置きながらも十分に、それなりに地上に生きる人々のことを理解しているのだろう。
彼女は、キュンティアと意識を共にしていた17年を経て、ついに今、地上に生きる勇者マリアとの交流を持ってしまった。それまで、どこか曖昧でおぼろげだった「地上の道理」を彼女は感じ取り、そして、その結果がこれだ。
彼女は、彼を、罵らない。
天空人が持つ概念を持ちながらも、地上人としての見方をも身につけた彼女は、失ってしまったキュンティアのことを繰り返し考え、残された勇者マリアのことを繰り返し考え、いつしか達観したのだろう。
彼女は、彼もまた悲しい存在であることをついに気付いてしまったのだ。
もちろん、それこそ彼女は決してそんなことは口には出さない。
そんなことを彼に言うことが出来る存在は天空城にはいなし、軽はずみに口にすれば他の天空人達から強くたしなめられるに決まっている。
もちろん、キュンティオス自身、天空での道理を完全に無視するわけでもないから、己の分をわきまえている。
そんな彼女が、一度は地上に降りたシレインと共にいるのは、シレインに同情したからではない。
あの二人は、内側に秘めた同じ思いを感じ取っている。
どちらも地上に息づく人間達の生活に触れて。
自分達と変わらないではないか、と二人は心のどこかでは思っている。いや、むしろ、地上人のあり方こそが、本来自分達が与えられた、自然の生き方ではないか、とすら。
天空に生きる者達は誰もが彼を崇め、彼の決定は世界の決定であり真理であると従う。
罪を犯したものを裁く者は己ではなく、彼。
天空に生きる者達はそれに対して疑問を持つこともなく、その罪を犯した者のことも、罪の意味も深く考えることなく、彼の決定に従う。
地上では、人は人を裁けないといいつつも、罪人の罪を人々が判断し、人々がそれへの贖いをどうするか考える。
誰からの絶対主の声もなく、10人いれば10人の意見が違うと知りつつ、その交わらない者同士で答えを導こうとする。
何者かに依存して、判断を委ねることはとても容易い。自分達がその安心の中に生きていることを、天空人達は当たり前のことだと思い、地上人達の苦悩なぞ知ることが出来ない。
それは、あまりに安直で、ある意味では地上の家畜とそう変わらないのではないか。
けれど、彼女達はそれを声高に天空城で吹聴することなどしないし、したいとも思っていない。
勇者マリアに会って来たキュンティオスは、彼女が地上に降りたことを彼が知っているとわかっていながら、必ずこの部屋に足を運んで「会って来た」と報告をする。
そして、彼はそれに対して、何の制約も課さない。
天空人ならば、彼らのそのやりとりを取引だと思うに違いない。
彼が隠し通したいと思っていることを知ってしまった、一人の天空人と一人のエルフ。
その沈黙と引き換えに、彼は彼女達の権利を侵害しない。
それは、取引だ、と。
けれども、彼女達は最早彼を罵ることもなく、糾弾することも、呪うこともなく、静かに生活をしている。それは、取引の成立ではない。彼女達の意志が彼女達をそうさせているだけだ。
彼女達は、知ってしまったたくさんの真実や、やはり自分達だけでは知ることの出来ないこの世界を構成する何かの前に、それ以上抗うことを止めた。
きっと彼女達は、彼を憎めればよかったのだ。
勇者マリアがこの世界を救った後も。
気付いてしまったことは、彼女達にとって不幸なことだ。
そして、気付かれてしまったことは、彼にとっても、どうにもならぬほどの不幸なことだ。
空の上の、竜の神様。
マスタードラゴン。
天空人も、エルフも、地上の人間も。そして、魔物達も。
彼の存在を知った者は、みな彼を神と呼んだり、偉大な竜と呼んだり、それへの感情は様様であっても、彼がある意味では「唯一の」存在であることを認識している。
けれども、彼は「唯一の」存在であっても、この世界に君臨するものでもなければ、統治するものでもない。
彼は、創造主ではない。
いや、創造主というものが彼らの世界に存在するのかといえば、その答えを誰も知らないだろう。
