密告-2-

教会がない村。
そういうところも、もちろんあるに違いないな、とクリフトは思った。
そしてそういう村こそが、本来彼ら聖職者が神の教えを説き、導かなければいけない場所なのだろう、とも。
なるほど、マリアがあまり聖職者に対して良い印象をもっていないというのはそのせいか、とクリフトは自分の心の中で一人納得をした。彼女はきっと、よくわかっていないのだろう、と。
「神様っていう言葉は、本で読んだ。意味がわからなくて母さんに聞いたわ」
少しだけ冷えてきたな、とマリアが自分で自分の腕を抱くように身をすくめる様子を見てクリフトは、それまでもっていた灯りを手にして、一度は消した壁際の、教会の中で一番大きく燃え盛っていた松明へと火を移した。
「この世界のすべてを見ている者なんだって母さんは言っていた。わたしは、自分達はこの世界のすべてなんて見ることが出来ないから、すごいんだね、って答えたわ。母さんは笑ってた、気がする。すべてのことを見て、どんな風に思っているのか私達には知ることは出来ないけどね、って言ってたわ。だから、神様ってそういうものだと思っていた。ただ、すべてのことを知るだけのものだと」
「祈ったことは、ありませんか」
「あるわ。ブランカの神父様が、神様に祈りなさいっていうから、それからこうやって、みんなと教会に来るときは祈ってる。初めはよく意味がわからなかったけれど、トルネコに聞いたの」
「なんと?」
うまく火をともすことができて、ぽうっと温かい灯りがクリフトの表情を照らし出す。彼は穏やかで、決してでしゃばろうとせずにマリアの言葉を辛抱強く待つだけだ。
「トルネコのね、故郷にも教会があるんだって。レイクナバ、って言ってたっけ?ずうーっと家に戻ってこなかった息子さんの無事を祈って、毎日毎日足腰が不自由なおじいさんが教会に通っていたって言ってたわ。トルネコがおじいさんを連れて行ってあげていたんだって。そしたらね、ある日、その息子さんが戻ってくることが出来たんですってね」
「そうですか。それはよかったですね」
「トルネコがその息子さんをみつけて、助けたんだって言ってたわ。だから、祈りっていうのは直接その望みをかなえてくれるんじゃなくって、それが叶うための人の縁を作ってくれるんじゃないかってトルネコは言っていた」
マリアがとてもトルネコになついていることをクリフトはもう知っている。先ほどまでの自分とのやりとりではみせなかったマリアの笑顔を見て、なんだかクリフトは自分の未熟さを痛感するとともになんだかほっとする。
「ネネさんも毎日ここでトルネコの無事をお祈りしているんですって。魔物に狙われたトルネコがこうやって無事にここに戻れたのは、私達と出会うことが出来たからだってネネさんもトルネコも言ってた。それは、私達と巡り合う縁を神様が授けてくれたんだろうって。そして、それを生かすことが自分には出来たのだと」
神は全てを与えてくれるわけではない。
与えられたものを生かすことが出来るかどうかは、その本人次第だ、ということをトルネコは言いたかったのだろう。
「だから、私達が毎日お祈りに来るのだって、なんかわかんないけど私達の旅のために神様が何かをくれているってわけなんでしょう?私にはよくわからないけれど。祈っても叶わないことっていうのは、神様がくれたことを自分が生かせないってことなのね?私が思っていることは、合っているかしら?」
「ええ、そういう考え方で、いいと思いますよ」
マリアが言っている思想が全てではないけれど、あながち間違えていないことをクリフトは確認する。
それでは、彼女は「神に祈る」という行為についてはわかっているのだ、と胸をなでおろした。
「でも、懺悔なんて、したことないわ。わからない」
「寒くありませんか」
「大丈夫よ」
マリアは少しだけ松明が灯る壁側に体を動かした。
クリフトは、マリアが座っている椅子の前に立ち、あまり仰々しい口ぶりでもなく彼女から言葉を導くための問いかけを始めた。
