残像-2-

その晩クリフトがエンドールの宿屋に戻ったとき、丁度階段からマリアが降りてくるところに出くわした。木の階段をとんとん、と降りてきたマリアは珍しくくつろいだ恰好をしていた。それを見て、ああ、今日は早めに宿に戻ったのだな、とクリフトは推測する。階段から降りきる手前でマリアはクリフトを発見して小さく笑顔を見せる。
「あ、お帰りなさい」
「戻りました。少し、遅かったでしょうか」
「そんなことないわ。ちょうど今から夕食と思っていたの・・・そうそう、今日ね」
変化の杖をね・・・とマリアはいいかけて、ぴくりと一瞬表情をこわばらせた。
「マリアさん?」
「・・・っ!」
マリアは突然クリフトの胸倉をぐいっと掴んだ。階段の一段上からなので、クリフトは本当に体をつりあげられるようにマリアの力に抗えずにおっと、とバランスを崩して手すりにつかまる。
「マリアさんっ!?」
一体、何が自分がいたらないことをしたのだろう?
クリフトは驚いて珍しく大きく声をあげた。その声に宿屋のおかみが気付いてちらりと二人を見る。
「・・・ああ、ごめんなさい」
それに気付いてぱっとマリアは手を離し、クリフトから目をそらす。
「クリフト、今すぐ服を着替えてきて頂戴」
「え」
「あなたは、ずるいわ。どうして、そんな花の香りを体につけて戻ってくるの?」
「・・・っ!」
クリフトははっと気付いた。けれど、自分では自分の服についてここまでやってきた、花の残り香をかぎ分けることが出来ない。マリアは責めたてるような口調でもなく、責めたてるような表情でもないけれど、どう見たってクリフトが今日どこにいってきたかに気付いて、そしてそれをよく思ってはいない様子だ。それは当然だろう、とクリフトは思うけれど、いくらなんだってここまで早急に彼女にバレてしまうなんて、と慌てた。
と、そのときカジノへ続く階段からアリーナとマーニャが姿を現した。
「あーっ、クリフト、おかえりなさーい」
「今、戻りました」
元気よくアリーナがやってくる。少しだけクリフトはほっとした。
「そろそろ夕食よ。マーニャ、コインは稼いだ?」
「まさかあ。腹が減ってはなんとやら。夜はこれからこれからー。きゃははっ」
「呆れた、ほんと、あなたは夜に強いわね。ま、明日に支障を残さないようにして頂戴」
「はいはい。最近マリアもミネアみたいなこと言うようになったわねえ」
「それは、わたしもミネアも理性的だからよ」
マリアはまるで先ほどクリフトの胸倉を掴んだことなどこれっぽっちも覚えていないようににやりと口はしをあげていたずらっぽい表情をマーニャに見せた。
「よっく言う!」
それを聞いてマーニャはあはは、と元気よく笑う。と、なんだかクリフトが浮かない顔をしていることに気付いてアリーナが
「どうしたの、クリフト」
「あっ、いえ。今日はみなさんお早いお帰りだったんですか?」
「そうそう。変化の杖みつけてきたんだって。今、トルネコが調べているのっ」
「それでは、きっと夕食にはいらっしゃらないですね」
夢中になるとトルネコは食事などとらずに一心不乱に調べ物を続ける。それをクリフトもわかっていた。
「さーてっと、んじゃ、お食事いきますか。連日戦ってたからご飯が美味しくて仕方がないわ。太っちゃう」
とぼやきながらマーニャは大きくのびをした。その隣で、あー、おなかぺこぺこ、とはアリーナだ。もうクリフトの素振りなど気にもしないで二人は一階の食堂に向かった。あら、戦っても戦ってなくてもアリーナはおなかが減るのね、なんてマーニャが言っている。
