たくさんの感謝を-1-

 
 
すっかり平和になった日々。
勇者マリアと呼ばれていた彼女は自力で生計を立てていくため、祖父から木材の扱いやら何やらを日々習って、今では一人で小さな箱程度のものを作れるようになっていた。
木の目利きはまだまだで、それには何年、十何年とかかると祖父に言われる。
また、小箱を作る手順は覚えても、それは「そういう形のものがそういう形になるようになった」だけであり、素人が初めて作ったものより多少は良い、という程度だ。
一人前になるには時間がかかることはわかっているし、それまでの収入がほとんどないのも当然だ。
それに、自分は旅の間に軍資金として皆で貯めていた貯蓄がある分、かなり恵まれているのだと彼女はわかっている。(まあ、マーニャなぞは、あっという間にそれも使いきってしまったのだが)
だから、焦る気持ちを押し留めて、ただひたすら毎日毎日祖父の手伝いをし続けた。
もともと、あてのない遠い未来のために毎日剣の修行をしたり、彼女は同じことを幾度となく繰り返し続けることが苦手ではない。
そんなマリアに、ミントスですでに隠居をしているヒルタン老人から、軽い誘いの言葉があったのが二か月ちょっと前のことだ。

「次の砂漠のバザーに、何かしら出品してみるとよいと思うんだが」

商人の神様と呼ばれる老人からのその申し出に、マリアは相当慌てふためいた。
出品といっても、自分の専門は木に彫刻をすることで、その彫刻をするためのもの――家具やら小箱やら、実用的なもの――を作ることは、まだまだ素人に近い。
それに、祖父のところには季節的にも仕事が多くやってきており、あと二ヶ月でそのための何かを更に作ってくれ、というのは難しいと思えたのだ。

「なあに、難しく考えることはない。寄木細工のコースターを売る者や、木彫りのネックレスを売るようなものもいる。凝った形のものを作るのではなくて、平板を掘り込んだだけで出来る何かを作ったらよい」
「でも、それが商品になるのかしら」
「なるのかどうかは、マリア次第といったところ。バザーの様子を見物に来るような人間が気軽に買えるようなものを作るとか、買い手の気持ちを考えて、自分が何を作るか決めることから重要になってくる」

悩んだ結果、マリアはヒルタン老人が言うように、平皿のような形のものをあれこれとイメージをして、それをどうにか商品に出来ないかと考えた。
二ヶ月という猶予は、ものづくりにとっては非常に短い。
マリアは、何か良いアイディアが出ないかと、また「素材探し」と銘打って毎日あちらこちらへと足を運んだ。
そんな彼女にアイディアを閃かせてくれたのは、ありがたいことに仲間達と、トルネコの妻であるネネだ。
みなのところに足を運んだマリアは、具体的なアイディアを直接もらったわけではないが、あちらこちらで『これをどうにか工夫して』とか『こういうのもいいのかも』とぶつぶつと独り言を言っては、礼を言って去っていく。
決して仲間も、どんなアイディアが出てきたのかをそこでは追求をしない。(まあ、アリーナは『何か役に立った!?』と身を乗り出して聞いてはいたが)
実際、時間がないマリアは、決して気持ちを焦らせてあくせくしてはいけなかったものの、一日で何箇所も足を運ぶつもりで日々うろうろしていたので、その時はみなゆっくりとも話が出来なかったのだ。
そして、製作を始めてからは、一切連絡がなくなり、クリフトだけがいつもマリアに会いに行くペースで山奥の村に行った様子を伺えた程度。
気分転換ついでにマリアが作った食事を一緒に食べる時は、いくら気になっていても毎度毎度『バザーの商品はどうですか』と聞くのも申し訳ないと思えて、結果クリフトも大した情報を得られぬまま二ヶ月が過ぎた。