「あなたは聡明な方だ。さすが、勇者という運命の元に生まれただけのことはありますね」
「嫌なことを言うわね」
「そんなつもりはないのですが・・・なのに、あなたは一体、何に苦しんでいるのですか。あなたは何かの苦しみを背負っていて、心にそれをずっと抱いていらっしゃるのですか・・・先ほど、あなたは楽になるか、とわたしにおっしゃいましたね。そして、償いきれないのか、と・・・もしも、言葉に出来ることならば、あなたが思い煩うことをすべて私に教えてくださいませんか」
本来ならば、告白をする側に対して聖職者側が「教えてくれませんか」と持ちかける、なんてことは話の筋が違うことだとクリフトはわかっていた。それでも、自分は神官であるだけではなく今は彼女の仲間の一人なのだ、という思いが彼には強い。だからこそついついこういった言い回しになってしまう。
マリアはじいっとクリフトを見ていた。
言葉にしていいのかどうか、と思案しているようにも見える表情だが、クリフトにはそれが何を表しているのかがわからない。
やがて、しばらくしてマリアは小さく溜息をついた。
「言って楽になることなら、とっくに言ってることだもの。神様に聞いてもらったって、何にもなりやしないんでしょう?」
「あなたは、罪を償いきれないのかとおっしゃった。それは、罪を償いたい、と思っているからでしょう?」
「そうよ。でも、もう、それは意味がないことなんだもの。誰も、彼も、もう、ここにはいないから」
緑色の豊かな髪をマリアはかきあげた。
「おかしいかしら?世界を救う、なんてことを言われる勇者が、何も救えなかったなんて。あなた達が言っている神様とやらは、さぞかし笑っているでしょうね」
「そんなことは、ありません」
「見たようなことを言う」
自嘲気味にマリアは笑った。
そうだ。聖職者というのは、いつもそうだ。
マリアは、聖職者がその「神様」とかいうものと共にいるところを見たことはない。なのに、彼らはさぞ知っているかのように神の言葉を口にするかのように語る。その様がなんだか滑稽で、馬鹿らしいと思えてしまって仕方がなかったのだ。
クリフトも、同じだ。
そうマリアが思ったときに
「世界を救うということと、何もかもを救う、ということは違うことでしょう?・・・何もかもを救ってくださるのは、何もかもを知っている神だけです。誰もあなたにすべてを救ってもらおうと思っているわけでは、ありませんよ。だから、それは、おかしいとは思いません・・・あなたは救いたい者を救うことが出来なかったのですね?」
その言葉を聞いて、マリアは数回まばたきをしてそうっと目をふせた。
右手できゅっと拳を作って、木の机に肘をたて、こつん、と額に拳をあてて何かを考える仕草をしてみせる。
「それでも、わたし、世界なんて救わなくてもいいから、あの人達を救いたかったの」
「・・・」
「デスピサロから」
その名前を口にして、瞳を開けると。
クリフトは少しだけ驚いた表情で、それでも決して険しい顔をしないでマリアをじっと見つめていた。

ぽつりぽつりとマリアは話を続けた。決してそれからの彼女はクリフトの方を見ない。
「子供の頃から剣の修行や魔法の修行をしていたわ。わたし、魔法の習得が遅くて・・・幼馴染のシンシアは、わたしよりよっぽど飲み込みが早くて、高位の呪文まで使えるようになってた。だけどわたし、クリフトも知っていると思うけれど、あんまり魔法は得意じゃないの。だからといって剣がとりたてて好き、ってわけでもなかったわよ?それでも毎日毎日剣の先生と魔法の先生のところに通って、修行をしてきた・・・でもね、子供の頃って、そういうこと、嫌じゃなあい?もっと遊びたかったし、わたし、シンシアと花冠を作ったり、歌を歌ったりしている方が好きだったんだもの」
それはちょっと意外な話だな、と思ったけれど、クリフトは顔には出さない。
花冠を作ったり歌を歌ったり・・・普段のマリアからはあまり想像が出来ないことだ。
