嫉妬-1-

何故、何もかもが上手くいく、ということがこの世の中にはないのだろう。
そんなことはわかっていた。わかっていたけれど、あまりにも辛いと思う。
「おう、これはマグマの杖じゃないか」
「マグマの杖?」
マリアはトルネコと二人で宝箱を漁っていた。
サントハイムの宝物庫にあるものを確認していいか、とアリーナに声をかけるのはとても気がひけたけれども仕方がなかった。答えることが出来なかったアリーナの代わりにブライが了解を出してくれたのはありがたい。
「多分ね。これはブライさんにお見せした方がよさそうだなあ」
「そうね。この城から持ち出して良いものか、再確認してもらいましょう・・・。後でね」
「わかっているよ。嫌なもんだね」
トルネコはぽんぽん、とマリアの肩を叩いた。マリアは苦笑いを浮かべる。
「信じていたんでしょ。バルザックを倒せば、城の人々が戻ってくるだろうって」
「そうでも思わなければ、いられなかったのだろうね。アリーナは本当は繊細な女の子だからね」
アリーナ達サントハイムの3人は今、城の中を探索していた。
誰もいなくなってしまったサントハイムの城に巣食っていた魔物達。そのトップで指示を出していただろう、こともあろうにいい気になって王の間を占拠していたバルザック。
そいつを倒せば、消えてしまった城の人々が戻ってくるのではないか・・・。それが彼女達に与えられた希望だった。
バルザックを父親の仇とするマーニャとミネア。そして、この城の誰もがいなくなった今、正当にこの城の持ち主と言えるはずのアリーナ。その3人と共にマリアはバルザックを打ち破った。
けれども、城の人々は、戻ってこない。
確かにバルザックですらそのことについては知らない様子であったとわかっていたけれど、その現実は残酷だ。
少しでも手がかりが、何かがあれば、というすがる思いでアリーナ達は馴染んでいたはずの城をうろうろと調べまわっている。そんな彼らに声をかけるのは、やはりまだ気が引ける。
なんとはなくマリアには「バルザックを倒しても・・・」という予感がしていた。
マーニャとミネアの話を聞く限りでは、バルザックはどうも「サントハイムの人々を消す」なんていう大掛かりなことが出来るような生き物(今となっては人なのか魔物なのか区別がつかないわけで)だったとは思えなかったからだ。
決して質素ではないが、華美すぎることもないサントハイム城は、とても好感が持てる内装だった。
金をかける場所とかけなくても良い場所を知っている人間がいたのだろうと、山奥育ちのマリアにでもわかる。
階段の段差や手すりの作りだけでも「高級な細工がはいってはいるけれど、使いやすさを重視」していたし、カーテンや窓の素材、飾りを見てもそれは伺える。きっとアリーナの父王がそういったひととなりだったのだろう。
それを思うと、どれだけアリーナが大事にされてきたのかもなんとなくわかる気もする。
そして、城を飛び出すほどのおてんば姫が、彼女なりに周囲を愛していることも。
「どうですかな」
マリアが物思いに沈んでいたわずかな時間に、のっそりとブライは現れた。
「もう探索終わったの?」
「いや、まだなのですがの・・・」
それ以上ブライは何も言わなかった。マリアとトルネコはこの最長老の魔法使いに宝箱の中身を見せて、すべて城から持ち出していいものだということを確認した。それからブライは「ちょっと遠方(手洗)へ」と言ってその場を離れる。
いつもにも増してその背中は弱弱しく小さく見えてマリアは眉根を寄せた。そこへトルネコが優しく声をかける。
「しんどいと思うけれど、これが現実だよ、マリア」
「うん。トルネコがいてくれて助かったわ。わたし一人だったらあんなブライを冷静に見られない」
「・・・馬車に運ぼうか」
「そうね・・・」
二人は宝物庫から出て、サントハイム城の門前で見張っていたライアンのもとに収穫品を届けにいった。
モンバーバラの姉妹は二人でコーミズ村に向かって今は別行動だ。
父親の墓前に報告をしたいだろうし、世話になった団長さんにも会いたいに決まっている。
この日を一日千秋の思いで待ちつづけた彼女達に「待て」ということはマリアには出来なかったし、アリーナ達の手前、大喜びをすることも感慨にふけることも抑えてくれていた彼女達の気持ちが痛いほど伝わった。だから、持てる限りの保身アイテムを渡して別行動を許す。
「ライアーン、これ、馬車に積んでくれる?」
「承知」
「マリア、わたしは早速この杖を調べたいんだが、いいかね?」
