不器用な二人

 
 
彼は「謝ろう」と腹を括ってマーニャに声をかけた。
けれど、本題を切り出す前に、マーニャは初めから話を逸らす。
「ねえ、ライアンもさ、たまにはわたしの踊りを見に来ればいいじゃない?」
突然何を言い出すのか、と思いつつも、
「ああいう場所は、その、拙者はあまり得意ではないので」
と、ライアンは困ったように答えた。
「失礼ね、人が働いている場所を『ああいう場所』呼ばわりなんて」
「いや、その、悪い意味で」
言ったわけではない、とライアンは言おうとしたが、マーニャは意地の悪い表情で声をたてて笑ってそれを遮る。
「知ってるわ。知ってて言ってるのよ」
「マーニャ殿」
「ライアンが困った顔をするのが、好きなのよ」
彼女の言葉は、どこまでが本音なのだろうか。
そう思いながら、ライアンは小さく溜息をついた。
それは、彼女の言動に手を焼いているから、ではなく、未だに彼女のことを理解しきれない自分自身への失望からのものだ。
「マーニャ!ライアン!点火が始まるって!」
アリーナが二人を呼ぶ声が響く。
彼女が言う「点火」とは、スタンシアラで毎年開催される冬祭りの始まりの合図だ。
マーニャはそれ以上ライアンに何も言わず、「今行くわ」とアリーナに手を振ると歩き出した。
腹をくくったものの、結局何一つ彼女に伝えることが出来ぬまま。
彼女の背を見ながらもう一度、ライアンは深いため息をついた。
 
 
デスピサロとの戦いを終えて彼らが日常に戻ってから二度目の冬。
スタンシアラ王は勇者マリアとその一行を、二年連続でスタンシアラの冬祭りに招いた。
スタンシアラは、冬のほんの一時期だけ相当の冷え込みを見せるという不思議な気候を体験できる不思議な島国だ。
普段は城下町と城を行き来する水路も油断をすると表面に氷が張るため、その時期だけ夜間に水路に人工的な水流を起こし、凍結を防ぐ必要があるらしい。その数日の冷え込みの間、水路の傍には大きな火があちこち灯される。その始まりの火が、この冬祭りが始まる夜の「点火」となる。
「最近は冷え込みも厳しくない冬が多いとは聞きましたが、いや、それでもこれはどうして」
と、ブライがぼやく。
氷魔法を使いこなすブライでも、自然界の継続的な冷えが老体に堪えるらしい。
空は暗いけれど、時間はまだ夜には早い。早寝の彼でもまだ起きていられる時間ではあったが、それより何より冷え込みはサントハイムの冬の夜以上なのだから、彼の体がきしむのも当然だ。
「去年よりは確かに温かい気がするけど、それでも息は白いものね」
と、久しぶりにみなと顔を合わせたマリアは、はあ、と白い息を吐き出してそれを確認した。
「ねぇねぇ、クリフト、あれは何?」
城下町に並ぶ出店の軒先には、煌々と輝くランタンがいくつもぶら下がっており、そのおかげで人々は夜でも何の問題もなく行きかうことが出来る。
「なんでしょう。温かい飲み物を売っているようですね」
「あぁ、あれは酒だよ。アリーナにはちょいとまだきついんじゃないかな」
トルネコが教えると、アリーナは少しばかりむきになって
「あら、じゃあ、誰ならいいの?ブライ?トルネコ?ライアン?あとは?」
「いや、誰が大丈夫かはわからないんだがね・・・体を温めるための酒だから、そりゃもう、一口でかーっとなっちゃうんだよ」
「そうなの」
「サントハイムの姫様が、好奇心で飲んで酔っ払いでもしたら」
そういってトルネコは笑ったが、実際アリーナはやりかねない、と皆はちらりとアリーナを見た。
仲間達の視線を感じて、アリーナはむくれる。
「いいもん。もう少し大人になるまで我慢するわ。それぐらい、わたしだってわきまえられるんだからね!」
大人になれば強い酒が飲めるとは限りませぬぞ、とブライが言い出したと思ったら、小さな花火がぱん、ぱん、ぱん、とあがる音が聞こえた。
それと同時に、あちこちの出店に灯されていたたいまつやランプの火が一斉に消され、人々はどよめいた。
みなはあごをあげて空を見上げる。
冬の夜空に、小ぶりの花火が美しく広がる。
それは、今まさに点火の儀式が始まる合図だ。
花火の余韻に浸る間もなく、水路の最も中央部分に配置されているたいまつに火が灯された。
その火を更に両隣の、向かいの、と次々に係りが走りながらつけていく。
一度訪れた薄暗闇が嘘のように、スタンシアラ城下町は夜にも関わらず、まるで昼かと思われるような明るさに包まれた。
冬祭りが始まったのだ。
 
