密告-1-

ブランカの城に行った日から、マリアは不思議で仕方がなかった。
たくさんの人々が教会に出入りしている。
旅に出るならお祈りをしていきなさい、と言われてマリアもそれにならってみた。
優しそうな年配の神父がいて、さすが城内の教会だけあって美しいステンドグラスが飾られたその小さな祈りの場でマリアを快く迎えてくれた。マリアはとまどい、あたりをきょろきょろと見渡してからわずかに首を傾げて正直に聞いてみた。
「お祈りって、何をすればいいのですか」
神父は優しい笑顔をむけてマリアに応えてくれる。
「あなたは旅人ですね」
「はい」
「今までの旅の無事の感謝と、これからの旅の無事を、神に感謝するとともに願えばいいのですよ。あまり難しいことはありません」
その祈りは、マリアにとって生まれて初めてのものだった。
なんだか釈然としないままそれを行い、エンドールに向かった。そして、またそこで驚いた。
さあ、出発の前にお祈りをしていきましょう。
だって、それがとても当たり前のように、エンドールで仲間になった二人は教会に足を運ぶ。
ホフマンもトルネコも、それからアリーナ達も何の躊躇もなく教会に行き、祈り、そして。
それが当然の儀式とでもいいたげに、日々繰り返すのだ。
ブランカにいた神父は優しい物言いだったけれど、彼の言葉を聞いて直感的に「こういう人間は嫌いだ」とマリアは思った。
どうして目に見えもしない、彼女が知りもしない神様とやらに、自分達の旅の無事やらなにやらを願わなければいけないのだろう?
どうしてその神様とやらが手を貸してくれるわけではない旅がここまで無事だったことを感謝しなければいけないのだろう?
そして、それを当たり前に強要するのだろうか?
「神はいつでもあなたの上にいらっしゃるのですよ。恥じなきように、誠実に生きるあなたを、神は暖かく見守ることでしょう」
気持ちが悪い、と心底思った。
そんなものに見守られて、一体何になるとこの神父は思っているのだろうか、と本当に、本当に、不思議で仕方がなかった。
そして後からマーニャ達に聞いて「こういう人間は嫌いだ」と彼女が感じた人々を「聖職者」というのだということを知った。
どの町を訪れても神父がいて、人々に神の道、とやらを説いている姿を見ることが出来た。
そうか、あれが、聖職者というものなのか。
なんだか、わたしは、好きになれない・・・。
マリアはその理由なぞ考えもせずにそう思い、ふん、と鼻のあたまに軽く皺を寄せるのだった。

「ねえねえ、今晩エンドールに行きましょうよっ!」
とマーニャが珍しい誘いを口にした。
いつもならば黙って真夜中にルーラをしてカジノにいってしまう彼女が、ミネアにまで誘いをかけるというのは一体どういう風の吹き回しか、と馬車の外で昼食をとっている手を止めてみなが視線を移す。
「ねえさん、何を突然言い出すのよ・・・」
「いいじゃ、なーい。アリーナ達が仲間になってから、一緒に遊びにいってないんだもん」
「仲間が増えたからって、一緒にカジノにいくのが当たり前なわけじゃないでしょ」
と、ミネアが軽く受け流そうとしたときに、トルネコはマリアに声をかけた。
「マリア、もしもマーニャが今度エンドールに行くことがあったら、わたしも一緒に行っても
いいかね」
「え?どうしたの?」
すっかり最近のトルネコは、出会った当初の勇者様に謙っていた口調ではなく、親しみを込めた目上の人間のそれに変わっている。正直なところマリアはその方が嬉しいと思ったし、よりいっそうなんだか父親と話している感じがして言葉が心に響くと思っていた。
「あ、たまには、奥さんのところに」
「ネネはいいんだがな」
「息子さんが心配?」
「顔を出せるときがあれば、たまには、と思ってね」
「そういえば、ずっとエンドールにいってないものね・・・。うん、だったらいいんじゃない?」
「ねー、アリーナ、行こうよ。モンスターの対戦見てさあ、野次りながら金儲けよ!」