・・・二人には、自分の服についている花の香りはわからないのだろうか?クリフトはそんなことを思いながら、くん、と自分の腕に鼻を近づけたが、やはりわかりっこない。
「私も行くわ。クリフトもちょっと休んで着替えたら、食事にしましょう」
「・・・マリアさん」
「何」
「・・・問い詰めないのですか」
「何を」
「・・・」
ふう、とマリアは溜息をついた。
「問い詰めて欲しいの?」
「・・・」
マリアは首を少しだけかしげてクリフトを見た。クリフトはいたたまれないような表情を見せて、目を伏せ、それからマリアを見つめる。
「いいえ、そういうわけではありません。それはあなたが今どのように思っているのかを知りたいという自分のわがままです」
「クリフト」
「はい」
「わたし、怒ってるわ」
「はい」
マリアはそれだけいうと、とんとん、と今降りてきたばかりの階段を昇っていった。歩調はあくまでもゆるやかに、けれど断固としてクリフトを振り向かない、という拒絶をその背中は表していた。
まいったな。
クリフトは自分の未熟さを感じて、深く溜息をつく。とりあえず服を着替えてこなければいけない。
マリアは思っていた以上に本当の意味で鼻が利くようだ。やはり彼には自分の体にあの白い花の香りが残っていることがわからないし、あの様子ではマーニャもアリーナも気付かなかったに違いない。
(村から出なかっただろうから、あの花も知らなかったのではないかと思ったけれど・・・知っていたんだな)
花畑が村にあった、とマリアは言っていた。けれど、そこは毒の沼地になっていたと。
そこに咲いていた花は、あの白い花だったのだろうか?
そのとき、階段を上がり終えたマリアはクリフトをようやく振り返って、上から見下ろしながら苦笑を浮かべた。
「わたし、怒ってるわよ」
それはもう嫌というほどわかっているのに、と思いながら、クリフトは彼女を見上げる。二度目の言葉にどう返事をしていいのかわからずにクリフトが黙っていると、マリアは続けた。
「でも、それは、あなたがわたしの村に勝手にいったからじゃあないの」
「えっ?」
「花が咲いていたのね?その花は綺麗だった?何色だった?どんな花だったの?」
たたみかけるようなその言葉。
「マリアさん?何故そんなことを?」
一体、何の謎解きなのだろう?とクリフトがとまどった表情を見せると、マリアは数回まばたきをした後で僅かに表情を曇らせて、言いづらそうに少しばかりなげやりな口調でクリフトに答えた。
「わたしは、まだその花が咲いているところを見たことがないから」

やはり夕食の席にトルネコはこなかった。きっと部屋で変化の杖を隅から隅まで調べ、必要があればと家においてきた書物なんかも取りに戻っているのだろう。鑑定をするのにエンドールは、彼の家があるからうってつけのいい場所だった。
大きなテーブルにずらりと並んで食事をしている一同にむかってブライは、今日アリーナが魔物達の戦いをみて姫にあるまじき野次を散々とばしたことを愚痴り、マーニャとミネアを存分に笑わせていた。マリアはライアンに剣技について話を聞いている。
もう食事も終わろう、というときにマーニャは元気よく
「さーってと!今日こそは一山あててくるからねっ!」
「姉さん。最近カジノ行き過ぎよ」
「なーにいってんの、この前あんたがガーデンブルグでさびしーい生活送ってる間、あたしが頑張ってあんたの分もカジノで稼いであげてたんだから。ねえっ、マリア」
「そうね。あのときは運がよかったわね」