 
ライアンはほとほと困り果てていた。
再会してからというもの、マーニャがあまり話をしてくれない。
最初から心当たりは痛いほどあった。けれど、その心当たりについては、彼は何度かマーニャに既に謝っている。
きっと、今彼女がライアンとあまり話さないのは、それとは別のことだとも薄々彼は感づいていた。
去年の冬も、この祭りに彼らは招かれていた。
が、仕事の都合で来られなかったライアンのもとに、ひとつき後突然マーニャが顔を出し、次の「デート」らしい約束をとりつけたのだ。
彼らは多分、世間が言う「恋人同士」に限りなく近い仲であり、離れた場所で暮らしていても、それは変わらないものだとライアンは思っている。
その「限りなく近い仲」というのは、どちらからも「恋人にして」だとか「恋人になりたい」だとか、関係をはっきりさせる言葉が未だに出ていないということと、キスのひとつやふたつはライアンにとっては一大事でも、マーニャにとっては違うのかもしれないという懸念など、数え上げればきりがないほど曖昧な状況のまま、それぞれの暮らす場所に戻ってしまったせいだ。
ともかく、そんな二人、いや、ライアンからすれば、マーニャが自分に会いにきて、更に二人で出かける約束をしてくれたというのは、相当に喜ばしいことであった。
とはいえ、そのデートとやらは、マーニャが小耳に挟んできた「最近人気のレストラン」に食事に行くというだけで、そう長い時間でもなく、あっという間に過ぎ去ってしまった。
マーニャがモンバーバラの劇場で踊るのは、ほとんどが夜だ。
そして、ライアンは王宮勤めのため、交代制で働いているため、その時々で勤務時間が違う。が、おおよそは朝から夕方の勤務となっている。
結果、そもそも彼らは約束をして、長時間会うということが難しい。
「ライアンの休みに、次はあわせてあげるわよ」
マーニャがそういってくれたおかげで、二人の「次の約束」は少し遠出をすることにもなっていた。
その日は間違いなく休みをもらう、とライアンにしては珍しく断言したものだった。
けれども、その約束の日、どうにも出来ない突然の仕事が入って、泣く泣くマーニャに侘びを入れた。しかも、その仕事が入ったというのがなんと、前日の昼間。ライアンはタイミングの悪さを呪いながら、休憩時間にキメラの翼を使ってモンバーバラに訪れた。
マーニャとミネアの実家はコーミズにあるが、今は二人ともモンバーバラの劇場近くに住んでいる。
家の扉を開けたのは、ミネアだった。
「ライアンさん?姉さんとのお約束は、明日では?」
「うむ、実は・・・マーニャ殿はいらっしゃるかな?」
「姉さんは、夜の仕事に備えてさっき眠ったばかりなんです。明日お休みいただくから、昨日今日とちょっといつもより出番が多い予定になっていて・・・」
普段のマーニャは、昼間に仮眠をとらない。
昼ごろにのそのそ起きてきて、夜の仕事を終えるまでは動きっぱなしだ。
その彼女が寝ているということは実はかなりのことだったのだが、だからといってミネアに伝言を残すというわけにもいかない、とライアンは思う。
「何時頃に、仕事は終わるのかな」
「今晩ですか?いつも通りです」
いつも通りというのは、どう考えてもライアンの就寝後だ。
普段ならばそれを我慢しようと思えば出来るが、ライアンもまた突然入った仕事が明朝早くからのもので、それに支障をきたすわけにはいかない。
どうしたものか、と唸っていたら、眠っていたはずのマーニャが、部屋からごそりと出てきた。
「なぁによ、ミネア、うるさいわね・・・」
「あっ・・・姉さん、ライアンさんが」
「はぁ?」
マーニャは寝巻きのまま近づいてきた。その表情は、いくらライアンが来たとはいえ、眠いところを起こされたため不機嫌そうに見える。
「マーニャ殿、実は」
かくかくしかじか。
明らかに機嫌の悪いマーニャを更に怒らせるようなことを告げるのは、ライアンにはかなり気力が必要とされた。
一通り話を聞いたマーニャは「わかったわ」とあっさりと引き下がった。
それを、「許してくれたのか」とライアンは思ったのだが、彼女の言い分はそうではない。
翌日の予定がどうなろうが、自分の今晩の仕事内容は変えられるわけではないのだから、疲れをとるために少しでも早く仮眠をしたかったのだ。
折角バトランドからやってきたライアンにねぎらいの言葉もなく、マーニャは寝室に戻る前に最後に一言、ぼそりと呟いた。
「二度目は、連続だったら許さないわよ」
と。
 