「見る見る!行く!」
パンをかじりながらアリーナは元気よく手をあげた。
以前にエンドールにいったときは、武術大会に出場するだけで、まったくエンドールのそういった
楽しみを体験することが出来なかったのだ。しかし、アリーナのとなりでソーセージを頬張っていた未だに食欲旺盛で長生きしそうな年老いた魔法使いは慌てて叫ぶ。
「姫様、駄目ですぞ!そんなカジノなぞ・・・」
アリーナはまたか、という表情で少しげんなりして唇を尖らせる。が、今日は味方がついているから
マーニャが援護射撃をしてくれた。
「いいじゃなあい、おじいちゃんだってたまにはカジノのバニーでも見て元気をもらったらあ?」
「な、なんということを!」
心外だ、という表情を無理やりみせてそう言いながらもブライの頬が僅かに緩んだ。クリフトが少しばかりあきれたような視線を送ったのに気付いてブライは咳払いをひとつした。
「いけませんぞ。サントハイム王家の者がカジノなぞ・・・」
「社会勉強よ〜。ねえ?クリフトちゃんも行くわよねー?」
「私は賭け事はやりませんから。いってもお役には立ちませんよ」
「ちっちっち、甘いわね、クリフトちゃんが来てくれれば・・・」
とマーニャが言いかけるとすぐさまミネアが
「あのスライムにホイミをかけて、とか言ってクリフトさんをイカサマに巻き込むのはやめて頂戴」
「あ、バレてる?」
「勘弁して頂戴、姉さん」
「早く誰かバイキルトとか覚えてよ〜」
能天気にマーニャはそう言うが、あながち冗談ではないようだ。
マリアはくすくす笑って
「行って来れば?ミントス出てからずっと長旅で、船の上が多かったからちょっとストレスもたまってるんでしょう?わたしはカジノは好きじゃないから、マーニャ達だけでいってくればいいわ」
マーニャは無理やりマリアを誘うことはしない。
基本的にマリアは、人が少ない村で生まれ育ったからエンドールのような喧騒は苦手なのだ。
ミネアがマリアを連れてきてくれて初めてカジノで対面したとき、始終マリアはしかめっ面で一体なんて愛想の悪い勇者かと思ったものだ。が、後で聞いたらカジノの中で流れている大音量の音楽や人々の悲喜こもごもの叫び声などが耳障りでついつい眉間にしわを寄せてしまっていたらしい。
「決ーまりっ。じゃ、トルネコとお、アリーナ、一緒にエンドールに今晩ねっ」
「駄目よ!姉さんがアリーナを連れて行ったら何をさせるかわからないもの」
「じゃあ、あんたもきなさいよ」
「でも、モンスターにホイミは唱えませんからねっ」
「あんたはカジノの客に、次はどのカード引けばいいのか、でも占って小銭稼いでりゃいいんだわ」
「みつかったらつまみ出されるでしょ」
それが狙いなんだけど、とマーニャはアリーナにこっそり言って小さく肩をすくめた。
この姉妹は仲がいいのか悪いのか時折わからなくなる。ミネアは本気でマーニャを怒ることもあるし、マーニャは何もそこまでも、ということをしてまでもミネアを邪険にすることもある。
「私も行きますぞ。姫様をそんなところへ一人でやるわけにはいきませぬ!」
「あーら、おじいちゃん、やっぱり・・・」
「な、な、何を言うのじゃ!」
「まだ何も言ってないわよ」
そんな二人のやりとりを聞きながらマリアは小さく笑って、木の実をつまんで食べているクリフトに声をかけた。
「クリフトも行くんでしょ?」
「いえ・・・。でも、これだけの人数行くなら、いっそみんなでエンドールに行って泊まればいいん
じゃないでしょうか」
「クリフトちゃんは何も知らないのね。マリアはエンドールの宿は苦手なのよ」
「え」
「地下にカジノがあるから、人の出入りが激しいでしょっ。眠れないんだよね〜あたしやミネアは
全然平気なんだけど」
「ああ・・・繊細なんですね」
「違うわよ」
それへはマーニャがぴしゃりと言う。
「人の動きが激しいと、いつどこから誰がマリアを殺しに来るのかわからないでしょ」
