女友達

「この前、クリフトちゃんとどこまでデートに行って来たのよう?」
水辺をみつめていたマリアの背後にマーニャはそっと近づいてきた。
変化の杖を手に入れた彼らは、デスピサロを捜し求めてリバーサイドという町にやってきた。船の旅が長かったために彼らの疲れは蓄積しており、宿屋に入って夕食を平らげたと思ったら、アリーナを筆頭にみんなバタバタと眠りについてしまった。
もともと夜型のマーニャはカジノがなくて退屈、とかいいながら、手足の爪の手入れを部屋で丁寧にやっていた。
踊り子という職種柄か、女としてその身を飾ることに関してはマーニャが誰よりも秀でている。姉の影響もあってか妹のミネアもそういったことには案外と詳しいが、元来の性格ゆえか彼女は必要以上に手を加えない。
マーニャは爪の形を整えたりひじ、ひざ、かかと、及び髪の手入れをすることが仕事の一環だ。
アリーナは一国の姫とはいえ、そういった細かいことをあまり好まなかったし、一人ですることなどもっての他だ。
そんなわけで退屈と言いつつ眠らないマーニャのその「お手入れ」は、彼女なりのプロ意識の表れであることをマリアは良く知っている。
出会った頃は半ば強引に、そういうことをマリアに押し付けてきたこともあった。今はもうあまり強引にそういったことをマーニャは言わないけれど、ちょっとしたときに「こうするといいのよ」と教えてくれる。
マリアは別にそれを嫌と思ったことはない。けれども、自分が身を着飾ったりすることが、命をかけて自分を守ってくれた村人達に対して悪いような気すらして素直に受け入れることが彼女には出来なかったのだ。
トルネコとライアンにおやすみを告げた後(残りのメンバーは既に部屋で眠りについていた)そっと宿を抜け出し、近くの水辺をマリアは眺めながらぼんやりとしていた。
疲れていないわけではなかったけれど、なんとなく。
山奥育ちの彼女は、水が街中まで続くこの風景がとても不思議で、そしてその月夜の美しさには素直に惹かれた。
宿屋の中から外を眺めていたら、なんだか足を運びたくなったというわけだ。
そしてそんな彼女を、これまた妹ミネアが眠っているのを気にもしないで部屋の窓辺で爪を磨いていたマーニャがみつけてわざわざやってきたというわけだ。
潮の香りが町にも漂っている。海と川が交わるこの町の夜はほどよくのどかで、ほどよく神秘的だとマーニャも思う。
タオルを首にかけたマリアは振り返って笑顔を見せた。
「マーニャ、こんばんは」
さくさく、と草を踏みしめる音は聞こえていた。そしてその足取りがマーニャのものであることも彼女はわかっていたから驚いた顔は見せない。とはいえ、礼儀正しい挨拶も不思議なものだが。
「あはは、こんばんは。妙な挨拶ね、さっきまで一緒にご飯食べていたのに」
「さっきっていうけど、もう一刻以上前よ」
「そうだっけ?爪みがいてたから気付かなかったわよ」
「マーニャはいつも仕事熱心ね。遊びも熱心だけど」
「遊びも仕事のうち。仕事も遊びのうちだからね」
そういってウィンクを見せるマーニャの肌は、いつも艶がある。夜遊びをしている割に凄いとマリアは思う。そこもマーニャのプロ意識の為せる技なのだ。わがまま言い放題に見える彼女だが、案外食事はバランスをとっているし、果実は毎食必ず口にする。そして水も良く飲む。甘い飲み物は飲まない。眠る前にはどんなに疲れていても習慣になっている体操をしていることをマリアはもう知っていた。本人はもちろんそんなことは自分から一言も言わないけれど。
「髪が乾くまで、と思って」
「マリアの髪は乾きにくいからねえ」
「そうなのよ。外の風が気持ちいいし」
「でも、海に近い場所だからね。しょっぱくなっちゃうわよ」
マーニャは唇を舐めた。それを見てマリアも真似をする。確かに唇はうっすらと塩気がついている。
それからもう一度
「クリフトちゃんと、どこに行ってたのよ。夜のうちにアリーナにバレそうでホント、ドキドキしたんだからさあ」
「ごめん、そうだったの?」