「いいわよ。わたしはもう少しだけ城を調べるわ。ほら、逆に城のことを知らない人間が見たほうが気がつくものがあるかもしれないでしょ?」
「それは確かに。よし、拙者も・・・」
「ライアンは見張りを続けてもらえる?トルネコが鑑定始めたら周囲をモンスターに囲まれたって気付きっこないんだもん」
それに、この無骨な剣士が物を調べるのにはあまり向いていないことをマリアは知っている。ライアンはマリアの言葉を聞いて大きく笑った。その声を聞いて、少しマリアはほっとする。よかった、ライアンが、トルネコがいて。わたし一人ではいたたまれなくてどうにもならなかっただろう、という安堵の気持ち。
「ははは、確かにトルネコ殿はアイテムとなると目の色が変わりますからなあ」
「そりゃひどい言い草ですよ。じゃあ、マリア、気をつけて」
「うん」

マーニャとミネアはコーミズに向かう前に、その許可をくれたマリアに対して礼を言うと共にこの先の旅について、彼女に同行の許可をも求めた。
サントハイムの城門前でミネアはマリアに頭をさげる。
「ここまでの導きをしてくれたあなたに感謝をいたします。それと、姉と話し合ったのですが、私達はまだあなたと一緒に旅を続けてもよろしいでしょうか?」
「・・・どうして、一緒に、って思うの?」
「今度は、わたし達があなたのお力になる番です。星のお告げがわたし達にそうしろと」
生真面目にミネアがそう言うと、マーニャは後ろから
「バッカねえ、ミネア!星のお告げがどうこうなんて言葉、マリアが喜ぶわけないでしょ」
「そうだけど、わたしは本当のことを言っているだけよ」
「あー、かったるいわねえ!」
だったら最初から自分で言えばいいのに、とミネアはふてくされる。
「あたしたちは確かに父さんの敵を討つのに、マリアと旅してればいつかは、とは思ってたわよ。でもさあ、それだけじゃないもん。わかってるよねえ?」
マーニャの言葉はあまり多くないし、ずばりとは言わないけれどもマリアにとってはいつでも直球に思える。くすっと笑顔を見せてマリアは手を差し伸べた。
「もちろんよ。わたしの旅は終わったわけじゃないし、あなた達の旅が終わったとも思っていないわ」
「そうこなくっちゃ」
マーニャは軽くマリアの手を握ってにっと笑顔を見せる。
出会った頃の旅のようにめずらしく3人で話をしているせいか、やはりサントハイムの3人に遠慮していたこともあってか、やっとマーニャのいい笑顔を見られたな、とマリアは思う。マリアも軽く手を握り返して、それから次はミネアに手を差し出した。
「ミネア。わたしの力にこれからもなって頂戴」
「わたしでお役に立てますならば」
「もちろんよ。わたし、まだあなた達にいてもらわないと困るの」
「そういっていただけると、嬉しいです。あなたの旅が続く限り、わたし達の旅も続くと思ってください」
マーニャとよく似た骨格の手がマリアの手を握った。
ミネアの方がこういったときに実は感激屋だったりするものだから、マーニャに比べるとぎゅっと力をいれて握ってくる。
「それにさ」
マーニャは二人の握手などどうでもよさそうに言った。
「自分達だけがすっきりした、なんてのも嫌じゃない?一緒にいることでアリーナ達の力になれたら、いいわね」
彼女の口調はあっさりとしたものだけれど、その言葉に篭っている気持ちが本物だということをマリアは知っている。
それへ強い頷きを見せて、それからマリアは二人を見送った。
マーニャとミネアは決して、自分達の私怨が晴らされたことで浮かれ過ぎていない。それでも今は、希望の火をひとつ消されたアリーナ達の側に自分達がいない方がいいと判断して申し出てくれたのだ。言われなくてもその辺の心の機微というものは、3人で旅をしていた頃からマリアには感じ取れていた。
踊り子と占い師。人の心をつかむものと人の心を導くもの。彼女達は人の気持ちを先回りすることにかけては、この旅の仲間達の中ではトップクラスだ。(ちなみにそれがなかなか出来ないのはアリーナとライアンなのだが・・・)
ただ悲しいことに折角の先回りをしても相手に対するマーニャのフォローもミネアのフォローも、その相手との相性で良し悪しがかなり左右されてしまうのだが。
そういう方向から見ると、クリフトとトルネコ両名はバランスが丁度とれている人間だと思える。ブライの場合は年齢が年齢なだけに、あまり自分からそういったことをしてどうこう、ということを抑えているようだ。