「・・・」
「浅い眠りになっちゃうのよね」
「マーニャ、いいのよ。ね、だったら今日はみんなでエンドールに行きましょう?」
マーニャがクリフトにいった言葉をあまりみんなに気にさせたくないのか、マリアは無理やり笑顔を作って言葉を挟んだ。

マーニャが突然カジノに行こう、と言い出した理由を本当はマリアもミネアも知っている。
モンバーバラに久しぶりに戻り、マーニャ達の生まれ故郷であるコーミズ村にも寄った。
コーミズ村の北に位置するキングレオ城は彼女達にとって因縁の城だ。
表面的には普通の城なのだが、重たい閂が下ろされているのか人々の前には閉ざされた扉が聳え立つだけだ。外界から隔たれて何が起こっているのかわからない城、という風情だ。が、どうやらもろもろの噂とマーニャ達からの話をもとにして考えるとそこにはまだ魔物が巣食っている状態が続いている・・・とマリア達は察していた。一刻も早くそれを解決して、この地方の人々を安心させてやりたいという願いは彼らにもある。けれど、キングレオ周辺の魔物達はなかなか強く、マリア達はここ数日正直なところ消耗をしていた。
マーニャとミネアの話では、以前彼女達が父親の仇バルザックに挑んだ後、突然現れた魔物は桁違いの強さを見せ付けて彼女たちを一蹴してしまったという。そして、その魔物は今の彼女たちの力でもまだ勝てるとは思えない、と。
故郷に近い、かつ因縁の城であるがゆえに今すぐにでも殴りこみたいところだが、そうもいかない。挙句に、マリアが「他の土地も回って情報を集めよう」なんてことをいったものだから、マーニャは自分たちの非力さと余計な焦りを感じてしまって、なんとなく苛苛しているのだ。
だから、マリアは簡単に了解したし、トルネコが自分もエンドールに、と言い出したのはマーニャが動きやすいようにという配慮だろう。しかも、勝手に一人でいってしまわない、というのはマーニャがちょっとだけ心もとなく感じているということだ。
なんとなくクリフトと二人だけでモンバーバラ、ないしはキングレオの北にあるハバリアに泊まるのは嫌だな、とマリアは思う。だったら、多少眠りが浅くてもよいからみんなと一緒にエンドールに行ったほうがましだと考えた。
「じゃっ、マリア、行ってくるわよー」
「あんまり使い込まないでね」
「何いってんの!勝ちに行くんじゃない」
夕方頃にエンドールに入った一行だったが、トルネコは夕食は家で食べる、とすぐに家に帰っていったし、クリフトはちょっと挨拶に行くところが、なんてことを言ってどこかへ出かけてしまった。結局夕食を終えてマーニャ達がカジノにいってしまっては、マリアは一人になってしまい、やることもないまま部屋で退屈な時間を過ごすことになった。
一体クリフトはどこにいったんだろう?ちょっとだけマリアは気になった。
あの神官がエンドールで用事がある場所があるなんて、意外だと思う。
宿の二階はあらかたマリアのおかげで客室は埋まってしまったようだ。マーニャが気をきかせてくれてマリアは一人部屋にしてくれた。女同士ということでアリーナと一緒に、と思っていたのだが、一体何時にカジノから戻ってくるのかわからないからマリアを起こしては悪いという配慮だ。
「にしても」
一人は暇だ。
今日はいつもより早めに宿にはいってしまったからなおのこと体は元気だし。
ちょっと散歩でもしてこようかな、とマリアは部屋を抜け出て、夜のエンドールでもあまり騒がしくない場所を求めて宿を一人で出て行った。

戻るべき場所、戻るべき家族を両方持っているのはトルネコだけだ。だから、彼はいつもエンドールに来ると遠慮をして家になかなか戻らない。
マーニャとミネアは故郷があるし、おたがいが愛すべき家族だけれど、父親を殺されてしまった無残な過去をもっている。アリーナ達はサントハイムの城が突然無人になるという不思議な現象に見舞われて、途方にくれながらも一縷の望みをかけて共に旅をすることになった。