こうして、仲間達の助けを借りながら、マリアは砂漠のバザーに生まれて初めて売る側として参加をしたのだった。

「クリフトさん、先ほどから神父様がお呼びしていますよ」
「あっ!そ、そうでした。ありがとう」
今日もサントハイム城の中には、挙動不審な者が三名いる。
もちろん、とれはアリーナ、クリフト、ブライだ。
数日前から砂漠のバザーが開催されてからというもの、彼ら三名は毎日何かしら「今日のアリーナ様どうしたのかしら」だとか「ブライ様、もうお年ですものねえ」なんてことを女中たちにささやかれる体たらく。
本当は、三人ともマリアが心配で仕方なくて、砂漠のバザーに行きたいのだ。
以前のアリーナだったら絶対に「内緒で見に行っちゃえ!」と強行突破をするところだったのだが、今回の件はそうも言えないのだと、彼女は彼女なりにことの重大さを理解していた。
売れなかったら恥ずかしいから、見にこないでね、とマリアに念押しされたのはもちろんだが、トルネコいわく
「物を売るということや、自分が作った物を誰かに評価されるということは、初めての人間にとってはとても神経を使うことでね」
ということらしく、最初にそれを聞いた時は「じゃあ、尚更、マリアを応援してあげなきゃ!」とアリーナは奮い立ったものだ。
けれど、そうではないのだ、とトルネコは言う。
「マリアは、それで生計を立てようという第一歩なのだから、それに立ち向かうのは一人の方が良いんだと思うよ。たとえ、何も売れないでがっかりした日に慰めてもらったり励ましてもらっても、その人は自分にとっての客ではないのだからね。一日一日、受け止めた方がいい。あの子はそういう子だ」
アリーナ以下サントハイムの面々は、トルネコが言うことはよくわからなかった。
何故なら、彼らは商売をしたことがないからだ。
そんな彼らに追い打ちをかけたのはマーニャだ。
「わたしだってさぁ、最初から、ハイ、蝶よ花よって言われて踊ってたわけじゃないわよ?そりゃー、すっごい大変だったんだからぁ」
「そうなの!?マーニャは、なんかこう、最初っから、すごい!期待の大型新人モンバーバラに現る!みたいな」
驚いて声を荒げるアリーナ。どこでそんな俗っぽい言い回しを覚えたのか、とブライは深くため息をついた。
「そんなわけないわよ。でも、その間のさぁ、客にヤジられたりしてた最初のころの姿なんて、ミネアにも見せたくなかったもん」
要するに、みなが心配しているのは、マリアが初めてのことをやって、そして失敗したら、ということばかりなのだ。
本当は彼らだって「うまくいくといいね」と言って、それを願いたい。
ただ、彼らはマリアが今どれほどの腕前かも知らないし、こういう仕事を始めてから時間がそう経っていないことを考えても、どうしてもネガティブなことを考えてしまう。
そう簡単にうまくいくならば、世の中にいる商人達は誰も彼も儲かっているだろうし、世の中にいる様々な職人は、どこでも生計を立てていけるに決まっているのだ。
「これは、マリア殿にとっての一つの試練。我々が心配している、ということすらマリア殿にプレッシャーを与えるやもしれぬ。それならば、薄情と思われても、すべてが終わるまでそっとしておいた方が良いかと」
言葉少ないながら、はっきりとしたそのライアンの意見にミネアも賛成をした。
そんな仲間達のやりとりがあったため、アリーナも不承不承、砂漠のバザーが終わるまで我慢に我慢を重ねたのだが・・・
「でも、ネネさんが気になることを言ってたわよね」
茶の時間にアリーナはクリフトを呼びつけて、マリアのことを話しながらクッキーを頬張った。何か興奮している時のアリーナは、茶菓子を食べるペースがいつも早い、とクリフトは内心で苦笑した。
「そうですね・・・わたしも、ちょっと、アレ、って思いました」