ともあれ、マーニャとミネアはそれぞれにアリーナ達を心配して、けれどだからこそ彼らの側を離れて墓前への報告を優先させた。さすがにアリーナにはそうだとはいえないけれど。

マリアは足を止めた。
声が聞こえる。
小さな、かすかな声。それがアリーナのものであることは容易に想像がついた。
(・・・放っておいてあげたほうがいいな)
そして、クリフトの声。
大体想像はつく。大方クリフトがアリーナを慰めているに決まっている。
アリーナは普段からムードメーカーになってくれている。朝から晩まで元気がよくて、よく動いてよく食べてよく笑ってよく拗ねて、誰もが彼女をおてんばと言う。
けれど、本当はトルネコが言うようにアリーナは繊細な面をもっていることを誰もが知っていた。まあ、最近仲間になったライアンはどうかはわからないが。
ブライがほんの少しだけしてくれた話によると、幼い頃に母親を失ったアリーナに対して、大人たちはみなとても気遣っていたのだという。
子供心にそれを感じ取ったアリーナは、人々を安心させるために殊更に元気よく振舞うようになり、いつしかそれが行過ぎて「おてんば姫」などと呼ばれるようになったが、もともとはそういった優しい心根からの産物だ。
マリアはとてもアリーナを好ましいと思っている。
世間知らずのマリアもアリーナの前では世間を知った人間のように振舞ってしまう。マーニャとミネアは世間知らずのマリアに色々教えてくれたし、なんといっても放任主義(ミネアはそうでもないが・・・)だったから、この旅の始まりからずっと、初めて見ること聞くことに一人でなんとか対応する術をマリアは身につけてきた。
が、アリーナに関しては、ブライとクリフトは無論、なんだか誰もが過保護になってしまう。それがまたアリーナを世間知らずのままにする。けれど、それでいいのだと誰もが思っていた。アリーナの世慣れしていない風が彼らを救うこともあったし、何よりもアリーナ本人も多少それをわかっているように思える。
細かいことはみんなに任せて、自分に出来ることは精一杯頑張ることだ、なんてアリーナが思っているような気もマリアにはしていた。
ともかく。
そんなアリーナにとって「頑張る」ための力の糧は「サントハイムのみんなを助けたい」という強い願いだった。彼女にしてみればバルザックを倒すことはその願いに限りなく近づくことだったのに違いない。
けれど、その願いは無慈悲にも叶うことはなかったのだ。
(そりゃあ、泣いても、当たり前よね)
マリアはそっと今来た通路を引き返した。背を向けた瞬間、軽い嗚咽が聞こえる。
アリーナが泣いている。
それはなんて心が痛むんだろう。
そして。
(・・・やーね)
下世話な想像をしてしまう自分にマリアは軽く溜息をついた。
クリフトはどうやって彼女を慰めているんだろう?
触れることなく見つめているのだろうか?肩を叩いてあげているのだろうか?恐れ多いと思いながら頭をなでてやっているのだろうか?それとも。
そっと肩を抱いて、落ち着かせてやっているのだろうか?
それらの想像はどれもしっくりこない。しっくりこない、ということは自分にとってアリーナとクリフトの関係は、嫌になるほど未知数で理解をしていないということだろう。
(アリーナにとってはクリフトはお節介焼きのいいお兄さんだもんね)
そんなことを思うと、なんだか胸の奥がじんと痛くなった。
正直にうらやましい、と思う。
過去を共有して、共通の人々を思って泣ける、そして慰めてもらうことが出来る彼らを。
わたしには、共に生きてきた人々は誰もいない。
今はライアンが、トルネコが、モンバーバラの姉妹が、そしてアリーナ・クリフト・ブライが。もう別れてしまったけれどホフマンがいる。けれど、そういうことではないのだ。
「あ、ブライ」
「マリア殿」
階段をそうっと降りようとすると、階下からブライが顔を覗かせていた。
「お邪魔みたいだったから・・・」
言い訳をするようにそっとマリアがそういうと、ブライも少しばつが悪そうな表情を向けて苦笑をした。
「と、思いましてこの老人も」
「そういうことだったのね」
「まだ、駄目そうですかな」
「多分。見てないけど、アリーナはまだ泣いてるみたい・・・泣いていたの?」
「泣きそうじゃ、と思いましての。ああいうときの姫様の扱いはクリフトに任せることにしておるのです」
「ふふ、そうなんだ。役割分担してるのね」
ブライのその言葉は妙に説得力があって、やけにマリアの心に突き刺さった。
「別に、期待をもたせるつもりじゃないけど」
マリアは小さく溜息をついて、ブライを見る。