 
(しかし、あれも不可抗力だったのだ・・・)
 
 
ライアンは、ミネアと楽しそうに話しているマーニャを、少しばかり離れたところから見ていた。
結局、「ライアンが決めた日でも駄目になっちゃうなら、意味ないじゃない」と、次の約束の日程はマーニャが指定をしてきた。絶対絶対、この日ね、と念を押され、当然ライアンは頷くのが精一杯だった。
さすがに、次の約束は守らないと、とライアンだって心していた。それでなくとも、彼は人との約束を破ることを良しとしない人間だし。
しかし、運が悪い時はとことん運が悪いもので、次に約束をしていた数日前に、彼がまだ駆け出しの兵士だった頃に世話になった恩師の訃報が彼のもとに届いた。彼はそのことで落胆し、葬式の日取りを見て更に深くため息をついた。
また、マーニャに頭を下げにいかなければいけない。しかも、気持ちは落ち込んでいるというのに。
そんな自分をどうにか励まして、彼は腹をくくって再度モンバーバラに足を運んだ。
が、今度は前回とはやはり違う。
ライアンが理由を告げるよりも先に、彼の訪問でその理由を悟ったマーニャに「二度目が連続だったら許さないって言ったでしょ!」と門前払いを喰らってしまったのだ。
普段の彼ならば、ただ謝るだけだったに違いない。しかし、恩師の訃報で落ち込んでいた彼は、理由も聞かぬままのマーニャに説明をするのも面倒になってしまい、そこで言ってはいけないことを言ってしまったのだ。
「来月、スタンシアラでも会えるのだから、そう怒らなくても良いではないか」
と。
それは、言い方そのものはやわらかいつもりだったけれど、売り言葉に買い言葉、と少し似ている。
事実、彼のその言葉でマーニャは更に機嫌を悪くしたようで
「そうね、じゃ、それまで、顔見せないで頂戴!」
と、かたくなな姿勢を見せ、ライアンとの面会を拒絶したのだ。
 
