眉雪の叡智

もどる



「えっ?他の国にはないの?どこでもあると思ってた」
 心底驚いた、とばかりに目を見開くアリーナ。
 洞窟探索に向かった勇者マリア達を待ちながら、アリーナ達は馬車の近くで昼食の準備をしていた。いつも率先してやってくれるミネアが不在のため、クリフトの指示に従って干し肉と木の実を皿にわけていたが、雑談の最中その手が止まる。
「うーん?コーミズやモンバーバラあたりでは聞いたことないけどねえ」
 宿屋でもらった大きいパンを切り分けているマーニャが言えば、湯を沸かしているクリフトもアリーナに同意した。
「恥ずかしながら、わたしも姫様と同じく思っておりました。ですが、考えれば民間のならわしというよりも、サントハイムが国として制定している日でしたし、特有のものでもおかしくなかったのですね……」
 世間話と言えるような会話からぽろりと盛り上がったのは、サントハイムの昔からの風習「眉雪の叡智に感謝をする日」という老齢の者の知識に感謝する日、いわゆる敬老の日のことだ。少しばかり名称が長いので「眉雪感謝の日」と言われるが、そのせいで最近は叡智は関係なく長生きありがとう、みたいな間違った認識もされている。時代の変遷と共にそういう変化は受け入れられ、そのあたりの細かいことを口うるさく言うものも減っているようだ。
 サントハイムではその日に人々が思い思いに「自分が感謝をしている年長者に日頃の感謝の気持ちを表す」ことになっている。解釈によっては高齢者でなくとも良いものだが、眉雪と言われるからにはそれなりの年齢の人物を指しているらしい。
「エンドールとガーデンブルクには似た風習があったと思うよ」
「さすがトルネコさんは色々ご存じなのですね」
「そういう特別な日のことは、商売に繋がるからねえ」
「へえーーー、そうなのね?あのね、だからね、毎年わたしブライはお誕生日とその日にプレゼントをしていたの。だって、産まれた時からブライはずっとおじいちゃんだったから」
 産まれた時からブライはおじいちゃん。アリーナの言葉に間違いはなかったが、物には言い草というものがある。あははっ、とマーニャとトルネコは笑ったが、クリフトは少しばかり苦笑いを見せた。
「やっぱり、国によって色んなことが違うのね。旅に出てよかった。知らないものを見聞きするのは楽しいもん」
「そうよね。アリーナはずーっと箱入り娘だったんでしょ?」
とマーニャが言えば
「そうなのよ。もう箱の中は息苦しくなっちゃって」
なんてしれっと答えるものだから、旅を止めようとしていたクリフトはたまらない。
「そうは言いましても、頑丈な箱をご用意出来なかったようで、こうして外に飛び出てしまったわけで……」
「どんな箱でも穴が開いてたらどうにかなるものよね」
「そんなに誇らしげに言うことですか!そもそもその穴をあけたのも姫様じゃないですか」
 アリーナが旅立った時の顛末はみなが知っている。クリフトは苦労人だねえ、とトルネコは言うが、特にその声に同情の気持ちはこもっていないようだった。それがむしろ心の近さを表しているのだが、当のクリフトは(他人事だと思って……)と肩をすくめてみせた。



 そんなわけで、サントハイムにおける「眉雪の叡智に感謝する日」に、その風習にのっとってみなでブライになんだかよくわからないがそれぞれ感謝をすることになった。
 その夜はちょうど野営だったため、これ幸いとブライが好きな料理を振舞うことになった。普段あまり食にこだわらないブライであったが、トルネコが入手してきた材料は彼にとってはとても懐かしく嬉しいものだったようで「こんなに人の心で美味いとしみいる食事は、若かりし頃でもなかなかありませんでしたぞ」と、珍しくおかわりをした。また、それらはサントハイムの郷土料理の一種――今はあまり食べられないためアリーナもクリフトも知らなかったようだが――らしく、みな珍し気に、そして楽しく舌鼓を打った。 そして、最後には簡単ではあるが一人ずつ、ブライへ感謝の言葉を伝える。ブライは多くの言葉は返さない。普段はアリーナに対して口うるさい彼だが、その姿をみなは「それがブライらしい」と思う。
 いつもより少し早めに始まった夕食だったが、いつもの倍以上ゆったりした時間を過ごし、全員にとって良いリフレッシュの時間となった。これこそブライに感謝をする日に相応しいと誰もが感じたに違いない。