それでも、マーニャとミネアを迎えてくれるコーミズ村の人々は優しくてとてもうらやましいと思える。アリーナだってきっと、最近なにかと話題に出るデスピサロとかいう男がきっと何かキーを握っていて、それさえみつければサントハイムの人々を助けられると、そうマリアは思っている。それは彼女の嗅覚、という以外に何の裏づけも根拠もない話だったが・・・。
夕方になると灯りが点る家の窓を見て、うらやましい、という感覚以外の、そう、例えば妬ましさ。
その感情はマリアにはない。
失って初めて、それがとてもありがたくて幸せなことだとわかった、自分の傍にいつでもあったもの。
灯りが点った家に帰っていく子供を見ると、ほっとする。よかったね、と言いたくなる。
そしてそれと同時にいつも後悔の念が彼女を襲うのだ。
ああ、もっとわたしが。
繰り返される自責の念が、何もいいことを生み出さないことをしっているマリアは、無理矢理その思いを振り払おうとするけれどうまくいかない。
もちろん、その思いを振り払ったって、いいことを生み出すわけではないのだが。

夜のとばりに包まれたエンドールの街は少し風が冷たい。マリアはマントを身につけてくればよかった、と後悔しながらも、なんとなく宿に戻るのも面倒でふらふらと歩いていた。
宿から少し歩いたところにある、今日は既に閉店した道具屋の前でばったりとネネに出会った。トルネコの妻である彼女は、いつも笑顔で穏やかで、そして生気に溢れた明るい女性だとマリアは思う。
「あら、マリアさん」
「あっ、ネネさん。こんばんは。どうしたんですか、こんな時間に」
「いえ、あの人が久しぶりに戻ってきたので・・・明日、マリアさん達にもお弁当を持っていってもらおうと思って、ちょっと食材を買い足してきたんです。期待していてくださいね」
見るとネネは大きな袋を二つかついで歩いていた様子だ。
「わあ、本当ですか。嬉しい。この前いただいたネネさんのお弁当、おいしかったですもの」
それは本当のことだった。
トルネコが仲間になってから、既にエンドールには5回ほど来ていて(そのうちの一回は、朝になってもマーニャが戻って来なくて探しに来たのだが・・・)一度だけネネが「みなさんの分も」とお弁当をトルネコに持たせてくれた。
それはとても家庭的でほっとする、それでいて若いマリア達のことも思ってかボリュームがあるメニューがぎっしり詰まっていた。その当時はまだアリーナ達はいなかったから・・・
「もしかして、トルネコから話を聞いて・・・いっぱい材料を?」
マリアは申し訳ない、と思った。
今彼らの中で一番食欲旺盛なのはアリーナだ。それから、やはり若い男なのだからクリフトもよく食べる。物静かに食べるからそうそう指摘されることはないけれど、案外と彼が一食で食べる量が多いことをマリアは知っていた。ブライはともかくその二人が加わったことをきっとトルネコはネネに話しているに違いない。
サントハイムのお姫様が、とか。とっても強くて、それからとってもよく笑って、そしてとってもよく食べるんだよ、なんてことを。
「うふふ。お姫様の舌にあうといいのだけれど」
「ひとつ、持ちます」
「ありがとう、もとは武器屋の女房だからこれくらいどうってことないんだけどね。それでも持ってもらえ
ると助かるわね」
マリアはよいしょ、と芋類がたくさんはいった麻袋を担いだ。
なんだか、昔母さんのお手伝いをしていたときのようだな・・・なんて思いだす。
マリアの育ての親はマリアが剣や魔法の修行をすることを第一に考えていたから、あまりマリアに家事手伝いなんてものをさせなかった。それでもこういった重いものを運ぶときにはいつだって母親はマリアを呼んだし、パンを焼くときは力仕事だからマリアも手伝うことが出来た。
「もし、旅が終わったら」
「ええ」
「ネネさんのところに、お料理、習いにいってもいいですか」
「もちろんよ」