「何回もさぼって、怒られたわ。お仕置きだってされたときもある。村の倉庫に閉じ込められたりもしたもの。でも、仕方ないじゃない、どうしてそんなに必死になって剣を覚えなくてはいけないのかなんてわからなかったもの・・・。村の外に出たかったけど、もっと強くなってからだって大人はみんな言うの。それだけが、わたしがなんとか剣を続けられた理由だわ」
「村から出たことは、なかったのですか」
「そうよ。誰かは必ず村の出口で見張っていて・・・わたしは決して村から出られなかったの。この年になるまで。村は建物の外側をぐるりと崖が囲んでいて、とてもじゃないけれどそんなところ登れなかった。崖がないところはたくさんの木が生い茂っていて、かき分けていけないほど密集していた。だから、村の出入り口は一箇所しかなかったの。ねえ、この旅を始めてから色んなところにいったけれど、そんな場所はなかったわ。誰も村や町の出入り口を見張ってはいなかったし、誰だって出入りが出来た。外から来た人間にはようこそ、って言ってくれるし、出て行く人間には気をつけて、って言ってくれるんだもの。わたし、びっくりしたわ・・・」
「あなたの生まれ故郷は、とても閉鎖的な村だったのですね」
なんとなく、嫌な予感を抱きながらもクリフトはそう言った。
何か言葉にして、そしてまたマリアから返事をもらわなくては。もっと、もっとこの人から生まれ故郷の話を聞かなければ、いけない。
何故だかそんな思いが彼の脳裏をよぎる。彼は妙な胸騒ぎを感じて、それでもそれを顔に出さないように努めた。
「あなたの故郷はブランカの城の近くだと以前聞きました。なんという村なのですか」
「知らない。名前はない。だって、村に名前をつける必要はないでしょう」
「・・・何故?」
「区別をつけなきゃいけないものが、他になかったから。私達の世界は、私達の村だけだったんですもの。たくさんの村があれば名前は必要よね?でも、私達の生活には、私達の村だけしかなかったから。ねえ、クリフト。なのに、私は、世界を救う勇者だなんていわれるのよ?他の村の存在すら意味がないことだと思っていたのに、よ?おかしいわ。あなたが言っている神様って、一体何を考えているの?」
確かにそれはなんだか不思議な話だった。
クリフトは、誰かに自分を紹介するときに「サントハイムの神官」であることを肩書きとして告げるけれど。
世の中にサントハイムしかなければ、それは意味がない言葉だ。
マリアが言っていることはそういうことだし、そしてそういう世界で生きてきたのに、この少女は「外の」世界を救う勇者として旅をしているのだ。
「・・・あなたの境遇ではなく、あなたが秘めている力をかって神様はあなたを選ばれたのでしょうね」
「選ばれた、ね・・・わたしは、選ばれたくなかったのに」
「・・・勇者として生きることは、つらいのですね?」
それはクリフトにだって容易に想像できた。
齢まだ17歳のこの少女の肩にはあまりにも大きい肩書きだ。自分だって、自分が勇者だと言われれば御免被ると言いたくなってしまう。まあ、もちろんマリアと自分を比較することはとてもおこがましいことだけれど。
クリフトは自分が非力だということを嫌というほどにわかっていた。
アリーナを思い、アリーナを心配して共に旅をしてきたけれど、まさかこうして勇者の一行に加わるとは思ってもみなかった。仲間はみなそれぞれの得意分野をもっていて、誰の能力もすごい、とクリフトは心から思っている。
もちろん自分にだけ出来ることがあることを彼は知っているけれど、それはあまりにほんの一握りだ。もっと力をつけてみんなを助けたい。けれど、今の自分の力は、今の自分の精一杯だ・・・。
(もしかして)
これは、やはり、神の導きなのだろう。
目の前でぽつぽつと語りだした勇者をみつめながら、クリフトはそんなことを思う。
神の教えを、この少女に教え導くことが、自分の役目なのかもしれない。
彼女が重責に悲鳴をあげていることがあっても、もしかしたら自分達は何も気付かずにやり過ごしているのかもしれない。
少しでもそれを楽に出来るのだったら。