「どう考えても、人々を消す意味がわからない。この城ほどの規模の場所でこういったことが起こっている場所は知らない。ブライ達の話に聞く限りでは、何者かが封印をしたとしかわたしには思えないの」
「封印」
ブライの瞳は厳しくマリアに射抜く。その瞳の強さがマリアは好きだった。年老いた、とかこのおいぼれ、とかブライ本人が時折口にするそういった言葉は、こんなときの彼の眼光を知っている人間にとって一笑に臥す価値もないたわ言だとマリアは思う。
「封印だと、思わない?」
「・・・サントハイム王の声が出なくなった一件を思えば」
ブライは言葉少なくそう返事をした。
「あれは何者かの力によるものだったと今となっては思える。じゃが・・・のう」
「わたしもそう思うの。不思議な夢を見た、っていうお話でしょ。それを口外するなという何者かの意志が働いていたわけじゃない・・・。サントハイム王は殺されないで、声を封じられた。殺せばいいじゃない?本当に口外させたくないんだったら。それを声を封じる、なんて妙に生ぬるいことで対応されてたんでしょう。それは相手の思惑があるのか、この城に何か秘められたものがあるのかわからないけど・・・。だから、相手からすれば、何かサントハイムの人間をここにいさせては困るけれど、全滅させるわけにもいかないっていうことがあったんだと思える。言葉にすれば封印。実際はどういう状態になっているのかてんで想像もつかないけど。どうかな」
「その聡さは非常に心地よいのですがな」
ブライのその返事は、ある種の肯定だ。
「それでも、やはりうちひしがれてはしまうものでしょうぞ」
「だから言ったでしょ。別に期待をもたせるつもりでも、これを言って慰めたいわけでもないのよ」
ただ、言いたくなった。
心のどこかでやっぱり自分はひねくれているのかもしれない。
サントハイムの人達を取り戻すにはまだ希望はあると思う。
だってわたしの村の人々は・・・。
それでもその比較は決してアリーナの前で今は言うことはないと思っていたし、ブライにもいうつもりもない。もしかすればこの推測をクリフトにも話せば、そのことにひょっとして気付いてくれるかもしれないけれど。
「マリア殿、お供をさせてくださいますかな。わたし達にとって今の希望は」
「・・・うん」
ブライが今話そうとしている内容をマリアは察知していた。いつもならば「言わないで」と遮ったかもしれない。
けれど、自分は悲しいことに「勇者」なのだから、これもお役目のひとつなのだろう。
それに、ブライは年長者だから口にしないけれど、あの背中を見てはマリアにだっていたわりの気持ちが湧き上がってこないわけでもない。
「マリア殿と共に、今この世界を覆いつくそうとしている悪しき者を滅ぼす。それによって平和が戻ってくるという、それがわたし達にとっての希望」
「・・・そのための力を貸して頂戴。それが、サントハイムの人々を取り戻すための道に必ず繋がると、わたしも信じているから」
マリアはそっと手を差し出した。
ブライの皺の寄った手が、その姿に似合わぬ強い力で握り締める。
こんな無残な現実を直視することは、とても彼らにとってはつらくて、苦々しい。
おのれ一人の力だけでは受け入れることがかなわないほど。
それでも、たった一人でそれをしなければいけなかったマリアは、彼らの弱さが痛いほどにわかるのだ。そして、それがわかるからこそ手を差し伸べたいと思うし、「勇者」へのよりどころを求める気持ちに応えたい・・・たとえそれが嘘でも・・・と思える。
「二人で、迎えにいこうか、ブライ」
「そうですな」
「一人でいくより、ばつが悪くないもんね」
「さすがの姫様も、そろそろ泣き止んでいることでしょう」
二人は手を離すと笑いあって、今マリアが下りてきた階段を上ってゆくのだった。

丁度部屋から出てきたアリーナとクリフトの前に、マリアとブライは姿をあらわした。
ブライの言葉とおりにアリーナはもう泣き止んでいた。けれど、目も鼻も赤くて、情けない顔をしている。
マリアは小さく微笑むと
「顔、洗ってきた方がいいわよ」
とアリーナに言う。
「ご、ごめんね・・・」
「何謝ってるの?」
「洗ってくる」
アリーナは恥ずかしそうに笑顔を向けてから、その場を離れた。ものすごい勢いで走り抜けて階段を降りていく。
ああ、タオルも持たずに・・・なんてことをいいながらブライはその後を追いかける。
よかった、ブライが追いかけるっていうことは、「一人にした方がよさそうだ」というわけではないのだろう。