「姫様」
 夕食の後片付けもようやく終わり、夜の早番見張りを引き受けたマリアとトルネコ以外はみな眠りにつくところ。
 幌にあがろうとしていたアリーナに、ブライは声をかけた。いつも早寝の彼が最後に残っているのは珍しい。きっと、話しかけるタイミングを見計らっていたのだろうと、さすがのアリーナも気付き、幌から少しだけ離れた。
「なあに?」
「今日はありがとうございました。このおいぼれのために、姫様がみんなに提案なさったのでしょう」
 眠る人々の邪魔にならないように、けれど、見張りのマリア達に所在がそれなりにわかるような声量で、アリーナに礼を告げるブライ。
「うん。おかげで、ブライがみんなにどう思われているのかわたしも知ることが出来て嬉しかったわ」
「ほっほっほ……爺めも、とても嬉しいお言葉をみなにいただいて、こんなにありがたいことはないと……本当に、ありがとうございます」
「え、やだブライそんな改まって言わないで。それに、わたしなんにもしてないの。ブライが昔好きだったって言ってたあのお料理思い出しただけで、作り方調べてくれたのはクリフトとミネアだし、材料調達してくれたのはトルネコとライアンだし、マリアとミネアが作ってくれて、わたし味見してただけなのよ」
「そしてマーニャが踊ってくれたと」
「そんな感じ」
 ふふふっと笑うアリーナを見上げるブライの目尻が下がる。いつも何をしでかすかわからないアリーナに口うるさくあれこれ言い続けて煙たがられているが、彼女が自分を慕ってくれていることは彼もよくわかっている。それでも、成長と共に人の心は変わっていくことも知っていて、いつか自分なぞ必要ではなくなる時が来るだろう……そんな風に、彼は常に自分に言い聞かせている。 だからこそ、まだその時ではないと、こういう特別な日にかわす言葉に、さすがの彼でも喜びを隠し通すことは出来ないのだろう。
「ねえ、わたしみんなに今日のこと話した時、みんな知ってると思ってたの。そしたら、マーニャが知らないって言ってて」
「ふむ」
「トルネコが住んでたレイクナバにも、マーニャとミネアが住んでるコーミズとかモンバーバラのあたりにも、眉雪感謝の日はないんだって。マリアの村にもなかったって。ライアンの国には昔はあったけど、今はすべての人が感謝しあうお祭りになったって聞いたわ。それからね、トルネコが教えてくれたんだけど、エンドールとガーデンブルクには似てる催しがあるんだって」
 初めて知ったことを嬉しそうに話すアリーナ。本当はもっと早く、それこそ聞いた日にでも話したかったのだろうが、それを言えばみんなでブライに感謝をしようという今日のサプライズがばれてしまうと、きっと黙っていたのに違いない。ブライはそれを察して、ふむふむとアリーナの話を聞き続ける。
 サントハイムの姫であるアリーナが旅に出ることを、以前のブライは心底反対していた。けれども、こうやって共に世界を巡れば、彼女のようにすべての物事に否定的ではない、柔軟な思考の持ち主にこそ沢山のものを見せるべきだったのだと思え、自分もまだまだだと痛感する。こうやって、世界のことを知っていくアリーナは、彼の目にあまりに眩しい。
 自分が魔法の世界に傾倒して沢山の書物を漁っていた頃も、同じように輝いていただろうか。一瞬そんなことを思ったが、そんな物思いは一人の時にすればよい。ブライは己のことは捨て置いて、彼が彼であるがゆえの言葉をアリーナに返した。
「姫様。それぞれの国が制定した特別な日というものは、それぞれの国の在り方、歴史背景等、様々なことがわかるものです」
「国の在り方?」
 アリーナは、突然難しそうな話をブライが言い出したことに、戸惑いの表情を浮かべた。まさか今から寝ようというこの時間に、あれこれと講釈を垂れ始めるのかと警戒をする。
「年寄りを敬え、感謝をしろ、と言えるのは、年寄りがいる国だからですぞ。それは、その国が豊かで、生活に困らず、国民が健康的に長生きが出来ているという証拠。特に、他の国は年長者を敬うという意味合いが大きく、齢三十も行けばその対象に入っていると聞いておりまする。が、サントハイムは違う。眉雪という言葉は、肉体的に高齢と思われるものを指している。だから、このおいぼれが感謝されるこの日は、どれほどサントハイムが繁栄して、安定して人々が暮らせる国なのかを象徴しているのだと、ブライは思っておりまする」
「……!」
 軽く目を見開くアリーナ。それだけで、彼女が自分の言葉の意味を理解してくれたのだということがブライにはわかる。
「そのこと、姫様の心のどこかに留めていただければ、今日という日がブライにとっての最高の一日になるかと」
「……うん。わかった。ブライありがとう!やっぱりブライって凄いのね」
 あれほどの戸惑いの表情を浮かべながらも、ブライの言葉の意味を聡明な彼女は即座に理解して飲み込み、かつ、それ以上の年寄り語りをさせぬように笑顔を返した。 そんな彼女に対して、あれやこれやとこれ以上の長話をするブライではない。きっと、語りだせば止まらなくなる。年寄りというものはそういうものだ。そうなる前に、面倒だと思われて、やんわりと言葉を封じられるぐらいがちょうどよい。それを知るほどブライもまた聡明な人物だった。
「年寄りのたわごと、長くなってしもうた……姫様、そろそろお休みに……」
「ねえ、ブライ」
「なんですかな」
 にこ、と可愛らしく、また、それ以上に強い意志を感じさせる笑みを見せるアリーナ。
「サントハイムのみんなを、絶対絶対助けようね」
「……勿論ですとも」
「また明日も頑張ろう。おやすみなさい!」
「おやすみなさい、姫様」
 眠る寸前まで年寄りの話を聞かせて申し訳ないとブライは思うが、そんなことは関係ないとばかりに元気に幌へと上がっていくアリーナ。むしろ本当にこんなに元気でこれから眠れるのか……とすら心配になる。
(いや……)
 そんなことを心配することこそ、年寄の証だな。
 そう思うブライから少し離れた背後で「アリーナはほんっと寝る寸前まで元気ねえ」とマリアが笑った。



おわり。



もどる

Copyright(c) 2020 へっぽこ all rights reserved.
-Powered by HTML DWARF-