「気をつけてたつもりだろうけど、あの子たまーに敏感でしょ。そうしたら大事だったわよね。まったく、朝には二人できちんと戻ってきて、なーにがおはようございます、よ」
そう言ってマーニャは乾いていないマリアの濡れた頭を肘で軽くこづいた。
マリアの髪は濡れるとべったりと重く顔に張り付く。その時の様子からは、乾くとふわふわの天然の巻き毛になることなど予想もつかない。彼女の緑の髪はどうも根元がみな丈夫らしくて立ち上がってしまい、折角の巻き毛だというのに頭皮に対してすっくと垂直になり、元気良く外に向かってしまう。濡れている間は水の重さでそうはならないのだが・・・。
マリアは照れたように笑って、持っていたタオルでごしごしと髪を乾かしながら答えた。
「だって・・・ねえ?」
「ねえ、じゃないわよ。あっきれた」
マリアは2人で出かけたことを本当は隠さないで言おうと思っていた。けれど、それが出来なかったのは、朝の光を浴びたとき、突然夜から覚めたその瞬間の気恥ずかしさからだ。
「マーニャはなんで気付いたの」
「クリフトがいないんだ、ってアリーナに言われて。やっばー、絶対マリアと一緒じゃん、って思ったのよ。案の定後でクリフトちゃん、アリーナに聞かれていたわよ。それじゃなくてもほら、ちょっと野暮用、なんて言ってアリーナやブライにまで内緒でどこか出かけていたのに夜までいないなんて、やばいじゃない?」
それは確かにそうだ。
「なんで私と一緒だって?」
「翌朝、あんた朝食んときに部屋着で現れたでしょ」
「うん」
「部屋で着ていたわりに、皺が少なかったわよ。若いから元気そうに見せていたみたいだけどさあ」
若いって、マーニャだって全然年齢変わらないのに、となんだかおかしくなったけれど
「・・・よっく見ているのね」
マリアは溜息をついた。そうだ。あの晩はクリフトが庇ってくれてもやはり服が濡れてしまい、朝までじめじめと湿っていた。早朝に宿に戻ったけれど、それは乾ききらなかった。
慌てて部屋においてあった寝間着兼部屋着に着替えたけれど、マーニャにはお見通しだったというわけだ。
「アリーナはさ、やっぱりお姫様だから、クリフトやブライが自分の側にいないと駄目なのよねえ。ううん、自分が進んで一人になるときはいいんだけど、どこに彼らがいるのかがわからない、何をしているのかわからない、っていうのはもう不安で仕方がないんでしょ、きっと」
そのマーニャの言葉はなかなか厳しいな、とマリアは苦笑する。
アリーナに対して厳しいのではない。マリアに対して厳しいのだ。
要するに、あんまりアリーナに内緒でこそこそクリフトとしているな、という意味なのだが、今回に関してはマリアにしてみれば好き好んでデートとやらをしたわけではない。勝手にクリフトがついてきたのだ、と主張したかったけれど、マリアは黙っていた。
「なんで、わたしとクリフトが一緒にいるって思ったの?」
「簡単でしょ。クリフトちゃんはお節介焼きだから」
「・・・そうね」
痛い。マリアはそうね、と頷きながら眉根を寄せた。
確かにクリフトはお節介焼きだ。だから、マリアに構うのだろう。
マリアは彼のそんな部分を鬱陶しいと思っていたし、煩わしくて腹立たしくて苛ついていた。
それでも、彼が自分のことを思ってくれる気持ちが「クリフトはお節介焼きだから」という言葉だけに凝縮されるのは少し悲しい。
それはマリアの我侭だ。
「あのさあ、マリア」
「わあ!」
マーニャはマリアの手からタオルをとって、代わりに豊かな緑の髪を拭いてやった。
彼女がいうには、乾いていく経過に応じてふわふわとマリアの髪が立ち上がっていくのが楽しいそうなのだが、マーニャやミネアの髪に憧れているマリアからしてみればうらめしいことこの上ないのだが。
「何でも話して欲しい、ってまでは思わないけどさあ、女同士じゃない?ちょっとは頼りなさいよ」
「違うのよ、マーニャ・・・」
「なんでよ。違わないでしょ。クリフトちゃんのお節介焼きに根負けして話してるんだろうけど、やっぱりさあ、ちょっとこう、寂しいワケよ。エンドールで最初にあたし達と会ったのにさ」