「今日だって運がいいわよっ。なんてったって変化の杖も手にいれたことだし」
なにかにつけてカジノカジノとマーニャは騒ぎ立てる。本当にこの人はカジノが根っから好きなんだなあ、と最近はマリアも呆れ気味だ。ミネアも
「もう今日は姉さんにつきあってられないわ。ここ数日ずっと戦いっぱなしだったのだもの。今日はさっさと眠らせてもらいますからね」
「あら、誰もあんたについてきてくれなんて言ってないじゃない」
「これこれ、お二方、折角の食事の席、そう目くじらをたてるものでは」
とライアンが珍しく声をかけた。くすくすとマリアがそれを聞いて笑う。ライアンは本当に真面目だなあ、なんて思っているのだろう。
「はっあーい」
「すみません、ライアンさん」
そんなやりとりも普段となんの変わりもない。
それが、クリフトにはとても痛かった。

「クーリフトっ、なんで元気ないのっ!?」
夕食後、部屋に入ろうとしたクリフトは後ろからアリーナに声をかけられた。ちょっとぎしぎし音をたてる扉を開けかけていたけれど、それをぱたりと閉めてクリフトは廊下で振り返る。
「いえ、そんなことは」
「あるわよっ。スープだってちょっと残してたし、パンだって一個しか食べてなかったし」
「食欲と元気のあるなしは必ず一緒とは限りませんよ。姫様」
苦笑してクリフトはそう言う。アリーナは膨れっ面をみせた。
「何いってんのよ。クリフトはいーっつもわたしのこと、小さい頃から知っているんだから、なんて風に言うくせに。わたしだってクリフトのこと小さい頃から知ってるんだからねっ。今日のクリフトちょっと元気ないわよ」
そういってアリーナはずずいっとクリフトに顔を近づけた。クリフトは、誰も通らないだろうな、とちょっと困りながら階段の方へ視線を移した。アリーナはそんなことはおかまいなし、という風情だ。
「ひっ、姫様」
「どこにいったか、とか聞かないけど・・・何があったかわかんないけど、元気だしなさいよ。なんだったら、わたしの元気も山ほどわけてあげたっていいんだから!」
「・・・」
そのアリーナの言葉に口元を小さくほころばせるクリフト。
「ありがとうございます、姫様」
「なにバカ丁寧にお礼なんて言ってるのよ。ヘンなの」
「姫様を見ていると、元気が出てきますね。本当に。わたしもそのように、誰かの元気のもとになれるといいのですが」
「クリフトは、元気のもとになるっていうタイプじゃないわよ。でも、そうだなあ。わたしはっ、クリフトがいると安心するから、クリフトからそういうもの、もらってるんだと思うの。ブライからはお小言しかもらわないけどねっ」
「ははは」
「じゃっ、元気だしなよねっ」
「ありがとうございます」
アリーナはばん!とクリフトの肩を叩いて、さっさとそれ以上何も言わずに走って自分の部屋に戻っていった。
(・・・・相変わらずのお力だな・・・)
ひりひりと痛む肩をそっとなでながら、クリフトはアリーナを見送る。
わたしはクリフトがいると安心するからそういうものもらってるんだと思う。
なんて、ありがたい言葉だろうか。
それでも自分はとてもちっぽけで、何をしたってうまくいかない。それどころか・・・
(マリアさんを、傷つけてばかりだ・・・)
改めてクリフトは部屋の扉を開けた。
中にはいってから、夕食前に自分で懸命に洗ってドアの近くにつるして干しておいたいつもの服を見た。
(・・・ああ、今日は風があるから、窓辺に干しておけば朝までには多少乾くかもしれないな)
それからがらりと窓を開けて、外からの風がそう冷たくもないことを確認する。
(あれ?)