ならば一安心だな、とマリアは目の端で笑った。
アリーナが泣いていた場所は、彼女自身の部屋だとクリフトが説明をしてくれた。恐れ多くて入ることがそれまで出来ない場所だったのですが、いたしかたなく・・・とつまらない言い訳がついてくる。
「クリフトは?」
「何でしょう?」
「泣かないの?」
そのマリアの問いにクリフトは驚いたように目を見開いた。唇は引き結んだままだ。彼の目の動きだけでその感情をマリアは読み取ろうとしたけれど、うまく想像が出来なかった。
「泣きはしません。とても残念に思ってしょげていますけれど」
「正直ね」
「それに、私達がいつまでも悲しんでいては、マーニャさん達も嫌でしょうし、悲しんでいても仕方がありません。また、次の手段をみつけようと前に進むだけですよ」
そう答えるクリフトはとても冷静な内容を言葉にしていたけれど、声音に力が入っていなかった。
「・・・そうね。しばらくはしょげているんでしょうけど、わたしがひっぱっていってあげるわ」
「マリアさんが?」
「選ばれた人間ですから」
マリアはそういって軽く肩をすくめて見せた。彼女のそういう物言いにクリフトは最近慣れたらしく、何をいうこともない。
彼女は時折クリフトに「自分は勇者だから」みたいな言い草をするけれど、それを他の人間にはあまり言わないことをクリフトは知っている。
あのエンドールの夜。マリアがクリフトに懺悔をした夜から、何かが変わったように思える。
それは形がわかるものではないから、何がどう、とクリフトは明確にはいえないけれど、間違っていないはずだ。
「だから、ついてきて力を貸して頂戴。わかっているとは思うけれど、わたしはここで立ち止まるつもりはないし、あなた達の力が必要だわ。それでも今はあなた達がつらいってわかっている。クリフトだって口ではそう言ってるけど、一度期待を裏切られたことに関して前にまた進みだすことってとてもエネルギーがとってもいるわ。だから、わたしがひっぱっていってあげる。あなたが懸念しているように、マーニャもミネアもあなた達に対して強い言葉は出さないだろうから」
「マリアさん・・・慰めてくれているのですね。ありがとうございます。そのお言葉に報いるために、精一杯頑張ります」
クリフトはそう言って頭を下げた。
そんな礼を言われるとは思わなかったマリアは呆気にとられて深深と頭をさげる神官を見つめる。
「な、慰めてるわけじゃないわよ」
「そうですか?それは失礼しました」
そういいつつもあまり悪びれた風もなくクリフトは顔をあげる。
勇者だから仕方ない、あんた達のことも救ってあげられるならあげたいわ・・・。
そんな程度の言い回しのつもりだったけれど、クリフトはそういう風には捉えなかったのだろう。もし、素直に言葉そのものの意味しか汲み取らなかったのならば、それは彼が疲れているせいだ。マリアはそう思った。
そんなことに気付かなければよかったのに。
そうしたら言葉をぶつけることが出来たのに。
何を?
それは。
マリアは突然ぐあっと体の中に沸きあがってきた気持ちに動揺した。
喉元までせりあがってきて渦巻く言葉は、クリフトを痛めつけてしまう言葉だ。けれど、今目の前にいる彼は、確かにしょげていて弱っているに違いない。
いけない。これ以上一緒に二人でいるのはやばい。
「クリフト、行くわよ」
「あ、はい」
慌ててマリアはクリフトに背を向けた。
これ以上二人でいたら、唯一、自分の村の惨劇を知っているこの神官にひどい言葉を投げつけてしまいそうだ。
「今日は、サランで休みましょう」
「わかりました」
マリアは無理矢理平静を装った声で言いながら階段を降りてゆく。その後ろからクリフトはついてくる。
振り向かないように、とマリアは自分の心の中で何度も何度も唱えた。それから気をそらすために違うことを考えよう、と必死に他のことを思い浮かべる。
泣かないの?だって。わたしったらバカみたい。
まるで泣いて欲しかったみたいじゃない。
「あーあ・・・」
「マリアさん?」
なんと自分は阿呆なんだ。
クリフトにひどいことをいいたくない。でも言ってしまいそうだ。
その気持ちを抑えるために違うことを考えようとして、またクリフトのことを考えているなんて、頭がおかしくなったのではないかとすら思える。
「なんでもないわ」
そう言うと滅多にない舌打ちをして、マリアは大股で歩いていった。

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モドル