さすがだな、とマリアはちょっと苦笑いをする。
あら、親御さんは?とか、他に教えてくれる人はいないの?とか、そういったうかつなことを彼女は口走らない。それはネネの機転というよりも商人の妻としての勘のようなものかもしれないな、と思う。
「わたし、パンを焼くぐらいしか得意じゃないんです」
「でも、得意、っていえるなら素敵なことよ」
「そうでしょうか」
「そうよ・・・ありがとう。夜は冷えるわ。暖かい飲み物でも、飲んでいって頂戴」
話しながら歩いていたら、あっという間にトルネコの家についてしまった。この家は教会のまん前にあるものだから、毎日ネネはトルネコの無事を教会で祈っているのだという。
マリアは麻袋を扉の前に置いて微笑んだ。
「いいえ。親子水入らずを邪魔するつもりはありません。また、そのうち改めてお伺いします」
「ありがとう。じゃあ、おやすみなさい。気をつけて宿まで戻ってね」
「はい。おやすみなさい」
ネネに見送られているのを背中で感じながらマリアは歩き出した。そのまま道具屋の前を通って宿に戻る、なんていうのはちょっと気が乗らないことだった。ふと教会を見ると灯りがついている。その光はあまりまぶしすぎずに控えめで、けれども夜中に教会に用事がある人間のためにならば十分すぎるほどのあたたかい灯火だな、とマリアは思う。
少し教会から離れたところで閉ざされた扉を見ていたら、突然音もなくその扉はマリアの前で開いた。
(な、なによ。別にわたし、教会に用事なんてないわ)
誰に対してそう思ったのかはわからないけれど、言い訳じみたことを思ってちょっと身をすくめた。
すると教会の中から一人の若い女性が出てくるのが見える。
「ありがとうございました。これで少し安心しました」
扉のこちら側に出て来てから彼女は振り返り、丁寧に頭をさげてそう言った。
こんな夜に教会から出てくる人間の会話を聞くのは悪いことかもしれない、とマリアは咄嗟に思ってその場から離れようとした。けれどそのとき
「いいえ。わたしがこの場にいることが出来たのも神の思し召しでしょう。神父様にはわたしからお伝えしておきます。言葉を飾らず、すべてを打ち明けてくださったあなたの心は、きっと神に届くでしょう」
「・・・」
聞き覚えのある声。
マリアは驚いて足をとめ、扉の内側から女性に別れの言葉をかけている男を凝視した。
「クリフト!?」
その声に二人は気付いたようだ。
女性の方はびくりと身をすくめておどおどとマリアを見る。
まるでそれは、悪いことをしているのを親に見咎められた子供のように。
そして、何故かそこにいたクリフトは一瞬息を呑む表情になり、それから
「心配いりません。誰もあなたが教会に来たことを責めませんし、何があったのか意味のない勘繰りはしないことでしょう。それにそちらの女性はこれから世界を救う勇者様ですから、何一つあなたが怯える必要はありませんよ」
「まあ、そうなんですの・・・サントハイムの神官様、ありがとうございました・・・それでは、勇者様も。おやすみなさいませ」
クリフトの言葉に明らかに安堵の表情を浮かべ、その女性はクリフトとマリアに深々と頭をさげた。
こういうときにはどうしていいのかマリアはまだわからない。
勇者だ、と紹介されるのは気分がいいものではないし、どういう態度でいることが正解なのかは誰も教えてくれない。
何故って誰も勇者になぞなったことなんてないのだから。
その女性を見送っていたクリフトは、もう彼女が振り返らない様子を確認してマリアに声をかけた。
「宿でお休みになっているのかと思いましたが」
「クリフトこそ、どうしてここにいるの」
「この教会の神父様に用事があってきたのですが・・・ああ、中に入ってください。その格好では寒いでしょう。女性の一人歩きはあまり感心しません。少し待っていただければわたしももう帰りますので一緒に宿まで戻りましょう」