何の気なしにふと下を見るとマリアがそこを歩いていた。もう外は暗く、店はどこも開いていない。彼女が夜の教会に用事があるような人間ではないことを知っていたから、クリフトは慌てて声をかけた。クリフトの勘に間違いがなければ、マリアは軽装だけれど町の外に出るような、ある程度の装備をしているように思える。
「マリアさん?こんな時間にどこにいかれるんですか?」
「・・・っ!」
声を頭上からかけられてびっくりしてマリアは見上げる。
視線が絡んだ。マリアは何も言わない。クリフトもマリアの答えを待つだけで、それ以上の問いかけはしない。
やがて、観念したようにマリアは静かに、それでもよく通る声で下から声をかけてくれた。
「教えて、クリフト」
「はい?」
「・・・花は、たくさん、咲いていたの?行けばわたしもすぐみつけられる?」
「・・・」
「クリフト」
どう答えていいのか、わからない。
きっと、彼女はクリフトが香りをもってきてしまった、村の外に咲いていた小さな白い花を見に行くつもりなのだろう。
あの花が夜咲くのかどうかはわからない。そう思うと、無責任に答えるのは気がひけた。
余計なことだ、とまた罵られるかもしれないけれど、それでもクリフトは勇気を振り絞る。
「・・・マリアさん。ご一緒しても・・・よろしいでしょうか?」
「あなたって」
マリアは呆れたように
「本当に、神経疑っちゃうわ!」
「・・・すみません」
「でもいい、許してあげる・・・私、あなたのそういうところは・・・そう、嫌いでもないわ。一緒に行ってくれるのね?」
「今、行きます」
クリフトは窓をぴしゃりと閉めると剣を肩から下げ、道具袋を腰にぶらさげた。いつもの恰好ではないのがなんだかしっくりこない。
そういえば、馬車にマントが置いてあったな・・・部屋を出て階段を降り、宿の裏側に留めてある馬車に寄ってから、待っているマリアのもとにようやくたどり着いた。
マリアはおもしろくもなさそうに
「あなたと夜のデートをするのは何回目かしらね」
「すみません」
「どうして謝るの」
「・・・わたしでは、分不相応ですから。あなたには」
「ヘンなこというのね・・・飛ぶわよ」

やはり、あの花は夜咲かないのだ。
クリフトは今日の昼間花をみつけた辺りで木の根元を覗き込む。
多分、そっとこのすぼんでいる小さなつぼみが朝になれば開くのだろう。そういう植物なのだ。
「夜は、無理ですね」
「・・・そう、そうよね。わかってたのに、わたしったら」
「マリアさん?」
「朝陽が登ると同時にシンシアは村を出ていたもの。朝陽と共にこの花は開くんだわ。クリフトが帰るときは、まだ咲いていた?」
「ええ・・・まだ陽が落ちる前にここを歩いて降りましたから・・・」
「わたしの村からキメラの翼を使えばよかったのに」
「まったくですね。そうすれば・・・花の香りを不必要につけて、あなたの心を煩わさなくてすんだのに」
「本当だわ」
マリアは暗い山の木々の中で立って空をみあげた。
木はどれも高く空に伸びていて、夜はこれまたとても深い暗さを森にもたらしている。
月光も星の光も、あまり二人のもとには届かない。おかげで夜目に慣れるまで少し二人は苦労して、結局カンテラに火を灯すことになった。最近では夜でも明るい場所にいることが多かったから、その当たり前のことがなんだか不思議に思える。
「どうしますか。戻りますか」
「この花、咲いている時期が短いの」
「・・・明日来ればいいではないですか」
「休めない性分なのよ」
と昼間ライアンに言った言葉をマリアはクリフトにも言う。もちろんそんなやりとりが彼女とライアンの間にあったとは知らないから、クリフトは眉をひそめるばかりだ。
「私が知ってるのは、この花の香りだけよ。シンシアからはいつもこの香りがしていたの。村の花畑にあるお花の匂いと違うから、ずっと不思議だったわ」
「そうだったのですか」
「毎年決まった時期にシンシアは村の外に一日だけ出て戻ってくるの。いっつもね、何がはいっているか見せてくれないけれど小さなバスケットに何かをいれて戻ってくるのよ。その日はいつもよりシンシアの体からその匂いが多くするの。いい匂いよね。鼻も痛くならないくらいの、甘くて、柔らかい匂いで。まいったわ。まさかクリフトがそんな匂いをさせて戻ってくるなんてね」