念を押すようにクリフトはもう一度マリアに言った。
「つらいのですね?つらいのだ、と口にすることは、いけないことではありませんよ」
「・・・つらい、んじゃないの。クリフト」
「では?」
「憎くて憎くて、仕方がないのよ、わたし、自分のことを」
「・・・憎い?自分を、憎んでいるのですか?・・・嫌いなところがある、という言葉ではないのでしょうか?」
やっと、マリアはクリフトを正面から見つめて、それから苦笑を見せた。
「違う。好きとか嫌いじゃないわ、クリフト。わたし、自分を憎んでいるのよ?」

とっても子供っぽい、単純な話だけれど、笑わないで欲しいわ。
覚えているだけでもわたし、魔法の修行を10回は絶対にさぼったわ。
剣の修行だって、5,6回は絶対に行かないで、そっと茂みに隠れていた日もあったの。
あの日、先生はライディンの魔法を教えてくれるって言っていた。
わたしが、それまでに一度も怠けないできちんと教わっていたらとっくにライディンの魔法だって覚えていたと思う。
シンシアはモシャスを習得した、といって教えてくれた。
モシャスって、難しい魔法だと知っている。
わたしは魔法は苦手だけれど、それでもシンシアがそんなにすごい魔法を使えるようになったことをうらやましいって思ったし、自分ももっと使えるようになりたいって思っていた。
剣の先生が不意打ちを仕掛けてきたとき、わたし、よけられなかった。
でも、もしかして。
わたしが一度も休まないで真剣に稽古をしていたら、もうとっくに先生を超えることは出来たのかしら?
それは、すべて、終わってしまった後悔だ。
そして、終わってしまったからこそ考えることが出来る後悔だ。
わかっている。そんな簡単なことじゃあ、本当はない。
「わたしが、もっともっともっともっと強かったら、世界を救う勇者と言われても恥ずかしくないほどに強かったら。あの日までにもっともっと一所懸命に修行をしていたら、どうにかなったのかしら?わたし、そんなだいそれたことだと思っていなかったわ。一回や二回、三回や四回修行を怠けたって、何が変わるものでもないって思っていた。もしかしたら、の話なんていつだってしたくないけれど、それでも何度だって思うわ」
「何を、ですか?」
「世界なんて、別にどうだっていい。あの人たちを返して。あの人達を守れなかったようなわたしが、世界なんて守れるわけがないわ。わたしは知らなかった。知らなかった。知らなかった。わたしが弱いということが、あんなことを引き起こすなんて。わたしがもっと強かったら。わたしがもっと一所懸命に頑張っていたら、みんな助かったのかもしれないじゃない。あなたが言っている神様は、それをわたしに見せ付けようとしていたの?わたしが、わたしが、一所懸命じゃなかったから、だから村のみんなは死んだんだって。同じことを繰り返したくなければ強くなれって、そうわたしに言っているの?」
その言葉はあまり語調も荒くなく、ただ淡々と思いを「言葉」という音に変換している作業を繰り返しているようにすら思える。マリアはその行為がもう止まらない、ということに心のどこかで気付いた。
ああ、これが、懺悔というものなのだろうか?
誰かに聞いてもらうということは、なんて簡単で。
そして、自分の声で自分の罪を認識しなければいけないなんて、なんて、残酷な行為なの?
神様っていうものはこんなことをさせてまで、人を償わせようとしているのかしら?
やっぱり、わたしには、何一つわからない。神様なんていうものがこの世界にいるならば。
そんな世界は、いらない。そんな役にたたないものに救いを求める世界なんて、救いたいと思えない。
「村のみんなは・・・?」
クリフトの表情が僅かに強張った。
ああ、そうだ、それは誰も知らない話だった、とマリアは気付く。
どういう言葉にすれば一番いいのか、あまりマリアは思いつかない。彼女に出来ることは、ただ素直にクリフトの問いに答えることだけだ。それが、クリフトが言っていた「自分の言葉で自分の罪を」告白するということなのだろうか?