 
「あっ、マリア、それ!」
アリーナの元気な声で、ライアンははっと物思いから解放された。
気が付けば、自分は周囲の喧騒を気にも留めず、マーニャのことを考え込んでいたらしい。
目の前にいるアリーナ、マリア、クリフトの三人が、いつ自分の傍に来たのか、あるいは自分がふらふらと三人の近くに足を運んでしまったのかすら、よくわかっていない。
「襟巻きかわいいじゃない。あったかそう!」
そう言うアリーナこそ、一国の王女らしく、めずらしくいかにも高価に見える毛皮を首に巻いているのだが。
マリアの首元には、毛皮を毛糸の間に絡めた襟巻きが巻かれている。
「あそこで売っていたのよ」
そういってマリアが指差した先は、襟巻きやポンチョを売っている出店だ。
コートは試着が必要だろうが、ポンチョぐらいならばサイズをあまり気にしなくても良いため、案外繁盛しているように見える。
「え、買ったの?」
「え・・・ーっと・・・」
マリアは答えにくそうに言葉を濁した。
困惑の理由はすぐにわかった。
「マリアさんが寒そうだったので、みかねて」
さらりとクリフトが助け舟にならない助け舟を出す。
ライアンは一瞬、何をクリフトが言ってるのかわからなかったが、一拍間を置いて理解をした。
なるほど、そんなことをあっさりいえるほど、彼とマリア殿の仲は親密になったのだな、と、そんなことについつい感心してしまう。
まあ、マリアの方は未だに慣れず、そういった「お付き合いをしている間柄」を人に印象づけるようなことを言うのを苦手にしているようだが。
「クリフトも、たまにはやるのね!」
「たまにはって・・・姫様は、わたしのことをどんな人間だと思っていらしたんですか」
そのクリフトの言葉に、マリアもアリーナも笑い声をあげる。
「でも、ほんとそれ可愛いわね」
「あのね、アリーナなら、もっと高価なものいっぱい持ってるでしょうけど・・・むこうのお店にも、女の人のアクセサリー売ってるのよ。この島に住んでいる動物の牙を削ったやつとか、赤い石を削ったやつとか、色々。それも可愛いの」
「ほんと?じゃ、見に行こうかな」
「姫様、あちらで、トルネコさんが何かおいしいものをみつけたようですが」
クリフトの提案で、ひとまずはトルネコが立って手を振っている出店に三人は歩いていった。
ライアンは「ライアンも、行こう」と声をかけてもらったものの、辞退をした。
きょろきょろとあたりを見回すと、先ほどまで案外近いところにいたはずのマーニャとミネアは少し離れた場所を歩いている。
(やはり、もう一度はっきりと話をしなければ)
スタンシアラに来てから何度か、ミネアが気にしてライアンの方をちらりちらりと見ていた。明らかに姉マーニャとの仲を心配してくれているのだろう。
ライアンが二人に近づこうと人の波をかきわけると、並んでいる出店の裏にマーニャの姿が消えた。そして、ミネアがその場から一人で立ち去る様子が見える。
チャンスだ、とライアンはぶつかる人々に「申し訳ない」と謝りながら走って行き、見失ったと思われる出店付近の裏に回っていった。
石垣と出店の間、人気がない場所にマーニャの姿を発見して声をかける。
「マーニャ殿」
「なに?あんまり時間ないから、長話は出来ないわよ?」
「時間がない?」
「もうすぐ、踊るのよ。依頼されているの」
マーニャはそう言うと、ゆっくりと腕を上に伸ばして上半身を後ろにそらした。
ライアンは知らなかったのだが、是非モンバーバラの踊り子の舞を見せて欲しいと、スタンシアラ王からマーニャには正式な依頼がされている。
昨年はパノンも招かれており、パノンのショーにマーニャのダンス、と、他国の文化、旅芸人の芸に、スタンシアラの人々は興味深く見入り、十分に楽しんでくれたようだった。
今年はパノンがいないから、マーニャの独断場だ。
マーニャはミネアとそろいの毛皮のコートを着ており、更に体を温めるために酒以外の温かい飲み物が入っているカップを足元に置いていた。
かがんでそれを取ると、ぐい、と液体を飲み干す。
マーニャは、そのカップをライアンに無理矢理押し付けると、毛皮のブーツを脱いだ。
彼女は懐で温めておいたらしい、彼女が踊るときにいつも履いている靴を取り出す。
「それは楽しみだが・・・まさかと思うが、この寒さの中、いつもの恰好で?」
「その、まさかよ?」
ライアンは眉をひそめた。
彼は昨年の祭りに招かれながらも、来ることが出来なかった。
だから、彼女がモンバーバラの劇場で踊っているときと、あるいは旅の最中に踊っていたときと、まったく変わらない衣装で踊ったことを知らない。
モンバーバラはスタンシアラの冬のような冷え込みのない地域だし、マリア達の旅の間に季節が動いても、このような寒い場所にみなで足を運んだことはなかった。
だから尚更、こんな寒い場所でいつものような衣装――それは、ライアンからすればいささか露出が過ぎる衣装だ――で踊ることが、彼には信じられない。
「正気とは思えぬが・・・」
「ライアンだって、どんなに寒いところでも、戦だったら剣をふるうでしょう?冷たい鎧を着込むでしょう?」
「む・・・」
「わたしはプロよ。そりゃ、服を着込んだってそこらへんの踊り子なんかには負けないけど、自分の踊りを一番綺麗に見てもらえるのは、自分の体そのものを見てもらうことだからね」
「そうか・・・踊りというのは、踊り手の体そのものの形で見せるものなのだな」
何を今更、という表情でマーニャは軽く肩をすくめて、毛皮のコートを脱いだ。
それをライアンに投げつけて背を向けると、ちょうどミネアが迎えに来たようで顔を覗かせる。
「姉さん、そろそろ・・・あ、ライアンさん」
「はーい、わかってるわよ!」
ライアンは、マーニャのぬくもりが残るコートを持ったまま、曖昧な笑みをミネアに返した。
 