それは、誰がどれほどのことを語ろうが、答えが出るはずもない、生命が、世界が抱える謎だ。
その存在がいるとすれば、その創造主が作り出した世界に、まるでいたずらのように作り上げられた、はりぼての存在が、彼だ。
もし、創造主がいないとすれば、誰が望んだわけでも、彼自身が望んだわけでもなく生まれてしまった彼は、まったくの孤独な生き物だ。
どちらにせよ、彼が「天空人と地上人」が違うということを知らしめるための、わかりやすいファクターであることに変わりはない。いや、むしろ、本当はそのためにここにただいるだけなのでは、と彼自身思うこともある。
空には、竜の神がいる。そして、天空人がそのお膝元に暮らしている。
「違わない」はずの存在を「違う」と、わかりやすく見せ付けるために、彼の存在は一役買っている。
そして、そんな彼の力はというと、この世界を救いたいときに、思い通りに救え「ない」ような、どうにも出来ない中途半端な、もどかしい力のみ。
それら多くの真実は、伝えられてはいけないものだ。
けれども、シレインも、キュンティオスも、勇者マリアも、それを既におぼろげながらに知っている。知っていて、彼女達は早々に口を閉ざした。
彼は、同情された。
誰に許されはしなくとも、少なくとも、同情された。地上に生きる者の目線で。
どれだけ彼女たちが彼を罵ろうと、彼は耐えるしかないのだろうし、そして、耐えるしかない自らの存在について、彼自身が最も苦しみ悩み、そのあてども無い思いはどうしようもなく彼の体の中を巡り続ける。
勇者マリアが彼に剣を向け、彼に怒りをぶつけ、その立場を貫いてくれたら。
そうしたら、自分は楽になったのではないか、と彼は思う。
けれども、彼に勝ち、キュンティオスの話を聞いた勇者マリアは、少なくとも彼を糾弾することを止めた。
何もかも、どうしようもないのだ。
この世界に本当の創造主がいるのかどうかを、誰も知らないように。
その行き場の無い「どうしようもない」に対する思いを、せめて彼に向け続けてくれれば。
「ぐう」
彼は、軽く喉を鳴らした。
そうだ。
彼は、楽になりたかったのだ。ずっとずっと、長い間。
そして、世界を救う勇者マリアが、自分をも救うのではないかと期待をした。
それは、天空人達が、彼を崇め、彼を唯一の者として、彼の言葉を絶対として信頼していることと、あまり変わらない気がする。
誰かが、救ってくれるのだと、思っていたのだ。
その愚かさに気付いた彼は、それではどうすれば良いのだろうか、どうしたら自分はもう少し、楽に生きることが出来るのか、ともう一度喉を鳴らした。
彼は、瞳をゆっくりと開け、部屋の大きな窓から外を見る。
広がる青空は、地上の人間が見る青空とは、どこか違うように見えるのかもしれない、と彼は思う。
地上に降りたキュンティアやシレイン、そしてキュンティオス。
彼女達は、地の引力に逆らわずにその身を委ねた、あるいは、委ねてしまうのかもしれない者達だ。
いつの日にか、彼女達のように誰もが地上に降り立つ日が来るのかもしれない。
その時この天空城は消え、それでも世界は静かに存在し続けるのかもしれない。
今がまだその時ではないことは、明白だ。けれど、いつか、「その時」はくるのだろうと彼は思う。
それは、世界が揺れて、彼の力を解放せざるを得なくなる時。
あるいは、空に生きる者達が地に足を下ろし、空の存在が必要がなくなる時。
……いや、むしろ、自分は。
彼は、まぶしげに目を細めて、室内に降り注ぐ日の光をじりじりと感じていた。
また、待つしかないのだろう。
いつか、自分という存在がすべての役割を終えて、この世界から消えるまで。
もしかしたら、それがこの世界の完成であり、自分は消えるためにここにいるのではないか。
そんな妄想にたどり着いたけれど、彼はそれすら悪くないと思う。
驚くほど今、彼の心は静かになった。あてのないものを待つことへの苛立ちは、何故か今はない。
それは17年以上を経て、ようやく彼の元に戻ってきた、束の間の休息だ。
彼は、瞳を閉じた。


Fin



モドル