「売れてくれなくちゃ、わたしも困るわ、って」
トルネコが言うには、マリアは何かのアイディアをネネからもらったのか、何回も何回もネネのもとに足を運んだそうだ。
女性同士で出ているアイディアなのだから、きっと女性が使うものを作るんだろう、ならば自分は口を挟まないように、とトルネコは二人の話に割り込まぬように、普段はネネに任せがちな店番を自らやったり、商品の仕入れにいったりしていたらしい。
また、ライアンからの情報では、バトランドにいるガラス職人のところへ出入りしている姿を二度見たという。ガラスと木彫りが結び付かず、土産か何かでも買うのかとその時はのんびり思っていたらしいが・・・。
「だいたい、クリフトったら何か聞いてないの?」
「残念ながら・・・でも、姫様に会いに来た時にも、ちょっとアイディアもらっちゃった、とか言ってましたよ」
「それがわっかんないのよね・・・・わたしの部屋をぐるっと見たり、城の中ぐるっと回るだけなんだもん」
「マーニャさんも言ってましたね・・・マーニャさんのところに届けられるプレゼントを漁ってる時にマリアさんが来て、一緒にそれらを分類してる時に何か閃いたような」
「ううー、気になる。何を作って行ったのかもわからないし、売れてるのかどうかもわからないんだもん」
「最終日は明日ですから、我々もあと一日の辛抱です」
そういいつつクリフトはティーカップを口につけようとして、それが既に空っぽであることに気付いて苦笑いをした。
そんなクリフトの様子には気付かないように、アリーナは
「明日はわたしも公務開けてるからねっ、ちゃんと、手伝いに行くんだから」
と言って笑った。

さて。
アリーナが言う「手伝い」というのは当然、砂漠のバザーでのお手伝い、ではない。
みんなでマリアに「お疲れ様」というねぎらいの気持ちを込めて集まろうじゃないか、という話になり、最終日にマリアがバザーに行っている間、マリアの村で食事を作るなどして待っていようということになったのだ。
バザーの間、オアシスで寝泊まりをしていると、商品管理に不備が出ることが多い。
よって、マリアは毎日ルーラの魔法で村に戻っては行き、戻っては行き、と繰り返すことになっていた。
とはいえ、最終日を終えて戻ってくれば、当然木こりの祖父のもとへと報告にもいくだろうし、そちらはそちらで一緒に夕食を食べるかもしれない。
そういう配慮――当然、ミネアやクリフトが気を回していたのだが――もあったため、そこは祖父にも事情を話して協力をしてもらうことになっていた。
初め、マリアの祖父は、彼らがやろうとしていることをよく思ってはいなかった。
トルネコではないけれど、物を作る人間が自分の作った物を自分の手で売る。
そのことを仕事で関係があるわけでも家族でもない者にねぎらわれなければいけないなんて、勘違いも甚だしい、と彼はかたくなだった。
けれども、そんな彼の気持ちを変えたのはマーニャの言葉だ。
「そーお?一緒の村にいた人たちだって、マリアが同じことしたら、きっとお祝いすると思うけど」
それへ一瞬祖父は言葉を失って、少しだけ疲れたような表情を見せた。
しまった、と周囲はマーニャをつついたけれど、マーニャは何も悪びれない。
それどころか、彼女にしては優しげな微笑みを浮かべて腰を浮かせてテーブルに身を乗り出し、反対側にいる木こりに顔を近づける。
「そんで、きっとみんな言うわよ、おじいちゃん。マリア、木こりのじいさんも、呼んできてやれよ、って」
「・・・俺ぁ、行かねぇよ。そんなもんは」
「そっかもね」