「みんな死んだわ。デスピサロが魔物を引き連れてわたしの村を襲ったの。でも、わたしはその姿すら見ていない」
「デスピサロが」
「世界を救うはずの勇者は、村人全員の命と引き換えに、こうやってここに生きているわ」
「村人全員が」
呟くように繰り返すだけのクリフトの声を聞いて、少しだけ「ああ、この人の声は、剣を教えてくれた先生が若かった頃の声に似ているんだわ」とマリアは表情を緩和させた。それは嬉しい、という気持ちとか懐かしい、という気持ちとも違う。もうこの世界にいないあの人のことを、クリフトの声を聞いてこうやって記憶の隅から思い起こしたことが、なんだか照れくさい、そんな複雑な不思議な感情に思えた。
「わたし、ルーラを覚えてから一度、ブランカまで飛んで一人で故郷に戻ったのよ。それでもルーラを使って村には行けないの」
ルーラの魔法は、自分がそれまで行ったことがある村や町へ瞬時に空を駆け抜けて移動をする特殊な魔法だ。
術者にとってその村や町の印象が強ければ強いほどに移動の速度があがって術の行使が容易になる。
「何故ですか、それは」
「だって、もう、わたしが知っているわたしの村はないんですもの。あれは、わたしの村じゃあ、ない。まだ、信じたくない。あそこには花畑があったのよ。村の倉庫に閉じ込められて、剣の先生がわたしの何か魔法をかけていったの。わたし、身動きとれなくて、ただただみんなが戦う音を聞いていた。そのうちシンシアがやってきて・・・シンシアが、わたしの体を自由にしてくれると思ったのに」
目の前でシンシアは魔法を唱えてマリアの姿になった。
もしかしたら。
そのときのマリアの愕然とした気持ちを一体誰がわかるというのだろう?
何かがあったときに、マリアの身代わりになるため。
ただそれだけのために彼女はモシャスを習得したのではないか。
混乱に陥りながらもマリアはその可能性にぶちあたり、血の気が引いていく自分に気付いた。
あなたを、殺させはしないわ
そのシンシアの言葉は聞きたくなかった。思い出したくなかった。
それは本当は自分の役目だった。
剣をふるい、魔法を使う、自分の役目だったはずだ。
「勇者をうちとったという名乗りをあげる声が聞こえて・・・ねえ、クリフト、わたし、気がおかしかったんだと思う?そのとき、わたし、何を考えていたのか教えてあげましょうか?」
「何を、考えていたのですか・・・?」
「魔物は、普通に人間がわかる言葉を話すのだなあって、思っていたのよ?聞きたくなかったわ。勇者を討ち取ったなんて。そして褒美をもらえるなんて・・・冷静になるまで時間がかかって、それから勇者って一体誰のことなの?わたしのことなの?でもわたしはここに生きているじゃない・・・そんなことを思いながらやっと動けるようになって外に出たら」
クリフトは眉根を寄せた。
「建物はすべて壊れて火をかけられていた。あちこちに毒の沼が出来ていて、誰一人の死体も残っていなかった。まるで火にすべて焼き尽くされたのか、毒ですべて溶けてしまったかのようだったわ。わたしの家があった場所に炎に巻かれながら入っていったけれど、何もかもが燃やされていたわ。村の広場には花畑があって、あの日の朝シンシアが寝転がっていたの。ほんの少し残っていた花に手を伸ばしたら、その指先が触れたのはばら撒かれていた毒だったわ。何も、誰も、残っていなかった」
残っていたのは。
シンシアがいつもかぶっていた羽帽子だけだ。
「わたしを立派な勇者にしようとして、世界を救う人間として育てようと必死になってくれていた人々が、そのせいでみんな死んでしまったのよ?選ばれるってどういうこと?何一つ守れなかったわたしに、これから世界なんてものを守れって神様は言っているの?ねえ、神様はすべてを知っているんでしょう?知っているってどういうこと?クリフト、わたしには」
「ええ」
「あなたや、みんなが言っているような、神様の姿も神様の思いも、これっぽっちも感じられないし、信じられないし、祈りたいとも思ってやいないのよ。ただわかっているのは、わたしは村のみんなに感謝をするだけではなくて償いをしなければいけないということと、もしもわたしが世界を救うことが出来るならば、世界の人たちはわたしではなくて、村のみんなに感謝をしなければいけないっていうことだけだわ」

自分の罪を、自分の言葉で、自分の心から神に告白しなければいけない・・・誰かに許して欲しいと思いながら人は生きていく

クリフトがマリアに教えてくれた「懺悔」というものについての言葉を思い出す。
許して欲しい、と自分は思っていない、とマリアは思った。
だって、自分が憎くて仕方がないから。

言葉を失ってクリフトはマリアを見つめていた。
サントハイムに戻ったとき、サントハイムの人々は一人残らず消えていた。
そのときのアリーナ達のショックは、きっと彼ら3人でなければわからないに違いない。
彼らは、どこかにサントハイムの人々が生きているに違いない、きっと何か事情があるのだろう、と何度も自分にいい聞かせて、一見平静を保って旅を続けているけれど、正直なところ心中穏やかではない。
それでも、可能性というものが残されているというのは、どれだけありがたいことなんだろう?