 
「ライアンさん、すみません。姉さん、本当はライアンさんのこと怒ってないんですよ」
「そうなのだろうか」
「この前、二度目の約束を守れなかったのは、お仕事のせいじゃないんでしょう?」
「え・・・何故、それを」
「わたし、占い師ですから」
スタンシアラ城下町で用意された小さなステージを人々は囲み、マーニャのために音楽を奏でる数名の楽団がそこに姿を現した。
昨年もマーニャは踊っていたため、その様子を見て人々は「また、あの踊り子が」と口々に言っている。それを耳にして、ライアンはなんとなくそわそわと落ち着かない。
「でも、お仕事のせいだとしても、姉さんはそう怒ってないんです。仕事を優先されることは、姉さんは嫌いではないと思いますから。それよりも、仕事に対して誠実でない男性のほうが嫌いなはずです。あの人、いい加減に見えるけど、劇場の仕事に穴を開けたりは決してしないんです」
「そうか・・・」
「ただ、あの日は、誕生日だったんです」
「・・・誕生日?」
思いもよらぬ言葉に、ライアンは頓狂な声をあげた。
ミネア殿の?と聞こうとして言葉を飲み込む。
阿呆だ。
ミネアの誕生日であっても、それは双子であるマーニャの誕生日でもある。
今思えば、あのデートの約束はライアンからの指定ではなく、マーニャからの日付指定だった。
しかし、まさかそれが誕生日だとは。
いや、そもそも、マーニャの誕生日を自分がまったく知らなかったということに、ようやく今彼は気付いたのだ。
二年も付き合っているというのに。
(そういえば・・・その、恋人同士であれば、普通は誕生日を祝うものではなかろうか・・・)
完全に、そんな「恋人同士のイベント」ごとには興味がなかった。いや、もっとはっきり言えば、マーニャが何歳になろうが、それは彼にはなんら気になることでもない。だから、それに関してはまったく失念したままの二年間だったのだ、と言い訳の一つでもするしかない。
「それに、そもそも、ああいう人ですから、姉に好意を寄せる男性はすごく多いんですよ。誕生日に仕事にいけば、そりゃあ楽屋は花だらけですし、いっぱいプレゼントももらってます。でも、今年はライアンさんとのお約束をいれていたので、それもなし」
それへ、ライアンは返す言葉もない。
「ううむ、ミネア殿、しかし・・・だったら、誕生日だと教えてくれてもよいだろうに・・・」
音楽が流れ始める。
それまであちこちで騒がしかった人々が、幾分それに気を取られたように、賑やかさが一瞬半減したように感じた。
「ようは、姉さんはライアンさんが好き、ってことです」
やはり、ミネアの言葉をライアンは理解できない。
彼は素直に「どうしてそうなるのか」と聞き返そうとした。が、それを遮るかのように、ステージにマーニャが姿を現し、どっと人々の歓声が沸き起こる。
何か言いたそうなライアンに、ミネアは苦笑を見せて
「踊ってる間におしゃべりしてると、後で姉さんに怒られるんですよ。よく見ておけって」
「は・・・」
「そんなこと言わなくても、姉さんの踊りからは、なかなか眼が離せないのに・・・始まりますね」
 