ロザリーに会いに行ったときに、マリアの過去の詳細をクリフトだけが知っていた、ということにマーニャも彼女なりにショックを受けたのだということをマリアだってわかっていた。
でも、マリアは出来ることなら誰にも本当は言う気はなかったのだ。
「違うの、マーニャ」
マリアは自分の髪を乾かしてくれるマーニャの手をそっと抑えた。
マーニャはわしわしと動かしていた手を止めて、静かにマリアをみつめる。
「何が、違うの」
「クリフトがお節介焼きなのは知ってるわ。でも、私が話したのは」
ふふ、と小さく笑い声を漏らすとマリアは僅かに首を右にかしげた。その顔は素直な笑顔ではない。苦笑いの表情をマーニャにむけながら罰が悪そうにマリアは言う。
「神官さんよ。懺悔したら、楽になるって聞いたから。クリフトに話したわけじゃない。サントハイムの神官っていう人に話しただけだもん」
「・・・同じじゃない」
「同じじゃないってば。だってみんな、クリフトがいるっていうのに教会でお祈りするじゃない?だからわたし、クリフトがいるんだけど、クリフトには話さないで、教会にいた神官さんにお話したのよ」
「もー、屁理屈っ!」
「怒った?」
「まさか」
「よかった」
「ちょっとは気にしてくれてるのね」
そのマーニャの言葉はマリアには心外だった。目を丸くしてマーニャを見ると
「だって、マリアはもうここ最近、戦うこととデスピサロのことばっかりで頭がいっぱいだと思ってたからさあ」
それは、わかるけど、とマーニャは言う。
わたしも、バルザックが憎くて憎くてずっとそのことばかり考えていたから。
そう呟くマーニャがなんだか可愛げのある、そして少しだけ弱い人間にマリアには見えた。
そうか。
もしかして、わたしも、こんな風に見えているのかしら?
だから言いたくなかった、とは口に出せなくてマリアは軽く溜息をついた。マーニャとミネアがバルザックに対して持っていた復讐の念は、今のマリアにはよくわかる。
そして、マリアは自分がそんなマーニャやミネアをどう見ていたのかを自分で嫌と言うほど理解していたから、尚のこと彼女達には言いたくなかったのだ。
「ううん、大丈夫。もしそう見えていたなら謝る」
「そう?大丈夫?強がってない?」
「強がってるよ。ちょっとはね。マーニャだってそうだったでしょ」
過去系をマリアが使ったことに気付いてマーニャは眉をひそめ、嫌そうに言う。
「今のは、嫌味?」
マリアは慌てて手を振りながら否定をした。
「違う違う違う・・・。別に、マーニャはお父さんの仇、もうとったから強がらなくていい、とかさ、そういう意味じゃあないの」
「じゃーどういう意味なのよ。おらー、いいなさいよ!」
マーニャはマリアの髪をぐりぐりとタオルで乱暴に拭いて、愛情のあるいじめを与える。
きゃはは、と普段滅多に出さない笑い声を出してマリアはマーニャに軽くもたれかかった。滅多にないのはその声だけでなく、その甘えた態度もまたそうだ。それは、女性特有の、同性同士で行われる軽いスキンシップに他ならないもので、昔ならばシンシアに対してとった行動かもしれない。
「だってねえ、マーニャって、バルザック倒すまでって・・・」
「何よう」
「ミネアのために無理矢理明るくいい加減に振舞っていたじゃない。お父さんの仇は仇だけど、だからって自分の人生を棒にふったら駄目よって・・・そういう態度とって、思い込みやすいミネアを軌道修正してあげようってしてたの、わかったもの」
「それがなんの強がりっていうのよ」
「強がりでしょ・・・本当は、そんなにいい加減じゃないくせに」
そう言ってマリアは軽くマーニャの肩を抱いた。
ふう、とマリアの肩にあごをのせてマーニャは苦笑いを浮かべる・・・お互いにお互いの表情は見えないけれど、なんとはなしに空気でそれは勘付いているに違いない。
「いい加減じゃない、今だってさあー」
「楽になったでしょ。バルザック倒して。それにアリーナがムードメーカーになってくれているから尚更」
「そーよ!だから、アリーナの元気がなくなるのは、困るのよ!」
