誰の騎士であろうとも(2)

もどる


「あ、あの、マリアさん……」
マリアの言葉に驚いて、ロザリーはどもった。
心配そうなその表情から察するに、マリアの読みは当たっていたようだ。
どうやら、自分は意識していなかったけれど、ロザリーに伝わるぐらいにはピサロナイトへの好意を外へ出していたのか。
マリアは苦笑いを浮かべながら、心中で呟く。まったくだ、マーニャの言うことは本当に正しい。恋というものはどうしようもないろくでもないものだ。
「いいのよ、ロザリー、そんな気を使ってくれなくても。別に、知られても構わないし、隠したままなら隠したままで構わないのよ。わたしの勝手なそんな事情なんて」
まるで強がりに聞こえるのだろう。
マリアは冷静にそう思った。
けれど、それは強がりではなくて彼女の本心に他ならない。
「で、も、あの、マリアさん……」
室内のロザリーは、ちらりとマリアの肩越しに視線を投げる。扉の外に立っているピサロナイトの様子を伺うのも当然だ。とはいえ、ピサロナイトの傍に立っているマリアには、悲しいほどまったくピサロナイトは「反応をしていない」のだけれど。
「こんな形でご本人を前に、その」
「だから、いいのよ、ロザリー」
肩を軽くすくめて、マリアは元の位置に戻るといつも座っている来客用の椅子にどかりと腰を下ろし、もう一度マドラーを手にとった。
あんなに丁寧に混ぜたはずなのに、もうグラスの底に蜜が分離して溜まり始めている。
それが、なんだか(わたしみたい)と思えて、再びカチャカチャと音を立てながらそれを撹拌しだした。
「だって、好きだけど、だからってどうなるものでもないって知ってるもの。それは別に、わたしが天空と人間のハーフで、この人が魔族だからってわけじゃないわ」
「でも……」
「どうせこの人は、わたしのこと好きとか嫌いとか考えてくれないし、考えたところでどっちでもない答えしかないのよ。そんなの、ロザリーもわかってるから、そんな風に困った顔になるんでしょ?」
別段悲しげでもなく告げるマリア。ロザリーはそれに答えない。言葉を選ぼうと、きっとマリアの問いに対してロザリーは肯定しか返せないと当人もよくわかっているのだ。
ピサロナイトがロザリーを好いていることを、ロザリーがわかっているかはマリアもいまひとつ判断出来ない。
けれど、彼がマリアを異性として見ていないことぐらいはわかる。
そういうことなのだ。
他人の目から見てもそれははっきりとした抗えぬ事実で、悲しいことにマリアはまるで第三者のようにそれを受け入れている。
マドラーをグラスから引き上げると、マリアは行儀悪くそれの先を軽く舐めとった。
「言っとくけど、こういうことするような育ちだから、とかも関係ないことよ」
「マリアさん、そんな」
すると、それまで黙りこんでいたピサロナイトが、ようやく言葉を発した。
「お前はわたしが好きなのか」
やっとの言葉がそれか。
ロザリーは、見るからに「ああ」と溜息をついて今にも倒れそうなほど、眉間にシワを寄せてその言葉に落胆の色を見せる。
マリアは薬草茶のグラスを口につけながら、あっさりと返事をした。
「そうよ。好きになっちゃったみたい」
「そうか」
あっさりとした返事に、更にあっさりとした相槌。そして、訪れる沈黙。
ロザリーははらはらとマリアを見て、ピサロナイトを見て、眠っているペットのスライムの顔を覗き込みにバスケット――最近はちょうどいい大きさのバスケットに敷き詰めたダブルガーゼにくるまって眠るのがお気に入りなのだ――の近くにそっと移動したりと忙しい。
薬草茶を飲んで、グラスを置いて。もう一口飲んで、グラスを置いて。更にもう一回。
三度目、少し甘い層がマリアの舌先に触れた時、ピサロナイトは「それでは、失礼致します」と一礼をして扉を閉めた。勿論、それはロザリーに向けられた言葉だ。
「「えっ、それだけ!?」」
さすがに、それにはマリアも声を上げざるを得なくて、ロザリーとほぼ同時に同じ言葉を放つ。
パタン、と閉じた扉を見守って、マリアは
(帰る時も、どうせ、普段と変わらないんだろうな)
なんて呑気なことを思う。
「あのっ、マリアさん、ごめんなさい、わたし……」
ようやくふたりきりになった、とロザリーはマリアの元に駆け寄り、心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
恋のかけひきやら何やらより、ロザリーの「申し訳無さ」をなくす方が絶対大変だ、とマリアはひとりごちた。