「でもまあ、おめぇの言う通りだわなぁ。俺はあいつとは仕事仲間だからそうは思わないが、そうじゃないおめぇらからすれば、お祝いごとだ。俺は、あいつにいいことが起こっても、よかったな、しか言えねぇし、可哀想なことが起きたって、そうか、としか言えねぇ。そんなら、おめぇ達がいてくれる方が、何かと今回はいいのかもしんねぇ」
そういうと木こりは、ぐい、と茶を飲み干し、少し乱雑にカップをテーブルに置いた。
「おめぇらも、人が出した茶ぁ、さっさと飲みやがれ」
それはいくらか乱暴に聞こえるけれど、茶を客人に勧める彼らしい言葉だ。マーニャはあっさり「いただくわね」と言って手を伸ばした。それへ、同行したクリフトとミネア、アリーナも倣う。
交渉は成立したのだ。
木こりは、マリアから報告をしてもらえればその日は別に後はどうしようが構わない、と言い捨てた。それだけの条件であっても、彼が彼なりにマリアのことを心配していることがよくわかる。
その話し合いの帰り、一旦サントハイムに集まってブライを交えて話をしていた時、クリフトはぽつりと呟いた。
「もしかしたら、シンシアさんのことを思い出されていたのかもしれませんね」
それは、マーニャの「一緒の村にいた人たちだって」の説得に対する思いだ。
アリーナもミネアも「そうかもしれない」と同意を見せたけれど、ただ一人マーニャだけが
「どーだかわからないけど、あのじーさん、もう一度呼びましょ。義理でさ」
なんてことを言って、クリフトの言葉を流す。
どーだかわからない、というのは確かで、そう個人的に知っているわけでもない木こりの気持ちをあれこれ推測する気はない、というマーニャの姿勢に、僅かにクリフトは恥じ、素直に「マーニャさんにはかなわないな」と内心で頭を下げたのだった。
そんなわけで、彼らは「バザー初出店お疲れ様」パーティーをささやかながら計画をして、バザー最終日には集まれるように予定を調整した。
アリーナは父王にねだって、その日はクリフトとブライをひきつれての外出許可をもらったし――それには、ぶ厚いサントハイムの歴史書を一冊読まなければいけなかったが――マーニャは劇場を他の踊り子達に任せることにした。
ライアンは翌日にバトランド王の外出時の警護が控えているため、早めに帰る必要があるとは言ったが、それでも彼にしては珍しく午後半日ではあったけれども休暇を得たようだ。
トルネコに至っては、ネネと「どっちがお祝いに行くか」で揉めたらしい。もちろん、それはネネのちょっとした意地悪心で「わたしの方が貢献したと思うんだけど、あなたに譲ってあげるわ」という一言で解決したという。
ホフマンは既にその日は予定があるということで、その代わりに、ととっておきの果実酒をミネアに託した。
マーニャに渡さないあたりが、さすがにわかっている、と言わざるを得ない。
 
 
「もー、ブライは朝が早くて嫌になっちゃう!」
ぼやきながらアリーナは服を着替えて準備をした。
マーニャは前夜は劇場で踊っているから、動きだす時刻は遅い。それにミネアも付き合うはずだ。
ライアンは午後からの休みだというし、トルネコもその日の仕入れなどをやってから行くと言っていた。
だから、とぼやぼやしていたアリーナをブライは急かし、昼前には一度マリアの村に行くと言い出したのだ。
「でも、確かにですね・・・バザーの最終日は終わる時刻が早いですし、運ぶ物も多いですから」
とクリフトはなだめるが、アリーナは唇を尖らせる。
「ブライは、一日休みでやることがないと、途端にせっかちになるんだから!」
まあ、そんなわけで、サントハイムの三人は予定よりだいぶ早い時間に動き出し、しかも昼ごはん用にシェフに作ってもらった弁当まで持参でマリアの村に向かうことになった。
「マリアさんのお爺さんに、御挨拶していきましょう」
と、もっともなクリフトの提案に賛同して、三人は山のふもとから木こりである祖父が住んでいる小屋へ向かう。