しまった、話が戻ってしまったな、とマリアは渋い表情を作ってマーニャから離れる。
「わかったよう・・・」
そんな拗ねた様子を見せることもマリアには滅多にないことだ。
「変な心配をしたけど、マーニャは私が思っている以上に、わたしのことを強い女だと思ってるみたいね」
「多分ね。いっとくけど、村がデスピサロにどうこうされたって話聞いて、必要以上の同情してる暇なんてないでしょ。あんたは同情されるのは嫌いだろうし。これからの旅を考えたら、アリーナに言うよりあんたに言ったほうが余程効率いいじゃない?」
「アリーナに言うとしたら、なんて言うのよ」
ちょっとだけマーニャが言っている話の筋がわからなくなってマリアは唇を尖らせた。
「決まってるでしょ」
「わかんない」
「クリフトはあなたのものじゃないのよ、ってアリーナに言わなきゃいけないなんて、勘弁して欲しいわよ」
「・・・そういう話?」
「ちゃんと聞いていた?」
「もう、色々途切れ途切れでわけわかんなくなっちゃったよ」
「ごめん、あたしもだわ」
二人は顔を見合わせて、お互い顔を見合わせた。
情けないことに、そこは笑いあう場所なのかどうか、彼女達には判断がつかずにお互いの表情を伺い合う。
そして結局笑うことが出来ずにマーニャは腕を組んだ。
「本当は、クリフトに話してあんたが楽になるなら全然問題ないんだけど。楽にならない上に、アリーナが気にしちゃうなんて、仲間としてはイマイチな話じゃない?」
責めるような口調ではないが、結果的にはそういうことだ。
「そうね」
「怒った?」
今度はマーニャがマリアに問い掛ける。
それは、「あんたのことよりアリーナのことを心配しているように聞こえるよね?」という意味が含まれていることを、マリアは悟る。
言葉の裏に隠れている真意を量ることがマリアは元来苦手だった。
それを教えてくれたのはシンシアだ。
シンシアがいなければ、きっとマーニャとこんな会話も出来なかったな、とふと思い当たってついつい苦笑を見せてしまう。
「まさか。わかってる。クリフトをひっぱりまわすときは注意する」
「そういうことよ」
「マーニャもわたしのことよりアリーナを甘やかすのね」
わかっていながらわざとふてくされたふりをしてマリアは言う。
「本気でそう思ってんの?」
「・・・そうでもない。心配してくれているって知ってる」
「だから、そういうことだって言ってるでしょー」
長い長い話になったが、要するにマーニャは心配をしてくれている。でも、不必要な同情はしない。
馴れ合いの友情ではないものがお互いにきちんと存在していることをマリアは感じる。
ちゃらんぽらんに見えるけれど本当はとても色んなことを考えているマーニャ。
几帳面で口うるさいところがあるけれど、女性らしくて細かいサポートをしてくれるミネア。
元気の素と言えるほどのムードメーカーながらも繊細なところがあるアリーナ。
村にいたとき、女の子、といえるのはシンシアと自分だけだった。外の世界に出てから初めて知った、二人以外の「女の子」。どの女の子も好きだとマリアは思う。
じゃあ、男の子、いや、男の人は?ライアンは?トルネコは?ブライは?そして、クリフトのことは・・・?
そう思い当たったマリアにむかって、マーニャは軽く声をかけた。
「さ、中はいろうよ。爪、磨いたげる」
「ええー?」
「何嫌そうな声出してるのよ」
「だって時間かかるんだもん」
「当たり前でしょ。美への道は時間と根気がかかるのよ!」
まあ、今日はマーニャに付き合ってもいいかな。
そんなことを思いながらマリアは小さく笑った。

Fin



モドル

マーニャと女勇者のやりとりのワンシーン。何のテーマも何のストーリー性もなかったのですが「嫉妬」を書くために過去に書いていた文を探していたらみつけたもので・・・。いつもいつもマリアはクリフトに泣きついてばっかりなんで、そうじゃないシーンも見せてあげたいなあと思って。たまにはこんなマリアもいいかしら・・・と思いつつ文章を探したのですが、何を見てもひどい目にあってるマリアしかみつからなかったのでのっけてみましたvv