くすくす、とマリアは笑った。
「村にいったことに関しては、お怒りにならないのですか」
「・・・幸運だわね、クリフト。多分その香りを体に纏ってこなければ私は気付かなかったと思うけれど、でもその香りがあったから、あなたが村にいったことよりも私がまだみたことがない花を見てきたってことでそっちに怒りの矛先がむいちゃったわ」
「そうなのですか?」
「約束してたのよ、シンシアと」
クリフトの足元にしゃがみこんで、花を咲かせていないその植物にそっとマリアは手をのばした。
「一緒に行こうって。シンシアも多くは教えてくれなかったしわたしも聞かなかったけれど、もっと大きくなったらわたし、シンシアとこのお花を摘んで、シンシアがつけていた、香水っていうのかなあ、それを一緒につくるはずだったのに」
「・・・」
「生まれて初めて村の外に出られたのは、シンシアも失った日だったし、あの時期はこの花は咲いていなかったから・・・だから、私はまだ見たことがないの」
マリアは静かにそう言った。
それは、ただ思うことを言葉にしているというだけで、クリフトを責めもしなかったし、シンシアや村の人々を思い出して悲しくなっているわけでもないし、そしてデスピサロやロザリーへの怒りを感じさせるものでもなかった。
どうしてこんなにマリアは静かなんだろうか、とクリフトは少し不安になる。
「村、見たのね?」
「はい」
「どうだった?」
どう、と聞かれても。
クリフトは答えにつまって口を半開きにして、言葉を選ぼうとしていた。
「・・・よく、わかりませんでした。人の痛みを、人の経験を共有するということは・・・無理なのだと思い知らされました」
「そうね」
「小さな倉庫のようなところだけが・・・無傷で残っていました。あそこに、あなたはいたのですね」
「・・・そうよ」
マリアは立ち上がるとクリフトを見て肩をすくめてみせた。
「どうしてあなたは私の村を見ようなんて思ったの?どういう好奇心?」
「それは・・・」
やはり好奇心、と思われてしまうのだろうな、とクリフトは苦笑をした。それでも、彼は自分の言葉でマリアに正しく伝えたいと思う。
彼女からの拒絶は今まで何度も繰り返されてきていた。ここでまたそれを恐れて、正しく伝わらないことはとても悲しいことだとクリフトは感じていた。
「わたしは、こういうやり方でしか・・・あなたの気持ちを助ける術を知らないのです」
「わたしの気持ち?」
「少しでも、あなたの助けになりたいと思っています。それは、今も、前も、これからも変わらないと思います。けれど、私はあなたを助けてあげる術を知らない。ほんの少しでも、そのための力が欲しかったのだと言ったら、あなたは信じてくれるのでしょうか」
暗闇の中でマリアは黙った。その沈黙はクリフトにぐるぐるとさまざまなことを考えさせる。
ああ、なんて人に自分の気持ちを伝えるのは難しいのだろうか。
そんな気持ちはいらない、と拒絶をされるのだろうか。
神様を信じるような人間に助けてもらいたいとは思っていない、と、この緑の髪の勇者は言い放つだろうか。
「クリフト」
「・・・はい」
「ありがとう・・・」
「・・・」
予想外の言葉にクリフトは驚き、目を見開いた。マリアはわずかに唇を開いたままで、クリフトから視線をそらす。
それ以上の言葉はなく、彼女はじっと、今は花を閉じているその小さな植物達に視線を送っている。
「・・・礼を、言われるようなことでは・・・ありません。わたしは、結局あなたを傷つけてしまっているのでしょうから」
「たまには素直に聞いてくれればいいのに」
「すみません・・・それから、本当に・・・押し付けで、おこがましいことを・・・口に出してしまったことを、許していただけますか」
「そうね」
クリフトが言っている言葉の意味をマリアは正確に理解していた。
あなたを助けたい。あなたを助けるための力が欲しい。
そんな言葉をよくもまあ、口に出せるものだ、とマリアは少し思っていた。
自分がどれだけ相手を思っているのか、自分が相手に対して何をしたいのか。それを訴えることは、一種のエゴだ。