決してマリアは大げさでもなく、感情の昂ぶりを見せるわけでもなく、ただ、村が魔物に滅ぼされたという事実をクリフトに伝えた。泣き叫ぶことも彼女は出来ない。だって、彼女の目の前でそれが起こったのではないのだから。
それはまるで、ある日目が覚めたらすべてが夢だった、とでもいうように。
夢ならいい、と思えるような音だけが、身動きとれない彼女の聴覚が感じ取り、そしてようやく彼女の視覚で確認できたのはすべてが終わった、惨劇の痕ばかり。
魔物を自分が切る時の音をクリフトは思い出した。
時折馬車に乗っている時に魔物が現れて、馬車の中にだって外で魔物たちを切る音が聞こえてくる。そのときに彼らは何も様子をうかがわずに馬車の中でのうのうとしているわけではない。必ず、何が起こっているのかを目で確認をする。それはとても当然のことだし、それをしないことはとても不安なことだ。
もし、それが出来なかったら。
全ての物音が聞こえなくなって、外をみたときにマリア達が消えていたら。
ぐらり、とクリフトは眩暈に似た感覚に襲われた。
そんな状況に、たった一人で遭遇してしまったら、自分の神経はどうなってしまうだろうか。
サントハイム城に、もしもあのとき戻ったのが自分一人だったら、と思うだけでも気が滅入って恐怖に震えてしまうというのに、今彼の目の前にいるこの少女は。
「クリフト、どこまで話せば、懺悔って終わるの?」
はっとその声でクリフトは我に返った。
「全然、楽にならない。話すこと自体は楽だけれど。思い出したら尚更、自分が憎くていたたまれなくなってきたわ。これが懺悔ってものなの?だとしたらさっきの女性は、よくもまああんな晴れ晴れとした表情でかえることが出来たものね」
そう言ってマリアは木の机に突っ伏した。ふうーと息をつく音。
「マリアさん・・・」
「神様ってやつが聞いているなら、教えて欲しいわ」
「・・・何を、でしょうか」
「わたしの村には教会がなかったし、神様なんて言葉、聞くこともなかった。ねえ?信仰っていうものに厚いらしいあなたならわかるのかしら?神様って、神様を信じない人間には何の力も与えてくれないのかしら?だから、わたしの村のみんなは、ほんの半刻もしない短い短い時間で、みんなみんな命を奪われてしまったの?」
「・・・っ・・・」
それへはクリフトは言葉を返せなかった。
それも神の思し召しです、とは言うことが出来ない。
かといってマリアの前で、一体神が何を考えているのかはわからない、けれどきっとそれは意味があることだ・・・そんな口上を使おうとは思えなかった。
「・・・私達が、あなたに出会えたことは、神が授けてくれた縁だと思っています。私達がここにいる、ということがその答えにはならないでしょうか」
やっとの思いでマリアに伝えることが出来た言葉は、そんな情けない、自己満足に近い陳腐なものだった。
机に突っ伏したマリアは、泣いているのだろうか?