ロザリーの部屋を退出すると、いつも通りピサロナイトは扉の前で警護を続けている。
これが、人間の男性だったら「ばつが悪いから今日は交代してくれ」とかなんとか言って、アイスコンドルに後を頼むに違いない。
腹立たしくなるほど、ピサロナイトの「気」は揺れない。
普段と変わらず、ただ「帰るのだな」と思っているだけなのだろう。
「ほんと、お前は何も変わらなさすぎて、笑っちゃうわ」
さすがに嫌味の一つぐらい言っても許されるだろう、と笑いながらマリアがそういえば、ピサロナイトはいささか驚いたように
「何を、どうしろと……?」
「……ああ、悪かった。いいのよ、気にしなくて。わたしがお前を好きなのなんて、そんなの、お前には意味が無いことなんでしょうから」
ピサロナイトはそれへ同意をしなかった。しかし、否定もしない。
同意をしないということは、実は彼は彼なりに気にしてくれているのではないか、とマリアは一瞬思う。が、そういう期待は一切無意味だ、と自分の甘さを直ぐ様叱咤する。
「どうせ、ピサロに言われてわたしの剣の相手をしている。それ以外に、何もお前がわたしに対して思うことはない」
「……それは、ロザリー様が悲しい顔をするようなことなのか」
「……」
マリアは一瞬だけ険しい表情をピサロナイトに向けた。
この男はとんでもなく酷い男だ。
(知っていたけど)
こんな事態になっても、マリアの心ではなくてロザリーの心を心配して、そしてそれを口にするなんて。
「それは、騎士としての疑問なの。それとも、男としての疑問なの」
「……?」
「……ああ、そうね。愚問だな」
「お前の質問の意味はわからぬが、わたしにも気になったことはある」
「それは何?」
「わたしがピサロ様の騎士であろうと振る舞い、また、ロザリー様を守るための騎士として振る舞う、ただそれだけのことで、時にロザリー様があのように悲しげな顔をすることは今までもあった。だが、お前は違う。何故ロザリー様は悲しげな表情を見せるのに、お前は平気なのだ?ならば、わたしはやはり正しく、ロザリー様はなにか間違っていらっしゃるのだろうか」
「……騎士ってほんと、馬鹿じゃないの」
ぽつりとマリアは呟いた。
どうしてマリアが平気なのか。そんなことは決まっている。知っていて、何一つ期待をしていないからだ。
であれば、ピサロナイトはきっと幸せ者なのだろう、と、壁に背をつけながらマリアは思う。
ピサロナイトのそういった振る舞いでロザリーが悲しい気持ちになったり、どうにかならないかとやきもきするということは、ピサロナイトは何かしらロザリーに「期待をされている」ということだ。
(わたしは、恋愛とか、あんまりよくわからないけれど)
けれど、こんなに。
何一つ期待をしない恋愛というものは、普通ではないといくらマリアでもわかっている。
それでも、仕方がないではないか。将来、目の前の騎士を自分はきっと倒さなければいけないというのに、そんな相手に何をして欲しいと思う方がおかしい。
「いいんじゃない、そんなことは気にしないで。お前がそういう、ろくでもない騎士であることは、嫌いじゃない。だから、そのままでいいの」
「そうなのか」
「そうよ」
「あのようにロザリー様が悲しげな様子を見せるならば……もしかして、わたしは、何か変わらねばいけないのかと思っていたが」
「……」
「……いいのか、このままで」
まったく、どうしようもない男だ、とマリアは小さく笑った。
「そうよ。何も変わらなくても。そして、わたしがまた来たら、相手をしてくれればそれでいいわ」
「それは、当然だ。ピサロ様から止められぬうちは」
余計な一言をまた。
期待をしないと決めているけれど、どこまでも不快にするのか、この男は。
マリアは、ピサロナイトに詰め寄ると、兜の目差しを強引に両手で上げた。
中から覗く瞳を睨みながら、低い声音で囁くマリア。
「……ねえ。別にわたしのこと好きにならなくてもいいから、覚えておいて」
「何をだ」
「もし、わたしとロザリーが。ああ、その喩えはよくない。わたしとピサロが」
「……」
「崖から落ちそうになって、ぶら下がっていたらさ。お前はピサロを助けるでしょ」
当然だ、という声が聞こえた気がしたが、それは幻聴だ。ピサロナイトは息を潜めて、マリアの言葉の続きを待っている。それは、彼女のそれまでの話では、何が言いたいかを彼にはまったく理解を出来ておらず「続きがある」と思っているのだろう証拠だった。
「それでいいってわたしは思ってるの。そういうお前でいいのよ」
「当然のことだ」
「……ほんと、最悪ね、お前は。でも、もしピサロが、わたしを先に助けろって言ったらお前はどうするの」
「……それは……そんなことを、ピサロ様が言うはずは」
「どうするの」
逃げを許さぬようなマリアの、いくらかドスが効いた声に、ピサロナイトは一瞬たじろいだ。
それから、彼にしては大層歯切れの悪い、目差しを開けた状態だというのに通常よりも更にくぐもった声で答える。
「ピサロ様の命に……従うしかあるまい」
仕方がなく。
そういう声音であることは、マリアにも伝わる。
「チッ」
無意識にマリアは舌打ちをして、乱暴にピサロナイトの目差しを下げた。
「何を……」
する、と言わせる前に、マリアはピサロナイトに背を向けてずかずかと階段に向かって歩き出す。
「安心するがいいわ」
「……うん……?」
一歩階段を降りるマリア。材質が違う床を踏み、かつん、と小さな音が響く。
「その時は、いかにもそれっぽく綺麗に落ちてあげるから。間に合いませんでした、って報告しながら、ピサロに頭でも下げればいんだわ、お前なんて」