 
マーニャの踊りは、人々を魅了して已まない何かがある、とライアンは感じる。
彼は、自分が芸術にとんと疎いと知っていたから、彼女の踊りに対してなんらかの評価を下すことなどは出来ない。
ただ、素晴らしい、美しい、とありきたりの言葉を口にするだけだ。
燃え上がっている炎と炎の間で踊るマーニャの姿は美しく、白い息を吐き出して汗を飛び散らせて踊る舞は、人々に冬の寒さを一瞬忘れさせるほどに激しい。
時々、燃え上がる火に踊りながら近づくと、褐色の肌が炎によって夜の薄暗闇に照らし出され、独特の色味を彼女の肌に乗せる。
その時の彼女は妖艶に見えるが、次の瞬間にはそれを忘れるかのように、大きな動きで扇子を操って人々の喝采が湧き上がる。
彼女と火は、よく似合う。
それは、ライアンだけではなく、他の仲間達も同じように思っているに違いない。
バトランドの仕事仲間に、「ライアンは恋人はいないのか」と聞かれた時、彼は想い人がいることをはっきりと告げた。
妙に話が回って、見合い相手でも連れてこられては面倒だからだ。
その時に「何をしてる子なんだい」と聞かれて、踊り子だ、と答えた。
彼の同僚はいささか偏見があるようで
『踊り子ってのは、男のあしらいが巧いから気をつけろよ。情熱的な踊りや言葉で誘いかけられても、遊びに決まってるさ』
と、彼のこともマーニャのことも馬鹿にしているかのような言葉を発した。
それへライアンは特に怒りもしなかった。
ただ、『毎日共にいた仲だから、彼女のことはおぬしよりもずっと知っているよ』と穏やかに告げただけだ。
同僚は「情熱的」と言った。それもまた、マーニャに似合う言葉なのだと思う。
確かにマーニャの言動も踊りも情熱的で、扇情的で、男は惑わされてしまうに違いない。
彼女が得意とする魔法も、炎を操るメラ系のものだ。その上、竜に変化するドラゴラムの魔法を使えば、姿を変えた彼女は炎を吐き出したりもした。
実際、彼女がその魔法を操るのだと知った時にライアンは、なるほど、それはとても彼女らしいと思ったものだ。
ブライが氷の魔法を唱えることより、ミネアが風の魔法を唱えるより何より、マーニャの詠唱で炎が噴出す様は妙に説得力がある。それは、彼女の性格をそう知らない時ですら感じたことだから、きっと彼女には人に「そう」思わせる才能というべき何かが備わっているのだろう。
けれど、彼にとってのマーニャとは、そういった炎の激しさだけを感じる女性ではない。たとえ、踊りでそのように見せたり、まるで誘うように腰をくねらせたからといって、それはほんの一端だ。
たとえば、優しく暗闇を照らすカンテラの灯り。
そうだ。それだって、同じような炎の力なのだ。
のびやかに踊る彼女の体から発せられるエネルギーは、人にその熱さを押し付けて巻き込むものではなく、むしろ照らし出す灯りだ。
時には大きく燃え上がって人々を怖がらせるかもしれないけれど、時には人を優しく暖めてもくれる。
本当は、そういう女性なのかもしれない、とライアンはふと思う。
ただ、時にそれが自分で制御出来ないだけで。
あるいは、ライアンがいささか風を送りすぎて、余計に燃え上がらせてしまったりもしているのだろう。
ぼんやりと、かなり曖昧に、ライアンは彼女の踊りを見ながらそんなことを考えていた。
きっと、それを言えばミネアが言うように「そんなこと考えてる暇があったら、よく見ときなさいよ!」と怒られるのかもしれない。
それか、「そんなことを考える暇を与えるなんて、わたしの踊りもまだまだね」と落胆するかのどちらかだ。
不思議なことにどちらもマーニャらしいが、彼女を落胆させたくはない、とライアンは思うのだった。
 
 
大喝采の中ステージを降りたマーニャに、ミネアは大きなタオルをかけた。
この寒い中、早く汗を拭かなかければ風邪を引いてしまうに違いない。
一度宿屋に戻って温まって来たらどうか、と提案するミネアに、マーニャは首を横にふった。
「なーに、大丈夫よ。これくらい。汗拭いて、火に少し当たってれば・・・ねぇ、ライアン、なんか、あったかい飲み物買ってきてくれる?」
「どんなものがいいだろうか」
「そうねぇ。ちょっと、甘いものがいいわ。あ、お酒は駄目よ」
ライアンはそれへ頷いて、人ごみの中歩き出した。
踊る前に飲んでいたものも、酒は入っていなかった。
彼女が本当は酒が好きなことを、彼は知っている。けれど、旅の間で、彼女が酒を飲んで皆に迷惑をかけたことはほとんどない。
翌日も町に滞在する時や、一件なんらかの用事を片付けた時などには、それはもう浴びるように陽気に飲むものだが、それは、彼女が実はわきまえがある人間だということを物語っている。
そして、今も。
祭りと聞けば、きっと彼女は陽気に、スタンシアラならばスタンシアラにしかない酒を飲んで、笑って、踊って、気を許している仲間達に絡んで楽しい一晩を過ごすに違いない、と思っていた。
けれど、そこにいるマーニャは、仕事を依頼されてそれをこなし、まだ完全に祭りに浮かれることが出来ないままの状態なのだろう。
 