他の2人よりもクリフトはこの付近によく来ていたし、マリアの祖父にもきちんと「マリアさんとお付き合いしています」と話は通してある。
最初は口が悪くて荒っぽい言い回しの祖父にクリフトは面食らっていたものだ。
しかし、ある時マリアとその祖父が以前よりずっと慣れたように会話をして、挙句にどうでもよい意地の張り合いをしている姿を見て、クリフトは二人の前でついつい噴きだしてしまった。
それ以来、祖父は「失礼な若造」とクリフトを呼びながらも、そう邪険にするわけでもなくなった。
クリフトの方も、荒い物言いでしか人に接することが出来ない人間がいるということを旅の間にいくらかは理解をしていたため、二人は少しずつお互いの扱いに慣れてきた、それが最近のこと。
アリーナとブライはさすがに木こりには慣れているわけでもないので、クリフトがいれば心強いとばかりについていく。
それぞれの荷物を抱えて、木こりが住んでいる小屋の屋根が見える辺りまでようやく辿り着いた。
と、更に近づいて行くと。
小屋の前で誰かが動く姿が視界に入った。
その人物というのは、彼らがとてもよく知っている・・・
「……ちょっと!か、か、隠れなきゃ!」
アリーナが、小声だけれどもかなり慌てた様子で二人に早口で言う。
「か、隠れるったって、ど、どこへ!」
そう言いながらも、クリフトとブライは、小屋への道の両脇密集している木々の間に体を隠そうとした。
アリーナは、二人が隠れた場所とは反対側に慌てて飛び込む。
「なんで」
アリーナは掠れた声で、クリフト達に聞いてもわかるはずがないことを囁き声でまくしたてた。
「なんで、ここにもう今日マリアがいるのよ!これじゃ、鉢合わせになっちゃうじゃない!」
「で、でしたら姫様、木こりさんにはご挨拶しないで、迂回して村に行く道がありますので、そちらに」
そんなやりとりを彼らがしていると、山小屋の前にいたマリアは歩き出して、どんどん道を下ってくる。
三人は物音を立てずに歩こうと試みたが、山は山。足元には背が低い木があったり、枯葉まじりの雑草が生い茂っているため、どんな歩き方をしてもがさがさと音をたててしまう。
どうしたら良いのか困り果てている三人に、呆れたような声が届いた。
「三人とも、いるんでしょ?さっき、見えたわよ。出てきたら?」
ブライとクリフトは、アリーナを伺った。
仕方がない、とアリーナは観念して、茂みからそっとマリアの様子を確かめながら出てくる。
「マリア、えーっと、こんにちは」
白々しい挨拶をするアリーナ。ばつが悪そうなのに無理に笑顔を作ってブライも出て行く。
「久しぶりに会いに来てみたんだが……」
「隠れてしまって申し訳ありません。マリアさん、バザーは、終わったんですか?」
クリフトだけが平然と悪びれた風でもなく、三人を代表して疑問をマリアにぶつけながら姿を現す。
見れば、マリアは小さな木材を手にしていた。
「終わったからここにいるのよ?どうしたの?会いに来てくれたんだったら、もちろん嬉しいけど」
「あ、会いに来たっていえば、そうなんだけど」
その時、マリアの後方、小屋の方から木こりが姿を現した。
彼は、アリーナ達とマリアが話をしている様子を見るやいなや
「なんだ、おめぇら、会っちまったか」
と呆れたように言って、マリアと同じく道を下ってくる。
その言葉で、どうやら自分がいない間に祖父とアリーナ達の間に何かがあったらしいと気付いて、マリアは一瞬眉根を寄せた。きっと「どういうこと」と問いつめたい気持ちもあっただろうが、木こりが言葉を続けたことで、マリアは口を閉ざして様子を見る。
「おめぇらに教えてやろうかと思ったんだよ。マリアは昨日でバザーから帰ってきた、ってよ」
「えー!じゃあ、どうして教えてくれなかったんですか!」