「マリア、さん」
触れることも、それ以上声をかけることも出来ずに、ただクリフトはマリアの名を呼ぶだけだ。
ああ、なんという非力な自分なのか。
クリフトは神に祈りを捧げる印を指できって、瞳を閉じた。
もしかして、この人とわたしは一生まみえることが出来ないのかもしれない。
いや、そんなことはない。そうであってたまるものか。人と人は必ず分かり合えるものなのだ。
一人の男としてのクリフトの勘と、聖職者としての教えが心の中で対立をする。不思議と動悸が高鳴り、嫌な汗をかいていることに彼は気付いた。
このままでは、いけない。
このままにしておくことは、彼女にとってはいいことではない。
けれど、何をどう伝えれば。
「ねえ、わたし、他に何を言えばいいのかしら。もっともっと、自分を貶める言葉を口に出すべきなのかしら?わたし、どうすればいいの?どうしたら、わたしは楽になれるかしら?それは、クリフトが教えてくれるのかしら?」
マリアは顔をあげた。
「・・・いいえ、わたしはあなたにその答えを返すことは、出来ません」
「誰が教えてくれるの」
「わたしは、あなたにとても残酷なことを言おうとしています」
「なあに」
「先ほども、言ったことなのですが」
すう、とそこで息を吸いなおして、クリフトは苦渋の表情を見せた。
「自分自身に許されない限りには苦しみ続けるのだと思います。自分が苦しんでいることを神様がきっとわかってくれると思える人は、懺悔をして楽にもなりましょう。少しだけ自分を許そうとも思えましょう。けれど、あなたは」
「・・・そうね」
「自分を許してもいないし、神様に聞いてもらってもそれが、何の意味もないことだとすら思っているのではないですか」
「そうよ」
「あなたが、自分を許してあげるには」
ふ、とその言葉を遮るようにマリアは小さく息をもらして笑った。
なんて悲しくて、そして美しい笑顔なのだろうか、とクリフトははっとなって言葉を切る。
「そんなこと、無理よ」
「・・・・マリアさん」
「わたしが、わたしのことを許したら、どうなっちゃうの?わたし、自分を許していないから、世界を救う勇者とやらでいられるってのに」
目を閉じて、まるでああ、余計なことを言ってしまったな、というようにマリアはそっと白い指先で自分の唇をなぞってその動きを唇の中央でぴたりと止めた。ぼそり、と何かを呟いたように思えたが、クリフトにはその声は聞こえない。
「・・・それが、あなたが選んだ償いなのですか」
「違うわ。そんなことは償いになんてなるわけないじゃない!」
そこで、マリアは初めて声を荒げた。
「そんな当たり前のことをやって償いになるわけがない」
「当たり前のこと、では、ないでしょう」
「当たり前のこと、なんでしょう?」
マリアはがたん、と立ち上がって、クリフトと目線の高さをあわせた。
クリフトの手を突然掴んで、マリアは自分の頬にその手を当てる。
「マ、マリアさんっ!?」
「ねえ、同じでしょ?わたし、クリフトと同じ人間でしょ?」
「そ、そんなことは、わかっています、離して下さいっ!」
そういって手を振り解こうとしたけれど、マリアの力は強い。ぎり、とクリフトの手をねじるように強く掴み、頬、首筋、肩、腕、とマリアは剥き出しの自分の肌を無理矢理クリフトに触らせた。
「マリアさんっ!」
クリフトは真っ赤になってもう一度叫ぶ。マリアはぽい、とぞんざいにクリフトの手を放った。
「わかっていないわ。誰も彼も」
「・・・何を、ですか」
「こんなに、誰とも違わないのに、わたしは、勇者なのよ」
「・・・」
「誰とも違わないと信じている人間が、お前は違うって言われてはいそうですか、って思えるわけないじゃない」
がたん。
マリアは行儀悪く足で椅子の位置を直して、クリフトから視線を外した。後から思い返して、そんな粗雑な行為を彼女が普段する人間ではないことにクリフトは気付き、その仕草が色々な意味での憤りを表していたのだと理解出来るのだが・・・
「だからね」
マリアは自分のつま先をじっと見てから、ふうー、ともう一度溜息をつく。クリフトはただただ彼女の言葉を待って立ち尽くすだけだ。
「わたし、自分で、あの人達が死ななくても勇者としての心構えなんてものが出来たとは、到底思えないのよ。クリフト」
「・・・・っ」
「あの人達が死んで、初めて、自分が勇者だと知って、それから・・・勇者として生きていこうっていう心積もりが出来たの。例えあの村で、お前は勇者だ、ってみんなから言われても、わたし、こうやって旅をする覚悟なんて出来やしなかったと思う」
クリフトはマリアが言いたいことが何なのかさっぱりわからなかった。
けれども嫌な予感がどんどん広がっていく。この心に広がる黒い黒い今まで知らなかったものは一体なんだろう?