正直なところ、少し寒いとは思っていた。そうでなければクリフトの申し出はきっと断って、マリアはこの場を離れていたに違いない。
マリアはあまりクリフトが得意ではなかった。彼女の村ではクリフトくらいの年齢の男性はいなかったし、更にクリフトのように言葉使いが丁寧で謙っている人間もいなかった。せめて彼がホフマンくらいの気安さをもっていれば(とはいえそれはやはりホフマンの商人らしさからくる親しみやすさなのだろうが)いいのだろうが、クリフトはホフマンに比べれば大分融通のきかない生真面目な青年だったから、尚一層マリアはクリフトにどう接していいかわからない。つまり色んな意味で意識をしている相手ではあった。
だから、あまり二人でいたいと思えなかったけれど・・・。
マリアはクリフトに促されるまま教会の中にはいった。彼女が入るのと入れ違いでクリフトは扉の外に出て、扉の両脇についている灯りをそっと消す。それが消えていれば今日は教会に神父がいない、という合図になる。
「この教会の神父様は?」
中に入ると空気が少し暖かくてマリアはほっとした。木の椅子にひょいと座ってクリフトを振り返る。
クリフトは内側から扉の閂をかけていた。どうやら他に出入り口があり、そちらから出るらしい。彼はマリアに答えながら、扉近くにも点してあった蝋燭の炎をそっと手で消す。少しずつ教会の中は暗くなっていくけれど、いつも神父がいる壇上の灯りは煌煌と灯っていてマリアをなんだか安心させる。
「急用が出来てしまって、今晩の間はボンモールに行ってくることになったそうです。本当は代わりに朝までこちらに詰めさせていただこうかとも思ったのですが、わたしにとってはあなたとの旅に支障が出そうなことはしたくないと思いますから・・・。だから、もう帰ろうかと」
「さっきの女の人は?」
「神父様がお出かけになるというのでわたしもおいとましようとしたときに、丁度いらして・・・。思いつめた表情をなさっていたので、神父様の代わりに、というのはおこがましいのですが・・・わたしにも何か出来たら、と・・・」
「ふうん?それで、何をしたの?」
そのマリアの問いにクリフトは少し驚いた顔をした。
さきほどの自分達の会話を聞いていなかったのかな?と不思議に思いながらも
「懺悔を・・・。心の中で、自分だけは気付いている自分の罪を、告白にいらしたのです」
「ざんげ。それって、神父様にするものなの?」
「ええ。神父様が神の代役としてお伺いするのですよ・・・ご存知ないでしょうか?」
「知らない。それをすると、どうなるの」
「自分が犯した罪を、神に告白して許しを請うのですよ、みな」
「どうしてそんなことをするの?」
素直にマリアはクリフトに聞いた。本当によく意味がわからない、と思う。
「罪を犯したら、償うのでしょう?」
「それが、出来ないことが時にはあるのですよ。そう、例えば、自分が償わなければいけない相手が二度と会えないようなところにいってしまった、とか、その罪を口にすることで更に罪を深めてしまうこと、とか・・・けれどみな、どこかで償いたい、許して欲しい、と救いを求めるのです。そのためには、自分の罪を、自分の言葉で、自分の心から神に告白しなければいけない・・・誰かが、誰かに許して欲しいと思いながら人は生きていくのですね」
その言葉にぴくりと反応をして、マリアはまばたきを何度かしながらクリフトを見た。
「告白して、許しを乞うとと今度はどうなるの?」
「多くの人々は楽になる、といっていますね・・・自分が犯した罪は自分が一番知っていますから、誰かに・・・本当は自分自身に許されない限りには苦しみ続けるのですが・・・それでも、告白をすることで誰かが、自分が苦しんで後悔していることを知っていてくれる、神様がきっとわかってくれると・・・そう思えると、その人は楽になるのですよ」
「だって罪を犯したなら、楽にならなくてもいいじゃない」
「そんなことは、ありませんよ」