声高にアリーナが言うと、それへは木こりではなくてブライが
「姫様。連絡手段がないのですぞ」
と耳打ちする。
確かにそうだ。協力して欲しくて彼らは木こりと会って話をつけたけれど、こういった予想外のことが起きたときに、木こりから連絡をもらう術が彼らにはなかった。
せめて、前日に一度でも様子を伺いにくればよかった、とクリフトは困ったように苦笑を見せる。
「そのじーさんの言うとおりだ。無茶なこと言うな。俺はそこまでは自分で気ぃ回す立場じゃねぇし、おめぇらの落ち度だろ」
「なあに。わたしが今日いたら、困るようなこと?」
そのマリアの言葉にさすがにアリーナ達は慌てふためいた。困る、と断言するのもマリアを傷つけるだろうし、そんなことはない、と答えたって、じゃあ何をしに来たんだと言われるに決まっているのだ。
「姫様、言ってしまいましょう」
「うむ。その方がお互いのためになるでしょうな」
「えー、だってぇ……マーニャ達に怒られるわよ〜」
「マーニャ達も関係しているの?」
その三人とマリアのやりとりに焦れたのか、木こりがあっさりと打ち明けた。
「マリア、おめぇのことをねぎらって、内緒でパーティーでも開こうとしてたんだ。こいつらは」
「えっ!?」
マリアは祖父の言葉に心底驚いて、声をあげる。
そんなマリアの前に並ぶサントハイム三人組は、がっかりと肩を落とすのだった。
 
 
アリーナ達は、マリアが既に村に戻ってくることを、マーニャその他仲間達に伝えることを、マリアから禁止された。
そのおかげで
「はーい、お疲れ様、用意、進んで・・・っと、マ、マリア!?」
「マリアさん!?」
だとか
「やあやあ、ちょっと遅れたかな。ネネにたっぷりご馳走を持たされて……おやおや、マリアじゃないか!」
やら
「予定よりも仕事が長引いて……マリア殿!?」
と、くる者くる者、それぞれがそれぞれらしい驚き方で、マリアの名を呼んだ。みんな「らしい」のが、余計にマリアには愉快に思えるようだ。
そのたびにマリアとアリーナは大声で笑い出すものだから、まるで初めからアリーナがそれを仕組んだかのように思われるため、クリフトがいちいち説明をしなければならなくなったのだが。
「でも、よかったかも。今日マリアが戻ってきてさぁ、木こりのおじいさんと一緒にいる時間をわたし達が奪い取っちゃう感じになるのは、やっぱ嫌だったのよねぇ」
マーニャは、ファンからもらったらしい肉――ミネアに言わせれば、少し前からおねだりをしていたらしいのだが――を火で焼きながらそう言った。
極上の肉の香りに一番最初に反応して、トルネコの腹が鳴る。そのあまりのお約束にも、一同は大いに笑った。
マリアがいつも使っている、屋外においてある小さなかまどの横に石を積んでもうひとつかまどをクリフトが用意をした。
ミネアはそちらでスープを作り、トルネコはネネが持たせてくれた料理をとりわける。
サントハイム一行は飲み物や人数分の食器を用意してきた。アリーナが使うから、と言うと大層なものを用意されてしまうため、城の者には内緒でサランの町で買ってきた安物だ。が、その方が誰にとっても都合が良いと思えた。
マリアは、この村の主でありながらも今日は客になって、人々が自分のために準備をしてくれている姿をそわそわと見ていた。
こういうことに慣れていない様子で困っているライアンに「今日はどんなお仕事してたの」なんて話している。それへ、アリーナも加わってきた。
かまどを中心に囲み、まるで旅をしている間野外で食事をしていた時のような感覚。
山の天候は変わりやすいというけれど、来た時にマリアに尋ねれば「今日は恰好の日よ。雲が風下のほうにしか見えないし、雨の匂いはしない」と太鼓判を押される。誰にとってもラッキーな日だったと言えよう。