(でも、ライアンだって、ね)
あの、気持ちがまっすぐな誠実なバトランドの騎士を思い出す。
勇者殿をお守りするために国を出た、と彼は誰はばかることなく言葉にする。
そんなのは、ありがた迷惑だ。
誰も守ってくれなんて、言ってない。
それでも、ライアンにそう言われれば素直にありがとうと言葉に出来ることをマリアは自分で知っていた。
同じことをクリフトが言えば、きっと、ふん、と鼻先で笑ってしまうに違いない。
あなたに何が出来るっていうの。何がわかるっていうの。私にとって、あなたが何の助けになるっていうの。
そんなことをついつい思ってしまう。
両者の明らかな違いは、ライアンはあくまでもマリアを「勇者」として扱っていること、クリフトはあくまでも「同じ一人の人間」として扱っていること。それから、ライアンは「騎士」でクリフトは「神官」であること、ライアンは「年上」でありクリフトは「同年代」であること。
そして。
ライアンは今の自分が出来ることだけを誠実にしようとしていること。
クリフトは今の自分では無理なことでも、なんとか少しでも手が届けば、と必死に背伸びをしていること。
とはいえ、それはライアンが薄情で、クリフトが情に厚い人間だから、なんていう単純なことではない。
クリフトはいつも、マリアという人間の根っこの柔らかいところを無造作にぐい、とつかみ、「大丈夫ですか」と余計なほどの声をかけてマリアの存在を無理矢理ゆさぶる。それは、今の彼にはうまくマリアを優しく扱うことが出来ない、無理に背伸びをして自分に高望みをしているからこそ起きる無神経なことだ。さらに、それがあまりにも不快に感じるのは、何の見返りすらないことに彼が余計な力を使っているようにマリアには思えているからだ。
(だってのに・・・どうして、わたし、この人のことが気になるんだろう。不快なだけなはずなのに)
自分はとても弱くて恥ずかしい女だ、とマリアは思う。
自分が僅かでも好意を寄せている男性が、形はどうであれ自分のことを気にかけてくれると知るのは、どうしてこんなに嬉しいことなのだろう?・・・ああ、なんて恥ずかしい人間なのだろうか、自分は。マリアは小さく溜息をついた。
「ああ、でもね」
とはいえ、彼をあまり怒れない理由は実は他にもあるのだ。例え、償いのため、謝罪のためだとしても、こうやってクリフトが一緒にここにいてくれることがどれだけありがたいことなのか・・・。それは絶対、言葉にしなければクリフトには伝わらないだろう、とマリアは思う。
「許してあげるから、わたしのお礼も今日は素直に受け取って頂戴」
「・・・いいのですか」
「ねえ、クリフト、わたしが弱音を吐いても笑わない?また、あなただけに打ち明けることになるのはほんっとーに不本意なんだけれど、それでも、あなたが一緒に行きたいっていう申し出をわたしが受けた理由を勘違いされるのは嫌だから」
「勘違い、ですか・・・。いえ、実は、どうして許していただいたのか、なんてこれっぽっちも考えてはいなかったのですが」
それは、嘘だ、とマリアは思った。クリフトはきっと、マリアが情けをかけてくれたのだと思っていたのに違いない。
「本当は、恐かったの」
「・・・え?」
「こんな夜に、一人でここに来るのは、恐かった」
マリアは空を見上げた。高い木々の間で、夜の鳥達が時折声を響かせるのが聞こえる。
「何かに、飲み込まれそうで」
でも、それを乗り越えてでも花を見たかったのよ。
最後の一言は、本当に囁くように、クリフトに聞こえても聞こえなくてもいい、という程度の音量で彼女の口から放たれた。
もちろん、この静かな山の中、クリフトがそれを聞き取れないわけはない。
「・・・私でも、お役にたてているのでしょうか」
「そうね。クリフトでも、十分ね。誰もいないよりはマシだけれど、誰も連れてきたいとは思えなかったから、丁度良かったわ」
マリアは、とても静かにそう言って、自分の村だった場所に向かって突然歩き始めた。
何かに飲み込まれそう。
その言葉は、クリフトの胸に深く深く刻み込まれた。


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