クリフトは決して声は荒げなかったけれど、思いのほかマリアがひねくれた答えを返すことに気付いて言葉にわずかな熱が篭った。
償いをしても苦しみ続ける人間だったいるし、償いを出来ないことで更に傷を深くする人間もいる。
その罪人の償いの限界と、後悔の深さを知ってあげることで、正しくその罪人が許されるための手助けが出来るのならば、とクリフトはマリアにゆっくりと語った。
ひとしきり彼の言葉を聞いてマリアはちょっとむくれた表情を見せる。
「なにかご不満ですか」
「クリフトも聖職者だったんですものね。だって、どの町にいっても神父様って、神様はどういうことを言ってる、とかどういうことを我々はなすべきか、とかそういうこと語っていて、うっとうしいんですもの。でも、クリフトはそういう聖職者じゃあないって思ってたのに。わたし、クリフトのことちょっと好意的に見てたんだけど」
それは嘘ではなかった。
あくまでも「聖職者として」という話では、だけれど。その言葉は口に出さずにマリアはクリフトの反応をうかがった。
さすがに穏やかとはいえ彼もまだ若い。どうやらマリアが本当に聖職者を好ましく思っていないということに初めて気付いたのか彼は肩をすくめてふう、と溜め息をついた。
「あなたはあまり聖職者が好きではないご様子ですね」
「どうしてかはよくわからないけれどね。以前からそうなのよ・・・でも、その、懺悔、っていうのは今日初めて聞いたわ」
クリフトは壇上の灯りを手に持った。
「マリアさん、こちらの奥から外に出られます、宿に戻りましょう」
あとはクリフトが指し示した、普段神父だけが出入りしているように見える、カーテンに隠れた小さな扉の前にある灯りとクリフトが手にしている灯りだけだ。
「ねえ、そしたら、わたしも楽になるのかしら」
「何が、ですか」
「その、懺悔ってものをしたら、わたしは楽になるのかなあ」
「・・・何か、心に痛みをお持ちなのですね」
かたり、とクリフトは手にもった灯りを壇上に戻した。
「さっき、クリフトはいってたでしょう。自分が償わなければいけない相手が二度と会えないようなところにいっちゃったとき、って。わたし、そうしたらもう一生、ずっと償いきれないのかしら」
そう言ってマリアは軽くうつむいた。
決して思いつめた表情ではない。けれど、彼女の言葉は何も嘘の匂いも作り事の匂いもしない、心からの言葉に思えて、クリフトはやけに胸騒ぎを覚えた。
「出会う前のマリアさんのことは存じ上げませんが、何かあったのですね。あなたの心に影を落とすことが。・・・もし、わたしでよければ・・・打ち明けていただけませんか。何のお力にもなれないかもしれませんが」
それはとても優しい声だ。
ああ、クリフトはそういえば時々、アリーナにとっても優しく声をかけるときがある。
マリアはそんなことを思い出しながら彼を正面からみつめた。
とても生真面目なこの神官は、今、マリアのために自分に出来ることがあるのかもしれない、と手を差し伸べてくれているのだ。
その手をとっていいのかどうか、マリアには簡単に判断は出来ない。
けれども、神様とやらに自分のこの罪と言葉が届くのならば、本当に届けて欲しいものだ、とマリアは思う。
「懺悔って、どうするの。何か、特別にしなきゃいけないことってあるの?見たことも聞いたこともないわ」
「そうですね、あまり人前でするようなことでは」
ありませんものね、とクリフトが続けようとしたとき
「だって、わたしの村には、教会なんかなかったし、誰も神様の名前を呼ぶこともなかったから」
マリアはさらりとそう言ってのけた。
それが一体どういうことなのか、まだマリアにもクリフトにもよくわかってはいなかったけれど。
ただ、ふたつの灯りだけが教会の中をほのかに照らし出していた。


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モドル

クリフトがおとなしすぎてすみません。FC版なので・・・(笑)