次にマリアが木剣を持ってロザリーヒルを訪れたのは、いささかいつもよりも期間が空いた頃だった。
いくらマリアであっても、ピサロナイトとのあのやりとりには若干心を痛めていたし、心を乱さず剣の手合わせを出来ると確信が持てるようになるには若干の時間が必要だったのだ。
だが、いざ久しぶりに会いに行くと、まるでそんなやりとりがあったことなど、これっぽっちも覚えていないかのように――というか、何ひとつ気にしていないように――ピサロナイトは呆れるほど「いつも通り」だった。
それをありがたいと思いつつも、失望がまったくないとは言い切れない。
「ロザリー様は今日はピサロ様と外出なさっている。3日ほど留守にするという話だ」
「えっ、そうなの?珍しいわね。さては、悪巧みも飽きて、ちゃんとロザリーを大事にしてくれるようになったのかしら、あいつ」
「ピサロ様はいつだってロザリー様を大事にしておられる」
「あー、はいはい」
マリアは雑に返事をしてから、ふと気になったことを素直に口にした。
「ね。そうやってピサロとロザリーが二人で出かけている時、どんな気分なの」
下世話な質問だ、と我ながら思ったけれど、ピサロナイトはそれに対して即答をする。
「特には」
「そうなの?羨ましいとか妬ましいとか思わないの?」
「主が伴侶となるべき方と仲睦まじくしている様を、何故わたしが妬ましく思わなければいけないのだ」
「そう。わたしは、ロザリーがあなたにずっと守られているのを、羨ましいって思うけどね。ああ、妬んだりはしないけれど」
「……」
その沈黙は、どうせ「意味がわからない」とでも言いたいのだろう。
勝手にマリアはそう判断して、木剣をピサロナイトに一本渡そうとして、そこでふと気付いた。
「じゃあ、今日はロザリー帰ってこないんでしょ?」
「ああ」
「だったら、なんでここにいるの?お前は休みじゃないの?それとも、泥棒避けにでもなってるわけ?」
ピサロナイトの「休暇」とはいつなんだろう。魔族にそういう概念はあるのだろうか?
そう思いつつ尋ねれば、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「お前が来るかも知れないと思って」
「……」
数回まばたきをして、しみじみとピサロナイトを見上げるマリア。
待っていてくれたの。わたしを。
確かに自分たちは連絡をとる手段がない。だが、あの羊毛の時のように、無駄足を運ばせるようなことをピサロナイトは既にしているのだから、マリアのことなぞ本当にどうでもいいと思っているのではないかと考えていたのだ。
だから、少しだけ嬉しい。
それを伝えるべきかどうすべきか躊躇していると、ピサロナイトは言葉を続けた。
「ピサロ様に言われたからには、一度足りと手合わせの機会を無駄にするわけにはいかぬからな」
「……あー……」
ほんの一瞬喜んでしまった自分を呪いながら、マリアは目を細めた。
「なんだ?わたしがいないほうがよかったのか?」
「……も、わたし、ピサロの命令で助けられるぐらいなら、やっぱ、自分から崖から落ちるわ……ほんと……」
そのマリアの呟きで、先日の話の続きか、とピサロナイトは気づいたようで
「ああ、そのことだが」
「何?」
「一つ解決方法があると思って」
「どういうこと?」
「お前が、ピサロ様よりも筋力をつければ、先にピサロ様を助けても良いのではないかと思って」
「……ねえ、喩え話っていう意味わかってる?」
「わかっている。だから」
「……」
「落ちないで、我慢していれくれ」
ぽかん、とマリアは口を開けてピサロナイトを見る。
なんて間抜けで酷いことを言う男だ。
わかっていたつもりだったけれど、想像以上だ、とマリアは呆れた。
「どうした?」
「……ほんっと、最悪ね、お前は」
「この前もそう言われた気がするが」
木剣をピサロナイトに突き出しながら、マリアは深くため息を付いた。
「仕方ない。助けられてやってもいいわ。たとえピサロの命令に従うだけの騎士でも、わたしを助けるためのことを一瞬でも考えてくれたんだったら、許してあげる」
許されるようなことを言った覚えはない。
そんな声が脳内で再生されたが、ピサロナイトは黙ったまま木剣を受け取り、塔の外に出るためにさっさと歩き出した。
その後ろについて階段を下りながらマリアはもう一度ため息をつく。
本当に、恋はどうしようもないものだし、頭の硬い騎士はもっとどうしようもないものだ、と。




 
おわり。


もどる

Copyright(c) 2013 へっぽこみなちゅー all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-