――お仕事のせいだとしても、姉さんはそう怒ってないんです。仕事を優先されることは、姉さんは嫌いではないと思いますから。それよりも、仕事に対して誠実でない男性のほうが嫌いなはずです。あの人、いい加減に見えるけど、劇場の仕事に穴を開けたりは決してしないんです――
 
ミネアの言葉が脳裏をよぎる。
知っている。本当は、彼女はそういう女性だ。
旅の最中、カジノで勝手に遊んだり、夜にふらふら出歩いたりして、時に「あー、昨日遊びすぎたー、疲れたー」と朝から口走っていても、彼女はいつも自分の役目は確実にこなしていた。
それを知っているからこそ、自分は彼女が好きなのだ。
周囲は多分、奔放で身勝手な彼女に振り回されている、と思っている。
けれど、それはすべてではない。
振り回されていることは間違いないかもしれないが、振り回されても良いと彼は思っているし、彼女の「それ」はどれも可愛らしいものだ。
彼が困った顔をするのが好きだと彼女は言った。
どんな状況だろうと、自分が好きな女性が、自分の顔を見るのが好きだと言ってくれるのは、嬉しいものなのだ。
 
 
ライアンが飲み物を持って戻ったとき、大きく燃えている火の前にマーニャとミネアは待っていた。
それまでトルネコと何か話していたのか、ちょうどライアンがやってきたのと逆方向に歩いていくトルネコの姿が見える。
トルネコは今日は家族サービスだとかで、家族三人水入らずでの観光だ。きっと、ネネがマーニャの踊りのことでも褒めてくれていたのに違いない。
「これで良いかな?」
「ありがと。もらうわ」
「ミネア殿も」
「あっ、わたしの分も・・・ありがとうございます。気を遣わせてしまって、申し訳ありません」
カップから立ち上る湯気。
とはいっても、ある程度まで冷めても、外気が低いため相当長い間湯気を見ることが出来るのだが。
「はー、腹があったまるわね!」
「姉さん、腹、なんて下品よ」
恋人と呼べる仲の男性の前でも、マーニャはマーニャだ。
そして、ミネアもまた、ライアンの前でもいつも通りに姉をたしなめる。
マーニャは熱いものを飲み食いすることは得意なので、思いのほか早くそれを飲み干すと、空いたカップを今度はミネアに押し付けた。
まだ飲んでいる途中のミネアは眉間に皺を寄せたけれど、いつものこと、とばかりにそれを受け取る。
カップによって温められた手を、マーニャは自分の首筋にあてて軽くさする。
「あー、首筋が寒い。ミネアのコートと同じデザインにすればよかったわ」
「おそろいすぎるのも嫌だって言ったのは姉さんでしょ。フードを被れば、姉さんのコートの方が温かいじゃない?」
二人の毛皮のコートは、同じ動物の毛を使っており、同じ丈、同じ形の袖、同じ形の前たてであったが、マーニャのものはフードがついていて、ミネアのほうは襟が高くて首を覆うデザインになっていた。
「雪が降ったらフードがあった方がいいと思ったんだけど。フード被らなくちゃ、首周りがガラ空きよ」
がら空き、とはまたいくらかおかしな表現だとライアンは思った。
が、確かにフードを被らずにコートの背のほうへと持っていくと、ミネアのコートと違って襟が高くないマーニャのものは、いくらか首元が寒そうに見えた。
そういえば、先ほど勇者殿が・・・と、ライアンは思い出す。
「マーニャ殿、もしよければその・・・遅くなってしまったのだが・・・その・・・誕生日プレゼントとして・・・」
「んっ?誕生日?」
「姉さん、ライアンさんに教えておいたのよ。誕生日のこと」
「ちょっと、何、ミネア、余計なこと言って!」
マーニャは頬を紅潮させて声を荒げたが、それは本当は怒るところではない。
彼女はきっと、誕生日のことをライアンに黙っていたためいささか気恥ずかしいのだろう。
会おうと自分が提案した日が実は自分の誕生日だったのだとばれてしまい、照れ隠しをしたいのに違いない。