スープも出来て、マーニャが適当に焼いた肉もいい塩梅に焦げ目がついた頃合。
ブライが「最初の乾杯が肝心だからの」と選んだ軽めの酒を、クリフトがグラスに注いで全員に回した。
「はーい!んじゃ、全員飲み物いったわね?本当はもっとゆっくり夕ご飯にするつもりだったけど、とにもかくにも、マリア、お疲れ様ー」
何故かマーニャが音頭をとって乾杯となった。
マーニャは来て早々に「マリアがいるなら、すぐ飲めるわね!」などと言っていたから、きっとさっさと飲み食いしたかったのだろう。
ミネアが作った、コーミズ付近でしか作られない珍しい野菜たっぷりのスープ、マーニャがぞんざいに焼いた肉、アリーナ達が持ってきた肉入りのパイとデザート、ライアンなりに気を利かせて持ってきた魚のオイル漬けと固パン――どっちも保存食ね、とマーニャに言われてしまったが――、そして、トルネコの愛妻弁当ならぬおもたせ弁当といったところか、ネネが作ったという料理の数々がずらりと場に並んでいる。
「ここで、こんな豪華な食べ物が並ぶなんて、変な感じ!」
と、マリアが笑えば
「しかも外だしねー」
くすくす、とアリーナも同意をする。
「マーニャさん、この肉、何をつけたんですか?肉だけじゃないですよね?」
クリフトが恐る恐る口にした肉が、想像よりもずっと美味だったことに驚いて聞く。
「当たり前でしょ。干した香草と塩に包んで一晩おいといたのよ。いくらわたしだって、味付けも何もしてない肉を焼いて、はいどうぞ、ってわけにいかないでしょ」
「トルネコ殿の奥方は、本当に料理上手ですなあ。先ほど、城で軽く食事をしてきたのですが、これならばまだまだ食べられるというもの」
「たくさん持ってきましたから、余ったら是非持ち帰ってくださいよ」
「ブライさん、お酒足しましょうか?」
「おお、これはこれは。美人のお酌は嬉しいもんじゃて」
「もーお、ブライったら、もう酔っ払いみたいなこと言って!」
久しぶりに集まった仲間達は、まるで昨日まで一緒に旅をしていたのではないかと思うほど、とても自然で、お互い遠慮がなく笑顔が絶えない。
「マリアさん、はい」
クリフトが酒の瓶をマリアに見せる。
「ありがと。半分くらい」
「半分ですね」
こぽこぽ、とグラスに注ぐ小さな音。
その音に気付いて、皆はそれぞれ歓談をし続けながらも、ちらりちらりとマリアの方を伺った。
酒を飲むペースが速いのではないか、とか、そろそろ話すのかな、とか、思惑を含んだ視線にマリアが気付かないわけがない。
「……あのねえ、昨日のうちにバザーから戻ってきたんだけど、それは、売り物がなくなったからなの」
「えっ!じゃあ、売れたのね!」
反射でアリーナはそう答えたけれど、他の者達は簡単にそう喜ばない。
売り物がなくなった、ということが、本当に「売れてなくなった」のかどうかを確認するまでは、そう迂闊なことは言えない、と皆は思っているのだ。
が、次のマリアの言葉に、人々は安堵と失望を両方与えられた。
「売れたんだけど、時間がなくてたくさん作れなかったの。なんか、こんな数でお店出してごめんなさい、っていうぐらい。だけど、売り切るのに昨日までかかっちゃった。売れる物を作るって、難しいのね」
「何をどれぐらい作ったのか、教えてもらえるのかな?」
ついに我慢出来ない、とトルネコが身を乗り出した。
「うん。あのね、ひとつだけ、試作品残ってるから見せられる。待ってて」
マリアは立ち上がって、今寝泊りをしている簡易小屋――家を作るのは難しく、けれどテントで寝泊りするのも問題があるため、祖父に手伝って作ってもらったものだ――に入っていった。


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