「問答は、お終いよ。懺悔なんてものはわたしにはむいていなかったみたい」
「向いている向いていない、ではないのですけれど」
「わたしの罪は」
「・・・」
言わないでください。
クリフトはその言葉が喉から飛び出しそうになるのを必死で抑えた。
聞きたくない言葉がマリアの声で、まるで悪魔の囁きのように紡ぎだされる。
「村のみんなの命と引き換えでなければ、勇者として生きる決心もつかないほど普通の、ただの子供だったということだわ」
「それは」
罪ではありません。
声が続かない。
「だから、なんだかわたし」
マリアはクリフトが先ほどつけてくれた大きな松明の側に歩いていった。それから壁に立てかけてあった、その松明を消すための真鋳の大きなかぶせ鐘を無造作に松明の火にかぶせて、火を消す。
教会の中が突然暗くなった。
また、小さな灯りが2つ灯っているだけの寂しい空間に戻ってしまう。
「神様が仕組んだ殺戮に思えて、神様なんて、信じられないの」
「・・・っ・・・」
「否定をしないで。お願い。肯定して欲しいわけでもない。ただわたしには」
クリフトの傍らに置かれた灯りはそのままで、もうひとつ灯っていた小さな明かりをマリアは吹き消す。
尚のこと教会の中は暗くなり、小さな灯りに照らし出されたマリアの表情は暗く、そしてせつないものへと変化をしていった。
「神様の声は、聞こえないの。ねえ?これは、聖職者であるクリフトには教えるつもりはないわ。お願い、今だけ、神に仕える身であることを忘れて頂戴。でないと、あなたはきっと苦しむわよ。神様を信じない勇者を信じてついてくることが、聖職者に出来るとは思えないから」
それへクリフトは返事を返せない。
情けない表情を見せて、「神よ」と呟くことすら忘れ、その言葉が発せられる彼女の唇をただ見ているだけだった。
「わたしには神様の声は聞こえないし、聞きたくもない。これは、内緒よ。でないと、折角懺悔を聞いてくれた神官さんには申しわけないから」
ちょっとだけいたずらめいた響きをもつその言葉を聞いて、クリフトは泣き笑いの表情を返した。

世界なんて、別にどうだっていい。あの人たちを返して

暗い静かなその空間に立ち尽くして、マリアの言葉をクリフトは反芻した。
そんな言葉は口に出してはいけないのだ。だって、彼女は世界を救う勇者なのだから。
これは懺悔では、ない。何もかも懺悔ではない。
彼女は許しを乞うてはいなかったし、神様に聞いて欲しいとも思ってはいなかった。
それでもクリフトはたったひとつだけ彼女の真実を知ることが出来た。
どうすればいいのかまったくわからないけれど。
クリフトは言葉もなくマリアを見た。なあに、と首を僅かにかしげて彼女は笑うけれど、なんだかうまく笑えていない、と彼は思う。
ゆらり、とクリフトの横で最後の灯りが動いた。先ほどクリフトが手にした灯りを、今度は白くて細い、剣をふるうとは思えない女性らしい彼女の手が持ち上げる。
それは、もう帰りましょう、というマリアの合図だ。

ただ、彼女は楽になりたかったのだ。クリフトの前で神の名を踏みにじろうとも。


Fin

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モドル

またまたクリフトは何の役にも立てませんでした。我ながら数年前の自分がどれだけ粘着質な(笑)人間だったのかがバレる感じで書き足すのもツライ感じだったんですが・・・。