そんな彼女の様子を気にせずに、ライアンは言葉を続けた。
「あちらに、襟巻きを売っていたようなので」
ご機嫌をとろう、というつもりではなかった。
ただ、素直に彼女が風邪をひいては困ると思ったし、誕生日プレゼントを何かあげたいと思っての言葉だ。
が、それにはまたもつれない言葉が返される。
「・・・でも、寒いところでしか使わないものでしょ。そんなものなら、いらないわよ」
「む・・・しかし・・・」
「姉さん」
ミネアがきつい声音で、姉をたしなめる。
「姉さん、わたしがいるからって、変な駆け引きをライアンさんに強いるのはやめて頂戴」
「あら、どういう意味よ」
「言葉通りの意味よ。わたしはもう今後一切、通訳はしませんからね。ちゃんと素直に言わなきゃいけないことは伝わるように言うようにしなきゃ、後で泣くのは姉さんよ」
そう言ってミネアは、二人をその場に残して歩き出してしまう。
ライアンは、一体ミネアは何を言っているのかまったく理解出来ず、遠くなる彼女の後姿をぽかんとしばらく見送った後で、ばつが悪そうに隣で唇を軽く尖らせるマーニャに尋ねた。
「マーニャ殿。妹君のおっしゃったことが、どうもわからんのだが」
「・・・そりゃそうでしょうよ」
「わかるように、説明してくれるだろうか?それとも、やはり、鈍すぎる男には用がないのかな」
「用がなかったら、一緒にいるわけないでしょうが!バカね」
そう言うと、マーニャはライアンの腕を無理矢理ひっぱって、自分の両腕でぎゅっと抱きかかえた。
突然のことでライアンは驚いて「うおっ!?」と小さく声をあげた後は、何をどう言って良いのかわからぬようで、困惑しているような、照れているような、複雑な表情を浮かべている。
「寒いところでしか使えないプレゼントなんていらないっていうのはね」
「う、うむ」
「モンバーバラにいても、どこにいても、いつでも身につけられるものが欲しい、っていう意味よ。それぐらいわかって頂戴」
「・・・な、なるほど」
「それから、女の人と付き合う時は、もっと早い時期に誕生日くらい聞きなさいよ」
「わ・・・わかった・・・」
「って、もう、そんな手間、かけさせる気はないけど」
「う、うん?」
「馬鹿ね!今後、他の女と付き合わせる気がないっていう意味よ!」
「・・・」
ライアンは困惑したようにマーニャを覗き込む。
まるで拗ねた子供のようにマーニャはライアンを見上げて「何よ」と、喧嘩腰に睨んだ。
「これから何度でも誕生日プレゼントを贈っても良いだろうか?」
「・・・そうして頂戴」
「だから、とりあえずは、寒さをしのぐのに襟巻きを買わせて貰えないだろうか」
「重いやつは、肩が凝るのよ。軽くて、あったかいやつね」
「選んでもらえるとありがたいな」
「そうね。わたしの好みを覚えて頂戴よ」
なかなか難しいことを、と思いつつも、それへは「善処する」と応えてライアンは情けない表情を見せた。
女性のことはただでさえ難しいのに、好みを覚えろなんて、途方もない、と彼は思う。
「そうだ。マーニャ殿の踊りは、いつ見ても素晴らしい。踊りというものがなんたるものかはわからないが、こう、胸が熱くなるな」
「お褒めの言葉ありがとう。ねえ、じゃあ、今は?」
「ん!?」
見れば、既にマーニャはいつもの彼女の表情になっており、にやにやと口端に意地の悪い笑みを浮かべている。
ライアンは降参した。
彼女への思いを口に出すことは恥ずかしく、大層難儀なものだ。けれど、彼は正直に応えた。
ちらりちらりと降ってくる雪が、大きく燃え盛る炎に溶かされて消えていく。
そんな中、彼からの返事を受けて、マーニャは嬉しそうに笑い、不意に彼の冷たい頬に口付けた。
やはり、彼女はどちらかというと、何もかも焼き尽くそうと隙をうかがっているのかもしれない。
ライアンはそう思いつつ、少しばかり恥ずかしそうに苦笑いを見せるのだった。



Fin



モドル